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零姫さまの使い魔 第十話


「あっしは手の目だ
 先見や千里眼で酒の席を取り持つ芸人だ

 ついにと言うべきか 先日 ウチのお嬢がメイジの資質に目覚めた
 それも そんじょそこらの魔法使いなんざァ目じゃねえ
 何でも この国で一番偉い神様 始祖ぶりみるさん伝来の力ときたもんだ
 お嬢の長年の努力も これで漸く実を結ぶ日が来たって訳で 本来なら目出度い話なんだが……

 正直 あっしは心配だね
 何せ お嬢の方は本物の伝説だが その使い魔は単なる芸人なのさ
 今までも騙し騙しやってきたもんだが あっしの代役も そろそろ限界なのかもしれねぇ

 それにしても あっしがお嬢の足手纏いになる日が来ようとは……
 分かっちゃいても 随分と癪に障る話だねェ」





「まったく忌々しい限りよね
 あたしがあれだけ必死で編み出した【エクスプロージョン】も
 祈祷書を紐解けば ちゃんとスペルが記されていたって言うんだから
 こういう書物は 後世の人間が分かるように残しておいてもらいたいわ」

偉大なる始祖に言いがかりをつけつつ、部屋の壁に向かい、ルイズがぶんぶんと杖を振るう。
時折、祈祷書を読み返しては、呪文を念入りに確認する。
もう三時間ばかり、飽きもせずに同じ事を繰り返しているルイズに対し、呆れ気味に手の目がぼやく。

「予習はそれくらいで十分なんじゃ無いのかい? もう夜中だぜ
 どうせ 使う予定なんてありゃあしねぇのに……」

「アンタが怠慢すぎるのよ ちょっとは飛行機の仕様書に目を通そうとは思わないの」

「……あっしは出たとこ勝負なのさ」

ふん、と、やる気のかけらも無い手の目を無視して、ルイズは再び祈祷書に向きなおった。
【始祖の祈祷書】―― トリステイン王家に伝わるその書物をルイズが手にしたのは、偶然によるものであった。

一週間前、タルブの大地で、一つの『奇跡』を起こしたルイズ。
「彼女の力は 伝説にある【虚無】の系統かもしれない」と言う、オスマンの曖昧な見解を受け
アンリエッタは、ルイズを王宮の宝物庫へと招き入れた。
始祖伝来と謳われる宝物群の中に、彼女の力のルーツを探す手がかりがあるのでは、と考えたのだ。

精巧な治金技術で作られた装飾品、奇抜なデザインの杖、果ては使い道の分からぬカラクリ細工。
久方ぶりに日の目を見た宝物庫の中は、さながら眉唾物の見本市といった態であった。

大仰な名前の割に、中が白紙の祈祷書などは、まさしくその『胡散臭い品々』の代表格であり
たまたま、王家伝来の指輪【水のルビー】を嵌めてみたルイズが、ページを開くことが無ければ、
或いは、そのまま歴史の片隅で忘れ去られていたかも知れなかった。
先程の始祖ブリミルに対するルイズの当て擦りも、まんざら的外れな意見とは言えなかった。

ともあれルイズは、水のルビーを鍵に、祈祷書からいくつかの呪文を引き出す事ができた。
元々魔法が使えない事がコンプレックスだった彼女は、すぐにでも呪文を試したかったのだが
魔法の使用は、アンリエッタから固く禁じられていた。
戦局を大きく揺るがす程の魔法の存在が公になった場合、ルイズの身辺に危険が及ぶであろう事を危惧したのである。

ルイズも子供ではない。
女王の言葉の意味を十分に理解してはいたのだが、
魔法が使える事を隠し、『ゼロのルイズ』を装い続けるというのは、
ある意味で、魔法が使えなかった頃以上の負担を彼女に強いた。
ここ一週間、自室に戻る度にイメージトレーニングを繰り返していたのは
漸く手に入れた玩具を早く試してみたい、という、はやる心の顕れであった。

「ああ 早くこれらの魔法を トリステインのために役立てられる日が来ないかしら?」
「……勘弁してくれ」

夢見がちなルイズの言葉に、手の目がため息をもらす。
巨大な戦艦を一撃で葬り、たったの一人で戦力差を覆せるだけの可能性を秘めた虚無の系統。
その強大な力を使わねばならぬ事態に度々遭遇するようでは、もはや、手の目に未来は無いだろう。

「ともあれ 将来的な可能性はさておき 今のお嬢はまだ一介の学生なんだぜ?
 『伝説』の魔法を使わなきゃならない事態に出くわすことなんざ 早々……」

――カツン、と

部屋の窓を叩く小石の音に、手の目の言葉が止まる。
やや間を置いて、更に一回。
二人が思わず顔を見合わせる、人目を避け、秘密裏に連絡をとりたい時のためにと
かねてよりアンリエッタと打ち合わせていた合図であった。
思わず、手の目が一つ舌打ちをする。

「……早々無いだろうと あっしは信じたかったんだがね」


裏庭に降りてきた二人の姿を認めると、その来客はフードを脱いだ。
二人の眼前に、凛々しい顔立ちの女性が現れる。

「あなたは確か……」
「覚えていたか そうだ 銃士隊のアニエスだ」

ルイズの呼びかけに、あくまで硬い表情を崩さず女が応じる。
アニエス・シュバリエ・ド・ミラン。
軍の再編に伴い新設された銃士隊初代隊長であり、
ルイズの持つ虚無の力を狙う者が現れた場合の備えにと、アンリエッタが紹介してくれた騎士であった。

「あなたがここに来たという事は まさかレコン・キスタが?」

「いや……
 女王陛下が こちらを訪ねてきてはいないかと思ってな」

「え……?」

思いもよらぬ一言に、ルイズの思考が淀む。
常識的に考えるならば、一国の代表が、こんな夜更けに一介の学生の下を訪ねるはずが無い。
それこそ先日のアルビオン行のような、特別な用件の無い限りは。

「城で 何かあったんだね?」
「うむ……」

察しの早い手の目の断定に、やや言葉尻を濁した後、やがて意を決したように、アニエスが口を開いた。

「女王陛下が 城から姿を消したのだ
 いや この場合 何者かに攫われたと言うべきか……」

「何ですって!」

ルイズが思わず叫ぶ。
真夜中の来客とあって、ある程度の異常事態は予想していたが、現実は彼女の想像の遥か上を行った。

「随分と突飛な話じゃないか…… 何か手がかりは無いのかい?」

二の句が告げられぬ主に代わり、手の目が会話を引き受ける。
しばしの沈黙の後、自らの思考を整理するかのように、アニエスが状況の説明を始めた。

「ああ…… 王女の自室では 侍従がひとり昏倒していたんだが
 彼女がおかしな証言をしたのだ
 ……王女をかどわかしたのは かのアルビオンの ウェールズ皇太子であるとな」

「なッ!」

今度ばかりは、流石の手の目も驚きの声を漏らす。

「そんな! そんなハズ無いわッ! だって王子は……」

「ああ 皇太子は確かに亡くなられた筈だ
 ミス・ヴァリエールの証言だけではなく 信頼できる筋からの複数の情報で
 その事実だけは確定している
 女官の見間違いか あるいは賊の変装なのか
 しかし…… だとしても 何故わざわざ皇太子に化ける必要がある……」

「…………」

「ともかく 主要な街道には既に捜索の手を回しているが
 女王の行方はようとして知れん
 友人である貴殿に 何か心当たりは無いか?」

アニエスの問いかけに、ルイズが再び沈黙する。
今しがた事情を聞いたばかりのルイズに、本来なら心当たりなどあろう筈も無い。
だが、会話の中に出てきた『ウェールズ皇太子』と言う単語が、
ルイズの直感に、一つの地名を訴えかけていた。

「手の目 今から零戦を飛ばせる?」

「……佐々木氏の腕なら 夜間飛行も大丈夫だろうよ
 だが 燃料があまり残って無ぇ あちこち探し回ってる余裕は無いよ」

手の目の答えを受け、ルイズが確かな口調で目的の地を告げた。

「ラグドリアン湖へ ……アンリエッタ様と皇太子が 初めて出会った場所よ」


――ラグドリアン湖。

トリステインとガリアの国境に挟まれたその巨大な湖は
水の精霊たちの住まう地として、また、大陸でも指折りの風光明媚な地として古くより知られ、
長いハルケギニアの歴史の中、国家間の繁栄を祝う催しが度々開かれた名所であった。

三年前、大規模な園遊会が催された際に、アンリエッタの友人として、ルイズも彼の地を訪れていた。



「おそらくは その時にお二人は出会い そして恋に落ちた
 もちろん それが今回の事件と関係あるわけでは無いのだけれど……」

でも、とルイズが言いつぐむ。
筋道だった予想に基づく捜索ならば、アニエス始め王宮の家臣団が既に行っている。
その上でなんら成果が上がらなかったからこそ、アニエスは学院まで捜査の足を伸ばしたのだ。
今のルイズに出来ることは、己の勘を信じて行動する事のみであった。

「いや…… 案外お嬢の勘は当たっているかもしれねぇ」

「えっ?」

「メイジの使う魔法の中には 姿形を他人に変えられる術があっただろう?」

手の目が質問を投げかける。
答えは聞くまでも無い。彼女はアルビオンの地で、ウェールズに化けた刺客に襲われたことがあるのだから。

「その魔法の存在は 当然女王も承知の筈だ
 女王を攫った偽王子の立場で考えれば 王女に自分を本物だと信じさせる為の材料が欲しい筈さ
 逃避行の際に二人の思い出の地による事は 犯人達にとって 十分な利益になるだろうね」

勘の鋭い手の目の肯定を受け、ルイズが安堵の吐息を洩らす。
だが、しばしの沈黙の後、ルイズは再び表情を曇らせた。

「……アンリエッタさまを攫ったのは 本当に偽の王子なのかしら?」

「どういう意味だい?」

「だってそうでしょ?
 腹心であるアニエスさんですら気付かなかった 王女の皇太子に対する思いを
 『賊』はどうやって知り得たと言うの?
 二人の関係は 私達を除けば それこそ当人同士くらいしか知り得ぬ筈なのに」

「…………」

「本当にあの時 ウェールズ殿下は亡くなられたのかしら?
 例えば 私たちが去った後 未知の魔法やマジックアイテムの力で
 一命を取り留めていた可能性だって……」

「いや それは無いね」
風防の外の闇夜を一心に睨みながら、振り返りもせずに手の目が言う。

「王子が亡命を拒絶したのは 己の名誉の為だけじゃねぇ
 トリステインを ひいては女王陛下を戦禍に巻き込むことを忌避したからだ
 そのウェールズ殿下が 仮に生きていたとしても
 女王を惑わし 彼女の名誉を貶めるような真似をする筈が無いだろう?」

「それは……」

「あっしには そいつがどうしても堪忍ならねぇのさ
 王子を思う女王の心を利用し 女王を思う王子の遺志を踏みにじる奴らがよ
 賊の正体が何者なのかは知らないが そんな奴らは絶対に世にのさばらせて置いちゃならねぇ」

「……ええ そうね そうよね
 ごめん おかしな事を聞いたわね」

どうやら合点がいった風のルイズを尻目に、手の目は再び操縦に集中する。

実のところ、手の目の言葉は嘘である。
未知の魔法で王子が生き延びた可能性があるのなら、未知の魔法で王子が操られている可能性もあるだろう。
魔法の常識を持たない手の目には、王子が本物である可能性の方がよっぽど高いようにすら思われた。
それに、ほとんど面識の無いウェールズのために闘志を露わにするほど、彼女は義侠心に厚い人間ではない。

ただ、手の目の立場からすれば、王子が偽物であると言う前提をルイズに刷り込んでおいた方が
万一賊と鉢合わせになった時に都合がいいと、それだけの事であった。

やがて、二人の眼下に、双月の輝きを携えた、巨大な湖面がいっぱいに広がってきた。

「何てェデカさだ…… こいつは湖と言うよりは 大陸の中の海って感じだな
 しかし これだけ広いと どっから探しゃぁいいってんだ?」

「そのまま真っ直ぐ 高度を少し落として」

ルイズの指示に従い、手の目は零戦を寄せ、湖畔を舐めるように飛行させる。

「お嬢 当てがあるのかい?」

「ラグドリアン湖に住まう水の精霊は 別名・誓約の精霊とも呼ばれているわ
 その御下で交わされた誓約は 絶対に破られることが無いのと……
 もし 偽王子が姫様を御するためにこの地に寄ったと言うのならば
 永遠の愛を誓うために 必ずや 精霊の現れると言われる岸辺に向かうはずよ」


「ルイズ……」

月明かりに照らし出された二人の姿を捉え、零戦が鮮やかに機首を返す。
二人の行く手を遮る形で機体が止まり、ルイズがゆっくりと草むらへ降り立つ。
眼前の光景に、どくりと鼓動が高鳴る。

ルイズの視線の先にいたのは、彼女の主、アンリエッタ・ド・トリステイン。
そして……

「ウェールズ……さま?」

咄嗟にこぼれた自身の呟きを、ぶんぶんと頭を振るい否定する。
だが、それがまやかしと分かっていてはいても、彼女は意識せずにはいられない。
アンリエッタを庇う様に立つ金髪の若者、その笑顔が、在りし日のウェールズ・オブ・テューダーそのものである事を。

「うそ…… 嘘よ!
 私は確かに見たわ ウェールズ殿下は確かにあの時」

「胸元を貫かれ 血を吐いて死んだ かい?」

人懐っこい笑みを浮かべながら、ウェールズが襟元を緩める。
はだけた胸元に除く傷跡に、ルイズ達が瞠目する。
風穴を塞ぐ、異様な肉の盛り上がり。その位置は間違いなく心臓の上である。
魔法や薬による常識的な治癒とは異なる、明らかに異質な治療痕であった。

「――ッ 離れて 姫様! そいつは……」

「…………」

「姫様?」

アンリエッタはしばし、ウェールズに寄り添い俯いていたが
やがて、静かに顔を上げ、口を開いた。

「お願い ルイズ…… 道を開けて」

「姫様……! そんな
 でも なぜ? 何故なんですッ! だって あなたはあの時……」

「ええ 装おうとしたわ あなたの前で…… 立派な王女の役を
 ウェールズ様が死んだと聞かされたあの時 私は全ての希望を失っていたから
 どうせ残りの人生を 外交の道具として費やす事になるのならば
 せめて民の 臣下の あなたの望む姿で振舞おうと思った
 それだけが 命がけで任務を果たしてくれたあなたに出来る 唯一の友誼であったから……」

「そんな……」

「でも 彼は再び 私の前に現れた
 彼が本物なのか偽者なのか 生きているのか死んでいるのか
 そんな事は もはやどうでもいい事なのよ
 彼が 彼が私の傍にいてくれる事だけが 私の唯一の希望なのだから」

「…………」

「最後の命令よ 道を開けて ルイズ・フランソワーズ……」

だらり、とルイズが杖を下ろす。
ルイズの脳裏に、かつての王女の顔が思い出される。

想い人を救う事が出来なかった自分を労わり、優しく抱きとめてくれたアンリエッタ
凛々しい甲冑姿で兵士達を束ねていた、王族の使命感に満ちたアンリエッタ
その、誇るべき女王の心底が、これ程までに深く傷つき、絶望に覆われているなど、誰が想像出来たであろうか。

だが、少なくともルイズだけは、彼女の思いに気付けねばならなかった筈である。
ルイズはアンリエッタが頼みを置く側近であり、最大の親友であったのだから。
今のルイズには、自分がアンリエッタの前に立つ資格は無いように思われた。

気圧されるままに身を引きかけた、ルイズの肩を、手の目が軽く叩く。

「手の目……」

「聞く必要はないぜ お嬢
 目の前のお姫さんは 既に王女としての責務を放棄しているんだからな」

つい、と手の目が一歩前へ出る。アンリエッタの表情が、やや険しいものとなる。

「なあ姫さんよォ お天道様に背いて あんた一体何処に行こうってんだ?
 故郷を捨てて 人々の期待を裏切って 親友の思いを足蹴にして
 それで幸せになれると思うのかい……?」

「…………」

「無理なんだよ
 大切な人に裏切られた者の悲しみが癒える事はあっても
 大切な人を裏切っちまった者の重荷が消える事は無ェ
 愛しい人の側で幸せを感じる度に あんたは裏切った者の大きさを感じる事になる
 あんたは今 真の意味での希望を捨てようとしているのさ」

「……あなたに何が分かるというの?
 愛しい人を守る事すら適わない傀儡の孤独が 流れ者のあなたに分かると言うの!」

「あんたこそ何も分かっちゃいねェ
 何一つ居場所を持たない 流れ者の侘びしさ……
 自らを束縛するものの一つ一つが どれ程かけがえの無いものかって事をね」

交渉の無意味を知り、アンリエッタが反射的に杖を構える。
その動きに合わせ、手の目も右手をかざそうとしたが……、

「むっ……!」

アンリエッタを庇うように立ち塞がったウェールズの姿に、手の目の動きが止まる。
瞬間的に、手の目は自らの力が通用しない事を悟った。

手の目の刺青の真価は、相手に幻を見せる事ではない。
相手の心理を、そのルーツを見通す心眼こそ、彼女の最大の武器であった。

相手の心の弱きを突き、対手に幻を疑う余地を与えない、
または、分かったところでどうしようもない幻を見せる。
その巧みな心理誘導こそが、スクウェアクラスのメイジとも渡り合える、彼女の力の真骨頂であった。

だが、目の前の青年には、その探るべき心が無い。
魂なき器に宿るのは、強力な魔力で制御された、意思を持たぬプログラム。
これまでも何度か、実力面で太刀打ちできない相手に出くわした事のある手の目であったが
今宵、彼女の目の前に居たのは、真の意味での彼女の『天敵』であった。

「手の目…… 少しだけ時間を稼げる?」
「!」

ルイズの言葉の意味に、手の目が即座に気付く。
祈祷書に記された虚無の魔法で、この場を凌ごうと言うのだ。

「合点だ」

手の目の返事を受け、ルイズがすぐさま瞑想に移る。
とにかく、ウェールズに幻術が効かない以上、狙いはアンリエッタに移すしかない。
狙いを気取られぬよう、手の目は緩やかに動き出そうとしたが……

アンリエッタを視界におさめた瞬間、手の目に悪寒が走った。
遠めに見たアンリエッタの呟きが、ウェールズの詠唱とシンクロしている事に気付いたのだ。

「なッ!」

直後、広大なラグドリアンの湖面が水蛇のようにうねり、巨大な水竜巻となって二人を取り囲む。
凶悪なるスペルの効果の前に、手の目は文字通り八方塞りとなった。
幻術を仕掛けようにも、立ち上る水柱が視界を遮っていた。

「時間を稼げとはいったがよ あっしは只の芸人だぜ
 こいつをどうすりゃァいいってんだ……」

だが、手の目に思考する時間は残っていない。
大地を大きく抉り取りながら、巨大な水龍が徐々に二人へと迫ってくる。

「畜生ッ!」

手の目が破れかぶれに右手を突き出す。
普段の冷静な彼女にしては、あまりにも無意味な悪足掻き。

ラグドリアンの地で、再び『奇跡』が起こったのは、まさにその時であった。


「なっ…… こいつは……」

その場にふさわしくない、手の目の呆然とした呟きに、ルイズが思わず目を開ける。
直後、彼女もまた驚きの声を上げた。

二人の眼前には、迫りくる巨大な竜巻から守るように両手を広げて立ちはだかる
金髪の青年の後姿があった。

「そ そんなッ! ウェールズ様なのッ?」

「何ですって!」

予想外のルイズの叫びに、アンリエッタの思考が大きく乱される。
水竜巻はぐらりと揺らぎ、三人の手前で二つに割れると、烈風とともに消え去った。

辺りを包んでいた緊張感が消え、湖畔が元の静寂を取り戻す。
双月の輝きに照らし出され、死んだ筈のウェールズが二人、その場に対峙する。

「ウェ…… ウェールズ さ ま?」

アンリエッタの杖先が震える。
新たに現れたウェールズは、いつもの穏やかな笑顔ではない。
深い悲しみを携えた、何処までも澄みきった瞳で彼女を見ていた。

「どうしたんだい? アンリエッタ」

傍らのウェールズが、アンリエッタの耳元で囁く。

「さあ もう一度 今度こそ確実に 彼らを退けるんだ」

「でも あれは ウェールズさまは……
 なんで? あの人は いったい……?」

「莫ッ迦野郎が!」

呆然と震えるアンリエッタに叩きつけるように、手の目が吼える。
普段の彼女からは想像もつかない激しい感情が、喉を突いて溢れていた。

「世の理を破ってまで現れねばならなかった彼の苦しみが テメェにゃ分からないって言うのか?
 愛する人の幸せを祈って逝った 彼の想いが 分からないって言うのかよ?
 下らねェ人形如きに騙されやがって! アンタの王子への想いってェのはその程度のモンなのか?」

「…………」

「いい加減に気付けよ! アンタの自分勝手な都合が
 彼の生き様を 死に様を汚してるってことによォ!」

「そんな…… 私 わたし は」

手の目の叫びに、ウェールズの瞳に、アンリエッタは杖をとり落とし、呆然とその場にひざまづいた。

「ごめんなさい 姫様…… ウェールズ殿下……」

涙を拭い、ルイズが最後の詠唱を完成させる。

「今の私には…… これしか!」

振り下ろした杖の先から、伝説の虚無の輝きが溢れ出す。
あらゆる魔法を無力化する【ディスペル・マジック】。

――眩い輝きが周囲に満ちる中、魂無きウェールズは、ただの器へと還った。


「――どうやら お迎えが来たみたいだね」

月夜に映るヒポグリフの一団を見つめながら、手の目が呟く。
あれだけの竜巻に閃光である。平坦な湖畔では、遠目からでも良い目印になったであろう。

「お嬢は 姫さんに付いてやった方がいいだろうね」

「あなたはどうするの?」

「飛行機を置いていく訳には行かないからね
 少し湖畔を散歩してから 一人で学院に戻るよ」

ルイズはひとつ頷くと、俯くアンリエッタを支え、
寄り添うようにヒポグリフの背に乗った。
ひとしきり事情を確認した後、一団は、再び月夜へと飛び去っていった。

再び、湖畔に静寂が戻る。

全てはこれで良かった筈だ。
月明かりを携える幻想的な湖を眺めながら、手の目がそう思考する。
今回の一件で、アンリエッタは王子を裏切り、親友を殺しかけるという重い十字架を負ったが
その苦しみは、彼女をより良い為政者に導く糧となるはずである。

それに、なにも悪い事ばかりだったわけではない。
今回の事件は、アンリエッタとルイズの間にあった壁を取り払ってくれた。
ルイズもまた、かりそめの魂とはいえ、主人の前で最愛の人の命を奪うという重荷を負っていたが、
若い二人ならば、互いの重荷を分かち合い、助け合いながら、正しい方向に成長していけるであろう。

――分かち合いようの無い荷を背負うのは、流れ者の手の目一人で十分なのだ。

「ああ……」

と、ややうんざりした声で、手の目が背後を振り返る。

「あんた まだ居たんだったね」

手の目の瞳の先には、件の金髪の青年、ウェールズ・オブ・テューダーが佇んでいた……。


――結局の所、偽ウェールズは、手の目達の前に現れた方であった。

先の瞬間、手の目はアンリエッタを幻惑する事は不可能と判断し、咄嗟に標的をルイズに変えたのだ。
手の目の期待通り、混じりっ気のないルイズの驚愕の声は、アンリエッタの精神を乱し、水竜巻を不発に終わらせるに至った。

だが、当のアンリエッタ自身は、その事に気付いていない。
彼女の視点では、手の目達の前に現れたもう一人のウェールズが、竜巻から二人を守ったように見えた筈である。
そしてその錯覚が、偽者に本物以上の存在感を与え、彼女を疑心暗鬼に陥らせたのである。

してみれば、偽ウェールズが口を開かなかった理由も明白である。
手の目はウェールズの人となりを、殆ど知らなかったのだから……。




「幕はとっくに下りてるんだ 役者はとっと掃けなよ」

手の目の言葉にひとつ頷くと、ウェールズはそのままフッと消え去った。


――それで漸く、湖畔には、手の目一人が残された。


「堪忍しとくれよ 王子様
 あんたも色々言いたいことがあるだろうが 聞いてやる事はできそうもないや」

頭上の双月を見上げながら、手の目が誰に聞かせるでもなく呟く。

「……どっちかって言うと あっしは地獄行きだろうからね」


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