あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ラスボスだった使い魔-27a


 トリステイン魔法学院の中庭、テーブルと椅子を並べて作られた即席のラウンジの一席にて。
「モンモランシー、君の前では水の精霊も裸足で逃げ出すんじゃないかな。ほら、この髪……まるで金色の草原だ。キラキラ光って星の海だ。ああ、僕は君以外の女性がもう、目に入らないよ」
 ギーシュは、持っているボキャブラリーを総動員してモンモランシーを口説いていた。
 最初は『バラのようだ』『野バラのようだ』『白バラのようだ』『瞳なんか青いバラだ』『恥らう姿はつぼみのバラだ』と自分の得意分野であるバラを全面に押し出していたのだが、ネタが尽きてきたのでモンモランシーの分野である水の精霊を引き合いに出し始めている。
「……………」
 そんな風に立ったり座ったり身振り手振りを交えたりしながら熱心に口説かれると、モンモランシーとしても悪い気はしなかった。
 だが、相手は女グセが悪いことで有名なグラモン家の子息、ギーシュ・ド・グラモンだ。
 そう簡単に心を許すわけにはいかない。
(よし……)
 取りあえず、不満げな表情をしながらもギーシュに向かって左手を差し出す。
 それを見たギーシュは、ああ、と感嘆の声を出してその手に口付け、そのままモンモランシーの顔へと……。
「待って。……その前に、ワインで乾杯しましょう」
 唇を近付けようとした所で、彼女に指で制された。
「そ、そうだね!」
 慌てた様子でグラスにワインを注ぐギーシュ。
 そのワインが注ぎ終わった時を見計らって、すかさずモンモランシーは声を上げた。
「あら? 裸のお姫様が空を飛んでる!」
「えっ? どこ? どこどこ!?」
 口から出任せのモンモランシーの言葉に過敏に反応して、ギーシュはキョロキョロと周辺を見回した。
(ったく、コレだから信用出来ないのよ……)
 モンモランシーは呆れと苛立ちを感じつつ、その隙にソデの中から小瓶を取り出す。
 そしてその小瓶の中に入っている『透明な液体』を、並べられているグラスの片方に垂らした。
(これでよし)
 うむ、と頷くモンモランシー。
 ……彼女がワインの中に混入させた『透明な液体』の正体とは、惚れ薬である。
 先日、ユーゼスとの話し合いの中で出た『強力な精神操作系のポーション』の研究成果がこれであった。
 最初はモンモランシーも、これを作成するだけで実際に使うつもりはそれほど無かったのだが、いざ完成させてしまったからには使ってみたくなるのが人間という生き物だ。
 しかし、こんなモノを気軽に使うわけにもいかない。
 でもやっぱり使ってみたい、いやいやバレたらタダじゃ済まない……と自室で軽く悩んでいたところに、ギーシュが『話がしたい』とやって来たのである。
 これ幸いと『実験対象』を見つけたモンモランシーは、ついに一時的に良心をかなぐり捨てることにした。
(ヨリを戻すにしても、他の女の子に目移りされるのはガマン出来ないし……)
 まさに趣味と実益を兼ねた、完璧な使用動機である。
 大体、自分が作ったモノを自分が好きなように使って、何が悪いと言うのだろうか。いや、悪い場合も多々あるが。
 ともあれ、その惚れ薬はギーシュの目の前にあるワインの中だ。
「嘘よ。じゃあ、乾杯しましょ」
「や、やだなあ、ビックリさせないでくれ……」
 ニッコリと微笑んでグラスを手に取るモンモランシーと、息を吐いてグラスを手に取るギーシュ。
(……あれ?)
 と、ここでモンモランシーは重要なことに気が付いた。
(…………どっちに入れたんだっけ…………?)
 右のグラスだったか、左のグラスだったか。
 いや、そもそも自分が手に取っているのは、どっちのグラスだっただろうか。
(マ、マズイわ……)
 このまま行けば、2分の1の確率で自分が惚れ薬を飲んでしまうハメになる。
 ……こうなったら、最後の手段を使うしかない。
「あっ、白昼堂々こんな場所で服を脱ぎ始めてる女の子がいるわ!」
「な、なんだってぇー!?」
 モンモランシーの叫びに過敏に反応し、再び周囲を見回すギーシュ。なんと単純な男であろうか。
 もはや呆れを通り越して諦めすら感じてきたが、今はそれよりも惚れ薬だ。
 モンモランシーはササッと手早くギーシュのグラスに惚れ薬を混入させる。これで、少なくともギーシュは確実に惚れ薬を飲むことになった。問題は自分のグラスだが……。
(わたしのこのグラスは……まあ、適当な理由でもつけて捨てればいいか)
 フッ、こんな突発的なトラブルにも対応が出来るなんて、わたしも成長したわね……と心の中でほくそ笑むモンモランシーだった。

「はあ……」
 ルイズは悩んでいた。
 自分の手に入れた、伝説の『虚無』の魔法。
 伝説と言うだけあって、恐ろしいほどの力である。自分には荷が重い。いや重すぎる。潰れてしまいそうだ。
(姫さまにも『わたしの力を捧げます』って言えなかったし……)
 もちろん、アンリエッタのために力を尽くしたい、トリステインのために身命を賭したいという気持ちはある。確かにあるのだ。
 だが……。

 ―――「私や銀河連邦警察の宇宙刑事たちに不可能なことを、お前たちはアッサリと成し遂げ、無力な人々に奇跡を見せる」―――

 あの夢の内容がフラッシュバックして、アンリエッタの前でその誓いを口にすることが出来なかった。
 本当なら……あの夢を見る前の自分なら、あの場所で『虚無』を捧げることを誓って、そしてアンリエッタの命令に従って『虚無』を使って……。

 ―――「その結果、人々に与える印象は何だ?」―――

 夢の中の『仮面の男』は、救世主の存在を否定した。
 ……では、自分はどうなのだろう?

 ―――「……お前たちは、自分たちより弱い立場にいる者を甘やかしているだけだ。偽善者面で神を気取っているだけなのだ」―――

 たかが夢、と一笑に付すには、あまりにも今の自分の状況と合致していた。
(わたしは……)
 そもそも自分は魔法が使えるようになったら、どうするつもりだったのだろうか?
 立派なメイジになる。
 今まで自分を馬鹿にしていた連中に、わたしの存在を認めさせる。
 父さまや母さま、エレオノール姉さま……そして誰よりも、ちいねえさまに褒めてもらう。
 ユーゼスに自分の存在を認めさせて屈服させる、その手始めにする。
 じゃあ、その後は?
(どう、するんだろう……)
 普通に考えれば、それこそ普通の貴族の子女のように勉強して、教養を身につけ、しかるべき時期になったら結婚して……と、そんな感じである。
(……わたし、そんなことのために魔法が使えるようになりたかったんだっけ?)
 うまく言えないが、何か違う気がする。
 チラリと横を見てみれば、相変わらず何を考えているのかよく分からない銀髪の使い魔が、自分と並んで歩いている。
 確かに、自分の今の悩みをこの使い魔に打ち明ければ『それなりの答え』は出してくれるだろう。
 それはもしかしたら、自分で悩んで生み出す答えよりも良い物かもしれない。
 あるいは、自分で出した答えとほぼ同じ可能性もある。
 だが……『他人の出した答え』で、果たして自分は納得が出来るのだろうか?
 『他人が出した答え』を飲み込んで、自分の一部にして、それを元に自分の人生を歩いていくのだろうか?
(それのどこに『わたし』があるの?)
 よって、この問題は自分で答えを出さなくてはならないのだ。
 たとえ出した答えがどれだけ陳腐でも、ありふれていても、道を外れたものだとしても。
 それは、『自分自身が出した答え』なのだから。
「はあ……」
 しかし、その答えが分からない。
 まあ、そんなに簡単に答えが出るのならば、こんなに悩みはしないのだが。
「……御主人様、どこまで歩いていくつもりだ?」
「え?」
 ユーゼスに言われて周りを見回してみると、いつの間にか中庭のラウンジにまで歩いてきていた。
 やはり考えごとをしながら歩くのは良くないわね、などと思っていると、自分の喉が渇いていることに気付く。
 喉が渇いていては、思考も上手く回らない。
(どこか手頃な所に飲み物はないかしら)
 そう思って足を止め、視線をさまよわせると……手を伸ばせば届く場所に、ワインが注がれたグラスがあるではないか。まるで自分のために用意されたかのようだ。
 なんか近くにギーシュとモンモランシーが見えるが、この際それはどうでもいい。
 自分は今、喉が渇いているのである。
 なので、ルイズはギーシュが手を伸ばそうとしていたグラスを横から奪い取り、それをグイッと飲み干すのであった。

 時間は多少前後する。
 ミス・ロングビルは、イライラしながら中庭を歩いていた。
 理由は、自分の隣を涼しい顔で歩いているこの男……シュウ・シラカワである。
 『ジェットビートルの調整作業がありましたので』とかいう理由で再び魔法学院にやって来たらしく、また律儀にも自分に挨拶をしに来たのだそうだ。
 まあ、それはいい。
 それ自体は別にいいのだが、こうも頻繁にウェストウッド村を空けていてはティファニアたちが危険に晒されることになってしまうではないか。
 ただでさえ最近は、アルビオンに変な怪物(シュウは『アインスト』と呼んでいた)が出没して見境なく暴れているというのに、こんなタイミングであの村を無防備にするとは。
 そのことをキツい口調で指摘したら、『そこまで心配することもないでしょう』とか言うし。
 ……もっとも、『調整』とやらが終わったらとっとと帰るらしいので、確かに心配しすぎることもないような気がしないでもないと思うのだが……。
(って言うか、若い男とほぼ二人きりな状況で『心配するな』ってのも、かなり無理が……)
 ティファニアに限って『自分から迫る』みたいなことはまず無いと思うのだが、一時の気の迷いとかがあるかも知れない。いや、血迷ったシュウがティファニアに手を出す可能性だってゼロじゃない。
(う~~ん……)
 これをシュウに尋ねても、どうせやんわりと否定されるだけだろう。
 なので、シュウの使い魔のチカに聞いてみることにしたのだが……。
「え!? ……い、いや、そんなコトは、ないですヨ? む、むしろティファニア様は御主人様とマチルダ様の関係を疑ってたりしてますし……」
 何だかやたらと挙動不審な態度で否定される。
 ……その誤解に関しては今度ウェストウッド村に行った時にでも解いておくとして、ミス・ロングビルはチカと話をしていて妙な違和感に気付いた。
 口調がおかしいこと、ではない。
 チカの外見が微妙に薄汚れているのである。
 羽の端々が黒ずんでいたり、足の先に妙な白い物―――よくよく観察してみると、ロウであることが判明した―――がこびり付いていたり。
(飛んでたらロウソクにでも突っ込んだのかね?)
 ―――実際には、ティファニアが『チカ製作・御主人様とマチルダ様のやりとり報告書vol.1』を読んだ際に、その真偽を製作者に念押しする際に行った『ちょっと強めの確認』の結果だったりするのだが、さすがにそこまで思考が回ったりはしなかった。
(ま、いっか)
 ともあれミス・ロングビルにとっては、この鳥が火に突っ込もうが、焦げようが、ロウまみれになろうが、何をされようが、あまり重要でもない。
 今の自分の仕事は、シュウが行う『調整』の監視である。
 オールド・オスマンも、この出自も素性も正体も目的も不明な男に対しては一応の警戒心を抱いているようで、その監視を自分に命じてきた。
 『君らは知り合いみたいじゃし』という理由だけでそんなことを命じないで欲しいが……確かに、学院内の教員や職員の中では自分が適任だろう。
 ともかく、サッサと終わらせてもらって、とっとと帰らせよう。
 そう考えながら、ミス・ロングビルはシュウと共に中庭を突っ切っていく。本塔から学院の外に出るには、変に回り道をするよりもこうして中庭を通る方が早いのだ。
 ……と、その中庭に設置された簡単なラウンジに差し掛かったあたりで、
「ああっ!!?」
 いきなり素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「? ……ちょっと寄り道していくけど、いいかい?」
「構いませんよ」
 シュウの了承を取ると、ミス・ロングビルはその声がした方に歩いていく。
 今の自分はこの魔法学院の職員なのだから、そこで何かトラブルが起こったとなればそれに対応しなくてはならないのだ。
「おや、アレは……」
「たしかグラモン家の息子と、モンモランシ家の娘と……ミス・ヴァリエールに、銀髪の使い魔?」
 正直、状況がよく分からないが……とにかく行ってみるべきだろう。

「ああっ!!?」
 惚れ薬入りのワインを一気飲みしたルイズを見て、素っ頓狂な声を上げるモンモランシー。
 一体何だ、と“ルイズを含めた”一同の視線が彼女へと集中するが、その視線の集中攻撃に対してモンモランシーは顔を思いっきり伏せることで切り抜ける。
「いきなりどうしたのよ、モンモランシー?」
「……な、何でもないのよ、ルイズ」
 モンモランシーはテーブルに額をこすり付けながら返事をした。
「うーむ、いくら僕たちの乾杯をジャマされたからとは言え、その反応は酷いんじゃ……。なあ、ユー」
「そっちを見るなぁっ!!」
 彼女のそんな様子を見たギーシュは“ルイズの隣にいる”ユーゼスに話しかけるが、それを察知したモンモランシーは即座に(ルイズの方を見ないままで)ギーシュの首根っこを掴み、その顔をテーブルに叩き付けた。
「ぶべぇっ!!?」
「?」「……?」
 当然ながら、いきなり目の前でそんなことをやられたルイズとユーゼスは、モンモランシーの行動の意味が分からない。
 一体何なのだろう、と主人と使い魔は顔を見合わせた。
 見合わせてしまった。
「ぅ、あ……?」
「む?」
 次の瞬間、ユーゼスを見ているルイズの様子が、目に見えて変化し始めた。
「……ユー……ゼス……」
「御主人様?」
 瞳は潤み、顔は紅潮し、呼吸は荒くなり、挙動はソワソワし始め、ジリジリとユーゼスに近付いていく。
 そんな主人に何か不穏な物を感じたユーゼスは思わず身構えるが、次の瞬間。
「ユーゼスぅっ!!」
「!?」
 ルイズは、いきなりガバッとユーゼスに抱きついて、大泣きし始めた。
「……どうした、御主人様?」
「うっ、ひっくっ、どうして、どうしてエレオノール姉さまばっかりなのよ!!」
「???」
 突然抱きつかれて唐突にそんなことを言われても、ユーゼスはワケが分からない。
「わたしのことは、ひっく、いっつもほったらかして、姉さまとばっかり! どうしてわたしを見てくれないのよ! ひどいじゃない! うえ~~~ん!!」
「……取りあえず落ち着け、御主人様」
 何とかしてルイズをなだめようとするユーゼス。
「…………うぅむ、何だかルイズがいきなり錯乱し始めたようだが……。とにかく乾杯の続きと行こうじゃないか、モンモランシー」
「えっ!? あ、ああ、うん、そう……ね」
 ギーシュは即座に復活するとルイズの様子を『どうせいつものプチ修羅場だろう』と判断して、額にアザを作ったまま黒髪のメイドに命じて替えのグラスを用意させた。
 メイドはたまたま使っていないグラスをトレイに乗せていたので、グラスの交換は非常に手早く、スムーズに完了する。
「何はともあれ、かんぱ……」
「あっ! わ、わたしのグラスの中に、虫が入ってしまったわ!!」
 それではいざ乾杯、という段階になって、再びモンモランシーが声を上げた。
 ……何せ、彼女のグラスには2分の1の確率で惚れ薬が入っている。
 それを知っているのは他でもない彼女自身のみなのだが、それを知っているからこそ、そんなバクチを打つわけにはいかない。
「何と……無粋な虫だね」
「そ、そうね! 取りあえず、このワインは捨てましょうか!!」
 そしてモンモランシーが自分のグラスに入っているワインを地面に向かってバシャッと捨てようとしたその時。
「……ミス・モンモランシ。ワインをこぼしてしまうのならともかく、地面に向かって自分から放ろうとするのはどうかと思いますが」
「ミ、ミス・ロングビル!?」
 後ろから現れたミス・ロングビルが、モンモランシーの行動を止めたのだった。
 慌ててモンモランシーは『即席の理由』を説明する。
「あ、いえ、違うんです、ミス・ロングビル。実はこのグラスの中に虫が入ってしまいまして、さすがにそれを飲むのはちょっと……」
「虫ですか?」
 モンモランシーが持っているグラスを、その手から取るミス・ロングビル。
 ……モンモランシーとしても、残念なことに『虫が入っているはずのグラスに固執する理由』が思い浮かばなかったため、大して抵抗も出来ず渡すことになってしまった。
「……? 虫なんて入っていませんよ?」
「そ、そ、そうですか? 見間違いだったのかなー?」
 陽光に透かしてグラスの中を検分するミス・ロングビルだったが、その中には虫どころかホコリ一つも全く見当たらない。
 しかしこの態度を見るに、どうやらモンモランシーはこのワインが飲みたくないようだ。
 かと言って、捨てるのも……もったいない。
「では、私がいただきます」
「ええっ!!?」
「?」
 ミス・ロングビルはいきなり仰天したモンモランシーを訝しげに見るが、彼女は口をパクパクさせるだけでイマイチ要領を得ない。
(潔癖症か何かなのかねぇ……)
 実際に見るのは初めてだが、このような人間はいる所にはいるのだなぁ……などと変な感心をしながら、ミス・ロングビルは2分の1の確率で惚れ薬が入っているワインを、そうとは知らずに飲む。
「んく」
 別に上物というわけではないが、それなりに良いワインであった。特に異物感などはない。
 ……ふと見れば、モンモランシーは全力で自分から目を背けている。
「ミス・ロングビ」
「見るなって言ってんでしょうがぁっ!!」
 飲んでから最初に認識したモノに対して全力で愛情を注ぐ薬を『飲んだかもしれない』ロングビルに対して話しかけようとしたギーシュを、モンモランシーはその顔を地面に叩き付けることで阻止した。
「ごびゅおっ!!? ……は、ははは、嫉妬かい、モンモランシー?」
 顔面が地面にめり込んだ状態で、そんなことを言うギーシュ。意外とタフなのかもしれない。
「い・い・か・ら! 下手に視線を動かしたりするんじゃないわよっ!!」
「ああ、君の愛が痛い……、そして、苦しい……よ、モン……モラン……シ……ィ……」
「?」
「……ふむ?」
 そんな若い金髪同士のカップル未満のやりとりを見て、ミス・ロングビルとシュウは首を傾げる。
 まあ男と女の間には、当人同士でしか分からない『何か』があるものだが……。
(……どうでもいいか)
 少し離れた場所では、ヴァリエールの桃髪の娘と銀髪の使い魔が何やらやっているようだが、それも自分にとってはどうでもいい。
「それより早く……」
 チラリとシュウを見ると、彼は桃髪の少女と銀髪の男のやりとりを薄く笑みを浮かべながら見ていた。
「…………ん……」
 そんなシュウを見ていたら、ミス・ロングビル……いやマチルダ・オブ・サウスゴータの心の中で劇的な変化が発生し始める。
「……え?」
 ハッキリ言って、マチルダはこのシュウ・シラカワという男があまり好きではなかった。
 そりゃあ確かに優秀らしいし、ネオ・グランゾンなんて巨大なゴーレムともガーゴイルとも付かない物を操ったりするし、一応美形ではあるし、一見すれば『いい男』に見えなくもない。
 だが、どうにも色々と謎が多すぎるし、うさん臭いし、イマイチ信用出来ないし、何よりいけ好かない。
 この男に対する『好意』がゼロという訳ではないが、それよりも圧倒的に『疑念』や『警戒心』の割合の方が勝っていた。
 ……そのはず、だったのだが。
「ぁぅ……」
 どうしたことか、たった今シュウを視界に入れた瞬間、彼への好意が爆発的に増大した。
 理由は分からないが、溢れる感情は留まることを知らず、いても立ってもいられない。
「っ、シュウ……!」
「む?」
 思わずシュウの名を叫びながら、マチルダはシュウの元に駆けて行き、そしてピトッと張り付いた。
 当然、いきなり張り付かれたシュウは意味が分からない。
「ミス・ロングビル?」
「ああん、マチルダって呼んでぇ……」
「…………何をされました?」
「はぅぅう~~……」
 シュウは瞬時にマチルダの身に『異変』が起きたことを看破し、確認しようとする。
 だがマチルダは酩酊と言うか、理性が著しく欠如していると言うか、平たく言うとメロメロ状態なので、マトモな返答は返って来なかった。
「ふぇええ~~~ん! ユーゼス、ユーゼスぅ~~!!」
「だから落ち着けと言っているだろう」
 見れば、ユーゼスの主人であるルイズも明らかに様子がおかしい。
(何が起こったのかは分かりませんが……)
 とにかく、一度状況を整理する必要があるだろう。
 そして……。
「ミス・モンモランシ……でしたか?」
「は、はいいっ!!?」
 コソコソと逃げようとしていた金髪巻き毛の少女を呼び止めるシュウ。
 ここ数分ほどの間ではあるが、この少女の様子は明らかにおかしい。
「少しお話を伺ってもよろしいでしょうか? 私とミス・ロングビルと、ユーゼス・ゴッツォとミス・ルイズも交えて。……『何の話』かの説明は、必要ありませんね?」
「は、は、はははははい……」
 その眼光に底知れぬ圧力をにじませながら、シュウはモンモランシーに詰め寄ったのであった。
 彼の『詰問』を受けたモンモランシーは、後に語る。
 『シュウ・シラカワとその周辺の人間に対しては、迂闊に手出しをするな』、と……。

 その日の夜。
「惚れ薬ぃ!?」
「ちょ、ちょっと、大声を出さないでください、ミス・ヴァリエール! 禁制の品なんですから……!!」
 ユーゼスの研究室の中で、コメカミと表情とその他の部分をヒクつかせながら、エレオノールはことの顛末を聞いていた。
 まずこの金髪巻き毛の馬鹿が、こともあろうに禁制の『惚れ薬』を作り。
 それを隣にいる金髪のボンボンに飲ませようとして。
 間違って自分の妹と、学院長の秘書がそれを飲み。
 今はそれぞれユーゼスとシュウに対して、その効果を十分に発揮している真っ最中。
 見れば、椅子に座っているユーゼスの膝の上にはルイズが腰掛けて、ユーゼスの両腕を自分の身体に絡ませている。
 更に、同じく椅子に座っているシュウの横には学院長秘書のミス・ロングビルが……いるにはいるのだが、床の上に寝そべって『シュウぅ~……』などと寝言を呟きながら眠っていた。
「このような相手の場合は、眠らせるのが一番です」
 ……どうやら『このような相手』に対して、慣れているようだ。
 『それをルイズにもやってくれ』、とエレオノールは頼んだのだが、『私の問題を私が対処するのはともかく、あなた方の問題を私が対処する理由はありませんね』と返されてしまった。
 なおも食い下がろうとすると、ユーゼスに『諦めろ』と止められた。どうやらこの男には何を言っても無駄らしい。
 まあ、それはともかく、今後のことである。
「……………」
 エレオノールはしばし瞑目して考えた後で、一つの結論を出した。
「まずはこの馬鹿な子供の所業を、余す所なく王宮に報告しましょう。
 ……罰金で済めば良いわねぇ? 何せ公爵家であるヴァリエール家の三女、しかも女王陛下とも個人的に親交のある人物ををこんなにしてしまったんだから。下手をすれば禁固、縛り首、お家断絶……なんてことにならなければ良いけど」
「そ、そんな……!」
 顔面蒼白になるモンモランシー。
 冷ややかな瞳をそんな少女に向けながら、エレオノールは冷徹に言い放った。
「それが嫌なら、早く解除薬を作りなさい。今日を含めて2日だけ待ってあげるわ」
「で、でも、それを作るための材料である秘薬は、とっても高くて……」
「借金でもすればいいじゃない」
「う、うう……」
 モンモランシーは涙目になりながら、ガックリと肩を落とす。
 ギーシュは気落ちするモンモランシーを慰めようとしたが、そのモンモランシーに『お金貸して、500エキューほど』と言われたので思わず2、3歩ほど後ずさってしまう。
「……で、解除薬については待つしかないとして……」
 エレオノールの性格ならば『今すぐ作りなさい。は? 無理? じゃあ潔く王宮からの罰を受けるのね』とでも言いそうなものだが、そこは彼女も魔法の研究者である。
 強力なポーションが一朝一夕で作れるものではないことくらい、知り尽くしているのだ。
 なので、当面の問題は。
「ね、ユーゼス。もっとぎゅーってして?」
「……やった後で『苦しい』とか言われても困るのだが」
「ううん、いいの。ちょっとくらい苦しくても、ガマンするから……して?」
 現在進行形で惚れ薬の影響を受けまくっている、この愚妹である。
 エレオノールは元々つり上がり気味の目を更につり上がらせて、ルイズにピシッと言い放った。
「ちょっとルイズ! いつまでもユーゼスにベタベタしてるんじゃないわよっ!!」
 言われたルイズはチラッとエレオノールを見ると、面倒そうにボソッと呟く。
「……やだ」
「な、何ですって……!?」
 ワナワナと震えるエレオノールだったが、そんな姉の様子などどこ吹く風、とばかりにルイズはユーゼスにしがみつく。
「ユーゼスはわたしの使い魔で、わたしのモノなんですから、姉さまは引っ込んでてください」
「こ、この……! いいから離れなさいっ!!」
「いやぁ!!」
 頭に血が上ったエレオノールはルイズを強引にユーゼスから引き剥がそうとするが、そうするとルイズはますます強くユーゼスにしがみ付く。
「助けてユーゼス、エレオノール姉さまが苛めるの!」
「いや、別に苛めてはいないと思うのだが……」
 ユーゼスも、どうやら今の状態のルイズを扱いかねているようである。
「ともあれ、この状態が長く続くのは好ましくはないな。ミス・モンモランシの手腕に期待するしかないだろう」
「……ああもう、次から次へと問題が出て来るんだから……!」
「既に起こってしまったことに対して、文句を言っても始まるまい」
「文句の一つや二つも言いたくなるわよっ!!」
 実を言うと、ユーゼスやシュウの手にかかればこの程度の事象など一瞬あれば解決は出来る。
 しかし、『そんな下らないことに自分の力を使いたくない』、『人格に何らかの影響が残る可能性がゼロではない』、『“解決手段”の説明が面倒』、『これはこれで興味深い』、『イザとなったらいつでも元に戻せる』などの理由から、それをしていなかった。
(とは言え……可能な限り、早く戻さなくてはならないな……)
 ユーゼスとしては『研究がやりにくい』というのもあるが、それよりも大きな問題があった。
 ……普通の人間に比べてかなり薄くはあるが、一応ユーゼスにも性欲はある。
 ルイズのような少女に対して欲情する……というのは考えにくいのだが、しかしこうも身体を密着させられてはいつ自制が利かなくなるか分かったものではない。
 1週間程度ならそれなりに耐えられる自信はある。しかしこれが1ヶ月や1年となると、取り返しのつかない事態になっても不思議ではないのだ。
(クロスゲート・パラダイム・システムを使って……いや、性欲だけを抑制するとバランスが悪くなるな。食欲と睡眠欲、排泄欲や生存欲求も抑える必要があるか?)
 そこまですると、もはや『人間』以前に『動物』としてどうかというレベルである。
「何にせよ2日で終わるのならば、その間は耐えるしかあるまい」
「『耐える』、ねえ……」
 ジロッとユーゼスを見るエレオノール。『ナニを耐えるって言うのよ』とその目が語っていたが、あえてユーゼスは無視する。
 と、そんなユーゼスにルイズが声をかける。
「ユーゼス、エレオノール姉さまだけじゃなくって、わたしも見て? ううん、他の女の人なんてどうでも良いから、わたしだけを見て?」
「……………」
「っ…………!!」
 ユーゼスはそろそろ辟易し始め、エレオノールはそろそろ我慢の限界に近付きつつあった。
「……ミス・ヴァリエールとの話が終わったら考えよう」
 取りあえず、なるべくソフトに問題を先送りしようとするユーゼス。
 しかし。
「今すぐじゃなきゃヤダぁ!」
 ルイズは駄々っ子のように声を上げ、即時実行を要求してきた。
 仕方がないので、一応肯定しておくことにする。
「…………分かった」
「ホント? ちゃんとわたしを見てくれる? エレオノール姉さまなんて放って、わたしだけを見てくれる?」
 ミシリ、とエレオノールの立っている位置から、床板が軋んだ音がした。
 ……何故か分からないが、エレオノールに対して後ろめたさを感じる。それとエレオノールの方を見るのが怖い。
 だがここでルイズを拒絶するとまたギャーギャーとうるさくなるので、ひとまず肯定せざるを得ないのだ。
「『相手をする』という意味であれば、そうするが」
 何とも当たり障りのない表現である。
 しかし、言われたルイズはその言葉を最大限好意的に解釈した。
「じゃあ、キスして」
「何?」
 ベキ、と床板が割れる音が響く。
「……あらやだ。ちょっと力を入れただけで割れちゃうなんて、もろい床板ね」
 金髪眼鏡の女性に対しては色々と言いたいことはあるのだが、迂闊な発言が出来る雰囲気ではなかった。
「……………」
「ん~~……」
 目を閉じて唇を突き出してくるルイズ。
(むう……)
 別にユーゼスとしては唇を付けるくらいはどうだって構わないのだが……ここは一応、肉親の許可を取っておいた方が良いだろう。
「ミス・ヴァリエール、構わないか?」
 少なくとも表面上は平静な口調でそんなことを問いかけてくるユーゼスに、エレオノールも『努めて平静な口調で』答える。
「…………………………す れ ば ? 」
「ぬ……、分かった」
 今まで感じたことのないタイプの恐怖がユーゼスの身体を駆け巡るが、いつまでもエレオノールに構っているわけにもいかない。
 それでも何となく気まずさのような物を感じたので、ユーゼスは手早く無表情かつ事務的に、軽くルイズの頬に唇を付けるのだった。
「これで良いのか?」
 ユーゼスとしては『これで主人もひとまずは大人しくなるだろう』と目論んでいたのだが……。
「む~……、ほっぺじゃイヤぁ~!」
 あまり効果はない、どころか逆効果だったらしい。
「……ならば、どうしろと?」
 ルイズは小首をかしげて、ユーゼスに可愛く懇願する。
「ちゃんと、お口にして?」
「……………」
 ユーゼスは『可愛い』という概念がよく分かっていないので、その仕草に大した効果はなかったのだが、それでも『唇にしなければいけないのだろうな』という程度の判断は出来た。
「使い魔の契約とか、プラーナの補給とかじゃなくって……ちゃんとしたキス、して?」
 なおも懇願を緩めないルイズ。
 念のため、再びエレオノールに対して確認を取ろうと視線を向けたら、
「……………………………………………………あ゛?」
 物凄い目で睨まれた。怖かった。
 ……このままではどうにもならないので、ユーゼスはやむを得ずルイズの唇に自分の唇を触れさせる。
「ん。……ん!?」
「んん~~~……!」
 と、唇と唇が触れた瞬間、ガシッとユーゼスの頭がルイズの両手に掴まれた。
「むぐぅ!?」
「んむんむぅぅぅううう~~~……!!」
 更にルイズは唇と舌の力を駆使して、ユーゼスの口内へと侵入を試みる。
「……む、ん、ぐ……!」
 いきなり不意を突かれる形になってしまったユーゼスは、その『口撃』への対処が出来ない。
「ん、ふぅ、んん……、んぅ、あむっ……」
「くっ……ん、ぐ、む……っ」
 うわあ、と赤面するギーシュとモンモランシー。シュウは苦笑しており、そしてエレオノールはギーシュたちとは違った意味で赤面している。
 そしてルイズがユーゼスの口内から『ちゅぅぅうううううううう~~~っ』と色々と吸い始めた時点で、エレオノールが全力でルイズの頭を引っぱたき、二人のディープキスは終わったのであった。
 それに満足したのか、『にへらー』と笑うルイズを見ながら、エレオノールはワナワナと震えている。
「ああ、もう!! ヴァ、ヴァリエール家末代までの恥だわ……!!」
 妹に対して、未だかつてないほどに怒りが湧き上がってくる。
 ……なお、これはあくまで『ユーゼスに堂々とベタベタイチャイチャする、もはや貴族としての恥も外聞もかなぐり捨てているルイズに対しての怒り』であって。
 決して『大して抵抗もせず、されるがままになっているユーゼスに対しての怒り』だとか、『あんなにベッタリ出来るルイズが少し、ほんの少しだけ羨ましい』などというイライラでは、断じてない。
 …………ないったら、ないのである。
「とにかく、ミス・モンモランシ! 1秒でも早く解除薬を作りなさい!! いいわね!!?」
「はっ、はいぃぃぃいい!!」
「ああっ、モンモランシー!」
 エレオノールに怒鳴られてモンモランシーは半泣きで応じながらも自分の部屋に走っていき、ギーシュはその後を追っていった。
「では、私は部屋に戻るとします。何かありましたら、呼んでください」
 それを見届けたシュウもまた、『これ以上ここに留まっていても意味がない』と判断して退室しようとする。
「……良いのか? ミス・ロングビルも御主人様と同じ状態なのだろう?」
「構いません。……サフィーネやモニカに比べれば、むしろ扱いやすい方と言えるでしょう」
「そうか」
 この男の女性関係はどうなっているのだろう、とも思ったが、そこに探りを入れてもあまり意味がないので黙っておく。
「では、また明日に」
 そうしてシュウは、眠ったままのミス・ロングビルを抱えてユーゼスの研究室から出て行く。


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