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ラスボスだった使い魔-14


 ユーゼス・ゴッツォが、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドに完膚なきまでに叩きのめされたのと、ほぼ同時刻。
 マチルダ・オブ・サウスゴータは顔を洗うために水を汲もうとして、シュウ・シラカワと鉢合わせていた。
「おはようございます、ミス・マチルダ」
「……おはよう、えーと……そう言えば何て呼べばいいんだい?」
「お好きなようにお呼びになって結構ですよ。呼び捨てでも一向に構いません」
「それじゃ、シュウ。……アンタ、本当にティファニアをどうこうするつもりはないんだね?」
「それについては、信用していただくしかありませんが……」
 この二人は、昨日からこのような調子であった。
 どうにかしてシュウの腹の内を探ろうとするマチルダと、そのマチルダの追求をのらりくらりとかわすシュウ。
 会話は平行線を描き続けている。
「……使い魔として召喚されたってのに、使い魔としての契約を拒否するって時点で、信用が出来ないんだよ」
「『普通の動物や幻獣などならともかく、人間を使い魔にするわけにはいかない』と、ティファニアも納得していることです。
 ……それに、私は『束縛』というものを何よりも嫌っていますからね。お互いの意見が一致したまでですよ」
 ふん、と息巻きながら、マチルダは井戸から水を汲み上げ、桶に移す。
「アンタの出身地―――ラ・ギアス……だったっけ? そこには帰らなくていいのかい?」
「帰ろうと思えば、いつでも帰ることが出来ますからね。情勢も一時期に比べればかなり落ち着いていますし、今は無理に戻る必要もないでしょう。
 それに、このハルケギニアは……なかなかに、良い所ですから」
「『良い所』ぉ?」
 マチルダも見せてもらって度肝を抜かれたが、あのネオ・グランゾンのような兵器を製造するような技術を有し、更に『かくれみの』などという、その姿を完璧に隠蔽する『ハルケギニアとは異なる魔法技術』を持つ場所と比べて、ハルケギニアが『良い所』とは、どういうことだろうか。
「ええ。ほとんど開発が進んでいませんから空気は清浄ですし、過ごしやすい。……そして精霊は存在するようですが、それに反する邪神や怨霊、亡霊の類が渦を巻いているわけでもない。つまり余計な手間がかからない。
 この要因だけで『環境』としては、かなり優れていると言えます」
「……邪神に、怨霊に、亡霊? なんでアンタがそんなことを気にするのさ?」
「同質のモノに心当たりがありましてね。……まさかとは思いますが、私やネオ・グランゾンの中にその残滓が残っていた場合、共鳴を起こす危険性もありますから」
(一体何なんだい、コイツ……?)
 話を聞けば聞くほど……得体が知れなくなると言うか、底が見えなくなってくる。
「何よりも、このハルケギニアには『私を知っている人間』がほとんど存在しません。わずらわしいしがらみから開放されるこの世界は、まさにバカンスに最適です」
「バカンスって……」
(……もっとも、ユーゼス・ゴッツォやアインストが存在する世界が『平穏無事』で終わるとは、とても思えませんが……)
 呆れるマチルダの顔を眺めつつ、内心では今後のことを予測するシュウ。
 最近このアルビオンで度々出現しているアインストを(ウエストウッド村の近辺に出現した個体のみではあるが)、彼は何度か始末していた。
 ネオ・グランゾンにかかれば、雑兵のアインスト程度などチリにも等しいが、それにしても気になることがある。
(人間サイズのアインストとは……。私が得ている情報とは食い違いがありますね)
 『実際に見る』のはハルケギニアに来てからが初めてだが、『通常の』アインストのサイズは最低でも20メートル弱ほどのはずである。
(アインストの亜種……ということでしょうか。ここは『エンドレス・フロンティア』についての調査を進めてみた方が良さそうですか)
 興味深くはあったが『シュウ・シラカワ』との接点はほぼゼロのため、把握が出来なかった世界……そこにもまた、アインストが存在したはずである。
(―――いずれにせよ、この世界もまた一筋縄では行かないようですね)

 シュウは思考を切り上げ、あらためてマチルダを見て―――そして、薄く微笑んだ。
「な、何だい、人の顔をニヤけながらジロジロ見たりして」
「……いえ、その髪を見ていると、ある人物を思い出しましてね。髪の色合いは微妙に異なるのですが」
「私の髪が?」
 思わず自分の髪をつまんで、目の前に運ぶマチルダ。
「?」
 この緑色の髪が、誰を連想させると言うのだろうか。
「……昔の女か何かかい?」
「残念ながら、不正解です。
 ―――さて、少しばかり研究に打ち込みたいので、部屋に閉じこもらせていただきますよ」
「研究だって?」
 マチルダは自分の予想が外れたことに少しばかり悔しさを覚えつつ、ここで初めてシュウがその手に持つ青い水晶のような物に注目した。
「……何だい、その水晶みたいなの?」
(って、聞いてばっかりだね、私は……)
 ―――この男に対して自分はほとんど質問しかしていないことに、今更ながら気付く。
 しかしシュウはそんな質問だらけのマチルダに気分を害した風もなく、それに答えた。
「ここ最近、アルビオン各地で発生している鉱物です。妙なエネルギー反応がありましてね、詳しく調査してみようかと」
「……まあ、良いけどさ」
 何だかよく分からない話である。
 まあ、いつまでもここにいてシュウと話をしていても仕方があるまい。
 そもそも自分は、ここに水を汲みに来たのである。
 ―――それに、物陰から妙な視線でこちらをチラチラと窺っている『長い金髪の誰か』に、事情を説明しておかなくてはならないようだし。
「私もそろそろトリステインに戻らなきゃならないし、そうそうここに顔を出せるってワケでもないからね。
 一応、任せるよ?」
「絶対に、とは言い切れませんがね。私も留守にすることは多いですから」
「…………妙な所で現実的だね、アンタ」
「出来もしないことを『出来る』と言い切るよりは、マシだと思いますが」
 ふう、と溜息を吐くと、マチルダは水の入った桶から手で水をすくい、バシャバシャと顔を洗った。
 そして顔を洗っている間にシュウがいなくなっていることを確認する。
(さてと……)
 トリステインに戻る前の下準備として、まずは―――
 ―――おそらく本人にその自覚はないのだろうが、少し恨めしそうな目で自分を見ているハーフエルフの少女の、見当外れにも程がある誤解を解いておかなくては。


「見てたわよ? ギッタギッタにやられてたじゃないの」
「しかし、君も災難だったなぁ。よりによって魔法衛士隊の隊長に因縁をつけられるとは……」
 『女神の杵』亭の一階の酒場で、ユーゼスとギーシュとキュルケ、そしてルイズとタバサはテーブルを囲んでいた。
 一応ゴロツキ対策で念のため、ということで全員が杖や武器を持って来ている。
 ちなみに、ワルドは一人で二階に上がっていた。
 ワルドとの決闘もどきの後、ルイズは全て自分で代金を支払ってユーゼスに水の秘薬を購入し、その外傷を完治させていた。
「まあ、私の実力不足が最大の原因ではあるが。……やはり、ある程度の戦闘訓練はしておいた方が良いのだろうか?」
「付け焼き刃だと、かえって危ない」
 さすがに身に染みて自分の弱さを痛感したのか、思いつくまま自分の訓練の開始を提案するユーゼスだったが、タバサにポツリと忠告されてしまう。
「……はあ」
 ルイズは溜息を吐いた。
 ―――ユーゼスに対してバツが悪くて、気まずいのである。
 まさか自分の婚約者が、あんなことをするとは思っていなかった。加えて、あの時に言った『頭脳の面で言えば本当に尊敬が出来る人』という発言も、今から考えれば顔から火が出そうだ。
 まあ幸いにして、その発言については追求されていないし、離れた場所から見ていたキュルケたちにも聞かれなかったようだが。
 何よりルイズの気が重いのは、決闘もどきを止められなかったルイズに対しても、実際に痛めつけたワルドに対しても、この使い魔は文句の一つも言わないことである。
(……どうしてなのよ……)
 何だかユーゼスに負い目を作ってしまったようで、自分から積極的に会話が出来ないルイズであった。

 そして、『そろそろ本格的にワインや料理を注文しましょうか』とキュルケが手を上げて店員を呼ぼうとしたその時、
「―――いたぞ、アイツらだ!!」
「相手はメイジだ、油断するな!」
 いきなり玄関からゾロゾロと傭兵がなだれ込み、襲いかかって来た。
「!」「……」
「何?」「え!?」「ちょ、ちょっと!?」
 驚く5人だったが、最も素早く対応したのはキュルケとタバサである。
 まず、キュルケがテーブルの上に乗っていた皿やグラスを一気に払い落とす。
 すかさずタバサが『錬金』を使って床と一体化した岩のテーブルの脚を砂に変えて根元から折る(風系統のタバサは土系統の『錬金』が苦手であったが、石を砂にする程度のことは軽くこなせた)。
 更にキュルケがそれを『念力』で横たわらせて盾にする。
 テキパキと行動する2人に、他の3人はあっけに取られていたが、キュルケに叱咤されて慌ててテーブルの盾に身を隠した。
「さすがだな」
「褒めても何にも出ないわよ? それに残念だけど、あなたはあたしの好みじゃないし」
「それは何よりだ」
「……どういう意味よ?」
 ユーゼスは自分のタイプではないが、こうまでハッキリ言われてしまうとキュルケも腹が立つ。
 実はこのラ・ロシェールに向かう道中、『ヴァリエールの恋人を寝取るのはツェルプストーの宿命』などと息巻きながらキュルケはワルドにもモーションをかけていたのだが、ワルドの目を見て妙な違和感を覚えたので、その熱も急激に冷めてしまっていた。
 ワルドの瞳の奥の光が、冷たかったのである。
 キュルケとしては、もっと情熱的な、互いに燃え合うような恋に身を焦がしていたいのだ。
 その基準に照らし合わせてみると、ワルドは『あれならユーゼスの方がまだマシ』だと判断されていた。
 ……もっとも、先程キュルケ自身が言っていたように、そのユーゼスもキュルケの趣味からは大きく外れているのだが。
 知的な感じも悪くはないが、何だかこの男は……『燃え尽きてしまった後』のような印象を受けてしまう。
(どこかにあたしにふさわしい、情熱的な男はいないのかしらね……)
「矢を放て! 決して魔法の射程内に入るんじゃないぞ!!」
「……っと。いけない、いけない」
 そこまで考えて、そんなことを考えている場合ではないことを思い出す。
 どうも相手はメイジとの戦いに慣れているらしく、牽制に放った魔法からこちらの射程を見極め、矢で攻撃してきた。
 迂闊に盾代わりのテーブルから出て反撃しようものなら、即座に全身を串刺しにされてしまうだろう。
「ど、どうするんだね?」
「どうするって……そりゃ、何とかして突破して、脱出しないと」
「だから、その方法をどうするかと聞いているんじゃないか!?」
 うろたえるルイズとギーシュを横目に、ユーゼスとキュルケとタバサはこの傭兵たちについて話し合っていた。
「……明らかに狙いを我々に定めているな」
「同感ね。対メイジ用の戦術を使ってるし、最初に『アイツらだ』とか言ってたし」
「数も多い。慎重さや容赦のなさからして、おそらく手錬れ。突破するのは難しい」
 周囲を見てみると、自分たちとは関係のない店員や客まで巻き添えを食っている。
「あなたの意見が聞きたい」
 タバサの言葉に反応して、他の3人もユーゼスをジッと見つめてきた。
「…………そう過大な期待されても困るのだが」
 何しろ自分はメイジでも超人でも神でもない、ただの人間である。
(……『ただの人間』、か)
 と、そんな思考をした自分自身に、少し驚いた。
 かつて、あれだけ人間を否定していた自分が、まさかこんな考え方をするようになるとは。
(この短期間で、ハルケギニアに毒されたか?)
 と言うより、人間に接しすぎたのだろうか。
 ……思えば、自分は極端に他人との接触を断ち切った人生を送ってきた。
 それがいきなり頻繁に他人と接するようになったので、その影響を受け過ぎたのかも知れない。
 喜ぶべきか、嫌悪するべきか―――などと思考の海に沈みかけていると、
「大丈夫か、みんな!」
「ワルド!」
 騒ぎを聞きつけたのか、二階からワルドが降りて来た。

 ワルドもまたテーブルの盾に潜り込み、相談に加わる。
「……良いか諸君。このような任務では、半数が目的地に辿り着けば成功とされる」
「? ……申し訳ありませんが、質問してよろしいでしょうか」
「―――何かね、使い魔君? 事態は見ての通り切迫しているのだから、手短に頼むよ」
 指示を出そうとしたところで、いきなりその出鼻をくじかれたので、ワルドは不機嫌そうにユーゼスに発言を許可した。
「……半数と言いますか、極端な話、最終的には御主人様だけが目的地に着けば良いのではないですか?」
 出発する前に任務の詳細をルイズから聞かされていたが、この任務はアルビオンにいるウェールズ皇太子とやらと面会し、トリステインの命運を左右するという触れ込みの手紙を回収し、更にアンリエッタから渡された手紙をウェールズに渡すことが目的らしい。
 ならば、まずそれだけ果たすことを考えるべきだろう。
 そしてその場合、優先するべきはルイズの安全のみである。
 アンリエッタから直接に任務を頼まれたのはルイズなのだし、アンリエッタの手紙を持っているのもルイズだ。
 ―――ユーゼスやワルドも含めた上での他のメンバーの重要度は、言っては何だがルイズに比べれば、かなり低い。
 何しろ、ただの『護衛』なのだから。
「つまり、僕たちで捨て駒になって、ルイズだけを守り通す……ということかい?」
 だが、そのユーゼスの提案に強く反応したのも、またルイズであった。
「ユーゼス! わたしにあなたたちを盾やオトリにしろって言うの!?」
「その通りだ。国の存亡と、たかが4人か5人程度の命。単純な比較だと思うがな」
「っ……!」
 正論である。
 正論ではある、が……。
「…………ユーゼス、ちょっと良いかしら?」
「何だ?」
 ちょいちょい、と手招きしてユーゼスを近寄らせるルイズ。伏せている上に密集していたので動きにくかったが、どうにか移動する。
 そして手を伸ばせば振れられる距離まで近付くとルイズはニッコリと微笑んで、
 パァァアアン!!
 ユーゼスの頬を、盛大に引っぱたいた。
「……いきなり何をする?」
 少し口の中が切れてしまい、血の味が広がっている。
 ルイズは怒りを隠そうともせずに、ユーゼスに語り始めた。
「良いこと、ユーゼス? 人間って言うのはね、正論だけで動く生き物じゃないの」
「………」
「理屈だけ並べて、何でも自分の思い通りに動くと思ったら、大間違いなんだから。そんなに自分の指示通りに動くヤツが欲しかったらね、意思のないガーゴイルでも使ってなさい」
「………」
「……………」
 黙ってルイズの言葉を聞くユーゼス。他のメンバーも―――なぜかタバサはより真面目に―――ルイズの言葉に耳を傾けていた。
「分かった? ……分かったなら返事!」
「……了解した、御主人様」
「よろしい。それじゃ『全員で』この場を切り抜ける方法を考えなさい、今すぐに」
 それには簡単に頷けなかった。
 何しろ、かなり難しい注文だ。
 ―――たった今、この場において即席で考え付いたものだけしか、考えの持ち合わせがない。
(と言うか、私は戦術家でも軍師でもないのだが……)
 どうも自分が意図していた立ち位置と違ってきているな、などと思いつつ、ユーゼスは各員に自分の考えを披露するのだった。


 身を低くしながら、可能な限り全速力で走り出す。
 先頭を行くのはワルド、続いてキュルケとタバサ、その後ろにルイズとギーシュとユーゼス―――そして後方の3人の周囲には、7体のワルキューレがバリケードを作るように配置されていた。
 合計13の人影は、密集しながら進んでいく。
「しかしまあ、えらく単純な手だね」
「……だから、私に戦術や知略や策謀などを期待するなと言っている」
 ユーゼスの提案は、いたってシンプルな物であった。
 まず、ギーシュ以外のメイジが『そこそこの魔法』で総攻撃して包囲網の一角を崩す。これにはルイズの爆発の連続で怯ませた隙に、キュルケの炎をワルドとタバサの風に乗せて撃ち出す、という方法が取られた。
 あとは、その一角に向かって一点突破を仕掛ける。戦闘能力の高い3人は自力で自分の防御を行い、戦闘能力の低い3人はワルキューレを盾代わりにして進む。
 なお、万が一にも途中で怪我人や死人が出た場合、それを無視して進み続けることを言い含めていた。
 当然ながらルイズは猛反対、ギーシュは閉口、キュルケも良い顔はしなかったが、ワルドは賛成し、タバサも『妥当』と同意したので、『取りあえずそれでいこう』という方向で進んでいる。
「それにしても……まあ、何だか変わったわねぇ」
「何?」
 走りながら、キュルケはチラッと後ろを振り向いて感慨深げに呟く。
「ルイズよ、ルイズ。ついこの間までは、もうちょっと子供っぽかった……って言うか、あんなにしっかりした考えはしてなかったって言うか……」
「………」
 確かに、とタバサは思った。
 根本は変わっていない。感情的なところは相変わらずだし、『ゼロ』のコンプレックスも見え隠れはしている。
 だがキュルケの言う通り、考え方に一本スジが通るようになっていた。
 昔であれば『自分だけを生き残らせることを最優先とする』などと言われたら、目に涙くらいは浮かべそうなものだったのだが。
 あの使い魔の影響かとも考えるが、それにしても変化が急激すぎるような気がする。
 ……まるで、この短期間に何年か分の人生経験をまとめて積んできたような……。
(………そんなことは出来ない)
 自分で自分の考えを否定する。時間を短縮するマジックアイテムなど作ることは不可能だし、仮にあったとしても精神年齢だけが上がっているのはおかしい。
 それに、そんな経験をどこで経ると言うのだろうか。
 まあ、他人の人生をそのまま追経験する、などということでも出来るのであれば話は別だが、それこそそんな話は聞いたこともない。
「桟橋が見えたぞ!」
「………」
 ワルドの叫びで、思考が現実に返る。
 見れば、確かに巨大な樹の枝に横づけする形で、船がぶら下がっていた。
「急げ!」
 『アルビオン・スカボロー港』と書かれた鉄のプレートが貼ってある階段に駆け込む一同。
 そしてそのまま息を切らしながら階段を駆け上っていく。
 と、そこで、
「……!」
 タバサは、何者かが風を切りながら高速でこちらに近付いてくるのを感知した。
 風のトライアングルメイジである彼女は、空気の流れに敏感なのだ。
 そして、確認を取るために同じく風のメイジ、しかもスクウェアであるワルドの方を見るが、
「?」
 彼は真っ直ぐに階段を上り続けており、何かに気付いた様子がなかった。
 一瞬、接近は自分の気のせいかとも思ったが、確かにすぐ近くまで『何者か』が近付いている感じがする。
(どういうこと?)
 トライアングルの自分が気付いていて、スクウェアのワルドが気付かない―――なんてことがある訳はない。
 とにかく、警戒しておかなくては……と身構えつつも踊り場に出た途端、
 ドガァァアアアアアン!!
「ぐっ!」「うわぁぁあああ!?」
 ワルキューレ3体と、ユーゼスとギーシュが吹き飛ばされた。

 操り主であるギーシュが攻撃されたので、自然とワルキューレ全ての動きが止まる。
「ユーゼス! ギーシュ!」
 何が起こったのかはよく分からなかったが、とにかく攻撃されたのは間違いない―――と、ルイズは周囲を確認するために足を止め―――
「っ、構うな、進め!」「止まってはいけない、ルイズ!」
「あ……!」
 ―――足を止めようとしたら、ユーゼスに叫ばれ、ワルドに強引に腕を引っ張られ、止まることが出来なかった。
「ワルド、でもユーゼスたちが…!」
「行くぞ、ルイズ!」
 ワルキューレの護衛がいなくなったために無防備になるルイズだったが、すかさずワルドが隣に付いてルイズを守る。
 そして事前の打ち合わせ通り『襲われたユーゼスとギーシュに構わずに』進み続けた。
「止まって、止まりなさいワルド!! 私は……!!」
「使い魔君の気持ちと覚悟を、無駄にしてはいけない! 悪いがここは彼らに任せて、僕たちはアルビオンに行くぞ!」
 セリフの中にギーシュが含まれていなかったが、ともかく『任務遂行が第一』なのは間違いない。
「……、~~~~!!」
 わずかな逡巡と葛藤の後、歯ぎしりしながらルイズは前へと進んでいく。
 後ろ髪を猛烈に引っ張られる思いだったが、ここは―――
「……はあ。それじゃ、あたしに任せておきなさいな」
「え?」
 任務遂行が最優先、と強引に自分に言い聞かせようとしていたら、キュルケが溜息と共に立ち止まった。
 そしてユーゼスに向かって杖を振り上げて攻撃しようとしていた白い仮面の男に、ファイヤーボールを放つ。
 しかし、その火球は風によって掻き消された。
「ああもう、また風系統!?」
 先日の焼き直しのように自分の攻撃が無効化されたので、思わず舌打ちするキュルケ。
「……ちょうどいいわ、そいつから聞いた『アレ』を、アンタで試してあげる!」
 アルビオンに向かう前夜、ユーゼスから聞いた『火』と『風』の関係を思い出しながら、キュルケは火球を作り始めた。
 そのまま敵がどの方向に動いても対応が出来るように狙いを定めていると、スッと隣にタバサが現れる。
「タバサ? どうしてあなたまで?」
「多分、あなたと同じ」
 杖を構え、仮面の男に向かって呪文の詠唱を開始するタバサ。
 キュルケは微笑を浮かべると、タバサと合わせるようにして火球の温度を上げていく。
「―――――」
 さすがに旗色が悪いと見たのか、仮面の男は一度ユーゼスたちから距離を取った。
 その間に、ギーシュは止まっていたワルキューレを再起動させ、ユーゼスは吹き飛ばされた拍子に落としてしまった剣を拾おうとする。
 だが。
「……! 構えて!」
「!?」
 少し遠くに剣が飛ばされてしまったため、急いでその場所に向かおうとしたところで、切迫したタバサの声が聞こえてきた。
(唐突に『構えろ』と言われてもな……!)
 剣には手が届かない。どのような危機が迫っているのかは知らないが、鞭では防げまい。ならば最後の一つを使うしかないだろう。
 背中に背負っていはいたが、背中に手を伸ばして抜き放つなどやりにくいことこの上ないので、鞘に入れたまま『それ』を構える。
 直後、
 バリィイイイイインッ!!
 稲妻がユーゼスを襲った。

 衝撃と威力で、鞘が砕け散る。
「うおっ!? な、なんだなんだ!?」
 いきなり電撃を浴びせられたので、仰天するデルフリンガー。今までずっと鞘に入れられっぱなしだったので、状況の把握が出来ていないようだ。
「……ぐ……ぅ……」
 ユーゼスは痛みにうめいており、その顔にはビッシリと汗が浮かんでいる。
 見ると、左腕が大火傷を通り越して、軽く炭化していた。
(『ライトニング・クラウド』……)
 ユーゼスを攻撃した魔法の名称に、タバサが思い当たる。
 しかし、今は敵の魔法について、いちいち考えている場合ではない。
 キュルケとタバサは即座に詠唱と攻撃準備を終了させると、二人同時に魔法を放った。
「―――――」
 白仮面の男はそれを見てすぐに階段から飛び降り、地面へと落下する。
 一瞬後、白仮面のいた位置を高温の火球と風の刃が通り過ぎ、目標を見失った攻撃は大樹の壁に盛大に穴を開けた。
「逃がしちゃったか……」
「あの男を倒すことは、最優先じゃない。それより―――」
「だ、大丈夫かい!?」
 重傷を負ったユーゼスの元に駆け寄る3人。
 ……あらためてその怪我を見たキュルケが、苦い顔をした。
「これは……ちょっと酷すぎるわね」
「応急手当をする」
 タバサがルーンを唱えて、ユーゼスの左腕に『治癒』をかける。 
「ぎ……、っ、っっ!!」
「ギーシュ、ワルキューレを使ってそいつを押さえてて!」
「わ、分かった」
 痛んだ細胞が動き始めたので、激烈な痛みがユーゼスを苦しめる。本人が意図せずとも、生物的な機能として痛みから逃れようとユーゼスが身をよじるが、キュルケの素早い指示によってそれは最小限に食い止められた。
 そしてしばらくタバサは『治癒』をかけ続けていたが、
「……ごめんなさい、わたしの精神力ではここまで」
 『軽い炭化』が『大火傷』にランクダウンしたあたりで、彼女の精神力が切れた。気絶するわけにはいかないので、ギリギリの所で『治癒』を切り上げる。
「カハッ! ハア、ハア、ハア……!!」
 荒く息を吐くユーゼスに、ギーシュは心配そうに、だが意外そうに声をかける。
「み、見るからに痛そうだが……しかし、よく生きてたな。さっきの魔法は『ライトニング・クラウド』だろう? 確か、まともに受けたら命がないと教わったような気がするんだが」
「それは間違いないはず」
 ギーシュの意見にタバサが同意した。
 キュルケはデルフリンガーを拾い上げると、まじまじと観察し始める。
「この剣が、『ライトニング・クラウド』の威力を軽減したみたいね……。……アンタ、金属じゃないの?」
 ハルケギニアの人間にとって『電気』の概念は一般的ではないが、授業で得た知識として『ライトニング・クラウド』は鉄などの金属では防げない、とキュルケは覚えていた。
「んー、知らん。忘れた」
「何よ、それ?」
「しょうがねぇだろ、自分でも覚えてねえくらい長くインテリジェンスソードやってんだ。
 いや、しかし、剣としての……存在意義? みたいなのに悩んでたら、いきなり剣として使われるとはなぁ」
 厳密に言うと『剣』じゃなくて『盾代わり』じゃないかね、とギーシュは言おうとしたが、何だかヤケにデルフリンガーが嬉しそうだったので、言うのを止めておいた。

 と、いきなりユーゼスが立ち上がって剣を拾い、前に進もうとする。
「ちょ、ちょっと、どこに行こうってのよ!?」
「一旦町に戻って、ちゃんとした手当てを受けた方が……」
「―――御主人様たちを追う。まだ間に合う可能性もゼロではない」
「その怪我で!?」
 ギーシュに言われて、ユーゼスは自分の傷の具合を確認した。そして冷静な口調で言う。
「……この程度なら、問題はない。私は全身にこれよりも酷い怪我を負ったことがある」
「「「……………」」」
 この男は一体どのような人生を送ってきたのだろう、と3人は同時に思った。
 それからすぐに思考を戻して、ユーゼスの体調を気遣い始める。
「いや、100歩譲って追うのは良いが、せめてゆっくり行くべきだよ」
「そうよ、無理をして途中で倒れられても困るし」
「……何か、運ぶためのものがあれば……」
 担架でもあればそれにユーゼスを乗せ、ワルキューレにでも持たせて移動するのだが、そんな便利なものが都合よくあるはずもない。
 『錬金』で作ろうかとも考えたが、土系統のギーシュはどちらかと言うと金属が専門で、しかも既にワルキューレを7体出しているので精神力は限界に近かったし、タバサも前述の通り精神力が限界寸前、キュルケに至っては火系統以外がほとんどからっきし、という状態である。
 悩む3人だったが、それに構わずユーゼスは進もうとしていた。
(あの仮面の男……)
 自分に『ライトニング・クラウド』を見舞った相手は、まず間違いなく昨日『金の酒樽亭』で自分とシュウ・シラカワとの会話を窺っていた男である。
 そして必要以上にルイズへと実力をアピールしようとした、朝のワルドの態度も少しばかり気になる。
 とにかく確信らしいものはなかったが、ユーゼスはワルドに対して妙な予感を覚えていた。
 誰なのかは今ひとつ思い出せないのだが、とにかく彼は自分の知っている誰かにタイプが似ているような気がするのである。
 と言うか、キュルケとタバサが残ると思っていたから、自分は早々にリタイア宣言をしたのだが……。
 一方キュルケたちは、おぼつかない足取りで歩き続けるユーゼスにかける言葉を探していた。
 しかし理屈でこの男を納得させるのは困難だ、と頭を悩ませていると、
「モグ!」
「おお、ヴェルダンデ!」
 先程キュルケとタバサが空けた大穴から、ギーシュの使い魔のジャイアントモールであるヴェルダンデが顔を出した。
「ごめんよ、ヴェルダンデ! 急いでいたとは言え、君を置いて行ってしまって……。この樹を登って来たのかい?」
「モグモグ」
「樹を登ったって……器用なモグラね」
 呆れたような感心したような声を漏らすキュルケ。
「そうだ! ユーゼス、ヴェルダンデに背負ってもらったらどうだね?」
「……む」
 悪くない提案に思えた。
 『問題はない』と強がってはみたが、実際のところはいつ倒れてしまってもおかしくない状態である―――と自分の容態を分析していたユーゼスにとって、この申し出はありがたい。
「……では、その言葉に甘えさせてもらおう」
「うむ。では頼むよ、ヴェルダンデ」
「モグモグ」
 そうしてジャイアントモールの背に横たわるという少しばかり間抜けな格好で、ユーゼスはギーシュとキュルケとタバサと一緒にルイズたちの後を追った。


「ユーゼス……。ツェルプストー、タバサ、ギーシュ……」
 ルイズは意気消沈しながら、遠ざかっていくラ・ロシェールの灯を眺めていた。
 ……結局、彼らは自分たちに追いついてこなかった。
 無事だろうか?
 怪我などしていないだろうか?
 生きて……いるのだろうか?
 心配すれば、キリがない。
「ルイズ……」
 そんな彼女を心配してか、ワルドが歩み寄ってルイズの肩に手を伸ばしたその時、
「ああ、いたいた! ルイズー! ワルド子爵ー!」
「だぁ~! 何でこの僕が風竜の口に咥えられなきゃいけないのかね!?」
「定員オーバー。
 ……ちゃんと噛み砕かないように気をつけさせるから、安心して」
「いや、そういう問題じゃなくてだね!?」
「モグモグ」
「……ミス・タバサ、もう少し穏やかに、飛んで……。ぐっ、傷と酔いが……」
 置いて来てしまったメンバーが、青い風竜―――タバサの使い魔のシルフィードに乗って飛行する船に追いついてきた。
「みんな……!!」
 ルイズの顔がパッと明るくなり、彼らのいる方へと走っていく。
 ワルドの手は、空を切った。
 見ると、ルイズは風竜から船へと乗り移るキュルケたちに手を貸し、そしてユーゼスの左腕を見て顔を青くしている。
「……ええい、どうしてこうも……!」
 ―――彼の悪態は、幸いにして誰にも聞かれることはなかった。


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