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絶望の街の魔王、降臨 - 09


 次の日の朝、ジルはギーシュと剣を交えていた。とはいっても、そこらの木の枝をデルフで削った木刀による模擬戦だが。
「うおぁ!」
 上段から、ギーシュが木刀を降り下ろす。
「フッ……」
 それをジルは簡単にかわす。そして反撃。
「ぐうっ……」
 ギーシュはどうにか反応して木刀で防ぐが、薙ぐ木刀の重さは殺せずに脇腹に当たる。鈍痛が走るが、どうにか耐えて攻撃にでる。
 だが。
「!?」
 視界にジルはいなかった。そして襲いくる脚の痛み。
「ぐおおお……」
 地面でのたうちまわるギーシュ。それを冷ややかに見つめるジル。
「上半身を狙うだけじゃだめ。人間って、案外脚が弱いの。切り落とせなくても、動きが鈍くなるわ。痛みがあれば尚更」
 身を以て理解するギーシュは叩かれた左脚を庇いながら立ち上がり、木刀を構える。
「どんなに歴戦の兵士でも、傷を負えば痛いの。どんなに痛みに耐えられるとしても、絶対にどこかに隙ができる。躯を支える脚なら尚更」
 ジルとの距離が遠く感じられた。ジルは木刀をナイフの様に右手で構え、左手は軽く握っている。対してギーシュは両手で持っている。脚が痛い。こんな激しい痛みなど、久しく忘れていた。
「くっ!」
 突撃を敢行するが、あっさり弾かれる。弾かれた木刀に視線をやり、あ、と思った瞬間、同じ場所に打撃が入る。
「ぐあ!?」
「相手から眼をそらさない。相手の弱点を衝く。敵に情けはかけない。フェイント。奇襲。戦闘の基本よ」
 ギーシュは膝を突くが、今度はのたうちまわることはない。そんなことをすれば、ジルは追い討ちにくるだろう。なるべく隙を見せない、数日前の訓練の教訓だ。忘れていたが。
「今日これくらいにしておきましょう」
 朝の訓練は授業の10分前に終わる。ギーシュはその間に、片付けをし、汗を拭き、着替え、教室に向かう。『できることをなるべく短時間でこなす』という非常時の常識を、平時から身に付けさせるのが目的だ。
「では、いってきます!」
「ええ、いってらっしゃい」
 木刀を広場の角の青銅の箱にしまい終えたギーシュが、深々と礼をして去ってゆく。ひょこひょこと痛めた脚を庇いながら。
「相棒……ナイフじゃなくてよぉ……普通に剣として使ってくれよおおぉ……」
 デルフが嘆く。買われてから今まで、サイドパックに封印されていた孤独は、かなりのものだろう。
「現時点じゃ、真剣(あなた)の出番は無いわね。危険すぎるから」
 ジルは箱の側の樹の影に寝転ぶ。汗などかいていないし、疲労の色も見えない。しかしこれからすることも無いので、ここでだらけているのだ。休めるときに休む。これは無意味な時間ではなく、戦士として有意義な時間なのだ。
「変な場所に閉じ込められたと思ったらそのままずっと放置、出られたと思ったらナイフの代わり……ひでーよ」
「本当は……あなたの出番なんてずっと来なければいいの」
「なんでだい」
「剣を使う機会がない、つまりは平和って事よ」
「なるほどね。でもそんな時代はこない。だからあの貴族に訓練してやってんだろ?」
「そうね、人類に平和なんて夢物語でしかないわ。だから、生き延びる力を与えてあげたいの」
「見込みのあるあの小僧にか。確かに成長が早いな」
 訓練を始めてから二週間くらいしか経ってないが、ギーシュの成長はめざましい。軍人の気質は血にまで染み渡るのか、『上官』に対しては素直であり、『命令』には忠実だ。そして誇りと義務感からくる向上心。しかし、何より特筆すべきは女好きな性格だろう。
 頭の中の根底にあるのは、『女の子とキャッキャウフフしたい』であり、それから発展した思考の中の幾つかに『強くなれば英雄になれる』『英雄になれば女の子にモテる』『モンモランシーを惚れなおさせる』などがある。つまりは、強い=モテるという超短絡思考が動機のメインサーキットなのだ。
 貴族としての誇りや振る舞いも、それと同じ。ジルと決闘したのだって、良いところを見せようとした結果だ。完璧に全てが裏目に出たが。
 だが、それを嘲ってはいけない。ジルに入門した時に言ったように、護るべきものを護りたい、その意思は本心だ。
「性格の方向を修正してやればいいのよ。ギーシュの目的は護る力。それでいいじゃない」
「いや、悪いとは言ってないがよ。人間、変わる奴は変わるなーって思ったんだよ」
「あら。六千年も生きてきて、人間の本質を見抜けてないみたいね」
「そうは言うがな、剣を持つ人間は、大抵どこか芯が通ってると言うか、頑固というか、あまり変わらなかったぜ。変わる前に死んだよ」
「ブリミルは?」
「あー、よくわからん。あんま覚えてねーのよ」
「それだけ都合よく忘れられると、作為的なものを感じるわね。ブリミルにでも記憶を消されたんじゃない?」
「はっは、そうかもな!」
 カタカタと笑う鍔。
「ふう。平和よね……」
「まあ、ここらはな」
「元の世界は今頃────」
 どうなっているかしら、そう言おうとした瞬間、硝子の割れる音が聞こえた。
「…………」
 音のした方を見れば、丁度誰かが塔から落ちてくるところだった。
「うわ、痛てぇなありゃ」
 とデルフが感想を漏らす頃には、傍らのジルは消えていた。
「お? あれ? 相棒? あ……」
 デルフがジルを見付けたとき、彼女は既に落ちた人間のもとに走っていた。
「……ギトー、だったかしら」
 いつか物理的に地上から浮かせた人物の顔を、ジルは朧気に覚えていた。傲慢を絵に描いたような貴族、そんな印象しか覚えてないが。
「綺麗に顎ね。暫くは起きれないわ」
 これがギーシュの仕業と見て、上を見上げる。窓から、生徒らしき頭が引っ込んだ。
「嫌われてるのね」
 一ミリの同情もなく、ギトーの躯を抱え上げ、医務室へ運んだ。



 教室では、ちょっとした騒ぎになっていた。
 事の始まりはギトーの風自慢だった。
「最強の系統は何だと思うね、ミスタ・グラモン?」
「虚無では?」
「私はお伽噺をしているのではない。現実をみたまえ」
 少しばかりムッときたが、相手は教師。抑える。
「そんなものは存在しません。いかなる系統にも弱点と隙があります」
 ジルの教えに基づく、彼なりの結論だった。
「ほう。平民に負け、平民に師事している者は言うことが違うな」
 常に冷静であることを教えられたギーシュは、それでも腸を煮えくりかえしながらも平静を装う。
「残念ながら、それは誤りだ。そうだな、自信があるならば、試しにその弱点や隙を突いてみたまえ」
 ギトーが杖を抜く。ギーシュは立ち上がり、一言。
「どうなっても知りませんよ」
「構わんよ。本気でなければ理解できまい」
「ならば、暫しの時間を下さい。ここにはゴーレムの材料がありませんので」
「構わん。君のゴーレムがここに来るまで待とう」
 この時点で、ギトーの敗けは確定した。宣言する前にギーシュの杖には花弁が無く、既に造られたワルキューレは窓辺にぶら下がり、或いは教室の扉に手を掛け、更に二体のワルキューレに担がれた一体がその前に待機していた。
「来い! ワルキューレ!」
 ギーシュの声に応じ、開け放たれた窓からワルキューレが突入。それに反応したギトーは囮にまんまと向き、杖を振る。エア・ハンマーがワルキューレを砕くが、扉が勢いよく開かれ、ワルキューレが投げられフライングクロスチョップを敢行。しかしこれもギリギリで避けられ、ワルキューレは粉砕される。
「ふん、きしゅ────」
 ギトーは台詞を最後まで言えなかった。いつの間にか懐に潜り込んだギーシュの、腰の入った綺麗なフックが顎にストライク、不幸にも開け放たれた窓の硝子を引っ掛けて落ちた。
「あ」
 ギーシュが間抜けな声を漏らすが、時既に遅し。意識を刈り取られたギトーは地面に叩き付けられ、同級生か窓に集っていた。
「凄いじゃない」
 キュルケに誉められるが、色々と失敗した感が否めないギーシュは素直に喜べない。まさか窓から叩き落としてしまうとは。
「あれも『師匠』から教えてもらったの?」
「ああ。フェイクとフェイントは戦闘の基本だって言ってたからね。あそこまでうまくいくとは思わなかったけど」
 照れ臭そうに頭をかくギーシュ。平民に負けたヘタレから、一躍英雄の様に扱われていた。それだけギトーは嫌われていたのだ。
「やったなギーシュ!」
「ギトーの野郎、ざまみろ!」
「ヒャッハー!」
 その熱狂は、一瞬で冷まされる。
「何事ですか騒がしい!」
 コルベールが、教室に入ってきた。
 その時、確かに時は止まった。
 やたらきらびやかな装飾の服と、カールだらけの金髪カツラ。誰もが、反応に困っていた。
「おや、ミスタ・ギトーは?」
「諸事情により医務室です」
 今まで沈黙を保っていたルイズが答える。彼女にはシュヴルーズという前科がある。成る程彼女の仕業と納得したコルベールは、本題に入ることにした。
「うぉっほん。今日の授業は全て中止です! 皆さんにお知らせですぞ!」
 わざとらしい咳払いと勿体ぶった言い回し。更には胸を張り、大きく仰け反った。その拍子に、ずるりと金色のものが落ちる。
「滑りやすい」
 タバサの一言で、教室は笑いに包まれる。
「ええい黙らんかこわっぱどもが!」
 珍しいコルベールの憤怒の声に、水を打った様に黙る生徒達。そう、それはまるで、ベクトルは違うがジルに似た迫力だった。
 静かになった教室を見回し、般若の形相を誇示していたコルベールはいつもの柔和な顔を取り戻し、説明を始めた。
「えー、本日はよき日です────」



 馬車の中のアンリエッタは溜め息をつく。枢機卿のマザリーニが回数を伝え、それを諌めるが、憂鬱な気分は消えず、また溜め息をつく。これの繰り返し。
 憂鬱の原因は幾つもある。昔からのものもあれば、つい最近できた頭痛の種もある。
 そして、これから難事を頼みに行く幼馴染みの顔を思い浮かべると、頭痛ではなく申し訳なさと哀しみが頭を支配した。
 しかし、成し遂げなければならない。絶対に信頼できる彼女にしか、この『お願い』は頼めない。たとえ友情を利用しようとも。
 マザリーニの案だ、という逃げ道も無い。身から出た錆なのだ。彼女にどれだけ責められても、アンリエッタはそれを受け入れるつもりだった。
 歓迎式典を自動的にこなし、幾多の貴族の子女の言葉を適当に捌いて、気が付けば夜になっていた。
 あてがわれた豪華な部屋で、用意しておいた学院の制服とフード付きのマントを羽織る。足音を立てないように、そして耳を澄ませながら、人に出会さないように進む。夜も遅く、運もよかったらしい。目的の扉の前まで、誰にも見付からずにたどり着けた。
 そして、秘密の符丁をノックする。



 入ってきた人物は、挙動が怪しく、ベレッタを分解していたジルに警戒心を抱かせた。ただでさえガンオイルが少なくなって気が立っているのに、その怪しい人間が杖を取り出したからさあ大変。『疑わしきは制圧』、テロリズム対策も万全な元S.T.A.R.S.のジルは、その人物を組み伏せ、首にデザートイーグルを突き付けた。その射線は、何かあれば声帯を破壊する意志が込められていた。
「ルイズ、フードを」
 地に伏している人物に劣らぬ挙動のルイズが、やたらとぎくしゃくしながら近寄ってくる。昼の歓迎式典からおかしかったルイズをジルは敢えて放置したが、今はそれに輪をかけて怪しい。
 ゆっくりフードを掴み、持ち上げ……
「ひ、姫殿下!?」
 一番あって欲しくなかった現実に、気が遠くなる。神は死んだ。
「この娘が?」
 ルイズの声を聞いても、まだ拘束の手を緩めない。既にインシュロックまで取り出している始末。
「は、放しなさい! 正真正銘、アンリエッタ姫殿下よ!」
 ルイズのお墨付きをもらい、やっと解放されるアンリエッタ。生まれて初めての体験に頭を若干混乱させながら、改めて杖を振る。
「ディテクトマジック?」
「誰が聞き耳を立てているか、判りませんから」
 もう遅いかも知れませんが、と呟くが、どうやら魔法による盗聴や監視は無いという結果がでた。
「姫殿下……使い魔の無礼をお許――――」
「あら。他人の部屋でいきなり魔法を使おうとするのは宣戦布告と同じではなくて?」
 魔法イコール武器のイメージが強いジルにとってその行為は、フラッシュバンを部屋に投げ込んで突入する対テロ特殊部隊と同義だった。応戦されて当然の行為だ。
「ジル! なんてことを……」
「いえ……あなたの言う通りです。この物騒な世の中ですから」
 言いたいことを言って満足したのか、ジルはベレッタをいじりながらルイズの言葉を無視した。
「姫殿下、お怪我はありませんか?」
「はい、どこにも。優秀な衛士ですね、ルイズ・フランソワーズ」
 普通ならば嫌味に聞こえる言葉だが、アンリエッタのそれには全く毒が無かった。純粋に、羨んでいる、そんな風に聞こえた。
「いえ、ただの使い魔……」
「訂正しなさい。私は使い魔になった覚えはないわ」
 ジルにそう言われたら訂正せざるを得ない。この時点で主従関係ではない事は証明された。
「えーと、居候? です」
 使い魔は否定、使用人は何か違う。騎士や衛士はルイズが認めたくない。よって、とっさに出たのが居候という結論だった。
「兼衛士(ボディーガード)よ」
 ジルによって、ルイズに否定された肩書きが追加された。微妙にニュアンスが違うが。
「ジル・ヴァレンタイン。ジルでいいわ。よろしく、姫様」
 姫という肩書きに全く物怖じしない物言いにルイズは肝を冷やす。しかしアンリエッタは全く気にしていない。ジルのその、戦士としてのオーラ或いはそこらの貴族より誇らしく堂々とした態度が、階級や権力など関係ない、純粋に対等な力関係をここに構築した。
「アンリエッタ・ド・トリステインです。よろしくおねがいします、ジル」
 この時点で、アンリエッタのシナリオは白紙になってしまった。
 ルイズの情に訴える、芝居のシナリオ。自分で考えておきながら虫酸が走った。絶対に断られてはならないから、どんな茶番でもするつもりだった。しかし、始まる前に終わってしまった。眼の前のジルというイレギュラーによって。
「本題に入りましょう。今は再開を喜ぶ暇もないのです」
 もう、全てを正直に話すしか手は無くなった。ルイズに断られたら、後はない。
「アルビオンで反乱が起きているのはご存知ですね?」
「はい」
「戦況は知っていますか?」
「いえ。どうなっているんですか?」
 その答えは、意外な所から出た。
「聖地奪回を掲げるレコン・キスタなる組織を中心に貴族達が蜂起。数に劣る政府軍は開戦より戦力を減らしつつ首都より徐々に後退。反乱軍が開戦当日に首都ロンディニウムを制圧。最新鋭戦艦を奪われた政府軍は後退速度を上げて、つい最近、大陸の端のニューカッスル城にまで撤退、籠城。散発的な戦闘が起きているものの、反乱軍は決戦の準備の為の時間稼ぎに過ぎず、落城も時間の問題」
 ジルが、今までの経緯を簡単に説明する。
「お詳しいのですね」
「何でそんなに詳しいのよ」
「情報を制す者が勝つのは世の常よ」
 事も無げに言う。エルザとロングビルの情報収集能力のお陰だ。
「今聞いた通りです。そう遠くない未来に、アルビオン王家は消えてしまうでしょう。そうなれば貴族派……反乱軍は、ハルケギニア統一と聖地奪回を掲げ、トリステインに攻め込むでしょう。今のトリステインにはそれに対抗できる力はありません。もし統一が成功したら、今度は勝てる見込みのないエルフとの戦争です。それだけは回避しなければなりません」
「それで、ルイズをどこに送り込むつもりなのかしら?」
 ジルの問いに、アンリエッタは固まる。
「ニューカッスルかしら。あなたとルイズの関係は知らないけど、敢えてルイズを使うのは……スパイってところね」
「城の貴族に!? まさか、そんなはずは……」
「残念ながら、いるのです。それも、恐らくはかなり上層に」
 そしてアンリエッタは、その理由を語る。
 内戦が拡大し、レコン・キスタの存在が明らかになり、王家の敗北がほぼ確実になったとき、ゲルマニアとの同盟案が浮かび上がった。『もし』同盟するならばアンリエッタとゲルマニア皇帝アルブレヒト三世との結婚が条件になる。ゲルマニアは『始祖の血』による正統性を何より求めているからだ。これ以下の条件では不安が残り、これ以上の条件は無い。マザリーニは同盟せざるをえなくなる、つまりはアルビオン王家の敗北が確定する前に全ての不安要素を取り除くべく全力で行動していたのだが……
「過去に、私がウェールズ殿下に送った手紙が、その……問題に」
 その内容が何かはルイズ達には判らない。しかし、同盟阻止に充分な威力を持つのは確かだ。王女自ら依頼に来るのだから。
「その手紙の回収に、信頼できる者を使いに出しました。しかし、二度と帰ってきませんでした。定期報告も無いので捜索させたら、ラ・ロシェール近郊で死体が出てきました。極秘任務なので、あまり大勢を動かせません。次に数人を送ったのですが、一人が瀕死で帰ってきました。その者が死ぬ前に報告してくれたのです。まるで来るのが判ってたみたいに何度も賊に襲撃された、と。状況証拠でしかありませんが、衛士隊の作戦内容を知ることができる立場の人間全てに疑いがかかっています」
「……ルイズを、回収に向かわせるのね。ついでに、できればネズミも狩りたい」
「……そうです。決戦が近い今、一刻の猶予もありません。ルイズ、お願いできますか?」
「え!? あ、もちろんです姫様!」
 胸を張り、どんなことでもやってみせると言わんばかりに返事をするが、
「……死ぬ覚悟と、殺す覚悟はあるのかしら?」
 その言葉で、時が止まる。
「姫様も、ルイズが死ぬ可能性を考慮しているかしら。どこに裏切りが潜んでいるか判らないし、行く先は戦場、地獄に送り込むのと同義よ」
「ええ、理解しています。残念ながら、これしか方法がないのです」
 アンリエッタの眼を見て、ジルはもう何も言わなかった。
「殺さ……」ルイズが重い口を開き、一度だけ躊躇った。「いえ、殺さないと、成し遂げられないのなら。死ぬ気は無いわ、そんなこと、許されないから」
「Okay。なら、姫様。ルイズに王女として命令を。姫様の『お願い』だけでは、死んだときに名誉の欠片もないから」
 ルイズは、その言葉に違和感を感じた。貴族の名誉など欠片ほどの価値を見い出していないジルが、名誉について云々を言っている。しかし、深く考える前にアンリエッタの命令が下される。
「トリステイン王国王女、アンリエッタ・ド・トリステインが命じます。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、アルビオンに赴き、ウェールズ皇太子より外交障害となる手紙を回収せよ」
「了解しました」
 ひざまづき、恭しく頭を垂れる。ルイズだけ。
「……ジル?」
「どうかしましたか?」
「ギーシュ。逃げたら殺すわ」
 扉の向こうから、声無き悲鳴が聞こえた気がした。ドタバタと慌ただしく痛々しい音が聞こえて、止まる。
 暫くして、ジルがベレッタ──いつの間にか組み上げていた──を扉に向け、トリガーを引く。
「ひっ!」
「逃げたら殺すわ。入ってきなさい」
 穴の空いたドアが開かれ、鼻を押さえたギーシュが入ってきた。
「見え、見えるのですか!?」
「逃げる気配がしたから撃っただけよ。どこに当たっても死なない限りどうにかできるんだから」
 訓練の地獄絵図が思い出される。死にかけるまで斬られて撃たれて殴られて、ハーブで強制回復。ジル曰く「少しは痛みに慣れておくこと」とのこと。しかし、絶対に『少し』なんてレベルではない。銃弾を自分で摘出させたり、肩を外したのをはめなおしたり、よく正気を保てたなと自覚できるくらいの痛みを経験している。今、鼻の頭にある横一文字の深い削り傷も、どうでもいい程度だ。指の隙間からダラダラと漏れるほどに出血は激しいが。
「何でそこにいたの?」
「あ、いや、姫殿下が制服で一人で散歩されていたのでね、こっそり護衛をと思いまして」
「何で判ったのかしら? 姫様はフードで顔を隠してたけど」
 そこでギーシュは不敵に笑う。人差指を左右にチッチと振りながら、誇らしげに語る。
「この僕が、後ろ姿だけとはいえ、姫殿下のような美しい女性を間違えるはずが無いじゃないですか!」
 ルイズが脱力する。ジルは頭を押さえ溜め息をつく。アンリエッタとギーシュだけが平然としていた。
「あの、あなたは?」
「は! ギーシュ・ド・グラモンと申します! 姫殿下、先程の任務、私にもご命じ下さい!」
 ジルは処刑の準備を始めている。機密漏洩を防ぐためだ。
「グラモン? もしや、あなたはグラモン元帥の……」
「はい! 四男であります!」
 ハートマン軍曹、もといジル教官のブートキャンプを経てそれなりに逞しくなったギーシュの言葉は、それなりに説得力があった。まるで軍人のようなその物腰に、アンリエッタはホイホイ信用してしまった。
「では、この未熟な王女のために、命を賭けてくれますか?」
「無論です! 姫殿下の為に死ねるのならば本望です!」
「……ギーシュ・ド・グラモンに命じます。ルイズに従い、アルビオンから手紙を持って帰ること」
 ルイズとは雰囲気が違うのは、信頼と信用の違いなのだろう。
「……姫様。一つ忠告を」
「なんですか?」
 ジルは、アンリエッタに近寄り、耳打ちする。
「…………」
 ジルの声は聞こえない。
「……ええ……」
 アンリエッタの相槌が時々聞こえる程度だ。
「…………」
「……ああ、そうですね。そうしましょう。ええ、判っています。誰にも秘密です」
 結論が出たらしい。忠告にしてはやたらと長かったが、それを気にする程の鋭さは、残された二人には無い。
「では……姫様を送ってくるわ。戻ったら予定と準備を始めるから、ギーシュ、ここにいなさい」
「コピー」
 教えた通りに返事をするギーシュを見て、部屋を出るジル。その顔はどことなく悲しそうで、誇らしそうだった。


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