「すげ……」
誰かの呟きの通り、それは凄まじかった。
今までの爆発とは、明らかに規模が違った。爆風や爆音はいつもの通りだったが、絶対的な範囲の違いが感じられた。爆心は遥か遠くだったのが、その場にいた者達の命を救った。今まで彼女を野次っていた同輩の少年少女達は、爆煙に巻かれながら、自分達と彼女が『全くの別物』である事を、この時点で知ってしまった。
「手応えありよ!絶対に成功したわ!」
自信満々で宣言する、見えざる同級生の少女。恐らく小さな胸を張り、煙が晴れて使い魔の姿を見る事を心待ちにしているのだろう。今まで自分を嘲ってきた連中を見返す事が、やっとできると。既にそれは達成されているが、憐れな同級生の姿が、彼女────ルイズには見えなかった。
やがて、煙は少しずつ晴れ、だんだんとそのシルエットを現す────筈だった。
その場にいる全員の視線の先に、いつまで経ってもそれは姿を見せない。全員が、今までの爆発の中心を見ていた。抉られた大地、それだけだ。
「なんだよ、驚かせやがって」
「やっぱりゼロはゼロね」
「これが最後って約束だろ?」
「何が『絶対に成功したわ!』よ。ただ派手になっただけじゃない」
皆が口々にルイズを罵る。不安の裏返しだった。あんな威力、どんなメイジであっても絶対に出せない。自らの存在理由を脅かされそうな、そんな予感から自分を護るための、僅かな抵抗だった。
少ない例外は、赤い髪の少女と蒼い髪の少女、そして禿げ上がった中年くらいだった。
彼らも、失敗したと思っていた。この時は、まだ。
「あー……、ミス・ヴァリエール。残念だが……」
「……なあ、あれ、さっきまであそこにあんな塔あったか?」
禿げ上がった中年、コルベールの言葉は、その小さな問答により、波紋の様に広がったざわめきにかき消された。
「塔?」
「あれだよ。かなり高い」
「何個かあるぞ?」
「何あれ」
学園の塀の向こう、森の先に、空を切り裂く様な長い黒いシルエットが見えた。細く遠く、高い。幾つかの最も近い『それ』もかなり高いが。最も遠いそれは、一際眼を惹いた。
「なあ、もしかして……」
「もしかすると、ね」
数人の生徒達が、レビテーションやフライの魔法で宙に浮かぶ。上からなら、何か見えるかも知れない。そう思ったのだろう。
果たしてそれは正解だった。彼等の眼には、有り得ないものが映っていた。
やたらと静かな上空が気になったのか、一人、また一人と彼等に続いて宙に浮かぶ生徒が増える。そして、それを見て絶句するのだ。
唯一飛べないルイズと、赤髪と蒼髪の少女達、そして教師であるコルベールだけが、大地に残された。
「なんかとんでもないものが見えるみたいね」
赤髪の少女、キュルケが最も遠い塔を見て呟く。
「…………」
蒼髪の少女、タバサは無言だ。何かを考えている様にも見える。
「なに……なんなのよ……私にも見せなさいよー!」
ルイズは喚いている。
それを尻目に、タバサは召喚したばかりの使い魔、風竜の背に乗る。そしてキュルケに眼をやると、彼女は頷いた。最後にルイズに視線をやり、
「乗る」
とだけ、言う。その意味を理解した瞬間、ルイズは風竜に飛び乗った。
誰かの呟きの通り、それは凄まじかった。
今までの爆発とは、明らかに規模が違った。爆風や爆音はいつもの通りだったが、絶対的な範囲の違いが感じられた。爆心は遥か遠くだったのが、その場にいた者達の命を救った。今まで彼女を野次っていた同輩の少年少女達は、爆煙に巻かれながら、自分達と彼女が『全くの別物』である事を、この時点で知ってしまった。
「手応えありよ!絶対に成功したわ!」
自信満々で宣言する、見えざる同級生の少女。恐らく小さな胸を張り、煙が晴れて使い魔の姿を見る事を心待ちにしているのだろう。今まで自分を嘲ってきた連中を見返す事が、やっとできると。既にそれは達成されているが、憐れな同級生の姿が、彼女────ルイズには見えなかった。
やがて、煙は少しずつ晴れ、だんだんとそのシルエットを現す────筈だった。
その場にいる全員の視線の先に、いつまで経ってもそれは姿を見せない。全員が、今までの爆発の中心を見ていた。抉られた大地、それだけだ。
「なんだよ、驚かせやがって」
「やっぱりゼロはゼロね」
「これが最後って約束だろ?」
「何が『絶対に成功したわ!』よ。ただ派手になっただけじゃない」
皆が口々にルイズを罵る。不安の裏返しだった。あんな威力、どんなメイジであっても絶対に出せない。自らの存在理由を脅かされそうな、そんな予感から自分を護るための、僅かな抵抗だった。
少ない例外は、赤い髪の少女と蒼い髪の少女、そして禿げ上がった中年くらいだった。
彼らも、失敗したと思っていた。この時は、まだ。
「あー……、ミス・ヴァリエール。残念だが……」
「……なあ、あれ、さっきまであそこにあんな塔あったか?」
禿げ上がった中年、コルベールの言葉は、その小さな問答により、波紋の様に広がったざわめきにかき消された。
「塔?」
「あれだよ。かなり高い」
「何個かあるぞ?」
「何あれ」
学園の塀の向こう、森の先に、空を切り裂く様な長い黒いシルエットが見えた。細く遠く、高い。幾つかの最も近い『それ』もかなり高いが。最も遠いそれは、一際眼を惹いた。
「なあ、もしかして……」
「もしかすると、ね」
数人の生徒達が、レビテーションやフライの魔法で宙に浮かぶ。上からなら、何か見えるかも知れない。そう思ったのだろう。
果たしてそれは正解だった。彼等の眼には、有り得ないものが映っていた。
やたらと静かな上空が気になったのか、一人、また一人と彼等に続いて宙に浮かぶ生徒が増える。そして、それを見て絶句するのだ。
唯一飛べないルイズと、赤髪と蒼髪の少女達、そして教師であるコルベールだけが、大地に残された。
「なんかとんでもないものが見えるみたいね」
赤髪の少女、キュルケが最も遠い塔を見て呟く。
「…………」
蒼髪の少女、タバサは無言だ。何かを考えている様にも見える。
「なに……なんなのよ……私にも見せなさいよー!」
ルイズは喚いている。
それを尻目に、タバサは召喚したばかりの使い魔、風竜の背に乗る。そしてキュルケに眼をやると、彼女は頷いた。最後にルイズに視線をやり、
「乗る」
とだけ、言う。その意味を理解した瞬間、ルイズは風竜に飛び乗った。
そこには、壮大としか言えない光景があった。
森だった場所が綺麗に円形に切り取られ、その中心に最も高い、有り得ないくらい高い塔がある。その周りに中央の塔の半分くらいの背丈の塔が六つ囲んでいる。かなり間を開けて、その更に外周に背丈の低い建造物と得体の知れない何かが四つ。後は手前側に建造物が四つ密集していた。塔から伸びる道が、離れたそれらが付属物であることを示していた。
余りにも巨大で、余りにも美しく、余りにも禍々しい、余りにも巨大な施設だった。誰もが絶句するくらいに。
そしてこれ程の物を造る技術は、この世界、ハルケギニアには絶対存在しない。有り得ないのだ。せいぜい数十メイルが限度の技術で、何百メイルもある塔をどうやって造るのだろうか。
「綺麗……」
ぽつりと、ルイズが呟いた。確かに、ここまで巨大で、かつ精密な建造物は美しかった。感動、いや、畏怖すら覚える。そこにいる全員がそう感じただろう。
「あー、すまないが、コントラクト・サーヴァントを済ませて貰えないだろうか、ミス・ヴァリエール?」
情緒もへったくれもあったものではない。が、コルベールが声をかけたお陰で、その場の全員が正気に戻った。
「ミスタ・コルベール……これも……使い魔なんですか?」
ルイズが不安げに問うが、
「状況から言って、ミス・ヴァリエール。あなたの召喚した使い魔で間違いないでしょう」
と、太鼓判を捺した。
「…………。……タバサ、あの塔に。お願い」
数瞬悩んだが、すぐに彼女はその光景について考えるのをやめた。これは人知を越えたもの、これが何かなんて考えるのは愚かしい、と、あ、タバサのこと、初めて名前で呼んだ、なんてことは思っていた。
タバサは頷き、中央の塔に風竜を飛ばす。あまりにも巨大で広大なため、風竜でもそこそこ時間がかかる。後ろから同級生達が追ってくるが、風竜に追い付ける筈がなく、次々に諦め、高見の見物に入る。
やがて風竜は高度を下げ、中央の塔の根元の近く、ではなく、それよりかなり手前に着地した。塔の非常識な大きさが、距離を見誤らせたのだ。
「嘘、まだあんなに遠いの?」
どれだけの距離があるのかは判らない。だが、ルイズは風竜を飛び降り、塔に向かって駆け出す。
案外短かったが、それでも走るには長い。一体、幅は何メイルあるのだろうか。天辺からは何が見えるのだろうか。汗だくになりながら、その塔の壁に手を突き、霞んで見えない天頂を見る。初めての、成功した魔法が、前例の無いくらい大規模な『施設』。ひょっとして、私は凄い存在なのか、などと思うのも無理はない。
一通り感慨に耽り、しかし風竜の羽音を聞き、あまりゆっくりしていられないと思ったルイズは、さっさと契約してしまう事にした。
「……我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」
呪文を唱え、塔にキスをする。途端、地面が光り、ルイズに何かが流れ込んだ。
余りにも巨大で、余りにも美しく、余りにも禍々しい、余りにも巨大な施設だった。誰もが絶句するくらいに。
そしてこれ程の物を造る技術は、この世界、ハルケギニアには絶対存在しない。有り得ないのだ。せいぜい数十メイルが限度の技術で、何百メイルもある塔をどうやって造るのだろうか。
「綺麗……」
ぽつりと、ルイズが呟いた。確かに、ここまで巨大で、かつ精密な建造物は美しかった。感動、いや、畏怖すら覚える。そこにいる全員がそう感じただろう。
「あー、すまないが、コントラクト・サーヴァントを済ませて貰えないだろうか、ミス・ヴァリエール?」
情緒もへったくれもあったものではない。が、コルベールが声をかけたお陰で、その場の全員が正気に戻った。
「ミスタ・コルベール……これも……使い魔なんですか?」
ルイズが不安げに問うが、
「状況から言って、ミス・ヴァリエール。あなたの召喚した使い魔で間違いないでしょう」
と、太鼓判を捺した。
「…………。……タバサ、あの塔に。お願い」
数瞬悩んだが、すぐに彼女はその光景について考えるのをやめた。これは人知を越えたもの、これが何かなんて考えるのは愚かしい、と、あ、タバサのこと、初めて名前で呼んだ、なんてことは思っていた。
タバサは頷き、中央の塔に風竜を飛ばす。あまりにも巨大で広大なため、風竜でもそこそこ時間がかかる。後ろから同級生達が追ってくるが、風竜に追い付ける筈がなく、次々に諦め、高見の見物に入る。
やがて風竜は高度を下げ、中央の塔の根元の近く、ではなく、それよりかなり手前に着地した。塔の非常識な大きさが、距離を見誤らせたのだ。
「嘘、まだあんなに遠いの?」
どれだけの距離があるのかは判らない。だが、ルイズは風竜を飛び降り、塔に向かって駆け出す。
案外短かったが、それでも走るには長い。一体、幅は何メイルあるのだろうか。天辺からは何が見えるのだろうか。汗だくになりながら、その塔の壁に手を突き、霞んで見えない天頂を見る。初めての、成功した魔法が、前例の無いくらい大規模な『施設』。ひょっとして、私は凄い存在なのか、などと思うのも無理はない。
一通り感慨に耽り、しかし風竜の羽音を聞き、あまりゆっくりしていられないと思ったルイズは、さっさと契約してしまう事にした。
「……我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」
呪文を唱え、塔にキスをする。途端、地面が光り、ルイズに何かが流れ込んだ。
その頃、コルベールをはじめ生徒達は中央の塔に向かいながらその光景を見ていた。
巨大すぎて時間がかかる。先行したルイズ達が豆粒の様に小さく見えるのだ、無理もない。
「コルベール先生、この施設、一体何なんですか?」
生徒の一人に訊かれ、師は困り果てた。一見して、ハルケギニアには存在しないものなのだ。学者としての性格が強い彼にも、この施設が一体、どんな目的で、どんな用途があり、どう使うのか、皆目見当がつかなかった。
「わかりかねますな。ハルケギニアにはこんなもの、存在しませんからな。異世界かも知れませんぞ」
故に、そう答えるしかなかった。彼のその言葉は正解だったのだが、今は知る由もない。
と、その施設に変化が起きた。綺麗に舗装された地面が光り輝いていた。
「先生!なにが……」
「わかりません!皆さん落ち着いて!」
騒ぎのだす生徒達を制し、その光景をじっと観察する。眩しい。
やがて光は外側からゆっくりと輝きを失い、一部を除いて完全に消えた。
それはまるで、何かの紋様に見えた。
「まさか、これは……ルーンか?いやはや、これ程大きいと、案外判らないものですな。しかし珍しい形だ……ッ!」
慌ててメモ帳にその図形を書き写すコルベール。今まで抑えていたが、学者としての血は騒ぎまくっていた。
巨大すぎて時間がかかる。先行したルイズ達が豆粒の様に小さく見えるのだ、無理もない。
「コルベール先生、この施設、一体何なんですか?」
生徒の一人に訊かれ、師は困り果てた。一見して、ハルケギニアには存在しないものなのだ。学者としての性格が強い彼にも、この施設が一体、どんな目的で、どんな用途があり、どう使うのか、皆目見当がつかなかった。
「わかりかねますな。ハルケギニアにはこんなもの、存在しませんからな。異世界かも知れませんぞ」
故に、そう答えるしかなかった。彼のその言葉は正解だったのだが、今は知る由もない。
と、その施設に変化が起きた。綺麗に舗装された地面が光り輝いていた。
「先生!なにが……」
「わかりません!皆さん落ち着いて!」
騒ぎのだす生徒達を制し、その光景をじっと観察する。眩しい。
やがて光は外側からゆっくりと輝きを失い、一部を除いて完全に消えた。
それはまるで、何かの紋様に見えた。
「まさか、これは……ルーンか?いやはや、これ程大きいと、案外判らないものですな。しかし珍しい形だ……ッ!」
慌ててメモ帳にその図形を書き写すコルベール。今まで抑えていたが、学者としての血は騒ぎまくっていた。
タバサは、眼下に倒れているルイズに向かい、風竜を下ろした。
駆け寄り、首に手を当て、脈が有ることを確認し、ゆさぶる。
「う……」
ただ気絶していただけのようだ。すぐに眼を醒ます。
「う……ん。頭、痛い……」
頭に手を当て、躯を起こそうとはしない。
「大丈夫?」
タバサも心配するが、全く動かない。ぶつぶつと、痛みを訴えるだけだ。眼に光が無い。
「え……?これ、もしかして……ハルケギニア?あれ?」
だんだんと痛みを訴える呟きから、意味の判らない単語を呟く。
「私……?なんで?い……嫌……これ……」
駆け寄り、首に手を当て、脈が有ることを確認し、ゆさぶる。
「う……」
ただ気絶していただけのようだ。すぐに眼を醒ます。
「う……ん。頭、痛い……」
頭に手を当て、躯を起こそうとはしない。
「大丈夫?」
タバサも心配するが、全く動かない。ぶつぶつと、痛みを訴えるだけだ。眼に光が無い。
「え……?これ、もしかして……ハルケギニア?あれ?」
だんだんと痛みを訴える呟きから、意味の判らない単語を呟く。
「私……?なんで?い……嫌……これ……」
「ここ……世界の……外側?」
彼女の眼は、自分を、いや、世界を『外側』から見ていた。使い魔の一部によって。
痛みを対価にする様に、それが『何』なのか、ゆっくりと理解する。
「凄いわ……私……力を、手に入れちゃった」
感覚の共有で、視界をジャックしていた。この施設と共に召喚された、遥か天空の彼方に存在する、軍事衛星の視界を。
そして、知識も。
「素晴らしいわ、エクスキャリバー。私の、使い魔」
彼女は、聖剣の名と共に、それが異世界の戦略兵器だという事を知った。
痛みを対価にする様に、それが『何』なのか、ゆっくりと理解する。
「凄いわ……私……力を、手に入れちゃった」
感覚の共有で、視界をジャックしていた。この施設と共に召喚された、遥か天空の彼方に存在する、軍事衛星の視界を。
そして、知識も。
「素晴らしいわ、エクスキャリバー。私の、使い魔」
彼女は、聖剣の名と共に、それが異世界の戦略兵器だという事を知った。