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ゼロの魔王伝-14


ゼロの魔王伝――14

「メフィストフェレスにファウストか。旧世紀の話に出てくる悪魔とそれにかどわかされた中世の碩学の名だったな。狙いすぎな名前じゃ」

 武器屋の主人が脳味噌を絞る様にして告げた名を、左手は揶揄するようにして笑った。由来を知って名乗っているなら大したハッタリ位にしか思っていないのであろう。
 もっとも、この異世界であるハルケギニア大陸に同じような話が伝わっているのなら、だ。
 そうでないのなら、D達と同じく別世界からのエトランゼか、単なる偶然か、の二つだろう。
 主人に名を聞かされたルイズやタバサ、キュルケと言った他の面々も興味は引かれた様子はなかった。
 とにかく、デルフリンガーを購入し、Dが寝具も着替えも不要と言った事もあって城下町に来た用件はすべて済んでしまったわけだ。
 ルイズとしてはもうすこしDと城下町を連れだって歩き回りたい所だ。しかし、それもタバサとキュルケが着いてくる以上は二人きりとは行かない。まあ、D自身の左手に宿っている人面疽やデルフリンガーの所為で、完全な二人きりなどないのだが。

――ちぇ、ちぇ、あによ。

 『な』によ、を『あ』によ、と発音してしまう位にルイズは心の中で拗ねていた。流石に表に出すには子供っぽすぎるし、そんな所をキュルケに見られるのは嫌なので、顔だけはつんと澄ましていたが。
 Dとその左手とデルフリンガーの順に鳶色の瞳を動かしているルイズの様子を見ていたキュルケは、流石に人生経験の差によるものか、ルイズの隠せていると思っている内心の感情を読み取っている様子であった。

「ねえ、ルイズ、私ちょっと寄っていきたい所があるから、ここで別行動にしない? そうねえ、二時間後に今日来た所の門で待ち合わせでどうかしら? あ、タバサには私と一緒について来てほしいんだけど」

 こくり、とタバサは頷いて了承した。キュルケの計らいで、Dと二人きりになれると気付いたルイズは、一瞬、長い冬を耐え忍んだ蕾が春の陽気に誘われて花開いた様な笑みを浮かべ、慌てて咳払いをして誤魔化した。

「そ、そう? 貴女達が勝手についてきたわけだし別に構わないわよ? じゃあ、D、行きましょう。二時間後に門で待ち合せね」

 うきうきとした様子でDに声を掛けてルイズはいそいそと武器屋の羽根扉を開いて出て行く。
 はやくー、と自分を呼ぶ声に、Dも続き、羽根扉を開いた所でキュルケへ振り向いた。

「素直ではないな」
「ルイズの事、よろしくね」
「ああ」

 肩をすくめて何の事かしら? と受け流し、キュルケはルイズの後を追うDの背中に手を振って見送った。思っていたよりも、あの黒づくめの青年は、善人なのかもしれない。
 それから、自分の意図を汲んでくれた小さな親友の方を向いて、悪戯っぽく笑いかける。
屈託のない、心を許した人にしか見せない笑みは、向けられた者の心が暖かくなるようだ。
 キュルケがこんな風に笑う事も出来ると知っている人間は、学院でも五指に満たないだろう。そしてタバサは、その数少ない者の一人だった。

「ごめんね、タバサ。私に付き合わせちゃって。お詫びと言ってはなんだけど、貴女の欲しい本くらいなら買ってあげるわよ」
「いい。でも、意外。貴女がルイズの為になるような事をするとは思わなかった」
「ふふ、まあね。ツェルプストーらしくないけど、その分ルイズの事はからかって弄くって遊ばせてもらうつもりよ。だってここ最近のルイズったら面白いし、おかしいし、妙に可愛いんですもの」
「やっぱり素直じゃない」
「素直な私なんて想像できて?」
「あまり。それともう一つ」
「あら、今日はずいぶんとおしゃべりね? なあに?」
「Dの事をどう思っている? 貴女がなにもしようとしていないのが不思議」
「そう、ね。ねえ、私が人の一番大切なものには手を出さないって言うのは前に話した事があったわね」

 こくり、とタバサは小さな顎を動かして憶えていると返す。去年に魔法学院へ留学したばかりの頃に、同級生達と諍いを起こして恨みを買ったキュルケとタバサが、決闘をするよう仕向けられた事がある。
 その時に手を合わせた事と誤解を解いたことをきっかけに二人は友人となったのだが、その決闘の時にキュルケが先ほどの様に、一番大切な者には手を出さないと言っていたのだ。


「今のルイズにとってDはとても大きな存在よ。魔法が成功したという証拠であり、同時に生涯を共にする使い魔でもある。ちゃんと意識を持ち、自分の考えもあるのに、ルイズの心を汲んでくれているのよ。
あの時のギーシュとの決闘騒ぎの事もあったし、今じゃルイズの方が使い魔なんじゃないかってくらいべったりだしね。今、ルイズからDを取り上げて御覧なさい。あの子、何もかもに絶望して自殺しかねないわ」
「……」

 タバサの沈黙は肯定を意味するものだったろう。魔法学院入学以来、いやその以前からルイズの心も体も縛っていた重圧と諦めと失望の鎖が、今ではもう随分と解けて、ルイズの心を軽くしているのはタバサにも分かる。
 やっぱり素直じゃない、と親友の事を評価しているタバサに、キュルケがちょっと悔しそうにこう言った。

「それに、あの顔だしねぇ。一目で私の微熱を燃え上がらされて灰にされてしまったわ。あんまり相手が凄すぎると、微熱も恋の火を通り過ぎて灰に変わっちゃうのね。いい勉強になったわ。
 というかDに色目を使うだけで学院中の人間を敵に回すわよ。罪作りな人だけど、自覚しているのかしら? なんだかそのうちルイズが魔法か刃物で刺されちゃいそうで怖いわ」

 これまた同感だったので、タバサは頷いた。ルイズに決闘を申し込めば、Dが出てくると学院の生徒達は考えているらしく、今のところルイズが余計な騒動に巻き込まれるような事はなかった。
 ただ、実際に決闘騒ぎになればルイズの性格を考えれば決してDの力は借りないだろう。
 Dの方も、今度こそルイズに手を貸すような事は、ルイズ自身が望まない限りはしないに違いない。
 誰かが命を捨てる覚悟でルイズに決闘を申し込まない限りは、今の状況が続くだろうが、それがいつまで続くかは、誰にも分からぬ事だ。

「さてと、とりあえずはルイズをからかうためにも」

 とキュルケはいやに艶っぽい仕草で武器屋の主人の方を振り返った。再びパイプを加えようとしていた主人が、小娘に過ぎない筈のキュルケのあまりの色香に思わず息を飲む。
 かつ、かつ、とブーツが床を踏みしめる音を立てて、キュルケが主人に歩み寄った。
 褐色の肌に覆われた太ももの肉の弾力は若さとあいまって、触れる指を押し返すほどに張りがある事だろう。
 膝を越える長いブーツと丈の短いスカートの合間から覗く太ももはひどく扇情的だ。
 胸元を大きく開いたシャツと、ルイズでは決して作る事の叶わない双乳が描く褐色の谷間のコントラストは目に焼き付いて離れない。
 所々で跳ねた赤い髪が、キュルケが歩くたびに揺れる様は、まるで意思を持った炎が女の形を取ったかのような錯覚を与えてくる。
 一歩ごとに大きく揺れるその胸の果実は、まるで男共の夢の中の産物の様にそそるものがあった。
 目の前に迫るキュルケの姿に圧される様にして主人が思わずのけぞる。鼻の穴から目から、キュルケの色香が忍び込んで主人の脳を絡め取る。

「このお店で一番見栄えの良い剣を見せてくださらない?」

 キュルケは、ルイズの反応を考えると今から楽しみで仕方が無いのか、やけに弾んだ声でそう告げた。


 一方でDとルイズの主従は変わらず裏路地を歩いていた。
 Dの方が必要する買い物もないし、ルイズはルイズで、目下必要そうなものは召喚の儀式の前に学院に来る行商人から購入しているから、取り急ぎ必要となるものはない。
 あてもなくぶらぶらと歩いてはいるが、いつまでもそうしているわけにも行かない。どうしよう、と困るルイズは結局武器屋の主人の言葉に縋る事にした。

「さっきのお店の主人が言っていた旧市街に行ってみましょう。私もはじめて聞いたし、なにか面白い事をやっているかもしれないわ」

 無言のままのDだが、とりあえず了承と判断したルイズが、先頭に立って再び歩きはじめる。
 行く先がどこであってもDは無言のままついていっただろう。ここら辺の無関心さと言うか無頓着さは相変わらずだ。
 長い歴史の中、拡張を繰り返してきたトリスタニアの街の中には、華やかな表通りとは裏腹に昼間でも薄暗闇に覆われ、どこか忘れられた様なもの寂しげな一角がある。
 かつては街の中心部と栄えながらも、今はその喧騒と華やいだ記憶を過去へと埋没させた旧市街の一角だ。
 とりわけ貧民や表に顔を出す事の出来ない後ろ暗い連中達の住処となり、トリスタニアの治安に暗い影を指す要因として嫌われるその旧市街に、ソレはあった。
 現市街との境目の区画およそ一万平方メイルを、アルビオンからやってきたという医師が国から借り受けたのである。


 市井の者達にはいまだ知られていないが、白の国アルビオンは今や戦火の真っただ中にある。
 中にはアルビオンの大地を捨てて他国に逃れる者もいようが、この医師と言うのがアルビオンでも評判となりつつある人物とあって、疑わしい目で見られていた。
 だが、結果として医師の希望通りに土地は貸し与えられ、それどころかその治療行為の邪魔をする者があらわれぬようにと、警邏の騎士と兵士達が土地の四方に密かに配備されているほどだ。
 この異常ともいえる事態は、とある霧の深い夜に、黒い馬車に乗った白づくめの医師が王城を訪れた翌日に、マザリーニ枢機卿の名の下に決定されていた。
 はたして月の明るい晩に、医師と枢機卿とトリステインの国政を預かる者達の間でどのようなやり取りがあったかは分からない。
 ただ、その旨を告げる際に、枢機卿をはじめとした一部の重鎮たちがことごとく頬を桃色に染めていた事が、使用人達や官僚達に目撃されているのは確かであった。
 医師の申し出を枢機卿及ぶ重鎮たちが了承したのみに留まらず、その周囲に警護の兵士達を配置し、決して医師の医療行為の邪魔をしないように厳命した事は賢明といえただろう。
 もし、その白衣の医師――ドクター・メフィストの医療行為の邪魔をトリステイン王国の国政に関わる者が行いでもしたならば、その日の内に、始祖ブリミルより授けられた三王権の一つたるトリステイン王国は長い歴史を閉ざす事になっていただろうから。
 あるいはそうなる事を白衣の医師の訪問があった夜に、さんざんに教え込まされたのかもしれない。この医師の邪魔をすれば、この国は終わると。
 そして、医師が手にいれた一角へとルイズとDは足を向けていた。
 見すぼらしい家屋の続く一角が急に開け、一辺百メイルの土地にあった建物はすべて取り潰されて、今は赤十字の描かれたまっ白いテントと、地面の上に置かれたベッドや、待合室代わりの長椅子を置かれた一角がある。
 四隅から細い柱が立ち上り、高さ五メートルの地点で強化ビニールが張られて、内部の空間を無菌状態に保っていた。
 四方を囲う柵に設けられた入口にはメフィスト病院と書かれた看板がついている。
 周囲には好奇心を剥き出しにした連中がいるかと思っていたルイズは、周囲にこれと言って人影がいない事をいぶかしんだ。
 武器屋の主人の話では、見物人が後を絶たないのではなかっただろうか?

「なんで誰もいないのかしら?」
「おい、気づいたか」
「無意識に働きかける結界だな」
「ふむ。治療を必要とする者以外の侵入を拒む為の、かの? となればとんでもない使い手じゃな。貴族(『辺境』の)の元老クラスでもおいそれと行使できるレベルではないぞ。
わしらが入れたのは招かれたか、それともメカニズムか術に間違いが生じたか。にしても……」

 左手の声は、目の前の野戦病院のような光景に対する疑問を告げていた。
 傷の痛みや病魔の苦しみゆえに漏らす悲痛な呻き声や、泣き叫ぶ子供達の声と共に、絶望を追い払う力強さや暖かさに満ちた励ます声が聞こえてくる。
 決して患者を不安にさせないよう抑えられながらも、的確に伝えられる医師達の指示とそれに答える看護師達の返事。
 傷つき、病み、それでもなお生を望む者達と、それに答えんと死力を尽くす医の道を行く者達。その二つの人種達が死に抗い生を得んと死闘を繰り広げている。
 特に症状がひどい患者達が寝かされているベッドには、ハルケギニアの技術水準を考慮すれば到底あり得ぬメカニズムが並び、患者の体調管理を行っている。
 人間は理解出来ぬものにたいして大きな不安と拒絶を覚える生き物だが、ベッドに寝かされている人々とそれを見守る人達の顔には、安堵と安らぎ、そして手にした希望への喜びばかりが輝いている。
 彼らは、自分達が救いの手の中に居る事を心から理解しているのだ。
 ルイズはひどくその光景が眩しかった。あそこには必要とされる者と必要とする者達が居る。
 患者は治療を求めて医師の存在を必要とし、医師は自分達を必要とする患者達の治療に全力を尽くしている。
 誰かが自分を必要としてくれているわけが無い。そう思うルイズにとっては、不謹慎な事と分かっていても、羨望の思いが胸の中にわくのも仕方のない事だろう。
 門の枠に付けられた円筒が、中から薄く発光しているのに気づいたルイズが、不思議そうに覗きこんだ。見つめていても眩しいとは感じない目に優しい色だった。


「消菌灯じゃな」
「ショウキントウ?」
「ここの連中には分かるまいが、空気の中には目に見えないくらい小さい毒の素が漂っておってな、健康な者ならばどうってことはないんじゃが、怪我をしたり病気で体が弱っているとそうもいかん。
 その明かりが、その空気の中の毒や服や体についた毒を殺しておるんじゃよ。上の方も透明な膜見たいので覆われているのが見えるじゃろう? ああしてこの中を清潔に保っておるんじゃよ」
「へえ。でもこんなの初めて見たわ。Dが住んでいたところにも同じようなのがあったの?」
「ま、そんなところじゃが……しかし、これは」

 在り得ぬ筈のものが確かに目の前に存在する違和感に言葉を濁す左手。Dはどう思っているのか無言のままである。
 へえ、とルイズは感心してばかりいる。理解が及ばない所ではない状態らしく、ただ呆れるようにして感心するしかないらしい。
 そんな二人の姿に気づいたのか、強化ビニールの幕を開いて、一人の看護師が声を掛けてきた。

「どうかなさいまして?」

 清楚な白い看護師服に身を包んだ少女だった。豊かな金の髪を額の真中で分けて、後頭部で括って馬の尻尾みたいに垂らしている。
 頭の上にちょこんと乗ったナースキャップ、胸元をウエストウッドと書かれた名札が飾り、ひざ丈のスカートから零れてすらりと伸びた足は白いタイツを履いていた。
 手も足も首も腰も細いのに、白い生地をパンパンに押し上げるほど胸元ばかりが豊かに育っていた。
 片手では到底掴み切れずに、両手で捧げ持つ様にしてもまた指の間から柔らかな肉が零れてしまうだろう。
 まろやかな曲線を描く肉体はこの上なく女性的な魅力に溢れていたが、慈しみと言う感情が輝かんばかりの柔和な表情や、代償を求めない無償の笑みが、性的な要素を取り払い、目の前の少女にいやらしさの欠片も与えてはいない。
 体の作りに比例してか、顔立ちもまた言葉にするのが天地を反せと言われるのと同じくらい困難に思えるほど美しい。
 ルイズもまた神がかった可愛らしさの美少女であるが、こちらの少女もまた幻想的な物語で語られる美しい妖精が目の前に現れたような錯覚を与える美少女だった。
 そんな美少女看護師に対しても変わらぬ冷厳な瞳を向けるDと違い、ルイズは巨乳看護師の金の髪から突き出た二つの長耳に目を見張っていた。

「貴女、エルフ?」
「はい、ハーフです」
「え、あ、そう」

 朗らかに答えられてしまい、ルイズは二の句が継げずにいる。むろん、このハーフエルフ巨乳看護師はドクター・メフィストをハルケギニアに召喚した張本人ティファニアだ。
 メフィスト病院での勤務生活からか、今ではすっかりハーフエルフである事を隠さず、むしろそれを誇りにしているかのように堂々とした態度を取っている。
 ルイズはまじまじとティファニアを見つめた。
 エルフ。ハルケギニアの人間達にとって最大の天敵。
 メイジの行使する系統魔法よりも強力な先住魔法を用い、かつて始祖ブリミルでさえついには勝利を得る事の出来なかった亜人達。
 そのあまりの強さゆえに、過去エルフ達と戦端を開いた貴族達は、子孫に多くの忠告めいた言葉を残している。
 ハルケギニア中の貴族を敵にしてもエルフは敵にするな、と伝えた者もいるほどだ。
 噂は噂を呼び、憶測は新たな憶測を生み、エルフは頭から人間を食べるだの、エルフは悪魔の手先など、本物のエルフが聞いたら眉を寄せて不快感を露わにしそうな言葉のオンパレードだ。
 ルイズもハルギニア貴族とエルフの抗争の歴史をよく知る古い貴族の一員であり、父母や家に昔から仕えている使用人達から耳にたこができる位にエルフの脅威を教え込まれてきた。
 だが、目の前に居るハーフと名乗る少女の笑顔を見ていると、ルイズにとって絶対と言っても過言ではなかった父母の言葉に、つい疑問を感じてしまう。
 それほどに、ティファニアがルイズとDに対して浮かべているにこやかな笑みは、悪意と言う言葉も知らないというのでは、と思う位に透き通った美しさと無垢な優しさもったものだったからだ。
 ふと、遠いヴァリエールの領地に居る姉カトレアの微笑を思い出し、ルイズは目の前のハーフエルフの少女に対する恐怖が萎れて行くのを感じていた。
 ルイズがエルフと聞いて恐怖を顔に露わにした反応に、ティファニアは慣れているのか笑みを崩してはいなかった。
 ルイズはこんな無害と言う言葉が美しい少女の形を取ったような少女に、恐怖を覚えた自分を恥じ、かすかに頬を赤に染めながら口を開いた。

「た、ただの見物よ。私もDも怪我も病気もしていないわ」
「そうですか」


 ティファニアは良かったと、二人の健康を喜ぶ様子で呟いてようやくDの方を見た。これまで同様の現象が起きたが、それがわずか五秒ほど破れたのは初めての事だったろう。
 ティファニアは細長い睫毛の揃った瞼を数回瞬かせただけで正気を取り戻していた。流石に雪花石膏の様な白く滑らかな頬は、ほんのりと桜色に染まってはいたが、思考の方は通常の判断能力を残している。
 これはやはりほぼ毎日顔を突き合わしているメフィストの美貌に対する慣れによるものだろう。それでも、美しいものはやはり良いらしく、五秒以上の直視は危険を伴う。

「当メフィスト病院は二十四時間、どんな時でも病み傷ついた方への治療の手を伸ばしています。もし、なにかお困りの事がありましたら、いつでもお尋ねください。でも、病院に用が無い方が喜ばしい事でしょうけれど」

 ちょっとだけ悪戯っぽく笑うティファニアは、ルイズが思わず身惚れるほど愛らしかった。

 ななな、なによ、すごく綺麗な上に可愛いってあり!? ええ、エルフの癖になんかすんごい可愛いんですけど!! し、しか、しかも、あによ、あの胸ぇえーーーー!!

 ギロリと擬音語が付いて回るような眼差しでルイズはティファニアの胸をじっと見つめた。そのうち穴があくんじゃなかろうかと疑いたくなるくらい見つめた。
 それから、Dを見る。相変わらずどこか遠い所を見つめているような、隣に居る方が寂しさを感じてしまう瞳で病院の方を見ている。
 が、だが、しかし、ルイズにはそれがティファニアの背後の光景ではなくて、ティファニアの胸を見ているように見えた。
 別に見てはいないのだが、ルイズにはそう見えてしまったのである。

 でぃ、でぃ、Dも大きい方がいいってわけね!? 巨の付く乳がいいのね!! あんたのご主人様は私なんだから私を見なさいよ見ていなさいよ見つめていなさいよ!!! た、たかが胸が大きい位で!!!

 そして再びルイズはティファニアの胸を見た。押し上げられた看護服の胸元の名札が、乳房のラインに沿って斜めにずれていた。
 大きい。そう感嘆せずにはいられない。
 ルイズは自分の胸元を見た。
 小さい。そう愚痴を零さずにはいられない。
 足して二で割れば平均的なサイズになるだろうか? 
 大=目の前のハーフエルフ。小=自分。
 という公式が頭の中で成り立ったルイズは、うう、と親の仇を睨む勢いでひたすらティファニアの胸を見る。
 ルイズの小さなお人形さんみたいな細い指と掌では到底掴み切れまい。それこそ幼い子供の頭くらいはあるのではと言うくらい大きい。
 体のどこもかしこも細くしなやかなくせに、胸ばかりは大きく、他の部分の細さと相まって余計に大きく見える。
 その癖、アンバランスなグロテスクさを感じないのは、これはもう神に愛されているに違いないという位体つきと顔つきと雰囲気が奇跡的な黄金の比率で存在し、互いの魅力を引き立て合っているからだ。
 それでいて決して派手に飾りつけたり主張する様な雰囲気ではない。窓辺を飾る一輪の花の様な慎ましさなのだ。
 それがこの看護士少女の印象から性的なフィルターを取り外し、生来の優しい気性や穏やかさを抽出して、好ましいものへと変えている。
 とはいえ、目下のルイズにはそう言った事は全く関係なく、さしものティファニアも不思議そうに小首を傾げた。食べちゃいたいくらいに可愛い仕草だ。

「あの?」
「ここ、このむ、むぅ」
「ルイズ」
「はっ!?」

 胸ぇ! と叫んで今にも掴みかかりそうなルイズの雰囲気を察して、Dが一声かけて止めた。流石に同行している人間が奇行に走るのは看過できなかったようだ。
 我に返ったルイズは、私何をしようとしていたのかしら、と本気で悩む風であった。そのうち二重人格になりそうな位、最近は感情の起伏が激しい。

「もしよろしかった献血していってください。お礼にメフィスト病院特製『ご長寿セット』を差し上げておりますので」
「『献血』? 『ご長寿セット』?」
「『献血』は血を失って危険な状態にある方に血を補充する為の血を、抜く事です。『ご長寿セット』は、お米を潰して形を整えたものを焼いた焼き菓子で、おせんべいというんです。厚焼き、ざらめ、海苔巻の三点セットです。院長のご趣味なんですが美味しいですよ」
「そのオセンベイとかいうのはともかく、血を抜くって、まるで吸血鬼じゃない!?」

 輸血といった概念がなく、医療行為もそこまで発達していないハルケギニアでは当然の反応をみせるルイズに、ティファニアは変わらずにこやかな笑みを浮かべたまま答えた。
 同じような質問を患者達から何度もされているのだろう。


「きちんとした医療行為ですので、グールになるとかそういった事は心配なさらなくても大丈夫ですよ。担当医の方からもきちんと説明致しますし、すでに何人もの方が献血されていらっしゃいますよ」
「だからって他人の血を自分の体に入れるなんてぞっとしないわ。よくそんな真似が許されたわね」
「院長先生がお話を着けてらっしゃったとの事ですので、詳しい事までは私どもには分かりかねます。あ、すいません、失礼します」

 ティファニアは自分を呼ぶ同僚の声に気づいて慌ただしく、金色のポニーテールを翻して院内へと小走りに戻っていった。
 ルイズは呆れたというか信じられないものを見たというか、曖昧な顔でその背を見つめていた。

「あの娘の言っていた献血とかもそうだけど、よくエルフを働かせておいて問題にならないわね。下手をすれば問答無用で監獄行きか極刑に処されかねないわ」
「とはいえ、実際にああして働いておるしの。話を着けた院長とやらがよほどの人物なのじゃろ。病院の名前からしてメフィストか。さて、どんな奴やら」

 左手とルイズのやり取りを尻目に、Dは先ほどティファニアが戻っていった方を見ていたが、おもむろに院内へと足を向けて動かしていた。

「え、ちょっとD! どうしたの、まさか献血するの!?」

 ルイズの声を止まらぬ足で千切り、先程のティファニアと黒髪の若い男の看護師が付き添っているベッドで足を止めた。
 先ほど運ばれたばかりと思しい女の子だ。まだ七つか八つだろう。満足に食べ物を食べられていない所為で、手足は枯れ木のように細い。
 口元を血で汚し、こけた頬は死人の色に近い。ルイズが、初めて目の当たりにする生々しい惨状と血の匂いに、息を呑んでいた。
 看護師の足もとに割れた注射器が落ちており、中の薬液が零れていた。無針注射器を撃とうとした時に運悪く女の子が暴れてしまい、注射器を取り落としてしまったらしい。
 口の端から血の泡を零しながら、女の子は死に瀕した手足を振り回している、蝋燭の最後の灯りが、死の方向へと向けて輝いているのだ。
 看護師が新しい注射器を取りに行く間、ティファニアが必死に女の子の体を押さえていたが、どこにそれだけの力があったものか女の子は暴れ続けている。
 Dが唐突に背後のルイズに声をかけた。

「あの女の子の体を押さえておけ」
「え、私が!? Dの方が適任なんじゃ……」
「別にする事がある。早くしろ。もってあと一分だ」
「わ、分かったわよ」

 有無を言わさぬDの口調と、あと一分で死ぬと言われたルイズはなかば考える事を止められて、Dの言うがままに女の子の体にかじりついて暴れる体を抑え込んだ。
 同じようにしていたティファニアが、突然目の前に現れたルイズの顔に驚き、口を開く。

「あの、どうして?」
「Dに聞いてよ!」

 そう怒鳴り返したルイズの目の前で、白目をむいた女の子がかは、と大きく顎を開いて大量の血を吐いた。びしゃりと、ルイズの頬と胸元が赤く染まる。
 その生暖かい感触と噎せ返るような錆びた鉄の匂いに、ルイズが反射的に手を離そうとしたのを、鉄の声が止めた。Dだ。

「離すな」

 その声に叱咤激励される様にして、血で濡れた頬を拭う事もせずルイズは自分の体重を掛けて女の子の体を抑え込む。
 なにがなんだか分からないが、さっきの男性が戻ってくるか、Dがなにかするまでこの子をしっかり抑えておく、そうルイズが腹を決めるのと、またDの声がするのは同時だった。

「離していいぞ」
「え、もういいの?」
「ああ」

 Dの言葉通りおそるおそるルイズが女の子から離れると、それまでの苦悶の様子が嘘のように女の子の呼吸が安らかなものになっている。
 まさか死んでしまったのでは、とルイズが一瞬誤解しかけたほどだ。ティファニアもルイズ同様に驚いた様子で女の子の呼吸を確認している。

「この子は折れた肋骨が肺に刺さって危険な状態だったんです。なのに、出血が止まっている。それに痛み止めも?」

 ルイズがDの方を振り返ると、以前Dの作っていた木の針が女の右膝の真ん中に突き刺さっていた。
 Dの言っていた別にやる事とは、この針を女の子の体に指す事だったのか。

「なんで膝に針を?」

 ルイズに答えたのは左手だ。

「人間の体にはいろいろな作用を及ぼす小さな点があっての、ツボとか呼んでおる。このお嬢ちゃんの場合は血止めと痛み止めの効果があるツボを針で突いたのじゃ。後五、六時間は保つ。それだけあれば十分じゃろ?」
「あ、はい! ありがとうございます」


 深く腰を折るティファニアに一瞥向けてからDは辺りを見回した。周囲では決して顔には浮かべぬが慌ただしげに行き交う看護師や医師達の姿があった。
 メフィスト病院の噂を聞きつけた近郊の村や町からも傷病人が集まってきているのか、千客万来と言う言葉通りの状況だ。
 メフィスト病院が請求する医療費は、平民でも十分に支払いが可能な低額だ。場合によってはタダ同然の時もあるのが主な理由だろう。

「忙しそうだな」
「はい。猫の手も借りたいくらいです」

 反射的に答えたティファニアと、周囲の様子に改めて気づいて呆然とするルイズが、耳を疑うような言葉を聞いた。

「手伝おう」
「…………え?」

 ルイズとティファニアの声が重なった。

「明日、世界が滅びるかもしれんなあ……」

 しみじみとした左手のつぶやきが、青い空に吸い込まれていった。


 それからのDの行動はハルケギニアで一番付き合いの長いルイズからしても到底信じられない事だった。
 一瞬悩んだティファニアが、Dとルイズの手を借りる事を決めるや二人に名札を渡して、次の患者元へと歩き出し、二人はそれに続いた。
 入口の消菌灯で消毒は済ませているからそのままの格好で院内を歩き回り、胃潰瘍穿孔、敗血症、腹膜刺激症状を起こした虫垂炎、慢性硬膜下血腫と多種多様な症状を訴える者達の医療行為に手を貸した。
 ルイズには精々暴れる患者の体を押さえつけたり、指示された道具を運んだりと雑用程度の事しかできなかったが、多くの患者達を見るにつれ、文句の一言もでる事はなくなり、真摯な眼差しで患者とそれを救わんとする医師達を見つめていた。
 Dは、先程の少女の様に時折木針でツボを突いたり、左手を患者の体に押し付けて痛み止めや血止め、症状の緩和を施していた。
 左手の老人の万能ぶりに、ルイズは呆れていたが、苦しんでいた人々が次々に安らかな顔になるのを見ているうちに、その呆れも忘れていた。
 何人目になるか分からない手伝いをしている中、ルイズが邪魔になるからと自分の髪をティファニアから借りたゴム紐で束ね、タイ留めを外してマントを脱ぎ捨てるのを、Dは静かに見守っていた。
 慌ただしく、そして濃密な時間が過ぎ、ひっきりなしに訪れる患者達の数が落ち着きを見せた頃、ようやく休憩するだけの余裕を手に入れたルイズは、看護師達用のスペースに案内されて、ティファニアの淹れたお茶を飲んでいた。
 衝立で仕切り、カーテンで遮っただけの簡単な空間だったが、備え付けの長椅子やソファはルイズの実家にある調度品に負けないくらい座り心地が良かったし、出されたお茶も最高級品と香りと色で分かる。
 血で濡れた頬を拭い、シャツをティファニアが持ってきた看護服に着替えたルイズが、お茶で喉を潤すや盛大に息を吐いた。
 血を浴びて青白く変えていた頬の色は元の血色のよいものに戻っていた。つん、と鼻を着く消毒液の独特の匂いには鼻を顰めるが、血の匂いよりはまし、と気を取り直した。

「つ、疲れた。いつもあんなに忙しいの?」
「トリスタニアに来てからは今日が一番。いつもはもうすこし余裕があるんだけれど」

 自分で淹れたお茶を両手で持ったティファニアが幾分砕けた口調でルイズに答えた。患者と看護士というよりも、友人の様なものと認識しているのだろうか。

「でもよかったの? 今さらなんだけど、お医者様じゃない私達が勝手に手伝って」
「本当はダメだけど……結果としてたくさん助けてもらったし、私は後悔してないわ。院長先生には怒られてしまいそうだけどね」

 ちょっと困った風に笑ってティファニアはお茶を品良く啜った。Dは立ったままお茶を口に運んでいる。
 他人の運命など眼中にないであろう青年が、こうして人々の治療に手を貸したのは果たしてどんなきまぐれであったものか、神にも悪魔にも、ひょっとしたらD自身にも分からないのかもしれない。
 リラックスした表情を浮かべ、ルイズと世間話などしていたティファニアが衝立の向うから姿を見せた白い影に、思わず息を呑んで立ちあがって背筋を伸ばした。
 ティファニアの見たものを見て、ルイズはぽかんと口を開いて呆けた。
 世界の輝きは二倍になっていた。Dという暗黒の人型が映える世界に、いかなる色も恥じて消え行ってしまう様な白が、突如出現したのだ。
 それはすなわち、Dにも匹敵する美の存在であるという事を示していた。くるぶしまで覆う純白のケープに身を包み、ケープの上に広がる黒髪はいかなる宝石の輝きも色あせて見えるほどに美しく。
 ティファニアが無限の畏怖と畏敬を湛えた声でその人物の名を告げた。

「メフィスト院長」
「そちらのお二人かね? 治療を手伝って頂いたというのは?」

 耳が痛いほどに静かな夜を思わせる声であった。どんな感情の吐露も、その夜闇の深さと静けさの中に飲み込んでしまいそうな声。
 ティファニアが頷く。断罪の場に立ち、どんな罰も甘受する覚悟を決めた無実の人の様。
 メフィストの視線がDを捉えた。わずかに、その瞳が揺らぐ。揺らいだ感情が何かは分からない。

「メフィストと言う」
「Dだ。余計な真似をした」
「いや、的確な指示だったと聞く。患者が治療されるのならば私が異論を挟む余地はない。結果につながるならば過程は問わないよ」
「おれが勝手にした事だ。彼女に落ち度はない」

 彼女、とはティファニアの事であろう。ふむ、とメフィストが頷く。Dの言葉と姿を吟味しているようにも見えた。

「考慮しておこう。ではささやかだがお礼をしなければならないかな」
「形のあるもんがいいのう」

 これは左手である。メフィストを一目見た瞬間に感じた戦慄をおくびにも出さず、図々しく主張したのは大したものだ。
 メフィストの黒瞳がDの左手に映った。一目でその正体を看破したものか、面白げな光を浮かべている。

「なるほど、君もなかなか複雑な事情があるらしい」

 Dが腰のパウチの一つに右手を突っ込み、瓶を一つ取り出した。携行していた乾燥血漿の瓶である。Dの体格なら大体一瓶で半年分になる。
 半分ほど残っているそれを取り出し、メフィストに見せる。

「これと同じものを用意してもらいたい。金は払う」
「結晶化させた血液か。明日には届けよう。届け先はトリステイン魔法学院かね? それと料金は結構」
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール宛で頼む」
「そちらのお嬢さんかね? どの様な関係かな」
「使い魔と主人だ」
「ほう」

 口から魂が抜けかけているルイズに、この世に存在する事が間違いだと告げるような眼を向けてから、メフィストは実に意味深気にほう、と呟く。
 なにか途方もなく良からぬ事を企む悪魔の様な“ほう”であった。思わずティファニアの豊かな胸の中に在る心臓が止まってしまいそうになるほどに。

「君の様な美しい男を使い魔にするとは、さぞ優秀なメイジらしい」
「まあ、優秀と言えば優秀だわな。ほっほっほ」
「さて、あまりお引き留めしては申し訳ない。私はこれで失礼しよう。どうやら、お互い遠い所からここへ来た身の上の様だ。いずれ、またの出会いを楽しみに」

 そう告げて、メフィストはDとの短い邂逅を終えて踵を返していった。
 その背をしばしDは見つめていたが、左手の方から苦しげな声が零れてきた。先ほどまでの調子とは違い、本音が滲んでいる。

「おい、ありゃなんちゅう化け物じゃ。お前と同等に美しいというのもあるが、あれは人の形をした別のモノじゃぞ。大貴族の連中が可愛く見える。信じられん」
「彼もおれ達同様に呼ばれたのだろう」
「じゃろうな。わしら同様にこの世界では異物すぎる。本来なら存在そのものが許されんような異分子じゃろう。
今の所は敵対する様子はないが、さてこれから先はどうなるものか。ま、悩んでも仕方ない。とりあえずお嬢ちゃんをたたき起して待ち合わせの所へ行こう。かれこれ二時間は待たせておる筈だからの」

 左手の声に応じる様にしてDがお茶のカップを机の上に置いた。律義に空になっていた。

「ごちそうになった」
「いえ、あ、そうだ『ご長寿セット』もどうぞ」

 ティファニアが脇に置いておいたせんべいの詰め合わせをDに手渡した。
 それをどう解釈したものか、結局Dは黙って受け取っていた。


それから、ルイズの肩に手を置いて揺さぶり、遠い世界に飛び立っていたルイズの意識を呼び戻した。

「え、あ、あれ? なにか白いモノが入ってきて、ええっとそれから、私、どうしたんだっけ?」

 Dとメフィストを同時に視界に収めて、あらぬ世界めがけて気を失っていたルイズが、状況を把握できずにうろたえる。

「そろそろ戻るぞ。だいぶ時間が過ぎている」
「あ、本当だ。もう夕方じゃない。じゃあ、私たち行くわね、ティファニア」
「はい、それとテファで構わないわ。あ、そうだ制服! まだお洗濯していないのだけれど……」
「いいわよ、そのままで。そのままでいいの。代わりにだけど、この服借りていい?」
「ええ、なんでしたらそのまま差し上げます。考えてみれば貴族の方にお手伝いしていただいたなんて、とんでもない事をしてしまったわ」
「それもいいわよ。貴重な体験をさせてもらったし。いつまでここで病院を開いているの? これからずっと?」
「ううん、あと三日だけ。それからアルビオンに在る本院に戻るの。忙しくなると思うから、その看護服は好きにして」
「じゃあ、記念に頂くわ。ねえ、テファ、ここの病院って随分と変わっているのね。聞いた事も見た事もない道具や治療をしているし、魔法がほとんど使われていないのですもの」
「そうね。ほとんど、というかすべてメフィスト院長が考案して、形にしたものよ。普通のお医者さん達とはずいぶん違うやり方みたいだけれど、たくさんの人の病気や怪我を治してきたわ」
「そう。私には病気の姉がいるの。どんなに高名な水のメイジでも治せなかった病気にかかっていて、領地の外に出た事もないのよ。その姉の病気も、ここなら治るのかしら?」
「院長先生なら、どんな病気や怪我でも治してくださると、私は信じているわ。患者の方が生きたいと心から願うなら、あの方はそれに応えてくださいます」
「そう……。もし機会があったら、ヴェリエールの領地まで足を運んでくれるかしら?」
「患者の方が、真に救いを求めているのならば、例えそこが地獄の底だろうと、メフィスト院長は躊躇わずに向かうわ。そして治療する。自分の全てを掛けて」

 そう言い切るティファニアの姿は限りない信頼に満ちていた。そうするに足るだけのものを、メフィストはこの少女に見せて来たのだろう。

「そう。そこまで信じているのね。今日は貴重な体験が出来てよかったわ。また会えるといいわね」
「ええ。ルイズさんも、Dさんも、今日はありがとうございました」

 そうして、看護服の上にマントを羽織ったルイズと、ご長寿セットをデルフリンガーごと左手に持ったDは、頭を下げるティファニアを背に、待ちくたびれているであろうキュルケとタバサの元へと足を向けるのだった。


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