あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無の闇-09


生い茂る木々の隙間を非常に危なっかしい運転で避け、枝の鞭に何度も体を叩きつけられながら、ルイズは竜巻に巻き込まれた戦闘機のような高速機動を繰り返していた。
別に空じゃもう満足できないとか、空中戦の練習だとか、誰かと弾幕勝負とかでなはく、わざと危険行為をしている訳でもない。恐るべき速度で突っ込んでくる数々の障害物を回避する事で精一杯過ぎて、それ以外の行動が出来ないだけだ。
誰かの風竜の視線から逃れようと高度を下げた結果、下げすぎて森に突っ込んでしまった。そしてこの有様である。スリリングにも程がある。
釣り針のような枝に体を覆う布の一部を持っていかれ、再び前を向いたときには、目の前に木製の壁があった。

「ひゃああぁぁぁっ……!」

絹を裂くような悲鳴と共に、巨大なイノシシが何かに激突したような音が森に響き渡る。文字にするとドゴーン。
逆さ振り子のように揺れる大木の根元で、貴族にあるまじき醜態を晒しながら頭を抱えている少女の上へ、無数の葉っぱが雨となって降り注いだ。

「おぉぉっぁぅぅ……!! あぅぅあ……?!」

色彩感覚の狂った画家が風景画を描いたように視界がグチャグチャに乱れ、舌が絡まったようにもつれて回らない。それでもどうにか治癒呪文を唱えた。
10分ほど地面に寝転がったまま回復に励み、割れた頭蓋骨が再生する骨鳴りの音を聞き続ける。もう少しスピードが出ていたら不味かった。
心臓を貫かれた程度ならすぐ呪文を唱えれば死なないだろうが、さすがに頭が潰れてはどうしようもない

「はぁ……、そろそろ、帰るかな……」

強化された視力のお陰で気にならないが、もう深夜といっていい時間帯である。そろそろ虚無の曜日からユルの曜日へと変わる頃だろう。
立ち上がって体についた木の葉と土を払うが、みすぼらしさという意味では前後で殆ど変化が無いほど酷い有様だった。
ほぼ洋服を着ている意味が無く、むしろ着ていない方が清々しい。木の表皮が天然のヤスリとなって布を剥ぎ取ったようで、隠すべき部分すらまともに隠せていなかった。体に引っ掛かる程度に残っている部分も、血と土で黒く汚れていたりする。
かすり傷程度なら勝手に塞がってくれるので便利なのだが、流石に服まで自動再生という訳には行かないらしい。

「まったく、面倒ね……。魔力で再生する服とか、無いのかしら?」

ため息とともにボロの布きれと化した服を払い落とし、仕方なく自前の衣を展開した。
まだまともに再生しておらず、本来の効果を得るには右腕などの一箇所に集中させなければならないが、暗闇の中で裸を隠すぐらいならどうにかなる。
無事だったのは下着とニーソックスぐらいで、誰かに見られたら変な噂が立ちそうだ。羞恥心などはもう忘れてしまったが、変態だのなんだのとは言われたくない。キュルケじゃあるまいし。
人の気配に気をつけながら森を飛び出し、制御可能スピードで暗闇の中を泳ぐ。先ほどまで飛んでいた風竜はもう居なかった。

衛兵を避けながら、影から影へと移動しつつ寮へと近づいていく。
隣室の明かりに照らされて一瞬だけ姿が浮かび上がったものの、下にいた衛兵には気づかれなかったようだ。

「ふう……。魔法学院なんてさっさと辞めて、ヴァリエール家に帰ろうかしら」

指を鳴らして窓とカーテンを閉め、ついでにランプに火を灯す。水のスクェアだと言い張るぐらいの力は余裕であるし、ゼロの名前を面白く使ってやってもいい。
時たまルーラでこちらに来て、生徒を片っ端から殺すのも楽しそうだ。たとえ姿を見られても、距離という盾がある限り手出しは出来ない。
ニヤニヤと笑顔を浮かべながら、壁際にある鏡を見て体の状態を確認する。僅かながら朝よりは回復が見られ、ルイズは大きく頷いた。
肉体が滅びた影響か、当初は出す事が出来ないほどに破壊されていた闇の衣だったが、明るい室内なら十分に目視可能程度には再生していた。
あと1,2週間、遅くとも今月中には本来の姿を取り戻せるだろう。大きく頷き、服を脱いで手早くネグリジェを身につける。

どちらかといえば、溜まってきた洗濯物こそ由々しき問題だ。こういうことが出来る使い間がいない以上、自分でやるしかないのだけれども……なんというか、絵的に問題があると思う。
一応は魔王のはずなんだよね、これでも。それが自分の下着をじゃぶじゃぶとか、どう見ても威厳が無い。

「む」

寝る前の一杯と洒落込もうとして、空っぽのワインボトルを見て顔をしかめる。流した血液分ぐらいは水分が欲しかったのだけど。
明日の朝食まで忘れて寝るか、少々時間をかけても取りにいくかで天秤が揺れる。数秒の思案の結果、後者へと傾いた。明日もやりたいことは多いのだから、少しでも疲れを残すわけには行かない。
夜着のままで歩くのはマナーに欠ける行為だが、いちいち制服に着替えるのは面倒だった。足元に転がしていた杖を拾うと、そのまま扉を開けて外に出る。
今しがたまでの服装と比べれば十分にまともだろう、それに人間に見られようと気にならない。犬や猫の視線を気にするように無意味だ。
ワインを失敬するために食堂へ向かっていると、階段下の壁際に転がっているメイド服の人物に気がついた。

「あ、た、助けて……、ひぐっ……あ、足が……」

暗闇で身悶えするのが趣味のメイドなのかと思ったが、顔は涙と鼻水で見るに耐えない事になっていた。足のほうへと視線を送ると、脛辺りから明後日の方向へ折れ曲がっている。
近くには砕けたランプもあり、ルイズは大体のところを察した。どうやら踏み外したらしい、バカなメイドだ。

「……仕方ないわね、ちょっと大人しくしてなさい」

放置して食堂へと向かいかけたが、ワインがどこの棚に入っているのか知らない事を思い出した。こいつから聞き出そうにも、この状態ではまともに返答など出来ないだろう。
人間相手にどの程度の効果があるのかも確かめていなかったし、ゼロが手に入れた力の一端を見せ付けておくのもよい。
そう考え直したルイズは芋虫のように転がっている彼女の傍まで近づき、囁かれる言葉を無視して右足を調べ始めた。噛み締められた唇から鋭い悲鳴が洩れる。
落ち方が悪かったのか完全に折れており、水の秘薬でも使わなければ治療は難しい。痛みで絶叫を上げそうなメイドに釘を刺しつつ、実験動物を扱うような手つきで怪我の状態を分析する。

「ホイミ」

魔法を使うので目を閉じて大人しくしていろと命令し、一応杖を持って初歩的な治療呪文を唱えた。ルイズの指先が暖かい光を放つ。
鎮痛作用のお陰かメイドの全身から力が抜け、時計の針を戻すように、内出血で黒く変色していた患部が血色を取り戻す。
しかし肝心の骨折のほうは治る気配がない。どうやらホイミでは少々の怪我を治すのが精一杯で、重症となると応急治療の効果しかないようだ。
もう一段上の魔法を使うと、今度こそ壊れた骨が速やかに回復を始めた。境目がどの辺りにあるのか分からないが、最高位の魔法ならば瀕死の相手でも治せるだろう。

「終わったわよ。立ちなさい」

「へっ……? あ、ほ、ほんとだ……」

メイドは袖でごしごしと顔を擦ると、痛み止めどころか完璧に元通りになった自らの右足を踏み鳴らし、不思議そうに首をかしげている。
大きな黒い瞳を更に見開き、しきりに「凄いな~」「魔法ってこんな事も出来るんだ……」などと呟いていた。

「それより、食堂に行きたいのだけど。喉が渇いちゃって」

「あ! す、すみません! あ、あの、ありがとうございます! このご恩は……」

「別にいいわよ。たいした事じゃないわ」

感激で目を潤ませるメイドはアルヴィーのように何度も頭を下げ、廊下に散らばったランプの破片を手早く回収した。
食堂までの道中では、玩具を与えられた子供のようにはしゃぎ続ける。貴族に助けてもらったのが余程嬉しいらしく、自分の事を善人だと勘違いしているようだった。
こういう喜びの感情はちょっと苦手なのだが、大きなペットだと思えば苛立ちも浮かばないし、裏の無い賞賛と尊敬の念はむず痒い。

「あ、マルトーさん!」

「おぉ?! シエスタじゃねえか! どしたんだ?」

こんな時間だというのに厨房はまだ明るく、料理長らしき中年男性と何人かのコックがせわしなく作業を続けている。
食事とは作るものではなく食べるものだったルイズにとって、厨房の光景はかなり新鮮だった。華麗な包丁捌きなど、人間を解体する時には良さそうだ。

「はい! えっと……」

「ルイズでいいわよ。ちょっと喉が渇いたから、そのついで」

貴族を名前で呼ぶことは信頼の証だが、ルイズからすればゼロ以外なら何でもよく、特に見知らぬ平民からとなれば鳴き声の一種という認識だった。
それにここで器の大きいところを見せておけば、例えば誰かを埋めている現場などを見られた場合でも、「ルイズ様がそんな事をする訳が無い」となって手回しがしやすい。

「……ル、ルイズ様が、私の足を治してくれたんです! 階段から落ちちゃって、すっごく痛くて、動けなかった所を!」

貴族というものを毛嫌いしているマルトーだったが、平民のメイドに対し惜しげもなく魔法を使い、そのことをは鼻にかけない少女まで嫌うほど頑固ではなかった。
むしろ嫌っているからこそルイズの態度は眩しく写り、彼が信頼しているごく少数の貴族たちと同等にまで昇華する。相手が男なら抱きつきかねないほどの感動を感じていた。
少し記憶を手繰ってみれば、あのゼロのルイズとして有名だった少女ではないか。失敗に失敗を重ね、そしてついに才能を開花させた、と。

「おぉぉぉぉ! 俺は猛烈に感動しているぞ! そこの棚にアルビレオンの古いのがあったな! 一番上等なの持って来い!」

ルイズはどこからか持ってこられた応接用のソファーに座らされ、見るからに高価なワインをなみなみと注がれる。
こんな状況は自分には似合わないと思いながらも、何故か彼らの笑顔をふいにすることが出来なかった。ワインが美味しいからいいんだと自分を誤魔化す。
頃合を見て部屋に戻ろうと思っていたが、その前にシエスタというらしい黒髪のメイドが爆弾を投下した。

「魔法って凄いんですね! 私、足の骨が折れてたはずなんですけど……すっかり元通りです!」

その言葉の意味に気づいたマルトーが固まり、食堂は一瞬で妙な空気に包まれた。ルイズもさりげなく視線を逸らしている。
重症である骨折を瞬時に治した。それが意味するところは、平民にとってかなり不味い。

「……水の秘薬の代金は、俺が肩代わりしますんで!」

重症患者ならば治療には水の秘薬が絶対に必要、その秘薬は同じ量の黄金と同等の価値があると言われるほど高価だ。
トリスティン魔法学院のメイドともなればかなり高給取りの部類に入るが、シエスタは家族への仕送りで大半を消費してしまっている。
どれほどの量を使ったにしろ、香水のビン1本分で10,20エキューは下らない。気軽に出せる金額ではなかった。120エキューあれば平民一人が1年暮らせるのだから、数か月分の生活費と同等だ。
骨折が普通に回復する間に稼げる金額を考えれば、それでも得ではある。だが借金ではある以上、暴利を取られれば一生奴隷扱いという可能性もあった。
やや遅れてその事実に行き当たったらしいシエスタは、一転して顔を青くしている。

「あー、その……。実は、使い魔の力を借りててね? 秘薬とか、使ってないの」

「へ? そりゃ……」

「いいの! 使ってないんだから!」

かなり無茶なごり押し。ルイズとしても何故エキューで貰わないのか分からないが、使ってないのだから騙し取るようで嫌だったといえば近いだろうか。
窮鳥懐に入れば猟師も殺さず。自分から奪うのは一向に構わなくとも、向こうからいきなり飛び込んでくると対応しにくい。まだちょっとぐらいは人間の部分が残っているのだから。
長い押し問答の果て、シエスタがルイズの部屋の掃除や洗濯などを行う、半専属メイドのような形になることで話は落ち着いた。
どちらかといえばエキューで払うより高くなったような気はするが、今更そこを指摘する気も起きず、ルイズはワインを飲み干して席を立った。

「じゃ、お休み……」

「はい! ルイズ様、お休みなさいませ!」

シエスタの元気一杯な挨拶に、ルイズは疲れたらしく片手を上げる事で答えた。見送るマルトーとコックたちの顔も、嫌に輝いている。
この学校にいるのは貴族のおぼっちゃまであり、建前だけでも平民は守るべきものだという意識すら薄く、殊更権威を笠に着て威張り散らす傾向にある。
無茶な要求をされた事も数知れず、どうにかして叶えたとしても感謝の言葉など掛ける筈も無い。結果として彼らの好感度は非常にアップした。

「貴族ってヤツは威張り散らしてばっかりかと思ったが、ルイズ様だけはちげえな! おし! 仕込み、気合入れてやるぞ!」

余談ではあるが、明日のデザートは焼きたてサクサクのクックベリーパイだった。それもルイズに配膳されるのは、料理長であるマルトーが直々に、腕によりをかけて作った一品だ。
ルイズがお代わりした回数は多かったが、正確な数は彼女の威厳のために秘しておく。ただ、非常に食用旺盛だったとだけは。
大魔王のオーラなどを持つには、まだちょっと遠いようだった。


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