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未来の大魔女候補2人-12b





未来の大魔女候補2人 ~Judy & Louise~

第12話‐中編‐ 『ジュディと宝の地図』




 ルイズが魔法学院を発ってから数時間が経った。
 けれど、彼女の姿が見えない事を気にする者は殆どおらず、日常は滞りなく過ぎていく。
 暖かな日差しが降り注ぎ、朝露に濡れていた庭は既に乾き、穏やかに吹く風が草木を優しく揺らす。
 時刻は昼。学院の生徒とその使い魔達の食事時間だ。
 火と風の塔の間にある中庭、ヴェストリの広場では、使い魔達が与えられた餌を食べていた。
 既に食事を終えているモノから、まだ食べているモノまで様々だ。
 使い魔達が思い思いに屯する中庭の片隅で、サイトは如雨露を片手に樹に水やりをしていた。
 サイトはさぼっているわけではなく、この水やりも彼の仕事の一つである。如雨露に入っている水はただの水ではなく、液体の肥料を混ぜ合わした特別製だ。

「ああ、平和だ。何時までもこんな時間が続けばいいのに……」
「まったくだぁねぇ」

 気の抜けた独り言に相槌を打つのは、すっかりサイトの背中が定位置となったデルフリンガーであった。
 丈夫な革製のベルトで吊るされた鞘に収められたデルフリンガーは、少しだけ刀身を覗かせている。完全に鞘に仕舞われると、話すことが出来ないからだ。

「このまま時間が止まればいいのに。そうしたら借金も帳消し……」
「現実逃避はいけねぇなぁ坊主。しっかり耳を揃えて、あの貴族の娘っ子に叩き返すとか言ってたじゃねぇか」
「それもこれも全部お前のせいだ」

 忌々しげにサイトは、背中のデルフリンガーをジト目で見る。

「理不尽なこと言ってんじゃねぇよ。テメェが俺を買ったんだろうが」
「いいじゃねぇか愚痴ぐらい……
 せっかくの貯金がパーだ。しかも、再来月の給料が入らないと足んねぇ」
「いいじゃねぇか、そのお陰で俺っちと会えたんだからよぅ」
「気持ち悪い事言うなよ。縁起でもない」
「つれないねぇ。剣の師匠に向かってなんて口のきき方だい」
「剣に剣術を教わるなんて、ヘンテコな話だ。全く……」

 サイトはブツブツと愚痴を零す。
 高慢ちきな貴族の少女に借金をしているのも、剣術の師匠が剣だということも、何もかもがサイトは気に食わない。
 そもそも、こんな所にいる事自体が気に食わないのだ。だがそれは、周りの人々や環境が気に入らないという意味ではない。
 上司であるマルトーは厳しい人だが、それは面倒見の良さの表れであるし、同僚たちとも上手くやっていけている。それに何より、シエスタが可愛い。
 確かに貴族の傲慢さや気位の高さには辟易しているサイトだが、全員がそうではない事を知っている。
 自分にこの仕事を紹介してくれたロングビルは、元がつくとはいえ貴族であるし、変わり者だが自分を1人の人間として扱ってくれるコルベールは尊敬の念を抱いている。探せば生徒の中にも、そういう変わり種はいるだろう。
 聞いた話でしかないが、平民を家畜か何かと同じように扱う貴族など、珍しくないのだそうだ。
 それを考えると、自分は比較的恵まれた環境にいるのだと、サイトは漠然と感じていた。不満はあっても、文句など言えるはずもない。
 ならば、何が気に食わないのかというと、居るはずのない場所にいるという現実、そして、もがいても足掻いてもどうにもならない歯がゆい現状にサイトは苛立っているのだ。
 気がつくと、如雨露の中は空っぽになっていた。サイトの前の地面には、小さな水たまりが出来ている。
 無駄口を叩いていた所為で、全て同じ所に撒いてしまったようだ。これでは水撒きになっていない。デルフリンガーが咎めるように金具を鳴らす。

「ほらみろ。ぶつくさ言ってるからだ」
「あちゃー、やっちまった……」

 サイトは顔に手を当ててぼやく。ただでさえ仕事は多いのに、増やしていては世話はない。
 どうしようかと考え、とりあえず爪先で水溜りを広げていると、背後から元気の良い声が聞こえてきた。

「サイトく~ん! 向こうの使い魔さんたちに、ご飯あげてきたよ!」

 サイトが振り向くと、桶を引きずるようにしてジュディが駆け寄ってくるのが見えた。
 ジュディはサイトの傍まで来ると、桶の中身を見せて空だという事を証明する。

「ああ、ありがとう。おかげで助かったよ。けど、大変じゃなかったか?」
「ううん、ダイジョウブ。使い魔さんたち、みんないい子だから平気だよ」
「そっか……
 じゃあ、何で俺の時だけ突撃してくるんだか」
「好かれてるんだよ、きっと」
「んなわけないと思うけどな……」

 自分が餌やりをした時の光景を思い出し、サイトは身震いをした。
 餌桶に一斉に群がる使い魔達。餌を取り合い、サイトを巻き込む使い魔達。
 後に残るのは、食い荒らされ、散乱した餌と空っぽの餌桶、ついでにボロ雑巾となり果てたサイト。それらは、サイトにとって軽いトラウマだ。
 しかも最近では、サイト=餌の図式が成り立っているようで、サイトの姿を見るや否や突撃をしてくるモノまでいる始末だ。
 そんな訳だから、サイトは出来るだけ餌やりはしたくないというのが本音である。
 しかし、使用人の中でも下っ端のサイトには拒否権などあるはずもなく、ジュディが手伝ってくれる時ぐらいしか餌やりを免れる事はないのであった。

「それにしても、変わった樹ね。顔がついてるよ?」
「ああ、何時からあるのか知らないけど、親方が言うには学院の守り神みたいなもんなんだってさ。
 ……にしても、冴えねぇ顔してんな。まるで埴輪みたいだ。 ……土偶か?」

 2人は揃って、目前の樹を見上げた。
 その樹には、3つの幹がある。それらの幹は上部で融合しており、例えるならば、逆さまにした玉ねぎが3つの支柱で支えられているようだ。
 3つの幹に支えられて、宙ぶらりんになっている部分は大きく肥大化し、顔のような模様がある。
 しかもその下には、ご丁寧にも小さな手足がついている様に見え、生い茂っている長く大きな葉っぱは、まるで髪の毛のようだ。

「ハニワ? ドグウ?」
「まあ、気にするだけ無駄か。ファンタジーだし」

 オウム返しに訊ねるジュディを無視して、サイトは自己完結で納得する。
 何のことか分からないジュディは不満顔だが、サイトは全く気にしていないようだ。
 自分勝手なサイトを見て、ジュディはムッとした顔になる。

「もうっ! 無視してないでちゃんと答えてよ!」
「ああ、ごめんごめん。
 えー、埴輪も土偶も土を固めて出来た人形で、あー、俺が生まれた国で大昔に作られた物だな。
 なにが違うんだっけな? ……まあ、いっか」

 サイトは、なけなしの知識で何とか説明を捻りだす。
 彼自身、自分の説明に自信が持てなかったが、そう間違ってはいないはずだと考え、それ以上の思考は捨て置く。

「サイト君が生まれた所ってどんな所?
 前から思ってたんだけど、なんだか他の人とは少し感じが違うよね?」
「あーっと…… 言っていいのかな?」

 故郷に興味を示すジュディを見て、サイトはどうしようかと考える。
 別段隠す必要はないのだが、信じてもらえるかは疑問であった。
 話したところで、『あり得ない』と一笑に付されるのは想像に難くない。それに、サイト自身も未だに信じ切れていないので、話すのは少し躊躇ってしまう。

「言いにくい事だったら、聞かないよ?」
「……いや、いいよ。話す。
 1人で悩んでるのも馬鹿らしいし、聞いてくれるとありがたいかな」

 サイトは苦笑いを浮かべた。
 年下の女の子に気を遣われるなど、情けないにもほどがある。
 胸の奥に溜まった鬱屈とした空気を吐き出してから背筋を伸ばすと、サイトはジュディの瞳を覗き込む。
 その真剣な様子につられて、ジュディも神妙な顔で畏まる。

「実は俺、いせ……」
「あー! いたいた! こんな所に居たのね、ジュディ」

 意を決して話し始めようとした矢先、後ろからの大声で中断された。ジュディの視線がサイトから外される。
 出鼻を挫かれたサイトは、ノロノロとした動きでジュディの視線を追う。
 その視線の先には、胸元を大きく開けた背の高い赤毛の美女と、自分の身長程もある長い杖を携えた小柄な蒼髪の少女という、ちぐはぐな2人組が居た。
 赤毛の美女がジュディに向かって手を振っている。褐色の肌が陽の光に映え、少女とは思えない色香が滲み出ていた。

「昨日は悪かったわね、追い返しちゃって。タバサの所に泊ったんだって?」
「うん、タバサさん。昨日はありがとう。断られたらどうしようかと思ってたから、すごく助かったよ」
「大したことはない」

 3人は、サイトの存在など気にも留めずに談笑を始た。ジュディですら、意識の隅に追いやっているようだ。
 一抹の寂しさを感じるが、サイトは指を咥えて見ているしかない。とりあえず、デルフリンガーを鞘に収める。

「ううん、ちゃんとお礼は言わなくちゃ。それに、本も貸してもらったしね」
「本? 何を借りたの?」
「イーヴァルディの勇者っていう本よ。
 タバサさんの部屋って本がいっぱいあるんだよ。わたし、ビックリしちゃった」

 ジュディは楽しげに昨晩の出来事を話している。話から察するに、タバサと呼ばれた少女の部屋は、色気のあるモノではないようだ。
 その姦しい様子をぼんやりと眺めながら、サイトは如何しようかと考える。別段彼は、相手が貴族だから物怖じしているという訳ではない。
 貴族とか平民とかいう以前に、女の子の会話に割って入る度胸など、サイトは持ち合わせていないのだ。空気が読めないだとか、お調子者だとか言われる彼でも、躊躇うことだってある。
 サイトに出来る事といえば、話に耳を欹てることくらいしかない。

「ああ、なるほど。手軽に読めるから、ジュディにはピッタリかしらね。
 でも意外ね? そんな本を持ってるなんて。てっきり、硬い内容の本ばかり読んでるものだと思ってたわ」
「気まぐれで持っていただけ。別に返さなくても良い……」

 タバサと呼ばれた蒼髪の少女が、素っ気なく簡素に答える。
 その淡々とした口調と、全く変わらない表情とで、まるで人形の様だとサイトは感じた。
 だが、キュルケは気にしていないようである。

「早くに食堂を抜け出したと思ったら、こんな所で何してたの?」

 キュルケの言う通り、ジュディは昼休みになって直ぐにサイトの元へとやって来て、使い魔たちへの餌やりを買って出たのである。
 そのお陰でサイトの仕事は幾分楽になったが、ジュディにしてみれば昼休みを潰す行為だという事にハタと気がついた。
 チラリと横目でジュディを見やるが、彼女はそんな事は気にしていないようで、溌溂とした笑顔を見せている。もっとも、ジュディ自らが進んでやったことなので、負い目を感じる必要などないのだが。

「えっとね、サイト君のお手伝い。使い魔さん達にご飯あげてたの」

 そう言うと、ジュディがサイトに向き直る。それにつられて、自然と2人の視線もサイトへと集まり、彼は軽く会釈した。
 美少女2人に見つめられ、サイトは少しむず痒く感じる。何か言うべきなのだが、なにも思い浮かばず、無難に「どうも……」と言う。
 キュルケは今気がついたと言う様に、軽く口元を押さえながらキョトンとした表情を浮かべているが、タバサには反応らしい反応は見られない。
 しかし、それも束の間。さして興味も引かれなかったようで、直ぐに視線はジュディの方へと向き直った。
 視線が外され、サイトは少しだけホッとしたが、直ぐに自己嫌悪に陥る。

『何が「どうも……」だ。俺のアホ!
 もう少し気の利いた事でも言えば良いのに、「どうも……」だってよ! 無個性にもほどがあるっつーの!』

 頭を掻き毟りながら身悶えるサイトを無視して、3人は続ける。見て見ぬふりというのも、時には気遣いとなるのだ。

「ふーん、物好きねぇ。それはそうと、ルイズ知らない? 朝から見てないのよね」
「わたしも何処に行ったのか知らないんだけど、朝、部屋に戻ったらこんなのが置いてあったの」

 キュルケは話題を打ち切ると、キョロキョロと辺りを見まわしながらジュディに訊ねる。
 だが、キュルケの期待とは裏腹に、ジュディは首を横に振ると、ポケットから1枚の紙切れを取り出した。4つ折りの便箋のようだ。
 それをキュルケに手渡す。

「ん? どれどれ……」

 キュルケは便箋を開くと、そこに書いてある文字を読み上げる。

「『旅に出ます、探さないで下さい。1週間ほどで帰ると思います。心配しないで下さい。追伸:誰にも言わないでね』
 ……なによこれ? 置き手紙?」

 読み終えると、キュルケは軽く眉を顰めて怪訝な顔をする。ジュディも困り顔で頷く。

「そうなの。ドコに行っちゃったのかしら?」
「この事、誰かに話した?」
「うん。学院長先生に話したら、外出届は出てるから心配する必要はないって言われたの……」

 ジュディは心配げに肩を落として暗い顔をしている。

「大丈夫だって、子供じゃないんだから一々心配する事ないわ。ルイズも心配するなって言ってるし、大した事ないわよ。きっと」
「……うん」

 一応は頷いたものの、納得は出来ていない様子だ。
 益々肩を落としてしまったジュディを見て、如何にかしようと思うサイトであったが、どんな言葉を掛けたらよいのか分からず、手を拱く。
 場にいる者は誰もが押し黙り、沈黙が下りる。

「あっ! そ、そうだわ! ほら、これ!」

 何かを思い出し、キュルケが慌てて懐を弄り羊皮紙の束を取り出した。
 その中の1つをジュディの目の前で広げてみせる。

「ほら、これでも見て元気を出しなさいな。昨日、追い返したお詫びよ」

 キュルケは多少強引に、その羊皮紙をしょんぼりと項垂れるジュディの手に持たせた。
 ジュディはボンヤリとした目でそれを眺め、サイトは横手から覗き見をする。

「なんだこれ?」

 ジュディの代わりにサイトが頓狂な声を上げる。その羊皮紙には、簡略的な地形が書かれていた。
 一見すると唯の地図のようだが、お世辞にも精度が良いとは言えない。
 素人が引いたとしか思えない線は歪で、縮尺も合っているとは思えず、地形の名前も極めて抽象的なモノであった。
 キュルケは勿体つけるように軽く笑う。

「聞いて驚きなさい。それはね、宝の地図よ」

 それを聞くと、サイトは食い入るようにして、改めて地図を覗きこんだ。

「マジ!」
「……宝の、地図?」
「ふふん。そう、宝の地図なのよ!」

 多少なりとも興味を示したジュディを見て、キュルケは得意げに胸を反らして笑う。
 眼を皿のようにしてサイトがその地図を眺めると、所々に何かを示す記号が描かれているのが見て取れた。
 矢印や謎の動物の絵、そして宝箱が描かれている。
 なるほど、確かにキュルケの言うとおり、これは宝の地図なのだろう。
 しかし、サイトには気になる点が1つあった。それは、宝箱の横に添えられたドクロマークである。この存在が、この地図を数段胡散臭く見せている。
 10人が見れば10人とも、この地図は偽物だと答えるだろう。
 期待していたサイトだが、一転して、さも胡散臭そうな目をキュルケに向け、地図を指差して訊ねる。

「これ、本物?」
「失礼ね、貴方。きっと本物よ」
「きっと?」

 歯切れの悪い不確かな物言いに、サイトは益々疑念を深める。
 だが、キュルケは悪びれなく肩を竦めると、ジュディの手から地図を取り上げた。そして、まだ開かれていない地図と合わせて説明を始める。

「これらの地図はね、あたしが魔法屋や雑貨屋を回って掻き集めてきたものなのよ」
「はぁ…… 滅茶苦茶怪しいじゃん。どうせ偽物なんじゃないの?」
「そりゃね、この殆どはクズでしょうけどね、もしかしたら本物があるかもしれないじゃない。
 そう言う訳だからジュディ、宝探しに行かない?」

 否定的な意見のサイトに口を尖らせて反論してから、キュルケはクルリとジュディに向き直った。
 急な提案に、ジュディは目をパチクリさせる。

「宝探しに……?」
「どう、一攫千金を目指してみない? それにきっと、後々お金が必要になってくるわよ?」
「どうして?」

 思い当たる節がないのか、ジュディは小首を傾げて聞き返す。
 するとキュルケは、ジュディに顔を近づけると、息を潜めてヒソヒソと小声で囁くように続ける。とは言っても、間近にいるサイトには丸聞こえなのだが。

「……ジュディが何処から来たのかあたしには分からないけど、東方の向こう側だっていう話じゃない。だったらきっとお金は必要になるわね。
 学院長が助けてくれるとは言っても、おんぶに抱っこじゃ居心地悪いでしょう?
 その為にも、宝探しに行かない? 本当は、ルイズも誘うつもりだったけど、居ないならしょうがないわね」
「……うん。でも、授業があるんじゃないの?」
「大丈夫、大丈夫。少しぐらいどうにでもなるわよ。それに、ジュディに必要なことだって言ったら、二つ返事で許可してくれるって」

 ジュディの心配を、キュルケは陽気に笑い飛ばす。宝探しに行くのは、彼女の中では既に決定事項のようだ。
 しかし、それでもジュディは浮かない顔でルイズの心配をする。

「……そうかな? でも、行ってる途中でルイズさんが帰ってきたらどうしよう」
「んもう。そんなの気にする必要はないわ。ルイズだって勝手に出て行ったんだから、少しぐらい心配させてやりましょ」
「う~ん……」
「ああもうっ! 急用だか何だか知らないけど、構うことなんてないわよ!
 そうでしょう? ルイズが好き勝手にやってるなら、ジュディも好き勝手して気を揉む必要なんてないわ!」

 煮え切らない態度のジュディにヤキモキしながらも、キュルケはジュディに発破をかける。
 口を挟もうかとも思ったサイトだが、横を見るとタバサが本を広げて事が済むのを待っているのが目に入った。気になる事もあるが、今は下手に口出しをしない方が無難なようだ。
 1つ溜息を吐くと、サイトはタバサに倣って事なかれ主義で行こうと決めた。気になることはあるが、それは後でいいだろう。
 悩むジュディに対し、強気の態度で押し通そうとするキュルケという構図を、傍に寄ってきた大型ネズミの背中を撫でながらサイトは見守る。

「宝探し…… それは、男のロマン。そうは思わないかね、君?」
「あん?」
「…………」

 唐突に聞こえてきた場違いな声に怪訝な顔つきでサイトが振り向くと、薔薇の花を口に咥えた金髪の少年が妙ちきりんなポーズを決めていた。タバサは振り向きもせず、だんまりを決め込んでいる。
 少年はサイトが振り向いたのを見計らい、フッと鼻で軽く笑うと、白い歯をこれ見よがしに光らせる。
 見る見るうちに気が萎えていくのを感じるサイトだが、その少年に見覚えがある事に気がついた。どうにかして記憶を掘り起こす。

「たしか…… 二股掛けてたヤツだったよな?」
「っぐ…… それは忘れてくれ」

 2人の少女を毒牙にかけていた少年だという事を、サイトは思い出した。
 痛いところを突かれたのか、少年は言葉を詰まらせるが、ポーズは崩さない。
 そんな事には頓着せずに、サイトは少年の名前を記憶の中から捻りだす。

「確か名前は…… ギュウニュウ・ト・グラタン、だっけ?」
「ギーシュ! ギーシュ・ド・グラモンだ! 貴族の名前を間違えるなど、失敬だな君は」

 ギーシュと名乗った少年は、咥えていた薔薇を手に取ると、それをサイトの鼻先に突きつけながら叫ぶ。
 突きつけられた薔薇を片手で逸らし、サイトは臆すことなく言い返す。
 彼の中にある少年のイメージは、ワイン塗れでみっともなく気絶している姿で固定されているので、恐怖など抱くはずもない。

「んで、その二股貴族様が何の用だよ?」
「違うと言ってるだろう! 大体僕はモンモランシー一筋で、ケティとの関係はもう解消した!」
「はーん…… あっそ。で、宝探しが何だって?」
「ぅん、むぅ……?」

 力強くそう言い放つギーシュに冷めた視線を向けながら、サイトはおざなりに聞き返す。
 全く動じないサイトを見て、逆にギーシュが鼻白んでしまい、言葉を詰まらせた。
 サイトは相手がひるんだのを見計らい、追い払うように手を振る。

「用がないんならあっちけよ、こっちは忙しいんだから」
「ぬあっ! なんだその無礼な態度は!
 温厚な僕だから許してやるが、他の奴なら手打ちになってるぞ! もう少し態度を改めたまえ!」

 ギーシュは顔を真っ赤にして憤り、体を震わせる。
 しかし、サイトはどこ吹く風で、鼻を摺り寄せてくる大型鼠とじゃれ合う。

「なんだよお前? まだ餌が欲しいのかよ。この、いやしんぼめ」
「聞きたまえっ!」
「ああもうっ、ごちゃごちゃと五月蝿いっ!」

 無視するサイトに憤慨し、大声で叫ぶギーシュだが、それは更なる怒声でかき消された。
 見ると、腕組みをしたキュルケが苛立った眼つきでギーシュを射竦めている。どうやら、ジュディとの話は一段落したようだ。
 ジュディはどこか釈然としない顔をしているが、何も言わずにそっとキュルケの傍を離れると、タバサの横にしゃがみ込む。サイトもとばっちりを受けないよう、そちらへと向かう。
 怒り心頭のギーシュであったが、キュルケの剣幕を目の当たりにすると、借りてきた猫のように大人しくなった。
 キュルケはギーシュに人差し指をつきつけると、丁寧な物腰で問いかける。よく見ると、目には物騒な光が宿っており、それに気づいたサイトは口をつぐんで無関係を装う。

「ねえ、ギーシュ? 今は大切な話をしているの。お願いだから、騒ぐのは余所でやってくれないかしら?」
「い、いや僕はあの使用人に……」
「ね え、聞 こ え な か っ た の ?」

 反論しようとするギーシュに、キュルケは底冷えする様な冷たい声で凄む。
 気押されるギーシュだが、なんとか踏みとどまり必死に説得を試みるのだが、完全に腰が引けている。
 その姿を情けないと思いつつも、関わり合いになりたくないサイトは、ただ傍観するのみだ。そもそも、手を差し伸べる道理など無いので薄情というなかれ。

「ええと、そうじゃなくて…… そう! 宝探し、宝探しなんていう言葉が聞こえてきたもんだから、気になってね」
「なに? 貴方、宝探しに興味があるの?」
「はい! あります! 男のロマンです!」
「へえ……」

 キュルケは視線を柔らかくすると、値踏みするような目つきでギーシュを見つめる。
 その間、ギーシュは冷や汗を垂らして、直立不動の姿勢で微動だにしない。
 張りつめた空気に、サイトも自然と唾を呑みこみ成り行きを見守る。
 顎に手を当てて黙考していたキュルケは、何かを思いつき、表情を綻ばせて意地悪そうな笑みを浮かべた。
 ギーシュの顔色が一気に悪くなる。

「ふふ、なに固くなってるの? 気楽にいきましょうよ?」
「あ、ああ……」

 キュルケは親しげにギーシュの肩を軽く叩く。
 肩すかしを食らったギーシュは、拍子抜けをした表情でぎこちなく頷いた。冷や汗が伝った跡が、彼の体験した恐怖を生々しく伝えている。

「そうよねー 宝探しといったら普通はワクワクするものよねー」
「そうさ! 男なら宝探しにロマンを感じざるを得ない!」

 拳を固く握りしめて、ギーシュはそう力説する。先程までの態度が嘘のようだ。サイトは呆れを通り越して感心してしまう。
 キュルケはウンウンと頷くと、笑みを崩さないままクルリとジュディに向き直った。そして、その笑顔のままに告げる。

「ほら、普通は心わき踊るものよ。難しいことは考えないで、宝探しを楽しみましょ?
 それに、学院の中に閉じこもってても、手掛かりなんて見つかりっこないんだしさ。ね、行きましょ?」
「う、うん……」
「よっし!」

 躊躇いがちに頷くジュディを見て、キュルケがガッツポーズを取る。
 体の好い出汁にされたギーシュは、釈然としない顔をしていたが、ジュディの存在に気がつくと軽く片眉を吊り上げた。

「おや? 確か君は……」

 ジュディを見て何か思う所があったのか、ギーシュは佇まいを整えると、芝居がかった仕草でお辞儀をする。

「はじめまして、小さなレディ。僕の名前はギーシュ・ド・グラモン。以後お見知り置きを……」

 そして、ごく自然な仕草で薔薇の造花を差し出す。だが、ジュディはポカンとした顔で、ギーシュの顔と薔薇の造花とを交互に見つめるのみだ。
 同じ様に、サイトとキュルケは冷やかな視線をギーシュへと注ぐ。この出来事に、さすがのタバサも本から顔を上げると、ギーシュを凝視する。

「ギーシュ…… アンタ、女の子なら誰でも良いの?」
「流石に引くわー」
「ロリ、コン……?」

 キュルケはジュディを背中に庇い、サイトは顔を顰めて仰け反り、何かを確かめるようにタバサは指差して呟く。

「ちがぁーーうっ!」

 ギーシュは声を張り上げて否定するが、疑いの目は消えない。

「ただ僕はね! その子が学院長のお孫さんだと聞いたから礼を尽くしたからであって! そんな、下心なんて、一っ欠片もないんだよぉうっ!」
「学院長の孫ぉ? そんなこと誰が言ったのよ? 馬鹿らしい」
「学院長先生は、わたしのオジイチャンじゃないよ?」

 ギーシュの言に、キュルケは怪訝な顔で眉根を寄せ、ジュディは小首を傾げる。
 それを聞くと、顔を真っ赤にしていたギーシュはキョトンとした顔になり、目を泳がせた後、バツの悪さを誤魔化すように咳払いをした。

「なんだ違うのか。まあ、噂なんて当てにならないよな……
 他にも、東方から来たとか、ミスタ・コルベールの隠し子だとか言われてるけど、流石に胡散臭いよな。
 それはともかく、今後ともよろしく」
「…………」

 肩を竦めてあっさりと納得すると、ギーシュはジュディに手を差し出した。
 その隣では、何故かキュルケが言い表しようのない複雑な表情をしている。

「うん、わたしジュディ。ヨロシクネ、ギーシュ君」

 ジュディは差し出された手を握ると、にっこりと微笑んだ。穏やかな空気が場に満ちる。
 丁度その時、午後の授業が始まる予鈴が響いた。キュルケは軽く本塔を見上げる。

「あら、もうこんな時間? ならこれで解散ね。詳しい話は夕方にでもしましょうか」
「あ、あのさっ」

 これで話しは終わりだと言うように手を打ち合わせるキュルケに、サイトは慌てて待ったをかけた。どうしても言いたい事があったからだ。

「……なに?」

 キュルケは、一瞬眉をひそめてから聞き返す。
 その仕草には、軽い拒絶が含まれていたが、サイトは物おじせずに口を開いた。

「宝探しなんだけど、俺も連れて行ってくれない?」

 サイトには目的がある。借金を返すことも重要だが、それは目的への通過点でしかない。
 そして、その目的のためには金がいる。そのため、今のサイトは貪欲であった。
 宝の地図が本物だと信じているわけではないが、小銭でも稼げれば恩の字だ。それに、気になる事もある。

「おいおい、何を言っているのかね?
 そんな事をしたら、分けま…… ゲフンッ
 平民なんて足手纏いになるだけなんだから、連れて行けるわけがないだろう?」

 当然、ギーシュはいい顔はせず、にべもなく突っぱねる。

「……いいわよ」
「やった!」
「ほら、キュルケも駄目だっ…… って、なにぃ!?
 正気かい? こんな礼儀も知らないような平民を連れていくなんて!」

 あっさりと許可を下したキュルケに、ギーシュは大げさに驚き、目を剥いて正気を疑う。

「いいじゃない、雑用ぐらいには役に立つわよ。
 それともギーシュ、貴方がする? まさか、レディに雑用なんてさせないわよね?」
「まあ、そう言う事なら連れて行ってもいいが……」

 事も無げにそう言い放つキュルケに気押されて、ギーシュは渋々と頷くが、サイトに釘を刺しておくことは忘れない。

「せいぜい足を引っ張らないことだな、平民君」
「平民なんて呼ぶんじゃねぇ。俺には平賀サイトっていう名前があるんだ」

 平民と呼ばれて、サイトはムッとした顔になる。

「ヒラガサイト? 変な名前だな?」

 ギーシュはサイトの名を繰り返し呟くと、不思議な顔をする。名前の響きが珍しいようだ。

「続けて呼ぶんじゃねぇよ。サイトが名前だ」

 生意気な口をきくサイトが癇に障ったようで、ギーシュは眉間に皺を寄せて睨みつける。
 それに負けじと、サイトも挑戦的な目つきで睨み返す。空気が張りつめ、一触即発の雰囲気が辺りに満ちる。

「はいはい、お喋りはそこまでよ。さっさと外出許可を貰いに行きましょ」

 だが、キュルケは手を打ち鳴らしてその空気を払う。そして、宥めるようにギーシュの肩に軽く手を置いた。

「はあ? 授業はどうするんだよ! 無断欠席なんて……
 って、痛い痛い! ちょっ、やめっ! 肩がっ! 骨がっ!」

 ギーシュの意見を黙殺すると、キュルケはジュディに視線をやり、気軽な口調で言い放つ。

「ジュディのも貰ってきてあげるから、ジュディは授業に出てなさい。さぼっちゃダメよ?」

 そう言うと、キュルケはギーシュの奥襟を掴み踵を返して去っていく。
 ふと気になり、サイトが横目で隣りを見やると、そこに居たはずのタバサの姿はなくなっていた。
 視線を戻すと、何時の間にかキュルケの隣を足音も立てずに歩いている。

「こ、こらっ、聞きたまえ。後、引きずるのも止めてくれ!」

 ギーシュの必死の懇願は、聞き届けられることない。そのままキュルケに引きずられていく。
 その3人の背中を見送ると、中庭にはサイトとジュディだけが取り残された。
 嵐が過ぎ去ったあとの様に、場には奇妙な沈黙が下り、口を開くのが躊躇われる。
 何となく気まずい雰囲気を感じながらも、サイトはジュディに話しかけた。


「あっと…… なあジュディ? 時間がある時でいいから、また今度話さないか?」
「いいけど、どうしたの?」

 改まった態度でそんな事を言うサイトを、ジュディは不思議そうな顔で見つめる。
 気まずいと感じたのは、どうやら自分だけだったようだ。とたんに、サイトは気恥ずかしくなり、鼻の頭を掻きながら言い直す。

「いや、その…… 今日はいろいろ邪魔が入って話せなかったけど、俺が来た所の事を聞いてほしいんだ。
 それに……」

 サイトが先を続けようとした瞬間、再び鐘が鳴った。午後の授業の開始を告げる鐘だ。

「あっ…… ゴメンネ、サイト君。わたしも、もう行かなきゃ」
「あ、ああ。いや、お礼を言うのはこっちだよ。手伝ってくれて、あんがと」
「うん、じゃあね!」

 サイトは引き留めては悪いと判断し、お礼を言ってからジュディを送り出す。
 ジュディは元気良く返事をしてから手を振ると、そのまま駆けていった。

「ま、今度話せばいっか……」

 小さくなっていくジュディの背中を眺めながら、サイトはひとりごちた。大体の見当をつけて東の空を見上げる。
 暫くそのまま佇んでから、サイトは呆けていた気分を引き締めた。辺りを見渡すと、食事を終えた使い魔たちは呑気に昼寝を始めている。
 サイトは足元の餌桶を持ち上げ、憂鬱に溜息を吐いた。
 まだ幾らでも仕事は残っているのだ。サボれば後々に響いてくる。

「よしっ! やるか!」

 サイトは両頬を叩いて気合を入れると、水場を目指して走りだした。



 後編へ続く




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