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ゼロの氷竜-16


ゼロの氷竜 十六話

ブラムドの足が、鎖につながれている。
太い鎖ではあったが、ブラムドの膂力をもってすれば引き千切ることは簡単だ。
その口から吐き出される、炎のブレスで溶かすこともできる。
しかし魔法で縛られたブラムドは、それらを考えただけで身を焼くような痛みに襲われる。
そのブラムドの前に、一人の女が立っていた。
さらにその後ろには鉄扉がそびえている。
ブラムドと女を隔てるものは何もなく、その視線は、見下ろす視線と見上げる視線はしっかりと合わされている。
女は両手にいくつもの指輪をはめ、額にはサークレットが飾られている。
その身なりから考えれば、給餌の役目を与えられた者ではない。
ブラムドを捕らえたものたちと同じく、魔術師であることに間違いないだろう。
にもかかわらず、女の表情に一切の恐怖はない。
女が口を開く。
「魔法というものは、マナへの干渉の結果もたらされる」
命乞いでも悲鳴でもなく、淡々とした説明が流れ出る。
女の名前は、アルナカーラ。
アレクラスト大陸を支配する魔法王国カストゥールの魔術師たちの中で、唯一ブラムドが友と呼ぶ魔術師だ。
「竜が操る竜語魔法は自身に対して、そして竜族の召喚のみに限定されている」
長い寿命を持ち、フォーセリアにおいては敵となりうるものもほとんど存在しない竜にとって、竜語魔法は補助的な役割しか持たない。
竜語魔法が竜にとって生まれ持って備わっている能力である以上、発展の余地もない。
竜には自明のことを説明され、その意図がわからないブラムドは心中で疑問を浮かべる。
アルナカーラは、さらに説明を続ける。
「でも私たち魔術師が扱う魔法には、まだ様々な可能性が眠っている」
「たとえば、どんなものだ?」
ブラムドの言葉に、アルナカーラは微笑みながら答える。
「たとえば、魔法を封じる魔法」
数多の竜を捕らえた側である魔術師の一人が、ブラムドの興味を引くことに成功した。
ブラムドが、フォーセリアで最も強いといわれる竜が、魔術師たちに、その操る魔法に苦杯を舐めさせられた故に。

魔法の研究という点に関してハルケギニアと魔法王国時代のフォーセリアを比較した場合、後者のほうがより進んでいたといえる。
その理由はいくつか考えられるが、一番の要因はマナの存在を認識しているか否かだろう。
フォーセリアでは万物の根源とされるマナ。
その存在を知覚でき、操ることが出来るものを、フォーセリアでは魔術師と呼ぶ。
マナの存在を認識できるということは、マナそれ自体へも干渉が出来るということ。
より強力な魔術師が、他の魔術師が操ろうとするマナに干渉することが可能となる。
マナへ干渉する力、強制力は魔術師の精神力に比例した強さを持つ。
竜と人間の能力には、比較する必要性も感じないほどの差が存在する。
それは肉体の強靱さや寿命の長さのみならず、精神力の強さにおいてもだ。
さらにはハルケギニアのメイジに、マナの概念は存在しない。
知らないものを考えることは不可能だ。
つまりブラムドはハルケギニアで唯一、強制力を発揮できる魔法の使い手といえる。
魔法という存在、その発動や維持の全てにマナが不可欠である以上、ブラムドの持つ強制力にあらがえるマナなど、魔法など存在しない。
シエスタに対してブラムドが使った魔法は、約束通り一つ。
『封魔力場(アンチ・マジック)』
術者の強制力を下回る魔法を解除してしまう魔法だけだった。
フォーセリアのゴーレム、木や死体や石や金属に魔力を与え、組み上げられたものであれば、魔法の力を失って動けなくなるか、分解される結果となる。
しかしギーシュのワルキューレのように、術者がマナを変質させたもの、つまりマナの固まりのようなゴーレムでは、その存在をかき消されてしまう。
ブラムドはシエスタを中心として、魔法の力が及ばない力場を構築した。
メイジに対して使えばその魔法を封じることもできたが、ギーシュはブラムドに魔法を使われることを了承はしなかっただろう。
ギーシュの魔法に意味がなくなるという点において、結果は変わらなかったが。





ギーシュの目の前で、ワルキューレが消え去っていた。
砕かれたのでもなく、壊されたのでもなく、断ち切られたのでもない。
シエスタに踏みしめられた青銅の花びらだけを残して、幻だったかのように消えていた。
それまで生きてきた常識を打ち破る理不尽さを、ギーシュの頭は処理しきれない。
一体誰が、落ちることが天空へ向かうことだと実証されて、即座に理解できるだろう。
たった今目の前で起こったことが、たった今目の前で起こったからこそ、ギーシュは理解することができない。
メイジとしての能力の全てであったワルキューレは消えてしまい、今気絶せずに使える魔法といえばコモンマジックがが一つか二つ程度だ。
藁を掴むようにシエスタへ使ったレビテーションも、その効果を発揮することはない。
ギーシュは、シエスタの顔を見ることもできないほどの恐怖に支配されていた。
だが貴族としての誇りが、男としての矜持が、その場を動かないという約定を守らせる。
冷静に考えさえすれば、シエスタがモップでギーシュに触れるだけのことでしかない。
それだけのことで、勝敗は決する。
腕が折られるわけでも、足が折られるわけでも、目が潰されるわけでも、ましてや殺されるわけでもない。
それでもギーシュは事態を冷静に把握することもできず、震えることさえできなかった。
本人ほど混乱していたわけではないが、ギーシュの側の立会人であるオスマンと、決闘に関する助言をしたコルベールも平静ではいられない。
無論、シエスタの側の立会人である三人の少女たちにしても同じ。
魔法というものがメイジとして、自己の存在を証明するために必要不可欠なものであれば、その反応も当然のことだろう。
メイジにとって最も強固で、最も身近なよりどころが、粉々に打ち砕かれたにも等しい。
冷静でいられたのは、その結果をもたらしたブラムドと、何が起こっているかを認識しておらず、目をつぶったままギーシュへと向かうシエスタだけだ。

「シエスタ、目を開いても良いぞ」
ブラムドの声で、ギーシュ以外のメイジたちが状況を認識する。
シエスタが立ち止まり、その瞳を開く。
決闘者たちが手を伸ばしても、指先が触れる程度の距離でしかない。
しかしシエスタが手に持っているモップであれば、触れることはたやすいだろう。
シエスタの勝利は、約束されたようなものだ。
ギーシュと違って彼女は冷静そのもので、モップで触れて勝利する以外はしないだろう。
混乱していればモップを振り回し、ギーシュに怪我を負わせる可能性もあった。
ところがブラムドが目をつぶらせ、周囲の状況をあえて理解させないことで、シエスタは冷静さを保ちえている。
オスマンとコルベールは驚愕の表情を消しきれずにいたが、それでも決闘者たちが怪我をしないであろうことに胸をなでおろす。
三人の少女たちは、シエスタに約束された勝利に微笑を浮かべる。
ただしこの瞬間、賞賛されるべきはギーシュだったかもしれない。
恐慌状態に陥って暴れだしかねない精神状態に置かれながら、貴族としての誇りが体を震わせることもなく、男としての矜持が逃げ出すこともさせない。
ギーシュは自身で意識することもなく、ただ静かに敗北を受け入れていた。
乾ききって飲み下すものもないにもかかわらず喉を鳴らしたのは、愛嬌といえるだろう。
シエスタが胸に抱いていたモップを改めて握り、役割を交代するかのようにギーシュが目をつむる。
いつの間にか、混乱しきっていたギーシュの心が落ち着いていた。
……ひっぱたかれるぐらいは覚悟しないと。
……肩かな? 頭かな? 胸かな? 腕かな? 足かな?
……顔はやめてほしいなぁ。
……さすがに鼻血を出しながら謝るのは嫌だ。
……でもあれだけひどいことを言っておいては、虫のいい話かな?
ギーシュは心の中で、自嘲して笑った。
だがいつまで待てどもモップの感触はなく、当然のように叩かれた痛みもない。
不審に思ったギーシュが目を開こうとした瞬間、その耳が乾いた音をとらえる。
それはまるで、ほうきやモップが地面に倒れたときのような音だった。





目を開いたギーシュは、自分の前にいたはずのシエスタが消えたことに驚いた。
そしてその視線をおろして、シエスタが深く深く頭を下げていたことに気付く。
足下に倒れたモップを見て、ギーシュは再び混乱する。
勝利を目前にして、いやそれどころではない。
掴んでいたはずの勝利をなげうった理由が、ギーシュには理解できない。
勝ちさえすれば、シエスタの望みはかなえられる。
ギーシュ自身、ルイズへ謝罪することを覚悟していた。
約束をたがえないことは、その場から一歩も動かなかったことで証明されている。
再び混乱したギーシュに、頭を下げたままシエスタが話しかけた。
「グラモン様」
「なんだい?」
混乱していたはずが、ギーシュの口から出たのは落ち着いた声だった。
震えることも、裏返ることもない。
見下したような傲慢さも、なりをひそめていた。
「決闘は、私の負けで構いません」
ギーシュは驚くあまり返事もできず、それはシエスタ以外の人間も変わらなかった。
それはこの状況を生み出したブラムドにとっても、驚きをもって迎えられている。
思わぬ事態に、ルイズもキュルケもタバサも、声を上げることはできない。
いうまでもなく、オスマンもコルベールも見守っているだけだ。
「どうかヴァリエール様をゼロといったことを、取り消していただけませんか?」
ギーシュの心が震える。
自分が何をしていたのか、自分が目の前の彼女になにをしたのかを思い出す。
彼女が負った怪我をおもんばかることもなく、自己の主張のみを押し付ける。
熱に浮かされたように暴言を吐き連ね、考えたこともなかった選民意識を叩き付けた。
罪だ罰だと騒ぎ立て、挙句に彼女の友人を侮辱する。
自身の度量の狭さを棚に上げ、嫉妬して全ての責任を押し付けた。
だが彼女の望みは、友人の名誉を回復させることだけ。
その友誼の強さに、ギーシュは頭を金槌で殴られたような衝撃を受けていた。
彼女のたった一つの望みをかなえるには、ただうなずくだけでいい。
決闘の前に言おうとした謝罪の言葉を、今言ってもいい。
そう思いながら、ギーシュは一つの疑問を口にする誘惑に勝てなかった。
「勝ったとしても、その望みはかなえられたんじゃないかな?」
シエスタの望みをかなえる、つまりルイズをゼロといったことを取り消すだけならば、わざわざ勝利を手放す必要はない。
ギーシュには唯一つだけ、答えが想像できた。
「貴族が、平民に負けたとあっては……」
シエスタは全てを口にしようとはしなかったが、その言葉でギーシュは自身の想像が的を射ていたことを知った。
その思いやりの深さに、尊敬の念を禁じえない。
だがギーシュは少し勘違いをしている。
結局シエスタは、給仕に礼を言ったギーシュを、嫌うことができなかった。
暴言を吐かれ、友人を侮辱され、権威を振りかざされても。
誇り高いギーシュは、自分が敗北したことを隠すことはしないだろう。
平民に、しかも戦士ではなく、メイドでしかないシエスタに敗北した事実は、貴族であるギーシュをどれだけ傷付けるのか。
友人も、そして恋人も無くしたギーシュに、更なる痛手を与えることを、シエスタは選べなかった。
それは思いやりではあったが、だれかれ構わずという無原則なものではない。
またさらに正確を期すならば、シエスタは自身の責任を痛感していた。
足下へ転がった香水瓶が見えなかったとしても、ギーシュにケーキをぶちまけるほかにやりようがあったのではないか。
たとえば、自分が笑いものになるだけですんだのではないかと。
誇りは、貴族だけに存在するものではない。
メイジが、貴族が魔法を使うことを誇りとするように。
シエスタが尊敬する料理長マルトーが、美味い料理を作ることを誇りとするように。
魔法を使えないルイズが、それでも貴族としての誇りを失わないように。
メイドであるシエスタは、その仕事に誇りを持っていた。
ゆえにシエスタは、勝利を掴むことができない。
かといってギーシュにしても、自身に勝者たる資格がないと考えている。
シエスタが使用人である立場を崩そうとしていない以上、主導権はギーシュにあった。





「命を惜しむな、名を惜しめ」
ギーシュが幼少の頃から父親に言われてきた、グラモン家の家訓だ。
だからこそ、ギーシュは貴族としての面子を重んじた。
また、貴族としての面子にこだわるのはギーシュだけではない。
同窓の貴族たちにとっても、それは非常に重要なものだった。
ところが貴族としての誇りは、特権意識に、平民の蔑視に変わりやすい。
精神的に未熟な若者であればなおのこと。
選民思想に毒された若者たちは、自分たちこそが貴族の誇りに泥を塗っていることに気付きえず、同じように勘違いをしている教師も多い。
もちろん、真っ当な貴族の誇りを持つ教師や生徒もいる。
しかし残念なことに、その数は決して多くはない。
それは当然学院のみにいえることではなく、学院が属するトリステインという国自体に、流行り病のように蔓延っているのだ。
甘い毒のような病から立ち直ったギーシュは、胸に刻まれた家訓を思い起こす。
それを思い浮かべながらも、すでに下らない面子に拘泥することはなかった。
学生でしかない自分に、戦に出たこともない自分に、何を惜しむ名があろうかと。
……下らない面子など、犬にでも食わせてしまえ!!
心の霧を晴らしたギーシュは、不意に現実へと意識の焦点を合わせる。
いまだに頭を上げることのないシエスタの様子を見ながら、ギーシュは頭を働かせる。
……勝ちを譲るといっても、彼女は納得しないだろう。
そう考えたギーシュは、一つのたくらみを思いつく。
「勝ちはいらないが商品はほしい、というのは虫のいい話じゃないかな?」
あまりにも優しげな声で、辛辣な言葉を口にする。
思わずその顔を上げたものの、シエスタはとっさに返事をすることができない。
その代わりに反応しかけたのは、傍らにいたルイズだった。
だが怒気を口から吐き出しかけたその瞬間、肩に置かれた手に気付く。
キュルケが、無言で首を振っていた。
なぜと問おうとするルイズは、再びシエスタたちに視線を投げるキュルケに追随する。
「そっ、れは、あの……」
うまく言葉にすることもできず、シエスタは反論にもならない反論を口の中で発する。
そしてその声と同じように、優しげに微笑むギーシュの顔を見て、何もいえなくなった。
次の瞬間、止める暇もあればこそ、ギーシュは倒れたモップへと歩み寄って持ち上げる。
「ブラムド様、私は動いてはならぬのに歩き、また彼女の武器に触れました。裁定はいかに下りましょうか?」
「グラモン様!?」
シエスタは驚きの声をあげ、立会人も、裁定者も、とっさに返答ができなかった。
その様子はさして変わらなかったが、心中はそれぞれ微妙に異なる。
ルイズとタバサ、そしてコルベールはただただ驚く。
キュルケとオスマンは、ギーシュの誇り高さに微笑を送る。
そしてブラムドは、一人感動に打ち震えていた。
どんな世界であろうとも、人間は変わることはない。
魔術師たちの行状で掻き消えていく、蛮族の命に心を痛めたアルナカーラのように。
勝利を放棄することで、決闘の相手すら思いやるシエスタのように。
自らの敗北を、静かに受け入れようとするギーシュのように。
人間の素晴らしさに、ブラムドは心を震わされていた。
一拍をおいて、ブラムドが応える。
「確かに、約定に従えば勝者はシエスタとなろう」
その答えに、ギーシュは満足げに微笑んだ。
それとはうって変わり、今度はシエスタが混乱し始める。
「え!? いえっ、いけません!!」
慌てふためきながら頬や頭に手をやるシエスタに、周囲の人間は微笑まざるをえない。
次の瞬間、ギーシュの手からモップを奪い取り、シエスタはブラムドへ向かって宣言した。
「ぶ、武器に触りました!!」
こらえきれずに、キュルケとタバサがシエスタから顔を背ける。
コルベールはふきだしそうになる口を押さえ、オスマンはあごひげを握り締める。
モップを奪い取られたことでギーシュは一瞬呆け、再び口元に微笑を宿す。
ルイズは何とか破顔するのをこらえたが、シエスタに伝えられたのは一言だけだった。
「シ、シエスタ、違うわ」
「えっ? あの、あれっ!?」
そんなシエスタの様子に、三人の少女たちはとうとう笑いをこらえられなくなった。





「皆さん笑いすぎです!」
ようやく混乱から立ち直ったシエスタは、憤懣やるかたないといった表情を見せる。
「ごめんなさい、シエスタ」
涙ぐむルイズの謝罪を受け、仕方なくシエスタは膨らませていた両頬を元に戻した。
そんなシエスタの様子に微笑んでいたギーシュが、真面目な顔を浮かべて彼女へ向き直る。
「先刻の暴言を、謝らせてほしい」
頭を下げたギーシュに驚いたが、次の瞬間には慈母のような微笑みを浮かべて返事をした。
「誰にでも、怒りに我を失うことがありますから」
少女の言葉に、少年は顔を上げて礼を言う。
「ありがとう」
「それに決闘が始まる前にも、謝ろうとしていたのではありませんか?」
シエスタの言葉に、ギーシュは驚きながら顔を赤らめたが、あえて何も言わなかった。
そして少女との約束通り、少女の友人へと向き直る。
「ミス・ヴァリエール、先刻の言葉を撤回させてもらいたい」
「いいわ。シエスタも許したんだし」
少し照れくさそうなルイズに、ギーシュが礼の言葉を口にする。
「ありがとう。ミス・ヴァリエール」
そんな若者たちの交流を楽しそうに、嬉しそうに眺めていたブラムドが口を開く
「さて、決闘の勝敗だが」
その言葉に、ギーシュとシエスタが同時に声を発しようとする。
ブラムドは二人を手で制し、自らの言葉を継ぐ。
「シエスタは勝者たるを望むまい?」
問われた少女が、深くうなずく。
「ギーシュも勝者たるを望まぬだろうが、シエスタを困らせたいわけではあるまい?」
問われた少年も、深くうなずいた。
「なれば、この決闘は我が預かったものだ。決闘の勝敗も、我が預かりおく。勝者も敗者もない。……それでよいか?」
裁定者の言葉に、二人の決闘者が了解の意を表す。
貴族の少年と、平民の少女が、裁定者へ深く頭を下げた。
「ギーシュ」
裁定に充足感を味わっていた少年に、キュルケが声をかける。
「あなた、忘れていることはない?」
その言葉に、ギーシュは先刻泣かせてしまった少女たちを思い起こす。
「モンモランシー……と、ケティ……」
自分の前から去っていった少女たちの姿を思い出し、ギーシュは困り顔を浮かべた。
少女たちの涙のわけを、理解できなかったからだ。
困り顔を浮かべた純朴な少年に、恋多き少女が助言をする。
「一つ教えてあげる。女の子は優しい恋人が好きだけど、優しくしてほしいのは自分にだけなのよ?」
経験を踏まえた少女の金言に、経験の少ない少年の疑問は氷解する。
「ギーシュ、あなたが好きなのは誰?」
キュルケの問いに、純朴な少年は刹那の迷いも見せず、力強く答えた。
「僕が好きなのはモンモランシーだ」
「彼女は部屋にいるわ。許してもらえるかは知らないけれど」
少し冷たさを含んだその言葉にも、ギーシュは躊躇いを見せず、寮塔へ向かって走り去る。
その後姿を、少女たちと大人たちは微笑みながら見送った。
「のう、シエスタ君?」
横合いからかかった声に、シエスタは微笑みながら返事をする。
「何でしょう、学院長」
「誰も怪我をしなかったお祝いに、皆でパーティーでもせぬかね?」
「皆というと、今ここにいらっしゃる方々ですか? グラモン様は?」
シエスタの問いに、オスマンはあごひげをしごきながら答える。
「まぁ彼には恋人との語らいのほうが重要じゃろう。あとは心配しておるじゃろうから他のメイドたちや、ミス・ロングビルなどを誘えばよいじゃろう」
唐突に、しかも全くこの件に関わっていないミス・ロングビルの名前が出たこと。
そしてあごひげをしごくことでも誤魔化しきれない口元の笑みで、四人の少女たちは学院長の意図を正確に把握し、微笑を消しながら凍てつきそうな視線を送る。
ブラムドも呆れつつ、どんな世界にあろうとも、人間に変わりはない、と思い出していた。
「……男って、馬鹿ね」
異様に盛り上がるオスマンとコルベールへ放たれた微熱の吐息は、雪風よりも冷たかった。


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