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ゼロの魔王伝-13


ゼロの魔王伝――13

 Dから借りた金の塊を皮の子袋に入れたルイズとDの姿は学院の厩舎にあった。関係者の利用の為に常時複数の馬と、その世話係が常駐している。
 厩舎の中には生徒や教師の使い魔らしき額から角の生えた白馬ユニコーンや、雄々しい翼を備えた天馬ペガサスの姿もあった。
 ルイズが事前に虚無の曜日の外出用に申請し、選んでいた馬の所へと向かう。共に栗毛の若い馬達だった。
 よく躾けられ、また人間と長く接してきたために従順な馬の様子に、ルイズは満足げだった。
 Dが無言で一頭の馬に近づき、その首筋を右手で撫でた。ルイズが思わず嫉妬の炎を燃やしてしまいそうになる位優しい手つきだった。
 こういう他人に対して冷たい、ないしは無関心な態度を取るタイプによくいる、人間以外の生き物には多少なりとも優しさを見せる人種なのだろうか?
 羨ましい、と思わず口にしかけ、いくらなんでも馬に嫉妬するのはどうなのかしら? と自制し、ルイズはぴしゃぴしゃと軽く頬を叩いた。
 最近はこれくらいで正気を維持できるようになってきているあたり、ルイズの精神力もたいしたものだ。
 実は虚無の曜日のお出かけに、馬車ではなく馬を選んだのにはちょっとしたルイズの思惑があった。
 何を隠そう、いや、別に隠す必要はないのだが、ルイズの数少ない特技の一つは乗馬なのである。
 自分でも時々、私って本当に主人なのよね? と首を傾げる事のあるDとの関係に少しでも改善の糸口を見出すべく、自分の良い所をDに見せようという、行き当たりばったりな感のある魂胆があったのだ。
 良くも悪くも深く物事を考えるのに向いている性格とはいい難いルイズなりの、とりあえず地道な事からコツコツと主人としての立場を確立させようという、涙ぐましい考えである。

 あ、でも途中で私の馬が怪我をしたりして、Dの馬に相乗りするって言うのも一つの手ではないかしら? あらら、これって名案? ナイスアイディーア? ルイズちゃん、お利口ねえ、みたいな? やだ、私ってばお利口さん☆
 いえ、落ちついて考えなさい、ルイズ。むしろ狙いすぎて変に思われるかもしれないわね。それならいっそシンプルにご主人様を乗せなさいと最初から相乗りさせるのも…………。
 だめね。変に口のきき方を間違えたら、首は大丈夫でしょうけど腕位は落とされそうな気がするわ。というか睨まれたらそれはそれで私の心臓が止まりそうだし。
 私のね、寿命がね、きっと何年単位で縮むと思うのよ。ていうかもう十年くらい縮んでいるのじゃないかしら?
 というかDの左手の人面疽の所為で二人っきりっていう状況がまずあり得ないのよね。鬱陶しいわね。あいつ――どうすればいいのかしら? 
 あいつ口うるさいしなにかと私の事をからかうし第一Dに釣り合ってないのよなによあの皺枯れ声はちゃんと喉ついてるのいつも下品な声でぺちゃくちゃしゃべんじゃないわよDと私の会話の邪魔するんじゃないわよ切り落として火竜山脈に捨ててやろうかしら?

 と、これまで頭の中が一機に沸点まで達するだけだったルイズが、同時にあくまで冷静で客観的な意見も少しくらいは考えられるようになっているあたり、アレな方面でもレベルアップが見受けられている。
 Dがルイズに向ける視線に、生暖かいモノが混じる様になるのも、そう遠い未来ではないだろう。ルイズに散々罵詈雑言を浴びせられているとは知らぬ左手が、実に感慨深げに呟いた。

「春になるとああいうのが涌くというが、あそこまで見事な具体例は久しく目にしておらなんだなあ。貧乏くじではないとは思うが、外れでくじではあるか? 身体の方は貧乏じゃが。けけけ、おい、一つ、でかくなるようにお前が協力してやったらどうじゃ?」

 左手の声には答えず、傷一つない黒瑪瑙を象眼したようなDの瞳が、先程からぶつぶつと何やら呟いているルイズの方へと向けられ、一瞬ほど止まってから更にD自身の後方へと流れた。
 頬と髪を優しく撫でて行く春の風に乗ってきたかすかな足音と、香水の香り、さらにかすかな気配を察知したのだろう。
 昨日のヴェストリの広場での邂逅を再現するかのように、色香とたちまち身を焼いてしまうような情熱の炎が服を着ているようなキュルケ。
その傍らには分厚い本と杖を抱えた、透度の高い湖の底の様にかすか青みを帯びた髪と瞳の色がとりわけ美しいタバサがいた。
 足して二で割っても、これまた人の目を引くような美貌と個性を持った美少女が生まれてきそうなこの二人は、学友であると同時に親しい友人の間柄にある。

 天敵たるツェルプストーの出現に、むむ、とあからさまに眉を寄せるルイズを尻目に、キュルケは人懐っこい笑みを浮かべてウィンクした。
 相手はD――ではなくルイズだ。からかうような、挑発するような、どちらとも言い難い仕草だ。
 男心を弄ぶ天性の才とはまた別に、人をからかう事を面白がる気性と才能の二物を、天から与えられているようだ。

「おでかけかしら、ルイズ? まあ、見れば分かるけれど」
「そうだけど、なによ。貴女達も馬で出かけるの?」
「いいえ、ただ二人が朝から出かける様子が窓から見えたから、タバサを誘って見に来てみたのよ。ね、タバサ?」
「あれは誘ったとは言えない。本を読んでいる途中で無理やり」
「ああん、つれない事を言うのね、私のタバサ! でもいいじゃない。ミスタ・Dとルイズの二人って、傍から見ていて面白いし」
「あのね、私達は見世物じゃないのよ」
「それは分かっているわ。見世物にしたらハルケギニア中の人間が見にくるでしょうけれど。もちろん、ミスタ・D目当てでね」

 鎖に繋がれて、檻に閉じ込められて見世物に晒されているDを想像し、ルイズはなんだが自分が天に唾吐くような事を考えたとんでもない気持ちになって背筋を振るわせた。
 そんな風にDを扱おうものならば、そういった心根の連中は皆、例外なくDの刃の露と消えて、一刀の下に斬り伏せられた無残な骸が、流れ出た血で赤く染まった大地に累々と横たわるに違いない。
 その想像を振り払う様に、Dの手で簡単に掴めてしまえそうな位細い首を、ぶんぶん横に振ってルイズは気を持ち直した。

「これからDの為に剣を買いに城下町までちょっと出かけてくるのよ。用が無いのなら部屋に戻るか、あんたのお友達の男の子にでも声をかけたら?」
「へえ、ミスタの為の剣ね。そう言えば決闘の時に抜いた剣って真ん中くらいから折れていたわね。それでもあんな風に青銅のゴーレムを切り裂くあたり、すごい業物なのかしら?
 でもそうね、街に出掛けるのなら、私達も付いていこうかしら? 特に予定もないし、タバサと二人でいるのも楽しいけど、貴方達と四人でいる方がもっと面白そうだし」
「Dの買い物に行くのに、なんであんた達を連れて行かなきゃいけないのよ!」
「だって、剣を買うなんて言うけど、他にも普段の着替えや寝具とかも必要でしょ? ルイズ、貴女は殿方の服を見繕った事なんてないでしょう? 私がアドバイスしてあげるわよ。それに、タバサが一緒なら馬よりも早く城下町まで行けるしね」

 ね? とキュルケに声を掛けられたタバサが指を小さな口にくわえて、ぴゅい、と短く吹いた。
 その指笛の残響が耳から消え果てる位になってから、ばさ、ばさと大きな翼が風を捉えて羽ばたく音が聞こえはじめる。
 ルイズがキュルケの言葉に思い当たる事があり、はっと空を見上げた。その先には使い魔召喚の儀式の折に、羨望を込めて見つめたタバサの使い魔がいた。
 朝の清澄な大気をゆうゆうと広げた翼に捕まえて、サファイアを繊細な神経を持った職人が手に掛けた様に美しい、青の鱗を持った竜であった。
 竜種の中でも最も飛行速度が速く、また航空距離の長い風竜の幼生で、名前は風の妖精から取り、シルフィードという。
 幼生とはいっても、伸ばした翼の両端は六メイルを越え、キュルケとタバサに加えてDとルイズの合計四人を乗せて空を飛ぶ事も難しい話ではなかった。確かに地を駆ける駿馬よりも、空を行くシルフィードの方が早い。
 馬達はさすがにシルフィードの姿に怯える様子を見せたが、当のシルフィードは緩やかに着地して、ごつい顔の割につぶらな瞳で興味津々と言った様子でDを見ている。青い瞳に、この若者は果たしてどのように映っているのだろう。

「どうせ買い物するのなら時間をかけてじっくりと選びたいし、それなら移動に掛ける時間は出来るだけ短縮するのが賢明ではなくって。ねえ、ルイズ?」
「それはまあ、そうだけど……。う~、でも」

 とここでルイズはDをちらりと見る。懇願しているような、すがるような、あるいはご主人様の考えくらい読み取ってよね、と命令しているような、なんとも複雑なルイズの視線であった。
 Dはルイズの期待を裏切る方向で答えた。他人の意見を汲む事を滅多にしない青年と言う事もあるが、キュルケの言う通り合理的だからだろう。

「言う通りだな」

 Dが答えただけでもマシというものだが、ルイズはがっくりと肩を落とした。なによなによ、せっかく私がDと、“二人きりで”……妙なのが左手にくっついているけど、出かけようと思っていたのに!


 無言のまま少しだけ頬を膨らませて、小振りな桃の果実みたいな顔で睨んでくるルイズの視線を意にも介さず、Dはどうする? とルイズを見つめ返した。
 Dの視線にたちまち叛旗の炎が胸の中から消え果てて、う~、とちょっとだけ唸ってから、ルイズはもういいわよぅ、と半ば自棄になってほそっこい首を縦に、こくん、と動かした。
 その様子を、キュルケは意外に子供っぽい笑みで見つめていた。ついつい、からかってしまう相手のしょぼくれた様子が楽しくて仕方ないらしい。

「わしとお前みたいな関係かの」

 そんなキュルケとルイズを見ての左手の一言である。Dがかすかに、本当にかすかに訝しげな調子で左手に問うた。二人の間でしか聞こえぬ特殊な会話である。

「本気か?」
「ふむ。口であーだこーだ言っておっても、心は別と言う奴じゃな。今度お前が眠る時にはわしが子守唄の一つでも歌ってやるぞい」
「…………」
「リアルな顔をするな。冗談じゃよ」
「二度と言うな」
「善処しよう」

 お前が忘れた頃に言ってやるわい、と言外に含んだ左手に対して、厳しい視線を向けつつ、Dはすでにタバサがちょこんと乗りこんだシルフィードへと足を向けた。

 上空に浮かび上がったシルフィードの首にタバサが座り、ちょうど背もたれの代わりにするのに具合のいい背びれに、残りの三人がしがみついたり、背を預ける形で乗り込む。
 特別急ぐような用事でもないので速度は緩やかだが、上空の風は春とはいえ冷たく、それをタバサが風防代りに展開した風の防壁で避けている。
 『フライ』の使えるメイジでも、まず滅多に目にしない高高度の光景に、ルイズやキュルケ、特にルイズは感嘆の声を上げていた。
 彼方に霞んで見える地平線も、地上と上空とではまた違った角度で見え、まるで自分がとんでもなく大きな巨人にでもなったような視点は、おのずと心を震わせるものがあった。

「うわあ、あ、見て見てD! あそこに人がいるわ。農夫かしら? まるで豆粒みたいに小さいわ。並んだらきっと私よりも大きいのに」
「そうか」
「ほら、学院がもうあんなに小さいわ。確かに馬よりも早いし、馬で走っていたらこんな光景は見られなかったわよね」
「良かったな」
「ええ!」

 とはしゃぐルイズにDが律義に返事をしていた――と思わせておいて実際に返事をしていたのは左手である。
 口調だけDの真似をしているのだが、きゃっきゃとはしゃいでいるルイズは、声の主が違う事にも気付かない。
 キュルケとタバサは、これだけ顔がいいとどこかでおかしくなるのね、と老人の声で答えるDを、納得したように見ていた。
 ルイズはやや間隔を開けて連続しているシルフィードの背びれの間に腰を下ろし、片手で背びれを掴みながら、あっちを見てはこっちを見、こっちを見てはそっちを見ている。
 今は上空三百メイルほど。仮にメイジであっても、山々に足を伸ばして絶景を堪能するか、船で空の旅を満喫する以外にはほとんどの者が目にできぬ光景に、ルイズは他人の目と言うものを忘れた様子で楽しんでいる。
 むしろ無邪気な子供が浮かべる満開の笑みの様だから、傍に居てもやや騒がしい事を除けば不快になるような事はなかった。
 Dの様な人間を除けば、誰しもつられて笑みを浮かべてしまうだろう。
 キュルケが、初めて見るルイズの屈託のない無邪気な笑みを眩しげに見つめてからDを見た。美貌への陶酔を押しのけて暖かい感情がその瞳に浮かんでいた。
 キュルケという少女が、その派手な外見と騒動を引き寄せて拡大させてしまう性格だけではないと分かる、とても優しい光であった。

「学院に留学してからの付き合いだけど、ルイズのあんな顔は初めてみるわ。貴方のお陰かしら? ちょっとお礼を言いたい気分だわ」
「君とルイズは天敵と聞いたが?」
「そうねえ、まあ、色々とあちらには敗北の歴史があるし、戦争の度に殺しあっていたからいがみ合うのも仕方ないけれど、私達までそれに倣って窮屈な思いをするのは馬鹿らしくないかしら? 
嫌い合うにしても、なにかしら楽しみが無いと私って駄目なのよね。ついでに、相手が元気なら元気なほどからかう甲斐もあると思うわ」

 そう思わない? と尋ねる様に首をかしげてウィンクするキュルケを見つめてから、Dは、鳥の群れを見つけたと声を張り上げているルイズを見た。
 それから黙って前方に視線を向け直す。タバサの風防で緩やかな風の流れに乗ったDの返事が、キュルケの耳にかろうじて届いた。

「確かにな」

 そのDの耳に、またまた元気な声を出しているルイズの声が聞こえる。

「D、あれがトリステインの城下町よ!」


 ルイズの声の通りに、シルフィードの背から望む光景の先に、王城を中心に白い石造りの街並みが放射状に広がっている。
 ゆっくりとシルフィードが降下に映り始めた。Dは、はしゃぎ騒ぐルイズとは対照的に、トリステインの城下町を変わらぬ氷の瞳で見ているきりであった。


 シルフィードに上空で待機しているようにタバサが言い含めてから、四人は城下町の門で衛兵と所定の手続きを済ませてから入った。
 衛兵達がDの顔の効果で、その場でぽかんと口を開いて即席の廃人になり、こちらの質問に、ああ、とか、ええ、という反応しかしなくなってしまったので、手続きはえらく時間がかかった。
 学院から城下町まで馬なら三時間はかかる所を、シルフィードのお陰でずいぶんと短縮できたことを考えれば、気にするほどの事ではなかったのが救いだろう。
 さて、なにから買おうかしら? と息を巻いていたルイズは、しかしここに来て重大な事を失念していた事に気づいた。Dの顔である。
 この青年が人と対峙した時、相手にどのような現象が襲いかかるかは、もはや説明するまでもないだろう。
 Dとおでかけ、おっでかけ、おっでかっけ、うっれしい~なあ~♪と即席の鼻歌を歌いかねぬほど、実は内心で浮かれていたルイズは、その最大の問題をすっかり頭の片隅にうっちゃらかしたままだった。
 なんの対抗策も手立ても考えずに目的の場所に到着してしまった事に気付き、ルイズはぴしりと罅の走る音を立て、石像のように固まった。

「…………」

 一度、相変わらず鉄面皮の憎いアンチクショウを見てから、ぎぎぎ、と錆びついたブリキ人形みたいにルイズは通りを振り返った。あにはからんや、ルイズの想像通りの光景が広がっていた。
 門の近くで土産物や果実、肉、乾燥食料、衣類、装飾品、籠や工芸品などを扱っている商人のみならず、忙しなく行き交っていた筈の通行人に至るまでが、手に持っていたものを落として、茫然と立ち尽くしている。
 中にはあまりの衝撃にふらふらとその場に崩れる者や、傍に居た他人と抱きしめあいながら涙を流して、感動している者もいた。
 神の降臨か悪魔の出現を目の当たりにした信心深い素朴な人の様だ。
 すべてDの姿を一目垣間見た者たちである。うわっちゃーーー、とルイズがぺしんと額を叩く。気付いた時にはすでに手遅れだったようだ。
 キュルケとタバサは、まあ、当然よね、と素知らぬ顔をしている。ルイズがこうなる事を見越した上で、それでも構わないと思って来たのだと解釈しているからだろう。
 元凶たるDは、やはりというか、顔の筋肉が鉄で出来ているのかと疑いたくなるほど表情を動かさず、また顔色を変える事もなかった。
 瞳に映っている世界は、すべて灰色の煙に覆われて見えているのだろうか。
 こんな風に生まれて、こんな風に死んでゆくのだろう。きっと。
 そんな使い魔の姿を顧みる余裕の無いルイズは、せめてこれ以上の被害の拡散を防ごうと、今さら手遅れよねー、気休めよねー、と投げやりな自分の声を聞きながら、大通りを避けた裏道の入り口を指さして、

「さ、さあ、行きましょう!! 出来るだけ迅速に! かつ的確に!」

 心の中で私の馬鹿、と罵りながら、ちょっぴり鳶色の瞳の眼尻に涙を浮かべながら言う。

「なにをあんなに慌てているのかしら?」
「たぶん、こうなる事を予測していなかった」
「ああ、それでこんな風になっちゃってパニックになっている?」
「おそらく」
「やっぱりルイズはルイズね。ほら、私達も行きましょう。ルイズったら逃げ出すみたいに走っているわよ」
「ドジっ子?」
「さあ?」

 髪の色も瞳の色も肌の色も体つきも、果ては性格まで正反対なキュルケとタバサは、それでも不思議と息の合ったやり取りをしながら、脱兎の如く駆けだしたルイズの後を追った。
 周囲の人間は例外なく足を止めて固まっているから、ルイズの後を追うのはさほど難しくはなかった。
 Dは、三人が駆けだしてからようやく悠々と歩き始めた。自分という存在と、及ぼす影響にもとことん無関心な青年であった。
 やっちゃったわ、と焦ったルイズが逃げ込むようにして足を踏み入れた裏路地でも、その騒動は続いた。
 まず、ルイズ、キュルケ、タバサと魔法学院の子弟すなわち貴族の子女が、こんな場所を歩いている事に驚き、さらにその後にやってくる風が夜の色に染まって人の姿を取ったような青年の姿に、半ば魂が抜け掛かるのだ。


 前すら碌に見ずにずんずか歩いていたルイズは、そのうち洗濯物を吊るしていたロープに首を引っかけてしまい、うぐ、といささかくぐもった苦鳴を上げて仰向けに転倒し、石畳に後頭部を打ちつけて、声にならない悲鳴を上げながら悶絶する。

「☆@?#$%&~~~~~!!??」

 後頭部と首に突如出現した痛みに訳も分からずパニックになりながら、ごろごろと転がって制服を散々に汚し、清潔とはお世辞にもいえぬ裏路地で転がるルイズを、追いついたタバサとキュルケが呆れた様子で眺めていた。

「……ほんっとうにDが召喚されてからのルイズは見ていて飽きないわね」
「一人百面相」

 流石に憐れみを覚えたのか、タバサが杖の先を転がり続けるルイズに向けて水系統の『治癒』の魔法を唱えてやった。タバサが得意とする魔法ではないが、タンコブが出来ない程度には治せるだろう。
 その内に痛みが治まったのか、ルイズのごろごろする速度が緩やかになり、やがてピタリと止まる。
 無言のままルイズは立ち上がり、ぱんぱんと手で叩いて制服についた腐りかけた肉がこびり付いた骨や、藁、埃、石ころなどをはたき落としてゆく。
 密かに自慢の桃色ブロンドに大きな蜘蛛の糸が絡み付き、その先に大きめの女郎蜘蛛が張り付いていた。ルイズが、にっこりと笑って蜘蛛を抓む。
 心なしか、人間の心の機微など分かる筈もない蜘蛛が、恐怖に震えているようにタバサとキュルケには見えた。
 形の良いルイズの唇が浮かべる笑み。凶悪無惨な殺人鬼が、思わず膝を突いて懺悔を始めてしまいそうなほど、神々しくさえあった。
 笑みだけを見るならば聖典に綴られた無限の慈悲を湛えた聖母を思い浮かべよう。しかし、二人と、おそらくルイズに抓まれた蜘蛛が抱いたのは、紛れもない恐怖であった。
 触れたらその指からじくじくと体の中へ恐怖と絶望と言う酩酊成分が沁み渡り、細胞を内から冒してゆくような、二度と味わう事が無い様に祈らずにはいられない恐怖。
 ルイズの指が容赦なく蜘蛛を潰すのではないかと、キュルケはじっと見つめた。
 ルイズは、人差し指と親指の間に優しくつまみ上げた蜘蛛を、石畳の上に繊細に、それこそ僅かな衝撃で砕けてしまう硝子細工を扱うような優しさで解放した。
 臨終の床の病人が、病苦を忘れてしまうような、何もかもを許す聖母の声でルイズが蜘蛛に語りかける。

「ほら、早く行きなさい」

 かさかさと足早に逃げ去る蜘蛛を、ルイズの足が容赦なく踏み潰し、踏み躙るのではないかと、息を飲んでタバサは見つめた。
 気のせいか両の掌がじっとりと濡れている。恐怖が分泌を促した汗であった。
 蜘蛛が視界から消え去るのを待ってから、ルイズが笑みを浮かべたままタバサとキュルケへと振り向いた。
 ひっ、と零れた声は、はたしてタバサのものであったか、キュルケのものであったか。
 ルイズは微笑む。
 天国の門戸に立ち、心清き死者達を慈しみ、慰め、出迎える天使の様に。どこまで優しく。ただ、愛おしげに。ただ、微笑みを、浮かべている。
 そんな微笑みを向けられているというのに、背筋の中に氷水を流されたように、キュルケとタバサは体が中から冷えて行くのを感じた。
 微笑みが、笑みに変わった。思わずキュルケとタバサはお互いの体を抱きしめ合った。自分とルイズ以外の存在が居る事を感じ取らなければ、その場で卒倒しそうだったからだ。
 事実、二人は一瞬気が遠のきかけていた。抱きしめ合うというよりもお互いを支え合う様にしてタバサとキュルケは固く体を寄せ合っていた。

「ねえ」

 ルイズの声は、浮かべる笑みとは反比例して冷たかった。タバサの二つ名『雪風』が、南国のそよ風のようにぬくく感じられるような、冷たい声。
 ここ、こんなルイズは見たくなかったわね、とキュルケは艶やかな頬をひくつかせながらルイズに笑い返した。

「さっき、見た事、忘れなさい? ね? お互いの為よ」

――口ヲ滑ラセタラ、ドウナルカワカッテイルワネ? 月ノ明ルイ晩ダケダト思ウナヨ?

 ルイズがそう言っているように聞こえて、キュルケは流れる冷や汗が止まるのを感じていた。
 流す事を強制された恐怖の冷や汗が、再び同じ要因でもって流れる事を止められたのだ。
 唐突に自分の体に寄りかかるタバサの体が急に重くなり、キュルケは慌ててタバサを見た。タバサは固く目を閉じている。


「ちょ、タバサ!? 貴女、気絶しているの!?」
「あらあら、タバサはどうしちゃったのかしら?」

 ころころと笑いながらルイズが言う。
 恐怖で、命がけの修羅場をくぐって歴戦の猛者と並びうる胆力を備えたタバサを気絶させたルイズ。
 浮かべる笑みの神々しさと慈しみに反した気配で、キュルケの自律神経を狂わせて冷や汗を流させ、そしてまた止めさせたルイズ。
 Dを召喚した影響なのかもとからの素養なのか、例えて言うなら魔性の者共の頂点に、力と恐怖とで君臨する魔王の如き迫力を纏ったルイズが、そこに居た。
 周囲を凍りつかせる鬼気を纏ったDを彷彿とさせる姿であった。変な所で似ている主従だ。

「私、なにか悪いことした?」

 タバサをその豊な胸の中に抱きとめながら、半泣きのキュルケが天を仰ぎながら呟いた一言に、ルイズが、んー、と可愛らしく唇に右手の人差し指を添えて悩む素振りをし、ああ、と手を叩いて一言、あくまでも朗らかに、そして親しげに

「胸」

 と死刑を宣告する裁判官の様に呟いた。ただし、死刑を言い渡した相手の狼狽と恐怖に慄き、命乞いをする様を見るのを楽しみにしている極めて冷酷な裁判官だ。
 どうもサディストの気質もあるらしい。実際キュルケには、死ネ、と聞こえた。
 なんでルイズはこうなっちゃったのかしら? と今日の朝までは普通にからかう事が出来ていたルイズが、密かに育んでいた魔王の如き素養に、キュルケはさめざめと泣きたい気分になった。
 そんなキュルケとタバサを何処かの誰かが哀れんだのか、ようやく救い主が二人の後方から姿を見せた。
 ただそこに居るだけで世界を深い夜の闇に誘う様な漆黒の人型。Dである。
 なにやらにこやかに笑みを浮かべつつも、服や頬を盛大に汚したルイズと、半べそかいて気を失っているタバサを抱きかかえたキュルケを見てから一言

「何があった?」

 さしものDも、一体三人の身に何が降りかかったのかまでは分からぬようだった。
 Dの姿を見た途端に、本来のやや妄想過剰なアレな娘に戻ったルイズが、あたふたと手を動かしながら弁解するようにまくし立てる。

「なな、なんでもないわよ。ね、ねえ、キュルケ?」
「ひぅ、そそそ、そうねルイズ、何もなかったわね! あら、頬が汚れているわ、ルイズ! せっかくの美人の顔が台無しよ、私が拭いてあげるわ!」
「あら、ありがとう、キュルケ!」
「よしてよ、私と貴女の仲でしょう!」
「ええ、そうね、そうだったわね。ウフフフフフフ」
「あ、アハハ…………はぁ」

 ルイズの汚れた頬を、取り出したハンカチで優しく拭いながら、キュルケはルイズと笑い合う。なんとも胡散臭い二人のやり取りに、左手がこう呟いたのも無理のない事だったろう。

「なんじゃあの三文芝居? 田舎の劇場役者が希代の天才役者に見えるぞ」

 それから、へなへなと腰を降ろしながら眼を覚ましたらしいタバサに、Dが声をかけた。キュルケとルイズはこちらの声が聞こえていない様子だったからだ。

「なにがあった?」
「ルイズが……」

 耳の穴から響く声の余韻に、不意を突かれた脳が蕩け掛かるその途中、タバサの脳裏にあのルイズの笑みと言葉が蘇った。

――口ヲ滑ラセタラ、ドウナルカワカッテイルワネ? 月ノ明ルイ晩ダケダト思ウナヨ?

 タバサにはそう聞こえていたらしい。たちまち血の気を引いて蒼白に変わるタバサを、流石にDも訝しげに見ていたが、タバサは震える瞳でルイズを見つめながら、こう答えた。

「何もなかった」

 Dの美貌の呪縛をルイズの聖母の如き微笑の恐怖が上回ったのだ。恐るべし、ルイズ。
 その態度が何かあったと言っているようなものなのだが、Dと左手は気にする素振りをわずかに見せたきりで、それ以上追従する事はなかった。
 まあ、放っておいても害はないじゃろ、という左手の意見がすべてを物語っていた。
 とにかく、Dの合流で正気に戻ったルイズ達は、結局城下町で一番大きなブルドンネ街や他の大きな通りを通る事無く裏路地を歩き回った。
 ルイズはいつまでも椅子で寝起きさせていたんじゃ申し訳ないと、寝具や着替えを先に買いそろえようとしたのだが、Dの気遣いだけ頂いておく、という遠まわしな言葉に斬って捨てられてしまった。
 寝具はまあ、ともかくとして流石に着替え位は用意しないとまずい、というか不衛生よ、とキュルケやタバサもルイズを支援したのだが、Dは変わらず必要ないと主張するきりであった。
 Dにこう言われると強く出られないルイズは、本当に大丈夫なの? と言いつつも渋々引き下がるほかなった。


 ロングコートをはじめ、Dが着用しているのは『辺境』区製の特別品だ。コート一つを取っても、耐熱耐寒耐電耐燃耐刃耐弾と、およそ『辺境』で襲い来る妖獣や人間の取り得る攻撃手段に対する対抗加工を施している。
 それに、ハサミで細切れにされても繊維通しが繋がりあって元の形へと自動修復する再生素材製だ。無論、抗菌処置や防塵、耐水処置も施してあるから、年がら年中この格好で過ごしても清潔さは保持されるし、ほつれや引っ掻き傷が出来る心配もない。
 さすがに溶鉱炉やマグマの中に突っ込めば流石に元通りにはならないが、レーザーで穴だらけにされる程度なら、放っておいても生地が独りでに治る便利な品である。
 そんな事情は知らぬルイズ達ではあったが、Dの主張を曲げる気力もなかったので、当初の目的であった武器屋を目指す事になった。
 Dの着替えを買ったら買ったで、また一騒動起こりかねない事に思い至ったのも理由の一つだ。
 まず、着替えを誰が洗うかで、使用人同士の間で流血沙汰が起こる。下手をすれば死人が出るだろう。
 次に、死闘を制した使用人が干した着替えを目当てに生徒、教師、衛兵やらを問わずあらゆる学院の関係者達が争奪戦を繰り広げるだろう。
 無論魔法の行使も厭わず、力の限りを尽くして。まず間違いなく死人が出る。
 それが堂々巡りで勃発し続けて、そして最後には予定調和の如くDの主人であり、同じ部屋で寝起きしているルイズへの羨望と憎悪が、その濃度と量を爆発的に増大させるのである。
 なんかもう、メンドくさいわねー、と悟ったように諦めた様子のルイズは、お腹の中に鉛でも飲んでしまったような気分になり、Dの主張に従うのであった。
 ルイズの記憶を頼りに四つ辻まで出た。人糞や腐敗した食べ物の匂いがかすかに立ちこめ、思わず鼻を顰める悪臭が立ち込めている。左右を壁に挟まれ、差し込む陽光は乏しく昼間だというのに薄暗い。
 大通りの華やかさとは裏腹に何時でもじめじめと湿り、光に落とされた影の様に陰鬱な気配が立ち込めている。
 ふんふんと、Dの左手の方から匂いを嗅ぐ音が聞こえた。

「マンドラゴラ、ツキヨノスイレン、ヘンルーダ、火竜草et cetera……『辺境』でもなじみの毒草や魔花と同じ成分と、似て非なる成分が入り混じっておる。
こういう発展途上の場所の方が妖術や魔術の原料は良質のものが摂れるからのう。いつか『辺境』に戻った時の為にいくらか手に入れて栽培しておくか? 売り捌けばわりかし儲かるかもしれんぞ」
「商才のある事だな」
「吸血鬼ハンターを引退出来たらの話じゃがな。つまるところお前が滅びるまで無いという事よ」
「確かにな」

 Dの口元をかすかな影が過ぎった。笑みだったかもしれない。

「望んでおるのか? 滅びを?」

 Dは答えなかった。影が過ぎ去ったとの口元は、元の一文字に閉ざされていた。
 そんなDと左手のやり取りは露知らず、ルイズが目的を見つけたらしく、とてとてと歩きはじめる。
 剣の形をした看板めがけてルイズが歩いてゆく。なるほど、実に分かりやすい看板であった。ルイズを先頭に、羽根扉を開いて四人と一つ(?)は武器屋に入った。
 薄暗い店内をランプが照らし出し、壁や棚、樽に乱雑に剣や槍が並べられている。机に肘をついて何をするでもなくパイプを吹かしていた、五十がらみの主人がルイズを胡散臭げに見つめる。
 貴族が下賤な場所と嫌う様なこの場所に、これほど似つかわしくない客も珍しい。それから、タイ留めに描かれた五芒星に気づき、はて? と首を傾げた。
 それがトリステイン魔法学院の生徒である事を示す事くらいは主人も知っていたが、魔法を学ぶ貴族の子弟が、なぜ武器屋なんかに用があるんだ? というわけだ。
 さらにルイズに続いて、キュルケとタバサの三人が足を踏み入れ、大・小・幼の貴族の組み合わせが突如店内に出来たのには、思わずパイプを落としかけて驚く。
 キュルケは物珍しそうに、タバサは無関心に、ルイズはふん、とかすかに胸を張って主人を見ていた。落としかけたパイプを器用に咥え直し、主人はドスの利いた低い声を出した。

「若奥様、貴族の若奥様! 三人もお揃いになってうちに何の御用で? これでもまっとうな商売をしているつもりでさぁ! お上が目を着けるようなものなんてありゃしませんぜ!」
「客よ」

 とルイズ。腕を組み、自分の親でもおかしくない位に年の離れた主人を見下ろしながらの一言に、思わず武器屋の主人は鼻白んだ。


 気性の荒い荒くれ者や傭兵相手に長い事商売をし、それなりに修羅場もくぐって度胸も身に付けたつもりだったが、思わず目の前の小娘の顔色を伺ってしまいそうになる。
 先ほどの路地裏での一件を経て、普段から妙な気迫と威厳を纏い始めたルイズであった。

「こりゃ驚きだ! 貴族様が剣をお買いになる! ああ、驚きだ! おったまげた!」
「なぜ?」

 答え以外の言葉全てを拒絶する、骸の山と血の河を築いて覇を唱えた覇王の様なルイズの問いかけに、なんだこの娘っ子!? と主人は肝を冷やしながら答える。声の震えは抑えられなかった。

「いいい、いえ! 若奥様! 坊主は杖を振る、兵隊は剣を振る、貴族は杖を振る、教皇聖下は聖具をお振りになる、そして陛下はバルコニーで手をお振りになるというのが、私ら平民の相場と決まっておりまして」
「私じゃないわ。彼の為の剣よ」
「ああ、お付きの……か……た……です……か」

 と息も切れ切れに主人が言い終えたのは、たっぷり一分後の事であった。死を告げる死神の如く静謐に店内に足を踏み入れたDを見てしまったのだ。
 ふふん、とルイズはちょっぴり自慢気。自分の使い魔が褒められているようでうれしいらしい。

「こういう所は普段どおりなのにねえ」

 としみじみキュルケが呟いた。
 Dはさっと店内を見回した。今も背に負っている長剣は、『辺境』で大量生産されているありふれた刀剣の一つだ。
 それでも重機関銃の直撃に耐える中型火竜の装甲も斬る業物だが、吸血鬼達の超技術と超魔術の恩恵にあずかって鍛造された長剣は、ハルケギニアのレベルでは屈指の名刀・魔剣の切れ味と言えるだろう。
 どんなナマクラでもDの手に握られれば古今無比の名刀となるが、それでも少しはましなものが手に入るといいが、あまり期待はできそうにない。
 一方で主人は、突如店の中に出現した異端分子を、見て総毛だっていた。これでも武器屋の主人である。武器を扱う人間を見る目はある。
 その経験と勘が告げるに、目の前の黒づくめの若造は、かつて目にした事が無い程のとんでもない凄腕――いや化け物だ。
 主人は咥えていたパイプを放し、ひどく真摯な顔をしてルイズに向き直った。

「若奥様。申し訳ありませんがどうかお引き取りください」
「どうして?」
「若奥様が仰るにあちらの方が剣をお使いになられますとか」
「そうよ。なに? 彼に売るような剣はないって言うつもりなの?」
「いいえ違います。その逆です。あちらの剣士殿に見合う刀剣は、当店には残念ながらございません。いえ、トリステイン中を探しても見つかりますかどうか。
とにかく、あちらの剣士殿がお使いになるというなら、お売りしても恥ずかしくないと胸を張れる代物がないのです。……大変、口惜しくはありますが」
「そう言う事、それじゃあ……」

 自尊心をくすぐられ、悪い気はしていない根の単純なルイズが店を後にしようとしたとき、甲高い男の声が騒ぎたてた。

「おうおう、ずいぶん殊勝な事言うじゃねえか! どうした、腹でも痛てえのか?」

 店内の全員が、Dも含めて声のした方を見た。主人がぶすっと顔を顰めた。声の主はあまり愉快な相手ではないようだ。
 Dが音も立てずにくたびれた剣が突っ込まれている棚へと歩み、ひと振りの長剣を掴み上げた。

「おおっ!? なんだテメ、急に人を持ち、あげるんじゃ……ねえぞ、こら……」

 Dの右手に掴み上げられたのは薄手の刀身に錆の浮いた長剣であった。Dの背に負われている長剣同様にやや反った刀身で、刃そのものは薄いが幅は広く、長さも一・五メイルを越える。
 錆びこそ浮いているものの、良く見ればしっかりとした造りの長剣であった。その鍔に近い金具のあたりがぱかぱかと開閉して言葉を発しているらしかった。

「やい、デル公、お客様になんて口のきき方をしやがる!!」
「う、うるせえ、お前の様子が変だから心配してやったんだろうが! しっかし、おでれーた。握られているだけで分かるぜ、こりゃ、とんでもねえ剣士だぜ」
「それって、インテリジェンスソード?」

 当惑したルイズの声に主人が答える。

「そうでさ、若奥様。意志もつ魔剣、インテリジェンスソードでさ。いったい、どこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるなんて……。
 とにかくこいつは口が悪いわ、お客に喧嘩売るわで閉口していまして、腐れ縁と思わなきゃ、貴族の方に頼んで溶かしていただいている所でさ」

 Dはデル公を持ち直し、右手一本で握り直していた。デル公の錆の浮いた刀身にD自身の美貌が映っている。


「デル公のう。頭の悪そうな名前じゃな」
「おれはデルフリンガー様だ! てめえこそなんだ、若造の癖にじじむさい声しやがって! ……いや、違うな、お前、体の中に妙なもん住まわしてやがんな。おまけにお前さん自身、普通じゃねえ」
「ほう、意外と鋭い」
「しかも『使い手』、か? にしちゃ嫌に反応が薄いというからしくないというか……。まあいいや、なあ、おれを買いな。久しぶりに面白い相手に巡り合えたしよ。お前さんみたいな『使い手』は初めてだね」
「どうする? なかなか口のまわるナマクラじゃぞ? 何事か隠しておる様子だし、見栄えが気になるなら錆位ならわしが溶かしてやる。それにお前の腕なら巨龍の首だろうが、この錆剣でも一撃じゃろう。何を買っても変わらぬよ」

 Dは、かすかに握った手を開いたり閉じたりしただけだったが、それだけでデルフリンガーの使い心地を判断したらしく、ルイズに向き直った。

「これで構わん」
「え~~~~~~~? そんな汚らしいの~~~~~? もっと綺麗で喋らないのがいいんじゃないの~~~~?」
「売るものが無いというのなら、何を買っても同じだ。錆は落とせばいい。それとも折れた剣を使うか?」
「買え買え、娘っ子」
「ちぇ、ねえ、あれおいくら?」
「よろしいんで?」
「仕方無いじゃない。本人がいいって言っているんだし」
「でしたら新金貨で百で結構でさ」
「ふうん。安いの?」
「そうですな、名剣なら同じ新金貨でも千、二千はするでしょう。まあ、デル公なら厄介払いみたいなものですから、百でかまいやせん」

 ルイズはポケットから金貨の袋を取り出して、Dの金塊を使わずに済んだとほっとしていた。お互いの関係で貸し借りを作りたくなかったのだ。きっちり百枚を数え終えた主人が、毎度あり、と告げた。

「どうしても煩いと思ったら、こうやって鞘に収めればおとなしくなりまさあ」

 主人から鞘を受け取り、デルフリンガーを納めて、Dは左手に提げた。

「これで買い物終わっちゃったけどどうする? なんか今さら服とかを買いに行く気にもなれないわ」

 予定が狂いっぱなしね、とぼやくルイズに、またパイプを咥え直した主人が、ああそういえば、と口を開いた。

「お暇でしたら、旧市街の方へ足を運ばれてはいかがでしょう? なんでもアルビオンから来たとか言う変わった連中がいるとかで見物に行く連中が絶えませんで」
「大道芸か何かでもやっているのかしら?」
「さあ、ただ見に行った連中が全員ぼんやりとしっぱなしで。わたしの知り合いも、見物に行ってからかれこれ三日もぼけっとしちまっているくらいでさ」
「いやね、なにか変な宗教? それとも貴族崩れの傭兵か何かがいかがわしい事でもしているんじゃないの?」
「そればかりは目にしてみない事には、ああ、たしか――ファウストだかメフィストだかいうらしいでさあ」
「ふうん?」

 黒白の魔人二人の邂逅が、このような街の片隅の武器屋での会話をきっかけに行われるとは、当のDもルイズも気付くわけもなかった。


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