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虚無と金の卵-15


「ワルド!」

 混乱と焦燥がルイズを覆う。
 ルイズは、二人の切り結んでいた場所へ、馬を真っ直ぐに駆けさせようとする。
 だが、右手が――右手袋に変身したウフコックが、それを押しとどめた。
 手綱が後ろへと引っ張られ、馬は慌てて急制動を駆ける。

「落ち着け、接触するな!」
「だ、だって! ワルドが! 死んじゃう!」

 取り乱したルイズに対して、ウフコックが手袋越しに叫ぶ。

「プロ同士の戦いに君が突っ込んでどうする! 魔法で勝てるのか!? それとも素手で戦うか!?
 戦って死ぬことが君の仕事か!」

 ウフコックに怒鳴られる――召喚して以来、ルイズにとって初めての体験である。
 その驚きで、一瞬ルイズの動きが止まる。
 驚愕による心の空白を埋めるように、落ち着いた声でウフコックはルイズに話しかける。
 気付けば、ルイズの右手からいつもの鼠の姿を表に出していた。真っ直ぐな視線でルイズを見つめる。

「……君の仕事は、生きてアルビオンに辿り着くことから始まるんだ。飛び出したいのはわかる。
 だが無策に飛び出したところで何も事態は変わらない。何が起きていて、何をすべきか、冷製に考えるんだ」
「……で、でも、どうすれば……!」
「まずは出来る限り状況を確認しよう。君はワルド、と呼んだな。剣が突き刺されるのを見たが、今は影も形もない。
 もしかして魔法ではないか?」
「……え? あ、そうだ……『遍在』……!」

 ルイズは改めてワルドを探す。
 そこにワルドの姿は影も形もなく、剣を傾けたまま、呆としている少年の姿があるばかりであった。
 アンリエッタの言葉をルイズは思い出す。確かに、『裏切ったのは遍在の使い手』と話していた。
 ――おそらく、ワルドは殺されていない。未遂なのだ。
 決定的な事態が先送りされたという安堵と不安をルイズは噛みしめつつ、やっと冷静に考える余裕が生まれた。
 今、目にしたこと。平民の男が貴族に襲いかかっていたのだ。
 考えられるのは、まず一つ。あの平民が貴族に襲いかかるような、後先も考えない盗人か何かであること。
 そしてもう一つ。
 ワルドがもはやトリステインの貴族などではなく、平民に追われても文句の言えない立場であること。
 後者が決定事項であることは疑いようもない。
 だが、前者の可能性も否定しきれない、とルイズは思う。
 レコン・キスタも何も知らない無謀な盗賊の可能性もあるのだ――そんな誤魔化しで、心を塗りつぶそうとする。

「してやられちまったな、相棒。こりゃあおそらく『遍在』だぜ。
 多分、グリフォンを落としたあたりだろう。砂煙に隠れて本体と分身が入れ替わってたんだと思うぜ」
「……まあ良いさ。どうせ行き先はわかってる」

 辺りには物音一つ無く、峡谷に挟まれた、何処か荒涼とした街道が見えるのみだ。
 それなりに距離があるはずの少年の声は、明瞭にルイズの耳に届いてきていた。
 人影は少年しか辺りにはなかったが、少年とは明らかに別の、妙に甲高い男の声が聞こえてくる。

「……しかし、仕事が見られたな」
「娘っ子に見られたってどうってことあるめぇよ」

 少年が剣を鞘に納め、ルイズの方へ無造作に近寄ってくる。

「な、何よ、何か用!?」
「ルイズ、慌てて逃げ出すのも不自然だ。会話を合わせろ……いざというときは俺が出る」

 ウフコックはルイズだけに聞こえるよう呟く。
 そして密やかに変身し、マントの裾に隠すようにしてスタンロッドを出現させる。
 見た目に気を使ったのか、ルイズの持つ杖とそっくりのデザインで、先端の放電部だけが形状を異にしている。

「ちょっと尋ねたいんだが、さっきの男とは知り合いか?」
「……あ、貴方、平民よね。貴族になんて口の利き方よ! 人に尋ねる前に名乗るくらいしたらどうなのよ!」

 ルイズは興奮冷めやらず、つい喧嘩腰で答える。
 だが言い放ってから、はっと気付く。目の前の男がどれだけ危険か。

「……ああ、申し訳ない。貴族様と話すのは、慣れて無いんだ」

 少年は頭を掻きながら、ぶっきらぼうに謝る。
 一言で言えば、奇妙。ルイズはそんな印象を抱いた。
 見たところ、おそらく同世代。マントなど当然無く、くたびれた旅装を着ている――明らかに平民。
 この辺りでは珍しい黒髪、黒眼、そして握った剣だけが目を引く。
 また、背には一挺の銃と、手にしたものよりは短そうな剣を背負っていた。
 だが、顔だけを見れば、とても魔法衛士隊の精鋭と切り結ぶほどの強者には見えないし、有無を言わさず襲いかかる盗賊にも見えない。
 遍在とは言えワルドを易々と追い詰めていた光景が、嘘のように思えた。

「俺はサイト。ただの傭兵だ。念のため言っておくけど、山賊や物取りじゃあない。
 それは信じて欲しい。あんたに危害を加えるつもりはない」
「……そう」

 ルイズは、硬い表情のまま相づちを打つ。

「ところで……確かさっき、ワルド、って名前を呼んでいたよな?」

 少年の茫洋とした眼に、剣呑な光が混ざる。

「……そうよ。確かに呼んだわ。ワルド子爵は私の昔の知り合いだったから、驚いたのよ……。
 もっともしばらく会っては居なかったけど」
「知り合い? 仲間じゃあなくて?」
「そうよ。文句でもあるの?」
「そんなつもりは無いけどな……。こんな時期にアルビオンへ行く貴族ってのは、大分珍しい」
「あんただって、見るからに怪しいじゃないのよ!」
「ま、そりゃあわかっちゃいるけどな」

 少年の訝しげな目つきや舐めた口の利き方が勘に障ったらしく、ルイズは妙に怒っていた。
 他人に打ち明けられない秘密の任務とはいえ、ルイズはアンリエッタから直々に受けた依頼の真っ最中である。
 平民に疑われるなど言語道断のはずであった。
 第一、平民がへりくだりもせずに貴族に物を尋ねるなど、トリステインならば常識外れも良いところだ。
 ルイズがさらに怒るかに見えたそのとき、ルイズのマントの裾からウフコックが現れる。
 変身する瞬間がサイトの視界に入らぬよう、器用に元のネズミの姿に戻っていた。

「落ち着くんだ、ルイズ。彼は警戒はしているが、害意を抱いているわけではなさそうだ」
「ウフコック……」
「ん……? ネズミ?」
「初めまして。俺はウフコック。ルイズの使い魔をしている」
「へぇ、ずいぶん洒落たネズミだな。俺はサイトだ。そして……」

 前触れもなくサイトは剣を抜き払う。
 ルイズとウフコックに緊張が走るが、それとは対照的に、剣の鍔元から暢気な声が響いてきた。

「おう、相棒。俺に喋らせてくれるたぁ珍しいじゃねーか」
「この剣が、相棒のデルフリンガーだ」
「……インテリジェンスソード?」

 こうして一人と一匹、一人と一振りが、奇妙な邂逅を果たした。






「……そうか、本当にレコン・キスタじゃないのか」

 ルイズは街道の真ん中で馬から降りもせず、サイトの質問に乱暴に答えていた。
 サイトは、ルイズがレコン・キスタであると疑っていたようだが、ルイズはあくまで関係ないと突っぱねた。
 だがルイズが自分の姓名を名乗ってトリステインの貴族だと示したところ、サイトは呆気なく納得していた。
 サイトの話によれば、既にアルビオンでは、レコン・キスタの貴族が誰であるか周知の事実であるらしく、
 名前を聞いただけで無関係と判断したようだった。

「全く、変な勘ぐりされたらたまらないわ」

 ルイズは馬に跨ったまま、気丈に言葉を返す。

「……そうか、色々と悪いことしちまったな。知り合いの追われる姿なんて、見たくなかったろうに」

 思いがけないサイトの言葉に、ルイズは固まる。
 図星だった。今の状況は、ワルドがや国の衛兵や賞金稼ぎに追われる身になっているという証左なのだから。
 目の前の男が愚かな物取りや盗人であれば、幾分心は楽だったかもしれない――そんな考えをルイズは頭から振り払う。

「か、関係ないわそんなこと」
「……ん、まあ、気にしてないなら良いんだけどな」
「ところで、あんた自分のこと傭兵って言ってたけど、そっちこそこんなところで何してるのよ」
「仕事さ。アルビオンに雇われてレコン・キスタの連中を捜してるところだった」
「捜してる……って、メイジを捕まえようって言うの!?」
「もうお尋ね者のメイジさ。貴族じゃない」
「……あんた、ずいぶん自信があるのね」

 少なくともトリステインには、貴族と平民の間に絶対的な差がある。
 魔法を使えるか否か。たとえドットクラスのメイジであったとしても、ただの平民とは天と地ほどの差がある。
 だがそんなことを一切気にかけない目の前の男に、ルイズ自身、理由のわからない苛立ちを抱いていた。

「切った張ったくらいしか、特技がないもんでな」 かすれたような、疲労のこもった声で少年は言い捨てる。
「ま、相棒も俺も、メイジ相手の戦いなんざ慣れてるからなぁ」

 デルフリンガーがぶっきらぼうに口を挟み、それにウフコックが尋ねた。

「君が、彼と共に戦うのか?」
「そりゃあ俺は剣で、相棒は剣士だからな。太陽が東から昇るくれぇ当たり前だぜ」
「……ふむ」

 ウフコックが、妙に興味深そうにデルフリンガーを見つめている。

「立ち話も良いけど、私達はアルビオンに行かなきゃいけないの。悪いけどそんなに暇も無いのよ」
「……ラ・ロシェールは間違いなく危険だぞ。アルビオンの外に居たレコン・キスタの貴族が集まって、
 王党派への反撃を狙っている。目に見える危険はまだ無いけど、正直言って一触即発だ。
 あんたは別に内戦に関わってるわけでも無さそうだし……」
「それでも、行くわ」

 無関心な表情だったサイトが、妙に驚いた顔をしている。

「へえ」
「……何よ」
「いや……なかなか勇気があるんだな。さっきの戦いだって、見てたんだろう?」
「……うるさいわね。そっちこそどうする気よ」

 ぶすったれた声でルイズは言葉を返す。

「俺も、ラ・ロシェールに向かう。仕事が失敗しちまった以上は戻って報告しないとな。何なら一緒に行くか?」
「なっ、なんでそうなるのよ!」
「街道も物騒だぜ。今のアルビオンは内戦で手一杯だから、ロクに山賊も取り締まっちゃいない。
 貴族とはいえ、流石に女の一人旅を見送るってのもなぁ……。だから、ラ・ロシェールに着くまで護衛として雇わないか?」

 確かに正論だとルイズは思った。もし秘密の任務でなければ、人足や護衛を雇っていて然るべき旅である。
 だが、未遂とはいえ自分の許嫁に剣を振り下ろした男だ。危険極まりないに違いない。
 ルイズは目の前の少年を、容易に信用する気にはなれなかった。

「みすぼらしいが、今晩寝泊まりできる小屋と厩舎も用意できるぜ」
「厩舎ね……」
「どうだ?」

 半日以上馬を走らせていたルイズには、魅力的な提案だった。
 ラ・ロシェールまでは二日かかると見積もっていた。月明かりを頼りに、夜通し道を進むことすら覚悟していたのだ。
 だが、ルイズの乗った馬も、今の戦いの空気に当てられたのだろう、長駆させているにも関わらず妙に興奮していた。
 ラ・ロシェールは山の上に存在する。道はそれなりに舗装されているとはいえ、今の状態で登り坂を駆けさせたら潰れかねない。
 道中で屋根付きの場所で寝られるならば、馬や人間の体力をどれだけ回復させられるだろうか。

「……さっきも名乗ったけど、私はヴァリエール公爵家の三女よ。もし私に何かがあったら、
 貴方の過失じゃなかったとしても貴方に責めが来るのよ?」
「そりゃ、放っておいたって同じだ。ここで別れた後で、もしあんたが誰かに襲われたとしたら、疑われるのは俺さ」
「……筋は通ってるわね。でも、私達は急ぎ旅なの。早くアルビオンに行かなきゃいけないの」
「船が着くのは次のスヴェルの月。つまりは三日後だぜ?」
「……え、うそ」

 ルイズは思わぬ情報に、ぽかんとした顔をする。

「ま、俺自身が信用できないって気持ちもわかる。初対面だし、剣を振り回してるところだったしな。
 無理にとは言わないぜ」

 ルイズは思案な顔をしつつ、ウフコックに声を潜めて尋ねた。
 当然、ウフコックならば相手の心の臭いを嗅いでいるはずだった。

(ウフコック、どう?)
(……嘘は付いていなさそうだ。企みの臭いも、安易な悪意の臭いもしない。
 気まぐれに商売っ気を出している感じだ。ふっかけられるかもしれないが、仕事に対しては信用がおけそうだ)

 ルイズは複雑に思う。
 少なくとも使用人や護衛として、雇われる側の人間として、彼が信頼できるという保証を得たのだ。
 また、ラ・ロシェールの状況と船の着く予定を知った以上は、無理押しして急ぐ必要性も薄れた。
 しかも今のようなトラブルが起きたことを考えると、このまま何の対策もせず無理に旅を続けるのも困難と
 ルイズの直感は囁いていた。――ルイズは複雑な感情を押し殺し、溜息混じり口を開く。

「……わかったわ。貴方の世話になるわ」
「交渉成立だな。宜しく、ご主人様」


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