あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロと損種実験体-03


「ねー、アプトム。わたしはアンタのご主人様なんだってこと分かってる?」
「ああ。俺がお前の使い魔だという事は理解している」
「だったら、この扱いを何とかしなさいよ!」

 怒りの言葉を吐き出すルイズは、アプトムによって後ろ襟を掴み持ち運ばれている状態であった。

「疲れて動けないと言うお前を、親切にも食堂に輸送してやっていることの何が不満なんだ」
「荷物扱いしないでって言ってるのよ。大体こうなったのはアンタが手伝ってくれなかったせいでしょ」


 それは、ルイズが小石を爆発させた後の話。

 錬金の魔法に失敗し教室内をパニックに陥れたルイズは、その後騒ぎを聞きつけてやって来た教師によって教室の片付けを命じられた。
 その際、魔法の使用を禁じられたのは、ルイズの失敗魔法が爆発と言う結果を伴うから。というわけではなく、授業をめちゃくちゃにしたことのペナルティである。

 魔法の成功率ゼロのルイズ。その不名誉なあだ名は、学院に来てからつけられたものであるが、それ以前からも魔法を成功させたことはない。
 彼女が、これまでの人生で魔法を成功させたのはわずか二回。サモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァントのみである。
 だが、そのたった二回の成功こそが彼女はゼロではないという証明。
 ゼロではないという証明であるアプトムに、伝説に残るようなメイジになれと言われたとき、これこそが天啓だとルイズは信じた。
 だけど……。
 もう自分はゼロじゃない。これからは、ちゃんと魔法が使えるはずだ。それが根拠のない思い込みでしかなかったことを思い知らされたルイズの心はグチャグチャにかき乱れ、もう自分が悲しんでるのか怒っているのかも分からなくなっていた。
 それに、と感情の読めない表情で側に立つ、自身の使い魔を見る。
 大きな口を叩いたのに、このざまだ。もう見放されるのではないだろうか。その恐怖がルイズを縛り、追い詰め、そして暴走させる。

「なによ! 言いたいことがあるなら言ったらいいでしょ! そうよ! わたしはゼロのルイズよ! 魔法なんて一度も成功したことがないわ! そんな、わたしが伝説のメイジになれるわけないって思ってるんでしょ!」

 激発した言葉は止まらない。自然にあふれ出す自分の心を削るソレは、幼い頃から周囲の人々に言われ続けた言葉。

 そんな彼女に、アプトムは静かに問う。「だから、あきらめるのか?」と。

 ルイズの魔法が失敗ばかりだということは分かった。今のままでは、メイジを名乗ることすら叶わないことも。
 それでも、魔法が使えないと決まったわけではない。可能性は低くとも望みがないわけではない。彼女はアプトムという使い魔を召喚する魔法には成功しているのだから。
 だが、ここであきらめてしまえば終わりだ。ルイズはメイジにはなれない。アプトムが、ここに使い魔として留まる理由もない。
 どうするのかと、返答次第では今すぐにでも立ち去ると言う使い魔に、ルイズは彼がまだ自分を見放してなどいないことを知る。彼女がメイジになるという未来を信じていてくれることを悟る。
 そうなると、ルイズの負けん気が頭をもたげる。

「あきらめるわけないでしょ。わたしは、ブリミルの再来と呼ばれるようなメイジになるんだから」

 それは、アプトムをが使い魔になると告げたときの焼き直し。自らの未来を輝かしいものだと信じ不敵に笑う。


「そうとなったら、ちゃっちゃと教室片づけて授業に出るわよ!」
「がんばれよ」

 張り切って仁王立ちになるルイズと、その辺に腰を下ろすアプトム。

「手伝って……くれないの……?」
「これは、お前の罰だろ。それに、魔法の使用を禁止するっていうのは、魔法で呼び出して契約した使い魔に手伝ってもらうのも禁止なんじゃないか?」
「いや、まあ、そうなんだろうけど……」

 かくして、新しい窓ガラスや机の運搬から、煤だらけの教室の雑巾がけまで一人でやり遂げたルイズは、生まれたてのバンビよろしく自力では立つこともできなくなるほどに筋肉を酷使することになったのであった。



 昼休みが終わりかけた時間になって、ようやく教室の片付けが終わったルイズは、猫の子よろしく食堂まで運ばれ椅子に座らせて貰ってから、困ったことに気がついた。
 過剰に酷使した筋肉の痙攣で、手が震えてナイフもフォークも持てないのだ。
 ルイズは考える。これは、困った。なんとかしなければ昼食が取れない。しかし、考えている時間はない。昼休みはもうすぐ終わる。すでに、学院で働いているメイドたちがデザートを配っている時間だ。どうするルイズ。負けるなルイズ。昼休み終了まで、あと数分。

「……食べさせて」

 それは、消え入りそうな小さな声であったが、アプトムの聴覚はそれを捉えた。
 だが、聞き間違いということもありうるので、彼は聞き返すことにする。そして、それはルイズにしてみれば一種の羞恥プレイ。
 羞恥に顔面を朱に染めたルイズは、開き直り怒声を上げる。

「食べさせてって言ったのよ! 文句ある!」

 よく通るルイズの声は、広い食堂の隅々まで響き渡り、デザートに手を伸ばしかけた生徒たちが何事かと振り返る。

 その生徒たちの中にある少年がいた。名をギーシュ・ド・グラモンとう金髪巻き毛の少年である。
 友人たちとの会話に集中していた彼は、近くの席にルイズが座ったことに気づいていなかったため、突然の大声に驚きふり返った拍子に、ポケットに入れてあった小瓶を落としてしまった。
 その小瓶がアプトムの足元に転がっていったのはいかなる運命の悪戯か、ただのご都合主義の賜物か。
 転がってきた小瓶を拾ったアプトムは「坊主、落し物だ」と無造作にギーシュに投げ渡し、投げられたそれを無視するわけにはいかないギーシュは小瓶を両手で受け取る。
 それは、ギーシュにとって最悪の展開。彼の友人を含む食堂中の生徒たちの目はルイズに向いており、そのすぐ傍で行われた小瓶の投げ渡しもまた見られていた。
 そして、友人たちの中には、その小瓶の出所を知る者もいたのである。

「おお? その香水は、もしや、モンモラシーの香水じゃないのか?」
「そうだ! その鮮やかな紫色は、モンモラシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」
「そいつが、ギーシュ、お前のポケットから落ちてきたってことは、つまりお前は今、モンモラシーとつきあっている。そうだな?」

 それは、疑問の形を取った断定。だが、肯定するわけにはいかない。ルイズには気づかなかったギーシュだが、後ろの席に座っている少女には気づいている。その名はケティ。彼がモンモラシーと二股をかけている少女である。
 さあ、この人生最大のピンチベストテンに初登場、堂々の第一位に輝いた苦難をいかにして乗り越えるべきか。考えろギーシュ・ド・グラモン。お前は、やれば出来る子だ。


「違……。」
「ギーシュさま……」

 口から出かけた、否定の言葉を遮った背後からの声をギーシュは知っている。手遅れなのか? いや、まだ間に合う。間に合ってくれ。
 内心の動揺を面に出さない事には成功したギーシュは、余裕を持って声の主の少女、ケティに振り返る。

「やはり、ミス・モンモラシーと……」
「彼らは誤解しているんだ。ケティ。いいかい、僕の心に住んでいるのは、君だけ……」

 その言葉に、ガタッと音を立てて椅子を蹴り立ち上がった少女がいた。
 それは遠く離れた席であり、そちらには目を向けていなかったにも関わらず、ギーシュにはそれが誰なのか分かった。分かってしまった。
分かりたくなかった。
 冷や汗をかいて口ごもるギーシュの頬に、ケティの平手が飛ぶ。

「その香水があなたのポケットから出てきたのが、何よりの証拠ですわ! さようなら!」

 もう顔も見たくない。と立ち去るケティと入れ替わるように、金髪、縦ロールの少女がギーシュの前にやってくる。

「モンモラシー。誤解だ。彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで……」
「やっぱり、あの一年生に、手を出していたのね?」

 地獄の底から聞こえてくるような低い声は、まさに断罪者のそれ。

「お願いだよ。『香水』のモンモラシー。咲き誇る薔薇のような顔を、そのような怒りでゆがませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!」

 言いながら、本当に悲しくなってきたギーシュである。二股がバレて片方にはフラれるし、もう一人は凄い顔で怒ってるし。
 そんなギーシュに追い討ちをかけるように、モンモラシーはテーブルに置かれたワインの壜を手に取ると、中身をギーシュの頭にぶちまけた。

「うそつき!」

 最後に、怒りの声を残して去るモンモラシーにギーシュは何も言えず、ハンカチを取り出して濡れた頭と顔を拭く。
 悲しくなんかないやい。顔を濡らしてるのはワインなんだ。涙なんかじゃない。
 それは、ともかく。

「あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」

 平静を装いつつ、何故こんなことになってしまったのか考える。自分は、上手くやってたはずだ。現に今までバレなかったんだから。
 ならば、誰が悪い? そうだ! あの平民だ! あの平民が気を利かせてればこんなことにはならなかったはずだ!
 悲しみの感情は流れるように怒りに変わり、その矛先を定める。

「そこの平民!」

 激しい叱責を込めた声と共に指差す先。そこにいた平民は……。


「わたし、はしばみ草嫌い~」
「文句を言うなら自分で食え」

 なんて、主人である少女にご飯を食べさせる、和む光景を作り出していた。

「聞けよ!」

 叫んでみるが。平民と少女は、何言ってんだコイツ? という怪訝な顔をしてくる。
 すぐ傍でやってた修羅場に、気づいてなかったのかよ! こいつら。
 いかん。また涙が出そうだ。
 気を取り直し、あらためて平民と主人の少女に眼を向けて。それが誰だかをはっきりと理解したとき、その顔が嘲りに染まる。

「ああ、そうか。君はゼロのルイズが呼び出した平民だったな。それじゃあ、貴族の機転を期待するほうが間違いだよね」

 ニヤニヤと笑うギーシュに、瞬間湯沸かし器よろしく頭に血を上らせたのはルイズである。
 彼女は、アプトムとの出会いにより、自分はもうゼロのルイズではないと自認していた。この先の道がどれだけ辛く厳しくとも、その矜持に相応しい実力を持ったメイジになると決めていた。
 その自分と、そう思わせてくれた使い魔を貶める言葉など、彼女には到底容認できない。

 ちなみに、アプトムの方はというと、ギーシュの言葉に何も感じていなかった。なにしろ損種実験体という、同じ境遇の仲間が死ぬまでは、
生きた標本のような身分にも甘んじてクロノスに忠誠を誓っていた男である。その程度の侮辱で傷つくような矜持は存在しないし、これで怒るくらい短気なら、ルイズ相手にも何度も切れている。

「なに勝手なこと言ってるのよ! なんだか分からないけど、どうせ何か自業自得で酷い目にあって八つ当たりしてるんでしょ! みっともない」
「そのとおりだギーシュ! フラれたのは二股かけてたお前の自業自得だ!」

 ギーシュの友人たちが、はやし立てる。本来なら、ゼロのルイズに味方することなどない彼らだが、恋人の一人もいない彼らに、二股がけをするような羨ましい事をする男に味方するような広い心は存在しない。むしろ敵だ。これは嫉妬ではない。正義だ。
 周囲の生徒たちの嘲りの笑いに、ギーシュも真っ赤にして頭に血が上る。

「黙ってろよ。ゼロのルイズ! 僕は、この無礼な平民に教育をしてやろうって言ってるんだ!」

 そんなこと、いつ言ったよ? とは、誰も言わない。ルイズとギーシュは冷静な思考が困難な状況だし、他の生徒たちは面白ければ、それでいいのである。

「教育されなきゃならないのは、アンタの方でしょ! 何よフラれた八つ当たり? 恥ずかしいわね」

 ヒートアップした二人は、互いに相手を更に怒らせる言葉を吐き出し、もはや口論だけで済ませることを不可能にする。

「決闘だ!」

 それを口にしたのが、どちらなのかすら二人には、もう分からない。

「貴族同士の決闘は禁止されている。ルイズ、君は代理に使い魔の平民を出したまえ」

 それは決闘の罰を恐れたのではなく、どれだけ腹を立ててようが、相手がゼロのルイズだろうが、女性を傷つけるわけにはいかないという彼の矜持が言わせた言葉。


「いいわよ。アプトムの強さを思い知らせてやるわ!」

 それは、己が使い魔への絶対の信頼。
 かくして、舞台はヴェストリの広場へと移る。
 アプトムの意志とは、関係なく。



 学院本塔の最上階にある学院長室。そこには今、学院長であるオールド・オスマンと秘書のミス・ロングビルが熱い戦いを繰り広げていた。
 テーブルに肘をついてだらだらと暇を潰しながら、引き出しから水キセルを取り出すオスマン。部屋の端の机で仕事をしながら、魔法で水キセルを取り上げるロングビル。使い魔のハツカネズミに命じて取り返そうとするオスマン。取り返されまいと、ネズミを捕まえようとする
ロングビル。その手をかわしてロングビルのたわわに実った胸に飛び込もうとするネズミ。叩き落とすロングビル。めげずにスカートを下から覗き込もうとするネズミ。
 その戦いは、いつもロングビルの勝利に終わるのだが、オスマンはあきらめない。あきらめは愚か者の選択なのだ。人類は、不屈の心でいかなる困難にも打ち勝つ生き物なのだから。
 その戦いに終止符を打ったのは、ノックもなしに開かれた扉。
 ロングビルの注意が足元に移ったのを見計らって、ネズミらしからぬ跳躍力で飛び上がり、ロングビルの服の襟から中に入らんとしたのだが、跳んだ瞬間に開いた扉に直撃し、綺麗な放物線を描いて床に落ちた。

「おおぉぉぉ! モートソグニルよ、何故死んだぁ!」

 ピクリとも動かなくなったネズミに悲痛な声を上げるオスマン。
 急な事態に、反応が遅れたロングビルだが、動かなくなったネズミを確認すると止めとばかりに、机の上にあった分厚い本を投げつけるが、死んだフリをしていただけのネズミはすぐに眼を開けると本を回避して、オスマンの元に逃げ帰る。

「遊んでる場合じゃありません。大変なことが分かったんです!」

 扉を開けて入ってきた男、ミスタ・コルベールが叫ぶが、オスマンはすました顔だ。

「この世に、女体の神秘以上に大変なものなど存在せんよ」

 つまらなそうに鼻毛なんかを抜いてみせるオスマンであるが、コルベールが持ってきた本を開きある記述を指差すと共に、同時にアプトムの左手のルーンのスケッチを渡すと、表情を変える。

「ミス・ロングビル。すまんが少し席を外してくれ」

 とロングビルが神妙に頷き、部屋を出て行き更に足音が遠のくのを確認してから、オスマンは、コルベールに向き直る。

「詳しい話を聞こうか。ミスタ・コッパゲ」
「コルベールです」


 春の使い魔召喚の儀式においてルイズが呼び出したのは、先住魔法を使うらしい亜人の男である。
 学院の生徒や教師が知れば大騒ぎになりそうなその事実を、コルベールは隠すことにした。
 男が人の命を奪うことに躊躇いを持たないと感じ、何が殺人へのスイッチになるか分からなかったからである。

 そんな特殊な使い魔のことが気にならないはずがなく。その日は、相手を刺激しないことを心がけつつも多くの質問をしたのだが、ほとんど何も分からず、あるいは東のロバ・アル・カリイエから召喚されたのでは? という予想が出来ただけである。
 では、左手に刻まれた見慣れないルーンがその正体を知る手がかりにならないか?
 そう考えて、調べた結果……。


「始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』に行き着いた、というわけじゃな」
「そうです! あの男の左手に刻まれたルーンは、伝説の使い魔『ガンダールヴ』に刻まれていたモノとまったく同じです!」
「ふむ……。確かに同じルーンのようじゃな。亜人だから『ガンダールヴ』になったのか、『ガンダールヴ』になるはずだったから亜人が召喚されたのか」

 もっとも……。とオスマンは続ける。

「これだけの情報で、決め付けるのは早計じゃろうな」
「確かに……」

 オスマンの独白にコルベールが答えた時、室内に扉をノックする音が響いた。

「誰じゃ?」
「私です。オールド・オスマン」

 扉の向こうから聞こえてくる、先ほど席を外したミス・ロングビルの声に、オスマンは何の用かと尋ねると、ヴェストリの広場で決闘をしている生徒がいて大騒ぎになっているようだと答えが返ってきた。
 その生徒が、ギーシュ・ド・グラモンという名を持ち、相手はルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの名を持つ少女、つまりルイズの使い魔であるとも。
 顔を見合わせるオスマンとコルベールに、扉の向こうのロングビルは、教師達が決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めていると伝えてきたが。二人は、これはチャンスだと考える。

「アホか。たかがケンカを止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」
「わかりました」

 オスマンの言葉を教師達に伝えに行ったのだろう。ロングビルが、立ち去っていく足音が聞こえると、オスマンは杖を振り壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリ広場を映し出した。

「伝説では『ガンダールヴ』は、ありとあらゆる武器を使いこなしたとか」
「うむ。では、あの男がどうやって武器を用意するかが決め手になるかもしれんの」
「というか、考えてみたらミスタ・グラモンが殺されたりしませんかね?」
「いくらなんでも、子供のケンカで相手を殺そうとするほど大人気なくはないじゃろう。そう信じよう」

 鏡を注目する二人の集中力はすばらしく、少し経って扉がノックされたことも、こっそりロングビルが帰ってきて机に戻り、聞き耳を立てながら仕事の続きを始めたことにも気づかなかったほどであった。


 ヴェストリの広場には、もう昼休みも終わるというのに、話を聞きつけた多くの生徒が集まっていた。
 普通に考えればメイジと平民の決闘などが面白い見世物になるはずがないのだが、学び舎である学院には娯楽が乏しく、街は馬に乗って三時間の距離。
 刺激に飢えた生徒たちにとっては、メイジが一方的に平民を痛めつけるだけのワンサイドゲームでも充分に見世物になりうるのであった。
 もちろんそれは、平民たちなどから見れば不快なだけの見世物であり、貴族の中にも同じ感想を抱く者もいる。

「なに考えてるのよ。ヴァリエール」

 そう尋ねてきたのは、キュルケ。ルイズとは、反目しあう仲の悪いメイジであると周囲に認識されており、実際いつも口喧嘩ばかりしてい
るような関係ではあるが、この学院の人間でもっとも多くルイズと接触している少女である。
 彼女は、この学院で一番ルイズを理解している人間であり、それゆえに使い魔をメイジと決闘させようとしているルイズの考えが理解できないでいた。


 平民がメイジと決闘などすれば、良くて大怪我。悪くすれば命を落とすこともありうる。すぐに降参すれば避けられるが、今の頭に血が昇った状態のルイズがそれを許すとも思えない。
 ルイズは激しやすく短慮な少女ではあるが、こんなことで自分の使い魔の命を危機に陥れるような娘ではないはずなのに。

 逆にルイズの方は、何故キュルケがそんな事を聞いてくるのか分からない。
 例えば、ルイズが召喚したのが何の力もないただの平民であれば、彼女は決闘をさせようとは考えなかっただろうし、その平民が決闘をするなどと言い出したなら、それを止めもしただろう。だが、そんな事実はない。
 先住魔法を使う亜人である自身の使い魔が、メイジのレベルとしては一番低いドットでしかないギーシュに負けるはずなどない。それが、ルイズの認識。

 コルベールの判断でアプトムの正体を誰にも話していないため、キュルケにそんな考えが理解できるわけがないという思考ができるだけの想像力のないルイズであった。
 それ以前に、アプトムが先住魔法を使う亜人というのは誤解であり。ついでに言えば、アプトムは正体を隠すために本来の戦闘形態である獣化を封じて戦わなければならないのだが、そんな事をルイズは知らない。誤解させていると知っていて黙っているアプトムにも非はあるが。


「とりあえず、逃げずに来たことは、褒めてやろうじゃないか」

 手に持った薔薇の造花を掲げ、歌い上げるように告げるギーシュ。気分は舞台俳優である。主演はもちろん自分だ。

「逃げる理由がないからな」

 淡々と返すアプトムに、やる気を感じさせるものはない。本人的には、子供のケンカに無理矢理担ぎ出されたような感覚なのだから当然であるが。
 と言っても、まったくやる気がないというわけでもない。使い魔の役目が主であるメイジを守ることであるなら、いずれ来るその時のためにメイジとの戦いを経験しておくのも悪くないのだから。そんな理由でもなければ、ルイズが何を言おうが決闘などする気はなかったが。

「では始めるか」

 ギーシュには、相手のやる気のなさなど意味を成さない。彼の脳裏には華麗に平民を叩きのめし、小生意気なヴァリエールをへこませる自分の輝かしい未来予想図が浮かんでいるのだから。ようするに自分に酔っているのだ。
 客観的には、女の子にフラれた腹いせに平民をイジメ倒そうとしているだけなのだという自覚は、彼にはない。

「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」

 そう言って振った薔薇の花びらが一枚宙に舞い、それが甲冑を着た女戦士の形をした彫像になる。

「言い忘れたな。僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。したがって、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」

 ギーシュの命令に応えて、ワルキューレはアプトムに青銅の拳をぶつけ……。ようとして、その腕を取られ足をかけられてひっくり返り、その頭を踏み潰されて沈黙する。

 あっさりと着いた決着に、ギーシュも周囲の生徒たちも頭が真っ白になり、少ししてアプトムが「終わりか?」と尋ねてきて始めて、彼らは現実を理解し喚声を上げる。
 ただし、彼らの認識はアプトムが凄いというものではなく、ギーシュが不甲斐ないと嘲る種類のもの。
 自分の世界に入っていたギーシュの耳にもそれは届き、羞恥に顔を赤く染める。

「少しは、やるようだね。だけど勝負はこれからだよ」


 そうして、もう一度振られた薔薇から舞う花びらは六枚。七体のワルキューレを生み出すのがギーシュのメイジとしての限界。一体では敵わないと知った彼は、残りの六体にアプトムを襲わせる。
 そんなギーシュを、アプトムはつまらなそうに見ていた。
 調整により単体で戦車と戦える戦闘力を得たゾアノイドといえど、普通は獣化していなければ、ただの人間と変わらない。

 だが、アプトムは普通のゾアノイドではない。度重なる再調整による突然変異体であるアプトムは、融合捕食の能力を借りてではあるが、獣化なしで並のゾアノイドを押さえ込む筋力を持っている。
 そうでなくても、ワルキューレは一対一なら戦闘訓練をつんだクロノスの戦闘員なら誰でも獣化なしでも、まず負けることはない相手だろうとアプトムは判断する。
 ワルキューレが剣なり槍なりの武器を持っていたなら話は別だが、ギーシュも命のやり取りまでする気はなかったので、ワルキューレは皆素手である。

「行け! ワルキューレたちよ」

 ギーシュの号令に従い、ワルキューレたちはアプトムに向かい取り囲もうとするが、それを許すアプトムではない。一体の腕を掴み、それが棍棒であるかのように振り回し他のワルキューレに叩きつける。
 アプトムの剛力で叩きつけられた青銅の女戦士たちは、ひしゃげ歪み破壊される。

「次はどうする?」

 アプトムが、そう尋ねた時には、もう動くワルキューレはなくなっていた。
 もはやワルキューレを作るだけの精神力は残っていない。そして、魔法なしで勝てる相手ではない。自己陶酔の激しいギーシュといえど、それが分からないほど現実がみえないわけではない。

「参った」

 それは、敗北宣言。だが、ギーシュの胸のうちにはまだ闘志が燻っていた。なぜなら、アプトムの自分を見る眼に気づいたから。
 この男は、自分を敵と認識していない。対等の相手と認識していない。それどころか、見下してすらいない。大人が子供を見るような眼で見ているわけでもない。そう、言うなれば、それは虫かごに入った昆虫を観察する眼。
 そんな眼で自分を見る相手に怒りを感じないほど彼の矜持は小さくはない。
 だから、彼は心に誓う。今は無理でも、この平民をいつか必ず屈服させてやると。


「勝ったのう。素手で」
「勝ちましたね。素手で」

 ヴェストリ広場を映し出した鏡を見ていたオールド・オスマンとミスタ・コルベールは、使い魔の平民が素手でギーシュに勝利する様を納得がいかないという眼で見ていた。

「ガンダールヴの、ありとあらゆる武器を使いこなすという設定はどこに行ったんじゃろうの?」
「まあ、考えてみたら、剣だの槍だのが使いこなせたからと言って、平民がメイジに勝てる道理はないですしね」
「うむ。そう考えると武器がなくても強いというのは理にかなってるわけか。まてよ……」


 オスマンの眼が、鋭く光る。普段は、ミス・ロングビルにセクハラをする時にしか見せない鋭さで。

「或いは、ガンダールヴとは全身これ武器の人間凶器で、その肉体のあらゆる部分を武器として使いこなしたから、あらゆる武器を使いこなしたと伝えられたのかもしれん」
「なるほど。その拳は空を裂き、蹴りは大地を裂く破壊の化身というわけですね」
「うむ。それにガンダールヴは『神の盾』とも呼ばれる。息の一吐きで火の魔法を吹き飛ばし、水の魔法は飲み干し、腕の一振りで風の魔法を蹴散らすぐらいはできるのかもしれん」
「ええ。さらに……」

 コルベールが言いかけた時、黙って仕事をしながら聞いていたロングビルが、耐え切れず口を挟む。

「馬鹿ですか。あなたたちは」

 というか、馬鹿ですね。そう思ったロングビルに二人から「いたのか?」という視線が集まる。

「ええ、いましたよ。さっきから、ずっとね」

 冷たく答えたロングビルは、二人の自分を見る視線が思ったより冷たいことに気づき狼狽する。
 この女にだらしない二人なら、どうして戻ってきてるのか、と詰問されても「入室の許可はちゃんと確認したはずですよ」と言い逃れをすれば済むだろうと考えていた彼女にはあまりにも以外な反応である。
 失敗したか。そう思う彼女にオスマンは冷たい声で告げる。

「カーッ! 空気を読まん秘書じゃのう」
「へ?」
「まったくです。我々とて、馬鹿な妄想だという事は理解していました。その上で真面目に馬鹿な話をしていたというのに」
「あの……」
「そんな風だから、その歳になって結婚もできんのじゃ」
「えっと……」
「空気を読まないで投げるって感じですよね」

 やれやれ、どうしようもない女性だ。と、どうしようもない男二人が肩をすくめて首を振る姿に、ロングビルはぶち切れる。

「分かりましたよ。話をあわせればいいんでしょう?
 ガンダールヴは、変身することができて、空を飛び火を噴き雷を操る不死身の戦士で、一度戦った相手の必殺技を使いこなし、更に後二回変身を残しているんです」

 どうだ! と言い放つ彼女に向けられる視線は温度を取り戻す。そして、二人は言う。

「うわあ……」
「痛いのお……」

 その生暖かい視線に、ロングビルは、もうだめだ。限界だわ。と自覚する。
 後に彼女は述懐する。

「給料もいいし、もう盗賊なんてやめて学院長の秘書を続けていこうかしら。そんな風に思っていた時期が、私にもありました。でも、無理。
あいつらと同じ職場なんて耐えられない」


新着情報

取得中です。