あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無と金の卵-14


 朝もやも晴れないほど早い時間。
 ルイズは一人で馬に鞍を付け、学院を発つ準備に取り掛かっていた。
 眠い目をこすりつつ、一人で馬具や旅支度を整えている。

「なあ、ルイズ……。何故断ったんだ?」
「何が?」
「護衛を付けてくれるという話だ」

 昨晩のアンリエッタの相談を受けて、ウェールズ宛の手紙を受け取った後、
「信頼できる護衛を呼びますから、昼まで出立は待つように」という言葉をルイズは貰っていた。
 だがルイズは、時は一刻を争うと言い張って護衛を付けることを固辞し、早朝から出立することとしていた。

「むしろ少しでも急いだ方が安全よ。護衛の一人くらい、メイジどうしの戦いじゃ意味なんてないじゃない」
「だが、アルビオンに行くには港町に寄って船に乗るのだろう?
 多少の誤差ならば、結局船を待つ時間で消化されてしまう」
「でも、悠長に待ってたら途中の旅路が危険になるし、早くラ・ロシェールについて状況を知った方が良いわ」
「確かに、可能な限り迅速に行動するべきではある。だが、自分でもわかっているのだろう?
 君は、何時になく焦っている」
「……そうよ、私は焦ってるわよ。悪い!?」

 ルイズは鋭く怒鳴り、それきり言葉を聴かず、無心に旅支度を整える。

 ルイズは、幼少の頃から馬に親しんでいる。早い話が乗馬のベテランだ。
 人に飼われたことのある馬ならば、半刻もしないうちに鼻を鳴らし顔をすり寄せるようになる。
 だが、学院に備え付けの厩舎に居る、乗ったことのあるはずの馬は緊張した様子で小刻みに震えていた。
 鞍を付けようとするルイズを困らせ、ルイズは悪戦苦闘している。
 それ見てウフコックはやれやれと溜息をつき、宥めるような口調で話しかけた。

「……無理に聞き出すつもりは無いんだ。責めているわけでもない」
「じゃあ、何よ」
「君が今から為そうとすることは、実に価値あるものだ。他人ができることではない。
 ……君はアンリエッタ姫を救う。そうだろう?」

 褒めるようでいて、冷静で厳しい口調。
 ルイズは口をへの字に曲げつつも、ウフコックの言葉に耳を傾ける。

「だが、誰かを救おうとする行為に埋没して迷い、自己を見失う君の姿を、俺は見たくないんだ」
「私が、自分を見失っているっていうの!?」
「そうだ。他人を救う前に、まず自分の状態を知るべきだ。自分が何者で、何を思い、何がしたくて、何をしたいのか。
 そして最も大事な物は何か……それを忘れたとき、人は自棄に走る。焦げ付いて、安易な手段で代償を求める。
 そうなってしまうのならば、俺は君に使われることに抵抗しなければならない」

 悲しげな声色で、ウフコックは話し続ける。

「だがどんな結論に至るにせよ、それが自分自身を貫く、偽りない意志であるならば、俺は粛々と従おう。
 君がアンリエッタ姫を助けたいように、俺にとって、君の抱える問題は決して他人事ではないのだから。
 それが、パートナーシップというものだ」

 ルイズの険しい表情がふと緩む。だが、何処か思い詰めたような有様は変わらなかった。

「……ウフコック、ごめん……心の整理が付いていないの。絶対に、後でちゃんと話す」
「気に病むことではない。それまで待っているとも」
「ありがとう。……私、今、すごく混乱しているんだと思う。でも、姫様を助けたいって気持ちが
 揺らいでいるわけじゃないの。とにかく、仕事に集中したい。悩むのは、後回しにする」
「わかった。俺が最大限、君を援護しよう。……難しいとは思うが、今は与えられた職務に集中するんだ」

 ウフコックは、それ以上は口にせずルイズの準備を見守った。
 馬は、どことなくほっとした様子で大人しくルイズに従う。
 やがて旅支度が整い、ルイズは厩舎の外へと馬を引く。
 ルイズは馬の鞍の前方にウフコックを導いて乗せた頃、何気なく口を開いた。

「ところで、昨日の夜の姫様のお話の件だけど……どうして、助け船を出してくれたの?」
「ん? 助け船?」
「姫様と……ウェールズ様の件よ。余計な知識が無い方が仕事はしやすい、みたいなことを言ってたくせに、
 どうして姫様に話させたのか、ってことよ」
「ああ、そのことか」

 ウフコックは、自分が振り落とされないようにしがみつける場所が無いか捜していた。
 腰を落ち着ける場所をあれこれと試しつつ、ルイズに答えた。

「立場や権威といった仮面を脱ぐことが許されない人間は、どんなに煌びやかでも孤独が臭う。
 ま、中にはその立場や権威に合わせて個人を肥大させ、好き放題やっているふてぶてしい連中もいる。
 ……だが彼女は違うように見えた。国家の責務を、我が事のように、我が物顔で扱うには経験が少なすぎる。
 それならば、お忍びでやってきた一時でも、その重圧から解放してあげた方が後々のためになる、そう思ったんだ」
「それで私達が多少不利になっても?」
「そうだな。少なくとも俺達が行動する、という観点ではメリットになるまい」

 それがどうしたと言わんばかりに、ウフコックは珍しく堂々と答えている。

「ではルイズは、話を聞かなかった方が良かったと思うか?」
「そんなわけないでしょう! 私達が聞かなかったら、きっと胸のうちに秘めて悩んだままだったわ。
 そりゃ、姫様の事情を察して何も聞かずに解決してあげるのも、一つの信頼ではあると思う。
 でも……歳の近い友達として姫様の悩みを聞いてあげられるのは、きっと私だけだったから……」
「そうだろう。君にしか出来ないことをしたのだ。それを思えば些細なメリットなど、
 ゴミ箱へ丸めて投げ捨てるのに君は躊躇しないだろう?」
「うん、その通りよ。……それでこそ私の使い魔よ」

 ルイズの自信に満ちた言葉に、ウフコックは渋い笑みを返す。

 ルイズは思う――何故、この小さなネズミは、こんなにも優しいのだろう。
 例えば馬は、ルイズが鞍を乗せるのを手間取らせたように、言葉が通じなくとも人の心の機微を悟り、そして怯える。
 刺々しさや苛立ちで曇った心で馬の手綱を握ったところで、十全の力を引き出すことはできない。
 だがウフコックは違った。
 人のむき出しの心に触れてなお、そこに善意を見出す包容力。
 か弱いネズミとして生まれたこの生き物が、何故こんな強靱な魂をもっているのか。
 その小さな瞳は何を見て、何を成し遂げてきたのか。
 旅立つ前の心のざわめき。痛切に使い魔の心に触れたくなる。
 だが、今はウフコックの言うように、目先の仕事に集中すべきだ。
 ルイズは慣れた動きで馬に跨った。

「さて、準備も整えたことだし、そろそろ行きましょう。……ウフコックはどうする? そのままだと落ちそうだし……」
「いや……そうだな、とりあえず手袋にターンしておこう。嵌めてくれるか?」
「わかったわ。そういえば、行動するときって手袋が多いわよね。癖?」
「そうだな……自分の定位置という感じがする。使い手が何をしたいかすぐわかるし、俺も即応できる」
「何かあったら宜しくね。まあ何もないことを祈るけど」
「そうだな……」

 そして奇妙なざわめきを感じつつ、二人は馬を駆けさせた。





 アルビオンへの玄関口、港町ラ・ロシェールへと続く街道。
 深い峡谷を縫うように走る、岩肌に囲まれた独特の街道は、アルビオンとトリステンの間を旅する人で賑わっている。
 平時ならば、の話だ。
 だが内乱が激しくなる今は賑わいなど無く、悲壮に満ちた顔か、ぎらついた戦意を滾らせている顔ばかりであった。
 そして内乱の気配を感じ取ってアルビオンからトリステインに逃げ出す者は多い。
 そしてその逆は稀であった。
 その稀な集団に属する者は、2種類に分けられる。
 義務を負って行く者/戦乱の臭いに誘われる者。

 そして今、アルビオンの方角へ、一人の男がグリフォンに騎乗し街道の上空を疾駆させていた。

「遍在で行動していた僕の名が割れる……。つまり、裏切り者が出たか」

 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。
 元・子爵。魔法衛士隊の一つ、グリフォン隊の元・隊長にして、『閃光』の二つ名を持つ男。
 つい昨日に国の追っ手を切り裂いた時点で、レコン・キスタの一員という事実が知れ渡った時点で、
 地位も爵位も剥奪されているはずである。
 こうなれば毒を食らわば皿までか――ワルドは諦観にも似た覚悟を背負い、アルビオンへ一直線へ向かっていた。

 元々、レコン・キスタは、聖地奪還を志すための少数の貴族の集まりに過ぎなかった。
 政治介入など望むべくも無い社交クラブ未満の位置付け。派閥と呼ぶことすら憚られた。
 そんな小さな集まりの頃は、まだ良かった。
 共に志を語らい、聖戦の先陣を切ることを夢見た/夢で済ますことができた。

 それが変質したのは、思えばクロムウェルが入ってからだろうか。ワルドは思い起こす。
 教会の人間として様々な国を渡り歩いた過去を持ち、それでいてアルビオンの一地方の司教として
 土地に根差したクロムウェルのコネクションは、十二分に役立つものであった。
 だが、明らかに個人の力ではなかった。裏には、ガリアや教会など様々な思惑が絡み合っていた。
 クロムウェルが渡しを付け、同じように聖地奪還を志す者。エルフに復讐を誓う者。
 聖戦の起きぬ世に不満を持つ者。
 そして、ただ現状に漠然とした不満を持つ者。
 利益のために志を騙る者。
 様々な方面からレコン・キスタに同調できる貴族を集めた。
 やはり、アルビオンの出身者が多かった。
 大きな権勢を誇る貴族と、長く続く歴史と伝統に裏打ちされたアルビオン王家。
 気付けばレコン・キスタの方向性は、自分らの手による聖戦から王家の打倒へと移行しつつあった。
 ワルドは、気付きつつ敢えて目を瞑った。
 聖戦が叶うならば、聖地を目指せるならば、そのための犠牲に対して省みるつもりなど毛頭無く、
 むしろ積極的に活動した。
 『遍在』を利用しての裏の支援工作。表の立場を利用しての政治的な働きかけ。
 あらゆる努力を惜しむことはなかった。
 気付けばレコンキスタは、地下のネットワークと豊富な資金力を持つ秘密の一大集団となるに至った。
 何事も為さないでいるには無理が出るほどに。
 国と和解するには、自身が強すぎた。
 だが戦って完全な勝利を収めるには、敵もまた、強すぎた。

「祖国を裏切った僕が、仲間に裏切られる……。陳腐な筋書きだな」

 そしてレコン・キスタは決起した。
 地下から表舞台へと飛び出でて、歴史に名を残す。
 それは敗者としての名前だろうと、ワルドは今、確信していた。
 敗北の味/裏切りの味/理想を穢された味。
 その苦さが、今のワルドを駆り立てていた。





「相棒、外すなよ。二発目は無いぜ」
「……風は?」
「北北西、弱いな。峡谷の気流の方が強い。あとはグリフォンの速度に気を付けな。馬の比じゃねぇぜ」
「わかった」
「相棒、おさらいだぜ。
 羽で飛ぶ連中は、気流に乗って上昇する。そして降下して速さを稼ぐ。
 ツバメだろうがグリフォンだろうが、風に乗る連中は皆一緒だ。わかるな?
 一番遅くなる上昇の頂点を狙え。人を乗せたグリフォンだ、気流に乗るのにかなりもたつくはずだ。
 俺の見立てなら、ちょうど向かい側の山のへりの辺り、10メイル先あたりがポイントだな。
 試射した感覚は覚えてるか?」
「問題ない」
「逃したらもう二度目はねぇぜ。気を付けな」
「……こういうときマスケット銃は不便だな。ライフルがどっか落ちてねぇかなあ」
「手持ちの武器でやりくりするのが傭兵ってもんだぜ」





 手綱を握りしめるワルドの手に、何かが掠める。
 ワルドは飛行中にディテクトマジックを放ち、周囲を警戒する習慣が身についていたが、
 今は何も検知していない。火や風の魔法の感触はなかった。マジックアローか――違う。
 おそらく掠めたのはそこそこの質量と、凄まじい速度を持った何か。微かに漂う鉄の臭い。

「銃か!?」

 瞬間的に結論を出したと同時に、ワルドの乗るグリフォンが蛇行を始める――羽が舞う。
 見れば、グリフォンの翼が破れ、折れた骨が突き出ていた。
 蛇行/失速/落下――位置エネルギーが牙を向くまで一分とかからない。
 そして激突。
 獅子の頑健な胴体が峡谷の岩肌に削られて転がっていく。
 だがワルドは、激突する寸前にさっと身を翻して峡谷を滑り降りていた。
 精妙な風の魔法がワルドを落下の衝撃から防ぎつつ、砂煙を舞い上げて周囲の目を眩ます。
 一切の隙を見せずワルドは体勢を整える。
 その優雅な有様の側で、グリフォンがその嘴から悲鳴を上げた。街道に哀れな声が響き渡る。

 ――そしてワルドが舞い降りた落下地点。
 グリフォンの声もワルドの無事も、一切意に介さず、男が待ち構えていた。

 ワルドは砂煙の中から姿を出して、男を睨み付ける。
 始祖ブリミルに誓って殺してやろう――決闘慣れしたメイジ特有の、冷静な殺意を込めて。
 だが男は動かない。ワルドは疑問に思い警戒を残しつつも、瀕死のグリフォンに近寄った。
 息も絶え絶えだ。苦しげなうめき声を上げ、時折、びくり、びくりと体を震わせている。
 その無残な様子、ぼろ切れのようになった翼を見れば、二度と飛べないであろうことは、明白だった。

「すまんな……。思えば、僕がグリフォン隊の隊長になった頃からの付き合いだな」

 ワルドのエアニードルの詠唱。哀悼を込めて。

「長い間、よく飛んでくれた。お前を置いていった僕を、許してくれ……」

 鉄拵えの杖の周囲に鋭利な風を纏わせて突き刺す。それはグリフォンの頭蓋を容易に貫通した。
 断末魔は短かった。

 ワルドはゆっくりと男に向き直る。

「わざわざ待っていたのか?」

 男は答えない。
 意に介さずワルドは話を続けた。

「まさか、銃如きで僕のグリフォンを撃ち落とすとはな。油断した……100メイル以上は離れていただろうに。
 だが何故君は姿を晒す? 身を潜めたまま、ゆっくりと二発目を僕に食らわせれば良かったものを」

 ワルドは、漆黒のマントを汚してもいない/堕とされてなお余裕の表情で自分の額を指さす。
 洒脱な態度の奥底で、殺意を燃え滾らせている。
 冷徹に相手を分析する肉食動物の目を持ち、適切な殺害手段を頭の中で選んでいた。

「……ワルド子爵だな。お前が最後だ」
「……何だと?」
「トリステイン組のレコン・キスタはお前が最後、ってことだ。他のお仲間は、ニューカッスルに護送付きで運ばれてる」

 待ち構えていた男――男と言うより少年というべき若さ/冷め切った表情/背景の峡谷に溶け込むような色の、くたびれた旅装/
 背に担いだ黒光りするマスケット銃――恐らくゲルマニア製。
 その銃と、鞘から抜き払った剣だけが研ぎ澄まされた輝きを見せる。
 ワルドは、挑発ともとれる少年の言葉に動かされない。だが、少年が懐から何かを取り出し、地面に投げ捨てたのを見た。
 ――鉄拵えの魔法の杖が二本。どれも、グリフォン隊の意匠が鍔元に刻まれていた。
 ワルドは憤怒の表情を浮かべる。

「貴様……」
「相棒、後が無ぇ野郎は怖いぜ。気を付けな」
「わかってる、デルフ」
「……ほう、インテリジェンスソードか」

 ワルドは音もなく杖を構える。軽やかなステップ/閃光のような速度で距離を詰める。
 剣などでは及びも付かない威力のエアニードル/少年の背後の岩を穿つ。

「その杖、偽物ではないようだな!」
「お前も杖を捨てて投稿しろ。命は助かる」

 少年が距離を詰める/剣で薙ぎ払う。
 少年の体躯に見合わぬ意外な膂力。暴風を纏ったはずの杖が思わぬ力で弾かれる。
 ワルドの間髪入れずの詠唱/至近距離でのウィンドブレイク。砂埃を纏った暴風が二人の距離を引き剥がす。
 杖を構える/剣を翳す。

「投降するなどと、本気で考えているのか?」
「……いや、期待してはいなかったけどな」
「平民の傭兵風情が、手を汚すのを嫌うか? お笑い草だ」

 エアニードルとドットレベルの風を巧みに織り交ぜ、ワルドと少年は一合、二合とぶつかり合う。
 生半可な鉄など容易に引き裂くはずのエアニードル/少年の剣は刃こぼれもしていない。

「……ふむ、接近戦は慣れているようだな。ならばメイジの距離で戦うまでだ」

 バックステップ/エア・ハンマーの詠唱。
 巨大な槌の如き空気の圧力をぶつける荒技。
 狭い峡谷の中でそれを防ぐ手立てなどあり得ない。
 だが、少年が剣を翳したその瞬間に、エア・ハンマーの効力が無くなる。
 剣が魔法に打ち勝ったかのような様相――メイジの存在意義が揺らぐ光景。ワルドに衝撃が走る。
 エアハンマーの微かな痕跡。そよ風が峡谷に流れる。

「何をした貴様っ!」

 ウィンドブレイクでの追撃――それも剣に吸い込まれていく。
 ワルドは魔法を囮に距離を稼ぐ/丹念に舐めるように/果実の皮を削り取るように、少年が距離を詰める。
 追う者と追われる者の立場が決まった時点で、勝敗は決していた。
 だが、サイトが最後の一手を投じる瞬間、闖入者の悲鳴――この場に似つかわしくない少女の叫びが、峡谷に谺する。

「ワルドっ!」

 だがその声は今一歩遅く、少年の剣がワルドを貫いた。


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