食堂に向かう道の途中、一人の使用人が尻餅をついていた。
名はシエスタと言い、身に着けたメイド服がよく似合っている、可愛らしい少女だ。
名はシエスタと言い、身に着けたメイド服がよく似合っている、可愛らしい少女だ。
その彼女は今、尻餅をついたまま何かを探しているように、
困惑した表情で何度も何度も同じ風景を見回していた。
困惑した表情で何度も何度も同じ風景を見回していた。
「あれ? おかしいなぁ……?」
ポツリと呟いて首をかしげる。
頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、脳裏についさっきの出来事を再生し始めた。
頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、脳裏についさっきの出来事を再生し始めた。
~ゼロの平面4~
少し前――食堂に向かって足を速めた際、不意に『何か』とぶつかった。
しっかりと前を見て、障害となるものが何も無いと確認したにもかかわらず、
シエスタは正面から縦に細い『何か』にぶつかり、2、3歩とよろめくと重力にしたがって尻から床に落ちた。
シエスタは正面から縦に細い『何か』にぶつかり、2、3歩とよろめくと重力にしたがって尻から床に落ちた。
「いたたたたた」
腰をさすりながら、シエスタは考える。
感触から、ぶつかった物は一本の棒みたいに細いものだったが、
道先に棒みたいなものはどこにも無かったはずだ。
もし、悪戯好きの貴族がわざと低級な魔法で転ばしたとしたらたちが悪い。
何かしらの因縁をつけ、貴族の立場を利用して虐めるに決まっている。
感触から、ぶつかった物は一本の棒みたいに細いものだったが、
道先に棒みたいなものはどこにも無かったはずだ。
もし、悪戯好きの貴族がわざと低級な魔法で転ばしたとしたらたちが悪い。
何かしらの因縁をつけ、貴族の立場を利用して虐めるに決まっている。
ぶるっと肩が震え、途端に畏怖の念が真摯なシエスタを襲った。
背筋に凍るような寒気を感じ、顔から血の気が引くのが自分でわかる。
背筋に凍るような寒気を感じ、顔から血の気が引くのが自分でわかる。
早急に、謝らねば!
しかし……一つ、問題があった。
自分とぶつかったはずの何かが、どこにも見当たらない。
呆けた顔で何度も何度も辺りを見回すが、相手の影も、形も、何処にも無いのだ。
自分とぶつかったはずの何かが、どこにも見当たらない。
呆けた顔で何度も何度も辺りを見回すが、相手の影も、形も、何処にも無いのだ。
「気のせいだったのかな……?」
それにしては、やたらと現実的な衝突を実感した。
でも、今はそんな疑問以上に湧き上がる安堵の念が胸を埋め尽くす。
でも、今はそんな疑問以上に湧き上がる安堵の念が胸を埋め尽くす。
(きっと疲れていたんだ。幻覚を見るくらいに)
目を閉じて、頭の中に染み渡るように反芻すると、
解ったとばかりにうんうんと頷く。
解ったとばかりにうんうんと頷く。
『ビ――――ッ』
耳を劈くような音が、足元から聞こえてきた。
次の瞬間、シエスタが足元を覗くよりも素早く、
両足に踏まれていた黒い影が滑るように抜け出した。
両足に踏まれていた黒い影が滑るように抜け出した。
「え、きゃあっ!?」
足を取られ、再び尻餅をついてしまう。
そして、間髪居れず落ちて低くなったシエスタの視覚を、真っ黒いものが映り、覆い尽くした。
そして、間髪居れず落ちて低くなったシエスタの視覚を、真っ黒いものが映り、覆い尽くした。
「え? え……? なに、これ……?」
ややおびえたように未知なる物を見つめる。
目の前の黒すぎるそれをシエスタは理解できなかった。
鼻の先すぐにあるそれは、近すぎて輪郭すら見えない。
ただ、それが『貴族』でも『平民』でもないことだけは解った。
目の前の黒すぎるそれをシエスタは理解できなかった。
鼻の先すぐにあるそれは、近すぎて輪郭すら見えない。
ただ、それが『貴族』でも『平民』でもないことだけは解った。
ビ――――ッ!! ビ――――ッ!!!
黒いものから、さっき聞こえた音がうるさく響いた。
聞いていたら頭の痛くなりそうな音の襲来に、シエスタは思わず耳をふさぐ。
しかし、音は鳴り止まない。
その代わりに、黒いものはスッと身を引いた。
音がやや遠くなって、じょじょに輪郭が姿を現す。
聞いていたら頭の痛くなりそうな音の襲来に、シエスタは思わず耳をふさぐ。
しかし、音は鳴り止まない。
その代わりに、黒いものはスッと身を引いた。
音がやや遠くなって、じょじょに輪郭が姿を現す。
『それ』は、意外にも人の形をしていた。
ただその上背はかなり低く、人間の子供以下。一メイルもないだろう。
丸々とした頭にはポコッと膨れた団子鼻がついていて、それでなぜか顔のバランスが取れている。
よくよく見てみれば、なかなか可愛らしい形をしている。
ただその上背はかなり低く、人間の子供以下。一メイルもないだろう。
丸々とした頭にはポコッと膨れた団子鼻がついていて、それでなぜか顔のバランスが取れている。
よくよく見てみれば、なかなか可愛らしい形をしている。
そして、体色は頭のてっぺんから足先まで黒一色だ。黒い。 黒すぎる。
身体的特徴から、シエスタはこれに対する一つの情報を導き出す。
これは、つい先日から話題となっていた『ミス・ヴァリエールの使い魔』ではないか?
――と。
これは、つい先日から話題となっていた『ミス・ヴァリエールの使い魔』ではないか?
――と。
そう思うと、ほんのわずかだが恐怖が和らいだ。
未知の魔物ならともかく、メイジの使い魔ならむやみに人を襲うことは無いからだ。
……だが、どんな見てくれだろうとやはり貴族の使い魔。
しかもあの気の短くてプライドの高いことで有名なミス・ヴァリエールの使い魔。
下手をすれば何を言われるか解ったものではない。
未知の魔物ならともかく、メイジの使い魔ならむやみに人を襲うことは無いからだ。
……だが、どんな見てくれだろうとやはり貴族の使い魔。
しかもあの気の短くてプライドの高いことで有名なミス・ヴァリエールの使い魔。
下手をすれば何を言われるか解ったものではない。
「えっ、と。あなたはミス・ヴァリエールの使い魔ですよね……?」
シエスタはなるべく下手に出て、気分を損ねないようにと気を使った。
尤も、この使い魔に言葉が通じるのかわからないが。
尤も、この使い魔に言葉が通じるのかわからないが。
……ビ――――ッ!
くるりと使い魔は背を向けた。
といっても、両面が等しく黒すぎるため、どっちが正面なのかは図りかねる。
といっても、両面が等しく黒すぎるため、どっちが正面なのかは図りかねる。
「――――あっ!」
シエスタは異変に気づいた。
と同時に、これがこの使い魔をうならせている原因だと、
それは私のせいなのだといっぺんに理解した。
と同時に、これがこの使い魔をうならせている原因だと、
それは私のせいなのだといっぺんに理解した。
使い魔――Mrゲーム&ウオッチの背面真ん中辺りに、白い足型が
スタンプのようにはっきりくっきりへばり付いていた。
スタンプのようにはっきりくっきりへばり付いていた。
「す、すみません! あの、私の不注意で……」
持ち合わせの布でゲーム&ウオッチの背(腹?)を拭きながら、
使い魔ことゲーム&ウオッチの、あまりのぺらぺらさに、シエスタは胸の内で驚嘆していた。
使い魔ことゲーム&ウオッチの、あまりのぺらぺらさに、シエスタは胸の内で驚嘆していた。
何で立てるんだろう? とか、
何で歩けるんだろうか? とか、
何で音が鳴るんだろうか? とか
何で動きがかたくて、一々ピコピコ言うのだろうか? とか、
何食べるんだろうか? それ以前にものを食べれるんだろうか? とか
何で歩けるんだろうか? とか、
何で音が鳴るんだろうか? とか
何で動きがかたくて、一々ピコピコ言うのだろうか? とか、
何食べるんだろうか? それ以前にものを食べれるんだろうか? とか
そんな疑問の数々でさえ、彼(性別もあるのか……?)の立ち振る舞いを見ていればたいした意味など無く、
ただ、『彼は歩けるから歩いてるんだよ』としか答えようが無かった、思いようが無かった。
ただ、『彼は歩けるから歩いてるんだよ』としか答えようが無かった、思いようが無かった。
彼に対するシエスタの第一印象は、不思議とか仰天とか通り越して、もはや『謎』の一言に尽きた。
「こぉ~ら~っ!!」
パタパタとした慌しい足音に2人が同時に振り向くと、
そこには杞憂だったと頭をかがめ、ばらばらと息を吐くルイズの姿があった。
そこには杞憂だったと頭をかがめ、ばらばらと息を吐くルイズの姿があった。
ビ――――ッ♪
確認するなりゲーム&ウオッチはどこかうれしそうに体をぴこぴこ鳴らし、
横向きのままやや歩きにくそうにルイズに駆け寄ったところで……
横向きのままやや歩きにくそうにルイズに駆け寄ったところで……
「こぉの、バカッ!!」
ビィ――――ッ!!?
ビィ――――ッ!!?
……ルイズに首根っこをおもいっきりつかまれてる。
ご主人(と思っているかは不明。)の突然の出来事に理解不能と必死に手足をバタつかせるゲーム&ウオッチだが、
いかんせん小柄で、しかもぺらぺらな彼はやはり見た目どおり軽いらしく、
首根っこをつかまれたまま人としては小柄で非力なルイズに軽々と宙に持ち上げられてしまった。
ご主人(と思っているかは不明。)の突然の出来事に理解不能と必死に手足をバタつかせるゲーム&ウオッチだが、
いかんせん小柄で、しかもぺらぺらな彼はやはり見た目どおり軽いらしく、
首根っこをつかまれたまま人としては小柄で非力なルイズに軽々と宙に持ち上げられてしまった。
「あ、あの~。ミス・ヴァリエール……」
完全に腰が引けつつも、事態を飲み込めないシエスタが恐る恐るルイズに話しかける。
ルイズはやや怒気を含んでいるものの、比較的常識のある言葉でメイドを追い返した。
ルイズはやや怒気を含んでいるものの、比較的常識のある言葉でメイドを追い返した。
「あ――、アンタがここでこいつを捕まえてくれたんでしょ?一応お礼は言っておくわ。…………ありがと」
「えっ、ど、どうも。光栄です!」
「えっ、ど、どうも。光栄です!」
最後の言葉は彼女が背を向け、やや照れくさそうにもぞもぞとしていた為か、あまり聞こえなかった。
ただ、それはしっかりとシエスタの耳に届いていたらしく、
シエスタはルイズの予想外な答えに驚き、このときだけは貴族への恐怖をどこへやらに投げ捨てた。
ただ、それはしっかりとシエスタの耳に届いていたらしく、
シエスタはルイズの予想外な答えに驚き、このときだけは貴族への恐怖をどこへやらに投げ捨てた。
「さぁ行くわよ! 全く、私はまだ朝食とってないんだからね!!」
ビ――――ッ!
ビ――――ッ!
背を向けたまま、ごまかすように速いペースですたすたと歩き出す。
ルイズに引きずられた真っ黒い使い魔は片手をカタカタ細かく振ってビ――ッと鳴いた。
多分バイバイと言っているのだろう。
なんとなくおかしい光景に、自然と微笑みが漏れた。
片手を控えめに振って応えると使い魔はうれしいのか、
幼子のようにはしゃいで見せると余計にビ――ッとうるさく鳴き、今度は両手をカタカタと振り始めた。
ルイズに引きずられた真っ黒い使い魔は片手をカタカタ細かく振ってビ――ッと鳴いた。
多分バイバイと言っているのだろう。
なんとなくおかしい光景に、自然と微笑みが漏れた。
片手を控えめに振って応えると使い魔はうれしいのか、
幼子のようにはしゃいで見せると余計にビ――ッとうるさく鳴き、今度は両手をカタカタと振り始めた。
やがて角を曲がってその姿が見えなくなるまで、シエスタは手を振り続けていた。