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魔導書が使い魔-タバサと怪異-01


「『エア・カッター』」
唱えた魔法は風の刃になり、後ろの大木を数本巻き込みながらソレを両断した。
上下を寸断されたソレは動きこそ鈍ったが、這いずりながらも進んでくる。
その様を見て少々顔が強張る。夜の暗闇で詳細が見えないのが唯一の救いか。
だが安堵しているヒマはない。
深き森の奥。遠くうめき声を伴って続々とソレは出てくる。
その中でも特に動きの速い集団が迫る。
それを見て、柔らかい腐葉土に杖を突き刺す。
詠唱は短い。
「『錬金』」
杖を引き抜くとすぐにその場から駆け出す。少しでも距離を稼ぐために。
だが“活きのいい”その集団はそれ以上の速さで追いすがり――
先頭から転び始めた。
何度も不器用に立とうとして、また転ぶ。
ソレらは地面に広がる油にまみれていた。
息を切らせて走る。
途中途中『エア・カッター』でまとめて木を切り――不意に出くわしたソレら
をも巻き込んで――防壁のように倒す。カバーしきれない分は『錬金』で腐葉
土を油に変える。
所詮は時間稼ぎだと判っている。
このままではいけないとも。
だが――
繋いでいた手にギュッと力が込められる。
そちらを向くと、今にも零れそうな涙を目に溜めた少女がこちらを見ている。
タバサは少女の目を見つめ返すと、少女の心の内にある不安や恐怖が少しでも
無くなるように言った。
「大丈夫。あなたはわたしが護る」





トリステイン学院女子寮の一室。
日はとうに沈み、双子の月が頂から傾き、虫も眠る夜の帳。
「…………」
静寂……。
そこには静寂があった。
もちろん、空気の対流、舞う微量な埃、吐かれる息、規則正しい鼓動などなど
を挙げれば動いていることになるのだろうが。
それは静寂である。
たとえ多少の動きはあっても、観測する者がそれを認識しなければそれは無き
に等しい。
そう、動いたという認識がなければ全ては静止し静寂へと沈む。
この部屋の主、タバサは普段からその静寂を愛し、浸りそれを感受するのが旨
なのだが。
今日はいつもとは違う。
手に持つのは1冊の書籍。
彼女のお気に入りの本の1つであり、遥かなる想像の世界へ旅立たせる翼である。
「…………」
先ほどから覗き込んでいるそれは、1時間前からページは捲られておらず。タ
バサは微動だにしない。
だが動かぬ体とは裏腹に、頭の中では様々な思想が飛び交っている。
思考を占めるのは昼、ヴェストリの広場で行われた決闘騒ぎ。
心配性の親友に付いて行く形で一緒にいたタバサは大体の流れは見て取ってい
た。
メイドがギーシュから理不尽な怒りを買い、それをルイズとその使い魔の少女
が代わりに解決した事件。
結局ギーシュは負け、勝ったルイズも疲労か医務室へと運ばれていった。
そこまではあまり興味のないことがらである。
文字で羅列するとなんのこともない日常なのだが。
(――あの魔法はなに?)
そう、その合間。劣勢であったルイズが、魔法が使えないゼロのルイズと呼ば
れる少女が。ギーシュに勝った理由であった。
剣を取った後のルイズの動きは素早く、左手に光るルーンも興味を引いた……
が。
やはり使い魔と言われている少女が、ギーシュの『練金』した剣を“更に別の
剣へと『錬金』した”ことが一番の疑問であった。
剣をさらに『錬金』するとき、少女はなにも持っていなかったのである。
通常メイジが魔法を使うのには杖が必要となる。
メイジという存在は己の魔力を、杖を通して魔法として世界に放出する。それ
は絶対であり、人間であるならばその前提を覆すことはできない。
倉庫でそれを例えるなら。倉庫がメイジ自身でその中身が魔力、杖は倉庫の扉
となっている。
メイジは倉庫から魔力を運び出すことによって、初めて魔力を魔法へと昇華で
きる。
あの始祖ブリミルでさえ杖を使ったのだ。
だが、あの銀髪の少女は違う。扉のない倉庫から魔力を運び出した。
(……先住魔法?)
そこで考え付いたのはそれだった。
この世界には、メイジとは違い杖を使わなくても使える魔法がある。エルフ、
韻竜、吸血鬼などが使う5元素以外の魔法。
彼らはそれを精霊の力と呼ぶ。
その力なら、杖を使わずとも魔法が使える。
だが――
(……違う)
そう、あれは違った。
先住魔法とは、彼らが言う精霊の力であると考えられている。
それゆえに精霊、自然と関わりのある物でなければその力は発揮しない。銀髪
の少女が『錬金』した剣は、元々はギーシュが作り出した剣である。
手放したとはいえ、精錬した青銅は未だギーシュの魔力が篭っていた。早々操
ることはできないだろう。
となると、やはり銀髪の少女はメイジの魔法でも、先住魔法でもない“別系統
の魔法”を使ったことになる。
(違う系統の魔法――そういえば)
パタリと書籍を閉じる。ようやく静寂が破られた。
閉じた本を置くと、代わりに別の書籍を手に取り、捲り始める。
「…………」
その題名は『失われし秘蹟』。
300年以上前に大陸中を渡り歩いたと言われている2人の冒険家の残した書籍で
ある。
著者名は無く、そこには荒唐無稽の様々な冒険が綴られている。
専門家は「あまりに馬鹿げている。これは想像で書いた物だ」と一蹴した。
だが、本当にそうなのだろうか?
確かにこの話は、タバサも初めは空想の話として読んでいた。事実、信じられ
ない話ばかりである。
海の底に沈みし大陸ほどもある巨大都市、遥か空から来る無形の異形、人が生
まれるより前からこの地に眠る邪悪なる神々、常人が見れば発狂する謎の言語
が書かれた石盤、人知未踏の場所で暮らす“人ではない人種”。
本来ならこのことを気にもしなかったであろう、だが。
「…………」
開かれたのはとある章。
そこへ書かれているものは――
その時、バサバサと窓からなにかが降り立つ。
「?」
窓枠には1匹の鳩。
この深夜。梟などの夜行性でないかぎり、鳥が夜に飛ぶはずはない。
だがその鳩をよく見ると、わかるだろう。
それが石で作られた鳩であることに。
ガーゴイル。
ゴーレムと違い力こそ無いものの、ある程度まで自立的に行動させることがで
きる魔法人形。
「…………」
その石の鳩の足には、1通の便箋が結わえられていた。



上空3000メイル。
見渡す限り拡がる緑、吹き荒ぶ風の中。空を飛ぶ1匹の竜。
青い。空に溶けるような青い鱗を纏い、その巨体で悠然と空を飛ぶ姿を見れば、
誰もが見事な風竜だと息を呑むだろう。
翼は風を掴み、尾は風に流れ、体は風を突き抜ける。
空においては他に勝る生物はいないとまで言われる風竜は、まさに風の名に恥
じぬ貫禄を持って――
「もうなんなのねあの王女は! きゅいきゅい!」
――甲高い声を上げた。
厳つい、強面、ごつい。そんな形容詞が似合う顔から、まるで多感な少女のよ
うな声が吐き出される。
「シルフィードはあいつ嫌いなのね!」
姿を見たものが見事と息を呑むのなら、声を聞いた者は驚愕に息を呑むだろう。
いくら竜は知能が高い幻獣だとしても、喋れるはずもない。
そして更に、聡い者ならその答えに行き着くだろう。そう人語を介し、先住魔
法をも操る一説には絶滅したと言われている風韻竜だと。
「お姉さまもそう思うでしょ! きゅいきゅい!」
自らをシルフィードと名乗った竜は、不意に自身の背中へと語りかける。
果たしてそこには――
「…………」
背中に並ぶ鶏冠のような突起の1つに体を預け、タバサが座っていた。
風が激しく吹き流れ、これもまた空に解けるような青い髪を乱雑に撫でる。
そんな風の中、タバサはなにごともないかのように本を広げている。
「…………」
シルフィードの言葉にも反応せず、自分の世界を構築しているタバサ。
この強風の中、ページを捲る手は迷わず止まらず進めていく。
「あの王女なにが簡単な任務ね!」
それでもシルフィードの口は止まらない。
「相手もわからないのにどうしろと言うのね!」
ぴくりとタバサの手が止まる。
任務自体はそう珍しいことでない。
母国の王女は、なにかとタバサを目の仇にし。気まぐれに危険な任務へと向か
わせる。
大抵はその相手ぐらいは教えてくれるものなのだが。
脳内にその声が再生される。
『今回の任務は化け物退治よ』

多数の使用人が控える部屋の中心。
退屈そうに椅子に座る少女が言った。
「山岳地帯で村々が襲われているって話」
タバサと同じ青い髪を揺らし、少々装飾過多なドレスに身を包んだ少女――イ
ザベラはタバサを見る。
そこに浮かぶのは蛇を彷彿とさせるようなネットリとした憎悪。
「なんでも、その化け物に襲われた村は死体が1つ残らず消えちまうらしいん
だよ」
イザベラはタバサの傍まで歩み寄ると、その端正な顔をスレスレまで近づけま
るで好物を前にした獣のようにぺろりと自身の唇を舐めた。
それは到底王女のする行動ではないが、見た目の気品にその粗野な行為は妙な
生々しさを色づける。
「さあ、どんな化け物なんだろう。一部じゃ、メイジに住処を負われた吸血鬼
の集団が、村々を襲って全員グールにしている、なんて噂もあるが。そんな可
愛いものだったらいいねぇ。ははははは!」
堪えきれないという様に笑うイザベラ。
俗に言われる吸血鬼とは、日光に弱いが多少なり先住魔法を使え。人よりも高
い身体能力。また血を吸うことで人間を1人を意のままに操れるとくる。
そしてなによりも、完璧に人に擬態することが出来る。それはメイジでも見破
ることは適わず。吸血鬼とは夜の狩人、人狩人(マンハンター)と呼ばれる人
間の天敵のような存在なのだ。
決して可愛いと呼べるものではない上に、村人全員をグールにできるような集
団など笑い話にもならない。ここでイザベラがわざわざ出したのは恐怖心を煽
るためであったのだろうが。
「…………」
タバサは無言。
「なんとか言ったらどうなんだい人形娘!」
焦れたのか、イザベラがタバサの顎を掴み強引に目を合わせ。
「…………」
その瞳は、まるで底無しの井戸のような途方もない虚無と、凍えるような冷た
さを有していた。
「――っ!」
思わずイザベラは手を離す。
「せ、せいぜい死なないように祈ってあげるよ!」
椅子へ座りなおすと、まるで自分が怯んだことを取り繕うように言い放った。

「きゅい! お姉さま聞いてるの!」
タバサはその声で現在へと引き戻される。
「さっきから本ばっかり読んでシルフィードの話をちっとも聞いてないのね!」
ぼんやり思考に浸っていたのだが、話を聞いていないという点では同じか。
「お姉さまは悔しくないの! あんな王女に変な命令されて!」
「…………」
「きゅいきゅいきゅいきゅいっ!」
不満を表すようにグラグラとシルフィードが体を揺らす。
だが、まるで接着剤で着けているかのごとくタバサは定位置から動かない。
「無視しないで! 無視しないで! お話したい! お喋りしたい! お肉食
べたい! お腹がすいた! お腹がすいた! お腹がすいた!」
なぜか途中から欲望に忠実な発言へと切り替わっているが、本音はこれだろう。
だが。
「…………」
タバサはただ黙々とページを捲った。
更なる実力行使に出ようとシルフィードが構えたとき。
「見えた」
「きゅい?」
すっとタバサが杖を差し出す。その先には――山々の緑の中に埋没するように
村があった。



ザビエラ村。林業と王宮の料理人も注文する山菜を主とした村である。人口は
350人前後。周囲の村と比べると人口はそこそこ多いが、多すぎるほどではな
い。
だが最近周囲の村々から連絡が途絶え。様子を見に行った者が見たのは。
無人の家々と、大量の血の跡であった。
そして大量にあったそれに比較しても、死体の1つも見つからない。
またそれと時を同じくして、森の奥で不気味に徘徊する大量の人影を見たとい
うのだ。
その様子から村人は恐らくは吸血鬼のグールだと思い、王宮へと助けを求めた
というのが報告書の中身である。
確かに人を自由に操れるのは吸血鬼だが。
そこまでの状況を吟味しているタバサの脳内に疑問が生まれていた。
それは本当に、吸血鬼なのだろうかと。

いきなり村の中心に下りると混乱を招くと判断したタバサは村から少し離れた
場所へシルフィードを着地させた。
シルフィードの背から降り立つ。
少し高い場所になっていて、ここからは村が見下ろせる。
見る限りは平凡な田舎の村なのだが。
よく見ると、昼間だというのに出ている人数はほとんどなく、どことなく寂れ
かけた村の腐臭が漂ってくるかのようだ。
それを見て、タバサは歩き出そうとして。
ぐい、とマントが引っ張られる。
振り返ると、マントを咥える風竜が1匹。
「なに?」
素朴な疑問をあげるタバサ。
「お姉さま、わたしはどうするの?」
「…………」
タバサは少し考えると。
「空で待機」
「嫌なのよ! 嫌なのよ! お腹がすいた! ご飯食べたい!」
ジタバタと暴れるシルフィードを見て、ゴンとシルフィードの頭を杖で叩いた。
「痛いっ!」
あまり力を込められているようには見えないが、かなり痛かったのだろう。
うーうーと唸っているシルフィード。
タバサは1つため息を吐くと。
「後でご飯を貰ってくる」
「きゅいっ!」
キラキラと目を輝かせるシルフィード。
「ほんとなのね? ほんとなのね? ほんとなのね?」
しつこく念を押すように聞いてくるシルフィードにタバサはコクリと頷いた。
「さすがお姉さまなのね! るる~る~――痛いっ!」
今にも踊り出さんばかりに歌い出したシルフィードの頭をタバサは杖で叩く。
「お姉さまなにをするのっ」
「喋らない」
タバサが静かに言うとシルフィードはシュンとして鳴いた。
「きゅいー……」
それを見たタバサは、背を向けて村の方向へ歩き出す。
「お姉さま! ご飯たくさんもらってきてね!」
背後でシルフィードの羽ばたく風の音とそんな要求が聞こえた。

「おお、よく来てくださいました。騎士様」
歓迎の礼を取り、村長と名乗った白髪の老人がタバサを迎える。
それにタバサは名乗った。
「ガリア花壇騎士、タバサ。“風”の使い手」
「騎士様。どうか、村の不安を晴らしてください」
そう言い頭を下げ頼み込む村長だったが、遠巻きに見ている村人の反応は違っ
た。
騎士の話を聞いて集まったはいいが。タバサの姿を見ると露骨にため息を吐き、
ひそひそと話し合う。
「見ろよ、あれが騎士だってよ」
「まだ子供じゃないか」
一時は期待に顔を輝かせていた村人たちの間に、重い空気が立ち込める。
「大丈夫なのか?」
「さあ? でも杖を持っているから少しぐらい魔法は使えるんだろ?」
決して大きくはないが、かといって抑えているわけでもないその声はタバサに
も聞こえるが。
「…………」
タバサ本人は気にもしていないのかただ無言を突き通した。
「こらお前たち」
村長が軽く嗜めるも表向きは黙るが不信な瞳は変わらなかった。
「お前たち、せっかく騎士様がな――」
それに更なる言葉を費やそうとした村長だったが。
「いい」
「騎士様?」
タバサが村長を制する。
「それよりも、状況を説明して」
申し訳なさそうにしている村長に、タバサは先を急かした。
「はあ、それでは話はわたしの家で」
そう言うと村長が率先して歩き出す。その後ろをゆっくりと付いて行くタバサ。
「…………」
その姿に向けられる視線は、依然冷たいままだった。

村長に連れ立っていくタバサを見送った後、村人たちは口々にその思いを言っ
た。
「あんなのが騎士だなんて」
「王宮め……子供なんて送ってきやがって……」
「税を搾るだけ搾って、いざこちらが助けを求めてもこんな仕打ちとは」
「やはり、無能王の名に偽りはないみたいだな」
出るものは不安に嘲り憤慨に失望。
期待していた者とはあまりにもかけ離れた人物が来たことで、村人たちが抱え
ている黒いものが次々に吐き出されていく。
「どうするんだよ。あの騎士様は役に立ちそうにないし」
ふと1人が漏らした言葉がみんなの心を縛った。
まだ実際の被害に出ていないが、逆にそれが村人たちの不安を増徴させている。
正体がわからない。
未知の恐怖、対策をどうとればいいかもわからない状況に彼らは怯えきってい
た。
そんな中。
「あの騎士に頼れないなら、俺たちで解決すればいい」
そう言ったのは、薬草師であるレオンだった。
村1番の切れ者だと自負しているレオンは皆へ向き直る。
「なんでも近くの村を襲っているのは吸血鬼の集団らしいじゃないか」
彼は語る。
「吸血鬼はずる賢い。だがあっさりと村が消えたのはおかしい。いくらなんで
も急に襲われたとしても1人ぐらい免れてもいいはずだ」
それは確定していない、有象無象の噂の1つだった。
「そうすると、吸血鬼が村に入り込んで手引きしていたからに違いない」
だが、
「そ、そうに違いない!」
人々は正体のわからない相手に明確な“形”を与えられたことに、ある種の
“安堵”をした。
それはとても楽なことだろう。吸血鬼は人にとって最悪の部類に入るのだが、
みなは未知への恐怖から既存の恐怖へと逃げた。
「だ、だったら誰が吸血鬼なんだ」
「そうだ、誰なんだ!」
まだいるともわかっていない相手(吸血鬼)を探す者たち。
決して愚かしいと笑うことなかれ。
決して嘆かわしいと嘆くことなかれ。
彼らは苦しみ、その救いを求めているだけなのだから。
「みんな、よく考えてみろ」
だから彼は語る。
それはまるで熱弁を揮う演説者のように、指揮棒を振るう指揮者のように、暗
闇に恐れる子供のように……。
「最近この村に来たやつらがいるだろう?」
「あの占い師のアマンダ婆さんか!」
ああ、誰よりも賢き彼は。その実、誰よりも恐れているだけなのだ。
「たしかにあの婆さんは病気だなんて言って昼間も外に出ねぇし、吸血鬼に違
いねぇ」
「でも息子のアレキサンドレは日中も外に出てるぞ」
「それはアレキサンドレがグールだからだよ」
「そうだなアレキサンドレなんて向かえの娘と乳繰り合うようなことを聞いた
ぜ。血を吸おうと狙ってるんだ」
恐れるべき相手がわかったことで、急速に広がっていく憶測。
それは留まることを知らず、皆へ伝播していく。
そして皆の視線がレオンへと止まる。
「そ、それでどうするんだレオン」
やはり憶測で語ることにどこか不安が残っているのだろう。窺うような物言い
にレオンは迷いなく応えた。
「それは簡単だ」
彼の目には嗜虐の喜びと、意識しない恐怖が宿っていた。
「俺たちでこの村を守るには、天敵たる吸血鬼を排除するんだ」



平凡な家々が並ぶ中、村長の家は他の家よりも多少大きいといった程度で。中
の様子も田舎の家らしく質素なものである。
応接間へと案内されたタバサはそこで村長から改めて話を聞き終えていた。
「本当に、その村には死体1つなかった?」
出されたお茶を手に持ちながらタバサが改めて聞く。
「はい。その村へ行った若者の話では」
結局、村長の話したものは報告書の内容と大差はなかった。
「森で見た人影は?」
「はあ、複数人が不審に徘徊していたとしか」
そうして話を聞きだし、無駄な情報をそぎ落とそうとしているのだが。あまり
にもこちらの話が不透明すぎた。
ほとんど、近くの村人が消えた以外には確実な情報がないである。
メイジに負われた吸血鬼の集団。森にいる大量のグール。
その2つは冷静に考えればあるはずもない。
だけど実際に人の消えた村があることから皆は不安から噂を作ることにより、
心の平静を保とうとしているのだろうとタバサは推測した。
「……そう」
一息入れるためか、タバサは手にしたお茶を口へ運ぶ。
お茶を含むと独特の苦味が口内に広がっていく。
この村の自慢の特産のムラサキヨモギで入れたお茶だそうで。栄養価が高く、
遠く他国からも求める料理人がいる。だがその味は基本的に酷く苦い。多少な
ら料理の味を引き立てるが、よほどの物好きでない限り好む者はいないのだが。
「…………」
さきほどからそのお茶をタバサは頻繁に飲んでいる。
はじめ村長が飲んだとき、顔をしかめて淹れる茶葉を間違えたと言っていたが。
目の前で黙々とお茶を飲み、何度もお代わりを頼む彼女に驚いていた。
「…………」
「…………」
暫しの沈黙。
タバサが10杯目となるお茶に口をつけた時であった。
「あの」
沈黙に耐え切れなくなったのか、村長が口を開いた。
それは心に燻っていた不安だったのだろう、弱弱しく吐き出された不安は。
「噂ではこの村に吸血鬼が――」
「それはない」
タバサによって断ち切られた。
「今の話を聞く限りでは吸血鬼が行った行動にしては不審点が多すぎる」
二の口を告げなくなった村長は居心地が悪そうになった。
少し言い方が悪かったかと思ったが。憶測や噂で勝手に想像を膨らませて、勝
手な行動を取られてはタバサとしても行動がしづらい。
可哀想だがそういう話はバッサリと切らなくてはならない。
別の意味で空気が重くなる。
その状況を変えようとしたのか。タバサが11杯目のお茶のお代わりを頼もうと
した時。
ふと、視線を感じた。
そちらを向くと、開いた扉の影から小さな目がこちらを覗いていた。
「……?」
「――っ」
タバサが目をそちらに向けると、目は扉に隠れてしまう。
それを怪訝に思ったのだろう、村長もそちらに目を向けると。
「おお」
その相貌を崩した。
「こちらへおいで」
村長が声をかけると小さな影がパタパタと扉から出てきて、村長へと駆ける。
「ほら、騎士様に挨拶を」
小さい影は村長に抱きつくと、村長は優しくその影の背を叩き促した。
影――5歳ぐらいの美しい金髪の少女は、恐る恐るとタバサを見て。
「――」
その杖に目が止まると、顔を強張らせて村長へと顔を埋めた。
「――っっ!!」
よしよしと背を撫でる村長を見て、タバサは口を開いた。
「その子は?」
すると村長は少し苦い物が混じった笑みを浮かべる。
「この子はエルザと申します……先ほど話した村の唯一の生き残りです」
びくりと少女――エルザの背が震えた。
タバサの目が細まる。
「なぜ、さっき話さなかったの?」
少し責めるような口調になったがしょうがない。ほとんど無いに等しい情報の
中、唯一報告書にもない新たな情報源。
いくらあっても足りず、いくらあっても困らないのが情報である。
「待ってください」
それに耐えかねたのか、村長がタバサへと口を開く。
「なに?」
「この子は……なにも知らないのです」
「なにも、知らない?」
「この子は、村が全滅する前の日に近くの森で迷子として見つけられたのです」
村長がゆっくりとエルザの頭を撫でる。
「無人の村を見た若者も、この子のことを連絡するために向かったのです」
「……」
「この子は村を、両親をなくし行き場もなく、今は私が預かっています」
エルザの頭を撫でる村長の顔にはまるで実の子を労わるような表情が浮かぶ。
タバサが視線を視線を向けると、エルザは深く顔を埋めた。
「すみません、その……この子は村を無くした不安か。他人に中々懐きません
で」
「……そう」
落胆からか、視線を外したタバサは再びお茶を手に取り、中身が無いことに気
がついた。
「ああ、お茶の御代わりをお持ちしましょう」
村長が立ち上がり、それにつられるようにエルザもついていく。
なにもすることがなく、タバサは窓の外へと視線を向けると。
「――」
突如として立ち上がった。
そのまま玄関の扉へと向かうタバサに問いかける村長。
「騎士様どこにへ」
それに杖で窓の外を指し。
「止めてくる」
そのまま出て行った。
「……一体何が」
首を傾げ窓の外を見た村長が見たのは、1軒の家を取り囲む大勢の村人であっ
た。



家を囲む大勢の村人。
「吸血鬼をだせ!」
「出て来い! 吸血鬼!」
その手には鍬や棒、中には火の付いた松明を持ち、ドロリと憎悪と殺気に染ま
った目を向けている。
そして家の入り口へと入ろうとする大勢を前に1人。
「だから! おっかぁは吸血鬼じゃないって言ってるだろ!」
真っ向から立ちはだかる大男がいた。
「どこに俺のおっかぁが吸血鬼だという証拠があるんだよ!」
その言葉に黙り込む村人達だが。
1人、利発そうな青年が村人たちの間から歩み出てきた。
「じゃあ、逆に聞こう。どこにあの婆さんが吸血鬼じゃない証拠があるんだ?」
薬草師のレオンである。
「そんなの屁理屈じゃないか!」
「そもそも占い師だと言うのに、この村に来てから誰も占うことも無く。一度
だって家から出たこともないじゃないか」
「病気で寝ているだけだ!」
「話にならないなぁ。だったら僕達の前に出すぐらいわけないだろう?」
「そんな物騒な物を手に持ってなに言ってやがる!」
「ただ僕達は吸血鬼かどうかを調べるだけなんだよ。大丈夫、吸血鬼じゃない
なら殺しはしないよ」
「安心できるか!」
「じゃあ、しょうがない。無理矢理でも調べさせてもらうよ」
そうレオンが言うと、他の村人たちが家へ入り込もうとし、その前にアレキサ
ンドルが立ちふさがる。
それに困ったようにレオンが言った。
「アレキサンドル。どいてくれないかな? 吸血鬼を殺せないよ」
「だから! 俺のおっかぁは吸血鬼じゃないってんだろ!」
一種即発の空気が流れる。
ギリギリと睨みあう双方。
そしてそれを見つめる村人達。2人の衝突は彼らの意思まで仰いでいき、つい
に場が決壊しそうになった時。
「なにをしているの」
冷たい声が響いた。
村人達が道を開ける。
「き、騎士様」
「ち」
そこからタバサが2人の元へ歩いてきた。
「なにをしているの」
にらみ合う2人の間で脚を止め、タバサは再度問う。
すると周囲の村人たちが興奮した様子で騒ぎ出した。
「吸血鬼を殺すんだ!」
「そうだ! 俺たちでこの村を守るんだ!」
「邪魔をするな!」
殺気立つ村人たち、それは周囲にも伝播し異様な熱気を呼び込むが。
すっとタバサが杖を構えた。
すると周囲は一斉に黙り込む。
たとえ見た目が子供でも、メイジであり魔法が使えるということはある種の絶
対権力を持つ。
メイジに逆らうことは出来ないという、常識で育った者達を黙らせるにはそれ
は有効的だった。
黙り込んだ村人たちを捨て置き、タバサは再三の問いをレオンとアレキサンド
ルに付きつけた。
「なにをしているの」
「それは……このアレキサンドルの婆さんが、吸血鬼かどうかを調べるために
……」
苦しくもそう応えるレオンにタバサは静かに言う。
「調べる必要はない」
「そんな! でも確かに吸血鬼はこの村に!」
「それは誰が見たの」
興奮し喋るレオンにタバサはあくまでも冷静に返す。
「吸血鬼がいるかどうかは噂に過ぎない。誰かが確実に見たという証言も無い」
「で、でもっ! 俺はグールを見たんだ!」
レオンはなにかに恐怖するかのように叫んだ。
「あの日、確かに森の奥で! 不気味に動くやつらを見たんだ!」
それは恐怖と言うより畏怖に近かった。
恐れるというレベルではなく、すでに心は折れているのだ。
だがそんな彼の心中を察することが出来るほど、タバサの精神は老齢しておら
ず、その手の経験もない。
「それは本当に、確実に、グールだった?」
だからこそ、冷静に現状と状況を俯瞰し彼に問い返した。
「か、確実かと言われれば……」
言葉を濁すレオン。
「でもあれは人間じゃない!」
「それだけでは、グールましてや吸血鬼が関与しているとは断定できない」
「だがっ!」
詰め寄ろうとしたレオンは。
「なにをしておるか!」
割り込んできた声によって遮られた。
「村長!」
村長はゆっくりと3人の下へと歩いていく。
「先ほどから吸血鬼だ、グールだなど騒いでおるが。そんなことよりも、疑い
なく他人を攻めていることのほうが私は怖い」
その顔には紛れもない悲しみが宿っている。
「…………」
押し黙る一同。
その村長の説得の甲斐もあってか、1人また1人とその場を離れていき。
残ったのはレオンとアレキサンドルの2人だった。
「っく!」
レオンはアレキサンドルを睨んだ後、その場を後にする。
「ありがとうございます騎士様」
ため息を吐きながら村長は言う。
「わたしは何もしてない」
タバサがそう返すが、村長は首を振る。
「いえ、私だけでは彼らは止まらなかったでしょう」
「俺からも、おっかぁを庇ってくれてありがとうございました騎士様」
アレキサンドルもその大柄な体に似合わず(逆に似合うのか)、ぺっこぺっこ
と頭を下げる。
「……結果的にそうなっただけ」
そんな2人にタバサはそっけなく返した。
すると村長がぽんと手を叩き。
「おお、そういえばそろそろ夕食の時間ですが騎士様もいかがですかな」
少しタバサは考えた。
あまり時間をかけるのは得策とはいえない、暗くなる前に無人となった村へ調
査に行きたいのだが。
そこまで考え、夕食を断ろうと口を開いたとき。
「うちの家内が腕により掛けた料理を作りますよ。今夜は特製ムラサキヨモギ
の煮込みスープです」
「――」
「騎士様は苦いのがお好きなようですが、いかがですか?」
「ぜひ」
きゅぴーん、と擬音が鳴りそうな目の輝きを見せながらタバサは頷いた。



夜。
満月に近くなった2つの月の光が部屋に入り込み、タバサの横顔を照らす。
大量のムラサキヨモギのスープと山盛りのムラサキヨモギのサラダをお代わり
に次ぐお代わりにより、結局は日が落ちるまで食べてしまったタバサは、村長
の勧めのもとその家に泊まることとなった。
いくら魔法が使えるとはいえ、暗い夜道で獣に不意を突かれれば危ない。
調査は明日に回すことにして、あてがわれた部屋で今は静かに杖を磨く。
杖を磨くことに意味があるのかと言えば、意味はある。
見た目の立派さや装飾など無きに等しい杖だが、潜り抜けた戦闘の頻度は凡庸
なメイジの杖とは比較にならない。時には魔法の行使ではなく打撃にも使うこ
の杖は、亀裂や磨耗が致命的になることもある。
そうなると自然、杖を磨くのではなく点検といった具合になる。些細な汚れの
下に亀裂が隠れているのかもしれないからだ。
大方拭き終わり、ヒビも曲がりもないことに安堵をした。
まあ、杖にはスクエアメイジによる『固定化』がかかっているので、自然と朽
ちることはほぼないのだが。
一先ず杖を横に置く。ここはある程度の安全を保障された学院ではない。安心
できる場所以外では彼女は杖を常に傍に置いて何事にも対応できるよう体に教
え込ませている。
ふと、窓から空を見上げる。
満月が近い空は、大きな月が空を占める。
それはまるで矮小な人を嘲笑うかのごとく空を占領する。
タバサは昔読んだ哲学と詩とが混じった本を思い出した。

『夜空は舞台である。
暗闇の暗幕を掛け、それを切り裂くのは主演の月の光。それを支えるは星の針
光。
その夜空の下にいる者全ては観客へとなり果て、朽ち果てるまで空を貪り見る
こととなる。
限られた参入者は、空を飛ぶ獣か、空を侵す“ナニか”である』

その書の著者は翌年に塔から転落死をしたという。
唯一“獣以外で空を飛ぶ手段を持つメイジ”だというのに。
彼はどうして死んだのか。それも空に近き場所から。
空には本当に“ナニかが”いるのか。
タバサは得体の知れない恐怖で体を震わせた。
ギシ。
その物音がしたとき、すでにタバサは杖を突きつけていた。
物音の音源。わずかに開かれた扉の隙間から、見覚えのある金髪が揺れる。
「ひっ!」
それは村長が保護している少女、エルザであった。
硬直したエルザを見るとタバサは軽く息を吐き、杖を降ろす。
益体も無いことを考えていたせいか神経が過敏になっていることを少し反省し、
エルザへ話しかけた。
「どうしたの」
その声にエルザはようやく硬直から開放されるが、先ほど杖を突きつけられた
ことからか中々扉の傍から動こうとはしない。
なぜここまで少女が怯えるのか。
よく見るとエルザの視線はタバサの持つ杖へと注がれている。
昔メイジとなにかあったのかと推測し、杖を少し遠い場所へと立てかける。
その間も少女の視線は杖へと注がれているが、そこばかり気にしているわけに
はいかず、ベッドに腰掛ける。
「どうしたの」
2度目の問い掛けにエルザはびくりと震えると、ゆっくりとタバサへと近づい
てきた。
まだ杖を横目で気にしているが、それでも震える口を開いた。
「お姉ちゃんは、なにをしにきたの?」
その問いにタバサは少し考え込んだ。
この少女はタバサがなにをしに来たのか判らない知盲ではないだろう。
本当の“ソレを”知っているタバサは少女にはそれ相応の知性があると読み取
れた。
少女はタバサのしていることを知っている。その上で、タバサへ問うているの
だ。
なにをしに来たのか、と。
「わたしは……」
当てはまる言葉は色々ある。
仕事、任務、もっと端的に言うなら事件の解決。
だが、どれを言っても少女は納得しないだろう。
その目に宿る知性は、そんなことを聞きにきたのではないと語るようにタバサ
には見えた。
だからだろうか、そっとタバサは自分を抱きしめる。
「わたしは……」
心に浮かぶは幼き日の思い出。
常に吹き荒ぶ吹雪の中で宝石のように大事に仕舞っている大切な日々。
そしてそれを護るように、囲うように燃え盛る静かなる業火。
「成すべきことを成すためにここにきた」
その全てを吹雪の奥へ、巨大な氷山の深層へと封じ込め少女への答えとした。
「…………」
静かに目を見つめる。
「おねえちゃんは、氷のような目をしているね」
少女はなにを感じたのだろうか。
「まるで、わたしみたい」
小さくその身のことを語る。
「なにもかも凍りついた心の下に押し込めて、それでも押し込めた物は消えて
ない」
少女はタバサの隣に座った。
体を更に縮めるように体を抱きこみ。
「ねえ、聞いておねえちゃん。わたしはね……」
その身に溜め込んだ物はいかほどのものなのか、その心に刻まれた傷はどれほ
ど深いのか。
「お父さんとお母さんをメイジに殺されたの」
「……そう」
未だ月は頂点にも達しておらず、虫は騒ぐ。
ただ、その光は哀れなる地を這う者を嘲笑うように全てを照らす。
少女の語る話は、吹雪いた心になにをもたらすのだろうか。
夜はまだ落ちない。

山深い森の中。その中でも比較的開けた場所にそれはいた。
大きな体、固い鱗、とがった爪、ギラリとした歯、鋭い瞳。
それは横たえた体をむくりと起き上がらせると空を睨む。
それはまるで空を恨むように、空を憎むように。
まるでなにかに焦がれるかのように。
その大きな首を空へと向け。
「お姉さま! シルフィードのご飯ーっっ!!」
空腹のおたけびを上げた。

エルザの言葉に耳を傾けていたタバサは、ふとなにかを忘れているような気が
したが。
「…………」
気にしないことにした。



静寂に沈む森。
そこには動く物はおらず、全ては月光の陵辱の元で物言わぬ観客へと成り下が
る――はずであった。
初めは小さな音だった。
だが、それを聞いた獣は一斉にその場から離れだした。
静寂が、一時にして多種な雑音に取って代わられ。
再び訪れた静寂の中――ソレは現れた。
ソレは飢えていた。
ソレは喋らない。
ソレは感じない。
ソレは考えない。
ソレは欲しない。
ソレは止まらない。
ソレらは群れとなりただ進む/進む/進む/進む。
ただ愚直なまでに、ただ盲目的に、ただ命じられるままに。
ソレには腕がない。
ソレには脚がない。
ソレには臓物がない。
ソレには頭がない。
欠けて=失って=落として=零して。
五体満足な者などただの1体としていない。
何よりソレには――命がなかった。
鬱蒼と茂る木々草木に脚を取られるが気にもしない。
ソレは脚を引きずり、腹から零れた臓物を引きずり、足が欠けた者は這いずり、
腐った腕をぶら下げ、中には死した赤子を引きずる者いる。
その口から漏れるのは風鳴りにも似た低音。
まだ暗き森の奥から重なる複数の音。
それは澱んだ魂の放つ怨鎖の叫びか、生者を羨む渇望の声か。
その音は、森の奥から奥からいくつも響いてくる。
数とはその強大さを少しでも支配しようとする人間の考え付いた小さな傲慢。
だが、数え切れないのならば、それは恐怖へと変わる。
1が2へ、2が10へ、10が大数へ……。
ソレらの大群は静かに、だが確実に静寂を犯し進む。
うっすらと霧が森を包む。
もし感性の高い者がその霧に触れたら、気が狂えるほどの恐怖を味わうだろう。
それは死せる者達から漏れ出した濃い怨念と魂の残滓なのだから。
その怨念と残滓は現界を冒す瘴気となり、土を木を草を空気を腐らせていく。
正気な者は耐えられまい、正常な者は留まれまい。
ソレらは、自ら出した瘴気で自らを腐らせながらも進む。
静寂を保っていたはずの森が、ゆっくりとそして確実にその“怪異”に犯され
ていた。
だが、その“腐りの中心”。
そこには他とは違う者が居た。
それはローブを頭から被り、瘴気の真っ只中にいて動じた風もない。
木々の間、月の光がその身を照らした。
ローブはまるで砂漠の民のように黄色に染まり、その端々には絢美とも言える
細かな装飾がある。
体を包むその布は、体を隠してもその線までは消しきれず、凹凸の効いたその
シルエットは女であると主張し、その歩き方からも気品すら感じさせる。
だが、ある一点がその者自体に疑問を投げかけていた。
それは、ローブの奥。照らし出された仮面。
それは嘲笑っていた。
まるで三日月のように刻まれた口、抉り抜いたかのような両の目。
笑う、嗤う、哂う。
その仮面は、女は全てを嘲笑っていた。
雲が月を隠す。
月の光を失い、ソレらは――女は暗闇へと沈む。
暗闇へと染まる森。
だが、森は確かに“怪異”に侵され、今もソレらは進んでいた。



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