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毒の爪の使い魔-24


清楚な作りのベッドの上で、タバサは目を覚ました。
目を開くと、眼前に白いシーツが飛び込んできた。ゆっくりと身体を起こす。
ベッドに突っ伏した状態で眠っていたようだ。
傍らでは母が安らかな寝息を立てている。
そんな母と、片手に持った本、ベッドに突っ伏した状態で眠っていた事から、タバサは状況を把握した。
どうやら、本を朗読しているうちに眠くなり、いつのまにか寝てしまったようだ。

今現在、タバサが母と共にいるのは実家のオルレアン邸でも、
ガリアの首都リュティスにあるグラン・トロワでもない。
エルフの住まう砂漠<サハラ>との国境近くにあるガリアの古城――アーハンブラ城である。

アーハンブラ城は砂漠の小高い丘の上にエルフが建築した城砦であり、もともとはガリアの物ではなかった。
千年近く昔…ハルケギニアの聖地回復連合軍が多大なる犠牲を払い、エルフから奪取。
その先に国境を定めた後、エルフの土地への侵攻拠点とされた為、エルフから何度も攻撃を受ける事となった。
その後も、取ったり取られたりを繰り返し…、聖地回復連合軍が再び主となったのが数百年前。
そして、軍事拠点として規模が小さいと言う理由で戦略から外され、廃城となった。
以後は、アーハンブラ城が建つ丘の麓に広がる、ちょっとしたオアシスの周りにでき始めた小さな宿場街により、
砂漠を旅する旅人が立ち寄るちょっとした交易地となり、現在に至る。

ふと、気が付けば母が目を覚まし、自分を見ている。
暴れるでも、何かを言うでもなく、ただ静かにジッと見つめていた。
タバサは「母さま」と呼びかけた。が、母は反応を示さない。ジッと見つめているだけだ。
正気を取り戻した訳ではない。…が、タバサにはそれで十分であった。
小さく微笑みながら頷く。
「シャルロットが、今日も御本を読んでさしあげますわ」
そして、タバサは自分が手に持つ本――『イーヴァルディの勇者』の朗読を開始した。



「相変わらず、その本ですか。よく飽きませんネ~?」
暫く朗読をしていると、暢気な声が部屋に響いた。
しかし、タバサは気にも留めずに朗読を続ける。
ここに連れてこられてから十日近くになるが、その間は毎日、タバサは母に『イーヴァルディの勇者』を読み聞かせていた。
他の本では昔のように取り乱してしまうのだ。
『イーヴァルディの勇者』を呼んでいる間、母が落ち着いているのは、心に強く残っているからなのかもしれない。
だから、タバサは何度も『イーヴァルディの勇者』を読み返していた。
最早、本を直接読まずとも内容を反復してしまえる位に、完璧に暗記してしまうほど、読み返している。
だが、そこまで読み返していてもタバサは飽きる事は無かった。
母が自分を見て、自分の読み聞かせる話を聞いてくれている……それが嬉しかったから。

それゆえに、今ではビダーシャルやジョーカーが部屋に入ってきて、話しかけたとしても、
特に用事が無ければ本の朗読を止めようとはしなかった。

「そんなにその本は楽しいですか?ワタクシ、少~し読ませてもらいましたが……つまらない内容でしたよ」
タバサは答えない。静かに朗読を続ける。
ジョーカーは、やれやれ、と言った調子で手を広げ、頭(?)を振る。
そして、僅かに声のトーンを低くしながらタバサに告げた。

「薬……明日完成のようですよ?」
「!?」

ページを捲る指が、朗読をする声が止まる。
本から目を離し、ジョーカーの顔を見つめる。笑顔を貼り付けた、相変わらずの無表情だった。
「貴方が貴方でいられるのも、今日限りと言う訳です」
その言葉にタバサの表情が僅かに強張る。

ここで目を覚ました日に、彼女は既に自分の運命を宣告されていた。
エルフの調合する、母に使われた物と同じ水魔法の薬で心を奪われると。
その薬の調合には十日ほど掛かる為、残された時間をここで過ごせと。
タバサが黙ったのを見て、ジョーカーは静かな口調で話しかける。
「何か、最後にお望みとか有りますかネ? 有れば…可能な限り叶えて差し上げても宜しいですけど。
あ、勿論”逃がして欲しい”と言うのは受け付けられませんが」
「……」
タバサは本へと視線を戻し、ページを捲る。
「おんや~? 何もお望みは無いのですか? 最後なんですから、遠慮なんてなさらずに――」
「情けはいらない」
短く一言。その言葉にジョーカーは黙る。
「そうですか…」
「出てって…、母さまと二人きりになりたい」
本から目を離さずにタバサは言った

そう…ここから逃れる事以外であれば、望むのはそれだけだ。
最後の瞬間まで、母と二人でいたい。それが叶うのであれば、他には何も望む必要は無い。

ジョーカーは何も言わずに部屋から消えた。
そしてタバサは朗読を再開した。



タバサへの通達を終えたジョーカーは、後の事をビダーシャルと駐屯しているガリア軍に任せ、プチ・トロワへと帰還した。
王女の部屋に入ると、主であるイザベラはソファに腰掛け、ペットである三体の幻獣を愛でていた。
「ただいま戻りました」
「…ああ、あんたかい…」
自らの使い魔の姿を認めたイザベラは、そう返した。
その言葉にはいつものような元気が感じられない。
ジョーカーは首を傾げる様に身体(?)を傾ける。
「元気が無いようですネ~…、どうかしましたか?」
イザベラは何処か困ったような表情で、傍らでソファに乗っているムゥ=リトルの頭を優しく撫でる。
自分の頭を優しく撫でられ、満足げな表情を浮かべるリトルを見つめながら口を開く。
「明日だったよね…、あの人形娘が”本当の人形”になるのは…」
「はい、そうですが…それが何か?」
ジョーカーは、あっけらかんと言い放つ。
そんな態度がイザベラには少し癪に障った。
多少忌々しそうに鼻を鳴らし、ジョーカーを見据える。
「……あんたは、何も感じないのかい?」
「はて? 何も感じないとは…どう言う意味でしょうか?」
イザベラは、ふぅ、とため息を吐く。
おそらく目の前の使い魔は、演技でもなんでもなく、本気で何も考えていないのだろう。
大分慣れた物とは言え、あまりの能天気ぶりに呆れかえってしまう。
「いや…、いいよ」
「はぁ…」
「そう言えば…お前の友人とか言う亜人はどうしているんだい?」
イザベラの言葉にジョーカーは難しい表情をする。
「ジャンガちゃんはまだリュティスに居ますよ。
あれから七日経ちましたが……未だ頑張ってシャルロットさんの居場所を探しているようです」
「そうかい…」
「ワタクシとしては、そろそろお引取り願いたい物ですがネ? あの風竜に連れられてやって来ただけですし…。
余計な揉め事を起こさないうちに、お帰りになってほしいのですよ…」

そう言って苦笑する。
正直に言えば、リュティスにやって来たその日にでも本人の下へと赴き、帰るように伝えたかった。
だが、前の事件の事もあるので、少々出辛かったのだ。
ゆえに、自然に諦めてくれるのを願っていたのだが、今日で七日目。――正直、困った。
とは言え…、明日には薬は完成。シャルロットは永遠とも言える永い時を、人形のように過ごす事となる。
その時にでも伝えれば良いだろう。そうすれば――

(そうすれば……ジャンガちゃんも多少は昔に戻るでしょうしネ…、のほ♪)

「何を笑っているんだい?」
――思わず笑い声が漏れてしまったのだろう。
イザベラが怪訝な表情で自分を見ている事に気付き、ジョーカーは急いで取り繕った。
「いえ……ただの思い出し笑いですよ、のほほ♪」
そんな使い魔の言葉を聞きながら、イザベラはリトルの頭を撫でる。
幸せな表情をするリトルに対し、イザベラの表情は曇っていた。

――どうしてこんなにも気持ちが沈むのだろう?

イザベラは心の中で自問自答していた。
明日、例の人形娘が心を失う……その事で頭が一杯だ。
それは何も今日始まった事では無い。あいつが捕まって、その処置が伝えられてからだ。
勿論、あの人形娘は気に喰わない存在だ。
このまま本当の人形になってしまおうと、知った事ではないのだ。
だと言うのに――気になって仕方がない。

(どうしちまったんだろうね…わたしは)


解らない…


解らない……


解らない………











――本当に解らないのか?



頭を一瞬、そんな疑問が過ぎった。軽く唇を噛む。

――解ってはいるのだ、本当は。
しかし、自分にそれを認める権利が果たして有るのか? …有る訳が無い。
あいつを”人形娘””ガーゴイル”と呼び、今まで嫌がらせを続けてきたのは誰か?
そして、あいつをこのような境遇にした、そもそもの原因は何だ?
考えれば考えるほど、イザベラの中に言葉では言い表せないモヤモヤとした何かが募っていく。
唇を噛む力が強まる。

「イザベラさん?」
ジョーカーの言葉にイザベラは我に返った。
今の考えを吹き飛ばすように頭を大きく振る。
しかし、それでも心の中のモヤモヤは無くならなかった。
目を閉じ、暫く何かを考え……ジョーカーを手招く。
ジョーカーは招かれるままにイザベラの下へと歩み寄る。
「なんでしょうか?」
イザベラは目を開き、ジョーカーを真っ直ぐに見つめた。



「なぁ…一つ、頼まれてくれないか?」



――同時刻――

――ガリア王国:首都リュティス――



隣国トリステインとの国境から、おおよそ千リーグ離れた内陸部に位置する、
人口三十万人からなるハルケギニア最大の都市。
そんな都市の一角、建物に背を預けながらジャンガは、手にしたワインをラッパ飲みにした。
ぶはぁ、とオヤジのような仕草で酒臭い息を吐く。
「ったく…、もう七日になるってのによ、まるで手掛かりが掴めないじゃねェか」
言いながら、隣に立つ(変化の術で人に化けた)シルフィードに目を向ける。
シルフィードも不機嫌そうな目でジャンガを見据える。
「そんな事をシルフィに言われても困るのね。お前の調べ方が悪いのね」
「ケッ! テメェこそ、使い魔のくせに主人の居場所が解らないでいるじゃねェか?
普段自分の種族の事を偉そうに言ってる割には、肝心な時に使えねェ野郎だゼ…」
「それはお前も同じなのね!」
「あン?」
ジャンガはイライラを隠そうともせずに睨みつける。
しかし、シルフィードは怯まない。

「大体にして、お前は計画性という物が無さ過ぎなのね! いっつも勢いだけで行動する、まるでイノシシなのね!」
「ンだと!?」
「今回の事にしてもそうなのね! 他の学院の皆にも付いて来てもらえば、こんなに手間は掛からなかったのね!
それをお前は『あいつらも誘うと面倒だ』とか言って、シルフィと二人っきりでこんな所まで来てしまったのね!」
デルフが小さく「俺もいるだろ」と呟いたが、無論二人には聞こえない。
「全く、自信過剰もいい加減にしておくべきなのね! きゅい! きゅい!」
「ルセェ! あのクソガキ共なんざに言ってみろ! どうせ、国法が何だとかぬかして、
色々と面倒な事態になるに決まっているんだよ! あのガキ早く助けたいなら、そう言う事にも頭回せ!」
「きゅいきゅい! それは、このシルフィの頭が足りてないと言いたいのね!?」
「それ以外に何の意味がある!?」
「きゅ~~~い~~~!」
「大体、テメェは大喰らいなんだよ! 学院からくすねてきた”資金”も、アッサリと底をついちまったじゃねェか?
お陰で足りない分の”資金”を現地調達する羽目にもなったじゃねェか!」
「仕方が無いのね! 『変化』は物凄く疲れるのね、だからお腹もすくのね!」
「ケッ! 意外と使えねェじゃねェか…テメェ。所詮は翼が生えただけのトカゲって訳か!」
「こ、ここ、この古代種たるシルフィを、よりにもよってトカゲ呼ばわりとは、許せないのね!」
「ほぉ、許せないならどうするってんだよ!?」
「お前のような無礼な奴は、このシルフィが”大いなる意思”の名に置いて、”魂の泉”に返してやるのね!」
「やってみやがれ……クソトカゲふぜいがァァァーーーーー!!!」

そうして始まる取っ組み合い。
何やら訳の分からぬ事を言いながら、取っ組み合う二人に道行く人達は物珍しそうな視線を向け、
しかし、止めようともせずに、素通りした。

暫く取っ組み合いを続け、やがて力尽きたのか、二人はどちらからともなく、その場にぶっ倒れた。
ハァハァ、と荒く息を吐く。
「…で、本当にこれからどうするのね、きゅい…」
「……チッ」
苦しそうに、しかし悲しげに聞いてくるシルフィードの声に、ジャンガは腹立ち紛れに舌打ちをした。

正直、手詰まりだった。ここ七日ばかりの間、あっちこっちで情報を集めた。
しかし、これと言って有力な物は未だ手に入らずじまい。
今日であのガキが連れ去られて十日目……いい加減危険である。
…もしかすれば、既に始末されているかもしれない。

でも、どうしてこんなにも自分はあいつを気に掛けるのだ?
…いや、解っている。それを認めたくないだけで、解ってはいるんだ。



イザベラとジャンガ――生まれた場所も、今居る場所も遠く離れた…それでいて”非常に似た境遇”の二人。
その二人の心は、タバサと言う存在に対し、奇跡的にもシンクロしていた。



ズキンッ!
「がっ!?」
また、左手が痛んだ。――あの事件の翌朝、庭で二人のガキに話しかけられた時のように。
反射的に飛び起き、ジャンガは左手を押さえる。

――…むを……つめよ………やくに…がい………めよ……――
そして、また頭に響く声。――うっとおしい。
(ルセェんだよ…、何だか知らねェが……ウルセェ…)
…暫く、ジャンガは痛みと格闘を続けた。

「ああ、面倒くセェ!!」
ようやく痛みが治まり、大声で叫んだ時だった……、彼の頭――正確には帽子に何かがコツンと当たるのを感じた。
「ン?」
ジャンガが手を伸ばすよりも早く、帽子に乗った”それ”が落ちる。
服の上に乗ったそれは、丸められ紐で結わえられた羊皮紙の書簡だった。
それを認めたジャンガは夜空を見上げる。
月明かりを受け、その場を飛び去っていく、羽の生えた一匹の幻獣の姿が見えた。
「何だ?」
怪訝な表情をしつつも、ジャンガは今の幻獣が落としていったと思しき、書簡を手に取る。
紐を解き、書簡を広げる。
シルフィードも体を起こし、傍に寄って来た。
それを無視し、書かれている内容に目を通す。
書簡を丸めて懐に入れると、ジャンガは立ち上がった。
「どうしたのね? それには何が書いてあったのね?」

ジャンガは首の骨を鳴らしながらシルフィードに言う。
「…近くの森で元の姿に戻れ」
「元にって……何処へ行くのね?」
「テメェのご主人の所に決まってるだろうが…」
「分かったのね!?」
ジャンガは頷いた。
シルフィードは興奮した口調で聞いてきた。
「ど、どこなのね? お姉さまは今、何処に居るのね!?」
ジャンガは町の外へと向かって歩きながら、振り向かずに答えた。



「アーハンブラ城だ」



元の風韻竜の姿になったシルフィードはジャンガを背に乗せ、夜空を一路…アーハンブラ城へと向かって飛んだ。
古代種たる風韻竜のシルフィードはアーハンブラ城の名前と場所は知っていた。
やがて、二つの月明かりに照らされ、夜の闇に幻想的に浮かび上がる古城が見えてきた。
「あれがアーハンブラ城か」
「そうなのね、きゅい」
アーハンブラ城の上空……高度にして三千メイルほど。
シルフィードは上空に停滞しながら、眼下の様子を確認する。
篝火やテントやらが見えた。それが何か、確認するまでも無い…。
ご主人様達が逃げないように、そして外からの侵入者を防ぐ為に、配置されたガリア軍の物だ。
「囚われのお姫様のお守り役にしちゃ……度が過ぎてるな?」
「シルフィもそう思うのね、きゅい」
ジャンガの言葉に同意するシルフィード。
と、ジャンガはシルフィードの背の上で立ち上がる。
そして、静かに告げた。
「とりあえず、テメェは近くの森にでも隠れて身体を休めてろ。
テメェのご主人を助けたら、口笛を吹く。そうしたら迎えに来い」
「きゅい?」
「そして一時間…いや、二時間して何も無かったら……テメェはこの場からバッくれろ」
「きゅい!?」

その言葉にシルフィードは驚愕した。
何かあった時には自分に逃げろと言うのだ。
「納得いかないのね! 逃げるくらいなら、シルフィも一緒に行くのね!」
「駄目だな」
「なんでなのね!?」
「テメェじゃ足手まといだ」
「きゅい…」
言われてシルフィードは落ち込む。
確かに自分は主人を助けようとして一度敗れており、適わないのは分かりきっている。
だが、だからと言って愛すべき主人を放って逃げるなど、どうしてできようか?
そんなシルフィードの気持ちにジャンガの言葉が水を差す。
「テメェがくたばったら、あのガキは泣くゼ?」
考えようとしたくなかった事をズバリ指摘され、シルフィードは項垂れる。
悔し涙が溢れ、夜風に吹かれて散っていく。
ジャンガは、はぁ、とため息を吐きいた。
「まァ…そんな心配すんな。軽く片付けてきてやるからよ」
シルフィードはジャンガを見上げる。
「…大丈夫なのね?」
その言葉にニヤリと笑うジャンガ。
「俺にはこう言う状況にピッタリな二つ名があるしよ」
「毒の爪がピッタリ? 分からないのね、きゅい」
「そっちじゃねェよ…。まァ…とあるガキに言われただけだから、二つ名と言うのも難しいがな…」
「きゅい?」
怪訝な表情をしてジャンガを見るシルフィード。
ジャンガは二つの月が彩る夜空を見上げていた。

シルフィードへと視線を向け、再び不敵な笑みを浮かべてみせる。
「キキキ、とりあえずは待ちな…。じゃ、あばよ!」
それだけ言うと、ジャンガはシルフィードの背から飛び降りた。

「ピッタリな二つ名…」
瞬く間に小さくなっていくジャンガを見ながら、シルフィードは今のジャンガの言葉を反芻した。
あいつだけで本当に大丈夫だろうか? あのお姉さまでも適わなかったエルフに勝てるだろうか?
不安はあったが、最早自分にはできる事が無いのをシルフィードは理解していた。
そろそろ空を飛ぶのも限界に近い。
シルフィードはジャンガに言われたとおり、近くの森へと降りていった。

徐々に近づく地面を見ながらジャンガは身構えた。
そして、前転の要領で身体を大きく回転させる。
そのまま地面へと急降下。そして、着地。
まったく音も立てずに降り立ったジャンガは、しかし特に何も異状は無いようだった。
「いや~、あの高さからたいしたもんだ。流石は相棒…猫だけある」
デルフリンガーが鞘から出て賞賛の声を掛ける。
しかし、ジャンガはそれを無視して辺りの様子を窺う。
篝火やテントなどがあるが、兵士の姿が見えない。――何処に居るのだろうか?
注意を払いながら、慎重に歩を進めるジャンガ。
静かにテントの中を覗いてみる。と、そこでは兵士達がこれ以上無い位のだらしなさで、眠りこけていた。
「なんでぇ…随分と無用心じゃねぇか?」
テントの中の様子にデルフリンガーは呆れ果てた様子で呟く。
しかし、ジャンガは険しい表情をしたままだ。
辺りを警戒しながら城の中へと入る。
城のホールにも数人の兵士が眠りこけており、直ぐ右隣の客間にも四十過ぎの貴族が一人眠りこけていた。

階段を上りながらジャンガは顔を顰めた。
仮にも軍隊の兵士が全員眠り込んでいるこの状況、幾らなんでも異常すぎだ。
デルフリンガーも事のしだいに気が付き始めた様子だ。
「俺達以外に侵入者がいるのかね?」
「そいつは奥に行けば分かるだろ。上手くすれば、タバサ嬢ちゃん連れてこのままおさらばと行けそうだゼ」
「そう上手く行けばいいんだがね…」
「妙にそわそわしてやがるな?」
「そりゃそうさ……エルフが居るかも知んないんだからな。俺に足が有れば、今直ぐにでも逃げたいね」
「そんなに恐ろしいのかよ…そのエルフってのは?」
「ああ…怖いね」
にべも無く、デルフは答えた。
「何が怖いって言えば、そいつらが使う先住魔法だ」
「先住魔法…」
何処かで聞いた単語だ…、と考えて直ぐに思い至る。
あの決闘で、自分の切り札の分身を見せた時に、タバサ嬢ちゃんが口にしていた。
「その先住魔法ってのは…何だ?」
「まぁ、言ってしまえば自然に宿る力を利用する術だ。火とか水とか、風とか大地とかのな。
メイジの使う系統魔法は、個々の意思の力で大なり小なり理を変えて効果を発揮するがね。
自然の力と人の意思……比べられる物と思うかい?」
「……」
ジャンガは難しい顔をして悩む。
メイジの使う魔法が個人の力に対し、先住魔法は自然の力を拝借して使っていると言う事は解った。
だが、それの――正確にはそれを使うエルフの何が怖いのかが解らない。
なにしろ、聞いている限りではその先住魔法と言うのは――

「お前は何者だ?」
ジャンガの思考は良く響く、澄んだ声に遮られた。
顔を向けると、痩せた自分と同じ位の長身の男がそこに立っていた。
茶色のローブに身を包んだ流れるような金色の長い髪をし、その髪の隙間から尖った耳が突き出ている。
その耳を認め、ジャンガは顔を顰めた。
「…テメェがタバサ嬢ちゃんを連れてったエルフか?」
「タバサ? ああ、あの母子か。…そうだと答えておけばよいものか?」
ジャンガの放つ敵意と殺気には微塵も反応を示さない。
エルフは階段を一歩ずつ下りて来た。
「私の名はビダーシャル」
ビダーシャルと名乗ったエルフはジャンガを見据え、口を開く。
「ここには蛮人の兵士達がいたはずだが…」
「生憎とな…全員お寝んねしてるゼ」
「亜人よ、お前がそれをやったのか?」
「い~や…俺が来た時には全員眠ってたゼ。まァ、誰がやったか俺には関係無ェがな」
そうか、と呟きビダーシャルは目を閉じる。
ジャンガはそんなビダーシャルに問いかける。
「おい、それよりも…タバサ嬢ちゃんはここにいるんだろうな?」
「あの母子ならば、この上の部屋に居る」
それだけ聞ければ十分だ、とばかりにジャンガはビダーシャルに飛び掛った。
爪を構え、一足飛びに距離を詰める。
「おい!? 相棒よせ!!」
デルフリンガーの制止の声が届く前に、ジャンガはその爪をビダーシャルへと振り下ろしていた。

振り下ろした爪は目の前のエルフの胸を切り裂き、鮮血が迸る筈だった。
しかし、次の瞬間…ジャンガは吹き飛ばされていた。



「な、何だ…?」
背中から床に叩きつけられ、ジャンガは痛みに顔を顰めながらも体を起こす。

爪は間違いなく、エルフを捕らえたはずだった。
だが、爪がエルフに届こうとした瞬間、驚くべき事が起きた。
爪が見えない何かに阻まれるかのようにしてエルフの眼前で止まったのだ。
そして、止まった爪はそのまま弾かれ、その爪に引っ張られるようにして自身も宙を舞った。

いや、あれは”弾かれた”と言うよりは”押し戻された”と言った方が正しい。
大きなゴムの塊を殴りつけ、限界までめり込ませた後、元に戻ろうとするゴムに押し戻されるあの感覚に近い。
「チィッ…なんだってんだ、今のは?」
ジャンガの言葉に答えたのはデルフリンガーだった。
「ありゃあ『反射』<カウンター>だな。戦いが嫌いだなんてぬかすエルフらしい、厄介で嫌らしい魔法だぜ」
「…どう言う物だ、そいつは?」
「あらゆる攻撃、魔法を跳ね返す、えげつねえ先住魔法さ」
「ほゥ? それで俺の爪は跳ね返された訳か」
「あのエルフ、可也の”行使手”だな。この城中の”精霊の力”と契約しやがったようだぜ。
覚えとけよ相棒。あれが”先住魔法”だ。
今まで相棒がメイジを相手にしてきたのは、言わば仲間内の模擬試合のようなもんさ。
始祖ブリミルがついぞ勝てなかったエルフの先住魔法。
さて、本番はまだこれからだが、どうしたものかね?」

デルフリンガーの説明を聞き…しかし、ジャンガは俯いたままだ。
ビダーシャルは階段の途中に立ち止まり、ジャンガを見下ろす。
「立ち去れ、亜人よ。我は余計な争いは好まぬ。そして、お前では決して我には勝てない」
「ほう? 大層な自身じゃねェか…」
ジャンガは俯いたまま立ち上がり、服の埃を払う。
「亜人よ、無駄な抵抗はやめろ。この城を形作る石達と我は既に契約している。
この城に宿る全ての精霊の力は我の味方だ。
もう一度言う……お前では決して勝てぬ」
ビダーシャルの言葉を聞いても、ジャンガは反応を示さなかった。
デルフリンガーが心配そうな様子でジャンガに声を掛ける。
「なぁ、相棒…ここは大人しく引いた方が無難だぜ。どうあがいても、お前さんじゃ勝てねえよ。
あの娘っ子の事は気の毒だが、俺は相棒の方が大切だからよ。
いや、本当に勝てっこねぇから。言ったろ? 始祖ブリミルですらついぞ――」

「キキキ…」

ジャンガの口から唐突に漏れた…それは”笑い声”。
それも、相手を徹底的に馬鹿にした、嘲りを含んだあの笑い声だった。
「あ、相棒?」
心配になったデルフリンガーの声も余所に、ジャンガは高らかに笑った。
「キィィィーーーーッ、キキキキキィィィーーーーーッ!!! キキキキキッ!
キィィィーーーッ、キキキキキィィィーーーーーーッッッ!!!」
狂ったようなその笑いに、ビダーシャルは僅かに眉を潜める。
「亜人よ、何がそんなに可笑しい?」
ビダーシャルの言葉に、ジャンガは嘲りの表情を浮かべて目の前のエルフを見た。
「可笑しいさ、心底これ以上無い位にな…、キキキ」
そう言って一拍置き、ジャンガは言った。

「テメェらエルフが、どうしようもない位の”臆病者”だと言う事が解ってな」



「それはどう言う意味だ?」
感情を余り表に出さないこのエルフには珍しく、眉を潜めてあからさまに不機嫌な表情を浮かべている。
ジャンガは依然嘲りの表情を浮かべたまま、ビダーシャルを見つめている。
「言ったまでの意味さ。テメェらエルフは臆病者だ。精霊の力とやらを使わなきゃ、何一つ出来ないんだからよ。
だってそうだろ? そうやって相手の攻撃から身を守りながら、精霊の力とやらで相手を攻撃するんだろ。
拳一つ使わない奴を臆病者と言って何が悪い。俺はな卑怯な事も自分の手で行ったさ。
テメェのように”他人任せ”で戦った事は一度だってねェ。
キキキ……傑作だゼ。恐れられてるとか言うから、どんなやろうかと思えば…精霊の力とやらに媚び諂って、
助けてもらうしか身を守れねェ”臆病者”だとはな。ガッカリだゼ」
「…我等エルフは争いを好まぬだけだ。決して臆病者などではない」
「ハンッ、そうかい!? だがな、テメェが自分の手で何もしてねェのは事実だ。
そんな野郎が人間を蛮人呼ばわりとは、傲慢だよな」
そこまで言って、ジャンガは一息入れる。
「正直、テメェらも人間と変わらねェよ。媚び諂って、他人任せな戦いをする所なんかな。
いや、メイジの方が幾分マシか。テメェらエルフと違って”自分の力”で戦っている分にはな。キキキ」
ビダーシャルの表情は曇っていた。
ジャンガはニヤリと笑い、止めの一言を言った。

「誰かの力を借りなきゃまともに殴り合いも出来ねェ野郎の分際でよ、
威張り散らしてんじゃねェよ、寄生虫ふぜいがァァァーーーーーーーッッッ!!!」

ビダーシャルの顔にハッキリと怒りの表情が浮かんだ。
無理もあるまい。ここまで自分達を侮辱された事は未だ嘗て無かったのだから。
「亜人よ、今の言葉は我等に対するこれ以上無い侮辱だ。…取り消してもらいたい」
「嫌だ、と言ったら?」
挑発するようなジャンガの笑みにビダーシャルは両手を振り上げた。
「石に潜む精霊の力よ。我は古き盟約に基づき命令する。礫となりて我に仇なす敵を討て」
途端、ビダーシャルの言葉に呼応するように、左右の階段を造る巨大な石が、地響きを上げながら持ち上がる。
石は空中で破裂し、無数の石の弾丸となってジャンガに襲い掛かる。
「チィッ!」
舌打ちをし、ジャンガはその場を飛び退く。
しかし、石の弾丸は広範囲に拡散している。とてもじゃないがかわしきれない。
ジャンガは爪を振るい、石の弾丸を叩き落すが、それでも数発を身体で受けた。
ただ石を投げつけられた、と言うレベルではない激痛に意識が遠退きそうになる。
だが、唇を噛み締め、何とか踏み止まった。
ビダーシャルは静かに、しかし怒りを隠しきれていない表情でジャンガを見下ろしている。
「亜人よ、今一度言う。我等への侮辱の言葉を取り消せ」
ビダーシャルの言葉はあまりにも静かだった。
それに対し、ジャンガはニヤリと笑う。

「テメェの間抜けさ加減を言われて、逆ギレしてるようなガキに誰が謝るんだよ?
寝言言ってるんじゃねェよ、バァァァーーーーーカッ!!!」

その言葉にビダーシャルの顔に浮かぶ怒りの色が濃くなる。
再び両手を上げると、今度は左右の壁の石がめくれあがり、巨大な石の拳を形作る。
「ケッ、直ぐにキレやがって、ガキが…」
言いながらジャンガはその場を飛び退こうとする。
が、足が動かない。まるで床に足がくっ付いたかのように。
「相棒! 足を見ろ!?」
デルフリンガーの言葉にジャンガは足を見る。
粘土の様に形を変えた床が両足を飲み込んでいる。
苦虫を噛み潰したかのような表情になり、必死に足を引き抜こうとする。…しかし抜けない。
ハッとなり、顔を上げる。

――眼前を迫り来る巨大な拳が覆っていた。



――イーヴァルディは竜に向けて剣を振るいましたが、硬い鱗に阻まれ、弾かれました――

静かに朗読をしていたタバサは、突然響き渡った何かが破裂するような炸裂音に顔を上げた。
隣で静かに自分の朗読を聴いていた母は怯え、布団に蹲る。
そんな母をタバサはやさしく抱きしめ、大丈夫ですから、と呟いた。

轟音が響き渡った。

巨大な、その轟音にタバサは驚き顔を上げる。
それは大砲が岩石に撃ち込まれたかのような凄まじい物だった。
衝撃は城全体に行き渡っているらしく、部屋も僅かに軋み、天井から石の欠片がパラパラと降り注ぐ。
何が起こっているのだろう?
タバサは確かめようとベッドを降り、扉へと向かった。

ベッドの上に残された『イーヴァルディの勇者』は、とあるページが開かれたままだった。



――剣を弾かれ地面に倒れたイーヴァルディを、竜が噴出す炎が襲い掛かりました――



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