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ゼロの魔王伝-05



ゼロの魔王伝――5

 ガリア王国辺境、サビエラ村。
 僻村に出現した、最悪の妖魔の一つに数えられる吸血鬼討伐の為に、使い魔である風韻竜シルフィードと共にサビエラ村を訪れる事となったタバサであったが、サビエラ村近郊まで辿り着いた時、上空二百メイルを飛ぶシルフィードが、不意にその異常に気づいた。
 任務伝達の手間や資料を調査する手間の関係で、タバサ達がサビエラ村近郊まで辿り着いたのは月の明るい夜の事であった。本来なら、まだ吸血鬼の天敵たる太陽の輝く内に到着し、村長達に新たな騎士の到着を伝える筈だった。
 吸血鬼が活動を始める時刻に村に到着する事は、低確率ではあったが吸血鬼との偶発的な遭遇及び戦闘も考慮しなければならなかったが、そうなったらなったで人間に紛れた吸血鬼を探す手間は省ける。
 人間の用いる系統魔法は、妖魔や亜人、エルフの用いる先住魔法に対して不利な面が多いが、タバサの側にも幼いとはいえ強力な幻獣であるシルフィードがいる。二対一での戦闘ならば、勝利が望めずとも追い払う程度の事は出来る。
 もっともガリア王国としては、貴重な騎士をこのようなたいして価値もない村に常駐させるわけにもゆかぬから、追い払うだけでは吸血鬼の報復によって、村に多大な被害が及ぶ恐れもあり、やはり一度の遭遇で討伐する事が望ましい。
 とりあえず、今宵一晩は村長の所に顔を出して明日改めて吸血鬼の捜索を行おうと、タバサが決めていた。
 だが、広げた翼に悠々と風を捕まえ、タバサを危険な任務の待つ場所に運ぶ事を嫌がっていたシルフィードが、不意にきゅい、と戸惑うように鳴いた。
 それまでシルフィードの青い鱗に包まれた背びれにもたれかかり、眼を閉じていたタバサが薄く、青空を透かしたガラス片の様な色合いの瞳を開いて問いかけた。

「どうかした?」
「おかしいのね。精霊達が怯えて、震えて、怖がっているのね、きゅいきゅい。でも変なの。精霊達がみんなふわふわと気持ちよさそうに浮かれているのね! どこかで見覚えがあるような気がするのね」
「……とりあえず着地して。徒歩で近づいてから変化」
「了解、でも変化はいやなのね。人間の服は窮屈なのね、きゅい」
「はやく。いやな予感がする」
「きゅい~」

 タバサの計画では、シルフィードに外見を変化させる先住魔法の“変化”を使わせて、派遣された騎士に仕立て、自分はその従者としてふるまい、シルフィードを半ば囮にする形で吸血鬼を釣り上げる計画を建てていた。
 いかんせん、タバサの外見は幼い。百四十二サントしかない小柄な体は相応に平坦で、わずかに膨らんだ胸と、小振りな尻ではそれぞれをつなぐ腰のラインがくびれを描くのも難しい。十五才と言う年齢を加味しても、やはり騎士と言うには幼すぎた。
 その点、シルフィードが変化を用いれば、精神年齢は人間でおよそ十歳程度ながら外見は二十歳前後になるし、多少言動は奇天烈大百科だが、ま、そこはそれ、せっかく派遣された騎士を村人が追い払うわけもない。
 細かい段取りは実際に村で調査を始めてからと決めていたタバサだったが、シルフィードの疑惑の声に、唐突に胸の奥で黒い不安が人食いの大蛇の様に鎌首を持ちあげるのを感じていた。
 地に降り立ったシルフィードの背から降りて、シルフィードに変化の魔法を使わせようとしていたタバサの耳に、唸りながら何かを思い出そうとしていたシルフィードの声が聞こえた。

「思い出したのね、アレは黒づくめの剣士さんがいる時の精霊の反応なのね! みんなうっとりとろけて幸せそう! でも、変、剣士さんは魔法学院に居る筈なのね。それにあの方が居る時はこんな風に怖がったりしないのね」
「あの人と同じような反応?」
「そうなのね、ちょっとだけ違うけど」
「……」

 タバサが脳裏に思い描こうとし、慌てて打ち消したのは、魔法学院二年生への進級に当たり催された使い魔召喚の儀式で、同級生のルイズが呼び出した使い魔の姿であった。
 脳裏にぼんやりと輪郭が描かれつつあったその姿を消したのは、思いだしたら最後、数時間はその場で恍惚と立ち尽くしてしまう事を自覚していたからだ。


 始祖ブリミルに連なり、トリステイン王の庶子を祖に持つ由緒正しき大貴族たるヴァリエール家の三女として、入学当初誰もが一目置いたルイズ。
 けれど魔法が使えず、それ以外の成績がどんなに優秀でも、貴族を貴族たらしめる最大の要因たる魔法が使えず学院の誰よりも見下され、馬鹿にされていたルイズ。
 どんなに簡単な魔法も成功する事が出来ず、どんなに努力しても、どんなに貴族らしく優雅に振る舞って見せても、卑しい嘲笑ばかりを向けられていたルイズ。
 その彼女が、最後の最後、縋るように希望を込めて唱えた召喚に応え姿を見せたのはサラマンダーやバジリスク、スキュラといった幻獣でも、狼や狐、猪や猫と言った動物たちでもなかった。
 見慣れぬ格好の人間だったのだ。鍔の広い旅人帽を被り、胸元には人の手の届かぬ深海の蒼を湛えた神秘的な色合いのペンダント。万年雪の最も古く純粋な部分のみを敷き詰めた様な肌の白とその蒼だけが、黒づくめの衣服の中で一際輝いていた。
 その青年が光と途方もない熱と共に姿を見せた時、目の前に立っていたルイズのみならず遠巻きにして見守っていた他の生徒達も監督役を務めていた、教師のコルベールも、いや使い魔たちでさえ呆然と立ち尽くし、精巧なオブジェと化してその青年を見つめた。
 美しすぎたのだ。あまりにも。変わらず燦々と照りつけている太陽の光がすうっと色と輝きを失ったように見えてしまうほど、その青年がいるだけで世界は見知らぬ異界と化していた。
 背に負った身の丈ほどもある、ゆるやかな弧を描いた鞘に収められた長剣からおそらくは平民の剣士か、流れの傭兵と判断された青年は、体中から白煙を吹き上げ、足元に冷えて固まった溶岩を蟠らせていた。
 魂までも吸い込みそうな、いや、誰もが望んで魂を捧げてしまうほどに深い瞳がルイズに向けられ、その目の動きだけで周囲の生徒の半数があまりの美しさに精神が許容限界を越えて気絶した。
 隣の生徒が倒れても誰も開放しようとはしなかった。自分達の意識を保つだけで精いっぱいだったからだ。かくいうタバサもまた、凍りついた筈の心が激しく刻む脈動に呼吸さえ苦しくなり、なんとか意識を保つので精一杯だった。
 真の美とは性別や年齢、種族の壁さえも超越するのか、魔法学院の生徒達によって召喚された使い魔たちでさえその剣士に視線を集め凝然と固まっていた。
 タバサの隣に居たシルフィードも、あんぐりと大口を開けて、優れた石工に彫琢された竜の彫像の如く固まっていたのである。
 その美と言う言葉を超越した領域の存在たる剣士が、なにか口を開こうとし――

――だめ、これ以上思い出してはいけない。

 召喚儀式の日、まるまる半日自分の部屋のベッドの上でぼんやりと過ごした事を思い出し、かろうじてタバサは脳裏に焼き付いていた黒衣の剣士“D”の残影を追い払う事に成功した。
 夢の世界の入り口で彷徨っていた時間を取り返す為にか、タバサは素早くシルフィードに再度命じた。

「早く変化して」
「え~~~」
「早く、急がないと取り返しのつかない事になるかもしれない」
「きゅい、お姉さま、とっても怖い顔をしているのね」
「……」

 タバサは思い出したのだ。Dの美貌と共に、彼に匹敵する美しさと、これまで出会った事が無い程の邪悪さを持った魔人――浪蘭幻十の存在を。
 よもやかような僻村で出会う事になるとは露ほども思っていないが、もし万が一と言う事もある。あの時は幻十の側に多分に遊びの要素が強かったからこうして生きて帰れたが、今度出会ったらどうなるかは分からない。
 良くも悪くも、いや十分以上に悪いが、出会ったら最悪死も考慮の内に入れざるをえまい。

「……」
「なあに、お姉さま。シルフィの顔に何かついているのね?」

 外見は恐ろしい竜の姿をしているが、つぶらな瞳に浮かぶ天真爛漫で無邪気な光や、幼い言動が可愛らしいシルフィード。
 もし、自分がここで死ぬような事があっても、この娘だけは絶対に生きて帰す。それが、この幼い竜を使い魔にした自分の責任だと、タバサは覚悟を決めた。

 変化したシルフィードに用意しておいた衣服を着せ、村に一歩を踏み入れたタバサとシルフィードは早々に鼻をしかめた。

「きゅい~~、シルフィのお鼻が曲がってしまいそうなのね。お姉様、この匂いって」
「血」
「……吸血鬼の仕業かしら?」
「分からない。でも一晩で村を全滅させる事が出来るとも思えない」

 粗末な獣除けの柵を越え、村の中に足を踏み入れたタバサは、夜の静寂の中に農耕に立ち込める死の気配と血の匂いに辟易しながら、村長の家に辿り着いた。近くの森から時折風に乗って虫の鳴き声や歯のすれる音が聞こえる以外は、なんの音もしなかった。
 まるで自分達が、異世界に紛れ込んでしまった様な、あるいは世界で自分達しかいないような、そんな途方もない孤独感と疎外感に襲われる。
 タバサよりも頭一つ大きく、競り出た胸も丸みを帯びた尻も豊満な美女と化したシルフィードは、おっかなびっくり、タバサの肩にかじりつくようにしながら村の中を歩いていた。

「う~、誰もいないみたいなのね。こんな時間でもお夕飯を食べていたり、寝る前のおしゃべりがシルフィには聞こえるのに、なんの音もしないのね」
「誰もいないのか、誰もいなくなったのか、それとも誰も生きていないのか」
「きゅい!? そそそ、そんな怖いこと言わないでほしいのね。それにいくらこんな小さな村だって、村の人たち皆を殺してしまうなんて、オーク鬼でも何十匹もいなければ一晩では出来ないのね。それに、全然荒らされた様子もないのね!」
「じゃあ、吸血鬼?」
「きゅい、分からないからこうやって調べに来たんでしょうに」

 やがて、窓から明かりの零れる村長の家に辿り着いたタバサは、無言で絞められた扉を開いた。鍵は掛かっていない。扉をたたき、家人を呼ぶ事もしないタバサの行動が、ある種の推理を確信している事を告げていた。
 はたして、その推理の正しさは開いた扉のすぐ向こうの物体が証明していた。
 きゅい!? と悲鳴代わりに無くシルフィード。タバサの眉間に刻まれた皺が一層深くなった。
 タバサの目の前には床に広がった血だまりの上に倒れ伏した人間のパーツが転がっていた。首、両手、両足、腰から上下に立たれた胴体、とおおまかに七つに分断された体が、自分の体から零れた血に染まって赤い化粧をしていた。
 右半顔を自分の血で赤く濡らした老人の顔は、不思議と苦悶の様子はなく、これからちょうど寝室に戻って床に入る所だったのだろうか。その平穏を打ち破ったモノは、音もなく老人おそらくは村長の体に絡み付き、痛みを感じる暇もなく切り分けたのだろう。

「きゅい~~~、どどど、どうなっているのね!? 人が死んでいるのね!! バラバラなのね!! 真っ赤っかなのね!」
「生き残りを探す。いないかもしれないけれど」
「え? え? え? じゃじゃ、じゃあ、お姉様は村の人達がみんなこう言う風に殺されているって言うのね!?」
「十中八九」
「こ、こんな事、どんな種族が出来るって言うのね! この切り口なんてあんまり鋭すぎて血が滲んでさえいないのね、少なくともシルフィは知らない! うぅ、血の匂いに酔って来たのね……」
「……」

 そのまま冷たい夜気を朱に染めてしまいそうなほど濃く、まだ新しい血の匂いに酔い始めたシルフィードを押して、タバサは背後の村長の家を振り返るや、小さくウィンド・ブレイクを唱えた。
 唐突なタバサの行動に、シルフィードも気分の悪さを忘れてえ、と驚きに目を見張る。幼子の握りこぶしほどの風の塊が、村長の家の壁に当たるや、ぴしり、ぴしり、と風を打つような音と黒い線がそこら中に走り、瞬く間に家は崩れ落ちた。

「あの老人だけじゃない。犯人は家毎切り裂いた」

 そう告げるタバサの問いが正解であると告げる様に、周囲の村の家々が一斉に音を立てて崩れ落ちる。
 夜の静寂を裂いて乱れ交う崩落の音。その中に理不尽な死に怨嗟の声を挙げる村人の声が混じってはいないか。
 噴き上げる噴煙の中に、床を一杯に濡らし、戸口を越えて家の外の地面も赤く濡らし始めた湯気を立てる血の赤が、飛沫となって混じってはいないか。
 タバサの推理は最悪の形で的中した。今宵、この村に生ある者はなし。ただ一人の美貌の魔人の意思によって、すべての村人の生命が斬殺されたのだ。無慈悲に、理不尽に、一方的に。
 タバサが月夜の明かりに照らされた地面のある一点に目を落とした。変化した体を恐怖に震わせるシルフィードが、逃げようと告げるよりも早く、タバサの瞳に小さな炎が揺れていた。
 点々と続く染みは、体から流れたばかりの血の滴であった。一人だけ、この惨劇から逃れられた者がいるのだ。タバサがシルフィードを振り返り、とある提案をした。


 ざざ、と月と星の明かりだけでは到底判別の付かない夜の森の中を、小柄な影が信じられぬ速度で走っていた。地面に落されたシルエットは小さく、まだ五つか六つ頃の幼い子供と見える。
 天空に座す月も思わず心配してしまいそうな小さな影は、しかし夜に生きる獣の様な俊敏さで木々の合間を走り抜け、小川を踏破し、片時も休む事無くかけ続けていた。自分のすぐ後ろに立つ死神の息が、今も首筋を撫でているのだろうか。
 風に乱れた髪が月光に絢爛と輝く中、その少女はようやく足を止めて肺いっぱいに夜の森の空気を吸い込んだ。
草いきれや、獣の匂い、花の香り、木々の匂い、水の香り、大地の匂い。到底人間には理解出来ぬ匂いがたっぷりと体の中に流れ込み、乱れた心肺を整える。

「ここまで来れば……」

 信じた事もない神に縋る様にして呟いた言葉を、背を預けた大樹の枝葉を揺らしながら落下してきた物体が遮った。どっ、と重い音を立てて地面に転がるのは、少女の右腕が抑えている左腕にかつてあったモノ。
 肘から先を見るも鮮やかに切断された幼子の左腕だった。ひ、と少女の喉から零れる音。

「忘れものだよ。もう二度とくっつく事はないが、自分の体だ。大事にしたまえ。そうそう、それから“ここまで来れば”……。その続きは何だい? “もう大丈夫”かな」

 かちかちと歯を打ち鳴らしながら、少女は絶望と恐怖の実が支配する瞳を、声が降ってきた方向へと向けた。何の支えもなく、魔法を使うでもなく、白みを帯びた黄金の月を背に、夜空に立つ一人の青年の姿を、見た。
 にこりと、黒い三日月が青年の口元に浮かぶ。笑みであった。向けられたもの全てが涙を流しながら、おのれの運命の終結が、この世ならぬ無残なものである事を理解する笑み。
 地に伸びた影さえも美しい青年は、浪蘭幻十と言った。


 夜の森に分け入り、ライトの魔法で杖の先端に明かりを灯したタバサは一心不乱に血の跡を追い、何分かけたか分からぬほど走り続け、そこに辿り着いた。苔むした岩と巨木の根が絡み合う開けた場所であった。
 ちょうど木々の枝の中央が円形上に空隙を造り、そこから星と月の光が惜しげもなく降り注いでいる。ちょうどその中央に月光を照明に、夜の森を背景に、かつて責め苛み、弄んだ麗しい魔人の姿があった。
 その姿の美しさに恍惚と蕩けるよりもタバサの心は冷徹に凍える事を選んだ。目に映らぬ幻十の魔糸によるものだろう、幻十の傍らに宙づりにされた少女の姿があった。
 だが、最初タバサはそれが少女であるとは認識できなかった。何か巨大な、芋虫の様なものと、そう思ったのだ。
 タバサに背を向ける格好で居た幻十が、なにをもってかタバサの接近に気づいたらしく、どんな歌姫の歌もしわがれた蛮声に聞こえる声が、タバサの耳にするりと忍び入ってきた。

「君か。たしか、タバサと言ったな。ここに来たのは偶然かい?」
「この村へは任務で来た。ここに来たのは、生き残りを探す為」
「ああ、そういえばあの村の住人はみんな死んだはずからね、生き残りを探そうとするのも不思議じゃない」
「貴方が殺した。どうして?」

 かすかに吊り上げる幻十の微笑を、タバサは背中越しにも見た気がした。背筋を駆けのぼる悪寒。死の気配よりも冷たく、おぞましく。それはタバサの心臓をゆっくりと握りしめた。

「よく、ぼくの仕業と分かるね? 証拠でも?」
「村の人達と家屋の切り口。私は貴方以外にあれを出来る人を知らない」
「そうか。故郷にはもう一人同じ芸当ができる者がいるが、まあ瑣末な事だ。確かに村の人間はぼくが手に掛けた」
「どうして?」

 再び重ねられるタバサの問いに、幻十は答えた。聞かない方がいいと、タバサの心の中で、自分の声が言う。

「ぼくにとってこのハルケギニアと言う世界は未知のものでね。面白くはあるがここに骨を埋めるつもりはない。いずれは元の世界に戻るつもりさ。ただ手ぶらで帰るのも詰まらないだろう? 役に立つモノを探す為にいろいろな所を見て回っていてね。
 そんな時だ、ぼくの世界にも居た妖魔の吸血鬼がこの村に居ると風の噂に聞いたよ。さて、どれほどのものかと思ってこの村に来たんだが、いちいち探し出すのも面倒だ。だから、吸血鬼の活動する夜にぼくの武器を風に乗せて流したんだ。
 君を切り刻んだぼくの武器をね。それで死ぬようなら利用する価値もない。ぼくの武器に気付いて逃げられるようなら、少しは見込みがある。村人達には元から期待していなかったが」
「……吸血鬼を見つけ出す為に、村人を皆殺しにした?」
「その通り。そしてその甲斐もあってこうして、吸血鬼を捕える事に成功したのだよ」

 ゆっくりと幻十が振り替える。幻十に遮られて見えなかった芋虫の様な影の姿が、月明かりに暴かれてタバサの瞳に映った。見開かれたタバサの瞳。
思わず取り落としそうになる杖を持ち直し、それを見る。幻十が捕えたという吸血鬼を。まだ幼い少女の、無残極まりない凄惨な姿を。
粗末な衣服は流れ出た血にしとどと濡れ、その両手両足は付け根から切り落とされて地面に転がっていた。もはや口を開く力もないのか、吸血鬼の少女はピクリと蠢く事もなく魔糸に囚われたままだ。

「どうした? この吸血鬼に同情でもしたのかい。瞳に怒りが籠っている。君も任務ならばこの娘を容赦なく殺しただろう? 過程は違うが、結果は同じはずだがね」
「私は楽しみの為に殺しはしない。貴方は自分の楽しみの為ならいくらでも殺す。村の人達を殺す必要もなかった」
「必要なら君も殺すだろうに。しかし、会って間もないというのにぼくをよく知っているかのような口を聞く。もっともその通りだ。ぼくはぼくの為に殺す。千人でも、万人でも、ぼく以外のすべての人間を殺せば目的が叶うなら、ぼくは喜んでそうするよ」

 その言葉が嘘偽りの無いものであると分かる。浪蘭幻十とはそういう存在だということが、初めて出会う者にも分かる声であった。
自然と、タバサの杖を握る手に力が籠る。目の前の存在を決して許してはならないという決意が、熱く燃え盛っていた。今目の前に居るこの青年の存在を許せば、ハルケギニアの大地はありとあらゆる生物の死骸で埋め尽くされると、根拠もなしに確信していた。
そしてそれは、おそらく、事実であったろう。

「闘う気か、このぼくと。だが、まだ無理だ。君は見所がある。二度までは許す。しかし三度目はない。今日は吸血鬼が手に入って気分がいい。君の使い魔も見逃してあげよう」

 幻十が右手をかすかに持ち上げて手首をこねるや、上空で幻十を挟撃すべく滞空していたシルフィードが、目に見えない魔糸でがんじがらめにされた姿で落下し、地面に激突する寸前で、何か網に捕まった様に減速し、ふわりと木の葉のように柔らかく落ちた。

「きゅい~~」

 と申し訳なさげに鳴くシルフィード。その鱗を千分の一ミクロンの糸が、何重にも巻き付き、幻十の指加減でシルフィードは数百単位の肉片となるだろう。タバサは戦う前から自分達の敗北が決まっていた事を悟った。

「ではさようなら、タバサ。夜ふかしは美容の敵だ。早く帰って眠りの世界へ行くがいい。ぼくの事は忘れる事だね」

 シルフィードの姿に気を取られた一瞬の内に、幻十の姿は夜の闇の中に消え去り、タバサを嘲笑う声だけが木霊していた。
 同時にシルフィードの束縛も解けたようで、慌ててシルフィードが体を起して今にも泣き出しそうな顔をしてタバサに駆け寄った。

「こわかったのね~~、お姉様、あの人、剣士さんと同じくらいきれいだけど、ずっとずっと怖い! お姉様、あの人にもう関わってはいけないのね!!」
「そうもいかない」

 あの男は自分の復讐の相手であるジョゼフの使い魔だ。ジョゼフの首を狙う以上いずれは敵として相まみえる事になるだろう。そしてなにより

「あの男はこの世界に居てはいけない」


 数日前の夜の、血の海に沈んだような凄惨な出来事の回想から、タバサは現実に帰還した。ルイズが召喚した件の使い魔“D”は、手に持ったデルフリンガーをだらりと下げ、戦闘の気配を薄いものに変えていた。
 タバサに現実への帰還を促したのは、唐突にただの土へと変わったゴーレムの崩壊の音であった。Dとの戦闘により、右腕と左手の五指、さらに無数の斬痕を刻んだゴーレムはその肩に乗っていた術者らしい影が退散すると同時に目晦ましとして崩壊したのだ。
 すでに周囲の気配の捜査を終えたのか、Dは四肢に行き廻らした力を解き、全身から立ち上っていた鬼気を消した。
 デルフリンガーが鍔の辺りをかちゃかちゃ鳴らしながらDに声をかけた。

「追いかけないのかい? 相棒。まだ見失っちゃいないだろうに」
「近いうちにまた会う事になる」
「へえ、犯人が誰だか変わっているような口ぶりだあね」
「さて、な」
「D!」
「うるさいのが来たぞい」

 背中にぶつかってきた少女の声を左手が揶揄し、Dはシルフィードの背から降りたって小走りに駆け寄ってくる桃色ブロンドの少女を見た。
 目下、Dの主であるルイズだ。もっとも契約の際にはお互いの意思の疎通が全くなされずに行われたという、とある事情があるのだが、それを語るのはまたべつの機会にしておこう。

「大丈夫、怪我はしていない? あんな大きなゴーレム相手によく戦えたわね! 本当に大丈夫? 私、びっくりしたわよ。Dが怪我するんじゃないかって心配で堪らなかったんだから」
「見ての通りだ」
「それだけ喋れるんなら、娘っ子に怪我はないやね」
「けけけ、“私心配だったんだからぁ”だそうじゃ。もう少し嬉しそうにしたらどうじゃ?」
「……」

 息継ぎなしで一息にまくし立てたルイズに、見ての通り怪我はないと答えるD。それをからかうようにデフルリンガーとDの腰の辺りに垂らされた左手から、声が零れる。それを聞き咎めたルイズは、む、と整った眉を顰めてデルフリンガーと左手を睨む。

「D、私の買った剣を使ってくれたのは嬉しいけど、その左手とボロ剣のコンビの口を黙らせられないかしら」
「そうだな」

 錆びた鉄を思わせる男らしい声の後に、ぐえええ、と絞め殺されるニワトリの様な声が左手から漏れ出た。思い切りよく握りしめられた左手は、はたしてどれほどの力が込められているのか、皺くちゃの老人の声はそれっきり黙った。
 一方デルフリンガーはおれまで!? とDからの仕置きに戦々恐々と震えたが、こちらは鞘に収められておしゃべりを封じられただけで済んだ。
 地面に落ちていた鞘に収めたデルフリンガーを左手に持ち直したDが、巨大なゴーレムが殴りつけていた魔法学院の塔の壁を見上げてルイズに聞いた。

「あそこには何がある?」
「あそこは、確か魔法学院の宝物庫よ。塔には固定化の魔法が掛けてあってスクウェアクラスのメイジでも壊せないはずなのに」
「騒がしくなり始めたな」

 ようやくゴーレムのしでかした事に気づいたのか、衛兵や宿直の教師達の騒ぐ声が届きはじめる。その最中、Dは自分に視線を寄せるタバサに気づいたが、これを振り返るような事はなかった。
 どのような意図があって自分を値踏みするように見ているのか、欠片ほども気にとめていないのだろう。この青年の他人に対する対応は九割近く無関心で済まされる。どうでもよい相手にはどう見られようと構わないと言った所だろうか。
 ゴーレムの宝物庫破壊および窃盗の目撃者として、そのままルイズ達が学院長室に呼ばれたのは翌朝の事だった。


 同刻、アルビオン浮遊大陸ウェストウッド村、メフィスト病院院長室。
 突如アルビオン王国の辺境に舞い降りた天の使いの様な医師が開いた病院には、すでにいくつかの不思議が患者達の間でささやかれていたが、その内の一つが、在るが無い院長室の存在だ。
 好奇心の誘惑に負けた患者達が案内板に従って院長室を探し求めても決してたどり着けず、何十階分も階段を上り、下り、角を曲がりまっすぐ進み続けても見つけられぬ院長室。
 しかし確かに存在するというのは、院長室と札の掛けられた一室を目撃したという情報と、そこから姿を見せる悪魔の名を持った美貌の院長の目撃談が存在するからだ。
 その存在するが存在しない院長室は、この世にただ一人の主を向かい入れていた。蒼い光に蒼茫と濡れた様な一室だった。水晶を磨き抜いた様な床はそこかしこに原初の闇を色濃く蟠らせ、万巻の書籍で埋め尽くされた書棚はその端を薄闇の彼方に埋もれさせている。
 窓一つ、また照明一つないというのに月の光の様に儚い青が、水底から水面を見上げた時のように揺らめきながら院長室を照らしていた。
 青く濡れる部屋の中でただ一人、純白のまま青に濡れぬ人影があった。ウェストウッド村に住むハーフエルフの少女によって召喚された使い魔、ドクター・メフィストである。しかし、その胸に使い魔のルーンはない。


浪蘭幻十、Dと並びこの世のものではあり得ぬ美貌と、それに相応しい魔性を備えた医師は、どこから取り寄せたのか書棚を埋め尽くす古めかしい書籍の一つを手にとって調べ物をしていたようだが、不意に、何かに気づくようにしてその場を離れた。
明確な目的があるのか、迷いなく歩き、院長室にある無数の戸棚の内の一つの前で足を止める。黄金の枠に水晶をガラス代わりに嵌め込み、翡翠の鎖で封じられた戸棚であった。
メフィストが白いケープの合わせ目から真鍮らしい鍵を取り出し、カチリ、とこればかりは尋常な音を立てて鍵を外して鎖を解く。
触れるだけであらゆる腫れ物が溶け消えると絶賛された美指が、一つの小瓶を取り出した。小さな蓋を開け、その中から立ち上る香は血であった。
 本来ならば、その中に在るのは吸血鬼化を抑制する薬の筈だった。かつて<新宿>を襲った美しく邪悪な女吸血鬼を斃す一助を果たした薬は、しかし、玉の肌から零れたばかりの血潮と変わり、赤に染まっている。
 メフィストの顔に、言葉では言い表せぬ感情の波がかすかに揺れた。そして、どこか感慨深げに言葉を紡ぐ。この医師の顔にどんなものでも感情の波を起こせるのなら命を失っても悔いはない、という者達は掃いて捨てるほどいる。
 そして、その万人が命を捧げても悔いのない感情が過ぎ去ったあと、メフィストはこう言ったのだった。

「やはり、世に善き神は存在せんな。女などと言う愚かな生き物を作った事がその証明、そして、あの女が蘇る事が二つ目の証明だ。もう蘇ったか? それともこれから蘇るのか? …………“姫”よ」

 それは、かつて妖姫とも、美姫とも、夜叉姫とも、メフィストの想い人に“お前”とも呼ばれた女吸血鬼の存在を指していた。




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