あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無の闇-10


トリスティン魔法学院の一室で、緑色の髪をした女性がひたすらに文句を並べ立てていた。
部屋には彼女以外の人影は無いが、決して頭がおかしいとか、行き遅れで狂ったとか、精神がかわいそうだとかではない。
彼女の話し相手は壁際に立てかけられているインテリジェンスソード、デルフリンガーだった。彼はかれこれ2時間は愚痴につき合わされている。
普段は取り繕われている有能な秘書としての仮面は完全に脱げ去り、思いつくありとあらゆる言葉を駆使して学院長の罵詈雑言を並べ立てていた。サイレントの魔法がなければ学院中に声が響き渡っているだろう。

「あの色ボケときたら! 何が白より黒が似合う、だい! 下着に気を使わないから男が出来ない、なんて言いやがって!」

「そんな事を言われても、俺は剣だから……」

「あたしゃあ、ま! だ! 23歳だよ! あ~~!!! 忌々しい! 余計なお世話だよ! この! この! この!」

「ちょ、痛い! 痛いって! やめて! お願い! 蹴らないで!」

哀れデルフリンガーは無数の靴跡をつけられ、人間ならボロ雑巾一歩手前になるまで蹴られ続けた。買われた当初にババアだ行き遅れだと口を滑らせたのが不味かったようだ。
その時は本格的に鉄屑にされる所だったのだが、自称数千歳は伊達ではないようで、幸か不幸か今のところは壊れていない。
最初は使い手など眉唾物だと思い買われる事さえ拒否した彼だったが、今は一刻も早くその少年の下に行きたくて仕方がなかった。ここに居たら寿命が猛烈な勢いで減ってしまう。

「はぁ、はぁ……、お前は、本当に、無駄に頑丈だね……。あそこの扉みたいに、錬金をかけたって、ビクともしないんだから」

「うぅ……。だからって、これは、酷いぜ……」

いい加減に蹴り疲れたらしいロングビルは大きく息を吐いた。床の上にデルフを放置したまま近くの椅子に腰を下ろし、時折ぶつぶつと学院長の文句を言いながら策略を練る。
彼女が狙っているのは学院長秘蔵のお宝とされる、その名も"破壊の魔道書"だ。コルベールをそそのかして聞いた所によれば、ワイバーンの群れを一撃で退散させる力があるとか。
しかしここの警備は正に鉄壁。あのハゲから弱点が物理攻撃と言われた時は狂喜したものだが、他に弱点らしい弱点が無いので、消去法で残ったのがそれなのだろう。
30メイルを超える土ゴーレムとはいえ、容易に殴り壊せるような物ではなかった。時間さえかければ不可能ではないが、壊すだけ壊して逮捕されては本末転倒もいいところだ。
予想では全力で4~5発は殴りつける必要がある。当直の教師たちがサボっているのは調査済みだが、ラムのように威力を集中させる方法でも限り、確実に逃げられると言い切れるほどの余裕が無い。

「チッ! 正に、鉄壁の防御ってやつか……」

「だろ?! だからいい加減に諦めて、俺をその使い手のところにさ……」

「相変わらず五月蝿い剣だね! それじゃ、私の面目丸つぶれじゃないか!
ったく! テファのお願いじゃなきゃ、お前なんか絶対に買わなかったのに……」

彼女がこの剣を買ったのは、妹分である少女からの手紙にそう書いてあったからだ。
なんでも友達が欲しくてサモン・サーヴァントをやったら、傷だらけの少年が出てきたらしい。自称ガンダールヴだそうで、斧だけで村にやってきた盗賊の群れを叩きのめしたと。
テファの属性からすればそこまで不思議ではないが、それだけではなく未来から来たとも自称しているようだ。伝説の使い魔はファンタジーのオンパレードだね、まったく。

色々と知っている素振りをしているようだが、フーケとしてはまともに信じていなかった。おおかた、寂しい少女の気を引こうとしているのだろう。テファに手を出したら承知しないよ!
王都の武器屋の情報なんて一度行けばすぐに分かる。もっと細かい事が書いてあれば信じるかもしれないが、そもそも手紙では安全のために具体的な地名や名前も書けないので、やり取りできる情報に制限がありすぎた。
とにかくその少年は、いろいろな意味で危険だという事は間違いない。さっさとこの仕事を済ませ、そのガンダールヴとやらが発情する前に村へ戻らなければ。テファがいろいろな意味で心配だ。
そのためにさっさと仕事を済ませたいのだが、そこでまた話がループする訳だった。

「あー! もう! どうすりゃいいんだい……」

「プライドなんて、いいじゃねーかよ。捕まる訳には、いかないんだろ?」

デルフリンガーは鍔をがちゃがちゃと鳴らした。ロングビルは椅子に背中を預け、ぼんやりと天井を見つめる。
悔しいがその通りだ。ここの稼ぎは決して悪くないし、あのオスマンのセクハラとて遊びの領域を出ていない。家名をなくしたメイジが働くには最上の部類に入る職場だった。
最低限の食事をするために苦痛で泣き叫びながら体を売る少女など、ちょいと巷を探せばごまんと見つかるだろう。腐った獣が多い貴族の中でも、特に腐臭を漂わせているような奴ならば、平民を売り買いする事に何の抵抗も抱かない。
魔法が使えるとはいえ平民でしか無い自分を秘書にまで取り立ててくれるオスマンは、排他的なトリスティンでは極めて珍しいと言える。ただ単にセクハラで目が眩んだだけかもしれないけれども。
今の給料は仕送りを続けるには少々心もとない金額ではあるが、ラインと偽っているからこそ不足なのだ。トライアングルだと自白すればどうにかなるはずだった。
一時期はそれこそ泥水を啜るような思いだってした。それだけに、ここの安定した生活も悪くない。

しかし、だ。
だからといって、セクハラを許すとなると、それは全くの別問題。
フーケは激怒した。必ず、かの好色暴虐のジジイを除かなければならぬと決意した。てなもんである。

休暇を取れるのならそれがベストなのだが、入学式やフリッグの舞踏会などの行事が重なるこの季節。移動だけで1週間近くかかるというのに、そんな長期休暇は早々と取れるものではない。
ガンダールヴとかいうのが虚にしろ実にしろ、テファの役に立つなら残しておくのは悪い話ではなかった。最近はアルビオンも革命とやらで物騒になっていると言う。そういう意味でもここで働き続ける事は不可能だ。
落ち着ける場所を探し、どこかを安住の地として認められるまで旅が続くだろう。先立つ物としても破壊の魔道書は絶対に必要だった。

「ゴーレムにも何か武器があればねえ……。例えばハンマーとかで、こう……」

自分のゴーレムに見合うサイズの武器があれば、それこそ巨大なハンマーでもあれば仕事はスムーズだろう。最もそれを作ろうとすれば今月は終わってしまうし、隠しておけるスペースも無い。
舌打ちしながら天井から顔を戻したロングビルは、未だ床の上に転がっているデルフリンガーに目を向けた。ちょっとした思いつきで汚れを払い、歪みなどが無いかと入念にチェックする。
あれほど酷く扱ったのに、錆びているはずの刀身には刃毀れこぼれ一つ無い。鉄製のゴーレムで叩き折ろうとしても、ヒビはおろか曲がりさえしない頑丈さ。その力をゴーレムが振るえば、もしかすると……。

「あ、あれ? お姉さんってば、もしかして、酷い事考えてる?! 俺、まだやり残した事が……ちょまっ!」

「……安心しな。ちゃんと、武器として使ってやるさ……」

人権が発展途上であるハルキゲニアにおいて剣の権利など守られるはずもなく、哀願の言葉すら聞き届けられずに鞘へと押し込められた。






森の中にぽつんと立っている小屋で、巨大な竜と小さな女の子が話し合っていた。
少女は何故か体中に変なお札を貼り付け、手には塩がたっぷりと詰め込まれたビンを抱えている。

「お姉さま、アレは凄いのね! 森を一面を凍らせちゃうなんて、人間にはぜーったい無理なのね! きっと凄い精霊なの!」

「……ぜったい、間違い、ない?」

「もちろん! このシルフィードのことを信じなさい! 少なくとも、幽霊なんかには無理なのね! きゅいきゅい」

本日は授業のある平日で、欠席は多いが不良というわけではない彼女がここにいる理由、それはルイズが怖いからだ。
きっかけは一昨日のこと、タバサは言い渡された無茶な任務に備え『ハルケギニアの多種多様な吸血鬼について』という本を読んでいた。
情報を漏らさず吸収するためにじっくりと読み勧めた結果として夜更かしになってしい、タバサは手早く寝る為の準備を進める。
思わず欠伸を噛み潰し、ベッドの中で吸血鬼の討伐方法を考えながら目を閉じたが、書物に記載されていた無数の被害から嫌な未来がちらついてしまい、なかなか寝られない。
そこで気晴らしにと使い魔の様子を見るべく視界を同調させた結果、見えたのはルイズが頭から大木に突っ込むというショッキングなシーンだった。タバサが飛び起きたのは言うまでも無い。
木の揺れ具合から見ても即死なのは明らかで、タバサは親友の友達が死んだ事に心を痛めた。

ここまでなら嫌な物を見た、だけで済んだのだが……。
心を落ち着かせようと窓の外を覗いたタバサは、足の無いルイズが自分の部屋に戻っていくのを、この目でバッチリと見てしまったのだ。
光の中に浮かぶ真っ白な体には、足がどこにも存在しておらず……。それはつまり、タバサが最も恐れるアレにそっくり。
タバサは漏らした。そりゃもう耐え切れず、滝のように容赦なく漏らした。そしてその後に気絶した。

黒いニーソックスが夜の闇に紛れて見えなかっただけなのだが、タバサの中でルイズは吸血鬼の100倍は恐ろしい存在、幽霊と認定された。
翌朝、「大丈夫あれは見間違いだからもうルイズはいない居る訳無い大丈夫大丈夫大丈夫」と念仏のごとく唱え続けながら朝食に向かったタバサは、そこにルイズがいるのに気付いて亜光速の世界に突入した。
あの瞬間のタバサは、まず間違いなくハルキゲニアで最も早い存在だった。そりゃもう風韻竜の群れが尻尾巻いて逃げるほど早かった。千の風になった。
扉にできる限りのロックをかけた後でお昼まで布団に頭を突っ込んで震え続けた。途中でうっかり眠ってしまった時など、夢の中で10人のルイズに追い掛け回されもした。
寮のガラスが全滅するほどの悲鳴を響かせながら飛び起き、ガリアまでマラソンした後のように冷や汗を垂らした。朝食に向かう前にトイレに行ってあり、タンクが空っぽだったのは不幸中の幸いだろう。ついでに寝る前の習慣として、忘れずにかけていたサイレントも。

もはや逃げ場はどこにも無いと覚悟したタバサは「こんな危険な場所にいられるか! 私はシルフィードに会ってたしかめる!」と死亡フラグを撒き散らしながら決意。
こんな時のために用意しておいたゴーストバスターズグッツを手に、シルフィードの小屋までやってきた訳である。もちろん道中はフライで全速力だ。

「……彼女に会って、確認して」

「わかったのね! わたしに任せなさいなの! きゅいきゅい!」

本来なら危なっかしいシルフィードに頼むだなんて危険行為はしないが、相手が幽霊の可能性があるなら別だった。
自分から会いに行くという選択肢は砂一粒ほどもなく、手紙を書いた所で渡したくない。ルイズが居る場所=心霊スポットとなる訳で、彼女の部屋に近づく事さえ断固拒否する。
なんというか呪われそうではないか。彼女の事をゼロと呼んだ事はなくとも、もし下手に刺激したら恨まれるかもしれない。幽霊に取り付かれる生活なんて嫌だった。
そしてタバサには、一刻も早く彼女が幽霊か否かを知る必要があった。知らねば命の危機が迫る事になる。

「……お腹減った」

「シルフィードもなのね! お使いが終わったら、お肉! いっぱいお肉食べたいのね!」

いっぱいのお肉と言われて、タバサの口の中に唾が湧き出した。彼女としてはステーキよりハシバミ草派なのだが、今はどちらでも構わないほど空腹だった。
逃げ出したせいで朝食は勿論食べ逃してしまったし、昼食の時間も今しがた終わったばかりだ。遅れたのは寝過したためだが、ルイズが居るなら食べになど行けない。
幽霊が食事をとるのかは知らないが、ゾンビに幽霊がくっついているとも考えられる。油断はできなかった。敵は強大なのだ。

「行ってくるのね! るーるる」

空へと飛び立ったシルフィードを見送りつつ、タバサは抱えていた瓶へと視線を送った。
やめろ、やめるんだ。そんな事をして何になる。分かってはいたものの、押し寄せる空腹には耐えられず指先に塩を付けてぺろりと舐める。しょっぱい。そして猛烈にひもじい。

タバサは見た目に反してかなり大食いの部類に入る。王都まで食べに行けばしばらくはどうにかなるが、食事のたびにシルフィードを走らせては目立ちすぎた。
王都までは馬で片道3時間、風竜のシルフィードでも1時間ほどは見なければならない。1日3回の食事をすべてトリスタニアで済ませる気なら、1日の4分の1は移動時間になってしまう。
学院に通いながらそんな事をするのは絶対に不可能であり、とにかく早いうちにルイズとの対決を済ませなければ、自分は餓死してしまうとタバサは考えていた。いざとなればこのお祓い道具が役に立つはずだとも。

笑ってはいけない。本人は物凄く真剣だし、お札だって書物を見ながら移したお手製の物、真剣も真剣、俗にいうガチである。

キューっという可愛らしい音がタバサのお腹から響き、空高くにいるシルフィードの後ろ姿が大きいお肉の塊に見えた。
だからタバサが、シルフィードに喋るなと注意し忘れていたのは仕方がなかったのだ。腹が減っては戦は出来ぬ、栄養が来なければ頭だって回らない。





クックベリーパイをたらふく食べて幸せ気分だったルイズは、おざなりに杖を振りながら空を飛んでいた。
トベルーラもだいぶ上手くなった。魔力容量の大きさと体の頑丈さを生かして無茶に速度を上げるのをやめ、少しずつ制御できる範囲を増やす事にしてからは、地味ながら確実に成果が上がっている。
既にそこらの幻獣には遅れを取らないだろう。常軌を逸しているとしか思えない急制動からなる敏捷さにおいては、贔屓目に見ても風竜でさえ劣らないと思われた。
空をナイフで切り裂くような機動は、人間なら数秒で気絶するだろう。ルイズならば内臓がシャッフルされるほどの反動を完全に無視して動ける。
その他の呪文についても確実に使いこなしはじめていた。殺し合いになった場合でも、この学院にいる生徒相手ならば1クラスまとめて相手にできるはずだ。何しろルイズはマホカンタを、魔法を跳ね返す魔法を使う事ができるのだから。

今のルイズにとって怖いのは、魔法を使わない平民の傭兵だ。死角から発射される銃や弓は、命中すれば恐るべき威力を持っている。
ゼロだった頃から比べれば無敵とさえ思えるほどの力を手に入れたが、自分を過剰評価する事は禁物だと考えていた。ゾーマさえも人間を相手に滅びた、物事に絶対はない。
土メイジのゴーレムも驚異的な相手だろう。小さくて数のいる相手ならば得意分野ではあるが、高い防御力を持つ1つの強大な敵を相手にした場合、今の呪文では心もとなかった。
呪文のバリエーションが足りないし、練習も足りない。時間ももっと欲しい。しかし今一番不足しているものと言えば、力を存分に振るえる敵、そして実戦経験だろう。
王都でスリやチンピラでも狩ろうかと頭を悩ませていると、後方から耳慣れない声が飛んできた。

「やっと見つけたのね! お姉さまが呼んでるの! そしてお肉なの!」

緩やかに減速して振り返ってみれば、そこにいたのは巨大な竜の子供である。頭をぶつけた影響で耳がおかしくなったのかと思ったが、無視するななどと喚き散らされるにあたり、なるほど韻竜なのだと納得した。
しかし風韻竜でも頭の方はいまいちのようで、呼び止めた理由を説明するでもなくお姉さまやらお肉やらと言い続けている。

「……で?」

痺れを切らしたルイズは片眉を吊り上げて問うた。声には若干の殺気が混じっている。
それに対しシルフィードが述べたのは、幽霊ならお姉さまを許してやってくれだとか、美味しくないから呪っちゃだめだとか、正直意味不明な内容だった。どうにも要領を得ない。

「死んだ覚えは無いわ。ちゃんと足はあるわよ……。タバサの使い魔よね?」

「そうなの! お姉さまなの!」

「で、彼女に会えばいいの?」

「う……わ、忘れたの……。で、でも、確かそんな感じだったのね! ついてくるの! きゅいきゅい」

そう言うなりシルフィードは体を反転させ、かなりの速度で主人の下へと引き返し始めた。一瞬躊躇したルイズだが、気を取り直してすぐに後を追う。
タバサの意図がよく分からなかった。使い魔が風韻竜であるということを明かした意味は何だろう?
こちらに興味を持ってくれた結果なのかもしれない。あの竜が自分を背中に乗せないのは、単なる嫌がらせやド忘れではなく、この程度で置いて行かれるメイジならば必要ないという意思表示か。
表情を硬化させ、さらに深く仮面を被り直すルイズとは対照的に、シルフィードは山盛りのお肉へと思いを馳せていた。






「……幽霊じゃ、ない?」

「だからね、何でそう思ったのかは知らないけれど、違うってば」

木の陰に隠れて顔だけ覘かせるタバサを、ルイズは大いに呆れを滲ませながら見つめている。
彼女の顔色はどこから見ても悪く、まだルイズの一挙一動に気を取られているようで、視線はかなり泳いでいた。私のカリスマはどこに行ったのかしら? ルイズは内心で頭を抱えた。
どうやら魔法の実力などと同じく、一朝一夕で身に着けられる物ではないらしい。それに今は人間であることに固執していて、そのためにルイズの部分が色濃く影響を与えている。
魔物に染まってしまいたいのに、貴族を否定すればするほどしがみ付きたくなってしまう。抑圧されている残虐性を引き出すには理由が必要だった。

「あなたに、聞きたい事がある」

ようやくルイズの前に出てきたタバサへ、ルイズは軽く微笑みを向ける。タバサは相変わらず無表情だったが、少なくとも無意味に怯えているような素振りは見せなくなった。
お互いに内心を探り合う無言の戦いがしばらく続いた。雰囲気を察したのかシルフィードも大人しくしており、沈黙が耳に痛いほどの重苦しい空気が包む。
タバサはいつも通りの無表情を通しているが、その眼には警戒色が色濃く浮かんでおり、人間に化けた吸血鬼を見定めようとするような剣呑さがある。
しかしルイズの能面のような微笑みからは何も得られなかったようで、やがて意を決したように切り出した。

「あなたの魔法は、なに?」

「……その問いに答えるには、信頼が足りないわね」

短く、それでいて核心に触れる言葉。ルイズは笑顔を保ったまま、答える気は無いという返答をする。
握りこんだ左手の中に氷の弾を作り出し、いつでも心臓へ向けて発射できる体制を整えた。圧縮された弾丸は、薄い胸板を貫通するには十分な威力をもっている。
タバサの右手に込められた力が増して、細いが鍛えられた体に緊張が走った。下手をすれば殺し合いになると分かっているので、お互いに迂闊な行動はとれない。

「わかった。でも、秘密にして欲しい」

だが予想に反しタバサは、いや、シャルロット・エレーヌ・オルレアンは語り始めた。
自分がガリアの王族である事、謀殺された王弟オルレアン公の娘である事、服務中の死を目的として危険な任務を強制されていること。
次の任務は最悪の妖魔と名高い吸血鬼の討伐であり、成功したとしても無事に帰還できる可能性は低く、助力を必要としていると。
そして唇をかみしめながら、絶対に達成しなければならない目的があることも告げた。それまでは何が起ころうと死ぬ訳には行かず、どんな手を使おうとも生き残ると言い切った。
タバサの無機質な瞳は氷河のような冷たさを持つと同時に灼熱となって燃え上がり、人形のような彼女の中で荒れ狂う感情の一端がうかがえた。それに気づいたルイズは初めて仮面ではない笑みを浮かべる。
急にルイズに接近した理由については、目的のためにはエルフと戦闘になる可能性が高く、杖を持たずにフライを使ったルイズに興味を持ったから、だそうだ。
杖を忘れるなんて、果たしてどれほど焦っていたのか。迂闊にも程がある行動だったが、タバサの注意を引けたという意味では悪くなかった。

「協力してほしい」

「……いいわよ、でも条件がある」

どんな無理難題を想像したのか、表情を硬化させたタバサを見てルイズは笑った。ある意味では彼女の想像より遥かに危険だろうが、もしかしたらそうではないかもしれない。
タバサの顔に浮かぶ警戒の色がさらに濃くなり、人間ならば一瞬で屠れる程のスペルが準備されていると知りながら、ルイズは穏やかに目を閉じて思う。
やはりタバサを選んでよかった、彼女こそ自分にふさわしい友達だと。
吸血鬼とはいえ、見た目は人間と何も変わらない。さらに言えば盗賊の処理などを任務として命じられた事もあるだろうから、タバサは立派な殺戮者という訳だった。
ただ命じられたというだけで人間を人間が殺す。獣ですら滅多に犯さない禁忌を、人間はこうも容易くやってのける。なんと素晴らしい。
人間は慣れる生き物だ。犯罪者を殺すのに慣れれば、罪なき人間を殺す事さえも慣れる。やがて殺人は日常の光景になるか、ねじくれた精神のもとで遊びへと昇華するか。

「友達になって欲しいの。貴方が私のそばに居てくれる限り、協力は惜しまないわ」

ルイズが求めたのは、共に夜を歩いてくれる存在だった。孤独を癒し温もりを与え、やがてそれらを必要としなくなるまで、傍にいてくれる人物を。
不安定な魂は、闇に堕ちるか光に目覚めるか分からない。だからどちらに成り果てても、離れていかない人が欲しかった。逃げようとしたならば引きずり込んでやる。
闇に染まり血に染まり、外道の道を突き進んだその先、もう二度と戻れない場所まで歩いていこうではないか。

タバサは不審そうな表情を浮かべていたが、それでも差し出されたルイズの右腕とり、短いながらも握手を交わした。

「……よろしく」

「よろしく、シャルロット」

こうしてルイズは友達を得た。果たして友と呼んでいいのかは定かではないが、それでも手に入れた。





タバサは差し出されたルイズの右手にいやな予感を感じながらも、受ける以外の選択肢がなかった。
すでに情報を与えてしまっている、実力行使が通る相手だとも思えない。ルイズの笑みはあのジョゼフのように、鼻を刺すような腐敗臭を感じた。
選択を間違えたかという後悔が首をもたげる。だがルイズを味方にできれば、目的に大きく近づけることは間違いなかった。杖を使わない魔法、つまり先住魔法を使えるのだから。
いままでずっと探し続けていた、一筋の光明が見えたのだ。それにたどり着く道がどれほど危険であろうと、みすみす見逃すという選択肢はなかった。絶対に母を取り戻してみせる。
親友であるキュルケに相談する訳にはいかない。親友だからこそ、こんな危険なことに巻き込みたくない。タバサは人形という殻の下で湧き上がる感情を抑え、ただそうであるように努める。

「私はタバサ」

シャルロットと呼ばれる事を許せるのは、母を取り戻してから。相変わらず底の見えないルイズの笑みを不気味に思い、自らの不甲斐なさに少しだけ怒りを感じながら言った。
まだルイズに母のことを話すのは早すぎるが、そういう意味でもこの任務はいい機会だろう。シルフィードをもってもしても驚異的と言える戦闘力があるようだし、吸血鬼に後れを取るとも考えにくい。
会話をつづけている間だけでも、ルイズは敵を求めているような口ぶりを匂わせているから、今後も協力してくれる可能性が高かった。任務において非常に有益な協力者になるはずだ。
ルイズは傍に置いておかなければならない。引き留めなければならない。そうしなければ、目的は達成できない。タバサの中に様々な事柄が刻まれる。
それは本心からタバサが思った事かもしれなかったし、そうではないかもしれなかった。それでもルイズに対する比重は大きくなる。

「それと、私の魔法は……。あの使い魔の力を借りているの」

タバサの脳裏に使い魔召喚の儀式で見た、あのおぞましく邪悪な、しかし絶大な力を持った者が浮かんだ。たしかにアレからすれば、吸血鬼など赤子と大差ないだろう。
期待が大きくなる。ルイズを天上から降りてきた蜘蛛の糸であるかのように錯覚し、かつて夢見たイーヴァルディの勇者を幻視した。
ずっとずっと探していたのだ。楽しく平和だったあの頃に戻る方法を。もし戻れるのならば、悪魔にだって魂を売るだろう。
母を取り戻したい。タバサという人形を抱き、娘であるシャルロットを拒絶する彼女の姿を見る度に、千の針で突き刺されたように胸が苦しくなった。心には絶望と怒りが満ちた。
だというのに今まで自分に出来た事と言えば、ただ命令されるままに足掻き、這いずるだけ。日に日にやせ細り顔色を悪くする母の姿を見て、どれほど泣いただろうか。
復讐に走ろうにもジョゼフの警固は完璧で、エルフによって作られた薬は手掛かりさえも掴めず、永遠に輪の上を走り続けるような地獄だった。
深い深い闇の中で、ついに見つけたのだ。この連鎖を破壊し、あの頃に戻れるかもしれない方法を。

「協力は惜しまないわ。だから、ずっと友達でいてね?」

相変わらずの笑顔だったが、なぜか今度は聖母のように柔和な微笑みだとタバサは思った。



珍しく大人しいシルフィードも、なんというか、悪くない人物だと考えていた。お姉様には友達があまりいないし、こんな強いのが味方になってくれるなら嬉しい。
吸血鬼盗伐が次の任務だと聞いた時は絶望した。せっかく素敵な名前を付けてくれたし、不便は色々とあっても楽しい生活が終わってしまうのかと、悲しかった。
ルイズは最初はものすごく嫌なヤツだと思っていたけれど、こうして会ってみると人は見かけによらないものだ。あの意地悪で厭味ったらしい従姉姫と比べたら、腐ったお肉と新鮮なお肉ほども違う。
今までもいろいろと危険な任務とやらに送られ、そのたびにお姉様が怪我をしたりと気が気でなかったけれど、この桃色がいてくれるなら安心。この後はおなかいっぱいのお肉だし、まったくもって一安心だ。

「出発は明日。日の出前に、シルフィードを学院の裏手に待機させておく」

きゅいきゅいと歌いだしそうなシルフィードおいて、話し合いは大詰めになっていた。


まずはガリアの首都リュティスまでシルフィードで向かい、タバサは王宮で正式に任務を受け取った後、宿で待機しているルイズと共に朝食をとる。
その後は目的地であるサビエラ村まで一直線に進み、報告があった村で吸血鬼を発見、退治する。

言葉でいえば極めて簡単なことだが、実際は困難を極めた。
吸血鬼の外見は全く人間と変わらず、その気になれば牙さえも自由自在に隠せる上に、ディテクト・マジックすらもすり抜けてしまう。
先に贈られたガリアの聖騎士があっけなく殺された事も合わせれば、敵はかなりマンハントに慣れていると推測できる。
イザベラはこういった情報だけを先に手紙で通告し、正式な依頼を遅らせることで恐怖を煽ろうとしたようだが、その思惑は完全に裏目に出た。
彼女としてもルイズのような化け物が、まさか魔法学院に在籍しているとは夢にも思わなかっただろうから、仕方がないと言えば仕方がない。

話し合いを終えて別れる際、ルイズが杖も持たずに空を飛んだのを目にし、タバサの確信はさらに強くなった。


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