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ゼロの花嫁-07 B



放逐されてからかなりの年月を経ているだろう山小屋。
アニエスとロングビルの二人はその中に隠れ、漸く乱れに乱れた呼吸を整える事が出来た。
特にロングビルがひどい。
この世の地獄を潜り抜けてきたかのような壮絶な皺を顔中に刻み、小屋の床に這い蹲っていた。
アニエスは常時体を鍛えていたせいか、山中での逃避行もロングビル程苦としなかったが、それでも余裕があるとはとても言えず、こうして休息を取らなければ戦闘もままならない有様であった。
アニエスとロングビルの二人は、戦闘継続不可能と判断し、部下達を引き連れ逃走したのだ。
山の中に逃げ込んだのは馬を用いられてはとても逃げ切れぬ事と、追跡者の視界から逃れる為であった。
逃走中に、一人、また一人と部下達は失われていき、遂に二人のみとなった時、ロングビルが足をもつれせて倒れた為、アニエスがロングビルを抱えてこの山小屋へと逃げ込んだのだ。
しばらくの間荒い息が漏れる音のみが小屋中に満ちていたが、先に回復したアニエスがロングビルに確かめる。
「これ以上逃げるのは無理……か。ロングビル、魔法で空を飛んで逃げたとして、街まで一息に向かえるか?」
呼吸は整わぬままだが、何とか物を考えられるぐらいには回復したロングビルは、今にも引きつりそうな両腿を手でとんとんと叩きながら答える。
「……ちょっと、無理だと、思う。一人でも、難しいのに……人抱えて逃げるとか、無い……」
「そうか」
相手側にもメイジが二人居るのがネックとなっている。
例えロングビルが一人で向かったとしても、彼等の追跡を振り切るのは至難であろう。
だらしなく床に寝そべっていたロングビルが上体を起こす。
「聞いてアニエス。私達は藪をつついて蛇を出したのよ」
「何?」
「こいつら犯罪組織何かじゃない、軍隊よ。多分ガリア軍。つまり、今回の麻薬騒動の背後に居るのは……」
一度息を整えた後、言葉を続ける。
「ガリアの貴族、それも相当な立場に居る奴。国の方針を左右出来るような、そんなレベルの人間よ」
護衛の者達が熟練の兵である事には気付いていたが、そこまで考えていなかったアニエスは息を呑む。
「連中が軍人なのはもう間違いない。その上でここまでレベルの高い兵を使役出来る人何て限られてる。隠密作戦に専用の部隊、金塊をカモフラージュに使う程の資金力、ありえないレベルの用心深さ、こんな真似が出来る連中、国家レベルでないと維持なんて出来ないわ」
そこから導き出せる結論をアニエスは、認められない。
「馬鹿な……それでは今回の麻薬騒動は……そんな馬鹿な事が……」
ロングビルはあくまで冷徹にアニエスへ結論を言葉にして突きつける。
「ガリアによるトリステインへの工作。目標がトリスタニアである事、利益を度外視した平民ですら手に出来る価格の麻薬、既存の犯罪組織とはまるで違う組織体形、そして今回のコレ。疑う余地無いと思うわよ」
そしてそれ故彼女達の命が絶望的である、そう締めくくった。
アニエスにもわかる。
ガリアがこの件に関わっていると決して知られてはならない。疑いすら持たれてはならないのだ。
国家間の問題にまで発展してしまっては、ガリア側の損失は計り知れないからだ。
アニエス達を殺した後、検問の理由を探り、それ次第で連中はこの件から手を引くだろう。
『せめてもそれが救いか』
それでもロングビルだけは何としてでも守らなければならない。それがアニエスに残された使命だ。
「ロングビル、体力が回復したのならすぐに小屋を出ろ。私がここで時間を稼ぐから……」
見るとロングビルはがくがくと足を震わせながら立ち上がろうとしていた。
「それでも生き残れる可能性は低い。死に物狂いであのメイジ二人をぶっ倒した方がまだ生き残れるかもしれないわよ」
そう言ってくれる彼女を巻き込んだのはアニエスである。
大切な友人を自らの責で死に誘ってしまったのである。アニエスの表情は優れないままだ。
ロングビルはそんなアニエスの頭にぽんと手を載せる。
「ほら、女の意地の見せ所よ。生憎私はこんな所で死ぬつもりなんて無いんだから」
この期に及んでこんな言葉の出るロングビルを、アニエスは信じられぬ想いで見上げる。
アニエスの困惑が解るのかロングビルはこの稀有な友人に、自らの思う所を語って聞かせる。
「妹の話……したわよね」
妹の生活を支える為に生きている、そう言っていたロングビルがこんな場所で朽ち果てるのは、さぞや無念であろうと、アニエスは目を伏せる。
「私はあの子の為ならどんな事だって出来る。私がどうなろうと知った事じゃないわ。
 今更アニエス相手に着飾っても仕方無いから言っちゃうけど、私は薄汚い女よ。
 卑怯な事も、決して貴女が許さないだろう事もたくさんやってきた」
もうロングビルは笑っていない。
今が絶体絶命の窮地であると、彼女も理解しているのだ。
「それでもあの子を守るって決めたの。私は私一人の命だけじゃない、あの子の命も背負ってる。
 だからこそ、どんな事にだって耐えられるし、どんな事だってやってみせる」
アニエスは今までこんなに強い瞳を見た事が無い。
一過性の衝動ではない。そう決断し、覚悟を決め、何年も生き続けてきた、そんな重みがそこにあった。
ロングビルは窓の外、更にその奥に居るだろう敵に向かい、自らの存在全てを込めた殺意を放つ。
「この程度の危機で諦めてやる程、私の命は軽く無いのよ。だから……」
アニエスへと視線を移すロングビル。
その瞳の輝きを、アニエスは生涯忘れられぬ、そう思った。
「貴女も覚悟を決めなさい。手足を失おうと、全身五分刻みに斬り刻まれようと、私達は絶対に生きて帰るのよ」

飲み屋でたまたま知り合った、それだけの存在。
しかし言葉を重ねる度、彼女に惹かれて行くのが自分でもよくわかった。
懐の底を見せぬ彼女の最奥を、知りたいと願った。
遂に願い果たされその奥底を垣間見た時、心に刻まれたのは感動にも似た震えるような感覚。
ロングビルはアニエスが想像してた以上の、凄い人だった。
年も変わらぬ、女性だからという言い訳も利かぬ。全き五分の存在。
なればこそ、アニエスにここで引く事など出来ようはずもない。
震える程の感動をもたらした彼女に、自らに厳しく生きてきた半生を持って応えきる。
体の芯から響いてくるこれこそが、武者震いというものか。
口の端を上げ、決意を口にする。
「わかった。これから二人で、奴等を皆殺しにしてやろう」
すぐにロングビルから返ってき微笑を自分が浮かべさせたと思うと、何にも変えがたい程に誇らしかった。

もう手の内隠していられる段階ではない。作り得る最大のゴーレムを作り出して連中を粉砕する。
全長30メイルの巨大ゴーレムだ、これが倒される事など考えなくてもいい。
問題は術者ロングビルを守る存在だが、これはアニエスを頼るしかない。
メイジを自由にさせては、如何にアニエスとてそれも厳しかろう。
ロングビルがゴーレムにてメイジ二人を、アニエスはその側にあって残る兵達を抑えきる。
山小屋の周囲は数十メイル程開けた荒地になっている。
そこに複数の人影が歩み寄って来るのを確認するなり、ロングビルは詠唱を開始した。

山が増えた。
アニエスが呆気に取られながら見上げるそれは、天までそそり立つ神の城壁を思わせる。
この場に居る全ての者がゴーレム使いを見た事がある。だが、これ程の規模のゴーレムなどそうお目にかかれる物ではない。
一国の軍全てを見渡してみても数える程もおらぬ。そんなレベルである。
さしもの護衛達もたじろぎ、進退に迷う。
それは率いているメイジ達も同様で、動きを止め惚けた様にてっぺんは何処かと空を見上げている。
精製が完了するなり身の丈30メイルの巨大なゴーレムは、神の鉄槌を思わせる絶望的な拳を大地に向け振り下ろす。
間一髪、メイジ二人はレヴィテーションの魔法によりこれを逃れた。
『チッ、楽させてくれない連中ね!』
まるで蚊トンボにしか見えぬ二つの粒を狙い、ゴーレムは豪腕を振り回す。
同時に下に居た兵達も動き出した。
『このゴーレムを見て尚踏み込めるか。これが出来る兵が千人も居ればどんな城とて落とせるだろうに!』
殺到してくる男達、アニエスは最初の交錯で二人を斬り倒す。
が、その為に踏み込みすぎたのかアニエスの二の腕にも血の筋が走る。
すぐにロングビルを狙っていた二人に斬りかかる。
一度に二人以上を相手にしてやらなければ、ここは押さえ切れ無い。
不意打ちはもう通用しない。
正面から二人相手に不意打ちも何も無いものだが、それを可能とする程にアニエスの持つ剣技の引き出しは多かったのだ。
これで注意深くなってくれれば、尚結構。
逃げ出してくれれば万々歳なのだが、流石にそこまでは望めない。
メイジ達とは別の、兵の一人が指揮を執っているが、その男が何やら指示を下しながら前へと出てくる。
後ろに下がった男達が構えた武器を見て、アニエスはほくそ笑むと同時に気を引き締める。
剣で数を頼りに押し切られるのが、今のアニエスには一番キツイ。
彼等の選択は、ここがゴーレムが暴れまわる足元であるという事を考えれば、最善ではあるのだが。
前に出た男の合図で、後方に下がっていた数人が構えた弓から矢を放つ。
同時に五本、なればこそ防げる。連中の腕が良い分、剣の一振りで届く範囲に全ての矢が集中してくれるからだ。
全ての矢を斬って落としたアニエスは、その作業の困難さに眩暈せん思いだ。
これを後何度繰り返さねばならないというのか。
『思ったよりキツイ……か。ロングビル、悪いが大した時間は稼げそうにないぞ』
どうしようも無い矢は、自らの体で防ぎきる。
そんな覚悟を決めながら、アニエスは男達と対峙していた。



アニエスの体に突き刺さった矢はこれで三本目になる。
ゴーレムの防壁としか形容しようのない足を背にし、矢による攻撃と剣による接近戦を交互に行ってくる敵を迎え撃つ。
最初の二人以外、アニエスは敵の数を減らせずに居る。
指揮を執っている兵は特に剣技に熟達しており、アニエスをもってしても片手間に斬り伏せる事など出来ぬ。
近接チームはその男を中心に、踏み込んでは下がるを繰り返す。
その合間合間を縫うように、弓による遠距離攻撃を狙う後方チームが射撃を繰り返す。
せめても銃を持っていないのが救いだ。敵側に一丁でもあったらとうに終わっている。
弓矢も全員分あるという訳ではないらしい。
メイジを二人も要しているチームだ、当然といえば当然ではあるが。
その二人のメイジを相手にしているロングビルも苦戦を強いられていた。
空を飛びまわる二人のメイジはゴーレムの撃破を諦め、使い手であるロングビルへの攻撃に切り替えている。
足元にアニエスとロングビルが居る以上、足を使う事も出来ないゴーレムは両腕を振るって迎撃するしかないのだが、相手が小さすぎるせいか、一度も命中打を与えられていない。
ひらりひらりと嘲笑うようにかわし続けられているのだが、実の所二人のメイジにも見た目程の余裕は無かった。
攻城槌を一回りも二回りも大きくしたような豪腕が、正確に自分目掛けて振り回されるのだ。
拳だけではない、そこから体へと繋がる腕の何処に当たっても、致命傷は免れ得ない。
堅牢な城砦が自ら動き、襲い掛かってくるようなものだ。
高速で迫ってくる視界全てを埋め尽くす程の土くれの壁を、魔法の速度を信じて回避し続ける。
そんな事を何度も繰り返す事が、どれだけの消耗を強いるか。
逃げる事は許されない。
眼下で剣を振るう部下達の為にも、この巨人はメイジ達が抑えねばならないのだ。
キツイのはお互い様、これだけのゴーレムを操るのに必要な集中力は、並大抵ではないのだから。

誰もが必死になって自らの役割を果たしている。
均衡を崩そうと躍起になって相手の隙を探るも、いずれもが一流だ。そんな隙はそうそう見出せない。
我慢比べの様相を呈してきた戦場を一瞬で引っくり返したのは、意外にもこの場に居合わせた彼等ではなかった。

「グリフォン隊突撃! 敵味方を誤るなよ!」

血飛沫舞う戦場にありながら、気品と格式高さを失わない澄んだ声が空高くから聞こえて来た。
何処から現れたか、十数匹のグリフォンと騎乗する騎士達が突入してきたのだ。
隊を二つに分け、空を飛ぶメイジ達と地上の兵達に襲い掛かる。
降伏勧告すらしない。
敵と定めた相手に躊躇無く襲い掛かる彼等の勇姿を、ロングビルは唖然とした顔で、アニエスは歓喜の表情で見上げている。
「グリフォン隊? って事はトリステイン軍?」
「おおっ援軍か! こちらはトリスタニア警備隊です!」
隊長と思われる口ひげを蓄えた立派な体躯の青年がグリフォンと共にアニエスの下に降りてくる。
「話は聞いている。トリスタニア警備隊アニエス・ミラン殿と、トリステイン魔法学園のミス・ロングビルとお見受けするが」
「はっ、グリフォン隊と申しますと……ワルド子爵様であらせられますか?」
「ああ、後は任せてくれ」
既に制空権はグリフォン隊が確保している。
ここでゴーレムを動かせば味方に当たってしまう為、ロングビルはゴーレムをただの土くれへと戻していた。
「軍が動いてるって話は初耳よ」
「君達が動いているという話も、我々にとっては寝耳に水だったよ。
 後方に下がっていたまえ、奴等は我々が蹴散らしてみせよう」
ロングビルはゴーレムを土くれに戻した為、口に少し入ってしまった土煙を唾と共に吐き出す。
「冗談でしょ?」
剣を振るって自らに突き刺さった矢を斬りおとすアニエス。
「ここで下がる軍人はおりません」

グリフォン隊の攻撃により、二人のメイジは地面に叩き落される。
頭を振って立ち上がるメイジの一人に向かって、アニエスが斬りかかる。
着地時の危険性は理解していたのであろう、メイジはすぐに詠唱を始める。
確実にメイジの魔法の方が先だ。
それがわかっていながらアニエスは足を止めない。

地面への衝突をレビテーションのコントロールで回避し、何とか着地を決めた痩せ男メイジ。
そんな彼に向かい、人間サイズののゴーレムが一体駆け寄ってくる。
大慌てで魔法を唱え、氷の矢をゴーレムに放つ。
土くれならばこの一撃で粉々に砕ける、そんな威力を秘めた矢の嵐。
しかしゴーレムは素材を強化してあるのか、全ての矢を弾き飛ばす。
「これを弾くだと!? 鋼鉄ででも出来ているのか!」

放たれた炎の弾には敵を捕捉し、誘導する能力が備わっている。
しかしそれも紙一重でかわされては意味が無い。
アニエスの背後へと抜けていった炎の弾は地面に着弾し、爆発を起こす。
アニエスはその爆風を背に受けながら、バランスを崩す事なく加速した。
「馬鹿な!? そんな真似が……」

氷の槍を作り出し、突進してくるゴーレムに放つも効果は無い。
ロングビルが全力で強化したゴーレムは、その衝撃をすら押し殺し、痩せ男メイジの眼前に立ちはだかった。
「あ……」
歴戦のメイジらしからぬ呟き。
直後、鋼鉄の強度を誇るゴーレムがその全体重を乗せた拳を放ち、決着が着いた。

次の魔法を唱える暇もない。
まるで弾丸のように迫りくるアニエスから、メイジは身をよじって逃れようとするが、アニエスの剣は狙い過たず、心臓を貫き背中へと突き抜けた。
「キ、サマ……」
メイジの体に体当たりするように飛び込みながら、大地に両足を滑らせて減速したアニエスは、乱暴に剣を抜いてメイジの体を引き剥がすと、剣を振るって血糊を払う。
「死ねるお前は幸運だ。生き残りにはそう思わせてやるから、安心して死ね」



おそらくトライアングルメイジと思われる術者の魔法を弾く。
その強度を維持出来るゴーレムの作成は、並みの術者に可能な事ではない。
そしてトリステンの何処を探しても、あれ程の巨大なゴーレムを作成出来る者など居はしないだろう。
ファイアーボールとフレイムボールでは僅かに弾速が異なる。
そもそも放たれる魔法を踏み込みながら避けるなどという芸当がおかしい。
どちらが来るかを詠唱から読みきり、そしてその速度を体に覚えこませていなければ、とてもではないが炎の弾を避け、あまつさえ背後から来る爆風を利用して加速するなどという真似は出来ないだろう。
地上に降りたグリフォン隊隊員に怪我人も出ている。
彼女達はそれ程の手練を相手に、たった二人で戦っていたのだ。
救援に来たグリフォン隊隊長ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵は、二人の女性の信じられぬ実力に言葉を失っていた。
事後処理を行っているグリフォン隊隊員を他所に、アニエスはワルドの前に立ち報告を行う。
礼の言葉から始った報告事項を聞きながら、ワルドは全く別の事を考えていた。
『欲しい……この二人、万難を廃してでも私の手元に置いておきたい』

お互いの状況を説明し終わり、ようやくアニエスとロングビルの二人は一休みが取れた。
ワルド達グリフォン隊もまた独自に麻薬の調査を行っており、ワルドはその背後に他国の影を見ていたのだ。
より詳しい状況をと警備隊の捜査状況を確認しに行った所、アニエス以下十二名が国境付近で網を張る作戦を行っていると聞き、その策の有効性を認めたワルドは協力すべく現地に向かっていたという訳だ。
既に麻薬密輸隊を補足し、戦闘まで行っているとは思いも寄らなかったがね、とワルドは笑いながら言っていた。
元凶はガリアであろう。
しかしそれを表立って糾弾するのは難しい。
相手が国である以上、アニエスが幾ら憤慨しようと、善悪のみでは計れない次元に話は行ってしまっているのだ。
口惜しそうに拳を握り締めるアニエスに、ワルドは出来る限りの事をしようと約束する。
断罪する事は出来ないが、この事件はトリステインにとって有利に働くであろうし、ガリアに重大な損失を与える事が出来るだろうと語って聞かせ、その心を慰めるよう腐心する。
ワルドはトリステインが誇る精鋭部隊の隊長様である。
それがわざわざ一介の警備隊ごときにここまでする理由をロングビルは理解出来なかったが、ワルドはロングビルにもまた労いの言葉をかけ、その功を称えて必ずや報いると約束してくれた。
軍の中枢を担う部隊長の誠実な態度に感動しているアニエスとは違い、ワルドの言葉全てを信じる程お人よしではないロングビルは、興味なさそうに聞き流しているだけだったが。



ロングビル程の実力者が何故魔法を使わぬ秘書のような仕事をしているのか。
アニエスもワルドもその点が気になっていたのだが、その疑問にロングビルはこう答えた。
「時期が悪かったのよ。今年は巨大ゴーレム使い受難の年だと思うわ」
二人共すぐにぴんと来たようだ。
ここ最近は噂を聞かなくなったが、少し前まではゴーレムを操る盗賊「土くれのフーケ」がトリステインを賑わしていたのだ。
フーケならずとも優秀な土のメイジならば巨大なゴーレムを作り出す事も出来よう。
そしてその素材は当然得意な「土」で作る事になる。
そう、正体不明の盗賊がそうするようにだ。
下らない事であらぬ疑いをかけられるのも不愉快だし、実力を僻んだ相手に無実の密告でもされたら目も当てられない。
給金で言うのなら兵士をやってるのと大して変わらない金額であるし、それなら無用の疑いを持たれぬ秘書という仕事も悪く無い。
ワルドはそう言ってぼやくロングビルを勇気付けるよう言った。
「もし以降そのような疑いをかけられたならば、私の名を出しても構わない。貴女の実力とトリステインへの忠義はグリフォン隊隊長ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵が保証しよう」
棚からぼた餅。
トリステイン魔法学園秘書、ミス・ロングビルの正体こそその土くれのフーケなのだが、勝手に保証してくれるというのなら有り難い話である。
何処まで本気なのか窺い知れないワルドに、ロングビルは適当な感謝の言葉を述べる。
彼を利用すれば自身をより有利な立場に置けるとも思ったのだが、一つ懸念がありそれを見送る。
である以上、機嫌を取る必要も無い訳で。
不自然でない程度にそれなりの態度で応対しておいた。
トリスタニアに取って返した後もまるで賓客のような待遇を受け、グリフォンで学園まで送ろうとまで言ってくれたのだが、流石にそこまで目立つのは嫌だったので丁重にお断りした。
帰りしなにワルドはロングビルに袋を握らせる。
「いずれ正式に手柄への恩賞が行われよう。だからこれは私からの感謝の印と受け取って欲しい」
中身を見ずに懐に収める。
「ありがとうございます。私はこれで充分ですから、どうかアニエスには充分に報いてあげて下さいませ」
そう言い残し、怪我なぞ何のそので捕虜の尋問に加わっているアニエスを置いてロングビルは帰路へと着いた。
帰りの馬上で中身を確認すると、流石に子爵様だけあって社交辞令以上の金額が入れられていた。
命の値段に釣り合うとまでは言わないが、これだけの任務をこなすに相応しい額であった。
「……ヤバッ、ちょっと揺れるかも」
気前が良く、目下の者にも分け隔て無い。それにかなりの色男。
帰り道はワルド子爵という人物の考えを読む事に費やそうと思っていたのだが、その際思考に色目が入らないようにするのにちょっと苦労するロングビルであった。



『かんぱーい』
上機嫌の女二人はお気に入りのカクテルを満たしたグラスを交わす。
帰還して翌日の夜、アニエスとロングビルの二人は何時もの店で祝杯を挙げる事にした。
少なからず興奮した口調で先日の戦いを振り返る。
お互いが想像していた以上に、相棒は優れた能力の持ち主であった。
それが確認出来、共に苦難を乗り越えて口にする酒の何と美味な事か。
しかもアニエスの口から驚くべき出来事がもたらされる。
「聞いてくれロングビル。ワルド子爵は私をシュバリエに推挙して下さるそうだ」
仰天するロングビル。シュバリエはそんな簡単にどうこう出来る地位ではないはずだ。
「もちろんロングビルも一緒だ。ははっ、リップサービスだろうが、そこまで言ってもらえるとは思わなかったぞ」
アニエスが正常な判断能力を失っていないようでほっとする。
確かに危険な任務だったが、こちらはワルドの仕事を奪ってしまっているのだ。
むしろ文句でも言われるかと疑うべき状況のはず。
ロングビルはワルドへの考えをまとめ終えていた。
もし彼が悪意を持っていたとしても、すぐにアニエスとロングビルをどうこうするつもりは無いだろう。
アニエスは既に直接の上司への報告も済ませており、そうするにはその前の段階で二人を黙らせておく必要があった。
グリフォン隊とは別経由でも上へと報告が上がり、裁定は双方からの報告を元に行われる。
その過程でおそらくロングビル達の手柄は幾分か目減りするはず。
貴族社会とはそういうものだ。
酒も回った頃、アニエスはこう呟いた。
「私が一番嬉しかったのはな、ワルド子爵が死んだ部下達の家族にも存分に報いると言ってくださった事だ……奴等は、私のわがままに付き合って死んだようなものだから……」
恐らくここまで溢す事も無かったであろう涙がアニエスの頬を伝う。
ロングビルは彼女の背中に触れ、赤子を宥めるようにゆっくりと諭す。
「兵士達は立派に勤めを果たしたのよ、隊長の貴女がそれを悔やんでどうするの。胸を張って、見事だったと送ってあげなさい」
「ああ……ああ、その通りだ……」
掛け値なしにそう思える。彼等は勇敢で、任務に対して誠実であったと。
だからこそアニエスが涙を流すのだろう。
アニエスは芯の強い女性だ。
明日になれば、彼女はまた毅然とした態度で部下に死ねと命じる事が出来るであろう。
それでも今日ぐらいは。
友の前でだけならば。
女の子らしく、泣いてもいいではないか。
ロングビルの胸で、すまない、すまない、と繰り返し胸元をぬらす彼女を宥めながら、この先、まっすぐで一生懸命な彼女が折れるような事のないよう、始祖ブリミルに祈りを捧げるのであった。


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