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ゼロの花嫁-14 A

ゼロの花嫁14話「ケンカ」



ルイズも峠を越したという事で、キュルケは自室へと戻って行った。
ドアを閉め、椅子に腰掛けると大きく息を吐く。
深夜で皆寝静まっているせいか、普段は気にもならないような風の音が煩わしい。
窓の建て付けが悪いという訳ではない。
許容範囲内であるはずの風が窓を揺らすか細い音が、気に障って仕方が無いのだ。
イライラしながらカーテンを閉め、音が少しでも聞こえないようにしてみる。
音は止まない。
風が強くなってきている。
カタカタ、から、ダンダンと打ち付けるような音に変わる。
キュルケはテーブルの上にある壷を手に取り、怒りに任せて窓へと投げつけようと立ち上がる。
途端に音が止んだ。
訝しげに耳を澄ませると、再び小さな、カタカタという音が聞こえてくる。
壷を投げつけるなどと、一体自分は何をしているのか。
そんな自問と共に椅子に座り、深呼吸を一つ。

ようやく気付けた。この音は、窓の音何かではない。私が震えている音だ。

そう自覚した瞬間、全身が痙攣でも始めたかのようにガクガクと震え出す。
まともに立つ事も出来ない。転倒を避ける為、必死に椅子の背もたれにしがみつく。
しかし体重の預け方を誤ってしまい、椅子ごと大きく引っくり返ってしまう。
木の床の冷たさを、むき出しの腿と腕に感じながら、丸まって震えが収まるのを待つ。

『恐い、恐い、恐い、恐い、恐い、恐い…………』

目を閉じる事も出来ない。
そんな真似をすれば、脳裏に焼きついたあの風景、視界一杯に広がった死の壁を思い出してしまう。
たった一つ判断を誤っただけだ。
それだけで、決して逃れえぬ死がキュルケに襲い掛かってきた。
あの壁は、どれだけ魔法の訓練を重ねようと、体を限界まで鍛えぬこうと、人の身で回避する事は適わぬ。

私は死など恐れてはいない。
そのはずだ。だからどんな危険な事に顔を突っ込んでも平然としていられたのだ。
だが、今回の死は違った。
そもそも私は本気で死を意識した事などあったのだろうか。
上級生に氷の矢を打ち込まれた時は、怪我はすると思っていたけど、本当は死ぬ何て想像だにしていなかったのではなかろうか。
だから初めて死を他人から強要された今、こうして無様に打ち震えているのではないだろうか。
貴族の誇り、平民にはない覚悟を、表には出していないが自分も持っているつもりになっていた。
何と哀れな事か。
本当の死も知らず、自分は命を賭けて戦えるつもりになっていたとは。

いや、違う。おかしい、これはおかしすぎる。
戦場には数多の兵が居る。
彼等は皆こんなとてつもない恐怖と戦っているのだろうか。
ありえない。こんな恐怖に打ち勝つなど、そんな人間が居るなんて信じられない。
とっくに危機は脱しているにも関わらず、私はこんなにも震えてしまっているというのに。
私が見落としている恐怖の元が、何処かにあるはずだ。
それを見つけ出して取り除かなければ、私は二度と戦えなくなってしまう。

しかし、必死に考えるも原因は見つけられなかった。



どれだけ床で震えていただろう。
部屋をノックする音が聞こえてきた。
マズイ、こんな所を誰かに見られる訳にはいかない。
時間が経っていたせいか、無理をすれば何とか普段どおりの顔も出来そうだ。
みっともなく乱れ跳ねる髪を手櫛で整えドアを開く。
薄暗い照明に照らされ、顔の半ばが影に隠れてしまっている人物がちょこんとドアの前に佇んでいる。
「……こんばんわ」
挨拶をしてくるなんて珍しい。そんな失礼な感想を友人である来客、タバサに持ってしまう。
「どうしたの?」
良し、声も震えていない。これなら何とか誤魔化せる。
「少し、いい?」
良く無い。と即答したかったが、断る理由もすぐに思いつかず頷いてしまった。
一応引っくり返した椅子も元通りにしておいた。
タバサは本を片手にベッドの側まで行くと、ぽふっとベッドに腰掛ける。
用も無く部屋まで来る何て事、タバサにはありえない。
「何かあったの?」
そんな風に話を振ってやる。何時もならこれで用件を切り出してくるはず。
しかしタバサは何も答えず、じっとこちらを見つめるだけだ。
「……タバサ?」
再度促し、漸く口を開いたタバサは、信じられない言葉を口にした。

「恐いの?」

息が止まる。
「……な、何言ってるのよ……」
幾ら吸っても、呼吸が出来ない。
「震えが止まらないの?」
何で、貴女がそれを知っているのよ。
「ふ、震えて、何て、無いわよ。何言って、るのタバサ、ってば」
タバサは、すっと立ち上がって、
「もう恐くない」
私をぎゅっと抱き締めてくれた。



あー、もう、どうでもいいわよ。
こんな大泣きしたの久しぶりだし、しかもそれを他人に見られるなんて初めてだし。
はいー、私は怯えてましたー、超が付くチキンですー、貴族だのなんだの名乗る資格無いですー。
「……何でバレたのよ」
少し恨みがましい声になってしまったかもしれない。
「何となく」
何となくで人の一生の不覚を見抜かないで欲しい。
この際だ、考えてもわからなかった事タバサに聞いてみよう。
何でかタバサはこういうの恐くないような気がするし。
「ねえ、こんなに恐いなんておかしくない? ほら、戦争行って殺し合いしてる人なんてたくさん居るじゃない。なのにこんな恐かったら、みんな逃げ出しちゃうじゃない」
「大半は誤魔化してる。特にメイジは直接武器を交える事も少ないから」
む、言われてみれば確かに。自分が死ぬと思わなければ結構な無茶も出来るのは自身で証明済みだ。
「でも、誤魔化すったって何時までもそんなの通用しないでしょ?」
タバサは少しもの悲しそうな顔をした。
「軍には誤魔化す為のやり方がたくさんある。でも、それだけじゃ通用しない部分もあるから、逃げる兵も常時出てくる」
なるほど、それを防ぐ為に逃亡兵は極端なぐらい不名誉な烙印を押されるって訳ね、納得。
「じゃあその誤魔化し方を覚えればいいのね? 何かこう簡単に出来るようなのってない?」
「教えたくない」
おい。
「誤魔化してしまったら、自分の力を発揮出来なくなる。だから、覚悟を決めた人以外はそもそも戦場に出るべきじゃない」
タバサは私を抱き締める力を強くする。
「どんなに誤魔化しても、タイミング悪く戦場で震え出したら助からない。だからキュルケは戦場に出ちゃ駄目」
心配してくれるのは嬉しいわ。でも、引くに引けない時はどうすればいいのかしら。
「死ぬ事を受け入れられなければ、そういう結果も有り得ると覚悟を決められなければ、どんなに誤魔化しても結局は一緒」
痛い程に抱きしめる腕の強さが、きっとタバサが私を心配してくれてる強さなんだと思う。
でも、その暖かさ以上に、恐ろしい事を今タバサは言った。
「……じゃあ、戦場に出るには、この恐いのを受け入れなきゃ駄目って事? 勇敢なメイジはみんなこんなに恐いのを我慢して戦ってるって事?」
「そう」
即答が耳に痛い。
私は、どうしても確認しなければならない事を、タバサに訊ねた。
「……ルイズも?」
「多分」
全力でタバサを突き飛ばす。
もう何が何だかわからない。とにかく、今はタバサの話なんて聞きたくない。
「帰ってよ!」
「…………わかった」
タバサがこんなにも憎らしいと思えた事はない。
理由はわからないが、どうしてもタバサを許せない。
部屋を後にするタバサを見て、せいせいしたとしか思えない。
苛立ちに任せて机の上の小物を全部手で払い落とす。

「何でよ! 何でルイズはこんなに恐いの平気なのよっ!? 嘘でしょ! 私は信じないんだから! こんなに……こんなに差があるなんて絶対認めないわよ!」

ヤケになりながら、もう一度あの風景を思い出してみる。
何度も何度も思い出してみる。
気分が悪すぎて吐き気をもよおしてきた、頭がガンガンする。何も見えない。
見たくない、二度とあんな思いしたくない、近づくのも嫌、ゴーレム何てこの世から消えてしまえばいいのに。

ダメ、もう私おかしくなる。



土砂に埋もれて意識を失っていたルイズが目を覚ましたのは、翌日の朝であった。
ベッドの側にある椅子に腰掛けたまま、ベッドに身を乗り出すようにして寝ている燦を軽く揺すって起こす。
昨日の事を燦に確認すると、やはりあれは燦の歌による力で「英雄の詩」というものらしい。
心の繋がりが必要である為、今まで家族にしか出来ないと思っていた英雄の詩がルイズにも通じた事を素直に喜ぶ燦。
しかしルイズはそんな燦の機嫌を損ねない程度に、強くこの歌の使用を禁じる。
尤もらしく、歌っている間は燦が無防備になってしまう事を理由に挙げ駄目出しをしたのだが、真の理由は他にある。
記憶にある自身の絶頂に有頂天な様は、正直、思い出したくもない。
歌を聞く事で精神が高揚するせいだ、と燦は言っていたが、高揚どころではないだろうと心底思う。
あの時の自分は明らかにおかしかった。
とにかく戦いたくて戦いたくて仕方が無かったのだ。
それにもう一つ理由が出来た。
「ルイズちゃん顔が劇画調のまんまじゃなー。めっちゃ男前でかっこええよ」
鏡を見たら顔面神経痛みたいな顔をしていた。正直勘弁して欲しい。
とにかく授業には出ないといけない。
さっさと準備を済ませると、教室に出向く。くぅ、お願いだから早く顔元に戻ってよー!

「あら? キュルケは?」
ルイズは隣に座るタバサにそう聞いてみるも、返事は無い。
燦と顔を見合わせた後、土砂掘り起こして筋肉痛でも起こしたかと、さして気にしない事にした。
そして授業が終わって昼休み。
タバサは用があるといってそそくさと何処かに行ってしまった。
キュルケは未だに姿を現さず。
ルイズと燦は二人っきりで中庭に出て昼食を取る。
食堂に行こうとした所、ルイズの姿を見るなり生徒達が一斉に回れ右をして居なくなってしまったので、仕方無くバスケットに詰めてもらい中庭に出たのだ。
「……何か前よりヒドクなってない?」
「あ、あはははははは」
昨日の一件が原因であろう事は燦にもわかっているので、何とも言いようが無い。
時折そんな話をしながら黙々と食事を取る二人。
次の日も、その次の日も、キュルケは表れず、タバサも用があると断ってきた為、食事は二人っきりで取った。
二人に付き合えと強要する程子供でもないが、ルイズも燦も、凄く寂しかった。



オールドオスマンは、学長室で一人頭を抱えて居た。
教師達に集めさせ、コルベールに盗難品と回収品のリストを作らせたのだが、どう見ても足りない。
彼等がネコババした可能性まで考慮に入れて調べたのだが、やはり足りない。
実際に盗まれた物がある以上、これを城に報告せねばならないのだが、幾らなんでもこう続いて不祥事が起きてはそれも難しい。
一番の問題は、事件の前後から行方不明となっているミス・ロングビルの存在だ。
ワルド子爵からの手紙にも、ミス・ロングビルがゴーレム使いだとの話があった。
だとしたらもう確定だ。ミス・ロングビルは土くれのフーケであったのだ。
彼女を雇ったのは他ならぬオールドオスマンである。酒場で適当に見繕ったなんて、とてもじゃないが報告出来るわけがない。
王家からの預かり物もあるこの宝物庫から宝物が盗まれたなどと、どう言って報告すればよいのか。
校内には緘口令を布いてあるし、実際に宝物が盗まれたと知っているのはコルベールのみだ。
誤魔化す事はまだまだ出来ようが、実際に宝物が失われているままではいずれ城にもバレる。
今回に関しては、あの問題児達のお手柄だ。
連中が居なければ宝物の被害はあんな程度では済まなかっただろう。
ルイズ・フランソワーズと使い魔サンに話を聞いた所、どうもサンには不思議な力があるようで、あの戦いはそれ故との事。
厄介事が増えたような気がするが、とりあえず不思議な力は濫りに使わぬよう釘を刺して、この件は後回しにしておく。
胃の痛くなるような苦悩の日々を過ごすオールドオスマンに転機が訪れたのは、事件から二日経った日の事である。

学長室のゆったりしたソファーを勧めると、ワルド子爵は軍人らしいきびきびとした態度で席に着いた。
オールドオスマンはにこにこと上機嫌でワルドを迎える。
「実はこうして参りましたのは、妙な話を小耳に挟みまして……」
彼の話はこうだ。
表に出せない商品を扱うオークションを調査中、会場に潜入させた部下の報告によると、本来学園で管理しているはずの宝物が出品されていた。
こうした場に出てくる贋作など珍しくも無い。
しかし、目利きでもある部下曰く、何処からどう見ても本物にしか見えなかったというのだ。
これ程の精度の贋作が出てくるなど由々しき事態だ。
贋作には作者が居る。その者を突き止める為、部下はその商品を落札した。
越権にも程がある行為だが、ワルドはそういった部下自身の判断を尊重している。
その部下の勇み足を褒め称え、落札金額は全てワルドが持つから調査を開始するよう命じた。
ところがその商品を手に入れ、隅から隅まで調べたのだが、やはりそれは本物にしか見えなかった。
不審に思ったワルドが保管元である学園の周辺をそれとなく調べた所、数日前に何やら騒ぎがあった事が判明する。
「……といった次第なのですが。もしよろしければ宝物庫を確認させてはいただけませんか?」

はい、ワシ死んだー。
幾らなんでもワルド子爵優秀すぎじゃろ。
おかしいて、トリステインの犯罪捜査能力はバケモノかー。
というか何でそんな闇オークションの場所とか掴んでおるのじゃ。どんだけ手が広いんじゃこのヒゲは。
盗まれた事も知らぬのに、どーやって二日で盗品見つけて学院にまで乗り込むなんて芸当出来るんじゃ。
お前若手なら若手らしく仕事なんぞしとらんと女のケツでも追っかけてろ。ワシが若い頃はそーしたぞ。
あれか? 嫌がらせか? ワシをイジメる為に新王が遣わしたジジイ専のドS魔人か?
そもそも軍人だったら戦争だけしとればいいのに。役割分担というものを理解せぬか。
あー、今すぐコイツ心臓止まって死んだりせんかなー。
……ともかく愚痴は後回しじゃ。ワシも伊達にトリステインの老害、エロ師匠と言われてはおらぬ。
このワシの灰色(時々ピンク気味)の脳細胞を駆使すればこの程度の危機、さくっとずばっとチャンスに変えてくれるわ。
「ふむ。その話をする前に一つ、折り入って子爵に相談があるのじゃがな」
「私に……ですか?」
その瞬間、子爵の目が光ったのをワシは見逃さなかった。
よーしよーし! コヤツめ! ハナからワシに恩を売る気で来おったな!
「実は……」

よしよしよしよしよしよしよしよし、これなら何とかなるかもしれん。
むしろこいつの手の広さが役に立つ。宝物全てを買い戻す事も可能かもしれんぞ。
くっくっく、ワシの時代は終わらぬさ! 何度でも蘇ってくれるわ!
ふん、小僧ごときが粋がった所でこのワシを自在に操れるなどと思うなよ?
でもお金なら出すし、ちょっとぐらいなら言う事聞いてやってもいいぞ。
いやホント、今回ばっかりは洒落にならんのじゃからワシ……もう泣きそうじゃて。

この小僧が宝物を盗み出す手引きをした可能性も大きいだけに、ここは一つ乗せられたフリをしといてやるわい。



非常に大人なやりとりの後、オールドオスマンの依頼を受け、ワルド子爵は預かった盗品リストを手に学長室を後にした。
「トリステイン魔法学院学長、オールドオスマンに貸しを作ってみんか?」
との言葉を、ワルド子爵は粛々と受け入れたのだ。
城には秘密で盗品を買いなおし、その代金はオールドオスマンが負担するという事で話はついた。
全ての盗品が揃うとも思えないが、これで今回の件は隠密裏に収める事が出来そうだ。
ワルドは鋭い男だが、襲撃がゴーレムで行われた事、そしてミス・ロングビルが不在である事を彼は知らない様子だった。
それとなくロングビルと話をしていくか、と振ってみた所、ワルドはミス・ロングビルの軍への異動を口にした。
シュバリエ叙勲を振りかざし(功があろうと軍役に就かぬ者に叙勲はなされない)、貸しを早速返せといった口ぶりであったが、当人にその意思が薄いと告げると残念そうに引き下がった。
謁見の間での出来事は仔細漏らさずルイズに報告させてある。
貴族位剥奪を免れ得ぬ婚約者の為に尽力するなど、中々骨のある青年だとは思っていたが、今回の件を見るに底なし沼のような宮廷での立ち回りも心得ているようだ。
「優秀な者には相応のトゲがあるものじゃが……さて、奴は野心と道義と、どちらを優先させる男なのか……もう少し見極めてみぬ事には解らぬか」



帰路に着いたワルド子爵は、自らの読みの鋭さに笑いが止まらなかった。
ルイズの件で新女王の信頼を得たワルドは、グリフォン隊隊長のみならず、既に幾つかの役職を兼任している。
前任者は間抜けかと思う程仕事をしていなかったので、ワルドにとって兼任も苦にならなかった。
実際自分が動くでもなく、部下達が動きやすいよう環境を整えてやっただけだ。
それだけで彼等は、水を得た魚の様に動きが精彩を増した。
グリフォン隊だけでは手が足りず、歯噛みしていた闇オークションや人身売買の現場を確保する事にも成功している。
軍人は軍務だけしていればいいなどと、ワルドは考えていなかった。
有事の際はそれでよかろう。しかし、これ程の武力をそれ以外の時も遊ばせておくなど無為也、の一言でワルドは斬って捨てた。
使える手駒は着々と増えている。
早速かのオールドオスマンに貸しを作れるなど、幸先が良すぎる。

は? アルビオン? 馬鹿か、あんなふよふよ浮いてるだけの反乱一つで引っくり返るような国に興味など失せたわ。

反乱軍から繋ぎの使者が来てそろそろ行動に移れとか抜かしたので、斬り捨てて埋めてやったわ。
はっはっは、連絡が付かなければ文句の言いようもないだろう。
連中には私が味方だと思わせておけばいい、いっそグリフォン隊引き連れて本陣を強襲してやろうか。
奴等の行動指針からするに、アルビオンを落とした後トリステインへと牙を剥くだろう。
その為に私に声をかけたのだろうが、ふん、ならばアルビオンが落ちた瞬間こちらから仕掛けてくれる。
アルビオンの王族さえ確保しておけば、侵攻の大義名分も立つ。
出兵自体にぐだぐだと文句を付けて来る者も居ようが、あの小娘を操ってやればどうとでもなる。
私は、この国で、私の欲しい全てを手に入れて見せる。

ワルドは気付いていなかった。
これが実は自身も気付かぬ言い訳に過ぎず、ワルドは単に楽しくて仕方が無かっただけなのだと。
評価はされていたが、自分にはそれ以上の力があると常日頃から思っていた。
それを存分に発揮し、成果が上がっていく今の立場が、この上なく愉快であったのだ。



学園の周囲を10週。これはルイズと燦が毎日こなしているランニングと同じ量である。
最後の一、二週はもう、走ってるんだか、歩いてるんだか、彷徨ってるんだか、解らない有様だ。
それでも最後まで走り抜き、むき出しの地面にでれーんとぶっ倒れる。
「あー、少し動かないと、逆にキツイわよアレ」
「そうじゃなあ、それにそもそもあの量はキュルケちゃんには厳しいと思う」
しばらくそうしていた後、がくがく震えながら立ち上がる。
学園をすっぽり包む壁にもたれるようにして体を支えながら、呪文の詠唱を始めた。
放たれる炎の弾は、森の木々をすり抜けて奥の一本に命中。
それを何度も繰り返す。
「あ、わかった。体が回復するまでの間に、魔法の精度練習をしてるのね」
「ほへー、考えてるなーキュルケちゃん」
何度も何度も繰り返し、決めてた数を終えたのか、次のトレーニングに移る。
「次は筋トレね。……いや、キュルケ。アンタにその回数は絶対無理だから。腕取れるわよそれ」
「何か最初の頃のルイズちゃん思い出すなあ」
ルイズと燦が何をやっているかというと、日一日とやつれていくキュルケを心配し、その動向を盗み見ていたのだ。
ゴーレムと戦った日以来、キュルケは授業もそっちのけで何かわからぬ事をしており、そのせいで一日ごとに差がわかるぐらいにやつれていったのだ。
遂に極度の疲労からか森の中に嘔吐するキュルケ。
手馴れた様子で土を被せて処理すると、すぐにトレーニングへと戻る。
「……死ぬわよアレ本気で」
「止めよルイズちゃん。あれじゃ後三日も保たんて」
二人が監視していた城壁上から降りようとすると、その前にタバサが立ちはだかっていた。
「あれでいい」
何時の間に来ていたのか。どうやら二人のやりとりは聞いていたようだ。
ルイズは、キュルケは明らかにオーバーワークだと思っていたので、タバサの言葉に納得出来ない。
「良い訳無いでしょ。あれじゃ体が慣れる前に頭がおかしくなるわよ。物凄い苦しいのよ、ああいうのって」
ルイズが言うととても説得力があるような無いような。
しかしタバサは首を横に振る。
「キュルケにとってはあの方が楽。多分、ああでもしないと眠れないんだと思う」
ハードトレーニングを重ねるキュルケを、辛そうに見つめるタバサ。
「……逃げればいいのに。だからって誰も責めたりしないのに……」
そしてちらっとルイズを横目に見る。
「バケモノの相手をしようなんて考えるからああなる」
何処となく責めるような口調にルイズはカチンと来たが、キュルケも、それを見守るタバサも、本当に辛そうだったので我慢してやる事にした。



巌の様に盛り上がった筋肉、特に両の腕が凄い。
タバサの腰回りと変わらぬ太さを誇る腕の筋肉を、これ見よがしに誇示するように上半身裸のまま、男はタバサを見下ろす。
「一つ、何でも言う事聞くって話。確か何だろうな魔法学院のお嬢ちゃん」
怯えが顔に出ぬよう苦心しながら小さく頷くタバサ。
筋肉男はぎょろりとした目で、タバサを射すくめるように見つめ依頼する。
「じゃあ今すぐ頼む。助けてくれ」
家の外から怒声が聞こえてくる。
「おんどりゃああああああ!! 金返さんかいボケェェェ!!」
「てめぇの自慢の腕へし折られてえかクソがあああああ!!」
「オラ出て来いや! この辺の顔役に話通してあんだ! てめえに逃げ場はねえぞゴルァァァ!!」
借金取りらしい彼等の怒声を聞いたタバサは、筋肉男に向き直る。
「お金は無いから、頼み事にした」
「そう言うなよおおおおおおお、アンタ学院の生徒なら魔法使えんだろおおおおお、たああすけてくれよおおおおおおお」
「お金を作る魔法何て無い」
「アイツ等ぶっとばしてくれるだけでいいんだって! 出来れば二度と俺に手出しする気無くなるぐらいの勢いで」
殊更に酷薄な口調でタバサは告げる。
「なら、あの人達死ぬけどそれでいい? 私は後始末をする気無い」
「殺すって、いやそこまでする事ぁ……」
タバサは筋肉男との会話を勝手に切り上げ、玄関前に居るだろう男達に向かい、ドア越しに魔法を放った。
十本の氷の矢が玄関をぶち破り、男達に襲いかかる。
この不意打ちに、男達はこけつまろびつ玄関前から避難する。
そこに、杖を翳したタバサがぬっと現れる。
男達が何事かとタバサの言葉を待つが、タバサは彼等に宣告すらせず次の魔法を唱え始める。
「ば、ばかっ! 本気で殺す気か!?」
大慌てで後ろから筋肉男が飛び出してきて、タバサの肩を掴んで止めようとするも、タバサは詠唱を止めない。
無機質に、作業を行うように、淡々と呪文を唱え続ける。
筋肉男は借金取り達に向かって怒鳴る。
「バカヤロウ! さっさと逃げねえか! てめえら殺されるぞ!」
その声が合図になり、借金取り達は退散していった。
筋肉男は怒りに震え、タバサの襟首を掴む。
「てめえ! どういうつもりだ!」
無表情のままタバサは答えた。
「頼んだ物が出来るまで私はここから学院に通う。これなら多分作業期間中は貴方の身の安全は保障されると思う」
男の手首を捻る事であっさりとその手を振り払い、すたすたと家の中に戻っていくタバサは、男に背を向けながら言った。
「人殺しは私も好きじゃない。さっきのは良いアシストだった」
そう動くよう仕向けたのはタバサだが。
見事引っ掛けられた男は、このちびっ子は見た目以上に大人であると理解する。
「はっ、そういう事ね。ああ、わかった。アンタの依頼受けさせてもらうぜ」
鍛冶屋を営む筋肉男は、そう言うとタバサの後を追い作業場へと向かう。
「で、依頼の槍? 杖? の贋作作れって話だが、もう少し形状を詳しく聞かせてくれよ……」

迷槍涅府血遊云(めいそうネプチューン)。トリステイン魔法学園宝物庫保管NO.897、身体の異常を浄化する力を持つ、らしい。
トリステイン魔法学院生徒改め、盗賊見習いへとクラスチェンジしたタバサの最初で最後のターゲットである。
ミッションプランはこうだ。
コルベールの作業を手伝う事で信頼を得、この度の事件でごちゃごちゃになった宝物庫の整理を共に行えるようになる。
その間に、ターゲットの複製を用意しておき、隙を見てこれをすりかえる。
手に入れるなり帰郷し、狂気の薬にて正気を失っている母に試し、すぐに学園へと戻って返還する。
その間だけ誤魔化せればいい。
問題はこれが効果を発揮した場合だ。
正気に戻った母を、ガリア王がそのままにしておくはずもない。
その場合タバサは、母を連れて逃げ出すつもりであった。
幸いシルフィードという足もある。
本気で逃げれば追いつかれる心配もあるまい。
正気にさえ戻っていてくれれば、母も竜の上で暴れるような真似はしないだろうから。
タバサの本名はシャルロット・エレーヌ・オルレアンといい、ガリアの王族の出だ。
王位継承に関わるトラブルに巻き込まれ、心を狂わす毒を飲まされそうになった所、母がタバサを庇い、代わりに毒を飲んでしまった。
それ以来、タバサは身動き取れぬ母を人質に取られ、ガリア王の命ずるまま危険な任務を数多こなしてきた。
任務の無い時は、こうして外国に留学という形で厄介払いされる程、現王に疎ましく思われているのだ。
王宮の中にはそんなタバサ達に同情的な人間も少なくない。
現王のやりようを批判する者達は、いつの日にかタバサの復権をと願い、心苦しい想いを抱えながら現状に甘んじている者も居る。
タバサがガリアから逃げるという事は、そんな彼等を見捨てる事にもなろう。
それもわかってはいるが、これ以上こんな事に振り回されるのは御免だと、タバサは心底思っていた。
タバサの願いは、あの優しい母との日々を取り戻したい、ただそれだけなのだ。




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