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ブラスレイター コンシート-04


 トリステイン魔法学院が悪魔の襲撃を受けてから3日が経過した。

 学院長室は事件発生時から現在に至るまで、夜中でさえ部屋の明かりが消えないままであった。
 オールド・オスマンは、ときおり左手で頭を抱えながらも、ペンを握る右手をほとんど止めずに書類を書き進める。
 普段は魔法でペンを浮かせて書類を書くオスマンであったが、ここ数日は無駄な精神力の消費を控えるために自分の手を使わなければ続かない程に処理しなければならない仕事が有る。
 いつもは水ギセルを控えるよう口出しする秘書のミス・ロングビルも、この時ばかりは煙が眠気覚ましになるというオスマンの言い分を認めて黙認していたせいで、部屋内は煙が濃く立ち込め司会が微かに白く霞んでいた。
「そろそろ食事の時間です」
 まだ処理しなければならない書類は山ほどあったが、だからこそしっかりと食事を取らなければならないとロングビルが促す。
 彼女も最低限の睡眠と食事以外はほとんど休憩も取らずに仕事を続けているせいで、目の下に疲労の色が見える。
 そんなロングビルの言葉を合図にオスマンから深い溜息が吐き出される。
「そうじゃの」
 暇があればロングビルへのセクシャルハラスメントを欠かさないオスマンであったが、ルイズが“伝染病持ち”を召還してしまった日からそんな暇はほとんど無くなっていた。
 そればかりか、先日の悪魔の襲撃によって失われた多くの人命を始めとする数々の損害への処理に追われ、心なしか、顔の皺が深みと数を増やしている様にも見える。
 オスマンがペンを置くと同時に扉を軽く叩く音がした。
「…お、お食事をお持ちしました」
 扉の向こうから聞こえるメイドの声が怯えを含んでいる事に違和感を感じたのはオスマンとロングビルの両名。
 どちらからともなく顔を見合わせ、オスマンはロングビルに対し、扉の向こうに声をかけるよう促す。
「どうぞ、お入りください」
 貴族に対して畏まる事が身に染み付いてしまっている平民も、メイジではあるものの貴族では無いロングビルが対応するならばいくらかは気が楽になるでであろうとの配慮である。
「食事はそちらの来客用テーブルに置いて頂けますか?」
 ロングビルは扉を開き、出来る限り疲労を隠して穏やかな口調と表情を崩さずに、来客用テーブルに食事を置くようメイドに促す。
「は、はい」
 対応をしているのが貴族ではない女性だからだろうか、少しは落ち着きを取り戻したらしいメイドはそれでも小刻みに震える手で来客用テーブルに食事の乗ったトレイをなんとか置いた。
 食事は先日まで厨房で出されたものとは比べるまでもなく質素なスープと大雑把に野菜を添えただけのサラダ、そして微妙に硬めのパンといった、まるで辺境の村の平民が食するかのようなメニュー。
 それでも、マルトーの作る料理に劣るものの、意外と言うべきかそれなりと言うべきか程には美味しくはあるのは救いである。
 悪魔の襲撃の際で惨殺現場となった厨房を再び使うわけにはいかず、教師であるミセス・シュヴルーズを中心とした土のメイジによって最優先で一日のうちに厨房自体は新設された。
 だが、厨房常勤の全員が今回の事件で死亡した為に、新設の厨房には現在、料理の心得のあるメイド数名が厨房に入っており、今用意されている料理はその彼女達の作ったものだ。
 なお、新しい厨房の人員の派遣を要請する伝書を伝令に持参させたのは今朝である。
 学院全体に伝染病の疑いが立ってしまった現状、三日目となった今日になってやっと外部に人材要請を始めとした伝令の派遣が出来る状況になったからだ。

 そう、『伝染病』だ。
 オスマンは、事件発生時は、この部屋で指揮を取りながら『遠見の鏡』で巨躯の悪魔と蒼い悪魔の戦闘を見ていた。
 予見できなかった事とはいえ、厨房での悪魔の出現の報を受けるなり教師陣に速やかな撃退という指示を出し、使用人や生徒達の避難をおざなりにした為に、多大な犠牲という大きな失態を『遠見の鏡』を通してつきつけられた。
 遅れて生徒や平民の避難を指示する頃には、蒼い悪魔が巨躯の悪魔を倒して逃げ出す姿が魔法の鏡に映っていた。
 その後、援助を申請する前に、その理由となるこの過失をどう報告するべきかと頭を悩ましたオスマンであったが、その緩慢とさえ言える行動の為、結果として更なる愚を犯す前に、息をきらせながら学院長室に飛び込んだコルベールの報告で『伝染病』の事を知ったのだ。
 コルベールの口から告げられる“人間を悪魔に変える伝染病”などという前代未聞の脅威。そして、それがもたらしたのが今回のこの被害。
 脅威の伝染病の存在は、学院にいた多くの貴族の子息や教師に付け足して学院で働く平民の死をはじめとした様々な問題の処理以上に、オスマンの頭を悩ます。
 二日の間、伝染病の拡散を抑えるため、学院の人間の外出行動を止めた。
 勿論、内部から強い不満が出るだけでなく、更なる混乱の誘発の恐れさえあったが、結局は伝染病の潜伏期間とされる二日のうち、特に大きな問題が報告される事無く三日目を迎えることが出来た事は不幸中の幸いであった。

「顔色が優れませんがどうかしましたか?」
 ロングビルの心配そうな声に気づき、オスマンは思考を中断して顔を上げる。
 だが、ロングビルはオスマンではなく、そのまま部屋を去ろうとしたメイドに向かって声をかけたのだ。
「貴族のボンクラ生徒どもが悪さでもしとるのかの?」
 内心、自分の心配ではないのかと年甲斐もなく少し拗ねたオスマンではあったが、そのメイドの顔色と言うべきか先ほどからの態度は気にはなる所だったので、気遣いの言葉をメイドにかける。
 だが、オスマンの言葉にメイドは過剰に反応し、慌てて引き下がろうとするが、そんな彼女の手をロングビルが握ってとめる。
「大丈夫ですわ。オールド・オスマンは貴族と平民分け隔てなく接してくれるお方です」
「悩みがあるならここでひとつ吐き出してみんかね? それで少しは心が軽くなればそれで良いのじゃが」
 反応があまりにもおかしい事に内心訝しげにしつつも、あくまで穏やかに接するオスマンとロングビルに対して、メイドは折れるように、すがるように、それでいて何処か安堵するような表情で、ぽつりぽつりと、ここ3日のうち自分の周囲で起こった事を語りだした。





 ギーシュ・ド・グラモンが目を覚ましたのは三日目の朝食時間を過ぎた頃だった。
 目立つ外傷こそ無かったものの、文字通り精神力を使い果たしていたギーシュが回復するにはそれだけの時間を必要としたのだ。
 その彼は、今、女子寮のある一室の前に立っていた。
 基本的に女子寮だけに男子禁制ではあるが、ギーシュはこの部屋の主への面会をするよう、部屋の主の友人に懇願されたからだ。
 部屋の主の名はケティ・ド・ラ・ロッタ。ギーシュとは一学年下の少女で、ギーシュと交際していた少女であった。
 扉の前で俯くギーシュは、目に涙を浮かべ、震える声で謝罪の言葉を呟く。
「ケティ……すまない。君の危機に駆けつけることが出来なかった……ぼくを――」
 許してくれ、と口に出しそうになるが、かぶりを振ってその言葉を飲み込む。
 許して貰える筈が無い。それ以前に許しを請う事自体、それは自分の恥を上塗りする意外の意味がないとギーシュ自身が自覚したからだ。
 ケティは三日前の悪魔の襲撃で犠牲になっていたのだ。
 しかも、ケティが存在した事の最大の証となる彼女の躯も、既に浄化の火によって灰へと還って低調に葬られたと聞かされている。
 だから、ギーシュは彼女が存在していた事を証明する、まだ手をつけられていないケティの部屋の前で彼女の死を悼んでいた。
(……何が、薔薇は多くの人を楽しませるために咲く、だ!)
 グラモン元帥の息子、誇り高い軍人の家系の男が聞いて呆れる。
 思わずギーシュは歯を食い縛り、拳を変色するまで強く握る。
「ここにいたのね、ギーシュ」
 女の声はしたが、その声はギーシュには届いておらず、その声の主の少女が彼の肩に手を置く事で、やっとギーシュはその彼女を認識する。
「……モンモランシー」
 声の主はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。
 ギーシュと交際している少女である。
「聞いたわ。その子の事」
 モンモランシーの口調は、ギーシュへの憤りを含んでいた。
 当然だ。重婚制度があるわけでもないトリステインで二股がけなど不埒以外の何物でもないのだから。
「……すまない」
 本当に自分が嫌になる。
 以前、モンモランシーに対して、ケティとは何も無かったと嘘を告げた。
 同じようにケティにも好きなのは君だけだと囁いた。
 それは結局モンモランシーとケティに対する不義に他ならず、この場においてギーシュは自分の不甲斐無さに、無力さに、不誠実さに怒る事しか出来なかった。
「でも、ギーシュはわたしを護ってくれた」
 モンモランシーは『わたしを護る為に駆けつけてくれた』とは口に出さない。
 その言葉はケティという犠牲者に対する『死人に鞭打つ』行為に他ならないからだ。
 むしろ、今のモンモランシーの心に浮かぶのは、ケティという少女に対する哀れみだった。
 唯、偶然同じ男を想っていただけで、片や護られ、片や孤独に命を落とす。
 それが、モンモランシーにとってはケティが享受すべきささやかに幸せになる権利さえも、自分が奪ってしまったように思えてしまったのだ。
 そして思う。
 確かにギーシュの浮気は許し難い。だけど、それでも自分はギーシュが好きなのだと。
「……ごめんなさい」
 だから、モンモランシーの口から、自然とケティへの謝罪の言葉が漏れてしまっていた。
 この先、ギーシュの心を自分へ向けさせる事に対して。
「すまない、ケティ」
 再びギーシュがケティに謝罪の言葉を向ける。
 この先、自分の心がモンモランシーに向けられる事に対して。
「すまない……」
 ギーシュがモンモランシーに謝罪の言葉を向けようとするが、そのモンモランシーが彼の口を掌で押さえ、眉を潜めながら今一鈍感な男に諭す。
「ギーシュ、彼女の前よ」
 流石にその意味を理解したギーシュは、口をふさいだままではあったが本当にすまなそうな視線をモンモランシーにしばし向け、視線をケティの部屋の扉に向け直した。



 しばらくの間、ケティの部屋の前で彼女の冥福を始祖ブルミルに祈った二人は女子寮の外に出た。
 そろそろ昼食の時間だったが、お互い食欲は無かったものの、特に目覚めたばかりでまだ朝食すら取っていなかったギーシュ、この三日間、水のメイジという治癒魔法の使い手として生き残った生徒、教師、使用人の為に奔走していたモンモランシーは、お互いの体調を気にした結果、ムリにでも食事を取るという選択を取って、食堂に向かっていた。
 最初は無言のままのギーシュであったが、ふと、横に並んで歩くモンモランシーに言い出した。 
「モンモランシー、君は優しいんだな」
 勿論、モンモランシーへの気遣いや、彼女の気遣いに対する感謝や感心がそこにはる。
 が、ケティが死んでしまった事の哀しさから、癒しを求めるように声を出てしまった所が大きいのは、ギーシュ自身は口に出してから漠然と感じた事だ。
「違うわ。優しいわけじゃない。唯、わたしはこんなに哀しい事が許せないの」
 返って来たのは、褒められた事への照れ隠しなどではなく、微かな憤りと強い決意の篭る意思を感じさせる言葉だった。
 三日前の悪魔の襲撃の後、悪魔に対峙した者は無残な躯となっているか、ほぼ無傷かの両極端であった為、即時的な肉体的な治癒という面では水のメイジはほとんどやる事が無かった。
 だが、その直後に伝えられた伝染病の脅威に事前に対処する事や、多くのものを失った事で傷ついた心を癒すのも彼らの役割である。
 更なる脅威を未然に防ぎ、良き相談役になり、時には魔法の薬で体を心を癒す。
 彼らがいる事で、学院は大きな混乱を誘発しないで済んでいると言って過言では無い。
「わたしは水のメイジ」
 モンモランシーの脳裏には、あの日、救えたかもしれない、しかし救えなかった、変貌した教師の姿が、そして、その脅威から自分を護ってくれた少年の姿が浮かぶ。
「だから、私の周りに悲しみがある事が許せないの」
 この三日、彼女は自分の力不足への後悔と、自分が救われたことへの感謝を胸に刻み、心の癒し手として奔走した。
「だから癒さなくちゃ気がすまないのよ」
 そんな彼女の気丈な振る舞いを、ギーシュは尊敬の念で見つめ、理解する。
 つまりは彼女も貴族であり、前線で武器や杖を振るう兵士や騎士とは違う“戦い”に身を投じる癒し手なのだと。



「――――せん!」
 突如耳に悲鳴の様な切羽詰った声が微かに届く。
「え!?」
「モンモランシー?」
 この三日で、そういったものに過敏になっていたモンモランシーは声の方に振り向いて駆け出す。
 何事かと後から追いかけてくるギーシュを尻目に、駆けつけたモンモランシーが見たものは、散乱するティーカップとポットの破片、跪き泣きながら許しを請うメイドの少女、そしてそれを怒鳴り散らす貴族――格好から三年の生徒であろう――であった。
「なんだ、平民が叱られているだけ――」
 何か粗相をしてしまった平民が貴族に許しを請うという場面に出くわす事はそう珍しい事では無く、普通ならば程度の差はあれ、貴族が平民を口で注意――あくまで貴族の視点ではその程度の認識でしかない――をする程度で終わる事だ。
 大事になるわけでないのならば関係が無い事だろうと、さして気にする事無く視線を外すモンモランシー。
 だが、
「メイド相手なんかに杖を向けるなんて、あいつらは何をしているんだ!?」
 モンモランシーから少し遅れてそれを見たギーシュが驚愕の声を上げるのを耳にして再びメイドの方を向く。
 そこには、威嚇とばかりに魔法の炎でメイドの足元の地面を焼く貴族の姿があった。
「ち、ちょっと!? 本当に何やっているのよ!」
 平民に向けて魔法を振るう事は、平民にとっては恐怖を植え付けられる事と同義であり、それにおいては貴族側も多少なりに理解している事だ。
 だというのに、謝罪する平民に対して明らかな攻撃魔法を向けるということは過剰の暴力を振るう事に他ならず、既にそれは誰が見ても“注意”の範疇を超えるものだった。
 モンモランシーが予想外の事態に驚く側で、ギーシュはすぐさま薔薇の造形をした杖を取り出し、呪文を唱える。 
 だが、既にその貴族の生徒は再び呪文を唱えており、ギーシュの介入が間に合うかどうかの瀬戸際だった。
(――間に合わないっ!)
 そして、ギーシュの呪文が完成するかしないかという状況で、メイドに杖を向けた生徒の呪文は完成し、あとは杖を振るうだけとなった、その瞬間。
「――モガッ!?」
 その貴族の口に突如として赤土の粘土が詰め込まれ、その突然の事態に彼は法を放つ事も止めて慌てふためく。
 ちなみに、メイジが魔法を使う為にはまず杖が必要であり、それと同じく呪文を詠唱しなければ結局は魔法を使う事は出来ない。
 つまり、メイジを無力化させるならば、杖を奪う他にも、声を奪えばいいわけで、これによって彼は口の中の粘土を吐き出すまで、魔法を使う手段を遮られた事になる。
「おやめなさい! 力無き民に杖を向けるなど、貴族としてしてはならない恥ずべき行為です!」
 無様としか言いようの無い貴族の生徒に対し、よく通る声で杖を向けるのは紫のローブをまとった中年のふくよかな女性。
 この学院の教員にして土のトライアングルメイジであるシュヴルーズである。 
 彼女は日常の授業で騒がしい生徒に使う赤土を口につめるという口封じの魔法をこの場で使い、彼の口を封じたのだ。
 突然口に赤土を押し込まれた貴族の生徒は、暫く両手を使いながら必死に口の中の粘土を吐き出し、荒い息を吐きながら口を塞いだシュヴルーズに講義する。
「ミ、ミセス・シュヴルーズっ! お、お言葉ですが、こいつはっ――」
 礼節と身分を重んじる貴族の子息が、生徒という立場にありながら明らかな目上である教師を前にしても激昂を抑えず口答えするというのは珍しい。
 それこそ、二つ名を汚されたり家名を貶められたといった、名誉を極端に貶められ、日常で貴族であろうと平民であろうと、うかつにそのような事はしないような事態になった場合位のものだ。
 例外的に、モンモランシーのクラスでは頻繁に見られる事ではあるのだが、この場では関係ない事だ。
「おだまりなさい! これ以上口答えするならば――」
 シュヴルーズの剣幕に、その貴族の生徒は黙って引き下がるが、その顔には強い怒りが浮かんだままで、鋭い視線を相変わらずメイドに向けていた。
「大丈夫ですか?」
 シュヴルーズは、その生徒とメイドの間に割って入り、憤怒の表情を浮かべたままの貴族の顔をメイドの視線から遮りながら、手を差し伸べる。
「あ……」
 だが、そのメイドはシュヴルーズの差し伸べた手を見て、びくりと身を怯ませる。
「いいのですよ。もうお行きなさい」
 だが、そのようなメイドの態度に対してもあくまで軟らかい表情を崩さずに、シュヴルーズは、メイドが逃げるようにその場を去るのを見送った。
「全く失礼な平民ね。ミセス・シュヴルーズに助けられたというのにお礼すらせずに逃げ出すなんて」
 その一部始終を見ていたモンモランシーがまず抱いたのは、恩知らずと言っていいメイドの態度に対する不快感。
 次に浮かぶのは、シュヴルーズがそれに対してさえ、特に気にするそぶりを見せていない事だ。
 モンオランシーは、ふと、この人には貴族としての面子は無いのだろうかとシュヴルーズに不信感を抱く。
「ミセス・シュヴルーズ。少しよろしいでしょうか?」
 と、モンモランシーが思案している横で、ギーシュが進み出て声を上げる。
「何でしょう?」
 シュヴルーズに向ける、ギーシュの視線は教師に対する視線と言うには微かに鋭い。
 何か不審なものを見るような視線だ。
「なぜ、先ほどの平民が何をしたのかさえ問質さずに肩を持ったのです?」
 その言葉にモンモランシーは納得する。
 場を抑えるにしても貴族側を理由も聞かずに一方的に『悪者』と断じる姿勢は、伝統と名誉を重んじるトリステインでは考え辛い行為だからだ。
「仕方ないのです。今のあのメイドにとって貴族は恐怖の対象でしかないのでから」
 そのシュヴルーズの返答に、今一要領を得ずに口を閉じ内心で首をひねるギーシュ。
 そんなギーシュに代わるようにして、先ほど粘土を口に込められた生徒が怒鳴り声を上げる。
「貴族は悪魔ではありません! むしろあいつらこそ僕達に悪魔をけしかけた張本人じゃないのですか?!」
 どういうことだろうと、ギーシュとモンモランシーが耳を傾ける。シュヴルーズも、今度は彼の言葉を遮ることなく無言で耳を傾ける。
「僕は聞いた! 彼女が厨房の連中が生きていればこんな事にならなかったと呟くのを!」
「はぁ?」
 その一言にギーシュは思わず疑問の声を上げて首を傾げる。
 最初にその言葉で連想出来るのは、厨房の人間がいなくなったので、食事の質が落ち、それを嘆いている、若しくはなれない厨房仕事に不満を漏らしたものだと思える言葉だ。
 ギーシュの脳内では、とてもその単語と悪魔とは結びつかない。
「……」
 だが、横にいるモンモランシーは合点がいったという溜息を苦虫を潰した表情で漏らす。
 目の前のシュヴルーズもモンモランシーと似たような表情をしている。
「モンモランシー、どういうことだい?」
「件の悪魔は最初、厨房で目撃されたそうなの」
 そこでギーシュも合点がいった。
 つまり、この生徒は悪魔が厨房から出てきたことから、厨房の人間が悪魔に変化して学院を襲い、メイドが再びそれを望んでいるものと解釈したのだと。
「それは貴方の思い込みです」
 シュヴルーズは生徒に対して断言する。
 ギーシュもこの生徒は、思い込みが過ぎるのではないかと思うが、逆に考えると仕方ないことなのかと思い浮かぶ。
 ギーシュは見たからだ。教師が異形へと変貌する瞬間を。
 となれば、むしろ貴族が悪魔となったと思われるのが当然で、そうなればメイドのあの態度も仕方ないのではないかと思い立ったからだ。
「それに、少なくとも彼らは悪魔では無く、普通の平民。ならば私達貴族が護る対象ではあっても、決して杖を向ける相手では無いでしょう?」
 流石にその言葉には少々無茶があるとギーシュは思う。
 いくら平民とはいえ、明らかに自分達に歯向かう相手だとしたらそれは護るべき対象ではなく敵である。
 それ以前に、先ほどの彼女は終始許しを請う普通の平民であり、確かに杖をむけていい相手では無いのだが。

 暫くしてシュヴルーズと件の生徒がその場から去った後、その場に立ち尽くすようにして残っていたギーシュとモンモランシー。
 二人は、それぞれ、今起こった事と先ほど二人で話していた事とを頭の中で考えていたのだ。 
「難しいものね……」
 誰にともなく呟くモンモランシー。目の前で起こった出来事を思い返し、先程自分が口にした決意は上辺だけではないのかと重い気分になったものが声になったのだ。
「うん」
 だが、ギーシュは理解する。
 この言葉は、モンモランシーがそれらと向き合っているからこそ洩れる言葉だと。
 だからギーシュの口から、自然と洩れた。
「頑張ろう、モンモランシー。ぼくも頑張る」



 食事を終え、メイドが後片付けをして部屋を去った後、オスマンは書類に手をつけようとしながらも手がほとんど動かずに思わず溜息をつく。
「……ふうむ」
 問題に問題が増えていく事に嫌気がさしているのだ。
 メイドの話を聞き終えたオスマンは、顎鬚をさすりながら今更になって問題が起こっていなかったわけではなく、問題が見えなかっただけだという事を知った。
 常々、貴族が平民をないがしろにしている現実を知らないわけでは無い。
 だが、自分のいるこの学院で、今回の悪魔の襲撃に関して言掛かりの如く鬱憤の対象にさえされてしまう事態が起こり、なおかつ自分が気づくのが遅れるとは、貴族の堕落ぶりと、それ以上に自分の眼力の衰えをつきつけられるようでもあった。
 オスマンが再び溜息を吐くと同時に、扉からノックがかかる。
「オールド・オスマン、シュヴルーズです」
 扉の向こうから、中年の女性の声がかけられるのを、オスマンは溜息をする暇も無いのかと、内心うんざりしながらもシュヴルーズに入室を促す。
「入りなさい」
「失礼します」
 入室してきた紫色のローブを着た中年女性の教師シュヴルーズは、オスマンの前まで足を進めると、軽く会釈をして口を開く。
「忙しい所を申し訳ありません。ですが、なにぶん急ぎの頼みがあります」
「申してみよ」
「実は――」

「なるほどの」
 先ほどシュヴルーズが目撃し対応した、一部の貴族の子息による平民への危害を聞いたオスマンは、先ほどのメイドの言葉が事実である事を再認識する事になった。
 シュヴルーズの報告があるということは、問題が教師にも見えるほどに表面化している事に他ならない。
 だが、よくよく考えれば仕方無い部分もあるだろう。
 悪魔の脅威と正面から対峙したのは貴族だ。だというのに、護るべき対象である平民は貴族への不満を口にし、更に件の巨躯の悪魔も事あるごとに貴族への怨みを口にしていたと言う。
 だからこそ、例の悪魔騒ぎ、つまり、この謎の伝染病は、平民が何らかの手段で悪魔と契約して起こしたものではないかという噂まで立ち始めているのだ。
(……何かに原因を求めてしまうのは仕方ないものなのかもしれぬが……浅ましく嘆かわしいの)
 原因も判らぬ見えない恐怖に対し、そのはけ口を求めた結果、時として無理やりに原因を“求めてしまう”のは、人の心の弱さが起こす仕方の無い、しかし仕方の無いと言うにはあまりに愚かな行為だと、オスマンは嘆く。
「何か対策を立てなければ、近いうちに罪無き平民から犠牲者が出る可能性が高いのです。この際、一度全使用人を総入れ替えする事は出来ませんか?」
「そんなこと簡単に出来る筈がありません。それこそ伝染病の危険性が有る事を王宮に宣告でもしない限り……」
「ですが、未だ感染症の恐れありと宣告してしまえば、そのまま処分対象になってしまいます!」
「では、どうやってこれだけの人数を追い出してなおかつ新しい人員を派遣してもらうのですか!」
 オスマンがさて、どう対応したものかと悩む横では、シュヴルーズとロングビルが言い争いにすら聞こえる討論をしている。
「……ふうむ」
 オスマンは顎鬚をさすり、二人の言葉に耳を傾けながらこれからの事を思案する。
 今回の発端であるであろう、伝染病の事に気考えを向けたその時だ。
「た、たたた、大変です!」
 突然、乱暴に扉が叩くようにして開かれ、頭の禿げた中年男性の教師、コルベールが息を切らせて部屋に駆け込む。
「何事じゃ?」
 礼儀も何もあったものじゃない突然のコルベールの来訪に部屋にいた三人は眉を顰めるが、コルベールはそんな事はおかまいなしに息も絶え絶えのまま叫ぶ。
「ミ、ミ、ミス・ヴァリエールの使い魔、い、いえ、感染症持ちのあの男が――」
 コルベールの言葉を最後まで聞き終わる前に、オスマンは顔を強く顰める。
 名前が出ただけで、既に更なる問題が出た事は間違いないからだ。
 そして、コルベールの締めの言葉は、オスマンだけでなく、ロングビルにシュヴルーズの顔を驚愕に変えるに充分なものだった。
「――だ、脱走しました!」




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