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魔導書が使い魔-タバサと怪異-02


朝の空は曇っていた。
分厚い雲が空を端まで覆い、雨が降る気配はないが陰鬱な空気をかもし出す。
朝食も大量にお代わりをし、お世話になったタバサは手早く身支度を整える。
昨日は明け方近くまでエルザの話を聞いていたのでかなり眠いが、眠気自体に
は慣れているので我慢である。
なんとか今日中には無人の村の調査を終えておきたい。
村長に頼んで揃えた物を袋に詰め背負う、かなり重いがしょうがない。
玄関を出ると村長が見送りをする。
「騎士様、どうかお気をつけて」
無言で頷くと、村長の後ろからひょっこりとエルザが顔を出す。
眠かったからか、朝食では顔を見なかったのだが。
「…………」
視線を向けると、エルザはその手に持った杖を見て少し顔を強張らせたが小さ
く手を振った。
タバサは右手で振り返そうと思ったが、杖を持っていることに気がつき左手で
振り返す。
「っ」
恥ずかしそうに顔を引っ込めるエルザ。
それを見た村長は一瞬驚いた顔をしたが、その顔を微笑みに崩し頭を撫でた。
「行ってくる」
タバサはわずかに口元を緩ませると、そう言い背を向ける。
「お気をつけてー」
後ろでは村長とエルザが手を振って見送っていた。



タバサを見送る村長とエルザ。
だが少し離れた場所でも、タバサの姿を見送る者が1人いた。
「行ったか……」
薬草師のレオンである。
レオンは家の物陰からタバサを見る。
その視線は鋭く、なにか切迫した者特有の空気を漂わせている。
タバサが村の外へと出るのをレオンは確認すると、後ろへ振り返った。
そこには集まった多くの男たちがいる。
彼らは一様に不安げな顔をしてレオンを見た。
「い、言われたとおり集まったけど、どうするんだレオン」
「どうするって、吸血鬼狩りに決まってるだろ?」
その問いにレオンはさも当然と応える。
「え、で、でもそれは騎士様が……」
意を唱える口調は尻すぼみに小さくなる。
それはレオンの視線によるものだった。
まるで全てを見下すような冷たい視線。
“なにかの一線を越えようとしている”目であった。
それに皆はどことなく居心地の悪さを感じる。
「いいかい、みんな」
これだけなら、皆も考え直しただろう。彼はどこか間違っていると。
「あの騎士のいうことを信じる必要は無い」
だが彼は常人より頭が回り、カリスマを持っていた。街でそれをフルに発揮す
れば貴族には成れなくても大商人ぐらいにはなれただろう。
「確かにあの騎士が言うことも一理ある。僕も噂に踊らされていた部分もある」
初めは、相手を持ち上げ自分の非を肯定する。
「だが逆に考えてくれ。噂と言うのは完全に荒唐無稽の話なのかを。火のない
所に煙は立たないように。噂と言うのは完全な偽りではないんだ」
そこに疑問の楔を打ち込んでいく。
「所詮、あの騎士は余所者だ。そして見たかあの容姿を。どう見ても子供だ。
そんな子供になにができるというんだ」
それは元々暗い感情を持て余していた男たちに、再び黒い物を植え付けていく。
「あいつに、この村のなにがわかるというんだ。あいつにとってこの村はただ
の気楽な任務地だ。なにかあっても見捨てればいい。だが、僕たちにはこの村
しかないんだ!」
時に熱く、時に淡々と。感情と理性を織り交ぜ彼は語る。
それに男たちは次第に共感に心を揺り動かされ、話から耳を背けられなくなる。
「わかってくれみんな! 吸血鬼がこの村を襲ってからではもう遅いんだ……
僕は……僕たちの手でこの村を守りたいんだ!」
レオンには人を引き付ける才能があった。
そしてそれは、今この場で身を結んだ。
男たちは顔を見合わせると。
「そ、そうだな。たしかに、あんな余所者の騎士のいうことなんて聞く必要は
ねぇ」
「そうだ! 俺たちのことなんてわかるはずがねぇ!」
「俺たちで村を守るんだ!」
口々に叫びだす男たち。
それを見たレオンは、先頭へ立ち言う。みなへ響くように、みなへ伝わるよう
に。
「僕たちで僕たちを守るんだ! 吸血鬼狩りだ!」
「「「「「おおーっ!!」」」」」
彼らは愚かだった。どうしょうもなく愚かだった。
だが、愚かというものは決して悪い物ではない。
誘導され先導されそれを盲目的に妄信的に信じることは悪いことではないのだ。
物事がわかる、事情がわかる、状況がわかる、恐怖がわかる。賢いというのは、
逆に全てが見えすぎるのだ。
矮小なる人の身では、見えすぎる視点というのは酷過ぎる。だからこそ、人は
見えない振り、見ない振りをして自身を守るのだ。
それが――
「待ってろよ……アレキサンドル……お前なんかにあいつは渡さない」
ただ一個人の思いによって動かされているとしても、だ。



「もうお姉さまったら……んぐっ……昨日は、シルフィードのことを……んぐ
っ……忘れてっ!」
薄暗い雲の下。悠々と響く非難の声。
タバサは時折、船を漕ぎそうになるも黙って背びれに背中を預ける。
報告の村へは道が険しく途中大きな谷がいくつもあることから慣れない者は
2日、慣れた者でも1日はかかる距離らしい。なにが起こるかわからない今の
状況。少しでも精神力を温存するためにシルフィードを呼び空から目的の村へ
と向かっているのだが。
「本当……んぐっ……にひどい……のねっ!」
先ほどからシルフィードは、そんなタバサへ恨み言を漏らす。
「これからは……っ……シルフィードに……んぐっ」
「……シルフィード」
「……んぐんぐっ……きゅい?」
なにかと疑問の声を上げるシルフィードにタバサは、欠伸を噛み殺すと言った。
「お行儀が悪い、食べながら喋らない」
「んぐーっ! きゅいきゅい! それもお姉さまが悪いのね!」
構わず騒ぎ立てるシルフィードにタバサはため息をついた。
今朝、シルフィードのことを忘れていたことを思い出したタバサは村長に、
できる限り新鮮な肉を大量に用意してもらえるかと掛け合った。
すると、ちょうど先日大量に獲物が捕れていたらしく、余っていた猪と鹿の肉
をかなりもらえた。
呼び出され、怒り心頭だったシルフィードも、袋いっぱいの肉に喜んだ。今も
それを食べながら飛んでいるのだが。
「お姉さま!……んぐっ……たとえどんなことが……んぐっ……あっても、食
べ物の恨みは……んぐぐ……忘れないのねっ!」
お腹が満たされ始めてもシルフィードの恨みは根深く、こうして食べながらも
グチグチと文句を言ってくる。
さすがに自分に非があるため、『サイレント』で会話を遮るわけにもいかず、
眠気のために本を読む気にもならない。かといって眠るにはシルフィードの喋
りはうるさかった。
「……あふ」
これなら精神力の温存など考えずに『フライ』を使い、自分1人で行った方が
よかったかとも思い始めたとき。
「それで、これからは……んぐっ……シルフィードのことを……きゅいきゅい
っ! お姉さまお姉さまっ!」
急に大きく騒ぎ始めるシルフィードにわかりにくいが、うんざりとした雰囲気
を出しながらタバサが振り向くと。
「村が見えたのね!」
そこには確かに森を切り開いた場所があった。
タバサの表情が引き締まる。
「上空を旋回」
「きゅい!」
ゆっくりとシルフィードが村の上空を旋回する。
下を眺めて見るが、人がいる様子はない。
しばらくそのまま旋回し、完全に無人とわかるとシルフィードを村の中心へ降
り立たせた。
シルフィードが羽ばたく度に土煙が舞う。
マントで土煙から顔を守りながら、シルフィードが着地すると同時に下りる。
「なにか、嫌な空気なのね」
シルフィードが呟いた。
それにタバサは同意だった。
どこか、腐った物が出す特有の腐乱臭のような空気を薄っすらと感じる。
それに顔をしかめるが、タバサは周囲を見渡した。
「きゅ、きゅいっ!」
一言で表すならここは、廃村という言葉がよく似合っていた。
崩れ、腐り、色褪せた家々、周囲の草木は枯れ果て、屋根の落ちた小屋、割れ
た窓、散乱した皿や桶、半開きになっている扉などが寒々しい。
そこまでなら廃村という単語一つですむだろうが。
「きゅいっ!? お、お姉さまっ!! あ、あそこっ!!??」
シルフィードが怯えるような声を出し、その指し示す方へタバサが向くと。
「…………」
そこにあるのは地面に広がる大きな黒っぽい染み。
人より五感の鋭いシルフィードは言う。
「あ、あれ血の臭いがするのねっ!」
タバサが目を細めた。
血の広がりよう、これが1人の血であるとしたら本人はまずは助からないだろ
う。
周囲をよく見回してみると、そこらの地面に同じような染みが無数にある。
「きゅ、きゅいーっ!?」
騒ぐシルフィードの横、タバサは脳内で廃村の単語の前に『呪われた』とつけ
る。
「……やっぱりなし」
と、自分で考えて怖くなったので止めた。
タバサは辺りを見回すと、じゃりじゃりと粉っぽい地面を踏み締め進む。
「お、お姉さま待って~!」
その後ろをヨチヨチとシルフィードが追った。
タバサは歩きながら、家や道、周囲を検分する。
近くにあった家を覗き込む。
ひっくり返った鍋、テーブルに乗った木皿、椅子は倒れ、床には大きな黒い染
み。
それを気にすることなくタバサは中心へと進んでいく。
「お、お姉さまはなんで平気なのねっ!」
ブルブルと震えながらシルフィードが後ろで言う。
タバサはそれに言葉を返すことなく、屈むと染みへと指を伸ばした。
ザラリ、とこそげ落ちた染みが指へつく。
指と指とで擦り合わせると臭いを嗅ぐ。
「……古くは無いけど、新しくもない」
風に晒されていたせいか臭いは無かったが、室内であるからか雨には晒されて
はいない。まだすくえるほどであることからそこまで古くはない。
ざっと2週間前だろうか。
村が無人になったと思われる時期と重なる。
ふと視界の端に、なにかが入った。
そちらに目を向けると、そこにあるのは零れ乾燥したシチューの残骸と、まだ
ら色のヌイグルミ。
元は白かったのだろう。その半身に点々と黒を染込ませたヌイグルミは、その
無機質な瞳をこちらに向けてくる。
ボタンを縫い止めただけの瞳が、なにかを訴えているような気がした。
「…………」
立ち上がり家を出る。
広がるのはうらびれた光景。
「お姉さま……怖いのね」
腐った壁、崩れた屋根、朽ちた家、萎れた草、荒れた畑、枯れ果てた草木。
それは、陵辱の後であった。
かすかに残る直前までの生活臭が、逆にその生々しさや不可思議さと得体の知
れない恐怖を煽る。
だが、なにかがタバサの頭に引っかかった。
無人の村、朽ちた家々、荒れ果てた畑、まだ古くない大量の血痕。
「まだ……古くない?」
どこかおかしかった。
血痕の具合からいっても、1ヵ月は経っていない。だが死体1つ無く、村全体の
様子だけを見るならばもう1年近く放置されたような荒れ具合。なのに地面は
まるで死んだかのごとく草木を生やさず、枯れ果て朽ち果てている。
なにか、説明しきれない気持ちの悪い違和感ばかりが募る。
そこで、ふらりと、突如地面が、揺れた。
「?」
いくら踏ん張ろうとしても揺れはひどく、体を平行に保てない。
揺れは収まらず。まるで船に乗ったかのように、ゆらゆらと地面は揺れ続ける。
「お姉さま!」
シルフィードの必死の声を聞いて初めて、自分が揺れていることに気がついた。
「あ……」
自覚した時、体から力が抜ける。
「きゅい!」
倒れる体をシルフィードが支えた。
かろうじてシルフィードの足に背を預けることで倒れることを免れたが、それ
が限界であった。
呼吸は浅く、血の気が引き、嫌な汗が出る。意識は気を張っていないといつ途
切れるかわからない。
毒性のガスでも発生していたのかと思っていると、シルフィードがなにかに慄
くように言う。
「お、お姉さま……早くここから離れるのね……」
「まだ……わか、らないこと、が」
少し喋るだけでも息が上がる。
「早くするのね! おかしいと思っていたけどここは――」
ぶるりとシルフィードの体が震えた。
「――精霊が死んでいるのね……」
まるで神が死んだと告げられた信者のように、その声には絶対的な何かが崩さ
れる恐怖があった。
「それは……」
なにかとタバはが聞こうとしたが。
「話は後! まずは離れるのね!」
シルフィードはタバサの服を咥えると、背中へと強引に乗せる。
「しっかり掴まってるのね!」
そう言うとぶわりと土埃を立てながら、シルフィードが羽ばたく。
そしてそのまま、一気に空へと上る。
「……く」
タバサは必死に背に掴まる。いつもの安定感はなく、体が落ちそうになり。
「これはっ」
覗き込んだ地面に、なにかがあった。
高度がある程度まで上がると、それは脳内で補完されより鮮明になる。
それは地面に広がった無数かつ大きな血痕。だが村全体に在るそれは、一様に
とある方向へと尾を引くようにちぢれていく。
その方向には森、山。さらに先には――
「お姉さま大丈夫なのね?」
シルフィードの心配そうな声が聞こえる。
タバサはなんとか背に乗り直すと、その声は応えずに静かに言う。
「村へ――」
「きゅい?」
「ザビエラ村へ戻って、大至急」
――ちぢれる血痕の先は、遠くザビエラ村がある。



その日、アレキサンドルは前から約束していたミーシュとの野苺を採りに行っ
ていた。
「いっぱい採れましたね」
「ああ、おっかぁが喜んでくれればいいな」
余所者であるアレキサンドルに優しくしてくれたのは向かい家の娘であるミー
シャである。
ミーシュは若く、器量も良く、機転も利くいい娘である。もう40代に近いアレ
キサンドルをなぜ構うのかはわからないが、好意を持っているようで。アレキ
サンドルも恋愛感情まではいかないが、それなりの好意を示していた。
その彼女は、病気で苦しんでいる母の好物である野苺パイを作ってくれると言
った。
野苺パイの1番重要な材料である野苺を一緒に採りに行くことを条件として出
され、そんなことならと1、2も無く頷いた彼を誰が責められようか。
「今日は本当にありがとう。あと、野苺パイをお願いします」
「ふふ、いえ、私も楽しかったですし。パイ作りならまかせてくだ……あれ?」
「どうしたんだ?」
「あ、あれっ!」
そしてミーシャと共に、籠いっぱいの野苺を採って帰ってきたアレキサンドル
が目にしたのは、村から上がる黒く長い煙。
嫌な予感がした。
あの方向には、自分の家がある。
そして今、家には母が1人でいるはずだ。
脳裏でチラリと昨日のレオンの顔が横切った。
バサリと籠が落ち、野苺が地面に散乱する。
「おっかぁっ!」
「アレキサンドルっ!」
ミーシャの声を置いて、アレキサンドルが走り出した。
家に近づいていくと遠巻きに見る村人たちがいる。
誰もが動こうとせず、ただ呆然とその炎を見入るだけ。
息を切らせてアレキサンドルは走る。
そして、いよいよ家が見えた。
そこにあったのは、燃え上がる炎を囲う松明を持った集団と――

――焼け落ちる我が家であった。

「おっかぁぁぁあああ―――っっ!!」
「――っ!?」
その叫びに松明を持った集団が驚いたように振り返った。
アレキサンドルは驚いている連中へと突っ込み掻き分け進む。
「おっかぁ! おっかぁっ! おっかぁっ!!」
必死になって人の壁を潜り抜けた先に。
「ああ、アレキサンドル? なんだ君はこの家にいなかったのか」
炎を背に立つ青年――レオンがいた。
その顔を見て、アレキサンドルの頭に血が上る。
「てめぇか! 俺の家に火をつけたのはっ!」
「そうだけど、それがどうしたのかな?」
レオンの冷静な言い方に、ぶちりとアレキサンドルの脳内で何かが切れる音が
した。
「レオォォオオンッ!!」
怒りに身を任せ、拳を握りアレキサンドルはレオンへと殴りかかり。
「押さえつけろ!」
レオンの号令により飛び掛るように男たちがアレキサンドルへとしがみ付く。
「離せ! 離せっ!」
力を振り絞り抗うが次々に手が伸び、アレキサンドルを捕まえる。
「ぐっ!」
そして数人の手によりアレキサンドルは、地面に這うように押さえつけられた。
「無様だな」
それを見下ろしレオンは吐き捨てるように言う。
「なんでこんなことをしたっ! おっかぁはどうしたんだっ!!」
睨みつけるようにレオンを見上げ、レオンは――
「はは……」
笑った。
「ははは、ははははははっ! なんでこんなことをしたかって? あったま悪
いなぁ……わからないか? ここまでなってわからないのかな?」
その言葉に、全てを見下すかのような視線で、全てを唾棄するかのような口調
で答える。
「吸血鬼退治だよ。そしてここまでくれば、誰が吸血鬼か……わかるよね?」
バキリと柱が折れる音がして、アレキサンドルの目の前で燃える家の屋根が崩
れ落ちた。
「――あ」
ひらりと、なにかが炎から舞い、空を漂うと、ゆっくりと地面へと落ちる。
それは――服の切れ端であった。
「ああ……あああああっ!」
「うわっ!」
「急にこいつ!」
「おい! もっと押さえつけろ!」
急に暴れ出すアレキサンドルを必死に押さえつける男たち。
レオンはそれをつまらなそうな瞳で見て、口を開こうした時。
「あ、アレキサンドルっ!」
その声が響いた。
皆がその声に振り向く。
そこいたのは。野苺を入れた籠を持ち、息を切らしたミーシャであった。
「こ、これはなんなの! みんな何をしているの!?」
彼女が周囲を見回す。
「なんでみんながここにいるの」
すると男たちは一様に目を背ける。
それにミーシャは1歩前で出て言う。
「なんで、アレキサンドルの家が燃えているの! なんで、アレキサンドルが
押さえつけられているの!」
ミーシャが前に出るたびに、男たちは気おされるように下がっていく。
目に涙さえ溜め、訴えるミーシャが更に進もうとした。
「なんで――」
「これは、しかたがないことなんだ」
だがそこでレオンが1歩ミーシャの前へと躍り出た。
「レオン……」
驚くミーシャにレオンは優しい笑みを浮かべて近づいていく。
「ああ、よかった。無事だったんだねミーシャ。」
「え、無事?」
「僕は心配だったんだよ」
「心配?」
「そうさ。だって、君はアレキサンドルと仲良くなって。僕は気が気じゃなか
ったよ」
なにかレオンから不吉なものを感じ、ミーシャが1歩下がる。
「そ、それがこのこととなんの関係があるの!」
その言葉に酷く苦悩するかのようにレオンは顔をゆがめた。
「僕は君がいつ吸血鬼の牙にかかるかと恐ろしかった……だから、僕は君を守
るために今ここにいるんだよ」
ミーシャの背筋を言い知れない感覚が奔る。
「レオン……あなた、なにを言ってるの」
その言葉にレオンはニコリと笑いかけた。
「でも、これで大丈夫だ。吸血鬼は僕らが倒した。そして残ったグールもこれ
から退治するから」
レオンの視線がアレキサンドルへと向けられる。
「あ、アレキサンドルはグールじゃない!」
必死な叫びも。
「ああ、可哀想なミーシャ。もうグールによって洗脳されてしまったんだね」
彼の心には届かない。
顔が引きつるのをミーシャは自覚した。
そこで、彼女は思い出す。
「そ、そうよ! そんな勝手なことをして、村長が許すわけないわ!」
とっさに思いついた案。確かに放火に殺人と到底見過ごせることではない、村
を統率する者に頼るという手は有効なはず、だった。
だが、レオンは気にすることもなく。
「ああ、村長? あの人なら村長を辞めてもらった」
その軽い口調に、気負う様子もない言葉が響いた。
「え?」
ミーシャはその意味を捉え損ねた。
困惑するミーシャを横に、レオンは淡々と事実を述べていく。
「あの人はもう駄目だね。みんなの不安を汲み取らないで、自分のことばかり。
こんな正体もわからない余所者を村に入れたかと思えば、あんな子供の騎士に
へこへこしちゃって」
言葉が進むたびに、ミーシャは頼るべき場所が崩れていくのがわかる。
「まあ、新しい村長は後で決めるとして。大丈夫、君を守るための障害はこれ
でないよ」
彼は狂っている、ミーシャはそう思った。
何も言えないミーシャをどう判断したのか、レオンは男たちへと指示を飛ばす。
「さて、随分と話したね。じゃあそろそろ、グールを殺そうか」
レオンの様子に戸惑うようなどよめきが男たちに奔る。
「い、いや、レオンそこまで……」
だが。
「グールは吸血鬼と同じで本性を隠せるんだ。もし暴れだしたら僕たちじゃ抑
えきれない。これも、村を守るためなんだ」
その言葉で男たちは沈黙した。
「ほら、早く」
のそのそと男たちが動き出す。
「――や、止めてっ!!」
我に返ったミーシャがアレキサンドルに駆け寄ろうとするが。
「おっと、危ないよミーシャ」
それをレオンが押しとどめる。
「止めて! 離してレオン!」
数人に押さえらたアレキサンドルは力なく項垂れたまま動こうともしない。
「…………」
そこに斧を持った男が近づいていく。
「これも、村の、君のためなんだよ。ミーシャわかってくれ」
「そんなの嘘よ! こんなの違うわっ!」
否定するように首を振るミーシャを困ったようにレオンは言い。
「大丈夫。グールが死ねば、君は元に戻る」
優しい笑顔をミーシャへと向けた。
「いや! いやぁぁぁあああっっ!!」
そして斧が振り上げられ。

「――ギャアアアッ!!」

生肉を打ち付けるような生々しい音が響いた。
「――え?」
それは誰が発した言葉だろうか。
泣き叫んでいたミーシャが、笑っていたレオンが、項垂れていたアレキサンド
ルが、斧を振り下ろそうとしていた男が、囲んでいた周囲の男たちが、それを
遠巻きに見ていた村人たちが。
――全てが、それに注目した。
それは、異形だった。
手がある、足がある、頭がある。
ローブで全身が顔さえも隠れているとはいえ、その膨らみから女とわかるそれ
は、言葉の上だけなら常識の範囲内だろう。
だが、そのローブから伸びる異形がその常識から1歩踏み外している。
子供の胴ほどの太さがあり、1メートルはあるその長さ。ローブの腕が収めら
れている部分から左右1対となって伸び、材質は鉄だろうか重厚な黒に所々錆
びが浮き、先端は鋭く引っ掛けるように折れ曲がっている。
それは――戦艦などを繋ぎとめるような巨大な鉤爪であった。
人の持てる重量ではない。人の持つ物ではない。なにより“人を殺す物”では
ない。
「きゃああっ!!」
直視したミーシャが悲鳴を上げた。
異形の爪を持つ女の足元、そこにザクロのように胸を抉られた男が倒れている。
その女は軽々と爪を振るった。
飛んできた血が、周囲の人々を正気にさせる。
「な、なんだこいつは!」
「化け物だ!」
騒ぎ出す村人たち。
そこで再び彼らは凍りついた。
「――醜い」
艶のある、まるで娼婦が発するような甘い声。
だがそれは、この場に似合わぬ魔性の声。
その声は、人々の心を呪縛するようにローブの奥から響く。
「醜い三文芝居に、醜い愛憎劇、醜い茶番に、醜い結末」
するりとローブが緩む。そこから出てきたのは、仮面。
「なにをやっているのかと見てみれば。憎み愛し怒り許し殺し合う、くだらな
いお芝居」
抉りぬいたかのような瞳に、切り裂いたかのような口。全ては三日月のような
鋭さを持って全てを嘲笑する。
「別に嫌いじゃないし、こうしてどろどろとした物が集まるのはいいけど。も
う……飽き飽きするわ」
まるで何もかもが憂鬱だと言っているような様子に、人々は言葉を発すること
すらできない。
だが、その呪縛を打ち砕く声が響く。
「――っ! なにをやっているみんな! あいつは吸血鬼だ!」
レオンが声を張り上げる。
その声に、ようやく人々は呪縛から解放される。
「そ、そうだ!」
「あいつを! 吸血鬼を殺せ!」
我に返った男達が松明を、クワを、鉈を持って襲い掛かる。
「私が、吸血鬼ですって?」
だが、それは慌てる風も無く。
「そんな脆弱な生き物と一緒にしないでくれる?」
クルリと、服を見せびらかすかのようにその場で回転した。
噴出す血が、抉られた肉が、砕かれた骨が広がった。
「ぎゃああっ!!」
悲鳴が上がる。
ぬるりと血が滴る鉤爪を、なにごともないように扱いながら女は言う。
「私はそうね……メイガス(魔術師)、または道化師とでも呼びなさい」
嘲笑の仮面が場違いな道化を演じている。
怯えるように1歩下がる男達。
「怯むな! 相手は1人だ! 囲めばどうにでもなる!」
レオンが必死に叫ぶ。
だが男達はその声にも動かない。いや、動けない。
目の前の恐怖の塊に、体が言うことを聞かない。
道化師が仮面を向ける。
「ひっ!」
男たちが恐怖に凍りつく。
「いいわねぇ……その顔」
仮面が嘲笑する。
「それじゃ、あなたたちも」
まるで楽しむかのように、ゆっくりと鉤爪が振り上げられ。
「楽しみなさい」
血の華が咲いた。
一斉に逃げ惑う男たちを、ネズミを狩るかのように道化師は壊していく。
初めに近くに居た男の頭が砕かれ、背を向ければ背中を骨ごと抉られ、反応で
きなければ腕を、足をもがれ、自棄になり突っ込めば貫かれる。
抉られ、叩き潰され、砕かれ、撒き散らされ。
血が、肉が、骨が、悲鳴が舞う舞う舞う舞う。
1回転すれば、悲鳴が上がる。
2回転すれば、肉が裂かれる。
3回転すれば、頭が割られる。
それは一方的な蹂躙だった。
数分もしただろうか。燃え盛る炎に彩られ、その場は血溜りとなった。
動く者がいなくなり、残されたのは4人。
呆然と、アレキサンドルは道化師を見る。
ミーシャも現実に心が追いついていないのか、言葉を発することもしない。
レオンもただパクパクと口を動かすのみ。
「さあ、あなたたちも遊びましょ」
血と肉の惨劇を作った道化師が、3人へ足を踏み出そうとした時。
「――がっ!」
急に頭を押さえてうずくまった。
「っく……なによ一体っ……うるさい……っ」
ブツブツと何かと喋る声が仮面から漏れる。
「……勝手に……それは、あんたの都合じゃ」
困惑する3人をよそに、道化師の1人の会話はヒートアップしていく。
「……わかったわよ……やればいいんでしょ。だから黙りなさいっ」
やがて道化師が立ち上がる。
「くっ!」
身構えるレオンだったが。
その爪がまるで魔法のように消えていた。
代わりにローブから伸ばされた、透き通るように白い腕。
「な、なにあれ……」
その手には、鉄表紙の本が握られていた。
それは見るだけで、魂の心から汚染されるような妖艶ななにかを放つ。
錆が浮き出た鉄の表紙に手をかざすと、その本は独りでに開き始める。
「――っ!」
バラバラと捲られるページ。
「■■――■■■―…―…■■■……■――」
そして仮面の奥から蝿の羽音のような“音”が漏れ出してくる。
ひどく、不快ななにかを煽る声であった。
パタリと本が閉じられる。
嘲笑の仮面が、3人へと向けられた。
「ごめんなさいね。あなたたちの相手をしてあげたいけど、ちょっと事情があ
るの。だから――今はこれで我慢してちょうだい」
そこで――怪異は起きた。
「いやぁぁああっ!」
ミーシャが悲鳴を上げた。
――あ、ぅあぁぁ……
――ぉおぉおお……
そこには無惨と散った肉塊があるだけだった。
だが、それは常識の、現界の理を破る。
水の秘法には死者を甦らせる術があるという。水の先住魔法には死者を操る魔
法があるという。
それでも、これと比べても――ここまで、おぞましくないだろう。
それはあまりにも死を冒涜していた。
現界への恨みか死の苦しみか、うめき声を上げて、肉が、骨が、死体が動き出
す。
ある者は腕がなく、ある者は足がなく、ある者は頭が砕けている。
「こ、これは……あの時のっ!」
その姿は、レオンが森で見た複数の影と酷似していた。
死体はずるずると、様々なものを引きずりながら迫ってくる。
レオンはミーシャの腕を掴む。
「ミーシャ! 逃げよう!」
だが、腕を掴まれたミーシャは。
「アレキサンドルは!」
だがその視線はレオンを捕らえていない。
自身が危機に晒されようとしているのに、アレキサンドルは動かない。
「あんなやつは放っておけ!」
さらにレオンがミーシャを引っ張ろうとしたが。
「いやっ!」
その手をミーシャが振り払い、アレキサンドルの方へと走っていく。
「ミーシャ!」
伸ばされた手は空を切り、レオンは迫り来る死体の群れとミーシャを見て。
「……くそ!」
ミーシャに背を向けて走り出した。
「アレキサンドル!」
ミーシャがアレキサンドルの元へとたどり着く。
「しっかりして! アレキサンドル!」
「…………」
肩を掴み揺らすが、反応は無い。
「逃げましょう! はやく!」
その間にも死体たちは近づいてくる。
道化師は呆れているのか仮面の下で笑っているのか。こちらを見てはいるが、
何も行動を起こさない。
立ち上がらせようとミーシャが腕を引っ張るが、筋力と体重差によって動かせ
るはずもなく。
もう、死体たちはすぐそこまで迫っていた。
「ん~っ! ん~っ!」
ポツリとアレキサンドルが口を開く。
「なあ……ミーシャ……」
「ん~……な、なにアレキサンドルっ」
「家が燃えて……おっかぁが死んで……村がこんなになって……俺に、生きる
意味ってあるのか?」
「――っ!!」
乾いた音が響いた。
熱い頬の感覚で、アレキサンドルは自分が叩かれたのだと知った。
「生きる意味とか考える暇があるならっ……必死に生きてから考えてよっ!」
「…………」
呆然とアレキサンドレはミーシャを見上げる。
ミーシャは怒鳴りながら涙を流していた。
「……不快だわ」
その声に振り返ると。
眼前まで迫る死体たちと、その奥で爛々とした目を向ける仮面があった。
「――あ」



レオンは必死に走っていた。
「なんでだよ! なんであんなやつに!」
少しでも、少しでも遠くあの化け物から遠ざかるために。
「くそっ! くそくそくそっ! なんでうまくいかないんだよ!!」
だが走りながら漏れるのは生き残ることへの歓喜ではなく、不条理な現実への
恨み事ばかり。
「どうしてだ! どうしてミーシャは振り返ってくれない!」
うわ言のように繰り返す言葉。
「なぜだなぜだなぜだなぜだ、なぜだっ」
己が非凡ではないと自覚していた彼は、己への自信のために非を自覚しない、
認めない。
結局、彼は長所を自覚するぐらいには賢く、欠点を見落とすほどに愚かだった
だけなのである。
「くそ……まずは早くここから――」
ふと、レオンの視界の端に仮面が写りこんだ気がした。
「――っ!!」
とっさに振り向くが、そこにあるのは変哲も無い家々。
安堵のため息を付きながら、レオンは走りだそうとして。
「あら、どこに行くの?」
正面に嘲笑の仮面があった。
「な、なぜここに! 追い抜かれた気配も無いのに!」
驚愕するレオンに道化師はひどくつまらなそうに言葉を吐く。
「驚くところはそこかしら? もっと周囲に気を配ったほうがいいわよ」
「なにを――」
そう言い掛けてレオンは気が付く。
「なにかが……聞こえる」
「はーい、妖魔が漂う怪異の喜劇。第2幕のはじまりはじまり」
道化師が、全てを笑わせるべき道化が、全てを見下し踏み砕く嘲笑の声を上げ
た。
初めは呻き声だった。
それは徐々に大きくなり、多くなり。
何かを引きずる音、咀嚼する音、そして――遠くに数々の悲鳴。
「――っひ!?」
周囲からソレは現れた。
体を欠損させ、顔には死に際の苦悶の表情を刻み、老若男女、人種も性別もな
にも隔たり無く、全てが平等に生者を引きずり込もうと狙う。
「な、なんでっ! こんなにいなかったはずだ!」
「ふふ、なに言ってるの? こんなにもんじゃないでしょう“あなたの知り合
いは”」
「な、なんだと……」
その死体の顔ぶれに見覚えがあった。
「ま、まさか……」
それは、先に逃げたはずの村人たちであった。
「大当たり」
道化師は陽気に、仮面の下からでもわかるような嘲りの声を上げた。
「私の作ったゾンビたちは特製でね。殺した相手を同じ存在に“引きずり落と
す”ことができるの。今頃、先に逃げた連中は、森に潜ませた奴らの仲間入り
かしら」
では、遠く聞こえてくる悲鳴はなんなのか。
「は、あ……あ、あああ……」
すでに動く術を忘れていた。
まるで水飴のように絡みつく甘い声が、レオンの耳へと入っていく。
「あなたの三文芝居のおかげで、随分と助かったわ。すばらしいぐらい怨嗟に
染まった怨霊たちが集まった。感謝したいぐらいだわ」
そうして道化師はゆっくりと歩み寄っていく。
「これはほんのお礼」
晒された手がレオンの顎を掴んだ。
「怨嗟の濃そうなあなたは――たっぷりと可愛がってあげるわ」
「ああ、あああ……あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!??」

「――いい苗床になってちょうだい」

山と森に囲まれ、林業と有名な特産物で盛んだったザビエラ村。
その日、この村は生命の一切を余さず残さず消え去った。



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