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魔導書が使い魔-タバサと怪異-03


高度3000メイル。
真夏でさえ肌寒いと感じる高さで全力で飛ぶ風竜の背には、凍てつくような風
が流れる。
吹き荒び、体を吹き飛ばさんと耳元で轟音となる風に晒されながらタバサは耐
えていた。
そしてその轟音にも負けないようにシルフィードが声を張り上げる。
「それで、あの村には精霊が少しも居ないのね!」
タバサはそれを聞き入る。
「それはものすっごく! おかしいのね! たとえ死の象徴と言われている砂
漠の大地でも! 精霊はいるのね! でも、あの村は精霊どころか、気配の欠
片すらなかったね!」
語られるのは先ほどの村の事実。
「でも! 確かに精霊がいた気配はあったのね! そして……あそこの空気に
は死の香りがぷんぷんしてたの! だから、シルフィードは精霊が死んだと思
ったのね!」
「……そう」
静かにタバサは呟いた。
ザビエラ村へシルフィードを急がせる反面、先ほどの『精霊死んでいる』と言
うことへの説明を聞いたのだが。
「あの香りはとても嫌なものなのね! あれをいっぱい吸っちゃったからお姉
さまが倒れたのね!」
シルフィードの話を聞き終えタバサは考え込む。
荒廃した死体の無い村、古くない血痕、死んだ精霊。
どれ1つ繋がることはなく、まるで“混沌とした状況こそが正しい”と言って
いるようである。
ぐるぐると回る思考はそんな答えへたどり着こうとしていた。

時間にして数十分。
「お姉さま! ザビエラ村が見えたのね!」
タバサが再び目にした村は――死を振りまいていた。
「――」
どこからか燃え移ったのか、一部の家々が燃え上がり、その炎を見ても誰も反
応しない。ではあの徘徊する人影はなんなのか、そして村に無数にある血痕は。
シルフィードが村の上空で旋回を始めたとき、タバサは立ち上がる。
「あなたは上空で待機してて」
「きゅい?」
言うが早いかタバサはシルフィードの背から飛び降りた。
下から吹き付ける風がタバサを乱暴に撫でる。
「『レビテーション』」
タバサが静かに詠唱をすると、その体は速度を緩和した。
ゆっくりと地面へ降り立つ。
木々が燃える臭いと、血の臭い……そして軽い腐敗臭。
見回し目に付いたのは、燃え上がる家、大量の血痕と――
――あ、ぅあぁぁ……
――ぉおぉおお……
徘徊していた人影が炎に照らされその姿を現す。
「……グール?」
自分で呟いて違うとタバサは思った。
吸血鬼が操る死した人間。その姿は生前と変わらず人に擬態するもの。
だが、目の前のものは完全に死体のソレである。
そして吸血鬼につきグールは1体だというのに、その数は目に見える範囲では
20体以上。
吸血鬼の団体という単語も浮かぶが、あまりにも馬鹿らしかった。
ふと、タバサは昔読んだ『イーヴァルディの英雄』に出てくる怪物と目の前の
それが符合した。
死してなお未練怨念を振り切れず彷徨う悲しき死体。
「……ゾンビ」
迫り来るゾンビたちを前に、タバサは杖を構えた。
「邪魔」
詠唱と共に横薙ぎに杖を振る。
「『エア・ハンマー』」
空気の塊に叩きつけられ吹き飛ぶゾンビ。
「…………」
大きく転がったそれは、しばし沈黙していたが。何事もなかったかのように起
き上がろうとして、扱けた。
よく見ると足がもげかけている。
だが、それでも死体はそのもげかけた足で進もうと、立ち上がろうとする。
それを見たタバサは、物理攻撃はあまり効果がないと判断した。
幸いにも余り動きは速くない。
ゆっくりと迫るそれに背を向けるとタバサは走り出す。
――嫌な予感がした。
広がる血痕、数々のゾンビ、飛び火していく火事。
それらをかわしながら、タバサはようやく村長の家へとたどり着く。
半開きになった玄関から呻き声が聞こえた。
「――っ!」
ためらいも無くタバサはそこへ踏み込む。
そこには、頭から血を流し倒れ伏す村長と、今にも襲い掛かろうとするゾンビ
がいた。
「イル・ウィンデ」
風が刃となり、ゾンビの腕を切り飛ばす。
ゾンビが攻撃されたことで標的を変えたのか、こちらへと振り返る。
だがその時にはタバサはゾンビの背後へと回り込み、杖を突き出した。
打撃音。
ゾンビはゴロゴロと扉を転がり出て行った。
タバサは扉を閉めると、椅子とテーブルを扉の前に倒す。
これで少し時間は稼げるだろう。
ばんばんと叩かれる扉に気を配りながら村長へと近づき、口元へと手を翳す。
息はある。タバサは村長を軽く揺すった。
頭を怪我した場合、あまり動かさない方がいいのだが……時は一刻を争う。
しばし揺すっていると、村長の目が開いた。
「ん、んん……き、騎士様」
状況を掴めていない村長にタバサは話しかける。
「何があったの」
「わ、私は騎士様を見送った後、レオンが来て世間話をしていたのですが……」
お茶を入れようと席を立ったとき、急に背後から頭に衝撃があり。そこから今
にいたると。
「そう……」
タバサが頷く。
「騎士様。いま、なにが起こっているのですか!」
説明を終えた村長に、今度はこちらが見た村の様子を伝える。
「お、おお……そんな、村が……」
聞き終えた村長は静かに涙を流した。
だが現状はそんなことをしているヒマは無い。
「あの子は?」
「エルザでしたら、奥の部屋にいるはずです」
それを聞いたタバサが立ち上がる。
「連れてくる、あなたも逃げる準備を」
背を向けたタバサに村長が言った。
「多分エルザは不安がっています、どうか慰めてやってください」
こくりとタバサは頷き、奥へと歩いていく。

部屋は奥まった暗い場所にあった。
扉を叩く。
返事はない。扉に手をかけると容易くそれは開く。
そこは、窓がない物置のような部屋であった。
簡素な衣装棚と質素なベッド。日が浅いためか私物のような物はほとんどなく、
部屋全体に古臭い埃と真新しい家具の臭いが混ざり合い漂う。
その部屋の片隅、暗闇の中にその少女はうずくまっていた。
「ひっ!」
タバサが近づくと、エルザは怯えたような声を出した。
杖を持っているのがいけないのかと思ったが、エルザの目はこちらへ向けられ
ていない。
ただ震えるエルザへタバサは近づき。
「立って、ここから逃げる」
その言葉にエルザは嫌々と首を振る。
「どうして?」
エルザは首を振るばかり。
「教えて、どうして嫌なの」
タバサは杖を床に置くと、エルザの震える手を取り包んだ。
「…………」
ただ無言で向かい合う2人。
やがて、エルザの震えがわずかに治まる。だが、見上げられた顔には色濃い恐
怖が刻まれている。
それを少しでも溶かそうとタバサは話しかける。
「ここは危険。わたしはあなたを守りたい。でも、ここにいたら守りきれない
かもしれない。お願い、ここを動けない理由を教えて」
エルザはぼそぼそと話し始める。
「あ、あいつが……前の村をおそった仮面の怪物が……」
(仮面の化け物……?)
疑問となる認識名称だが、話の腰を折るわけにはいかない。
「前の村で……仮面の怪物が……いきなり、現れて……いっぱい殺されて……」
話している内にエルザの体の震えが大きくなっていく。
「そしたら、殺された人が……いきなり、おき上がって……それが、また人を
おそってっ」
一際震えが大きくなり声に湿りが帯び、タバサはエルザを抱きしめた。
「わたし……いっしょうけんめい、逃げて……っ」
「もう、いいから」
とんとんとエルザの背中を叩く。ぐずぐずとエルザはタバサの胸に顔を埋める。
そうしている中でタバサの脳内では現在の状況と対策が整理されていく。
――無人となった村を襲ったのは仮面の化け物。
――そいつが殺した人間は表のいたゾンビへと姿を変える。
――無人の村の様子では、ゾンビに殺された者もゾンビとなる可能性がある。
――ゾンビに関して元より死んでいる相手、物理攻撃の効果は薄い。
――四肢を分断するか、立ち上がれないほどの欠損を与えるか。
――仮面の化け物に関しては現在のところ不明。
エルザがもしも早めにこのことを話してくれたなら。ザビエラ村から離れるこ
とはなく、なにかしらの対策を取ったのだろうが。
「ひっ……ひくっ」
この怯えようでは責めることはできず、今は責める時でもない。
タバサは胸元を涙で濡らすエルザを強く抱きしめると、ゆっくり引き剥がす。
「……っ……っ?」
しゃっくり上げるエルザに向き直ると、意志を込めて語りかける。
「ありがとう、話してくれて。でも、今は危険なのはわかる?」
こくりとエルザが頷く。
「ここは危険。だから、一緒に逃げよう?」
そう言うと、タバサはエルザの頭を撫でた。
エルザは、こくりと頷いた。
――バカンッ!
その時、なにかが壊れる音が響いた。
びくりとエルザが怯む。
タバサは立ち上がると杖を右手に持ち、左手をエルザへ差し出す。
一瞬、エルザは杖と左手を見比べたが。
その手を取った。
タバサは頷くと、急ぎ足で部屋を出る。

戻ると、そこには扉を突き破り侵入しようとするゾンビ達と、それを体で押し
止める村長がいた。
「ひっ!」
怯えるエルザ。
「っく」
魔法を唱えようとタバサは杖を構えるが、このままでは村長に当たってしまう。
「そこをどいて」
それに村長は笑顔を浮かべた。
「騎士様! そのままエルザを連れてお逃げください!」
「なにを言ってるの。あなたも逃げる」
「そ、そうだよ! いっしょに逃げようよ!」
エルザが叫んだ。
ゾンビがその腕に噛みつき、その体を掴みへし折ろうとする。
それでも村長は笑みを絶やさない。
「老い先短い身でも伊達に山育ちではありません、ここを押さえることはでき
ます!」
腐りかけた爪が、がりがりと胸板を抉る。
「だめ。そこをどいて」
杖を構え続けるタバサに村長は諭すように話しかける。
「いくら騎士様でも、これら全てを相手できますまい」
村長の頭上越しに、集まりつつある無数のゾンビたちが見えた。
「でも……」
言いよどむタバサに、必死に見詰めるエルザに、
「騎士様、エルザを頼みます」
村長はくしゃりと笑った。
「――っ!」
「突き当りにある裏口を通ればすぐに森に出られます!」
さらにゾンビ達が狭い扉へと群がり、窓を突き破ってくる者もでてくる。
それに村長は向き直ると、必死に扉へしがみつく。
見詰めるエルザ。
「あ、ああ……」
それを見てタバサは背を向ける。
「お、おねえちゃん?」
不安と共に見上げるエルザに、タバサは静かに言った。
「このまま逃げる」
「でも!」
エルザの見る先には引っかかれ、噛み付かれ、掴まれても堪え続ける後姿があ
る。
「彼の行為を無駄にしない」
「……でもっ!」
タバサがエルザを引っ張った。
「あ……」
下から覗くその顔は、なにかに堪えるように僅かに歪んでいた。
手を引かれるまま、エルザは振り向く。
「お――おじいちゃんっ!」
その目から涙が零れた。
最後に見たのは、ひどく小さく、ひどく勇敢な背中だった。



背後から気配が消えた。
今にも押し出されそうな圧力を感じ、彼はうなる。
「やれやれ。ちと、辛いな」
いくら山育ちで鍛えたといっても、もう現役を引退してかなり立つ。
子供も出来ず、妻も随分と前に先立たれ、生まれ育った村はもはや死に絶えた。
すでに体は限界で、心は折れかけ、今にもこの両腕を離し楽になりたい。
腐った爪に引っかかれ、腐臭を放つ歯に噛み付かれ、様々な手に引っ張られる。
抉れる肉、流れる血、折れる肋骨。
先ほどから痛みも感じなくなり、流血により片目は塞がっている。
このまま押し止めることはできないとわかっている。あまり長く持たないのも
わかっている。
だが。
「……おじいちゃん、か」
ひっそりと呟き、笑った。
その想いを糧に、萎えかけた腕に、再び力を入れる。
まだ、折れるわけにはいかない。
「人生、最後の大仕事だ」
いつもまでも……笑みは絶えなかった。



蹴破るように扉を開けると、そこには薄暗い森が広がっていた。
空を見上げる。木々の枝葉が多すぎてシルフィードは呼べない。
なら、自ら上昇して拾ってもらうだけである。
幸いにもゾンビはいない。
「飛ぶから、しっかりしがみついて」
タバサの言葉にエルザは体にしがみつく。
しっかりとエルザが抱きついたことを確認すると精神を集中させ。
「イル・フル――っ!」
詠唱を中断し、エルザを庇いながら杖を構えた。
その杖の先に広がるは静寂を守る暗い木々の闇。
「――誰?」
五感は何もないと告げているが、いくつも死線を潜り抜けたタバサの第六感が
何かがいると警鐘を鳴らす。
『ふふ――』
声が響いた。
小鳥どころか虫さえも騒がぬ静寂を貫き。妖しく、甘く、まるで毒のような笑
いが響く。
まるでカーテンの裏から出てくるように、何も無かったはずの影から――抉り
抜いたような白い笑みが現れた。
「きゃあっ!」
悲鳴を上げるエルザ。
それは鋭い三日月を組み合わせて作ったかのような目と口を持つ仮面。
その仮面が影から浮かび出ると、どこからともなく黄色の布が現れる。ばさり
と布が翻りローブとなる。そこには実体を持った存在がいた。
薄暗い森の中、黄色いローブと白い嘲笑の仮面が浮かび上がる。
「ふふふ……よくわかったわね」
その声質から女だと判断する。
仮面の女は腕を組むと2人へ顔を向け、恭しく礼をした。
「始めまして、小さなメイジ様。私はメイガス、または道化師と名乗っている
者でございます」
声をかけられただけで、タバサの背筋に冷気が伝う。自らを道化師と名乗る女
が現れてから脳内の警鐘はうるさいほどに鳴り続けている。
「あ、ああ、あ……っ」
先ほどからエルザの震えが大きい。
強くエルザを抱き寄せると、抱き返してくる。
それが目に入ったのか、道化師はエルザを見ると。
「おちびちゃん。どこかで会ったかしら?」
含み笑いをしながら聞いてきた。
「……っ!」
エルザが声にならない悲鳴を上げる。
それを見て気分がよくなったのか、道化師は楽しげに笑いを漏らす。
「んー、どこかで見たような気がするんだけど。おちびちゃん、もしよければ
教えてくれないかしら?」
その声は優しいがゆえに、まるで子猫や子犬に語りかけるような。己より格下
のか弱い存在を愛でるような傲慢さがあった。
粘つくような視線がエルザに絡みつく。それだけで、蛇に睨まれた蛙……いや、
蛇に“呑み込まれている蛙”のような思いに駆られる。
「いやぁっ!」
がたがたと震え怯えるエルザを感じながら、タバサは目の前から視線を外すこ
とが出来ない。
杖を握る手に汗が浮かぶ。
一通り笑うと仮面の女はタバサへと視線を戻す。
「なんとまあ、勇ましいことね」
普通、メイジに杖を向けられて平然としていられない。杖とはメイジの命にし
て、貴族の証、そしてなにより絶対的な力を意味する。
だが目の前にいる存在は動じない。
逆にともに死線を潜り抜けてきたこの杖が、今は小枝のように心細い。
「そんな物騒な物を人に向けたら駄目よ。危ないじゃない」
道化師が冷笑するかのように口元に手を――沿えた。
タバサはその瞬間、相手の呼吸の虚をつくように密かに唱えていた魔法を解き
放つ。
「『ウィンディ・アイシクル』!」
空気中の水分を凝結し、無数の氷の刃が出来上がる。
刃は視界を覆いつくすように、一斉に相手を切り裂かんと飛翔した。
それを前にして道化師は。
「無駄な足掻きね」
腕を一振りする。
いつのまにか現れた巨大な鉤爪によって、刃は1つ残らず粉砕され粉雪と化した。
だがその時には、タバサはつないだ手を握り締め、結果も見ずに背を向けて走
り出している。
「まあ、追いかけっこかしら?」
背後では楽しげな声が聞こえる。
付き合う道理はない。
再び詠唱を開始する。
一刻でも早くこの場から、あの危険な存在から離れるために。
「イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ――」
エルザを抱え込む。
風が体を包みこみ、足が大地から切り離される。
走る勢いを殺さず、さらなる加速をしながら体は浮き上がり一気に上昇する。
「空を飛ぶのはいいけど――危ないわよ?」
悪寒が走るのと回避は同時だった。
「――っ!!」
回避した空間を弾丸のように黒い影が通過する。
かわされベチャリと音を立てて、向かいにあった大木へと衝突した。
それは猿に似ていた。だがなにか交わってはならない強烈な違和感が、あれは
違うと訴える。
――きっききっ……きーっ!
それは血を衝突の際に撒き散らしながらも、木にしがみつくとこちらへと顔を
向けた。
「ひぃっ!」
何度目かわからない悲鳴をエルザは上げる。
それは、猿の体に人の顔を持った異形であった。
人面猿は力を溜めると、勢いよくタバサたちへ跳躍する。
「……くっ!」
それをなんとか回避した。
確かに小回りは利くが、単体では脅威になりえない。
タバサは瞬時にそう判断し、追撃がこない内に急いで上昇しようとその先へと
目を向け――絶句した。
「なっ!」
見上げた先。空を覆う枝木に無数の光る目が待ち構えている。
頭のあるはずの部分に花のように手を生やした蛇、翼の代わりにぬめる触手を
持つ烏、全身から無数の目玉を覗かせる鼬、ほかにも形容しがたい姿すらある。
その尽くが生命を冒涜したかのような異形の獣たち。
――▼%$ぐおjがう;・ッ!
音に成らない咆哮が上がる。
「ほら、縄張りを荒らされて怒ってる」
そんな声を合図に、次々と枝からこちら向かい異形たちは跳躍した。
急激に高度を下げて多くをやりすごすが、1匹避けきれず、こちらに迫り。
「がっ!」
直撃を食らい、天地が逆転した。
がつん、という衝撃が体に走り、手が柔らかい腐葉土に触れ握り締める。
それで地面に叩き付けられたのだとわかった。
「お、おねえちゃん!」
腕の中でエルザが叫ぶ。
咄嗟に庇い背中から落ちたのだが。声からして大きな怪我はないと判断し、タ
バサはほんの少し安堵した。
このまま、眠ってしまいたい誘惑に駆られるが。
「いつまで寝てるのかしら?」
そんなに悠長なことをしている時間は無い。
視界の端には白き仮面。
右手に力を込める。杖は手放していなかった。
痺れるような痛みを発する背中に徐々に感覚が戻ってくる。
一度エルザを解放すると、うつぶせになる。杖を地面に突き刺し、無理矢理に
立ち上がった。
びきびきと体中から亀裂が奔るような感覚がしたが、今は無視する。
「おねえちゃん……」
その声に応える余裕はなかった。
頭上では不愉快な声が響くが、領域を侵さない限りは襲ってこないようだ。
よろけながらも前を向く。
「ふふふ……頑張るわね」
それを嘲笑う声。
「でも――」
どこからか、なにか腐乱した臭いが漂ってきた。
がさがさと茂みが揺れる音、ずるずると何かを引きずる音、怨念の篭った呻き
声。
「そろそろ終わりになるかしら」
とうとうゾンビたちが追いついてきたのだ。
呻き、苦しみの声を上げるゾンビたちの先頭。
エルザが息を呑み、その光景に愕然とした。
「お、おじいちゃ――っ!」
そこには変わり果てた老人の姿がある。
「……いや……いやぁ……おじいちゃん」
力を失ったようにエルザが膝をつく。
「あらあら、どうしたのおちびちゃん」
優しくかける声が白々しい。
だが目の前の光景を目にしてもタバサは無言だった。
「…………」
――あ、ぅあぁぁ……
――ぉおぉおお……
――gクァウ■g;●3クァq!
上空は異形に支配され、地には大量のゾンビが這い進む。
痛みで熱を持つ体とは裏腹に、タバサの脳内は凍るように冷めていく。
全身の筋肉を強張らせてみる。まだ背中に違和感があるが、先ほどと比べると
随分ましになっている。
まずは――
軽く横目で場所を確認すると、視線は前方に向けたままゆっくりとしゃがむ。
空いている左手で、エルザの手を掴んだ。
「……おねえちゃん?」
呆然と見上げてくるエルザに、タバサは視線も向けず。
「離れないで」
――生き残ることが先決だった。
小刻みに揺れる杖を固く握り直し、右手を向ける。
「ラグーズ・ウォータル……」
息を吸う度に、息を吐く度に、言葉を紡ぐ度に肺腑が痛み、咳き込みたい。
「無駄だってことがわからないの?」
嘲る声、向けられる嘲笑の仮面。
それは大きな余裕と油断。ならばそこを使わない道理はない。
「イス・イーサ――」
溢れんばかりの魔力が杖に宿る。
そこで道化師が始めて怪訝な声を出す。
「……なにをするつもり?」
だがもう遅い。
「――ハガラース」
詠唱が完成する。重ねる属性は水風風。
空気が渦を巻き風となり、風が空気中の水分を凝結させ氷の刃となす。
風と氷が杖を中心に回転し、その勢いを増していく。
「っち!」
初めて道化師に動揺が奔る。
タバサは荒れ狂う氷の嵐を解き放った。
「『アイス・ストーム』」
暴虐の嵐は、進行方向にあるものを風で薙ぎ払い、氷の刃で切り裂いていく。
巻き込まれたゾンビが身体を引き裂かれ、バラバラとなり風で撒かれる。
その勢いは止まらず、道化師へと迫り。
「――」

暴風が吹き止み、辺りは風と氷の洗礼により静まり返る。
木々は鋭く抉られ凍り、周囲には切り裂かれ凍りついた数々の死体。
冷気が漂う静寂の中で、パキリと音を皮切りに、凍りついた一角が崩れた。
張り付いた氷が落ちると、そこにあるのは黄色の布で遮られた空間。
風も無いのに布がはためいた。
それは独りでに翻ると、中心へと巻き込まれていく。
布が手を、足を、胴を、頭を、全身を包むと。
「さすがに、少し危なかったわね」
道化師は何事も無かったのかのようにそこにいた。
そして首を巡らせて気づく。
「逃げ足が早いこと」
先ほどまでいた2人の姿はそこにはなかった。
頭上を見上げる。
木々の上で待ち構えていた異形どもの姿はない。後を追ったのだろう。
背後へと視線を向けた。そこには未だ大量のゾンビたちがいる。
「まあいいわ」
嘲笑の仮面の下で笑みを浮かべ――
「――っ!」
びくりとその身体が震える。
「あんたは、黙れ……っ」
ドス黒い殺気がローブの隙間から漏れた。
それは地を這うと草が一瞬にして枯れ果て、近くにいたゾンビが急激に腐敗し
崩れ落ちる。
殺気はその濃度を増し。
「私は……私だっ!」
絶叫のような叫び森へと響く。
すると殺気も途切れ、道化師は荒く息を吐く。
「……っはぁ……」
そして顔を上げると森の奥へと歩き出した。
「さぁて、気を取り直して――ウサギ狩りでもしましょうか」
声を残し道化は死体を伴って森の奥へと消える。
後に残るは円形に広がる、死した木々。
時は、夜へと移ろうとしていた。



「――大丈夫。あなたはわたしが護る」

あれからどれだけの時間が過ぎただろう。
走りながら、タバサは何度となく浮かぶ自問をした。
慣れない森を、歩きづらい腐葉土の上を走り、ひたすら逃げ惑う。
何度ゾンビと遭遇し、魔法を使い、足止めし、逃げてきたか。
すでに日は落ち辺りは暗く、それによって余計に歩き辛くなり。暗くなればな
るほど心は焦り。自覚していても精神的な疲労も溜まる。
限界が近いのだろう。先ほどから視界が揺らぎ、気を抜けばふらつき、体の感
覚はふわふわと頼りない。
「――お――え――」
だがそれでも右手の杖の硬さと、左手の小さな熱、そして少女と交わした誓約
が意識を繋ぎとめる。
「――ねえ――ん」
朦朧とする意識の中、ただ走り続けようとするタバサは。
「おえねちゃん!」
その大声でようやく、立ち止まった。
「…………」
左手にある熱。無言で声のする方へと向く。
それはいつもの自ら言動を制限した無言ではなく、純粋に喋るための労力が割
けないための無言である。
そして視線の先には、少し息を切らせたエルザがこちらを見上げていた。
「ちょっと、やすもうよ」
その言葉で、タバサは先ほどから走り通しだったことに気が付いた……いや、
思い出したと表現した方が正しいだろう。
タバサの止まっていた思考が回復しはじめ、自身とエルザの状態を考える。
数時間にも及ぶ強行軍。
連続して使った魔法。
想像を超える事態。
もう精神的にも肉体的にもピークに達しようとしていた。
それでも危険はこちらへ向けて確実に迫っている。
休む暇はない、そういう考えに至ろうとしたが。
「――おねえちゃん」
そしてタバサはエルザの向ける視線に気が付いた。
それは自身ではなく、他人の身を案じるものである。
「……10分だけ」
一言だけで、かなりの力を使った。
エルザの顔が安堵に染まる。
タバサはエルザと繋いでいた手を離すと、倒れ込むように後ろの木へもたれか
かった。
すでに体は限界だったのだろう。
一度腰をつけると、体が鉛のように重くなった。
全身が火照る。息は熱っぽく、肺は空気を貪欲に求めた。
冷たい木肌が火照る体を癒し、忘れていた痛みを呼び戻す。
だが、口は喘ぐように酸素を求めるばかりで、痛み呻く余裕はなかった。
精神力も、連続して使った『エア・カッター』と『錬金』によりほぼ空に近い。
それでなくとも、道化師と相対した時に大きな魔法を2回も使っていたのだ。
1番ランクの低い魔法と言えど、精神力を大きく圧迫していた。
頭上を見上げる。
木々の枝葉に紛れるは無数の光る目。
それは騒ぎもせずに、ただ黙々とこちらを観察する。
タバサはそれを見て目を細めた。
木の上の異形たちは逃げている間、決して離れることなく頭上を渡りついてく
る。
何度か振り切ろうとも思ったが、魔法を使わずに振り切るのは困難であり、か
といって相手は高い位置にいる。生半可な魔法は届かず、近づこうとすれば攻
撃をおこなってくる。
制空権が奪われるのは痛いが、逆に近づかなければ向こうからは何もしてこな
い。
思い切ってタバサは無視することにした。
この森には無数のゾンビが徘徊している。それに対応するのに魔法を使う方が
効率がいいのだ。
タバサは杖を引き寄せると、抱き込むように杖へとすがる。
山風が森を吹き抜け、体を撫で体温を奪っていく。
ゆっくりと目を閉じた。
疲れた頭に浮かぶは、救いの無い現状。
徘徊するゾンビ。その数はザビエル村の被害だけを考えても約300体前後。近隣
の村のことを考えると500は下らないだろう。
頭上の異形。単体ならば脅威とはならない。だが、集団かつ高い位置にいるこ
とから制空権は取れない。
そして最後に浮かぶのは――死体を操る道化師。
その危険性はタバサの生涯でも群を抜く。
そもそも、あの道化師はどうやって死体をゾンビに仕立て上げているのだろう
か。
メイジの魔法ではありえない。では先住魔法か。だが、それにしては数が多い。
なによりあれは精霊とは無縁な感覚がする。
伝説級のマジックアイテムということも考えたが、大抵の書物を読みふけった
タバサが知らないほどマイナーでもあるまい。
確か道化師は自らをメイガス(魔術師)とも名乗っていた。メイジ(魔法使い)
とは違う。
そうなると――
「魔術……?」
思い出されるはルイズの使い魔が使った魔法。
だが、それともこの現象は少し違う気がする。
タバサは息を吐く。
先が見えず、繰り返す生者と死者と異形と道化の鬼ごっこ。
目を開いた。
果たして自分は生き残れるのか?
素朴な疑問が胸を梳く。
純粋な疑問は体を、風の冷気とは別の冷たさを染み渡らせる。
脳裏に浮かぶは、刻まれた家紋、壊された女、無邪気に笑う男。
全ての瑣末が――死によって無為になるのだ。
じわりじわりと染み込む冷たさは、タバサから動く力を奪っていく。
杖を持つ指先が震えていた。
その震える指先を止めようと力を込めようとして、目の前にエルザがいること
に気がついた。
「……どうしたの?」
極力疲労を隠しながら問いかける。
だが、それにエルザは応えずに無言で抱きついてきた。
「――」
なにもできないタバサにエルザはゆっくりと息を吸うと、旋律を上げた。

――ねむれや わが子 ねむれや わが子

――くらい夜がきても こわい夜がきても

――わたしはあなたのそばにいる

――ねむれや わが子 ねむれや わが子

――くらい夜には 星をはなそか

――こわい夜には 歌をうたおか

――ねむれや わが子 ねむれや わが子

――愛しいぼうや かわいいぼうや

――ねむれや わが子 ねむれや わが子

それは静かで、緩やかで、拙くて、そして優しい歌であった。
じんわりとエルザの熱が凍えそうな体を温めていく。
耳元では愛しさと優しさと悲しさと懐かしさとを、全てが混ざった顔がある。
震えは止まっていた。
静寂の森に拙い子守歌が染み渡る。
ゆっくりと目を閉じた。
伝わる鼓動を心地よく感じながら、タバサは眠りの淵へと堕ちる。



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