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鋼の使い魔-36


『レキシントン』の甲板から、赤銅の鱗煌く火竜を駆って竜騎兵達は手綱捌きとともに発艦した。竜騎兵だけが身に着ける、金属板を組み合わせた
厳めしい板金鎧に陽光が照り返す。鞍に挿された軍旗にはアルビオン竜騎兵隊の象徴である赤竜旗がはためいた。
 速度や小回りで劣るものの、まともに浴びれば黒炭と化す強力なブレスを持つ火竜。飛び上がった2騎は眼下の自軍を超越し、対峙する小集団と、
その背後に控える集落を攻撃の目標とした。

 村北部の入り口まで後退していたアストン伯率いる兵達は、それぞれの杖を揮って自らの得意とする魔法を射出した。だが、鈍重とはいえ空を
高速で飛ぶ火竜は、騎兵の手綱に従って揚々と魔法をかわすと、旋回しながら高度を落として降下攻撃の体勢に入った。
 迫り来る竜騎兵から目をそらすまいとするアストン伯の視界の脇で、烈火球【ファイア・ボール】が他一方の竜騎兵から射出されて
傍らの部下を火達磨に変えた。
「くっ!」
 燃え上がる炎の熱波がアストン伯を炙った。
 その怯んだ僅かな隙に急降下した火竜が迫る。
「おのれっ!」
 もはやこれまでか、と、アストン伯は握った杖を構えて覚悟を決めた。死に際の魔法で騎兵を撃ち殺し、以って矜持を示してくれる。そう思った瞬間。
 遠くから乾いた炸裂音が響いて一拍、アストン伯へと迫っていたはずの火竜は、伯の鼻先で乗せた騎手をだらりと垂れ下げて
姿勢を崩し、あらぬ方向に飛んでいってしまった。
「……な、何だ…?」
 眼前の脅威から突然開放され、戦場にあって強かに放心するアストン伯の耳に、整然とした足音が聞こえる。振り向くと、姿勢正しくも
明らかにトリステインの兵士ではない一団がこちらに向かっていた。その悉くが銃を手に持っている。一団は伯の前まで進んでぴたりと行進を止めた。
「何者だ!」
 散開した部下達と杖を構えるアストン伯の前に、一人の者が進み出た。一団の中でも一際の異彩、銀色の光沢を放つコートに目深に帽子を被った者だった。
「領主アストン伯とお見受けします。我々はトリステイン王国政府より先遣部隊として派遣されたものです」
 きびきびと敬礼をして帽子の者は懐から書状を出し、アストン伯に手渡した。
「色々と質問があると思われますが、詳しくはこちらに書いてあります。マザリーニ殿の署名にございます」
「宰相殿とな…?!」
 目の前の仲間だという一団に困惑していたアストン伯は、書状を拡げる間もなく視界を空に奪われた。吼える火竜を操り、空に残った
一騎の竜騎兵が自分達へ迫ろうとしていたのだ。
「……」
 空に認めると帽子の者――アニエスは、コートの上から佩びたベルトより短銃【ピストーレ】をさっと抜き、空に向ける。
「駄目だ!銃ごときでは叶うはずが無い!」
 叫ぶアストン伯を無視して、アニエスは迫る火竜を見据える。
 火竜のブレスが届くか届かないか、ギリギリの距離まで詰まった時、構えていたアニエスの引き金が引かれた。
 発砲音の後、火竜が嘶き、やはりあらぬ方向へとその首を向けて遁走していった。
「ど、どういうことだ……?」
 困惑するアストン伯に対し、アニエスはベルトから新たな火薬と弾を補充し、短銃を納めた。
「騎手の頭部若しくは騎竜の眼球を狙えば竜騎兵の無力化は可能です」
「そ、そんな…銃で騎兵を落せるなど」
 向き直してアニエスは再びアストン伯に敬礼した。
「それが出来るのが我々『銀狼旅団』であります。…閣下には遺憾ではありましょうが私の指揮下で動いていただきたい。まずは迫る
敵軍を足止めし、本隊の到着までの時間を稼ぐのです」
 唖然とするアストン伯。それを無視してアニエスが控えている部下に振り向く。
「バッカス、シェリーは左翼、ドロシー、エリーは右翼に展開しろ。長銃【ハークィバス】用意、『鳥打ち』を仕掛ける」
「「イエス・シスター」」
 呼応する声という声は皆、女性である。すぐさま彼女らは村北東へ向けて駆け足で抜けていくだった。

「…君らは一体何者なのだ……?」
 気色ばむアストン伯に答えるアニエス。その声は少し喜色を帯びている。
「傭兵でございますよ。閣下」
 かくして後世に『タルブ戦役』と記録される戦闘が始まる……。



 『タルブ戦役・三―戦端/飛天―』


 ヴァリエール公三女ルイズは、夕方の席のために急いでドレスの用意をしていた。公爵家付の針子衆が、ルイズとエレオノールが選んだ生地と
デザインに添って採寸や仮縫いをし、それが済むとあとは急ピッチで製作に入っていった。
 そうなってしまうとルイズはやることがなく、かといってサロンにわざわざ顔を出す気も起きない。したがって当てがわれた部屋で
父が戻ってくるのを、好物のクックベリーを使ったパイに舌鼓を打ちながら待っていた。
 その隣では姉エレオノールが心を落ち着かせる香りが昇る薬湯に口をつけていた。彼女は幼い時分からこの薬湯を好んで飲むところがあった。
「お父様遅いわね……何かあったかしら」
 常に持ち歩いている、銀の懐中時計を見ながら怪訝に思い始める。…実は、こうしている間もエレオノールの首元には
綺麗な青い鉱石で作ったネックレスが巻かれているのだが、隣のルイズはそれに関する話を知らないので、特に感知しない。

 そして突然、ノックもなく部屋の扉が開けられて父ヴァリエール公が飛び帰ってきた。驚く娘達の目に、父は少し息を切らせている。
「お、おかえりなさいませお父様。……お父様?」
 驚くエレオノールに目もくれず、ヴァリエール公は奥の机に置かれた鞄を開けた。中にはさまざまな書付がされた書類が、
何十枚と束ねられて入っている。ヴァリエール公はそこから何枚かの書類を引き抜き、内容を確認すると、まっさらな紙とインクを用意して机に向かった。
「………うむ。エレオノール。ルイズ。話がある」
 紙にペンを暫く走らせた後、ヴァリエール公は立ち上がって娘達に向かい合った。
「なんでしょうか…?」
「実に急な事態が起きた。お前達も動転するだろうが…夕方の参上の席は中止になった」
「えっ?!」
 驚くのは口元を拭いていたルイズである。先ほどまでああでもない、こうでもないとドレスをせっせと用意していたのだから。
「わけは今は話せぬ。察してくれ娘達よ。…そこでお前達には市街地にある我が家の別邸に移ってもらう。そこで暫く留まっていておくれ。
父は今から官庁のところに出向かねばならないのだ」
 突然の事に言葉が出ないルイズとエレオノール。それをヴァリエール公は複雑な顔で迎えなければならなかった。
「……父としては何があるのか、早急に話してやりたいが、今は少しでも時間が惜しいのだ。外に馬車を待たせてある。
別邸で待っている間はエレオノール、お前が監督しなさい」
「……はい」
 何とかエレオノールはそれだけ言った。
 それを見たヴァリエール公は、使用人に自分の荷物を持ち出すように言伝て、さっさと部屋を出て行ってしまった。
「……姉さま、どういうこと?中止って……」
「知らないわよ。いいから町のお屋敷に…っ!」
 振り向いたエレオノールは、一瞬胸をぐっと締め付けられた。
 今日のことと言わず、彼女はこの十以上年差のある妹を、随分と可愛がっていた。どうもそれは時に、苛烈な空気を持っていたかもしれないが、
つまりそれだけ大事に思っていた。
 それが今、その大事な妹は年相応の気色を消して、青白くさえ見えるではないか…。

「中止って…ことは婚礼の儀式は……どうなっちゃうの?わ、私の作った祝詞は…」
 エレオノールはその時、漠然と『よくない何か』を感じ取る。砂山が水に溶けていくような脆さを、ルイズの浮かべる相に見てしまったのだ。
「姉さま……?」
 反応の無い姉にルイズが問う。その声音にはっと現実に戻ったエレオノールはしかし、やはりルイズの見せる消沈の度合いの深さに危機感を深めた。
「と、とにかくここを出払う支度をしなさいっ!……貴方たち、どういうことになってるのか探ってきなさい。判り次第屋敷に連絡すること。いいわね」
 ルイズの為にもここを一刻も早く出なければならないと感じたエレオノールは、同時に傍の使用人達を動かす。
 椅子に座ったまま呆然とするルイズの肩を、彼女はしっかりと捕まえた。
「……事態がどうなってるのかさっぱりわかんないけど、今はとりあえずお父様の言いつけのとおりにするのよ」
「……うん」
 病んだ人のようにゆっくりと、ルイズは頷いた。

 王宮が急転直下に見舞われている頃。トリステイン魔法学院……。
 コルベール研究塔前には、キュルケ、タバサ、ギーシュがコルベール製作『飛翔機』の運用実験の立会人として、準備を進めるコルベールとギュスターヴの前にいた。
「えー、三方。わざわざ来ていただいてありがとうございます」
 昨日の事故でスケジュールが押しているために、疲れの色濃いコルベール。その隣では、皮のベルトを縦横に巻いたギュスターヴが立っている。
本番に際し、手には指貫の手袋をはめている。
「でも、本当にこれが飛ぶなんて思えないんですけど」
 如何わしいという目でキュルケは修理が終わったばかりの『飛翔機』を指差す。歪んだ枠は補修され、破れた羽布は張り直されている。
「まぁ飛ぶかどうかはやってみなけりゃわからないのが正直なところでして…万一の場合はミス・タバサに協力をお願いしますぞ」
 平素の調子でタバサは首肯する。それでも彼女なりに、目の前の異様な物体に関心と興味を持っているのか、時折ちらりちらりと視線が外れて『飛翔機』を見ていた。
「……ではミスタ・ギュス。準備の方を」
「分かった。…タバサ。何かあったら頼むよ」
 どこか軽い調子でギュスターヴは『飛翔機』に向かった。

 『飛翔機』の搭乗部に入り込み、ベルトを繋ぐ。搭乗部の隙間には、あらかじめ乗せていたデルフが収まっていた。
「おう。ついにこれが飛ぶってか」
「サポート頼むぞデルフ。頭は一つより二つの方がいい」
「つってもよー、俺様ただの剣だしなぁ」
「つべこべいうなよ。さて…」
 ベルトの具合を調整したギュスターヴは、次に取り付けられている各種のレバーの動きをチェックする。それも終わると、今度は取り付けられている
リールをゆっくり、確実に巻き始めた。
 リールは巻くほどに重くなっていき、おおよそ10回巻き取ったところで、カチンと音が鳴って機体がわずかに揺れた。
「これで機体が軽くなったはずだ…」
 口に出して言うのは、ギュスターヴも確信が無いからである。次に、滑走進路上に障害物が無いことを確認して、レバーの内『推進装置・点火』のレバーを
一思いに引いた。
 後方でくぐもる様な爆発音がして、次に炎の噴出すような音がし始めると、機体は徐々に前方に向かって動き出す。
「お、動き出したな。俺様どきどきするぜ。心臓ないんだけど」
 障害物が無いとは言え、舗装されているわけではない平地を徐々に速度を上げて『飛翔機』が走っていく。
 滑走距離の想定は約180メイル。これ以下では翼に必要な風を受けることが出来ないというコルベールの計算である。
 そして今、滑走を始めて110メイルを突破した時、ギュスターヴは『上昇・下降』レバーを引き、機首を空に向けた。
「飛べッ、飛んでくれッ!」
 コルベールが一心に願い、機中のギュスターヴも願った。
 滑走距離170メイルを過ぎたところで、地面に接しているはずの車輪の音が途切れた。
 そして180メイルを超えた時、車輪は完全に地面を離れ、機体は空中に向かって飛び出した。
 『飛翔機』は空に上がったのである。

「うっそ……」
「本当に、とんじゃった……」
 視界遠くには空へ舞った『飛翔機』が見え、ゆったりと旋回して魔法学院の上空を飛んでいる。
 唖然とするキュルケとギーシュをよそに、コルベールは絶叫を上げて飛び上がった。
「やったッ、やりましたぞッ!私はついに、空に上がる術を作り出した!ミスタ・カール!君に教えられた!蝶や鳥のように、人は空を飛べるのですぞ!」
 やった、やったとひとり歓声を上げるコルベール。その渦中にあって、タバサは傍に控えさせたシルフィードに乗り込んで自らも空に上がろうとしていた。
「相棒!すげー!俺様、空、飛んでるよー!」
「ああ、これは凄い!コルベール師はシルマール師に匹敵する天才だった!」
 頬を風が当たっていく。寝そべるように乗り込んでいるせいか、背中の羽根で飛んでいるかのような視界が広がっている。
 流石のギュスターヴも不安と緊張に心肝を締め付けられた一瞬だった。翼を上向かせて加速し、徐々に機体が傾斜して浮かび上がる瞬間は、
胸に期待を満たす甘美の刹那であった。

 あまり学院から離れないために、『旋回』のレバーを調節し、また高度が下がらないように『上昇・下降』レバーもこまめに動かす。
 荒野のコンドルのように『飛翔機』は太陽の輪を描いて何処までも昇っていけそうだった。
「相棒、ちびっ子が着てるぜ!」
 視界を漂うばかりだったギュスターヴが側面を見ると、シルフィードに乗ったタバサと目が合った。シルフィードは『飛翔機』と平行して飛んでいたのである。
「タバサァー!」
 ギュスターヴは声を張ったが、周囲の風にかき消されてタバサまで届かない。
 それを見たタバサは杖を抜いてこちらに向け何か魔法を使った。
「<聞こえる?>」
「おお、タバサ。聞こえるぞ」
「<制音【サイレント】を使って声が聞こえるようにした>」
 目測で凡そ10メイル近く離れているように見えるのに、声がすぐ隣で話しているように聞こえるのは不思議な感覚だった。
「<……飛ぶって、どんな感じ?>」
 タバサはこちらをじっと、真剣な目で見ていた。
「…シルフィードの背中と違って、風が直に当たる。何の支えもない空にいるんだな、ってことが、よくわかる」
「<…そう>」

 そのまましばらく、タバサとギュスターヴは併走して空を飛び続けた。

「相棒、そろそろ燃料がきれそーだぜ」
 操作に慣れ始め、揚々と空の世界に浸っていたギュスターヴがデルフの声で引き戻される。事実、後方の噴射器の音が弱くなってきていた。
「よし、一旦降りるぞ。タバサ。先に降りてそう伝えてくれ」
「<わかった>」
 承知したタバサはやんわりと手を振って視線から外れ、シルフィードは眼下のコルベール研究塔前に向かって降下していった。
「さて、相棒、これどうやって降りるんだ?」
「待て、ちゃんと手順を踏んでやらないと…」
 ギュスターヴはレバーの中で『噴射器脱落』と書かれたレバーに手をかけたが、すぐに手を離した。
(今ここで噴射器を落したら真下のキュルケ達が危ないな)
 そう思い立ち、機体操作の各種レバーを動かして徐々に高度と速度を落としていく。
「おおー、だんだんさがってら」
 脇のデルフがはしゃいでいる。降りるのは離陸した時と同じ滑走路である。
 徐々に旋回しながら高度を落とし、ある高さまで行くと滑走路までの直線距離に機体を動かす。
 十分速度を落としたはずなのに、地面に迫っていくとかなりのスピードが出ているように見えて、ギュスターヴの額に冷や汗が浮かぶ。
「ぶつかる!ぶつかるって相棒!」
 デルフの悲鳴を無視して車輪が地面に当たると、ギュスターヴはレバーを引いて機体に制動をかけた。
 がたがたと揺れながら機体は滑走路を進み、併せて速度を落としていく。発進した地点を緩やかに通り過ぎて10メイル、ようやく機体は完全に停止した。
「ふぅ~……」
 緊張から解放されたギュスターヴは、いそいそとベルトをはずして機体から降りた。なぜか足がすこし震えてしまうのが苦しい。
「ミスタ・ギュスターヴ!ご無事ですか!?」
 駆け寄ってくるコルベールは後退した額まで顔を真っ赤にしていた。後続するキュルケとギーシュも、不思議そうにギュスターヴを覗き込んでいた。
「み、ミスタ。怪我とかありませんの?」
「ああ。…ちょっと足が震えてしまうが、別状はない」
「驚いたよギュスターヴ。君が本当にこれで空を飛ぶなんて!」
 コルベール研究塔前の人員を歓喜が包む。沸き立つ三人を相手にしながら、先ほどまで自分がいた空にギュスターヴは無形の思いを向けるのだった。
 タルブに押し寄せていたはずのアルビオン上陸部隊は、突然の銃撃でその勢いを緩めた。
 タルブの村主幹部まで、あと80メイルというところまで進んだ軍勢は、村の出入り口前方に展開して臥せていた銀狼旅団による正確無比な銃撃で
小部隊の隊長格を次々に狙い打たれたのだ。
 動揺する兵士達は進軍を止めようとしたが、部隊を預かるワルドは表情も変えずに言った。
「かまうな。行け」
 止まるなと言われた以上進むしかない。恐々としながらも兵士達は隊長なき小集団を形成しつつ前進する。それは全体の統率を落とし、
アルビオン軍の陣形はぐずりぐずりと歪みを作りはじめていた。


 50メイルを切ると臥せていた銀狼旅団に気付き始め、臥せている付近を狙った散発的な魔法による攻撃を始めるが、決定打にならずに銃撃は続いた。
 そして40メイルまで接近した瞬間。
「突撃ー!」
 若い女性の声とともにアルビオン軍の前方から兵隊が湧き出してアルビオンの軍勢に突進を仕掛けた。その先頭には銀のコートまぶしいアニエスが走っている。
「こっちも突撃だー!」
 誰かの叫びを皮切りに、アルビオンの兵士達も突進を敢行。トリステイン軍約230人とアルビオン上陸部隊約3800人が激突した。

「ぅぉおおおお!」
 先陣を切ったアニエスの左手には片刃の湾刀が握られていた。全長60サント程の湾刀は流れるように振るわれ、視界に最初に入った
兵士の頚部が若木を切るように両断された。
 突貫したアニエスに魔法と刃が押し寄せる。アニエスは刃という刃を介さず踏み込んでは剣を振るった。目に見えた先から兵士を手にかけ、血糊が華のように舞い散る。
「もらったぁ!」
 攻撃の隙を突いた兵士の槍先が、帽子の影になっているアニエスの顔面を狙って飛んでくる。
「『カウンター』!」
 首を振り、身体を沈みこませて槍をかわしたアニエスは、空かさず剣を納めると跳躍、右拳を握って兵士の顔面へ叩き込んだ。
兵士の顔面は拳の形にめり込み、頭蓋骨の中程まで拳が埋まっていた。
 軽やかにバックステップして間合いを取り直したアニエスは、再び身体を深く沈み込ませて跳躍する。今度は地面に水平といえるほど、低い。
「『キッチンシンク』!!」
 跳躍と同時に繰り出された膝蹴りが飛び込んだ先の兵士の胴を穿ち貫く。それでも威力が死なず、さらに後方の兵士4、5人を同様に貫通し、
着地の瞬間に足を引き抜いた。
「死にたくなければ私の視界から去れ!」
 一喝の後、さらに軍団の中を突き進むアニエス。突き出される刃も魔法も、アニエスの纏う銀のコートを貫けずに折られ、或いは潰されていった。
「こ、こいつ武器が効かねぇ!」
「ま、魔法も効かないぞ!」
 アニエスを取り囲むアルビオンの兵士が徐々に恐慌する中、彼女は自分に杖を向けていた一人のメイジ兵に肉薄した。
「ひっ!」
 魔法を唱える間もなく、アニエスの手刀が杖を叩き折った。
「『ブラウル』!!」
 さらに一声して、メイジ兵の五体へ嵐のように拳を叩き込む。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
 一撃の度に、骨の折れる音、肉の爆ぜる音が拳を伝ってアニエスの聴覚を刺激した。
「っ!」
 拳を引いたアニエスの前で、全身に乱打を受けたメイジ兵が、絶命寸前で立ち尽くす。
 そこからさらにダメ押しとばかりにアニエスは湾刀を引き抜き、メイジ兵を縦横に切りつけた。
「臓物(ハラワタ)を――」
 覇気満ちる声とともに剣を納め、
「ブチ撒けろっ!!」
 瞬間、加えられた斬り傷からメイジ兵の内容物が噴出してアニエスの銀のコートに降り掛かる。
 銀のコートは染み一つ残さず、全ての体液を弾いていくのだった。
 戦場が徐々に狂乱の熱を増し始めた頃、タルブの西にある森では住民一同が肩を寄せあって事態の行く末を祈っていた。
武器の心得のある者は手に鋤や鍬、或いは使い古した武器を持って、固まって森にいる住人から万一の場合を備えている。
 シエスタの一家も、シエスタからの急報を受けて森の中へ避難していた。叔父とともにシエスタは自警役に回り、『プリムスラーヴス』を片手に握り締めている。
(村から火の手が上がってる……どうなっちゃうんだろう…)
 視界にみえる黒い煙に、握る手に自然と力が篭る。
(ギュスターヴさん…ミス・ヴァリエール……)
 心細さが募り、学院の皆が思い起こされる。
「おーい!ヴィクトリアー!」
 声を上げてシエスタに駆け寄ってきたのは父、エド――エドワード・ナイツだ。彼は避難の折に怪我をした者の手当てをしていた。
「どうしたの?」
「大変だ!大爺が…ロベルト爺がいない!」
「っ?!」
「もしかしたら、まだ村にいるのかもしれない…」
 そう聞いてシエスタの顔が青ざめる。今、村には火の手が上がっているというのに。
「私、探してくる!」
「ま、待つんだヴィクトリア!」
 父親の制止を振り切って、シエスタ――ヴィクトリア・ナイツは村に向かって走り出した。


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