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ゼロの花嫁-10 A

ゼロの花嫁10話「悪ガキ共が夢の跡」



一大事である。
伯爵位を持つ貴族が事もあろうに貴族の子弟に暴行を受け、その財産を奪われるのみならず平民の前で大恥をかかされたのだ。
教会の尖塔に縛り付けられていたモット伯は、街の衛士達に当り散らしながら救出された。
すぐさま城へと出頭し、事の次第を涙ながらに報告する。
実行犯の内、名前のわからなかったピンク髪の少女は、報告にある外見的特徴から、何とヴァリエール家の三女である可能性が高い。
調査を進めるにつれ解ったこれらの事実に衛士は自らの手に余ると判断、上司に報告をすると遂にはマザリーニ枢機卿まで出張ってくる程の騒ぎとなる。
押しも押されぬ大貴族の子弟である。
下手に騒ぎ立てては後でどんな目に遭わされるか。
そういった配慮の元、衛士達は動いていたのだが、被害者であるモット伯は持てる全ての力を活用し、この問題をより大きな物へと育てて行く。
ヴァリエール家に貸しを作る事が目的ならば、事を荒立てないのが上策だ。
これはモット伯の、例えヴァリエール家の恨みを買おうともこの件を大人しく済ませる気が無いという強い意思の表れであった。

そんなモット伯の気迫故か、事件発生から一日と経たずして、この件は王都トリステインに居る貴族で知らぬ者は無いという程に広まってしまう。
ヴァリエール家に近しい者達は、大慌てで領地に居る当主に対応を打診する。
知らせを受けたヴァリエール公爵は、妻を伴い即座に城へと向かう。
しかし、王都から領地へ、そして領地から王都へと向かうにはタイムラグがある。
モット伯はこのタイムラグの間に、全ての裁可を下させる腹づもりであった。
怒りに震えているとはいえ、彼とてトリステイン貴族を何十年も勤めてきた男。
ヴァリエール家の人間に死罪が下るとは思っていない。
しかし貴族位の剥奪ならば充分可能な範疇だ。
しかる後平民となったルイズを殺害したとて、平民の身分ならば文句も言えまい。
トライアングルメイジとして名を馳せていた自分が、学生ごときに魔法すら使わず倒されたなどと、断じて許せる事ではなかった。
無論ヴァリエール家に味方する者も多かろう。
そんな連中に自らの意図を隠し、誤魔化し、財産をばら撒いてでも話を進める。
貴族としてこれまで培ってきた全てのノウハウを駆使し、モット伯は確実にルイズを追い詰めていった。



コルベールが倒れると、キュルケは報告すべき事は済んだとそれ以上他の人間にこれを話す事は無かった。
ルイズもルイズで、来るなら来なさいとばかりに泰然と待ち構えるのみ。
二人共がまだ子供であり、貴族社会の陰湿さを身をもって体験していないが故に、心の何処かでアレで懲りたろうと楽観していた部分があったのだ。
これにより事実がオールドオスマンの耳に入るまでに、コルベールが意識を取り戻すまでの時間、丸一日が浪費されてしまう。
報告を受けたオールドオスマンは開いた口が塞がらなくなる。
格式ある貴族の子弟がチンピラ紛いの真似を平然とやってのけたのだから、コルベールが倒れるのも無理は無い。
ちょうどワルド子爵から感謝の手紙がオールドオスマンに届き、ロングビルの活躍に相貌を崩していた時だっただけに衝撃もひとしおだ。
報告の遅れを怒鳴る余裕すらなく、オールドオスマンとコルベールは事態の収拾策を模索する。
人事のように聞いていたロングビルは、笑いがこみ上げてくるのを堪えるのに必死であった。
『た、楽しすぎるわ。何だってこう次から次へとあの子達は……』
今晩アニエスと飲むのに、良い肴が出来たと内心ほくそ笑んでいた。
もちろんそれを表に出す程子供でもないが。
「とにかく城の方でどうなっているのかがわかりませんと、如何ともしがたく……」
「う、うむ。ワシが直接城に出向いてどうなっているか確認するとしよう。連中はとりあえず謹慎でもさせておけ。下手に外に出したらまた面倒な事になるぞい」
窓の外を覗いていたロングビルが二人に向かって告げる。
「既に手遅れかと」
学園正面入り口には、十人程の兵に囲まれたトリステインの紋を背負った馬車が乗り付けてきていたのだ。



オールドオスマン、コルベール、ロングビル、ルイズ、キュルケの五人は学園長室で三人の兵士から宣告を受ける。
ルイズとキュルケの二人は重大な犯罪行為を犯している可能性がある為、その身柄を拘束するといった趣旨だ。
ルイズもキュルケも余計な事は何一つ口にせず、事態の推移を眺めている。
兵士が語る逮捕の理由にぐうの音も出ぬ程にやりこまれ、コルベールはすごすごと引き下がる。
オールドオスマンが次に何かを言おうとする前に、キュルケが口を開いた。
「牢に入れって事?」
兵士はしゃちほこばって答える。
「いえ! ミス・ヴァリエールとゲルマニアの有力貴族であるミス・ツェルプストーを牢に入れるなぞとんでもない! 城に部屋を用意させていただきましたので、そちらにお越しいただきたく!」
キュルケがちらとルイズを見ると、ルイズは嘆息しながら答える。
「……わかったわ。案内しなさい」
「恐縮であります!」
兵士に従い、部屋を出る前に二人はコルベールとオールドオスマンに頭を下げる。
悪びれる様子も無く、ルイズは淡々と二人に語る。
「状況は逐一報告させますので、どうぞご心配なく」
ルイズは、感情的にはなっていないとオールドオスマン達に伝える為、音が響いたりしないようドアを殊更にゆっくりと閉めた。
廊下を歩くと数人の生徒とすれ違う。
彼等は奇異の目でこちらを見てくるが、何せ学園最強の問題児二人だ。
触らぬ神に祟り無しと無関心を装って通り過ぎていく。
「ルイズ、サンとシエスタには話通ってるの?」
「いいえ、出かけてくるとだけ言ってあるわ」
能面の様に堅苦しくしていたキュルケの顔に、初めて微笑が浮かぶ。
「気が効くわね」
「城にまで乗り込んでこられたら、流石にフォロー出来そうにないもの」
これから法の下罰を受けるはずの二人は、そんな気配は微塵も感じさせず、年相応の女の子のように笑い合う。
兵士はそんな二人の様子に妙に感銘を受けたようだ。
「向こうに着いてから学園への連絡をなさるというのであれば、私の方で上に確認してみましょうか」
随分とへりくだって話す兵士だ。
杖を持っていないところから察するに平民なのだろう。
キュルケがよろしく頼むと伝えると、兵士は嬉々としてその旨を承った。
ルイズもキュルケも気付いてなかったが、侯爵家の娘と他国の貴族の娘、微妙な采配を要する二人の連行に貴族でない者を差し向けるのは奇妙な事なのである。
実はこれもモット伯の罠であった。
平民とはいえ正式な文章を携えた使者を蔑ろにすれば、それはその後の展開がより不利に働いてしまう。
気位の高い小娘ならば、必ずや使者を怒鳴りつけ追い返すだろうと踏んでの策であった。
まあ、不発に終わったのだが。
建物を出て護送用の馬車に乗り込むも、二人から貴族らしい優雅な立ち居振る舞いは失われなかった。
むしろ同席する兵士の方が恐縮していたのだが、そんな彼等に配慮する余裕すらあったのだ。

馬車に乗り込む時、二人は兵達の配置や振る舞いを観察していた。
そして、その必要が出た時、力づくで突破する自信があったればこその余裕であった。



王城に辿り着くと、二人はすぐに部屋へと案内される。
より正確に言うとそこは城ではない。
城壁側の待合室のような場所で、ドアに鍵をかけ軟禁状態にされたのだ。
そこで二人は別々の部屋をあてがわれ、延々二日に渡って待たされるハメになった。
その間部屋に顔を出したのは、日に二度の食事を運んで来た給仕のみで、事情聴取すら行われなかった。
お前は罪を犯した、そう言われて連れられて来た場所である。
この先、何がどうなってしまうのか。それを教えてくれる者も居ない。
貴族である以上、数多居るはずの味方をしてくれるだろう人物も、誰一人訪ねて来てはくれない。
まるで世間から忘れさられたかのような孤独感が二人を襲っている……
はずであったのだが、二人共別段気にした風もなく、ルイズは紙と書く物を借りて何やら書き記しており、キュルケは給仕に始祖ブリミルの偉大なる軌跡を描いた書物を要求し、暇潰しにそれを読んでいた。

漸くルイズにお声がかかったのは、二日目の夕方であった。



ルイズの元に遣わされたのは、連行しに来た人の良さそうな兵士ではなく、如何にもな強面で居丈武な兵士であった。
ただこちらを見ているだけなのに、敵意を剥き出しに脅迫されているような気になってくる。
当然愛想も無い。
「こちらです」
何処へ、という説明も無し。
移動途中に見渡した通路は確かに王城の一角であり、それならばとルイズは何も聞かず付いていく。
大きな扉の前で彼は立ち止まり、顎をしゃくって扉を差す。
おそらくこの兵士はルイズに対して本当に敵意があるのだろう。
そう確信したルイズは、含むように笑った後兵士に告げる。
「貴方、私とケンカがしたいんなら、せめてモット伯ぐらい倒せるようになってからにしなさい。私弱い者イジメは好きじゃないの」
貴族とはいえ、自分の胸の辺りまでしかない小柄な娘からそんな言葉が飛び出してくるとは彼も予想していなかったらしい。
驚きと怒りから立場を弁えぬ言葉を吐き出そうとしたが、その頃には既にルイズは扉を開いて中へと入って行ってしまっていた。

さしものルイズも呆気に取られ、目を大きく見開いてしまう。
赤い絨毯がまっすぐ前へと伸びていき、その先には三段の階段、更にその先にはトリステインにおいて最も権威ある場所がある。
王家開闢以来変わる事無くあり続けた豪奢な椅子は、その存在だけで見る者を圧倒しうる何かを持っていた。
ずらっと左右に並んでいるのは正装に身を包んだ貴族の列。
彼等の視線は、その全てが扉を開いたルイズへと注がれていた。
侮蔑であったり、怒りであったり、はたまたそういった意思を全く感じえぬものであったり、視線の意味はそれぞれだ。
しかし、好意的なソレが全く無いというのだけは理解出来た。

王との謁見の間。
正式な形で王との対面がなされるここに通される者は、全て控えの間にて注意事項の説明を受ける。
それはその時王が話される事であったり、守るべきしきたりであったりと様々である。
そういった途中経過をすっとばして、いきなりこの場へと連れてこられたのだ。
貴族達の列の中程に、いやらしく笑うモット伯の姿が見えた。
どうやらこれはあの男の差し金らしい。
二日間も閉じ込めていた事といい、不意打ちの謁見といい、貴族社会での人の心の動きようを良くご存知だ。
ここでは歩き方一つにも作法がある。
ルイズは謁見の機会の多いラ・ヴァリエール侯爵の娘に生まれて、本当に良かったと安堵する。
多分に聞きかじっただけだが、一応謁見の作法は教わっていたのだ。
ただ、それをぶっつけ本番、覚悟も無しに、これだけの数の諸侯の前でやらなければならない。
一度目を瞑り、モット伯への怒りを腹の内に収める。
今はただ王との謁見に集中すべきだ。
覚悟を決めて目を見開くと、前へと歩を進める。
居並ぶ貴族達の横を通り過ぎながら、キビキビと、しかし決して焦らぬよう歩調に気をつける。
三段の階段を昇り、玉座の前約三メイルの場所で片膝を付いて頭を降ろす。
室内に僅かなざわめきが起こる。
ルイズのやったそれは、男性用の儀礼であったのだ。
皆の反応によりすぐに失敗に気付いたルイズだったが、それがどうしたとざわめきを黙殺する。
今更引っ込みなどつかぬし、王に礼を尽くすという意味であるのなら、どちらでも構わないはずだから。
それだけが仕事という傍目には随分と楽な役割を持つ貴族が、声高らかに主役の登場を宣言する。
すると、今度は先とは違う大きなどよめきが起こる。
顔を下ろしているルイズには周囲の様子は伺いようがない。
一体何事かとやきもきしている中、遂に声をかけられる。
「顔を上げよ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
しわがれ、擦れたその声がルイズの予想外であった為、作法より素早い挙動で頭を上げてしまう。

玉座に悠々と腰掛けている男の姿が目に入る。
そこには老齢の為、政務から退いていたはずのトリステイン老王の姿があった。





トリステイン王女アンリエッタ・ド・トリステインは、マザリーニ枢機卿から話を聞くなり可哀想な程に青ざめてしまう。
彼女にとってルイズは、幼き頃より親しくしていた唯一といってよい友と呼べる存在である。
その彼女が罪を問われ、事と次第によっては貴族位剥奪すらありうるというのだ。
「ああ、ああ、何という事でしょう……マザリーニ卿、このような事が起きてしまうなんて……私には信じられません。あのルイズがどうしてこんな……」
マザリーニは慰めるつもりがないのか、淡々と事実のみを述べる。
「証人も揃っておりますし、言い逃れ出来る状況ではありません。それでもラ・ヴァリエール侯ならば何とかするのでしょうが、今は自領におり裁判には間に合いますまい」
「そんな!? それでは誰がルイズの弁護をするというのです!」
「代理人や付き添いを頼めるような状況でもありませぬし、自身でやる他ありませんな」
アンリエッタはマザリーニに掴みかからんばかりの勢いだ。
「ルイズはまだ学生の身ですよ! そんな馬鹿な話がありますか!」
「仕方ありませぬ。貴族、そして王族が守るべき法に従った結果でございますから」
マザリーニはモット伯が暗躍した結果である事は百も承知で、しれっと言い切った。
貴族間のトラブルに王女が首を突っ込んで良い事など一つも無い。無用に恨みを買うのみだ。
何時もならアンリエッタもこれで引き下がるはずであった。
しかし、何故か今回は執拗に食い下がって来る。
「納得出来ません! ルイズは侯爵家の娘なのですよ! それがどうしてこのような目に遭わねばならぬのですか!」
「法は法でございます。それにミス・ヴァリエールが狼藉を働いたのも事実でしょうし、被害に遭ったモット伯の事を考えれば、こればかりは幾らアンリエッタ様とて……」
アンリエッタは理路整然とした反論を思いつけずに口ごもる。
「……あんまりです。ルイズが貴族を追われるなんて……何故このような事に……マザリーニ卿、どうにかならないものなのでしょうか」
時折幼き頃共に過ごした彼女との話を聞かされてはいたが、ここまで入れ込んでいるとはマザリーニも思っていなかった。
だが全ての段取りは済んでおり、後は謁見の間での対決を残すのみとなっている。
ここから引っくり返すには、少々力技を行わなければならない。
それ程の価値が彼女にあるのかと問われれば、マザリーニも首を傾げざるをえない。
ふと、城内にあるまじき高く忙しげな靴音が聞こえてくる。
アンリエッタから逃れるようにそちらに目を向けると、グリフォン隊隊長ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵の姿がそこにあった。
「マザリーニ卿!」
そう声をかけてくるが、すぐ隣に王女が居るとわかると居住まいを正して一礼をする。
彼も又、ルイズの罪の軽減をマザリーニに訴えに来たのだった。
彼がルイズの婚約者であったというのはアンリエッタにとっても初耳で、若手随一と言われている彼がルイズの相手だという事を、アンリエッタは大層喜んでいた。
ワルドはマザリーニが目をかけている青年でもあり、無下に断るのは少々気が引ける。
ルイズにはヴァリエール家の息女としての価値しか無いと思っていたマザリーニだが、どうやら勝手が違うようだ。
アンリエッタ王女とトリステインでも屈指の技量を誇るワルド子爵の両者が、ルイズ個人の味方であるとは思ってもみなかったのだ。
子爵にはつい先日彼が解決した密輸事件の褒美もまだ与えていない。
全ての手柄は、アニエスという兵士と彼女率いる首都の衛士達にあると言って自らの手柄と認めなかったのだが、その謙虚さを何処かで報いてやりたいと思っていたのだ。
口元に手を当て、しばし熟考するマザリーニ。
議事進行はマザリーニの役目であるから、進め方如何によってはルイズに有利に動く流れも作れよう。
しかしモット伯は入念な下準備を行っている。
それを何処まで変えうるものか、マザリーニにも楽観は出来ない。
そも、マザリーニは自身の損得で判決を下した事は無い。
法を歪める時があるとするなら、それはトリステインの為になるか否か、その一点のみ。
最低限の保身は考えるが、それもまた私利私欲に走る有象無象共に国家の大事を任せぬ為の手段の一つにすぎない。
ヴァリエール家にはまだ娘が二人残っている。
ルイズ一人を見捨ててもこの件で恨みを買うのはモット伯とその周囲の者達であるし、差し引きで考えるのならトリステイン王家にはプラスに働くと考えていた。
王が老いてかつての力を失うに伴い、相対的に大貴族達の発言権が増してきている。
その増長にこの件で楔を打ち、磐石の体勢でアンリエッタへの引継ぎを行おうと考えていたのだが、当のアンリエッタはそんなマザリーニの思惑など何処吹く風と、ひたすら彼女を救ってくれと哀願してくる。
ため息も出ようというものだ。
「わかりました。ですが此度の件、謁見の間にて吟味の上判決を下す流れとなっております故、私の力で幾分かは有利になるよう取り計らう事は出来ますが、それが確実に彼女の無事を保証するものではないという事を覚えておいて下さい」

ワルドには思惑があった。
話を聞いた時は確かに仰天したが、これは良い機会である。
ワルドは以前に虚無の魔法について調べた事がある。
その圧倒的な力を我が物にと考えたのだが、どうやら虚無は従来の魔法とは完全に別系統の物らしく、ワルドが身につける事は出来なかった。
しかし研究の過程で、一つの仮説を打ち立てる事が出来た。
魔法を操る資格を持ちながら魔法を使えない者こそが虚無の使い手なのではないだろうかと。
もちろん確証を得ている話ではなく、まだまだ調べねばならぬ文献も数多い。
始祖ブリミルに連なる血統であるルイズが、姉妹皆強力な術者でありながら一人だけ魔法が使えないという不可思議さを知っていた事が、その仮説の一助となっていた事は想像に難くない。
もしルイズが虚無に連なる何者かであったのなら、これは是非とも手に入れておきたかった。
しかし相手は大貴族ヴァリエール家の娘。
おいそれと調査すら行えない相手である。
だが幸運な事にワルドはルイズの婚約者として、ラ・ヴァリエール伯にも認められている。
この件でルイズが貴族位を剥奪されるのならば、平民となった彼女を保護すればいい。
何とか切り抜けたとしても、今回の事件を学園などに居るせいにしてしまえば良い。
こちらには今すぐにでも妻に迎える用意があると侯に伝えれば、これだけの騒ぎを起こした娘を好んで妻に迎える者も居なかろう事から、侯は喜んでルイズを差し出すであろう。
どちらに転んでもワルドに悪い流れではない。
更にこれは、ワルドがルイズを心から想っていると周囲に知らしめる絶好の機会ではないか。
見目麗しく家柄も文句無し、虚無の調査にも役立つと、まことワルドの妻となるに相応しい存在である。
「最も優れた若手貴族との誉れ高いワルド子爵が、ルイズのお味方をしてくれるとは心強い限りです。どうぞ末永く私の友人でもあるルイズを守ってあげてください」
更に王女の信頼も得られそうだ。
アルビオン反乱軍との繋ぎを作ってあったのだが、一気にトリステイン中枢に食い込む事が出来るのなら、残っていた方が有利であろう。
凡庸な貴族が蔓延るトリステインには嫌気がさしていたのだが、先のアニエスやロングビルといい、優秀な人材も埋もれている。
彼等を率い、宮廷に一大勢力を築き上げる事が出来れば、新興国家での成り上がり重役を狙うよりは余程大きな事が出来よう。
今回の流れにうまく乗り切れれば、いずれは軍を掌握し、その先へと至る障害も随分と減ってくれる。
ワルドはここが正念場と自分に言い聞かせ、気合を入れなおすのであった。



マザリーニが執務室に戻り、処理すべき業務をこなしていると、病床に臥せっているはずの王から呼び出しを受ける。
王位継承に関する相談事であろうと当たりを付け、王の寝室へと出向くと、途中でアンリエッタ王女とすれ違った。
小さく会釈しながら横を通りすぎるが、ふと、王女の表情に不自然な点を見つけ、眉をひそめる。
違和感と言ってもいいそれが一体何だったのかは、部屋に入るとすぐにわかった。
「すまぬなマザリーニ、実は……」
王が口にしたのは、ルイズ・フランソワーズに関する事であった。
あの間抜け王女はよりにもよって病床の王を頼ったのだ。
お体に触るからと政務から遠ざかっているというのに、わざわざ心労になるような件を王の耳に入れるとは。
王女の余りの思慮の浅さに立ちくらみを起こしそうになる。
「陛下、その件でしたらこの私めが処理しますゆえ、どうぞお心安らかに」
彼女が王に何と言って聞かせたかもわからぬので、フォローも当たり障りの無い言葉になってしまう。
「いやな、あのアンリエッタが涙ながらにワシに訴えてきおってな。あのように必死なアンリエッタは初めて見たぞ……」

マズイ。

これは最悪のケースが想定されてしまう。
病床の王の鶴の一声で解決したとなると、全ての恨みは王家が背負う事になる。
公平さを欠いた判決は、よほど下準備が整っていなければ、貴族全ての反感を買う事にもなりかねない。
「いえ、しかしですな……」
情に流されての判決などありえぬと、何としてでも納得してもらわねばならない。
勢い込んで口を開くマザリーニを、王は手で制する。
「良い、わかっておる。如何に我が娘とて、一方の言う事全てを真に受ける程ワシも衰えておらぬ」
王も老いたりとはいえ見識はしっかりしており、ほっと胸をなでおろすマザリーニ。
「だから此度の件、ワシが自ら判決を下そうと思うておる。今すぐワシに事件の全容を仔細漏らさず報告せよ」
王の御前にあるまじき、大口を開けた姿勢で硬直してしまう。
「卿がアンリエッタに恨みを買うような事態は避けるべきであろう。ワシの下した判決ならばヴァリエール侯も含め文句はあるまいて」
最盛期の王であれば、これほど頼もしい言葉は無かったであろう。
判断能力も落ちていないようであるし、王の裁可であれば何人たりとも異論を挟む余地などあるまい。
しかし、気苦労の多い裁判に王を引っ張り出すなど、とてもではないが許可出来ない。
「陛下、それだけはなりません。どうか御身を大事に」
「今は王位継承を控えた大事な時ぞ。ここで判断を誤れば後々まで引きずる事になる。マザリーニよ、ここは一つワシに任せてみろ」
「しかしっ!」
「何、言う程手間もあるまい。退屈しのぎぐらいにはなるだろうて」
かつて王が最も壮健であった頃に良く聞いた、絶大な自信に支えられし軽口。
判断能力が残っているという事は、長時間の政務に耐えられぬ自身の体の状態もわかっているはず。
その上でこう言うというのであれば、それはつまり、王はこれを最後の仕事と決めたという事だ。
ならばマザリーニに出来るのは、王の負担が少なく済む様、より正しき裁可が下せる様全力を尽くすのみ。
「……わかりました、直ちに資料を揃えさせます。もしよろしければ私見も添えさせていただきますが」
王は大きく頷いてみせる。
「うむ、現在の宮廷内派閥も含めて、だぞ。話が少し妙なのは誰がしかが動いておるからであろう?」
アンリエッタのおそらくは要を得なかっただろう話だけを聞いてそこまで察する事の出来る王は、やはり動いて下されば頼りになる。
王の最後の執務のパートナーとして選ばれ、共に政務を行う事が出来るのだ。
政務官としてこれに勝る喜びは無い。
部屋を辞した後、年甲斐も無く足取りが軽くなってしまうのも無理からぬ事であった。




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