あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無と金の卵-18



 サイトが酒場から出た後、ルイズ達も宿の部屋に引き上げていた。
 流石に上等な部屋だけあって、調度品も一級品、ベッドも天蓋付きであった。
 公爵家の屋敷に住んでいたルイズがそれらに気後れするはずもなく、旅の疲れを癒すのにはうってつけだった。
 だが旅の荷を降ろしたところで、キュルケのはしゃいだ姿がルイズの視界に飛び込む――溜息が出る。

「渋いわ! それに愛嬌もあるし! 学院じゃあお目にかかれなかったタイプよね。ねぇタバサ、あなたはどう思う!?」
「……興味はある。噂がどれだけ本当か、知りたい」
「でしょうでしょう? ここで出会ったのが運命よね! 確か、王党派の詰め所に居るって言ってたわよね」

 サイトと別れた後も、キュルケはきゃあきゃあと騒ぎつつ、次なるアプローチを考えているらしい。
 キュルケはいち早く部屋のドレッサーに陣取っていた。
 タバサも、まあ何とはなしにキュルケに付き合いつつも、読書しながらの対応で、憎らしいほどにいつも通りだ。
 ルイズは、自分の肩に乗った責務の重さに比べて、軽すぎるキュルケの立振舞いに妬ましさすら覚えた。

「……あんたは、気楽で良いわねぇ。大体、ペリッソンはどうしたのよ」
「出会いはいつも突然よ、ヴァリエール。過去を振り向く暇なんて無いのよ」

 何のてらいもなくキュルケは答えた。
 この女、本気で忘れてるじゃない――とルイズは思う。
 ペリッソンじゃなくてスティックスじゃなかったけ――とタバサは思う。

「……本当に忘れられるの?」
「ん?」
「キュルケは……あんた、本当に、心から好きだった人がいたら、忘れられる?」

 普段なら、ルイズはこんなことを尋ねない。
 恋愛絡みの話で、キュルケの意見など絶対に求めたりしない。
 言うなればそこは、ヴァリエール家の数多の良人を奪ったフォン・ツェルプストー家の領地であり本陣に他ならず、
 ルイズが何の準備も無く、実戦経験も無く、単身そこへ乗り込むのは無謀な自殺行為でしかない。
 だが、ルイズは敢えてその地雷原に足を踏み入れた。
 「ルイズに聞かせるには百年早いわ」、とか、「もう少しマシな下着を選べるようになってから考える事よね」とか
 軽口を叩くだろうかという思いが一瞬よぎったが、今は茶化すような雰囲気でもないだろう、とルイズは自分を納得させる。
 珍しいじゃない、とキュルケも驚いて呟き、神妙な表情になる。

「……でも、そうねぇ、ルイズに聞かせるには百年早いわ。もう少しマシな下着を選べるようになってから考える事よね」

 キュルケの神妙な表情は3秒も続いた/4秒目からは憎らしいほどに普段通り。
 あまりに予想通りの展開にルイズはがくりと肩を落とす。

「そうよね、あんたに聞いた私が間違いだったわよね……!」

 と言い、ルイズが激昂して手が出る直前のところで、「うそうそ。ま、ちゃんと答えるわよ」などとキュルケは
 真面目な表情をして考え出した。
 結局、手を出すタイミングを上手く躱されたルイズは、仕方なしに黙って聞いた。

「……少なくとも、忘れて構わない男は、本当に忘れちゃうからね。だから、忘れがたい人が欲しいのかも。
 きっと、忘れてないってことは心の中にその人が居るってことだし、何も終わってないってことなのよ」
「じゃあ、忘れられない人が居て、会えなかったら、どうする? それでも、他の男を捜したりするわけ?」
「……そうねぇ」

 キュルケは思案げな声を出す。だがすぐにキュルケはルイズに目を合わせてくる――不敵な微笑み。

「つまり、そういう男の人が今、側に居ない状況ってことよね?」

「……た、例えばの話よ」 ルイズ――微笑にたじろぐ。
「本気で寄りを戻したいんなら、どんなことしたって引き戻すわ。男に連れ合いが居ても、私に連れ合いが居ても、関係ないわ。
 ……でも、もしも別に寄りを戻すつもりがなくても忘れられないのなら、精算することよね」
「精算?」
「嫌いになったなら、あんたなんか嫌いって言えば良いのよ。恨みがあるなら、一発殴るなり魔法で燃やすなり、
 好きにすれば良いのよ」
「……あんた気付いてないだろうけど、ちょっとワガママ、じゃなくて凄いワガママよ」

 ルイズがジト目で言葉を返すが、キュルケは「そうかもね」などと流して、何処吹く風といった調子だった。

「ともかく、自分の心のままに決着を付けるのよ。心残りだったことをやって、すっきりさせることよね」
「決着……」

 その言葉を、ルイズは自分の心に刻み込んだ。
 自分の関わる事態のどれも終わりを見せていない。自分自身の決着を付けようともしていない。
 ただ漫然とラ・ロシェールに佇む自分に、これ以上相応しい言葉は無い、とルイズは思う。

「ま、自分の心なんて、会うその瞬間までは固まらなかったりするものだけど」

 貴女はどうかしら――キュルケの微笑みは問いかけている。






 そのあと、結局キュルケの話に延々と付き合わされた。
 サイトはどんな女性が好みなのか、どんなアプローチを仕掛けるべきかなど、微に入り細にわたって
 作戦を練るつもりのようだった。
 「そういえば、ずいぶんと宝石にご執心だったわね。実家に近ければよかったのに」などと歯噛みしていた。
 当然ルイズは途中で付き合いきれなくなり、話の半ばでタバサに押し付けて宿の外へ出た。
 外は小雨が降っていた。まだ日は沈んでいないはずだが、空は陰り、もはや夜と変わらない有様だ。

 女神の杵亭の裏手には、広場があった。
 朽ちかけた立て看板には、「練兵場跡地」と書かれていた。
 ルイズは、「体を冷やすぞ」というウフコックの注意にも生返事を返すだけで、
 ウフコックは仕方なしにフード付きのローブに化けてルイズを包み込む。
 冷たい風に当たるつもりなのに――そうルイズは思ったが、敢えてそれを剥ぎ取りはしなかった。
 練兵場の跡地の光景は、寒々しいものだった。
 その光景と寒さ、今のルイズにはそれが心地よかった。

「……部屋へ戻ろう、ルイズ」
「良いのよ」

 昨日から続く混乱の局地から抜けて、ルイズは冷静になった。
 上等な宿で飲み食いして休み、キュルケと馬鹿な話をしたあたりで、ルイズは、悩みに悩んでいた自分に対して、
 急に馬鹿らしくなってきてしまった。
 姫様の依頼を受けたこと/婚約者のワルドが国を裏切ったこと/ワルドが、サイトとかいう傭兵に殺されかけたこと。
 どれも確かに災難に違いない。
 だがそうだとしても、それら出来事一つ一つに対して始祖ブリミルに嘆いたり恨んだりするようなことではない。
 悩むよりも前に、悲しむよりも前に、まだ何も始まっていないのだ。

「ねえ、ウフコック。私、なんだか思い違いをしてたわ」
「……どんな?」
「どうしてこんな目にあってるんだろうって、さっきまで考えてた。きっと今日は凄く不幸な日なんだって思ってた。
 でも、たまたま悪い目が重なっただけで、一つ一つは、そんな難しいことじゃあないのよ。きっと」

 それは、今のルイズの偽らざる本音だった。
 そう断言できるほどの強い眼差しで今と未来を見つめていた。
 難問の数に押し流されそうだっただけで、今ならば、一つ一つを考えて取り組む余裕が生まれていた。
 ただ――状況に翻弄され流されるまま、こんな無様を晒しているのか、それだけが心のしこりとして残った。
 どうして自分は、流されるままの状況に甘んじているのか。
 キュルケにからかわれて、気付いてしまった。
 自分が、どれだけ自分らしくなかったかということを。
 冷静になって考えれば考えるほど、恥ずかしく、苛立たしく、腹立たしい。
 しこりとして残ったものの正体をルイズは見破った――それは紛れもない怒りだった。

「それに、まだ、何も起きてないのよ。私は誰にも攻撃されてなんてなかったわ。
 確かに危険な瞬間はあったけど、私が狙われていたわけじゃない。乗り越える壁があっただけで、それに怯んでただけなのよ」
「ルイズ……」

 凜とした声でルイズは語りかける――静かで平らかな声。
 だが、それが本気で怒る兆候であることにウフコックは気付いた。
 感情の臭いを嗅ぐウフコックには、今のルイズの冷静さが嵐の前の不気味な静けさと等価だと、すぐに気付いた。

「……だからそうよ。私はそれを今から、乗り越えるのよ!」

 ルイズの決意――力に満ちた声で。暴風にも怯むこと無く。

「この私を! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを差し置いて好き勝手やってる連中に!
 私が誰か思い知らせてやる必要があるのよ!!!」

 ルイズは激怒した――難題を押し付けておいて自分だけ悲嘆にくれる我が儘アンリエッタ姫に。
 ルイズは激怒した――十年以上放ったらかしのままレコン・キスタなどに身を投じた放蕩貴族のワルド子爵に。
 ルイズは激怒した――少しくらい腕が立つ程度で貴族に舐めた口を聞く田舎者の傭兵サイトに。
 ルイズは激怒した――人が真面目になときにくだらない茶々を入れる、頭のネジと貞操観念の緩んだゲルマニア女のキュルケに。
 ルイズは大いに激怒した――そんな身勝手な連中になすがままにされる、弱虫でちびなゼロのルイズに。
 宿に引っ込んでいろと言われて大人しく布団を被っているような自分を許せるか――否。
 大事だった人が死ぬのを、ただ傍観している自分を許せるか――否。
 どれだけ運命に翻弄されようとも、そのを良しとする自分を許せるか――断じて否。
 流されるままの弱い自分など、自分ではない。許すことなどできない。そうルイズは思う。

「そうよ、決着を付けてあげようじゃないの」
「る、ルイズ……」
「決めたわ、ウフコック。私はワルドを助ける。大事だった人を見捨てるのは、私の流儀じゃないの。
 もちろんそれとは別に、姫様の依頼も絶対に達成する」
「しかし、危険だ」

 ウフコックの逡巡を、ルイズは即座にはねのける。

「そんなのは承知の上よ」

「君は、レコン・キスタに与するつもりではないだろう。どうするんだ?」
「彼一人だけ、ここの王党派の目を盗んで匿う。場合によっては眠らせるなり捕縛するなりするわ。自分の手で。
 そして手紙の任務の達成の褒美として、ワルドの助命を嘆願するのよ。ま、爵位の剥奪くらいの処分はあるだろうけど」

 その発言はウフコックの発想を超えていた。
 ウフコックがローブの形態をとりながらも、動揺している様子がルイズには手に取るようにわかった。

「む、無茶な……それに、国の犯罪者を自らの手で量刑するなど、君の立場を悪くするのではないか」
「別に裁くわけじゃないわ。でも、今の状況で裁くだの何だの言ってられる状況じゃない。
 明らかにレコン・キスタってわかったら、何をどう言い繕ったとしても、問答無用で殺されたって仕方のない状況なのよ、きっと。
 内乱でマトモな裁判なんてあるわけが無いんだから、温情措置を願うなら自分の手で何とかするしかないのよ」

 ルイズの言う通り、という面は確かにある。
 ここは司法と他の権力との分権も定かではない、王政の敷かれた国である。
 戦争という異常事態にあって、ウフコックの居た現代的な都市ですら司法が揺らぐ。
 自分で事態を切り開かない限り、王権や財力といった圧倒的な力に、個々人の事情など押し潰されるのが現状と言って良い。

「だが俺はワルドを知らないし、君も恐らく、今のワルド、というか、今のワルドの人となりを知るまい。
 はたして、信念を曲げて君の提案を肯んじる人間なのか?」
「助けられるか、断って死ぬか、選ぶのは彼よ。私は手を差し伸べるけど、それを掴むかどうかまでは知らないし、知った事じゃないわ」
「だが、どうやって? 君は彼の居場所など知るまい」
「……さっき、サイトが偉そうに言ってたことを覚えてる? 敵か味方か選べ、って言ってたことよ」
「ああ。覚えているが……」
「選ぶ、って考えが間違ってるわ」 ルイズはせせら笑う。
「私はあくまで私の味方よ。誰かの味方に付くなんて受け身の態度を取るつもりはないのよ」
「つまり?」
「傭兵ってことはつまり金で雇われているってこと。なら、彼が納得する報酬で雇えば良いのよ。
 そしてワルドを殺すのは諦めてもらう。捕らえさせて私の元に連れて来させるって仕事に鞍替えしてもらうわ」

 ルイズは、自分の指に嵌められた指輪を空に翳した。
 雨露に濡れた水のルビーの静謐な輝き。それは曇天の下でも褪せることなくルイズを照らしている。



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