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ゼロの花嫁-09 A

ゼロの花嫁9話「シエスタ奪還」


ルイズは見栄っ張りである。
それ故、訓練は誰にも見咎められる事が無い早朝や夜に行われる。
最初の頃こそ気にせず、というよりそこにまで気が回らなかったのだが、時折すれ違う生徒達の視線を鬱陶しいと感じ、そういった形に落ち着いたのだ。
燦と二人での訓練は、当初あまりの厳しさに当日の授業に差し障る程であったのだが、今では慣れたもので平気な顔で授業をこなせるようになっていた。
これは訓練に慣れたという意味ではなく、訓練でヘロヘロになった状態で授業を受ける事に慣れたという意味だ。
燦は常にルイズに出来るギリギリの訓練を課していた。
もちろん心優しい燦に、いつまでもそれをルイズに強要するような真似は出来ない。
放っておくとすぐに限界を超えて無茶をしてしまうルイズを止める為、燦はルイズが納得するような訓練でかつ体への負担がより軽くて済むよう日夜考え続けているのだ。
その過程で、剣を振るうとは、体を動かすとは、といった事を真剣に考えるようになった。
ルイズが授業を受けている間、時折授業を抜け出して自らルイズの訓練を試してみる燦。
剣の師である政の教えを何度も反芻し、その意味を考え直しながらより高みを目指す。
元々はいじめっ子に対抗する為に覚えた剣術だ。
それが充分に為せる、そんな自信を得てからは最初の頃の必死さは失われていた。
今、その心を取り戻す。
再び真剣に剣の道と向き合ってみると、自身が如何に不足しているかが手に取るようにわかる。
殺意持つ相手との実戦経験も良い方向に影響しているのだろう。
ルイズとの訓練の中で、瀬戸燦は確実に剣士としてその腕を上げていっていた。



使い魔品評会、結果発表。
結果を聞いたルイズ、キュルケ、タバサの三人は、翌日燦を連れて街へと出向いていた。
ルイズお勧めのクックベリーパイが置いてある店に入ると、ルイズとキュルケは仏頂面のまま、燦は嬉しそうに、タバサは相変わらずの無表情のまま席につく。
注文を終えると、キュルケは片眉をねじくれさせながらこれで三十六回目になる愚痴を溢す。
「絶対に勝ったと思ってたのにぃ。二位なんてゴミよゴミ、一位以外は全て等しく価値が無いわ。決め手は最後のブレスよ絶対。あれをズルと取るなんて本当器量の狭い連中よね」
続いてルイズも不満を口にする。ルイズの愚痴は四十九回目である。
「何て見る目の無い審査員なのよ……ありえないわ、燦が一位じゃないなんて……三位ですって? 馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ。きっとアンリエッタ王女はわかって下さってたわ。それなのに他の連中ときたら、全くわかってないんだから」
一位を取ったタバサは少々拷問じみたこの場でも平然と二人の愚痴を聞き流している。
品評会の結果にタバサは大満足であった。
自身が一位を取った事は正直どうでもいい。
それよりも会が終わった後の教師陣の誇らしげな表情が、タバサにとっては何よりの褒美であったのだ。
近年稀に見る程レベルの高い品評会であったと、来た者全てが誉めそやしたという。
自分の生徒が褒められて嬉しくない教師など居ない。
直接担当していた教師達の歓喜は想像に難くなかろう。
少し興奮気味であった王女から「流石は近隣諸国に名を馳せるトリステイン魔法学院、こんなに興奮したのは久しぶりです」との言葉を賜り、教師一同歓喜に飛び跳ねる勢いであった。
特にコルベールの喜びようといったら無かった。
押し付けられた問題児三人がこれほどまでの高評価を得られようとは。
品評会後に行われた教師達の慰労会では、感極まったコルベールが涙を溢す場面もあったという。
これで少しはかけた迷惑を取り戻せたかな、とそんな事をタバサは考えていた。
もちろん勝者の特権は最大限行使させてもらうつもりでもあったが。
「……おかわり」
これで都合十皿目。
払いは敗者の役目との事なので、情け無用とばかりに次から次へと口の中に放り込むタバサ。
敗者が一人であったのなら、キュルケもルイズも素直に泣きを入れていたであろう。
しかし眼前に憎っくきライバルが居るその場所で、お小遣いがなくなるから勘弁してなどと口に出来ようか。
ルイズはキュルケに、キュルケはルイズに強がる為、ただそれだけの理由で、お金なんて幾らでも沸いて出てくるわ、と涼しい顔をしてみせていた。
結局三十皿オーバーを軽く平らげたタバサが満足げに店を出る頃には、ルイズもキュルケも今月無駄遣いをする余裕など欠片も残らない様に成り果ててしまっていた。
真っ白に燃え尽きた二人を尻目に、燦は驚いた顔でタバサに言った。
「よう食べたなあタバサちゃん」
「……勝利の美酒は格別と聞くけど、その意味が少しだけわかった気がする」

教師達にかけた迷惑を何かで返せたのは確かに嬉しかった。
しかし、それとは別にもう一つタバサには嬉しかった事がある。
一位を取った事ではなく、この二人と真剣に勝負して勝てた事が凄く嬉しかった。
今までそんな事は無かったのに、何故かそう思えたのだ。
帰り道その点に思いを馳せていたタバサは、ふとその理由に気付いた。
ルイズの懸命さと燦のまっすぐな姿勢、キュルケの才能と魔法に対する真摯な態度、それらをタバサ自身が高く評価していたのだ。
それこそ修羅場を幾たびもくぐり抜けてきた、自身の持つ能力と比しても遜色無い程に。
尊敬出来る、そう思える相手と真っ向から向き合い、全力で勝負し結果を評価される。
そんな満足感は、余人と比較しようもない程濃いタバサの人生においても、初めてだったのだ。



日々は事も無く過ぎていく。
毎日の恒例行事であるルイズVSギーシュ、男と女の色気無い追いかけっこ。
週に一回のルイズVSアニエス、ドSの惨劇。
不定期に開催されるルイズVS燦、目指せ師匠越えバトル。
ケンカが高じた時行われるルイズVSキュルケ、女の意地のぶつかり合い決戦。
医務室に常備されている水の秘薬は、実にその4割がルイズ一人によって消費される。
そしてさりげなくキュルケも1割程消費していたりする。
ルイズに隠れてやっている戦闘訓練が時に度を越してしまい、そのせいで笑えない怪我を負う事があるのだ。
最近のタバサは二人が怪我を負わないよう、色んな所で配慮する事に追われて読書量が大幅に減ってしまっていた。
実はそれだけが原因ではないのだが、二人を言い含めるのに都合が良いのでその事は口にはしなかった。

早朝、ルイズと燦がランニングに出発。
ほぼ同時刻、キュルケもルイズ達とは違うルートで部屋を出る。
その時間からほんの少しだけ早い時間、タバサは近くの森まで馬を走らせる。

ランニング(身動き取れなくなるまで走り続ける)筋トレ(規定回数こなせなければトゲトゲしい何かが体に突き刺さる)ここまではルイズもキュルケもタバサも一緒である。【注:()内はルイズのみ】
その後キュルケとタバサは魔法のコントロール訓練に入り、ルイズは剣の素振りを開始する。
極度の集中力を要する精密な魔法を繰り返す事で、常時のコントロールをより的確な物とする。
地味だが魔法の精度を上げるにはこれを繰り返すしかない。
ルイズが行う剣の基本となる動きを繰り返す素振りは、これだけは毎日確実に行わなければならないと燦は釘を刺していた。
すぐに新しい動きをと欲するルイズに理由を説明するのは燦には難しかったが、それでも絶対だと強く主張する燦に気を使ってか、ルイズもこの指示には従っていた。
それらが終わると、魔法組みはより実践的な訓練へと移行する。
想定した戦術に沿って魔法を放ち、確実な魔法行使を自分の物とする。
連続使用や様々な動作を複合した魔法の行使、詠唱の短縮などもこの時に行う。
ルイズの素振りが終わると、燦が考案した訓練メニューへと移行する。
都度様々な訓練が行われ、最後は燦との模擬戦闘でその成果を確かめ締めとする。

ちなみにルイズが訓練している事を、キュルケもタバサも知っている。
キュルケが訓練している事は、タバサしか知らない。
そしてタバサが訓練している事は、誰にもバレてはいない。
別に知られても構わないだろう。
傍から見ていればそんな気にもなるのだろうが、当人達は真剣である。
キュルケは努力している所をライバルと目しているルイズやタバサに知られるのを嫌う。
そしてタバサは訓練の目的が目的である為、知られて理由を問われても返答に窮するからだ。
特にタバサは複雑である。
国元からの命令を確実にこなす為、そう自身で理由付けてはいるが、こうして早朝や深夜に訓練を繰り返している理由はそれだけではないのだ。
毎日必死になってより高みを目指す二人を見て、自分も居ても立ってもいられなくなった。
それが事の真相であるのだから。

平穏と言うには少々語弊のある日々であったが、それなりに過ごしていた四人に新たな事件が起きたのは、品評会での見事な演技のおかげで学園内に蔓延っていた悪評が薄まりかけていた、そんな頃であった。

燦の代わりとして、ルイズはシエスタに様々な雑事を頼んでいた。
その繋がりからか、シエスタはキュルケやタバサからも身の回りの事を頼まれるようになった。
今までに起こした事件のせいか、使用人達の間でも噂に上る程恐れられているこの三人の世話を、他の使用人達が嫌がったせいもあるのだが。
既に三人の専属として見られていたシエスタであったからこそ、その知らせはすぐに三人の耳に入った。
のんびりとランチタイムを過ごしていたルイズ、キュルケ、タバサの三人は、顔に見覚えの無い使用人から報告を受ける。
「シエスタが学園を辞めた?」
ルイズが問い返すと、使用人はがたがた震えながら報告を繰り返す。
「は、はい。なんでもモット伯のお目に止まったとかで、その日の内に……」
あからさまに不愉快そうな顔でキュルケが使用人を睨む。
「その日って何時よ」
やはり報告など止めておけばよかった。そんな後悔が使用人の表情の端々から滲み出ている。
「け、今朝方早くの事です。公務でいらっしゃったモット伯が大層お気にめしたご様子でして」
キュルケはルイズにモット伯に関する説明を促す。
ルイズは吐き捨てるような口調であった。
「ご立派な方よ。平民の女の子をかどわかして喜ぶような趣味さえ無ければね」
予想通りだったのか特に驚いた様子もないキュルケ。
「フン、そんな事だと思ったわ……人の物勝手に持ち出すなんて気に入らないわね。攫い返してきちゃおっか」
「誰がアンタのなのよ。一応言っておくけど、相手はれっきとした貴族なんだから無茶なんてしたら後でヒドイわよ」
「ルイズにだけは言われたくないわねえ」
「何ですってえええええええ!?」
またケンカが始りそうになった二人をタバサの言葉が制する。
珍しく、少し焦っているように見えた。
「ルイズ、サンは何処? 姿が見えないけど」
機先を制されたせいで鼻白みながらルイズは答える。
「それが朝から姿が見えないのよね。昼前には戻ると思ってたん……だけ……ど……」
ある一つの可能性に思い至り、言葉の語尾が弱々しく擦れていく。
キュルケも目を大きく見開き、ルイズ、そしてタバサを見やる。
タバサは大きく頷いた。
「確認した方がいい。サンが知ったら間違いなく動く」
ルイズとキュルケは蹴飛ばすように席を立ち、燦が立ち寄りそうな場所全てを調べるべく走り出すのだった。



半刻後、三人が方々から集めた情報を整理した結果、やはりというか、最悪の事態であった。
燦はシエスタ不在を使用人に確認し、同時にモット伯の人物像を伝え聞く。
厩舎の人間から馬を一頭借り受け、ついでにモット伯の住居を確認。
後ろも見ずに飛び出して行ったらしい。
そしてトドメはルイズの部屋にあった置手紙。

『ごめん、わたし、つかいまやめる』

覚えたての文字がたどたどしく書かれているそれが、何よりの証拠であった。
キュルケが大きく嘆息する。
「思い切り良すぎよね、あの子……」
「タバサ! シルフィード出してもらっていい!? あの子馬術下手だから飛竜ならまだ追いつけるかもしれない!」
すぐにシルフィードの背中に乗り、三人はモット伯の屋敷へとかっ飛んでいく。
既に何処までも突っ切ると腹を決めているキュルケや、唯燦が心配なだけのルイズと違って、タバサは最後の決断を下せない。
これがどれだけ危険な行為か、それを考えれば介入の深度には十二分な注意を払わなければならないのだ。



ルイズが期待するよりも燦の運動神経は優れていた模様。
入り口で槍を構える門番の前に馬を止めると、ひらりと飛び降りて門番を睨みつける。
「ここ、モットハク言う人の家か?」
年若い少女であり、身なりもそれなり、そして剣を背に差している事から、衛兵は邪険に扱うのをやめる事にした。
何よりその乗馬の鞍は上等な物で、何方かの遣いである可能性もあったからだ。
「そうだが、何か御用か?」
「そうか……」
鉄製の門扉は格子状になっており、中央に閂のような形で錠がかけられている。
通常はすぐ隣にある扉を使って入るのだろうが、燦はそれが様式美と信じている形を取る事にした。
門番が止める間も無く剣を抜き放ち、門扉の中央を切り裂く。
剣で鉄を切るなどという芸当など想定している方がおかしい。
何が起こったかもわからぬまま呆然としている門番を他所に、燦は扉を蹴り開く。
ずかずかと中庭へ入り込む燦。
その段になってようやく門番は硬直から解かれた。
「お、おい! お前何を……」
振り返った燦のデルフリンガーの峰による一撃で門番は昏倒する。
門を蹴飛ばした時に鳴った異常な音に、屋敷の中に居た人間が外を見やると、すぐに尋常ならざる事態が発生した事に気付いた。
屋敷の入り口近くに居た者が数人、燦の元へと駆け寄って行くが、燦は一顧だにせず次々デルフで殴り倒す。
そうして屋敷の入り口前まで辿り着くと、抜き身の剣を肩に担ぎながら声を大にして叫んだ。


「モットハク言うの今すぐ出て来んかい! 瀬戸燦がケンカしに来てやったでーーーーーー!!」


明らかに腕の立つ侵入者。
妙に可愛らしい容姿に惑わされるような事もなく、屋敷に居た人間達は燦を取り囲む。
すぐに襲いかからないのは、人数で威圧するといった意味もあるが、屋敷の主を待っているためだ。
もちろん威圧の方は効果が無く、泰然としたまま燦は主のお出ましを待つ。
「一体、何の騒ぎかなこれは」
そこまで行ってはむしろ品性が欠けてると疑われかねない程の豪奢な衣服に身を包んだ彼こそがモット伯爵である。
「私は瀬戸燦。シエスタちゃんを返してもらいに来たで」
燦の言葉に訝しげに首を傾げるモット伯。
すぐに隣に控えていた男が説明すると得心したように手を叩く。
「ああ、学園のメイドかね。彼女が何か? 君の主に粗相でもしたのかね?」
従者の暴走、燦の容姿身なりや腕っぷしからそう判断したモット伯はそんな言葉を口にしたが、当然燦とは話が合わない。
「アンタがシエスタちゃん手篭めにしようとさらって行ったんじゃろが! ぐだぐだ言うてんでとっとと返さんかい!」
燦の意図を把握したモット伯は、見ただけでわかるぐらい露骨に眉をひそめて見せる。
「主人の名を言え。その無礼、如何な貴族の従者であろうと捨て置けんぞ」
相手が平民であるのなら抜群の効果を発揮する彼の表情も、元々貴族という位にさして敬意を抱いていない燦には通用しなかった。
「主人なんておらん! 私は私の意思で来たんじゃ!」
相手は貴族、ならば無理を通せばルイズに迷惑がかかる。
そう使用人に諭された為ルイズに置手紙を残してきたのだ。ここでその名前なぞ出すはずもない。
モット伯の眉間や口元に深い皺が刻まれる。
「……もう良い、不愉快だ。鬱憤はあのメイドめで晴らす故、このバカは今すぐ殺してしまえ」
主抜きで平民ごときが貴族に歯向かおうと言うのだ。
それも伯爵位を許されているモット伯に向かって。
これを許したらそれはもう貴族ではない。
周囲を取り囲んでいた者達の中で、特に荒事慣れしている者がずいっと包囲を狭めてくる。

モット伯の位置と、周囲を取り囲む者達の配置を横目に確認する。
一息に踏み込めるギリギリの距離だが、流石に側に並んでいるメイジと思われる者がそれを阻むだろう。
ならば……
「女一人にこの人数……こんの根性無しがーーーーーーー!!」
突如真後ろを振り返ってハウリングボイスを放つ。
放射状に伸び行く衝撃波は、燦の真後ろから機会を伺っていた男五人を一撃で吹き飛ばしてしまう。
吹き荒れる衝撃は男達のみならず、奥の花壇を巻き込み、更に奥の木々を切り裂く。
花壇の敷居に使われていたレンガは、一つ一つが地面からえぐり出されて宙を舞う。
そして音。少女の口から放たれたとは到底思えぬ音量に、聞く者全てが思わず耳を塞ぐ事で両手を封じてしまう。
ハウリングボイスは随分とこちらでは珍しい物らしい。
ならばそれで動揺を誘い陣形を乱す。

燦の思惑通り、完全にガタガタになった男達の眼前から燦の姿が消えてなくなる。
低い姿勢でモット伯へと一直線に駆け寄っていると気付いたのは、構えた剣を一突きするだけでモット伯を捉えられる程の距離まで燦が迫ってからであった。

ギィンッ!!

鈍い金属音と共に、突き出した燦の剣が弾かれる。
すぐ隣に居たメイジは立ち回りにも覚えがあるようで、抜いた剣を真横に払って燦の攻撃を防いだのだ。
驚いたのはモット伯だ。
この状況から、まさか眼前にまで剣を突き付けられるなど思いも寄らなかったのだから。
数歩後ずさると、どすんと尻餅をつく。
しかしそれでも問題は無い。
燦の剣を弾いた男がモット伯と燦の間に立ち、その周囲を今度こそ逃がさぬとばかりに男達が囲んでいたのだから。
魔法を使う間など与えぬとばかりに槍を突き込み、剣を振り下ろす男達。
燦はそれらを丁寧に捌きながら、一人一人確実に仕留めるやり方へとシフトした。
この状態になってしまっては最早他に取る手立てなど無いのだから。

モット伯の直衛についたメイジの男は、倒れるモット伯に手を貸して起こしながら次の指示を待っていた。
おそらく殺すなという令が下ろう。
逃亡を謀ったり、言う事をきかぬ者達をこらしめる為の部屋がこの屋敷には存在する。
これ程の侮辱を受けたのだ、久しぶりにその部屋を利用せんとするに違いない。
「……おのれ小娘……いいか決して殺すでないぞ! 生かしたまま捕えよ!」
時折、期待を上回るような反応をモット伯に期待してしまう自分が居る。
都度期待を裏切られるのだからそもそも考えなければ良いものを、幾つかの考えが、自分ならもっと良い判断が出来るのに、そんな様々な思考が巡り、そして結論が出る。
モット伯との身分の違い、それが絶対的で決定的で圧倒的な差だ。
いっそ伯の元を去りアルビオン戦役にでも参加するか、そこでなら実力さえあれば自身の力も認められる。
戦闘の最中であるというのにそんな事ばかり考える自分が滑稽で、つい顔に出てしまった。
伯が怪訝そうにこちらを見ている。
硬い表情に戻し戦場、そう呼ぶにはあまりに一方的ではあるが、に視線を戻す。
魔法を封じさえすれば、詠唱の時さえ奪ってしまえば、それで十全と思っていたのだが、この小娘とんでもない手練だ。
取り囲む部下達もそれを感じ取ったのか、一度仕切りなおしとばかりに距離を置く。
もちろん魔法を使う気配があれば即座に斬り込める距離には居るが、それはこの上無い悪手だ。
「馬鹿共! 引くなっ!」
男の絶叫に被るように、小娘が動いた。
紫電一閃、間抜け共の目には一筋の輝きが流れたとしか映らなかっただろう。
剣を顔の横に引いた姿勢による一瞬の溜めから、美麗さに目を奪われるような剣技と体捌き。
四人がこの一瞬で倒された。離れた場所から見ていた男にすらその動き全てを見切る事は出来なかった。
男は確信する。
魔法抜きでこの小娘は倒せぬ。
例え人数が倍居ようとも、触れる事すら適わぬと。
今だ、今やらねばこのバケモノを仕留める機会は永劫に失われてしまう。
小娘は先の一閃で彼女の願う最良の位置取りを得た。
ならば次は……

小娘を支える大地が爆ぜる。

「はあああああああああっ!!」

気合の叫びと共に地を蹴り、部下達を次々斬り倒していく。
蹴り足の力が強すぎて、びっちり踏み固められているはずの大地が削り取られ、その欠片が振り上げた足に引かれて宙へと跳ね上がる。
それほどの踏み込み、その速度は既に人の域ではない。
ただの一人も逃れられない、取り囲んだ全ての部下達はこの連撃で完膚無きまでに斬り倒される。

だからここが伯の力を借りず小娘を倒す唯一のチャンス。

既に詠唱を終えていた術を放つと、十数本の氷の槍が小娘に殺到する。
部下達に注意が向けられている今ならば、これをかわす余地すらあるまい!



半分まで斬り倒した所で、燦はその気配に気付く。
体の中を通りすぎ、直接心の臓を撫でる冷たい掌の感触を覚え、周囲への警戒レベルを一つ上げる。
モットハクの側に居た男が、この位置取りならば味方に当たるからと魔法を警戒していなかった男が、なりふり構わず魔法を放ってきている。
コレが急所に当たればこの男達の命は無い。
迷う事無く剣の軌道を変え、氷の槍に向き直る。

いける。今の私なら、デルフと共にある私ならっ!


「上等じゃ! 纏めて叩き落としたるわーーーーー!!」


全ての槍の軌道を瞬時に見切り、剣を振る順、振り方、体裁きを見極め、そして斬りおとす以外避けようのない位置に自ら踏み込む。
ただの一本すら落とせぬ。どれを逃しても確実に誰かに当たる。
判断ではないのだろう。
人に優しく生きてきたこれまでの燦の人生が、唯そうあれと体に命じただけの事だ。

少女を除く、全ての時が止まった。
動きのせいで波打つように揺れていた薄茶色の髪が、穏やかに、優美に、背中に降りかかる。
たわみ、踊り回りながらも品の良さを保っていたスカートの裾は、ようやく従来の清楚さを取り戻す。
本来は殺意に満ちていたはずの無数の氷片すら、少女を称えるかのごとく周囲を取り囲み、きらきらと陽光を照り返しながら大地へと降り注ぎ、その美を引き立てている。

すぐ側に居た男達も信じられぬ奇跡の技に、唯呆然と少女に見入るのみ。
モット伯も、その側で魔法を唱えた男すら、まるで至高の絵画に魅入られているかのごとく、触れるを許さぬ神域を目の当たりにしたかのように、身動きすら出来ず案山子のように立ち尽くす。

彼等の硬直を解いたのは、外部から聞こえてきた声であった。

『サン!』

少しキーの高い少女の声と艶のある大人びた少女の声が重なる。
男達を乱暴に突き飛ばしながら駆け寄る二人の少女。
背の小さいピンクの髪をした方の少女は、つかつかと女神に歩み寄り、

ばちーんと音高くその頬をひっぱ叩いた。


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