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ゼロの魔王伝-01



ゼロの魔王伝1

 煌々と灯された魔法の明かりがゆらゆらと揺れる夜だった。
 深い紫の色合いを混ぜた闇の天蓋には、白い星の光が幾万も輝き夜に生きる者達の影を地に投げかけていた。
 蒼と赤とに輝く双月の美しい静夜。
 ある者は思った。こんな夜はなにかいい事があるに違いない。
 またある者は思った。こんな夜はなにか良くない事が起きるに違いない。
 月の美しさが夜に潜む魔性を目覚めさせるのか。人の心を揺さぶり、奥底に眠る狂気の肩を揺するのか。月達は己らの美しさを誇るばかりで答える事はない。
 固く閉ざした寝室の扉越しに、地を駆ける野の獣の遠吠えが風に乗って聞こえるような、そんな夜であった。


 ハルケギニアと呼ばれる大陸の、ガリアと呼ばれる王国の宮殿。草葉の陰に隠れた虫たちの鳴き声も、風に揺れて楚々と奏でられる花弁の歌も、ざわざわと月明かりに照らされた蠢く木々のしなりも、すべてが静寂に閉じ込められていた。
 ナニカがそこに来たからだ。あるいは、来てしまったと言うべきか。
 許される限りの贅を尽くした壮麗な宮殿の玉座で、青い髪の美丈夫が呆、と立ち尽くしていた。
 三十をいくつか数えた頃と見える顔立ちは、幾年月を経た古々しい歴史という名の因子を持った者のみが持つ気品をたたえ、煌々と灯された燭台の明かりに照り映える青い髪は、晴れ渡った空の青を写し取ったように美しい。
 彫の深い顔立ちに、意志の底が見通せず、深い霧の彼方を見通そうとするような徒労感に襲われる瞳。整えられた口髭も、男の美貌と称するに何ら抵抗の無い顔立ちに雄の匂いを付け加える装飾品として機能していた。
 びょうびょうと鳴く夜風が途絶え、時折じじ、と灯された明かりの炎が揺れる音だけが異様に大きく部屋の中に響いた。重くのしかかる沈黙を破ったのは、男が握っていた杖を落とした時だった。
 からん、と乾いた硬質の音が一つ。男の足もとに落ちた杖はころころと少しだけ転がり、止まった。あるいは恍惚と蕩けていたのかもしれない。意思も命もない無機物である杖が。
 男――ガリア王ジョゼフは、張り付いた様に動かぬ喉から、言葉を知らぬ野人の様な声をかすかに絞り出した。
 お、おお、おう、と。それ自体はなんら意味を成さぬ音の羅列に過ぎない。だが、ソレはジョゼフにとって途方もない意味を持った感情の表現だった。
 暗い湖の底に太い鎖で何重にも絡めとられたように動かなくなった心が、今、確かに動いている。慄いている。震えている。おお、おお、と紛れもない感嘆の呻き声を挙げ、驚愕に啜り泣いている。
 死んだはずの心が、渇ききったはずの魂が、こうも蠢いている。胎動している。脈動している。ジョゼフは己の心に起きた変化を理解していた。
 無理もない。戯れにと思い行ったコモン・サーヴァント――使い魔の召喚で呼び出した存在が、よもやかようなモノでは。
 ジョゼフの視線の先では、踝まで届く黒い長衣を身にまとった人型の闇が立っていた。ジョゼフの口から零れ出る言葉にならぬ声が、影自身に対する魂からの讃歌である事を聞きとった闇は、静かに微笑んだ。
 自らの美を信仰する者に対して、多少は報わんとする心をこの闇は持っていた。一文字に閉ざされていた唇がゆるゆると、その効果の絶大さを正しく理解し、見せつける為に吊り上がる。
 唇に触れた風は悶え震えながら地に堕ちた。
 闇を照らした燭台の明かりは闇のあまりの美しさに自らの醜さを恥じて消えていった。
 そしてジョゼフは、闇の見せた微笑が己に向けられたものであると悟り、あまりの衝撃に揺さぶられた脳が、それ以上の視認の停止を命じた。
 正気のまま見つめるにはあまりにも美しすぎる。これはこの世に在ってはならぬ。在る筈の無い美であった。
 世界の全てが音を失い、色を失い、正気を失い、狂うほどに美しく。しかしてそれを嘲り笑う魔性の者どもさえも怯え震えるような、邪悪な心の持ち主である事がありありと浮かんだ笑み。
 邪悪だから美しいのか。美しいから邪悪なのか。ジョゼフは薄れゆく意識の中、答えの出ぬ問いを、闇に投げかけた。闇は微笑を浮かべたまま、やがてジョゼフへと歩み寄っていった。


 麗らかな午後の日差しが装麗かつ広大な宮殿を照らし出し、その威容と積み重ねた歴史の重さを黒い影と共に浮き彫りにしていた、とある日の事。
 白のブラウスに黒のスカート、白のタイツとマントに、人の身の丈を悠に越える古木の枝を、申し訳程度に整えた様な杖を持った小柄な少女が歩いていた。
 赤縁の眼鏡の眼鏡を駆けた瞳も髪も揃って青い。まだ女の匂いを醸し出すには早い青い果実のような肢体は、しかしそれ故に噛み締めた時の味を想起せずにはおれぬ魅惑を滲ませていた。
 神に愛された人形職人が技巧の粋を凝らして整えた様な顔立ちは、将来に花開く典雅な美貌を約束していたが、まるで魂を吹き込むのを忘れられたように何処か冷たい影を帯びている。
 だが、見る者が見ればその髪や瞳の色から、少女の血統がこのガリアで最も由緒正しく尊いものである事に、そして服装からして異国トリステインに在る魔法学院の生徒である事に気付くだろう。
 タバサという名前の少女は、このガリアからトリステイン魔法学院への留学生であった。そしてもう一つ、いや二つ、学院の友達にも知らせずにいる顔がある。この宮殿に居る時の顔は、ガリア王国の暗部を司る北花壇騎士団七号のタバサ。
 まだ二十歳にもならぬ身の上ながら、数年前に降りかかったとある事情故に、正規の訓練を受けた騎士達でも手に負いかねぬ危険な荒事や、表ざたには出来ぬ国の根暗い事態に対処する為に存在する、公的には存在していない騎士団の一員なのだ。
 その血統故に持っていた稀有な才能と、命がけの戦闘で培った経験、そして何よりも目的を遂行する為の精神力が、タバサをこれまでのあらゆる死地から生還させてきた。
 タバサが宮殿に召し上げられたのは、無論七号としての任務を告げられるためなのだが、これまでタバサに与えられてきた、死ぬ事を望まれているような危険なものではなかった。
 いや、本当にそうなのかタバサには判断がつかなかった。
 タバサの上役であるガリア王国第一王女イザベラが、通常はタバサに対して任務の内容を告げるのだが、今回はなにやら体調が思わしく無く床に伏せているとかで、侍女の一人が代わりに任務の内容を告げてきた。
 曰く“とある者の実力を見極める事”。
 相手が何者なのか、それこそ人間なのか、亜人なのか、メイジなのか、オーク鬼なのか、ミノタウロスなのかさえ分からない。
 あまりにも漠然としながらも単純明快な指示の内容は、いよいよ自分を始末しようと決めたのだろうか、という疑惑の念をタバサの胸に植え付けていた。
 余人には知らせられぬとある事情によって、タバサはジョゼフに命を握られているに等しい状況に在る。
 ジョゼフのきまぐれによっては今日明日、いつ自分の寝首を掻かれるか分からぬ日々は、常人ならとうに心を病んでいたかもしれぬが、過去のある日から心の一部を凍らせたタバサは、正気を保っていた。
 ある意味では、すでに心の一部が壊れてしまったからかもしれない。
 目的を果たすまでは死ねない。この一念がタバサの心を縛り付け、束縛し、臓腑にまで絡みついた見えない鎖で己の爪と牙を研ぎ、タバサはいつか来る時を待ち続けている。
 一般的にドット、ライン、トライアングル、スクウェアと称されるメイジのランクにおいて、タバサはトライアングルの位階に在る。
 メイジとしての知識と技量を研究や技術の向上の為に使う学者タイプではない、血飛沫の舞う実戦で磨かれた血濡れの刃とでもいうべき実践型だ。
 仮に同じトライアングルクラスの正規の軍人でも、おいそれと敗北するつもりはない。


 自分が連れてきた使い魔を預けている厩舎には立ち寄らず、タバサの足は目的地を目指して動き続けた。指定された場所は使われなくなって久しい、宮殿の外れにある鍛練場だった。
 かつてエルフに奪われた東方の聖地を奪い返すべく、ハルケギニアの人間達が武力を持って成さんとしていた時代に、自分達の力を高める場として設けられた場だ。
 もっとも、エルフと人間のメイジとの間に厳然と存在する力という現実を散々に思い知らされてからは、貴族の誇りを賭けて“人間同士”で戦い合う決闘場となり、やがてそのような気骨と矜持を持った貴族が廃れるや、記憶と記録の片隅に追いやられてしまった。
 直径五十メイル、ドーム状の天井までは三十メイルほどもある鍛練場は、『固定化』の魔法によって長の風月も耐え忍んでいたが、人が絶えて久しい年月がこびり付かせたわびしさは拭い難かった。
 かつては多くの貴族達がエルフとの聖戦に、自分達の名誉と誇りを駆けて血を流した場所は、今やその記憶の残滓をわずかに残し、その無常さを浮き彫りにした墓所の様な空間に成り果てていた。


差し込む午後の陽光が作る闇の中に、そのまま溶け入ってしまいそうな人影が一つ立っている事にタバサは気付いた。我知らず杖を握る右手に力が籠る。
闇の奥に隠れた者の顔を余人に知られぬ為に太陽が嫉妬したのか、陽光の生む影に隠れ、顔を窺い知る事は出来なかった。ちょうどタバサが、闇の中の相手が背負った陽光を真正面から見つめる位置に在る。立ち位置は最初から不利になったわけだ。
タバサは判別できる部分を見つめた。首からつま先まで全て黒一色で統一された服装だ。黒いインバネスにスラックスも靴も黒。なのにわずかにのぞく手首から先や首回りの肌は、夜闇に浮かぶ月さえも色あせて見えるほどに輝いていた。
星も月も、その輝きを届かせる事の出来ない真の闇の中に在っても、この人影だけはその存在だけで輝いているかもしれない。あるいは、その闇さえも飲み込むより暗く黒い影の人型となるか。
タバサは、急激に熱を帯びる自分の体を意識していた。緊張している? いや、それもあるがこれはもっと別の何か。すでに何かの魔法をかけられた? 目の前の人影が気付かぬように行使したディテクトマジックに反応はない。
ならば、単なる生理現象だろうか。しかし、一体何に反応し、どうなっているというのか。ぬるりとした汗が、左手の掌に浮かんでいる事に気づき、タバサはそっとスカートに掌を押し付けて拭った。

「北花壇騎士団七号」

 タバサという偽りの名さえも告げず、タバサは相手の反応を待った。影の奥で闇が微笑する様な気配がした。ぞくりと、タバサの背筋をなにかが駆けのぼった。
それは絶体絶命の危機に置いて、タバサの命を救ってきた第六感の発する最大級の警告であったかもしれない。あるいは生命の喪失とは異なる、もっと別の危機を感じ取ったからかもしれなかった。
少なくとも目の前の存在は、これまでタバサが対峙してきたどのようなものとも異なる未知の何かだった。

「君かい?」

 影の奥から聞こえた声がタバサの耳を打った。若い男の声だった。まだ二十歳を超えて数年を数えた程度であろう。だが、その声の孕む響きは一体、なんだろうか? タバサの両の耳孔から忍び入った音の波が、妖しく響きながらタバサの体内を蝕んでいた。
 ただの声だ。数えても数秒にも満たぬ時の間に紡がれた音だ。だが、それが天井世界の楽士がつま弾いた歌の様に、タバサの心を揺さぶっていた。
 ただ恍惚と砕けんとする心をつなぎ止め、タバサは人影の次の言葉を待つ。美しい声は、しかし、どこか人間とは思えぬ冷たい何かを孕んでいた。それ聞きとれた事が、タバサの体に、戦闘の態勢を取らせていた。
 軽く両の爪先を浮かべ、瞬時に左右前後どちらにでも動けるよう重心を微調整し、構えた杖と意識を重ねるようにして精神を、研ぎ澄まされた刃の様に尖らせる。
 タバサがこれまで自分と同等ないしはそれ以上の敵と戦う際に行ってきた、精神集中であった。
友好的とさえとれる人影の言葉の何処に危うさを感じ取ったか、タバサの骨肉に沁み込んだ戦いの記憶は、今立っている場所が命懸けの戦場であると判断していた。
くくっ、と戦場跡に晒された骸の間を通ってきた風の様な声が聞こえた。人影の漏らした笑い声であった。それは明らかに侮蔑の響きを含んでいたが、それに怒りを感じる心も余裕もタバサになかった。
自分が既に腰まで冥府に繋がる暗い穴に陥ってしまった事を無意識の内に悟っていのかもしれない。
 人影が、口を開いた。風の動きで分かった。まるで万年を待ち焦がれた思い人に巡り合えた様に、恍惚と蕩けている。

「ジョゼフに――」
「……」
「君と遊ぶように頼まれてね。ただし、遊び方はぼくの好きにしていいそうだ」
「……」
「生憎とぼくは一人っ子で妹がいなくてね。兄弟みたいな幼馴染は居たんだが、どんな風に遊んだらいいのか、勝手が良くて分からなくて困っていたんだが」
「……」
「君を見て、ぼくの生まれ育った場所風に遊ぶ事に決めたよ。<新宿>流にね」
「……」
「そうそう、まだ名乗っていなかったな。ぼくは浪蘭幻十だ」
「ロウランゲント……」
「では、綾取りでもして遊ぼうか」

 にい、と影の奥で幻十が笑う。日の光の中に差し出された左手の指先に、きらきらと輝くなにかが、纏わりついていた。細さ千分の一ミクロン、チタンS9に錬金加工を施した魔糸であった。
 眼に映せぬ魔性の糸が、ゆっくりと風に遊びながら、タバサの全身を何重にも囲んでいる事を、幻十だけが知っていた。




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