あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無の闇-07


ルイズは満足だった。もう自分はゼロのルイズではない、それどころかお前らごときがゼロ、取るに足らない矮小な存在なのだと。
笑顔の仮面の裏で特上の侮蔑を撒き散らし、魔封じをかけてやったギーシュをチラリと見返す。自らの降りかかった呪いも知らず、暢気に薔薇を振っていた。
世界でも指折りの魔法使いとて、油断していれば容易くマホトーンを受ける事がある。あの瞬間のギーシュは確実に呪文に飲み込まれただろう。心の中に絶望と恐怖の芽を育ててやったから、どんな末路を辿るのか見ものだった。
どれほど貴族らしく在ろうとしても排斥するような愚民の中で、何も持たない者がどれほどの苦しみを味わうのか知ればよい。
彼の絶望が私の力になってくれるだろう。私は更に強くなるのだ。私を否定したこの世界を、今度は私が否定してやるために。

広場を離れながら策略をめぐらせる。より大きな絶望を味わうためには、世界を混乱させてやればいい。ゲルマニアの皇帝を暗殺できないものだろうか?
アルブレヒト三世は家族すら政敵はおろか親族さえ幽閉する気持ちのいい人物だが、それ故に多大な恨みも買っている。大規模な混乱が起きる事は間違いない。
国を割って内乱を始めれば、国力は低下し地は苦しみと悲しみで満ちるだろう。それこそルイズの望むものだ。
このトリスティンを動かしているのは鳥の骨と悪名高いマザリーニ枢機卿。マリアンヌ王妃は即位する気も無いようだし、彼を魔物と入れ替えるなど出切れば最高だろう。
混乱を起こすという意味では魔物の群れを率いる事が出来れば最も手っ取り早いのだが、生憎とこの世界にはオーク鬼や吸血鬼といった亜人ばかりで、純粋なモンスターの類は少ないらしい。
戦力不足は否めないが、幸いな事にゲートを開く呪文なら存在している。魔界に繋ぐには多大な試行錯誤が必要になるだろうが、全てを一から作る手間は必要ないはずだ。

「でも、足りないわね……」

周囲に人影がなくなった事を確認し、ルイズは大きく溜息を吐いた。忌々しげに己の細い右腕を見つめる。
力こそが正義であるあの世界の魔物を指揮するには、まだまだ実力不足にも程があった。弱かろうと血筋だけでトップに立てるほど甘くは無いのだから。
今しばらく雌伏の時を過ごす必要がある。既に魂の影響を受け、肉体は人間の領域を逸脱し始めているので、時間だけは無限とも思えるほどあった。
言うなれば今のルイズはサナギのようなものだろう。業火を孕んだ火種でもあれば別だが、国から追われるような行動は慎まねば。
ルイズは背後から接近する人の気配を察知して、再び笑顔を作った。





「まさか、ルイズが勝っちゃうなんて……やるじゃないの!」

やや喧騒から離れた場所で決闘を見ていたキュルケは、持っていた杖を懐に戻しながら言う。
もしルイズが怪我をしたり、白熱したギャラリーたちが酷い言葉を投げつけるようなら、無理矢理にでも止めに入ろうかと思っていたのだが。
まさかあのいつも失敗ばかりだった少女が、それもあんな強さを見せて勝つとは思っておらず、この展開は彼女にとって完全に予想外だった。
隣に居る蒼い髪の少女も急成長ぶりに興味を持ったようで、普段なら読み耽っているはずの本を閉じている。顔を上げる程度ではない事から考えると、かなり興味深い対象だと思ったようだ。
ワルキューレの攻撃をかわすスピードも凄かったし、もうルイズはゼロのルイズではない。それどころか実力に胡坐をかいてばかりでは、自分だって後れを取るかもしれなかった。
人ごみを抜けて校舎へと向かうルイズを眼で追いながら、キュルケは隣にいる少女に質問を飛ばす。

「タバサから見て、ルイズの魔法はどう? 私はラインぐらいだと思うんだけど」

キュルケはトライアングルではあるが、自他共に認める生粋の火のメイジであり、真逆の属性とも言える水の魔法は専門外だ。
そもそも水は前線に立つタイプではなく、ヒーリングを使って傷を癒す後方支援がメインとなっているため、ジャベリンなどはあまりお目にかかる機会が無い。
少なくともドット以上だろうと当たりを付けたものの、正確な実力を測るまでには至らなかった。
こういう時に頼れるのは、見た目と反してかなりの実力を持つ彼女の親友、雪風のタバサだ。無口で無表情で人形みたいだけども、時折見せる微妙な表情の変化はとても可愛い。

「最後のはたぶんライン。あれが全力では無いなら、トライアングルかもしれない」

「トライアングル、ね……。ルイズったら、いつのまにあんな魔法を……」

ついこの間まではゼロと呼んでいた少女が、ついに努力を実らせたと知ってキュルケは嬉しくなった。始祖ブリミルはやっとあの少女に気づいたらしい。
少しばかり遅刻が過ぎたのは、努力に見合った実力を与えたらしい事で目を瞑る。さて、今度からルイズを何と呼べばいいかしらね。
雹のルイズとか、氷槍のルイズ、吹雪のルイズ? それにしてもゼロからトライアングルだなんて、物凄い飛び級の仕方ではないか。自分もおちおちしていられない。
それでこそヴァリエール、微熱たる自分が燃え上がる価値がある。キュルケは大きく胸を張り、ついに花を咲かせたライバルを見やった。

「んじゃ、ちょっといってくるわね……」

本当ならば祝福がてらちょっかいをかけてやる所なのだが、この前の謝罪がまだ済んでいなかった。今なら普段よりはご機嫌だろうし、さっさと終わらせてしまおう。
流して今までのように付き合うという選択肢は、逃げているようだし選びたくない。ヴァリエール相手には後ろめたい部分など残しておきたくなかった。
校舎の入り口へ向かって走り出そうとしたキュルケのマントを、横から小さな手が引く。これまた予想外の展開に、キュルケは大きく目を見開いた。

「タバサ、あなたもなの?!」

「……彼女に、興味がある」

「へぇ……。今日は、珍しい事ばっかりね」

基本的に他人とかかわろうとしないタバサがここまで興味を持つのを、キュルケは驚きと共に嬉しく思った。どうやらあの少女は、他人にもいい影響を与えているようだ。
校舎の中へ入ると広場の喧噪も遠くなり、向こうに人が集中しているおかげか、周囲にはすれ違うような人影もない。
長年の敵とされていたヴァリエールにツェルプストーが謝罪するだなんて、他人に見られればまず間違いなく話草にされてしまうだけに、この状況はありがたかった。

「ルイズ! ちょっと!」

「あら……? ツェルプストー。貴方も決闘かしら?」

呼び止められたルイズは浮かべていた笑顔を一瞬で引っ込め、一転した冷たい目でキュルケを睨んでいる。
その視線たるやこの間までの喧嘩の延長線上にある生易しい物ではなく、呪い殺さんばかりの恨みに近いように思われた。ルイズの気性が激しいのは知っているが、どうやら根に持っているらしい。
キュルケは自業自得とはいえ内心で頭を抱えていたが、表面上は普段通りのツェルプストーを維持し、なんとか上手い謝り方はないかと記憶を掘り返す。

「そうじゃないわ……。この前、貴方の部屋で、ほら……」

「なるほど、それで笑いにきた訳ね? ツェルプストー」

ルイズの視線が更に冷たくなり、発散される殺気を孕んだオーラによって周囲の気温が引き摺り下ろされる。
身構えて居なければ逃げ出したくなるほどで、あの小さな体にここまでの憎しみを抱えていた事に気づかなかったのかと、腰に当てている手を強く握った。
オーク鬼だってここまで怖くない。今のルイズがひと睨したならば、オグル鬼だって泣きべそかいて逃げていきそうだ。吸血鬼すら尻尾巻いて逃げるかも。
下手な誤魔化しなどしたら余計にルイズを怒らせるだけだと思い、キュルケは小細工を止めて素直に謝ることにした。

「違うわよ! その……。ああ、もう、言いにくいわね……」

少しばかり視線をさまよわせた後で、キュルケは気恥ずかしさとむず痒さを極力意識しないように気をつける。
生涯でおそらく一度きりの謝罪なのだからと、声が小さくなりすぎないように息を吸い込んだ。



「もう、言いにくいわね……」

ルイズは殺意のままに暴れようとする右腕を抑えながら、憎いゲルマニア女の言葉を聞いていた。
ここが学園の中でなければ、そして横にタバサが居なければ、その首はとっくの昔に宙を舞っているだろうに。
もし一言でもゼロなどと戯言を吐くならば、死なない程度に痛めつけてやろう。教師が来ようとも構うものか、今の私ならどうにだってなるさ。
そして次の虚無の曜日にでも、どこかに呼び出して処理してやる。手足をバラバラにした後で傷口だけを治し、オーク鬼に犯させ食わせてやろう。ゲルマニアの売女にはお似合いの末路だ。

「あたしのせいで、その……傷つけちゃったみたいで、ごめんなさいっ!」

だから、その言葉を聞いた時、ルイズはまず聞き間違いだと思った。
ツェルプストーは憎い敵で、いつか殺すべき相手で、過去にはヴァリエールと戦争をしてきたのだ。だからこんな事は言わない、言う訳ないと。
しかし実際に、目の前でツェルプストーは頭を垂れている。では私を蔑むための、彼女が仕組んだ罠だろうか。

「……これで許せとは言わないし、思ってもいないわ……。でも、これは……あたしなりのケジメだから、ね」

なんだ、何を言っているんだ。お前は……過去にずっとずっと私のことを……!
ルイズの脳裏に数々の苦い記憶がフラッシュバックする。お前は何度も私のことをゼロと呼んだ、憎い敵のはずではないか!
私は、私はお前を、お前を殺すために……! ゼロと呼んだ者を一人残らず、永久に黙らせてやるために……化け物になったんだぞ!!!
目の前の現実を何としても否定したくて、これが悪鬼のようなツェルプストーの罠だと思えるだけの証拠を探しているのに、そのどれもが肯定する物ばかりだった。
凹んでいた時、前を向けなくなった時、キュルケは確かに私を怒らせる事で……。

「……っ!!!」

頭をハンマーで殴られたような強烈な衝撃を感じ、ルイズの心は大きく二つに割れた。
認めろ、認めるな、キュルケは、ツェルプストーは、友達、敵だ……!
喉の奥から何かが込み上げてきて、ルイズは慌てて口を塞いだ。口内にすっぱい味が広がり、視界が大きく歪む。

「ル、ルイズ?!」

目の前の赤い物体が何かを言っているが、一刻も早くこの場から逃げたくて、ルイズは杖を持つ事さえ忘れてその場から逃げた。
長い廊下を数秒で横断し、開いていた窓から空へ飛び出す。ここにいたくない。どこでもいい、逃げなくては……。





数分後、魔法学院から離れた場所にある森の一角が氷に閉ざされていた。
吹き荒れるブリザードは有象無象の区別なく存在するもの全てを凍らせ、生い茂っていた木が一瞬で氷の彫刻と化す。
その中心にいるのは桃色の髪をした、たった一人の少女だった。

「あああぁぁぁぁっ! もう! なんで?! なんでなのよ!!」

振り回された右腕によって氷結した大木が砕け、無数の破片が光る雨となって降り注ぐ。それでもまだルイズの苛立ちは陰りすら見えなかった。
乱射される呪文によって地面は穴だらけになり、さらに領域を増した氷の結界が力強さを増す。

「私は……! 私はっ……!」

なぜどうして遅かったの戻れないもう貴族じゃないお母様ちい姉さま助け助けてああ私は貴族……。
化け物になんてなりたい訳がない。私はただ魔法を使いたかった、涙を流したくなかっただけなのに、なぜ成り下がってまで泣かなければならないのだろう。
人間で、貴族のままでありたかった。決して本心から魔物になったんじゃない。普通の魔法使いになりたかった。でもなれなかった。だから私は……。
世界が嫌いだった。滅ぼしてやりたいと思った。でもそれは私には手が届かない幻、遠すぎる理想郷だと思ったからなのに。
何も考えたくないのに頭は勝手に回り続け、思考は焼けついて心は削り取られる。
相反する二つの魂が、貴族と魔物の意思が激突し、摩擦でどちらも壊れてしまいそうだった。

ついに立っている事さえ困難になったルイズは、凍りついた地面の上に膝を落とした。冷たいとは感じなかったが、皮膚が氷に張り付いて動けなくなる。
あのツェルプストーは私のことを気遣ってくれていたのだ。私が落ち込んだとき、確かに彼女は怒らせる事で弱気を払ってくれた。再び前を向かせてくれた。
なのに私と来たら、それに気づく直前まで、この力で彼女を殺すことばかり考えていた! なんて醜い化け物だろう! 私! 私というやつは!

「もう、貴族、じゃない……ヴァリエール、でも、ない……」

こんなオーク鬼にも劣る低俗な奴が貴族で居て良い訳がない。私はもう化け物で、貴族の少女に戻るのには遅かったのだ。自分が一番それをよく理解していた。
私が、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが壊れていく。魂は甲高い悲鳴をあげ、呼吸ができずに息が切れ、視界は滲む。
目がおかしくなってしまったのかと指を当てると、指先に感じたのは水だった。お笑いだ、まだ涙が出せる程度には人間だった部分が残っているらしい。

「怖い……怖いよ、ちい姉さま……助けて……誰か……」

凍える心を細い両腕で抱きしめても、僅かな温もりさえ感じられない。吐き出す息は真っ白で、血の気が引いてしまった彼女の頬と同じぐらい白かった。
まだルイズだったなら、頼れる人たちが何人もいる。お母様やちい姉さま、コルベール先生、そして実は優しかったキュルケ……。
でも、今はいない。こんな怪物に頼れる人間なんて、一人もいない。誰もいない。寄り添える温もりを失い、ルイズは孤独で寂しかった。

「寒いよ……こんなの、やだよ……」

そうだ、まだ私は弱いから、弱いせいで苦しいんだ。もっと強くなれば、きっと大丈夫になる。
もっともっともっともっともっともっと……。誰よりも何よりも強く。
強く、強くならないと。あの4人に負けないぐらい、世界を闇で覆えるぐらい、全てを滅ぼせるぐらいに!

膝の皮膚が剥ぎ取られて真赤な血が流れる事も構わず、ルイズはただ幽鬼のように立ち上がった。
滴る涙は地面に落ちる前に凍りつき、粉々に砕けて散っていく。
その体には、薄っすらと闇が纏わりついていた。


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