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ゼロの氷竜-13


ゼロの氷竜 十三話

トリステイン魔法学院では、多くの貴族の子弟や教師である貴族が生活している。
当然、生活に携わる様々な雑事を行う平民、つまりそれら貴族にかしずくものも数多い。
家具などをはじめとする調度品の修繕、管理をする執事やフットマン。
町から離れているため馬や馬車もあり、その世話をする下男や馬丁、馬車があれば無論御者もいる。
そして、食事の際の給仕や掃除洗濯を担う多くのメイド。
ルイズの唯一の友人であったシエスタは、そのメイドとして魔法学院に所属する立場だ。
そのシエスタの心は、今ほとんどが驚きによってしめられている。
魔法学院に通うギーシュ・ド・グラモンから、激しく問いただされながらも、シエスタは恐怖ではなく驚きを感じていた。
大半の貴族は、いついかなる時も平民を意識しない。
かしずかれていることが当然だからだ。
シエスタ達が会釈をしながら給仕をしたところで、何か言うこともない。
だがルイズをはじめとする幾人かの貴族、そして一部の教師達は平民を人間として認識している。
ギーシュが入学して最初の食事で、給仕をしたシエスタは礼を言われたことを覚えている。
同級生にはやし立てられ、以降は給仕する人間にだけ聞こえる程度に声をひそめるようになってしまったが、礼の言葉を聞いたのはシエスタだけではなかった。
「親の躾がいいのか、とんでもない女好きかのどっちかだな」
という料理長マルトーの言葉に、そのとき厨房にいた全員が笑っていた。
それは至極好意的なもので、決して悪意の込められたものではない。
だからこそ、だからこそ今、トリステイン魔法学院のアルヴィーズの食堂で、自分を罵る男がギーシュだと、シエスタは信じることが出来なかった。
ゆえに、シエスタの心は驚きによってそのほとんどがしめられている。
転んだ拍子に膝を床で打ち、手に持っていたトレイをその上のケーキごと放り投げた。
トレイを投げ込んだ先で悲鳴があがったとき、シエスタの心に浮かんだのは一縷の希望。
顔を上げる前に、どうか被害にあったのが同僚であるように、という願いは叶わない。
救いをもたらす蜘蛛の糸は、貴族の証であるマントを見た瞬間に掻き消えた。
だがその貴族がギーシュであると認識し、シエスタの目の前に再び蜘蛛の糸が姿を見せる。
恐怖ではなく、深い謝罪の気持ちがシエスタの心をしめた。
シエスタが謝罪の言葉を口にしようとした刹那、それはギーシュの言葉に遮られる。
「なんてことをしてくれるんだ!?」
怒りをあらわにし、口から怒気そのものといった言葉を投げ放つ。
「平民は最低限の礼儀作法すら知らないのか!?」
赤みが差したシエスタの膝を気にすることもなく、足下の砕かれた香水瓶だけに注視する。
シエスタと同じようにデザートを配っていたメイドたちも、平民を人間扱いしてくれていた普段と、あまりにもかけ離れたその態度に驚きや失望の表情を浮かべていた。
その理由は明白だ。
やはり貴族は貴族でしかないのだと。
しかしシエスタはそんな言葉を投げかけられても、まだ失望にはいたっていなかった。
自分がしでかしてしまった不始末に対しての叱責も、甘んじて受けている。
貴族たちが持つそれとは違うが、平民たちにも誇りというものが存在していた。
料理長のマルトーが、自らの料理に自信を持つように。
メイドたちは給仕の際、空気のように振舞うことを当然と思っている。
誰からも意識されることのない空気どころか、衆目の関心を集めている今の状況は、シエスタにとって恥ずべきものに他ならない。
であるからこそ、自らの失態に対するギーシュの酷な物言いも必然と受け止められる。
うなだれシエスタの心は、口から出る謝罪の言葉と等しかった。
ギーシュの詰問が、たった今シエスタが起こした失態のみ、もしくは過去に遡ったとしても個人に対してであれば、それほどの時間を必要とせずに事は収束しただろう。
知らぬうちに平民たちから得ていた人望を、どぶに投げ捨てるだけですんでいたはずだ。
ところが今、ギーシュは心の平衡を失していた。
ある種喜劇のように、ギーシュは自らの足場を切り崩していく。





ギーシュ・ド・グラモンは心の平衡を崩していた。
いくつかの要因があってのことではある。
一つはつい先刻、ブラムドに圧倒的な力の差を見せ付けられたこと。
自身の予想の甘さが、そして余計な挑発が招いたことでもあったが。
そして今一つは、その後モンモランシーに慰められたことだ。
無論、慰められたことに喜びもある。
しかしそれでも、貴族としての誇りが、男としての矜持が、ギーシュの心を揺らし続ける。
モンモランシーが近くにいれば、笑顔を浮かべる程度の虚勢は張れた。
だが食堂に入り、席が離れてしまえばその必要もなくなってしまう。
普段であればくだらない話をする友人たちから話しかけられても、気のない返事をするか無視するといった有様だ。
陰鬱な黒さが、ギーシュの心を塗り潰しつつあった。
往々にして大きな出来事というものは、小さな因子が積み重なった上に起こる。
ギーシュの様子に、その他愛もない友の一人、マリコルヌ・ド・グランプレが幾度か呼びかけていた。
ところが何度呼んでも真っ当な返事は得られない。
貴族である誇りからか、重ねてきた経験の少なさからか、彼ら貴族が持つ自制のたがは小さく、しかも外れやすいものだ。
「おい、ギーシュ!」
マリコルヌの手がギーシュの肩を掴み、振り返らせる。
そのはずみで、ギーシュの懐から一つの香水瓶が零れ落ちた。
モンモランシーから送られた香水瓶が。
床に落ちた衝撃でも運良く割れなかったそれも、シエスタの踵と床に挟まれてはひとたまりもない。
香水瓶によって体の平衡を失ったシエスタは、抗うこともできずに転んでしまう。
いくつものケーキが乗せられたトレイを放り投げながら。
マリコルヌに振り向かされた横顔に、ケーキごとトレイが投げつけられる。
声をかけようとしていたマリコルヌは二の句が継げない。
ケーキや皿が落ちる音に周囲の人間も振り向くが、同じくとっさに言葉は出なかった。
当のギーシュにしても、すぐに事態を把握することなどできるはずがない。
ケーキのクリームで一時的に張り付いていたトレイも、自重で床へと落ちる。
その下から現れるのは、フルーツやクリームで彩られたギーシュの姿だ。
トレイが落ちた一瞬のあと、マリコルヌは笑いがこみ上げるのを感じた。
二瞬のあと、怒気に色付けられたギーシュの表情に、その笑いを飲み込む。
三瞬のあと、第一声を放ったのはギーシュだった。
「なんてことをしてくれるんだ!?」
その身に貼り付いたフルーツやクリームは、ギーシュの視界を遮っていない。
トレイがぶつかった衝撃で麻痺しているのか、大した痛みも感じていない。
ギーシュの目には、砕けた香水瓶だけが映っていた。
一年前、魔法学院に入学した当日、ギーシュは余所見をしていて誰かを転ばせてしまった。
謝罪をしながら振り向いたギーシュは、転ばせてしまった少女の可憐さに呆然とする。
その少女、モンモランシーが立たせてもらうために上げた手に、一瞬気付かないほど。
「女の子には、優しくするものよ?」
手を貸されて立ち上がった後、モンモランシーが戯れにいった言葉を、ギーシュは今でも律儀に守っている。
二人は自己紹介を交わして打ち解け、それから一年が経つうちにとても親しくなった。
そして今日、ブラムドとの事件のあと、モンモランシーが香水瓶を差し出していう。
「あなたのために、作ったのよ」
白皙の頬を染めながら、つぶやくような一言を、ギーシュは心に留め置いている。
その大切な香水瓶を踏み砕かれ、しかも心を黒く塗り潰していたギーシュは、自分の口から溢れ出る言葉を止めることができなかった。
「平民は礼儀作法も知らないのか!?」
口に出していながらも、ギーシュは常からそう思っていたわけではない。
あまり裕福とはいえない領地では、当然平民との距離も近しくなる。
平民たちと食卓を囲んだこともあった。
だが今ギーシュの口から次々と溢れる言葉は、同級生たちに影響されたためか、平民への蔑視に満ち溢れている。
そしてギーシュは、悪魔に囁かれたかのような自身の変貌に、まだ気付いていない。





「モンモランシーが僕のために作ってくれた香水を、一体どうしてくれるんだ!?」
この言葉で、ギーシュは奈落へ続く階段を一段下りた。
不意に、人垣を分けて一人の少女が姿を見せる。
「ケティ?」
ギーシュに名前を呼ばれた少女は、目に涙を浮かべながらつぶやく。
「ギーシュ様、やはりミス・モンモランシーと……」
ギーシュにとって、この一言はあまりにも思いがけないものだった。
思いもかけず、あまりに当然すぎる問いかけをされたため、返事をすることもできない。
ケティはその態度を、不実が暴露されたことによる狼狽だと誤解する。
そして怒りと悲しみに心を染め、それ以上何を言うこともなく人垣の中へと消えた。
取り残された形のギーシュだが、ケティの態度の意味が理解できない。
態度を決めかねていることが、致命的な誤りだということにも気付けない。
さしたる時間も経ないまま、ケティが消えた先とは違う人垣が開かれる。
そこに立つのは、怒りを押し殺し、笑顔を浮かべたモンモランシーだ。
察しの良いものならば、その表情に秘められた感情に気付いただろう。
ところがギーシュはひどく鈍かった。
「ギーシュ、あの子はだあれ?」
言い方だけは甘やかだったが、人垣の大多数はそれに含まれる恐ろしさに気付いている。
「一年のケティ・ド・ラ・ロッタだよ。先日ラ・ロシェールの森へ遠乗りに誘われてね」
ざわついていた人垣が静まりかえる中、ギーシュは奈落へ続く階段の二段目を踏んだ。
「そう……。喜んでくれた?」
「ああ、とても喜んでくれたよ」
ギーシュの表情は、むしろ晴れやかだった。
ただし、彼は決して開き直っているわけではない。
とある方面で非常に優秀な父親や兄の影響で、女性への態度が非常に洗練されていること。
そしてその整った顔で非常に、非常に誤解を招きやすかったが、ギーシュ自身はとても純朴な少年だった。
彼にとって不幸なことは、魔法学院内でその事実に気付いているのが極々少数だという事実と、モンモランシーが大多数に含まれていることだったろう。
モンモランシーが無言でギーシュに近付き、フルーツとクリームで彩られたその頭に、鮮やかな赤を振りかけた。
愕然とするギーシュと、無表情になったモンモランシーは視線を合わせる。
「さようなら」
とだけ告げ、ケティと同じようにモンモランシーは人垣の向こうへ消えた。
ギーシュは混乱の極みにある。
彼にとって、ケティの誘いを受けたのはモンモランシーとの約束を守ったことだ。
女の子に優しくするという約束を。
ケティの態度で起こった混乱に、モンモランシーの態度が盛大な拍車をかける。
年若く経験の少ないギーシュは、偉大と信じてやまない先人の言葉に頼ろうとした。
つまり、とある方面で非常に優秀な父親と兄のそれに。
……ワインを引っかけられたぐらい、笑って許すのが男の度量だ。
どんな名言も価値のある至言も、使う時を誤れば、呆れるほど容易に世迷言へ姿を変える。
しかも悪いことにギーシュが心の中から拾い上げた言葉は、名言でも至言でもなかった。
それを言った当人でも、なぜ今その言葉を使うのかと首をかしげたに違いない。
そもそも引っかけられたという程度ではなく、ぶちまけられたというのが正しいだろう。
「仕方のない人だ」
とギーシュが笑ってつぶやいたところで、人垣の構成員たちは狂ったのかと思うだけだ。
幸か不幸か、ギーシュはその事実に気付くこともなかったが。
黒く染まっていたギーシュの心が、二人の少女がもたらした混乱によって、いつの間にかぬぐわれていた。
しかしこびりついていた残りかすが、暗く口を開ける奈落へ向けて、少年の背中を押す。
ギーシュがシエスタにいった最後の言葉には、嫉妬が含まれていた。
かつて偶然見かけた光景、ルイズがシエスタに屈託なく笑いかけていたその光景に、ギーシュは深い嫉妬を覚えていた。
ギーシュには、素顔の自分をさらけ出せるような相手は学院には存在しない。
小さなことを、平民への礼の言葉をあげつらうような同級生しか。
モンモランシーならばと思ったこともあるが、男としての矜持と若さがそれを許さない。
その嫉妬が、悲劇の幕を開く。
「もういい。せいぜいあのゼロに慰めてもらいたまえ」





いつの間にか人垣の外に、状況を見守る三つの視線が増えていた。
ルイズたちに先んじて食堂に到着していた、ブラムドと二人の教師たちだ。
ともあれギーシュを止めようとするコルベールを、ブラムドとオスマンが押しとどめる。
「ひどいことにはならぬようにする」
というオスマンの言葉に、コルベールも不承不承ながら従う。
ただし、オスマンの目に浮かんでいた面白がるような光を見逃してはいなかったが。
「眠りの鐘を準備しますか?」
「いらん。魔法の力で有耶無耶にしても、後顧に憂いが残るだけじゃ」
提案をしたコルベールも、オスマンの正しさに首肯する。
二人の教師を横目に、ブラムドはシエスタへと視線を送っていた。
主であるルイズが自ら紹介した、身分の違う友人へ。
ブラムドが友と呼ぶ一人の魔術師、アルナカーラでさえ、魔術師が蛮族と呼ぶものたちに友はいなかった。
時代が、そうさせなかったのかもしれない。
今、別の世界にいるブラムドは、友と呼ばれたシエスタがルイズをどう思っているのか、この一件を一つの秤にしようとしていた。

ギーシュの一言で、うなだれていたシエスタの頭が持ち上がる。
その瞳には光が差していた。
それは詰問から開放された喜びでも、貴族に対する恐れでもない。
友を侮辱されたことへの怒りが、その目に宿っていた。
シエスタは知っている。
いや、シエスタだけが知っている。
ゼロという言葉が、彼女の友人をどれだけ傷付けてきたか。
ゼロという言葉が、彼女の友人の涙をどれだけ流させてきたか。
シエスタは、自分を友といってくれたルイズへの侮辱を、看過することなどできなかった。
腰を伸ばしたシエスタの顔から、表情が抜け落ちている。
その中で、目だけが光を放っていた。
「今のお言葉、取り消していただけませんか?」
炯々と光る目に気付き、ギーシュが問おうとした瞬間、口火を切ったのはシエスタだった。
さすがに、ここまで真正面から平民に楯突かれた経験は、ギーシュにも、人垣の構成員たちにもない。
「なんだって?」
余裕を持って応じたつもりだが、ギーシュの声は大きな驚きとささやかな怒りによって、わずかに震えていた。
「ヴァリエール様をゼロと呼んだことを、取り消していただけませんか?」
ギーシュの心を占める、驚きと怒りの比率が徐々に変化する。
少年の心を、再び黒さが塗りつぶしていく。
「なぜだい?」
「あの方は、昨日使い魔を召喚されました。少なくとも、ゼロではありません」
ギーシュの心を塗りつぶす黒は、嫉妬という名前だ。
平民が貴族に楯突くことは、自らの首を処刑台に据えるに等しい。
貴族の気分で殺された平民は決して多くはないが、探すのが難しいほどでもなかった。
殺されないまでも、手足を折られたり切られたりといった程度であれば、探す必要もない。
そんな危険をおかしてまでも、たかだか一つの言葉を取り消させる理由が何か、もちろんギーシュは気付いている。
気付いているからこそ、自分の傍らにそんな友がいないからこそ、その嫉妬は強い。
「ゼロが一になったところで、大して変わりはないさ」
ギーシュの言葉は、ある意味で助け舟に等しい。
うなずきさえすれば、もう一度謝りさえすれば、ギーシュの暗い喜びは満たされただろう。
だがシエスタはかたくなだ。
「いいえ、ゼロと一では大きな違いがあります」
それゆえにギーシュの嫉妬は強く、自身の卑小さを悟らざるを得なくなる。
今、自らを犠牲にしても悔いはないというほどの友がいないこと、もし友を王家や有力貴族に侮辱されたとして、自分は同じことができるだろうかと。
その感情が、ギーシュの口を滑らせる。
「君は、平民の分際で貴族に楯突くつもりか?」





食堂へ入ろうとしていたキュルケと、食堂から駆け出そうとしていたモンモランシーがぶつかった。
ひとまず文句を言おうとしたキュルケだったが、モンモランシーの目に滲む涙に気付く。
「どうしたの?」
モンモランシーの様子に、そして食堂の一角に作られた人垣に、三人の少女が気付いた。
前からモンモランシーに恋の相談を受けていたキュルケは、何とはなしに事態を把握する。
「ギーシュ?」
こくりとモンモランシーがうなずく。
「浮気?」
再び、モンモランシーがうなずく。
そのまま声を殺して泣くモンモランシーに、キュルケはその豊かな胸を貸す。
事の次第が理解できないルイズとタバサは、不思議そうな顔を見合わせるだけだ。
だが人垣の中から上がったギーシュの声に、ルイズは表情を凍らせる。
「もういい。せいぜいあのゼロに慰めてもらいたまえ」
怒気をみなぎらせるルイズの様子を眺めながら、キュルケはモンモランシーへ自室へ戻るように促す。
一歩、二歩と人垣に近寄るルイズの耳に、聞き慣れた声が聞こえた。
「今のお言葉、取り消していただけませんか?」
それは友の声だ。
ルイズの足が止まる。
その肩に手を置きながら、キュルケがつぶやく。
「いい友達じゃない」
キュルケへ振り返ったルイズの顔には、誇らしげな笑顔が浮かんでいた。
そこではっと気付く。
ギーシュの声に続いてシエスタの声が続いたということは、人垣の中心にいるのが二人だということだ。
しかも会話から状況を考えれば、シエスタがギーシュに楯突いている形になる。
貴族の機嫌を損ねた平民がどうなるのか、ルイズもキュルケもタバサもよく知っていた。
慌てて走り出そうとするルイズを、キュルケの腕が絡め取る。
さらに文句を言おうとする口を、空いた片手で塞いだ。
「ちょぉっと、様子を見ましょうよ」
煌めく少年の瞳でつぶやいたキュルケの様子に、ルイズは説得をあきらめかける。
だが友人を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
それは自らを支えてくれたシエスタに対する恩義と、平民を守る貴族たらんとするルイズの誇りが許さないからだ。
なおも軛から脱しようとするルイズに、キュルケが声をかける。
「ひどいことになる前には止めるから」
その言葉に説得された訳ではないが、ルイズは四肢から力が抜けていくのを感じていた。
ついさっき、朝食の栄養分を使い果たしていたことへ、ルイズは思い至らない。
もどかしくうごめきながら、ルイズはシエスタとギーシュのやりとりを聞くことしかできなかった。
そのルイズを抑えながら、キュルケは人垣の中から聞こえる声に耳を奪われる。
平民と貴族を隔てる垣根の低いゲルマニア、その母国と魔法学院があるトリステインの違いを、キュルケは一年間のうちに学んでいた。
歴史や伝統というものがどれだけ人の心を蝕むのか、増長する貴族とひれ伏す平民の姿に表れる。
そのトリステインにいながら、友のために貴族へ楯突く平民がいることが、キュルケの心を震わせた。
その感動を、ギーシュの言葉が切り裂く。
「君は、平民の分際で貴族に楯突くつもりか?」
キュルケはギーシュを知っていた。
それはただの同級生としてではなく。
立ち居振る舞いとは裏腹な純朴さを見抜いていた。
平民を人間として見ていたことも知っている。
そのギーシュが、よりにもよって権威を振りかざした。
鋭く、熱く、純粋な怒りが、キュルケの口から放たれる。
「そこまでにしておきなさい!!」
人垣が、二つに割れた。


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