あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ラスボスだった使い魔-11b


「……まったく、わざわざ挑発なんかしないで、最初から嘆願なり懇願なり切実な様子で訴えるなり、色々とやりようはあるでしょう!?」
「んー、でもルイズに対しては、アレが一番効果があると思うけど?」
 タバサの使い魔である風竜シルフィードの背の上で、ルイズはプンスカ怒りながら使い魔の言動を非難する。
 ルイズの文句を聞くキュルケは、からかいの口調でルイズに応じていた。

 ―――あの後、タバサたちは作戦通りにタルの水を操作して鎧ゴーレムの足を泥化させ、倒れている隙に逃げ出した。
 なお、ドカンドカンと爆発が移動していたので、ルイズとユーゼスを発見するのは非常に容易であった。
「……悪かったとは思うが、それにしてもやり過ぎだ、御主人様」
 ユーゼスは倒れ伏しつつタバサの『治癒』を受けながら、ボロボロの身体の状態を確認していた。
 タバサは風系統のメイジなので、水系統の『治癒』は本領ではない。
 学院に戻ったら、水の秘薬なり本職の水メイジに頼むなりしなければならないな―――などとユーゼスが考えていると、
「あの、ユーゼスさん?」
 ミス・ロングビルが、おずおずと進み出てきた。
「……ミス・ロングビル、こんなヤツに『さん』なんて付けなくていいです」
「いえ、あの窮地から脱出が出来たのは、この方のおかげですから」
 『なんて謙虚な人なんだろう』と、あらためて尊敬の念を抱くルイズだったが、ミス・ロングビルは興味津々な様子で先程聞きそびれたことを質問する。
「……あのゴーレムの鉄を砕いたのは、どのような魔法なのです? もしかして、ミス・ヴァリエールの魔法が……?」
 ミス・ロングビルの言葉にピク、と反応するルイズ。
 もしかしたら、この使い魔の口から『御主人様の魔法は凄い』などというセリフが聞けるのでは―――と期待したが、
「いや、御主人様の魔法自体は、ただ単に爆発を起こすだけだ」
「……………」
 その期待は、見事に裏切られた。
「そうか、物質の温度変化に関しての研究も行われていないのだな、ここでは」
「「「「?」」」」
 疑問符を浮かべる、4人の女性たち。
「……金属に限らず、全ての固形物質に共通していることだが、固形物質は『急激な温度の変化』に晒されると脆くなる」
 横になりながらなのでサマになりにくいが、ユーゼスは淡々と説明する。
「あのゴーレムの場合は赤熱化するほど熱した直後に、氷点下程度にまで温度を下げたからな。軽くヒビも入っていたようだし、御主人様の爆発で該当箇所の周辺がバラバラになるのは当然だ」
「……あの、ゴメン、よく分かんないんだけど……」
 ちんぷんかんぷん、という言葉がまるで顔に書いてあるようなキュルケ。見ると、ルイズとミス・ロングビルも似たような表情だった。
 唯一タバサだけは、何かを考え込んでいる様子だったが。
「―――特に冷たくもない水に氷を入れると、その氷にヒビが入る場合があるだろう。あれと同じ理屈だ」
「え、そうなの!?」
「知りませんでした……」
「凄い発見だわ……」
 こんな程度で感心されても困るのだが、とユーゼスが辟易する。
 ユーゼスがいた世界では、子供でも知っている理屈である。

「……それにしても悔しいわね。ゴーレムは倒した―――ってほどでもないけど、とにかく攻略は出来たのに、肝心のフーケを捕まえることが出来なかったわ」
「まあ、『ズバットの鞭』も取り返せたし、良いんじゃないの?」
 不満そうに言うルイズに、キュルケが結果オーライじゃないかとなだめかける。
 しかし、そのルイズの言葉にミス・ロングビルが、
「……ええ、本当に…………悔しいですわねぇ、ええ。ゴーレムは、倒され……倒したのに」
 と賛同した。
 ギリギリと歯を食いしばり、手をキツく握っているところから見て、どうやら本心から悔しがっているようだ。
「そうですわよね、ミス・ロングビル! ゴーレムはわたしたちでも工夫すれば何とか出来るくらいの、あんまり大したことないレベルでしたけど、やっぱり逃げられたのは悔しいですわよね!」
「…………まったくです、ミス・ヴァリエール」
 意気投合する二人。
 しかし笑顔が引きつっている様子から見て、ミス・ロングビルは本当に心の底から悔しがっていることが分かる。
 そんなにフーケを捕まえることに執念を燃やしていたのか、と思ったが、考えてみれば真っ先にフーケの隠れ家を見つけたのもこの女性だ。
 ミス・ロングビルとフーケの間には、何か浅からぬ因縁があるのかも知れないが―――いちいち追求して、個人の事情に首を突っ込む気はユーゼスやタバサにはなく、キュルケも『迂闊に触れて良いことじゃないっぽいわね』と遠慮する。
 ……なお、学院に帰還する途中で『ズバットの鞭』が正真正銘、マジックアイテムでも何でもない単なる武器であることを知ってミス・ロングビルがガックリと肩を落とし、更に、ユーゼスがシルフィードに酔って他の面々に呆れられたことを追記しておく。

 学院長室に戻り、5人の報告を受けたオールド・オスマンは『よかったよかった』、と喜んだ。
「……いや、友が去り際に残した物が戻ってきたことも嬉しいが、君たちが無事に戻ってきてくれたことが、何より嬉しい。特にミス・ロングビルは、フーケかも知れぬとの疑いをかけて、重ね重ね申し訳ない」
「いえ、気にしておりませんので」
 にっこりと微笑むミス・ロングビル。どこか疲れた様子なのは、やはり体調が悪いのだろうか。
「さてと、『ズバットの鞭』も無事に戻ってきたことじゃし、一件落着なんじゃが……」
 オスマンは取り返された鞭を手に取りつつルイズたち3人の生徒を見て、申し訳なさそうに言葉を紡いだ。
「……これでフーケを捕まえた、ともなれば君たちに『シュヴァリエ』の爵位申請なり、叙勲の申請なりをしてるんじゃが、いかんせん『宝物を取り返した』だけでは弱くてのぉ……」
 それを聞いて、キュルケとタバサは落胆した表情を見せたが、ルイズだけは違った。
「要りません」
「ルイズ?」
 名誉や勲章は、『ゼロ』と呼ばれ続けたルイズにとって喉から手が出るほど欲しいはずなのに―――と、キュルケは困惑する。
「だって、今回フーケのゴーレムを何とか出来たのは、全部わたしの使い魔の発想があってこそです。
 ……わたしは、『わたし自身』が掴んだ栄光以外は、要りませんわ」
 フン、と軽くユーゼスを睨むルイズ。ユーゼスは相変わらずの無表情である。
 オスマンはそんな主人と使い魔の様子を見て、どことなく嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ふぅむ、ただ単にプライドが高いだけと思っておったが……」
 誇り高いと言うか、何と言うか―――いや、要するに、やはりただプライドが高いだけだろうか?
 少なくとも、単純に『お前の手柄は私の手柄、お前のミスはお前のミス』とする気はないようである。
「ふむ、何にせよ期待しとるよ、ミス・ヴァリエール」
「はい」
 話が一段落した所で、ポンポン、と手を打つオスマン。
「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。このとおり『ズバットの鞭』も戻ったし、予定通りに執り行う」
「そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました!」
 言われて、キュルケが嬉しそうに思い出す。
「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ、用意をしてきたまえ。せいぜい着飾るのじゃぞ」
「はい!」

 そうして、ルイズとキュルケとタバサは礼をした後、学院長室から退室しようとする。
「……………」
「……どうしたの?」
 しかしユーゼスが退室せずに残っていたので、ルイズが不満そうに声をかけた。
「オールド・オスマン氏と話したいことがあるのでな。……先に行っていてくれ、御主人様」
「あ、うん……」
 少し心配そうな様子を覗かせたが、頷いて完全に退室するルイズ。
 そして、ユーゼスは真正面からオスマンと対峙する。
「さて、何か私に聞きたいことがおありのようじゃな」
「……確かに、色々とあるが」
 敬語を全く使わない口調を気にも留めず、オスマンは微笑みながら先を促した。
「言ってごらんなさい、出来るだけ力になろう。君に爵位や勲章を授けることは出来んが、私の生徒を助けてくれた、せめてものお礼じゃ」
 そしてオスマンは、コルベールとミス・ロングビルを退室させる。
 二人は不満そうだったが、仮にも魔法学院の最高権力者である学院長の命令には逆らえず、退室することとなった。
 そして、ユーゼスが口を開く。
「……2つほど頼みがあって、1つだけ聞きたいことがある」
「ふむ、頼みの方から聞こうか」
「図書館への入館許可と、空き部屋が1つ欲しい」
「?」
 その要求に、疑問符を浮かべるオスマン。
「君はどうやら魔法の研究に熱心なようじゃから、図書館への入館許可はともかくとして―――『空き部屋』とは何じゃ?」
「研究室として使う」
「研究室じゃと?」
「今は御主人様の部屋を借りているがな、このままのペースでは近い内に確実に手狭になる。
 ……今の内に、それなりのスペースを確保しておく必要があるのでな」
 オスマンは、ほお、と感心してユーゼスを見た。
「なるほど、なるほど。……それでは早速、図書館への入館許可証を書くとしようか。
 それと空き部屋じゃが、私の記憶が確かならちょうどミス・ヴァリエールの隣の部屋が空いていたはずじゃ」
「そうなのか?」
「……前の入居者が『いつ爆発が起こるのか不安なので、部屋を変えてください』と泣きながら訴えるものでなぁ……」
 無理もない。
 眠っている間にいきなり爆発で吹き飛ばされる恐怖を考えれば、安心した睡眠どころか生きた心地すらしないだろう。
 真向かいの部屋にいるキュルケは、そういう意味ではかなり肝が据わっていると言える。
「では、その部屋に必要な物はあるかね?」
「普通サイズの机と、広い机、あとは大きめの本棚を入れられるだけ入れて欲しい」
 普通サイズの机は部屋の奥に入れてレポートなどの執筆用に、広い机は部屋の中央に置いて実験用に、あとは部屋を囲むように、本棚を入れられるだけ入れる予定である。
「うむ、手配しよう」
 これで、ここに残った理由の半分は達成した。
 ―――肝心なのは、残りの半分である。
 入館許可証を書くオスマンに向かって、ユーゼスは切り出した。
「……さて、本題だが」
「1つの『聞きたいこと』とやらじゃな」
 許可証にサインを書き、オスマンは傍らに置いていた鞭を手に取る。
「これのことじゃろう?」
「ああ。……単刀直入に聞くが、お前はその鞭の持ち主とどのような関係だ?」

 オスマンは机から水ギセルを取り出すと、それを口にくわえる。
 そして、目を細めて昔を懐かしみながら語り始めた。
「あれはもう30年―――いや、正確に言えば33年も前になるかの……。森を散策していた私は、ワイバーンに襲われてな。どうにも苦戦しておったところに彼が……ケンが現れたのじゃ」
「ケン……早川健か」
 その名を聞いたオスマンが、遠くを見るような目になった。
「そう、ケン・ハヤカワ。
 常日頃から『自分は別の世界から来た』、と言っていてな。事実、我らの知らない知識を持ち、我らの常識にいちいち感心したり驚いたり、憤慨したりしておった。
 ……私はその時には既に老人と呼ばれる年じゃったが、それでも若い頃にはご婦人方の黄色い声援や、熱いまなざしを辟易するほどに浴びておっての。ケンはそんな昔の私に、勝るとも劣らぬほどの色男じゃった……」
「……………」
「……君、今『ならば、この世界にとってハヤカワの容姿はあまり大したことなかったんだな』とか思ったじゃろ?」
「いや、全く。それより、早く続きを頼む」
「そうかぁ? ……まあいいわい」
 話が脱線しそうになったが、即座に軌道修正を入れる。
「ともかく、そんなケンと私、そして君の主人であるミス・ヴァリエールの母君である『烈風』カリン殿の三人は一時期、行動を共にしていたことがあるんじゃよ」
「…ほう」
 自分の主人の母親と、かつての自分の敵が共にいたとは。
 ……これも、因果律の成せる業だろうか。
「彼は魔法が使えぬ平民でありながら―――いや『魔法が使えぬ』という点を除けば、あらゆる面で完璧、そして奔放な男じゃった」
 年齢不詳の老人は、口から煙を吐き出しつつもケラケラと笑いだす。
「何せその頃マンティコア隊の隊長であったカリン殿より、見事にマンティコアを乗りこなしておったからの!
 その他にも様々な幻獣を自在に乗りこなし、剣術、投げナイフ、笛の演奏、料理、釣り、呑み比べ……とにかくトリステインで一番と言われておった男たちを『しかしお前さんニッポンじゃあ二番目だ』とか言ってアッサリ打ち破っとった。
 ま、唯一の欠点は、歌が下手なことじゃったが」
(……相変わらずのようだな)
 世界が変わっても、やはり早川健は早川健のようである。
「それと忘れてはならんのが、三人でトリステイン中の悪徳貴族やら、人身売買などを扱う犯罪組織やら、猛り狂った幻獣やらを相手にした八面六臂の大活躍でな! 特にケンとカリン殿とのコンビは無敵じゃった!」
 やけに嬉しそうに話すオスマン。
「て言うかな、カリン殿はもう、絶対ケンに惚れてたな。口にも顔にも出さんかったが、態度に思いっきり出ておったし。
 今のヴァリエール公爵なんかはその様子を見て歯ぎしりしておったような気もするが、それはどうでもええか」
 言葉に合わせて、くわえた水ギセルがカチャカチャと音を立てる。
「……で、その功績が認められてケンにシュヴァリエの称号を与えよう、って話が持ち上がったんじゃが、ケンの奴は『俺は行かなきゃならない。……友の仇を討つために』と言って去ろうとしてな」
 と、ここでオスマンの表情に、苛立ちが現れ始めた。
「……それで……あの馬鹿め! 別れ際にカリン殿とお互いの帽子を交換して『幸せになれよ、カリーヌ』ぅ? まず間違いなく彼女の気持ちに気付いておったくせに、なんじゃあの態度!!」
「……………」
 ……また話が妙な方向に脱線しつつある。
「あー、思い出したら腹が立ってきたわい! 大体、カリン殿もカリン殿じゃっつーの!
 メチャクチャ無理して笑顔作って『…貴方のご武運を祈ります』って、ケンの姿が見えなくなった後で手渡された帽子をギュッと抱きしめるし!!
 その後二日くらい続けて目を真っ赤に腫らしておきながら『何も問題ありません』とか言うし!!」
 オスマンは、回想しつつも興奮して語り続ける。
「……カリン殿が隊長であった時のマンティコア隊のモットーは『鉄の規律』じゃったらしいが、アレは絶対にケンとのアレコレが関係しとると思うよ、私は」
(―――そんな思い出話は、どうでもいいのだが)

「まあそんな感じでじゃな、3ヶ月に渡る恋と冒険と浪漫の末、風のように現れた男は、嵐のように戦って、朝日と共に去っていったんじゃよ」
 ぜえぜえ、と息を切らしながら、かつてオスマンが体験した物語は終了する。
「……早川健が去っていった方向は?」
「東じゃ。ロバ・アル・カリイレに向かえば、あるいは自分が元いた世界に戻れるかも知れぬ、と言っていたの」
「………ふむ」
 東には確かにゲートの反応があったが、あの男なら自力で時空間を突破しそうで、少し怖い。
 ともあれ、この世界にかつて快傑ズバットが存在したのは間違いないようだ。
「……私からも質問して良いかね?」
「答えられることならばな」
「まあ、無理に答えんでも構わんが……。
 ……君はケンとどのような関係なのだね? 君がケンと同じ世界からやって来たということは容易に想像がつくが、どうも君の話し振りからするに、彼と知り合いのようじゃし」
 どう答えたものか、とユーゼスは考える。
 まさか『敵同士だった』などと正直に答えるわけにもいかないだろう。
 ならば、こう答えるしかない。
「……そうだな、知人だよ」
 それを聞いたオスマンは水ギセルをいじりながら、
「『知人』、か……。……実に便利な表現じゃの?」
 わざわざ声に出してユーゼスの回答を吟味した。
 ……そのまましばらく、ユーゼスとオスマンの視線が交錯する。
 そして、
「ま、いいわい」
 そんなやり取りを切り上げたのもまた、オスマンだった。
「それと、君の左手のこのルーンじゃが」
「知っているのか?」
「…………そうじゃな、話しておいた方が良いじゃろう」
 オスマンは少しばかり悩んだようだったが、口を開く。
「それは『ガンダールヴ』……伝説の使い魔の印じゃよ」
「伝説?」
「そうじゃ。その伝説の使い魔は、ありとあらゆる『武器』を使いこなしたと言われておる。君がケン以外に使えぬはずの、あの鞭を使えたのも、そのおかげじゃろう」
 そのルーンの効果は知っているし、体験もしていた。しかし。
(『伝説』だと? ……過去に同じルーンが存在していたと言うのか?)
 新たな疑問が沸き起こる。
 危うく思考がグルグルと回転しそうになるが、ここは質問するのが先だ。
「なぜ、そのような『伝説』が私の左手に?」
「分からん」
 ユーゼスは溜息を吐いた。
「すまんの。ただ、もしかしたら君がこの世界にやって来たのと、何か関係があるのかも知れん」
「……その可能性は私も考えているが、何のために私がこのハルケギニアに呼ばれたのか……それが最大の疑問点だ」
「私も調べてみよう。しかし……」
「しかし、何だ?」
「何も分からなくても、恨まんでくれよ。なあに、こっちの世界も住めば都じゃ、嫁さんだって探してやるわい」
 再び溜息を吐くユーゼス。正直言って、結婚などに興味はない。
「……最後に、改めて礼を言わせてくれ。よくぞ、我が友の武器を取り返してくれた。
 ―――そうじゃ、この鞭は君が使うと良い」
「良いのか?」
「あのまま宝物庫の中で腐らせておくよりは、この方が有意義じゃろう」
 そうして、鞭を受け取る。
「ああ、それと王室の魔法研究所―――アカデミーの連中には気をつけるんじゃぞ? 君の知識や、『ガンダールヴ』としての能力を狙ってくるやも知れんのでな」
「……覚えておこう」
 なお、アカデミーの主席研究員と繋がりがあることは、確実に話がややこしくなることが予測されたので黙っていた。


 その日の夜、ミス・ロングビルは一人でアルヴィーズの食堂の下の階に座っていた。
 上の階では今まさにフリッグの舞踏会の真っ最中であり、彼女も少なからず男性からの誘いは受けていたのだが、とても舞踏会を楽しむ気にはなれなかったのだ。
「……はあ」
 自分がこの魔法学院に来た『目的』は……まあ、取りあえずではあるが、果たしたと言えるだろう。
 問題は、今後についてである。
 仮に『もう用済みだ』とばかりに魔法学院を去ったとして、その後はどうしようか。
 『本業』に専念するのも良いのだが、今だ完全に自分が『土くれ』のフーケであるという疑念が完全に消えたわけでもない。ゴーレムが破られ、秘宝が取り返されたこのタイミングで学院から去ったら、『やはりミス・ロングビルがフーケだったのか』という結論に達しかねないのである。
 ……自分の顔は、生徒や教師などにバッチリと記憶されている。
 つまり、その『疑惑』が元で、これからはおちおち昼間にも出歩けない生活が待っている可能性がある。
「……う~ん」
 そして―――これが、最も重要なことなのだが。
「安定した収入があるってのは、魅力的だし……」
 これまで彼女は恥を忍んで居酒屋で給仕をやったり、『一山当てるための無茶』を繰り返したりと、かなり不安定な生活を過ごしてきた。
 だが今はどうだろう。プライドが酷く傷つけられるわけでもなく(今日は『とある事情』からプライドを酷く傷つけられはしたが)、特に危ない橋を渡るわけでもなく、常に気を張っている必要もなく。
 雇い主のエロジジイによるセクハラが悩みの種と言えるが、あしらい方さえ覚えれば何とかなるレベルだ。
 それに何より。
「これであの子に胸を張って仕事のことが言えるし……」
 ミス・ロングビルは故郷の国の小さな村に、仕送りを送り続けている。
 これまで顔を見せるたび、妹がわりの少女から『ねえ、姉さんはどんな仕事をしてるの?』とさんざん聞かれてきたのだ。
 今までは『秘密』とか『内緒』とかの言葉でお茶を濁してきたが、これでハッキリと自分の職業を言えるようになるではないか。
「……決めちまうかねえ」
 素の喋り方で、ポツリと呟くミス・ロングビルであった。

「……………」
 ミス・ロングビルから少々離れた席に座るユーゼス。
 さすがに貴族の舞踏会に、平民が顔を出すわけには行くまい―――という理由で、下の階で待機しているのである。
「あのメイドから聞いた『銀の方舟』、早川健、そしてこの私……」
 オスマンから託された鞭をテーブルの上に置き、ユーゼスは思案にふける。
「……偶然にしては、あまりにも出来すぎている。やはり、この世界には何か特別なものがあるのだろうか……」
 更に、自分に刻まれたこのルーン。
 ガンダールヴという名前らしいが、オスマンも詳細は知らないようだ。……と言うより、意図的に教えなかったようにも見える。
 『使い魔』ということは、それを使役したメイジがいたはずだが、それについての情報が提供されていない。さすがに使い魔の存在だけが一人歩きしてメイジの情報が無い、などという事態にはならないだろう。
 つまり、少なくとも今の時点で知られては困る情報が、このガンダールヴのルーンには込められているのだ。
「……………」
 遠からず、アカデミーのエレオノールもこのガンダールヴに行き着くだろう。あわよくば、そこから情報を得られるかも知れないが……。
「……自分で調べた方が早いな」
 一人で結論づけて、席から立ち上がる。
 せっかく図書館への入館許可証を貰ったのだ、早速今から使わせてもらおう。
 そう思って歩き始めると、上の階から彼の主人―――ルイズが降りてきた。
 長い桃色の髪を一つにまとめ、白いドレスと、肘まである白い手袋を身にまとっている。
 そして、自分の姿を見つけるなりツカツカと歩み寄ってきた。
「……………」
 嫌な予感がする。
 ……少なくとも、今日中に図書館に入るのは諦めた方が良さそうだ。
「そもそも、私に『きらびやかなパーティー』など場違いなのだがな……」
 独り言を言いつつ、ユーゼスは主人へと歩み寄っていく。

 ―――さて、御主人様の説得は難しそうだが、どう説き伏せたものだろうか。


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