あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロと損種実験体-08b


 ルイズの朝は、アプトムに起こされるところから始まる。
 それが、ここしばらくの習慣だったのだが、その日ルイズを眠りから覚ましたのは黒い髪のメイドだった。

「誰よ、あんた」

 目覚めて最初の挨拶としては不適当なそれに、メイドは嫌な顔もせず、ニコリと笑って、アプトムの代理のシエスタだと答える。
 それにルイズは、ああ、昨日そんな話をしていたわね。といつも通りの寝不足で回らない頭で納得する。
 この状態のルイズは、人を疑うことを知らず、言われたことは深く考えず納得してしまうのだ。
 そんなわけで、いつもアプトムにしてもらってるように着替えをさせてもらおうと、何も言わずボーッと突っ立っていると、シエスタは困った顔になる。
 彼女はアプトムの代わりを務めると約束はしたが、何をすればいいのかを具体的には教えてもらっていない。アプトムから朝、起こすようにと言われたし、着替えを手伝うようにも言われていたが、ルイズがまだ何も言わないのに勝手に服を脱がせて着替えさせていいのかとなると判断がつかない。
 しかし、このまま何もせずにルイズを立たせたままにしておくのも問題だろうと、シエスタは恐る恐ると寝間着を脱がせ文句が出ない事に安堵する。
 文句以前に、立ったまま寝ていたりしたのだが、シエスタがそのことに気づくのは、制服を着せ終わった後である。

 着替えを終えた後、もう一度起こしたものの、やはり寝ぼけ眼のルイズの手を引いて食堂に向かいながら、こちらの言う事に素直に従ってくる小さな貴族の娘にシエスタは笑みをこぼす。
 このハルケギニアの地に暮らす平民にとって、貴族とは絶対的な支配者とも言える存在である。
 そんな貴族の一人であるルイズが平民でしかない自分に、小さな子供が甘えてくるような仕草を見せてくるのは、とても微笑ましく思える。
 そして、この姿は、いつもアプトムに見せているものなんだろうなと、あの使い魔に対して尊敬にも似た想いが湧いてくる。

 元々、シエスタがアプトムに対して抱いていた想いは、自分では考えもしない凄い事を容易くやってのける相手と、一度話をして見たいというミーハーなものでしかなかった。だから、特別な感情は無かったし、代わりにルイズの面倒を見て欲しいと言われたときも、まあ仕事に差しつかえなければ構わないかなと思った程度で、彼の主人という少女にこれといった思い入れもなかった。
 そもそも、シエスタにとってルイズとは使い魔の召喚で平民を呼び出したらしい。貴族なのに魔法が使えないらしい。という噂を聞いた事があるだけの、まったく縁のない相手である。そんな相手に特別な思い入れがあるはずもなく、多くの平民がイメージする、無駄に気位の高い貴族像を想像していたのに、こんなに可愛い女の子では卑怯ではないかとシエスタは思う。
 もっとも、これはルイズが半ば以上寝ぼけているためであり、本来の彼女はシエスタが想像する貴族像に近いのだが、シエスタの中のルイズ像は第一印象の今のこの姿で固定されてしまった。

 ルイズを食堂まで連れて行き、親友がいなくて暇をもてあましているキュルケに預けると、シエスタは厨房に入る。アプトムの代わりを務めると約束はしたが、一日中一緒にいろと言われたわけではなく、それ以外の時間は普段通りの仕事をすることにしていた。
 そして、朝のルイズを構うことを好んでいるキュルケは、喜んでルイズを預かり何くれと世話を焼く。
 アプトムが出かけていると聞いた今日のキュルケは機嫌がいい。もし、アプトムが朝からいない親友と一緒に出かけていると聞けば、笑ってなどいられなかっただろうが、タバサがキュルケに何も言わずに学院を留守にするのはいつものことだし、特に接点も無い二人が一緒にいるかもしれないなどとは、考えもしない。
 ルイズやシエスタは二人が一緒に出かけたと知っているが、キュルケが知らないなどとは思ってないので、特に教えようとも思わない。
 そんなわけで、何も知らないキュルケは機嫌よくルイズに朝食を取らせるのだった。

 これがアプトムのいない学院の一風景である。



 日が沈み始める夕方、タバサは誰に起こされるでもなく、パチリと目を覚ました。体内時計絶好調である。
 目を覚ましたタバサは、手早く寝巻きから着替えると、村の娘たちを集めた二階にある客間で見張りをしているアプトムに見回りに行ってくると伝え、屋敷から出て行くが、もちろん、そこには別の意図がある。
 彼女の目的は自身を囮にして吸血鬼を釣ることである。
 メイジだなんだと言っても、タバサはどう見ても頼りにはなりそうにない子供であるし、昼間は役に立たないことを印象付ける行動しかしていない。そんな彼女が単独で村をうろうろしているのを吸血鬼が見逃すはずがない。
 いっそ、杖を置いていけば更に確実に吸血鬼をおびき寄せれそうだが、それはさすがにあからさま過ぎるし、杖を持っていない時に襲われては本当に殺されるかもしれない。だから、ニンニクは置いてきたが杖は持って出た。
 そんなわけで、特に意味も無く村を徘徊すること数時間後。村長の屋敷から悲鳴が上がった。

 娘たちを集めた客間で見張りをしていたアプトムは、一階から聞こえてきた悲鳴に顔を上げ、すぐに階段に走った。
 悲鳴を上げたのは、村長の養い娘のエルザである。村中の娘を村長の屋敷に集めたのはいいが、元々屋敷で暮らしている娘の事を忘れていたのは迂闊だったなと舌打ちしつつ、アプトムは部屋に飛び込む。
 部屋の中には、頭から毛布をかぶりガタガタ震えながら悲鳴を上げるエルザがいて、他には割られた窓が眼に入った。
 震える少女を慰めてやらなくてはならない。などという発想のないアプトムは、そこから吸血鬼が侵入しようとしたのかと割られた窓から外を見ようとして、そこから飛び込んできたタバサに激突した。


 ぶつけた頭を撫でながら、台所の鍋に入っていた残り物のスープを温め、エルザに与えてみたところ、小さな少女は怯えながらも何があったのかを語り始めた。

「……お、男の人がいきなり入ってきて嫌がるわたしの体を押さえ込んで無理矢理……」

 なんだか、誤解を招きそうな言い方だなと思いつつ、どんな男だったか尋ねてみると暗くて分からなかった。ただ、開いた口から牙が生えていて、だらだら涎を垂らしていたのは見えた。と答えが返ってきた。
 暗くて顔が分からなかったのに、男と分かったり牙は見ていたりと不自然な証言であるが、人とは後からこうだったのではないかと記憶を改竄する生き物である。多分、この少女は吸血鬼といえば、牙を生やした男であろうと思い込んでおり、よく見えもしなかった侵入者を自分の想像する吸血鬼像に当てはめてしまったのだろう。
 なんにしろ、その男は、アプトムたちの接近に気づいたのか、エルザに何をする間もなく、入ってきた窓から出て行ったとのこと。
 ちなみに、その窓から飛び込んできたタバサは、男の姿を見ていない。よほど、急いで逃げ出したのだろう。

 とりあえず、今日はもう吸血鬼は出ないだろうと言うと、アプトムはエルザを連れて客間に戻り、タバサはあてがわれた部屋に向かう。
 もちろん、二人は自分たちの言ったことを信じてなどいない。
 アプトムはエルザを含めた村の娘たちを集めた客間を一晩中見張るつもりでいるし、タバサも寝たふりで吸血鬼を待ち構える気だ。
 そうして客間に向かう途中、エルザがアプトムに話しかけてきた。

「お、おじちゃんもメイジなの?」
「いや。俺はメイジじゃない。杖も持ってないだろ?」

 アプトムの答えに、エルザは少し考えて質問を続ける。

「でも、メイジでもないのに、吸血鬼のいる村になんか来て怖くない?」
「怖くはないな。むしろ楽しみではある」

 どういうことかと問うエルザにアプトムは答える。メイジとは何度か戦ったが、どれも話にもならない程度の力しかなかった。だが、人々に恐れられる吸血鬼というバケモノであれば、メイジよりもマシかもしれない。
 アプトムは、別に戦闘を好む性格というわけではない。だが、彼は絶対最強の存在を目指す戦闘生物である。その本能が、彼により優れた遺伝子情報を持つ者を喰らえと訴える。彼は、期待している。吸血鬼が融合捕食の対象としてふさわしい能力を持っていることを。
 ちなみに、メイジを彼は融合捕食の対象とする気はない。メイジが先天的に持つのは魔法を使う才能であり、実際に使うには知識と経験が必要である。メイジを融合捕食しても彼が魔法を使うには教育と修行を必要とするが、そんな手間をかけてまで身につける価値はない。魔法には彼が倒すべき敵と定めているガイバーに有効なほどの攻撃力はなく、そんな物を彼は大して必要としていないのだから。
 そんな内心を語ったわけではないが、エルザは眼を大きく開けて「すごいなあ」と呟いた。



 夜が明けて、朝まで起きていたタバサは、そこでようやく眠りにつき、昼を過ぎた頃に目を覚ました。
 目覚めたタバサは、部屋の隅に鞄と一緒に置いてあるニンニクを見て、しばらく考えてそれを持って客間に行く。自分を囮に使うには持ち歩かないほうがいいが、客間に置いて吸血鬼避けに使うにはいいだろうと考えたのだ。
 その後、客間の娘たちに怪訝な顔をされたが、そんな事を気にするタバサではない。
 睡眠をとっていないはずなのに、疲れを見せないアプトムと合流したタバサは、先日と同じように村を見て回り、昨夜の事が噂になっていることを知る。
 昨晩、吸血鬼が現れたのに犠牲者が出なかったということで、村人たちは手のひらを返したように二人を信用したらしく協力的になったが、それで新しいことが分かるわけでもない。特に新しい情報も得られないまま、日は沈み夜が訪れた。

 タバサが部屋に戻り、アプトムが寝ずの番をしようと客間の扉の前に座り込むと、エルザがスープを持って彼の元にやってきた。
 屋敷に泊まっている娘たちが感謝の気持ちにと作ったものを運んできたのだ。
 それを一目見て、アプトムは渋い顔をする。

「どうかしましたか?」

 そう聞いてくる、こちらはサラダを持った娘に、「なんでもない」と答えつつ、ニンニクの入ったスープを受け取る。
 タバサが何の説明もなく客間に持ち込んだ物なのだから、食材と間違われても仕方がないのだが、吸血鬼避けに持ってきた物が普通に消費されるのは複雑な気分である。
 まあ、そんな事を言ってみてもしかたがないだろうと、スープとサラダを食べていると、エルザがぽつりと呟いた。

「ねえ、おじちゃん。野菜も生きてるんだよね」

 急に何を言い出すのかと思うアプトムに、エルザは続けて、鳥も牛も豚も生きているのに、死にたくなんかないだろうに、どうして殺して食べるのだろうと問いかける。
 それは、もちろん生きるためである。そう答えると「吸血鬼も同じじゃないの?」とエルザは言う。
 吸血鬼も生きるために人間の血を吸っているのに、何故それが邪悪だなどと言われて退治されなくてはならないのか。そう問うエルザにアプトムは答える。弱いからだと。弱いものが強いものに噛み付けば叩き潰されるのだと。

「弱いって吸血鬼が?」
「そうだ」
「吸血鬼は人間より強いでしょ。だから、人間は吸血鬼に殺されてるし、村の人たちだって怖がってるんじゃないの?」

 何故かムキになるエルザに、人を殺すぐらい毒蛇や毒虫にだってできるとアプトムは答える。蛇や虫でもどこに潜んでいるか分からなければ人は恐れる。ただ、それだけの話。そして、それは自分も似たようなものだとアプトムは内心苦笑する。自分はまだ弱い。クロノスという巨大組織に隠れずに敵対できるほどの力がない。もっと強くならなくてはと決意を新たにする。
 そんなアプトムの答えに、納得がいかない。納得したくない。そんな眼で睨みつけるエルザの視線をアプトムは感情の読めない表情で受け止める。
 そんなとき、ガシャンとガラスを割ったような音が、聞こえてきた。
 音を聞いた後のアプトムの行動は早かった。即座に扉を開け部屋に入ると、窓の一つが割られ、その前に一人の男が立っていた。

「アレキサンドルよ! やっぱり彼が屍人鬼だったのよ!」

 部屋にいる娘の叫びが合図であったように、男は近くにいた娘に人間離れしたスピードで掴みかかり、それ以上に速く動いたアプトムに殴りつけられ入ってきた窓から外に吹っ飛ばされた。
 男を追って外に出たアプトムは、彼の人間離れした腕力で殴ったにもかかわらず、特にダメージを受けたようにも見えない男を観察する。
 その男は、確かに先日見たアレキサンドルという男の特徴を備えていたが、目は血走り、口の隙間から牙を覗かせた姿は、まさに妖魔と呼ぶに相応しい。
 この男が吸血鬼なら話は早いのだが、屍人鬼では始末しても事件は解決しないなと考えていると、男が掴みかかってきた。獣のような速度とパワーのそれは、ただの平民はもとよりメイジでも対応が難しく。しかし、そのどちらでもないアプトムは、簡単にその手を捕らえ取り押さえた。つもりだった……。
 獣じみた男の動きには理性が感じられず、男以上のパワーとスピードを持つアプトムには容易く関節を決めて取り押さえられるかと思われた。だが、男は関節が決められても骨が砕けても頓着せず暴れ回り、拘束を抜け出し、こともあろうに、さきほど出てきた窓にもう一度突っ込んだ。
 腕を砕かれ、戦闘力が激減しているとはいえ、無力な娘たちが対応できるはずがない。舌打ちして追おうとしたところで、窓枠に足をかけた男が後ろ向きに倒れた。
 男の胸には、氷の杭が刺さっていた。騒ぎを聞きつけてやってきたタバサの仕業である。

「ラグーズ・イス・イーサ……」

 そんな声の後に、無数の氷の矢が現れ男を串刺しにして動きが封じられると、男が入ろうとした窓からタバサが出てきて二つの魔法をかけた。
 一つは錬金。土を油に。もう一つは発火。火のついた油は男を焼き尽くした。

 これで、この事件が終わったわけではない。そのことは分かっていたが、今夜はこれで終わりだろう。そんな油断があった。だから、二人
は次の凶行を防げなかった。



「燃えちまえ! 吸血鬼!」「なにが占い師だ! 俺たちを騙しやがって!」「汚物は消毒だ~!!」

 そんな罵りの言葉が叫ばれている現場にアプトムとタバサが到着した時、マゼンダという名の老婆の住む家は業火に包まれていた。
 アレキサンドルが屍人鬼だったという話が、不自然なほどに早く村人の間に伝わり、結果として村人たちは放火という凶行に走っていた。
 駆けつけたタバサは、即座に呪文を唱え杖を中心とした氷の嵐を発生させるとそれを燃える家にぶつけた。
 アイス・ストームと呼ばれるトライアングル・スペルであるその魔法が、家を包むとほどなくして、火事は消し止められた。
 だが、その時にはもうあばら家は全焼していた。

「見ろよ! 吸血鬼は消し炭だ! ざまあみやがれ!」
「こないだ、あんたたちが止めなかったら、もっと早くに解決していたんだ」

 一人の村人が、タバサたちに指を突きつけて弾劾する。
 それに、タバサは証拠がないと返すが、そこに証拠ならあるとやってくる者がいた。前にも、老婆が吸血鬼だと騒いでいたレオンである。彼は、赤い布の切れ端をタバサの足元に投げ捨てて言う。

「そいつが……、犠牲者の出た家の煙突の中に引っかかってた。婆さんの着物の切れ端さ。あの婆さんは、煙突から家に出入りしてたんだ。そりゃあ、窓や扉をいくら釘で打ちつけたって無駄だよ」

 小バカにした様子でレオンは続ける。普通の大人なら通れないような細い煙突も、枯れ枝のように細い老婆だから通れた。騎士のあんたらには気づけなかった盲点に自分は気づいてやったのだと。
 これで、この事件は終わりだと彼は立ち去り、他の村人も解散した。

「使えねえ騎士さまだよ」「やっぱガキじゃな」「前の騎士さまといい、無能なのばかり寄越しやがっておかげで無駄な犠牲がでてるじゃねえか」「村の娘たちは犠牲になったのだ。やる気のないお城の犠牲にな」

 そんな言葉を残して村人たちは去り、そこにタバサとアプトムだけが残り、そして村長がやってきた。

「ご苦労様でした、騎士さま。村人たちの非礼をお詫びします。でも……、彼らの気持ちも分かってやってください。家族を亡くして気が立ってるんです。ゆるしてくださいですじゃ。なにはともあれ、解決してよかったですじゃ……」



 村長の屋敷にある、自分にあてがわれた部屋でタバサはボーッと座り込んでいた。
 事件は解決した。そういうことになってしまった。タバサは、あの老婆が吸血鬼だったとは思っていない。だが、こうなってしまっては事件が終わっていないからと留まるわけにはいかない。
 どうしようかとアプトムを見ると、こちらは何も気にしていない様子で、タバサの寝巻きなどを畳んで鞄に詰め込んでいる。従者役を頼んだのは自分だが、何もそこまでと思ったりしたが、そんなことより自分と同じで吸血鬼は他にいると思っているだろうに、どうしてこんなに落ち着いているのかとタバサは訝しむ。
 そして、アプトムの方が何を考えているかというと、彼はこのまま帰るつもりなど無い。彼にとって重要なのは吸血鬼の捕獲であって事件の解決ではない。とはいえ、事件が終わったという事になっている以上、このまま留まるわけにはいかないと考えているのはタバサと同じである。
 だから、彼は帰ったふりをしてコッソリ森に残って吸血鬼を捜す気でいた。面倒見よくタバサの荷物を片付けているのは、ルイズの使い魔になってからできた習慣のようなものである。
 そうして、荷物を纏め終わった頃、扉をノックする音が聞こえてきた。
 扉を開けたそこには、エルザがいた。

「あの……、おじいちゃんが、おじちゃんに話があるから呼んで欲しいって……」

 話? 用事があるなら直接話しに来たほうが早いのではないか。と思ったが、まあどうでもいいかとアプトムが出て行こうとすると、エルザは今度はタバサに話しかける。

「それと、おねえちゃんに見てもらいたいものがあるの。一緒に来てほしいの」
「見てもらいたいもの?」
「うん。大事なものなの」

 そう言われ、少し考えたタバサは杖を持とうとして、怯えるエルザの顔に、そういえばこの子の両親はメイジに殺されたと言っていたなと思い出し、杖をアプトムに持たせてエルザについて屋敷を出て行く。
 それを見送ったアプトムは、何の用だろうと考えながら村長の部屋へと向かった。
 扉をノックして部屋に入ると、村長は待ちかねたとばかりに詰めより話しかけてきた。

「大変ですじゃ! 大変な事がわかったのですじゃ! って騎士さまはどうなさった?」
「あいつなら、お前が引き取っている娘につれられて出て行ったが?」
「なんと!? それは大変なことになりましたじゃ」

 何が大変なんだと思った瞬間だった。
 アプトムは下腹に衝撃を受け、そこを見ると幅広のナイフが刺さっていて、それを村長の手が握っていた。

「実はですな。あの娘が、エルザが吸血鬼だったんですじゃ」

 そう言って笑った村長は、目が血走り、口からは牙を覗かせていた。



「こっちなの」

 そう言ってエルザがタバサを連れて行ったのは吸血鬼の最初の犠牲者が現れてからは、だれも立ち寄らなかった森の中。この村の特産品であるムラサキヨモギという山草の群生地。
 これは? と問うタバサに、エルザは、この村の名物だからお土産に待って帰ってほしい。と答える。
 特に考えもなくムラサキヨモギを摘むタバサにエルザは問う。

「ねえ、おねえちゃん。その草も生きてるんだよね」

 それは、先日アプトムにしたのと同じ問い。その他の生き物を殺し喰らう行為は、吸血鬼が人間の血を吸うのと同じではないかと問うエルザに、タバサがその通りだと頷くとエルザはニコリと笑った。

「じゃあ。わたしが、おねえちゃんの血を吸ってもいいよね」

 そう言ったエルザの口から鋭い牙が生えているのを確認した瞬間、タバサは山草を捨てて走り出した。だが、その行動は遅かった。

「枝よ。伸びし森の枝よ。彼女の腕をつかみたまえ」

 それは先住魔法の呪文。その場の精霊の力を借りる自然の力。
 呪文と共に森の木々がざわめき、その枝がうごめきタバサを捕らえ巻きつく。

「おねえちゃんは優しいね。わたしが恐がるから、杖を置いてきてくれたんでしょう。そして、杖を持ってるおじちゃんは今頃……」

 クスクスと笑う少女の姿に、アプトムの方にも何かを仕掛けたのだなとタバサは眉をしかめる。
 実の所、ここに来る前からタバサはエルザ吸血鬼ではないかと疑っていた。理由は、煙突に引っかかっていたという老婆の寝間着の切れ端、煙突はすでに調べ終わっており、その時にはそんなものはどこにもなかった。つまり、それは偽装。
 では、何故そんな偽装をしたのかと考えて、二つの可能性を思いつく。
 一つは、自分とアプトムが手ごわいと考え追い出すための作戦。もう一つは、吸血鬼はもう退治されたのだと油断させておいて、こちらの命を狙ってくる作戦。
 そのどちらかなど、タバサには分からない。だが、もしも油断をつく作戦なら、自分たちが出て行くまでに接触をしてくるはずだ。そう考えていたときに現れたエルザを疑うのは当然のことだろう。だから、ここに来る前にタバサは杖を置いてくるのではなくアプトムに預けてきた。
 あれは、ついてきてほしいという合図だったのだから。
 だが、そのアプトムがついてこれない状態なら? それはあまり考えたくない結果が彼女を待っているということである。

「彼に何をしたの?」
「もう分かってるんでしょ?」

 クスクス、クスクス、悪戯が成功した子供の顔でエルザは笑う。

「わたしね、メイジが嫌いなの。大っ嫌い。聞いてるでしょ? わたしの両親がメイジに殺されたって。ひょっとしたら疑ってるかもしれないけど、あれは本当の話。三十年くらい前の話だけどね。だから、メイジが現れたときは優先的にいただくことにしてるの。でも、おねえちゃんは分かりにくかった。だって、おじちゃんの方が主人みたいんだもの。もしかしたら、入れ替わってるんじゃないかって疑っちゃった」

 だから、近づいたのだとエルザは言う。本当はどちらがメイジなのかと確認するために、屍人鬼に自分を襲わせたりもした。次には二人が守っている娘たちを襲い魔法を使わせた。そして、どちらがメイジかは分かった。あとは、メイジであるタバサを襲うだけ。本来なら従者であるアプトムを殺す理由は無い。だけど……。

「あの、おじちゃん嫌いなんだもん」

 吸血鬼は人の上位にある捕食者であり強者である。エルザはそう思っている。人は、吸血鬼を恐れ怯え震えながら餌食になるために存在を許された下等動物なのだ。
 なのに、おの男は吸血鬼を弱いと言った。下等な獣や虫けらも同然の存在と言い切った。エルザにはそれが許せない。
 だから、殺すことにした。占い師の老婆に罪を着せて始末し、事件が解決したと思い込ませたあと、二人を引き離してそれぞれを始末する。それが、エルザの考え。

「でもね、おねえちゃんは好き。だって綺麗なんだもん。とってもおいしそう」

 そう言って動けないタバサに手を伸ばした時、二人の間を光が走った。
 ボトリッ。そんな音に「あれ?」っと不思議そうに呟いて、エルザは自分の手を見るが、そこには何も無い。タバサの体に伸ばした右手は肘から先が消失していて、手首から先が足元に落ちている。
 もう一度、「あれ?」っと呟いて、落ちた手と肘を見比べるとどちらも傷口が炭化しているのが分かった。
 どうして? と光が走ってきた方向を見ると、そこに人影が見えた。
 それは、死んでいるはずの男だった。
 アプトムという名のその男は、手の平をこちらに向けており、その手の平には何かレンズのようなものが張り付いているのが見えた。
 あれは何だろうなどと危機感のない事を考えてしまったのは、何が起こったのかを理解できていなかったから。理解したのは、そのレンズが光を放ち今度は左手が失われた後である。
 アプトムの手の平にあるレンズが高熱レーザーの発振器官であるなどとエルザには分からない。分かるのは、あれには簡単に彼女の命を奪う力があるという事実だけ。
 アプトムは更にレーザーを打ち出し、今度はタバサの身を縛る枝を焼く。と言っても、高熱のレーザーで焼かれた枝は一瞬で炭化し火を出さない。
 この時になって、ようやくエルザは気づいた。あの男は自分など及びもしないバケモノだと。あの魔法ではない不可思議な光を撃ち込んでくる男に比べれば、確かに自分など虫けらにも等しい弱者だと。
 エルザは悲鳴を上げていた。逃げ出していた。どこに逃げようというのか、逃げ切れるつもりでいるのか、そんなことは分からない。ただ恐怖して走り出していた。
 反撃しようなどとは思わない。それは死を近づけるだけの行為だと本能が告げていた。
 恐慌状態のエルザは走る先に別の人影を見つけてギクリと足を止め、そして安心した。
 そこにいたのは、村長だった。アレキサンドルが始末された後、アプトムの命を奪うためだけに屍人鬼にされた憐れな老人。
 アプトムを殺すのに失敗したのであろう老人が何故こんなところにいるのかなど、エルザには分からない。
 だけど、この際そんなことはどうでもいい。己の忠実な下僕である老人に、アプトムを倒すように命じ、その脇を走り抜ける。無論そんなことが可能とは思わない。彼女が期待するのは、自分が逃げる時間を稼ぐこと。
 だが、走る彼女の首が何者かに掴まれた。
 それは、老人以外にありえなかったのだけれど、そんなことはありえないとその手の主を見てエルザは恐怖した。
 それは、先ほどまでは村長であったはずである。今も村長の服を着ているのだ。なのに、そいつは顔の左に傷痕を残した、アプトムの顔を持っていた。
 何がなんだか分からないエルザは、抵抗が出来ない。恐怖に怯えていたから、という理由だけではない。そいつが掴んだ手の平から、掴まれた首に何かが浸食してきており、それによって彼女の運動機能が停止させられていたのだ。

「一つ聞きたい事がある」

 そういってきたのは、彼女の首を掴んだ男。その男は、間違いなくアプトムの声を持って語っていた。

「お前は、他の天体……、いや異世界でもいいが、そこから来たり帰ったりという話を聞いた事があるか?」

 言っておくが嘘をついても分かるぞ。今、俺とお前は繋がっているからな。と言うアプトムにエルザは首を振る。聞いた事がないどころか、まったく意味の分からない質問だったから。
 それに対して、アプトムは、そうだろうとは思ったがな。と、ため息を吐き「では、もうお前には用は無いな」と呟く。そして、それがエルザが聞いた最後の言葉だった。

 不可思議な光でタバサの拘束を解いたアプトムは、「無事か?」と問いかけて、彼女が頷くのを見ると、そのまま、歩きだす。
 歩く先には、村長の服を着たもう一人のアプトム。エルザはいない。もう一人のアプトムに首を掴まれた後、その手に吸い込まれでもしたように縮んでいき消えていった。

「どうだった?」
「ああ、間違いないようだ」

 そんな会話を交わす二人のアプトムが何を話しているのかなど、タバサには分からない。そもそも、村長の服を着たアプトムは何者なのか?
 そんな疑問を口にするべきか判断をつけかねていると、二人のアプトムは横に並び、重なり一人のアプトムになっていた。
 さすがに眼を剥くタバサだが、アプトムの方には、そのことを説明するつもりが無い。
 この時初めてタバサはアプトムに恐怖した。彼女は、この男を自分など一捻りに出来る強大な力を持つ亜人だと認識していた。
 だが、それでも自身の理解を超えるバケモノだとまでは思っていなかったのだ。
 この自分になんら興味を持っていない男は、敵対しようと考えなければさして危険な相手ではないと考えていたし、それは事実である。
 それを知っていても、恐怖を感じずにいられるような存在ではないと、タバサは今、思い知っていた。



 こうして、サビエラ村の吸血鬼は退治された。しかし、面倒だったのは、その後の処理であった。
 表向き、吸血鬼と屍人鬼は、占い師の老婆とその息子で、それを退治したのは村人たちということになっている。今更、エルザが吸血鬼だったと言っても誰も信じないであろう。
 だが、エルザ一人が消えたのなら親戚を知っているから連れて行ったと誤魔化せば済んだが、村長まで消えていては、そうはいかない。
 そのことで、迷ったタバサは上司に頼ることになってしまった。イザベラと書いて意地悪な従姉と読む上司は、話を聞いてタバサを酷く罵倒し鞭で打ちすらした。
 けれど、最後にはイザベラは機嫌よく後始末を引き受けた。タバサを酷く憎む彼女は、なんだかんだで仕事を完璧にこなす従妹を疎んじており、失敗することを望んでいたので、いつものような理不尽な理由ではなく、真っ当な理由でタバサを叱りつけ罰を与えることが出来て喜びを押さえられなかったのである。

 そして、そんなタバサと共に、シルフィードの背で帰路についたアプトムは、彼女の心配も、自分がバケモノと見られ始めたことも気にせずに考えていた。
 この事件で、アプトムはこの世界に来て初めて融合捕食の能力を使っていた。
 その能力で屍人鬼になった村長を分体にした時、彼はおかしなことに気づいた。融合捕食は対象の遺伝子情報を解析する能力でもある。その能力により、彼は屍人鬼になった村長が地球人類と極めて近い遺伝子情報を持っていることに気づいたのだ。
 これは、本来ありえないことである。地球の人類は、降臨者と呼ばれる地球外の天体からやってきた来訪者によってゾアノイドの素体として生み出された生命である。
 自然発生した生命が、それと似通った遺伝子情報を持っているなどありえないのだ。だから、もしやと思い吸血鬼も融合捕食して調べることにした。自分の考えが正しければ吸血鬼も地球人類と近い遺伝子情報を持っているはずであると考えた。高熱レーザーですぐに倒してしまわなかった理由の一つには、このはそのためでもある。
 そして、その考えは正しかった。エルザという吸血鬼の少女の遺伝子情報もまた地球人類とほとんど同じものだった。それどころか、調整された人類のソレに近い遺伝子情報を持っていた。
 つまり、このハルケギニアという世界に住む住人たちは、地球人と同じく降臨者によって生み出された生き物であるということ。
 だが、今のアプトムにはそれ以上の事は分からない。
 だから、彼は思う。面倒なことになっているのかもしれないなと。



「アプトムのやつ中々帰ってこないわね」

 ピンクブロンドの髪の少女の呟きに、暇そうに自慢の赤毛を弄っていたキュルケは、またかと呆れ、黒髪のメイドは苦笑する。
 アプトムが出かけた後のルイズの生活に、特別な変化は無い。朝はアプトムの代わりにシエスタに起こされ、午前の授業は寝惚けながら受け、午後にはちゃんと目を覚ましし、授業が終わると図書室に籠もる。
 この時、いつもアプトムにしてもらっていたように必要な本をシエスタに取って来てもらおうとして、ちょっとした出来事があった。
 この図書室はメイジが使用することを前提としたつくりになっていて、フライの魔法も使えない者には手の届かない所にある本が多い。
 アプトムなどは、体重を感じさせない動きでヒョイヒョイ本棚を登り必要な本を取ってきていたのだが、ただのメイドであるシエスタにそれを望むのは酷というものだろう。
 なのに、ルイズがそれをシエスタに頼んでしまったのは、単純にそのことを失念していたからであり、シエスタが文句も言わず従おうとしたのは、アプトムが帰ってくるまでの間、自分がこの可愛らしい小さな貴族の従者を勤め上げようと妙な使命感を持ってしまったからである。
 そして、高い位置にある本を取ろうと本棚をよじ登ろうと考えたシエスタは、足を滑らして盛大な尻餅を打った。
 幸いだったのは、シエスタが足を滑らせたのが最初の一段目であったことであろう。おかげで、シエスタが特に怪我をすることがないうちに、ルイズは自分の失敗に気づくことが出来た。
 そして、二人は同時に思った。どうしてこのメイドは、そこまでしてくれようとするのだろうと。この貴族の少女は何故たかが平民の自分を心配してくれるのだろうと。おかしなフラグが立った瞬間である。
 しかし、それはそれとして、高い位置にある本が取れないと勉強に支障が出るのは確かであり、その日はどうしたものかと悩んだものだが、翌日には、二人の間のおかしな雰囲気を面白がったキュルケがついてきて、その問題はクリアしたのだった。
 そして、色々あって三人は友好的な関係を作っていったのだが、やはり、ルイズとしては早くアプトムに帰ってきて欲しいという想いがあり、呆れるキュルケにもタバサに早く帰ってきて欲しいなという似たような想いがあったのである。


新着情報

取得中です。