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狼と虚無のメイジ-08c


狼と虚無のメイジ八幕 後編 

「聞いてないわよ……」

キュルケは頭を抱えていた。
その目の前にふよふよと浮かぶ巨大な目玉。
紛う事なきバグベアーである。

変な予感はしていたのだ。
現在付き合っている男性陣にも声をかけ、三日目までは滞りなく進んでいた実験。布陣は完璧の筈であった。
ところが四日目になって目の前に現れたのは、以前振った事のある男子生徒だった。

過去の柵がここになって響いてこようとは。常であれば、未練がましいと追い返すところであるが、この場は決闘の場。取り繕ってでもポイントを稼がねばならない。
男女関係には定評があると自負する以上、ここで引いては女が廃る。
口八丁でどうにか丸め込めたとは思うが、終始ボーっとしていたのは何だったのだろうか。いや、自分の手合いに陶酔していたのだろう。改めて罪な女だと思う。

しかし問題はその後だ。滑らかに入って来たのは学院長つきの秘書、ミス・ロングビルであった。
何の手違いだと慌てて飛び出しシエスタに声をかけるととても気持ちの良い笑顔で返される。

「対象を男性に限定すると言う説明は、確か無かったと思うのですが?」

イレギュラーを嘗めていた。キュルケは奔放とは言え、性癖に関しては極めて健康的且つノーマルである。
年上の女性相手へのアプローチなど研鑽していない。

「お幾つなんですか?」だの「へぇ、割には綺麗ですよね」だの、地雷をバスバスと踏んづけたまま時間終了となってしまった。
出る時にロングビルが浮かべた、壮絶な笑みと青筋は忘れられない。
その日は後攻。入ってきた時は普通の笑顔だった為、あの場は確実にとられたと見るべきだ。

しかしそれも五日目に比べればまだ優しい。

同性が来るのは昨日の件で予想できた。
しかし、入って来たのは事もあろうに、以前彼氏を寝取った事のある女生徒であった。

「……」
「……」

ビリビリとした空気が流れる。
敵愾心しか無い二者。しかも女同士である。本能傾向が強いが故に、会話も成り立たない。
口を開けばそのままの勢いで、バイオレンスな意味での肉体接触に突入しかねない。

故に無言。終始無言。

張り詰めた空気を維持したまま、永遠にも近い沈黙の20分間がようやく終わる。
次の部屋に移動したのを見ると、キュルケは思い切り脱力した。

まだ嘗めていた。これは最早好意を得るだけの場に非ず。女としての総合的な人間力も試されるチャンピオンロードだ。
気を引き締めてかからねばならないと、気持ちを新たにした所に入場してきたのは……

「……」
「……」

寝取られ女生徒。おかわり。
再び走る不穏な空気、勿論キュルケは引かない。
メラメラと燃え盛る嫉妬の炎を真っ向から受け止めて胸を反らす。
今度の娘は去り際にちょっと泣いていたので、キュルケ的には勝ちである。試合には負けるが勝負には勝った。
何とも言えない達成感に陶酔しつつも、次を待つ。

「……」
「……」

三杯目、ごっつぁんです。あれ、何この針ムシロ。
如何にキュルケが恋愛に練磨を重ねた強者と言えど、こうも五月雨式に敵意を向けられては戦意も鈍る。
最後の方でちょっと視線を反らしてしまった為か、今度の娘はちょっと優越感を持って退室した。
そして四人目になるとキュルケは肩身も狭く、五人目でとうとう萎縮して、その娘の退室と共にちょっとだけ泣いた。

おかげで次に入ってきた平民の料理長に何の疑問も抱くことなく、喜んで応対した為、ディナーが随分豪勢だつた覚えがあるが。

そして今日。最終日である。

流石に打ち止めだろうと思った私が馬鹿でした。どうよこの非人間。
亜人ですら無い上、自分の使い魔でもないのに意思の疎通が出来るものか。と言うか投票できるのかととメイドに問い詰めた所、眩しい笑顔で返される。

「どうせ今日結果は出ますし、発表時に寄って来た数をカウントすると言う事で」

何この、妬ましい程鮮やかな段取り。と言うか、これ本当に女の勝負?

一瞬過った考えを戒め、最後の気合を入れる。
ここまで来て妥協は許されまい。敵愾心剥き出しの恋敵よりかは、きっとマシな筈だ。
よく見ればこの大きな目もつぶらで可愛らしいし、うねうね蠢く触手もチャームポイントと思えないこともない。いや思え。

「ウン、カワイイカワイイ」

もの凄く棒読みで、キュルケはバグベアーの頭を撫でにかかる。言葉が通じぬ以上、スキンシップこそ最良の手段だ。

ペしっ

触れるか触れないかと言うところを、露骨に触手で払われる。

「ちょ、何するのよ!」

べしっべしっべしっ

無理矢理撫でようとすると、絶妙な痛さ加減で払われる。そんなシュールな格闘を数分も続けた後、結局何も出来ないままバクベアーはふよふよと退室していった。

「あう~」

ひりひり痛む、キュルケの利き手を残して。


◆       ◆       ◆       ◆       ◆


(……しかし一昨日から、随分と妙な連中がやって来るのう)

四日目に来た男子生徒。
世界の全てが信じられないと言った顔で部屋に入って来たので、理由を聞いてみればフられた上にコケにされ、自分で納得しようとしたものの、男として意気消沈している様だった。
初対面の海のものとも山のものとも知れないホロ相手にそんな事を話すなど相当参っていたのだろう。
ホロも流石に可愛そうに思ったのか、やる気を出させる為に「ぬし様が落ち込んでおられると、わっちも悲しいでありんす」などとあの手この手で煽てると、あっと言う間に回復した様だ。この年頃の小僧の何と扱い易い事か。
去り際に自分の方を熱の篭った目で見た時は、流石に少しやり過ぎた気もしたが。

しかし驚いたのはその次である。入って来たのは紛う事なき女性であったのだから。
だがルールを思い出せば、性別に関して何か言及していた訳でも無い。
なるほど。
シエスタも随分と冗談が上手い。文句を言うのは簡単だが、それに乗って見事条件を達成してこそ勝者と言うことか。

(ふむ……?)

ロングビルを名乗る、その女性は人の尺度で言えば妙齢と言った所。女としてはむしろ最も華やいだ時期と言えよう。しかし、それよりホロには気になった点があった。

微かに漂う、血臭。

(この者も教師と名乗ったが……はて)

濃くはない。雑多な、数多くの臭いに混じっており、あくまで彼女の使う一手段と言うことだろう。
しかし、少なくともこの平和な学院に似つかわしくない臭いであることは確かだ。

「えぇと、ホロ、で良いのよね?」
「間違いなく。ルイズの使い魔とやらをやっておる」

どの様なことを感じたとしても、それを顔に出すのは賢明ではない。ホロは勿論それに漏れず、鮮やかに応対した。

「……ご主人に対して、随分軽い口で話すのね?」
「うふ。物事には相応しい収まり方と言う物がありんす。わっちとルイズならば、これが適当であると思うのじゃが……如何かや?」
「ふふ、ミス・ヴァリエールも厄介なのを使い魔にしたみたいね」

ホロの言葉に、ロングビルはクスリと微笑んだ。
匂いの質から、媚の類よりもストレートな話の方が好みと見たホロの予測は当たりだった様である。
詳しいところまでは聞けなかったが、どうやらこちらで言う貴族ではないらしい。澄ました表の顔からは見えない気さくさは、その辺りにも原因があるのだろう。
適当な談笑で時間が来たが、今回はそれで良い。
あのタイプとキュルケがぶつかれば、マイナス印象しか残らないとホロは踏んだのだ。


そして翌日の五日目は更に妙な連中がやってきた。
五連続で女生徒が入室してきたのだ。

最初の一人対しては愚痴を聞き、次は慰め、残りの三人には褒める形で対応する。
ついでに先日までに話した男子生徒の中で、気質の合いそうな者を紹介すると、晴れやかな顔で退室して行った。

この年頃の小娘の姦しさには流石のホロも疲れたが、親身になってやると小僧連中よりも面白い考をしている者が多い。
耳と尻尾に触らせてと言われた時は流石に断ったが。


そして最終日、六日目。つまり今日である。

「きゅいきゅい!」
「ほう、ぬしも人の姿をとることが出来るのかや?」
「きゅい!きゅい!」
「なに、機会があればで構わぬ。ぬしの主人も、ぬしを思うてこそ、それを架したのじゃろう」
「きゅい……」

タバサの風竜、シルフィードの頭を撫でながら、ホロは慈しむ様に語りかける。
人間相手の様にさして気を遣う必要も無く、実に伸び伸びと使い魔達の相手をしていた。

「……ぬし等の様な者が、あの頃もっと居ればの……」

優しくシルフィードを撫でるホロの瞳が、ふと憂いを帯びた。その瞳はとてもとても遠い所を見つめている様で。

「ホロねえさま。どうしたの?何だか寂しそうなのね、きゅいきゅい」
「……むう?顔に出ておったかや」
「きゅい。お耳と尻尾がぺたってなってるのね」
「ふむ、やれやれ。自慢ではあるがこう言う時だけは難儀な物よ」

自分の尾から生える麦藁尻尾をぴょんと起こすと、ホロは苦笑気味に呟いた。

「なまじ老獪な者よりも、ぬしの方がよほど手強い」
「???」
「くふ。裏が無いと言うのは、本来在り得ぬ。それだけに実際会うと難儀じゃ」

ホロの言葉の意味が掴めず、小首を傾げるシルフィード。

「それよりも、人の言葉を喋べるのは関心せぬ。隣の者は解らぬ故、気をつけるがよかろ」
「きゅい!しまったのね!ホロねえさまとだと、どっちでも通じるから訳が解らなくなるのね!」

慌てるシルフィードをくつくつと笑いながらも、落ち着かせる為にまた撫でてやる。

「そうそう、ぬしは大丈夫だとは思うが、次の部屋の者には手加減してやってくりゃれ?」
「きゅい。お姉さまのお友達なのね。勿論なのね」

撫でられたシルフィードはとても気持ちよさそうに目を細め、キュルケのいるであろう部屋に移動していった。

ホロ自身、大抵の動物との意思疎通は可能だったが、まるで作りの違うこちら側の獣達と話せるかは不明だった。
今日それが解ったは嬉しい収穫だったと言える。

しかし、それ以上に神妙な面持ちで、ホロは自分の右手に視線を移した。
淡く発光する複雑な文様。他の使い魔と接触した時にのみ明滅するこのルーンに気づいたのも、今日になってからだ。

ここ数日でルイズにも聞いたが、使い魔は必ずしも主以外に友好的とは限らないらしい。
そして意思が通じるからと言って、必ずしも友好関係が築ける訳でもないのだ。ホロ自身、かつての故郷で全ての仲間と馬が合ったかと言えば、答えはNO。

だが今日入室してきた使い魔の連中は、見た目が実に攻撃的でも、ホロには随分と懐いてきた。概ね「姉さん」とか「姉御」とか言ったニュアンスで寄ってくるのには苦笑せざる得なかったが。
シエスタのことだから、ある程度配慮して使い魔を入れているのだろうが、それにした所で懐く頻度が十割と言うのも妙な話だ。
一応配慮して、キュルケに余り酷い振る舞いはしない様に言っておいたが、結果いかんで何らかの答は出るかもしれない。

「……ふうむ」

考えていも仕方ないのは解るのだが、だんだんと発光のおさまってく右手の文様をホロが眺めるのも仕方の無いことだった。

そして直ぐに次の誰かが来る合図。気を取り直して入り口を見つめる。時間的にあと、一人、二人と言った所だろう。
女をかけた決闘である。最後の一人、一匹、一頭まで気は抜けない。

狼の狩りに手加減など在り得ない。自然に出た表情は、勇ましくも美しい雌の顔であった。


◆       ◆       ◆       ◆       ◆


ぼんやりと双月も輝きだした夕暮れ時、ついに六日に渡る実験(決闘)が終了した。
集うのは五人の少女と、本日メインの使い魔多数。そして結果に興味を持った酔狂な生徒が両手で数える程。

「やれやれ、座り続けると言うのも骨は折れるものよ」
「待ちっ放しって言うのもそれはそれで疲れるわよ。期間中にブ厚い教書が五冊は読めたわ」

首をぐりんと回すルイズ。
外で待つ間、無駄に時間を過ごすのも何なので、タバサに習って黙々と本を読破してのだが、言葉とは裏腹にやけに達成感に溢れた顔をしている。

「くふ、お互い学ぶことは多い様じゃの?」
「あんたにこれ以上学ばれても困るわね。主に私が」
「ならばその、緩んだ頬を隠しんす。喜びが蜜の様に溢れておる」
「……そうかもね。でもあんたの耳と尻尾程じゃないわよ」

ぱたぱた揺れるとホロの耳と尻尾。
ここ一週間でルイズが見つけたホロの弱点である。どうもこの二つだけは、気を抜いていると感情が諸に出てしまうらしい。そしてこの動きは明らかに喜びを表したものだった。
「どうよ?」と言った表情を返すルイズは、実に誇らしげだ。

「うふ。学ぶ喜びも然り。じゃが友人を得た喜びすらも現わす、ぬしの頬には敵うものでは無い。そうは思わぬかや?」
「んなっ!?」

慌ててタバサの方向を見てしまうルイズ。

「ふむ、やはりタバサかや。内容は解らんが、表の装飾はタバサが読んでいたもの。それをぬしが読んでいたとなればそれ、答はおのずと解ろうと言うものじゃ」
「――――――っ!」

初日の会話をきっかけに、ここ数日で二人は親睦を深めていた。実践は兎も角として、知識への造詣に関しては深い二人である。
打ち解けた……と言う訳ではないが、読んだ本の内容に関して議論できる程の相手と解ると、タバサも結構多弁になった。勿論常より一つ、二つ言葉が多い程度ではあるが。
ただしその事はホロには言っていない。つまりルイズの態度の端々から予想し、カマをかけ、見事的中したと言う訳である。

「くふ。わっちが幾度この尾と耳を、人に晒したと思っておるのかや?」

そして魅せる、飛び切りに意地の悪い笑顔。
甘すぎた。一つや二つの弱点など、この賢狼にとっては擬似餌程度に過ぎないのだ。

「気を落とすでない。まだまだ青いが、会ったばかりの時よりは幾分マシと言うものじゃ」
「褒め言葉……なんだろうけど、今の私にはとてつもなく重いわよ」

ルイズがっくりと肩を落としていると、キュルケが寄って来る。

「おっほっほ!そのやりとりも今日ここまでよ!最後の晩餐になるでしょうから、しっかり話しておくことね!」

左手を腰に、右手の甲を自分の顔に向け、高飛車ここに極まれりと言ったポーズで高笑いするキュルケ。
……なのだが。

「キュルケ、あんた何かあったの?大丈夫?」

ルイズをして心配する程に、どうにもその格好は無残極まっていた。
顔には何かぺとぺとしたものが付着しているし、髪も実に美しくない具合に乱れている。
制服のブラウスはよれよれで、これまた妙な液体が付着している。ついでに、あちこち破れた服が、その無残具合を助長していた。
そして重要な点が、どれをとっても色気の無い感じになっていると言う事だ。
どの要因も色気を演出するのにもってこいなのだが、残らず喜劇の演出に出て来そうな有様になっているのはむしろ凄い。

「ほ、ほほほ!何言ってるのよ!これは今日の勝利を約束する証よ!粘液はスキュラに巻きつかれた時についた物だし、ヒポグリフなんか元気が良すぎるくらいに抱きついて、服を破るほどの喜び様よ!コカトリスの円らな瞳には体が硬直するかと思ったわ!」

最後のはよく無事だったなあ、とルイズは何とも言えない視線を送るが、それを意に介するキュルケではない。少なくともハイになっている今は。

一方ホロは、その言葉に何か思案していた様だが、シエスタの言葉に思考を中断して振り向いた。

「集計が出ましたよ」

並べられた投票用紙を前に、シエスタが計算を完了させていた。
二者択一とは言え、六日の間に参加した生徒数は結構なものであるし、よく見れば一緒に書かれた理由などに関してもしっかり記帳している。
平民出で字が書ける事には最早ルイズも驚かないが、製本しても良いほどに綺麗な書体は、一筋縄に会得した技術とは思えない。
本当に何者だろうとルイズが考えていると、シエスタは隣にいたタバサに耳打ちした。

「それでは結果は主催者のタバサ様に発表をお願いします」
「……ん」

一応段取りの通りである。名目上はタバサが主催者である為、雑事は自分で、重要な部分は委ねる。貴族の顔を伺う平民の素振りも板についたものだ。

「……」

タバサはゆっくりと、ホロとキュルケの前に歩み出る。
二人の目前に止まり、暫しの静寂が訪れた。

ごくり。

誰とも無く、唾を飲み込む。少ないギャラリーとは言え、やけに音が響くのが印象深い。

「……」

意を決した様に、タバサは顔を上げる。
ゆっくりと向き直った相手は、キュルケ。

ぱっと輝くキュルケの顔。べとべとの粘液も霞む眩い輝きであった。

「……ごめん」
「はえ?」

間の抜けた声を発するキュルケから視線を反らし、高々とホロの腕を掲げるタバサ。

「……集計の結果、圧倒的多数で、ホロ」

音自体は小さいものの、良く通る声がヴェストリ広場に響き渡った。
一瞬何があったのか理解出来なかったキュルケだが、数秒のブランクの後に困惑の叫びを上げる。

「う……嘘よ!何かの間違いよ!」
「はい、もちろん納得いかないと言うご意見も御座いましょう。そこでこの投票用紙が生きてきます」

喚くキュルケに間髪も入れず、一山程の投票用紙を抱え、シエスタが進み出た。

「まず一年生、匿名希望さん『キュルケ嬢はスキンシップが過剰なのが気になった。ホロ嬢はとはとてもリラックスして20分を過ごせた』」

キュルケがぐらりと傾く。しかし耐えた。まだ、まだ大丈夫だ。

「続いてPN『風上ダンディ』さん。『キュルケ嬢とは時折沈黙が発生して困った。一方ホロ嬢は、口下手な僕も上手く誘導してくれた。P.S.主従共々惚れてます』」

再びよろめきながらもキュルケは心中で叫ぶ。何やってんだ風邪っぴき。ダンディとか何だよ、その腹か。中年染みたその腹をダンディと抜かすか。追伸とか何だよもう。

「PN『妹LOVE』さん。『ホロ嬢は多分個人との間の取り方が上手いんだと思いました。ところでキュルケ嬢ですが、月の無い夜には気をつけた方が良いですね』……後半の筆跡が乱れてますが、何かあったんでしょうか」

小首を傾げて微笑むシエスタと裏腹に、今度は背筋に悪寒が走るキュルケ。
あれ、そういえばさっきから誰かに見られている様な。塔の上の辺り?いや気のせい、きっと気のせいよ。

「他にもPN『寝取られシスターズ』さん達のジェラシー溢れる五通。『まだまだ秘書募集中☆』さんの用紙十数枚に渡る女性観、及びホロさんの素晴らしさとキュルケ様の落とし穴に関した小論文とかもありますが……読みます?」

こんな時でも笑顔を崩さぬシエスタを前に、キュルケはどさりと膝をつく。

「ちょ、待ちなさいよ!私に入れた分は!?」
「ええと、一票だけですね」
「一票!?嘘を吐きなさい!少なくとも五票は……」

ふとキュルケの視界の端に、移る五人の男性。所在無さ気な五名は、キュルケも良く知る男子生徒達であった。

「ちょ……ペリッソン!」
「キュルケ……ごめん!四時間後に!」
「話が違うわ!」

逃げ出すペリッソンに罵声を浴びせたものの、それ以上構っている余裕はキュルケには無い。

「スティックス!誰に入れたのよ!」
「え……えと、八時間後に!」
「誰なのよ!」

二人しか居ないのだから、誰に入れたかなど聞くまでも無いのだが、それでもキュルケは聞かざる得なかった。
脱兎の如く駆け出すスティックスを諦め、残る三人を睨み付ける。

「マニカン!エイジャックス!ギムリ!」
「「「ええと、十二時間後に!」」」
「朝よ!」

見事に唱和した三人は、統制の取れた動きでフライの呪文を詠唱。文字通り飛んで逃げた。
呆然とそれを見送るキュルケの前に、シエスタが進み出て一言。

「えっと、まだお認めになられません?」

その言葉を前にして、ギリと唇を噛むキュルケ。微熱の浮名を流した以上、ここで引くのは女が廃る。

「まだよ!まだ今日の使い魔達の結果が出てないわ!最終日だからポイントだって10倍くらい貰える筈よ!」

訳の解らない事を叫ぶキュルケ。多分本人も解っていないのだろう。

「との事ですが、如何致しますか、ホロさん」
「わっちは構わぬが……」
「おっほっほっ!微熱のキュルケの大逆転劇をご覧なさい!」

それを聞き、矢文の如く飛び起きるキュルケ。見てるこっちが痛々しい。
最もその勢いも、ホロに視線を向けるまでだったが。

「これ、これ。慌てるでない。順番じゃ」

今日訪れた使い魔達が、ホロの周りを囲んで我先にと頭を向けている。
獰猛な種類の使い魔も、まるで借りてきた猫の様に大人しく支持に従っている。とても、幸せそうだ。

「どう、致しますか?」

極上スマイルで聞いてくるシエスタ。最早キュルケはこの一言を返さざる得ない。

「……負け……たわ」

そう言うと全身から力が抜けたかの様に、キュルケはがくりと倒れた。見かねたタバサが支えてやる。

「このあたしが……キュルケが……色恋で負けるなんて……微熱の二つ名も返上ね」
「……大丈夫。色恋ではなく、器で負けたと言うのが正しい」

タバサなりの気遣いであったが、如何せん言葉が足りなかった。追い討ちをかけられたキュルケはよよよと崩れ落ちる。

「うう、もう信じられるのはフレイム、あなただけよ……」

そう自分の使い魔を呼ぼうとするが、返事が無い。

「なんじゃ、ぬしもかや?」

最後の希望の親愛なるサラマンダーは、それそれは幸せそうに、ホロに頭を預けていた。
キュルケを支えていた最後の何かが、音を立てて崩れ、微熱のキュルケは真っ白な灰になった。

「ふ……ふ……燃えたわ……燃え尽きたわ……」
「大変、水系統のメイジを」
「いや、あんたも使えるでしょ、確か」

冷静な口調とは裏腹に、かなり慌てていたタバサに突っ込みを入れたのは、事の成り行きを眺めていたルイズだった。
今まで事あるごとにゼロと言ってきたキュルケに思うところが無いでも無いが、流石に可哀想になった様である。

「えっと、キュルケ。私が言うと何かおかしいとも思うけど、あんたにも良い所はあるわよ。今回はそれが活かせなかっただけ」

そう言って取り出したのは一枚の投票用紙。
記された内容を、ルイズは静かに読み、聞かせた。


どちらも甲乙を付け難い女性だが、選ぶとなるとキュルケ嬢を推したい。
奔放に振舞っている様に見えても、その内に秘める情の深さは恐らく誰よりも深い。
そして男女に及ばず、その親愛を向けられる女性であることも想像に難くない。
だからこそ、不特定多数の人物と関係を深めている様にも見える。
もし彼女の溢れるその情熱が一人に向けられるとすれば、その男は恐らく、ハルキゲニア一の果報者であろう。
そして、彼女の友情を得られた者もまた、真の友情と言う物を知ることの出来る幸運な人間だ。


「……褒めすぎな気もするけど、見てる人は見てるのよね。あんたも有象無象に愛想振り撒くより、こういう人を大事にしたら?」

読んだルイズ自身も照れながら、投票用紙をキュルケに渡す。
キュルケは暫くその用紙を握り締め、何度も何度も読み返していた。
そして不意に、ぎゅっと胸に抱きしめる。

「う……うえぇぇぇえん!」

泣いた。人目も憚らず泣いた。正確にはもうホロの周りの使い魔くらいしか残っていなかったが、とにかくキュルケは泣いた。
胸の中が暖かいもので一杯になって、止め処なく溢れる感情を、涙を御する事が出来ない。

タバサがよしよしと頭を撫でてやる。

くしゃくしゃではあったが、その顔は恐らく、大事な何かを見つけた顔。
その顔を見たルイズは、悔しいけどやっぱ綺麗ねと、心の中で呟く。

そしてそんな三人を遠巻きに眺めるホロの顔はとても優しく、気づかれない程度にくふ、と鼻を鳴らした。



一通りキュルケが落ち着いたのは見計らい、タバサはキュルケに尋ねた。

「ちなみに、なんて人?」
「うん……イニシャル『J.C』って言う方」

同刻、学院長室で物見の鏡を覗きこむ禿頭の教師が、盛大にくしゃみをしていたそうである。


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