あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無の闇-04


前も後ろも分からない、けれども自分の体だけははっきりと見える場所に、ルイズはゆっくりと意識を浮上させた。
一面の闇なんて恐ろしいはず、けれども不思議とこの闇が心地よい。命の息吹が感じられないこの空間が愛おしい。

「……誰か、そこにいるの?」

なぜそう思ったのかもわからぬまま、ルイズは目の前の闇に向かって話しかけた。
彼女の声に答えるように、空間が凝縮されて漆黒よりなお黒い人影が形作られる。

「ゼロのルイズ」

「っ!」

「貴族のくせに」「魔法が使えない」「落ちこぼれ」「平民以下」

「なによ、なによなによ!! 姿を見せなさいよ!」

人影は水面のように波打つと、不定形のスライムのように形を変え始めた。
周囲の闇を取り込んで巨大化しながら、ルイズの記憶を辿るように姿を創っていく。

「ルイズ! まだお仕置きは終わっていませんよ!」

現われたのはルイズの母だった。かつて烈風のカリンとして、そして鉄の規律を持ってマンティコア隊の名を轟かせた、才能に溢れるメイジ。
どれほど頑張っても一向に魔法が使えないルイズの事を、ただの努力不足だと決めつけて毎日のように追いかけまわした人物。

「お嬢様は難儀だねえ」「お姉さま方はあんなに魔法がお出来になるのに」「カトレア様がご病気でなければ……」

続いて現れたのは、ヴァリエール家に勤める平民のメイドらだった。
彼らの囁くような笑い、嘲りは怖かった。そして自分が平民にすら蔑まれる程度の存在でしかないと、ルイズのまだ柔らかくて傷つきやすかった心を引き裂いた。

「なんだ、ゼロのルイズか」「よう、ゼロ」「また爆発?」「いい加減にしろよ! ゼロ!」「ゼロじゃ仕方ないさ」

ギーシュ、マリコルヌ、モンモランシー、ヴィリエ……。ルイズの事をゼロと呼び、蔑む者たち。
忘れたい記憶が次々と掘り返され、ルイズは思わず耳をふさいだ。
けれども罵倒も嘲笑も、どれほど強く手を押し付けても消えはしない。

「何もできないゼロ」「迷惑なゼロ」「落ちこぼれのゼロ」「貴族失格のゼロのルイズ」

ルイズの前で影達は口々にそう叫んだ。反響する声はどんどんと大きくなり、大きなうねりとなって頭の中に響き続ける。
私の努力も知らず、苦しみも知らず、抱いた絶望の大きさも知らずに……!

「うるさい……うるさい! うるさい! うるさいうるさいうるさい! うるさああああい!!! 黙れ! 黙れ! 黙れええええ!!!」

癇癪を起した子供のように両腕を振り回し、ルイズはその影達を消そうと殴りかかった。顔は溢れ続ける涙でぐちゃぐちゃだ。
しかしどれほど走っても影は遠くなるばかりで、それどころか声はどんどんと大きくなっていった。やめろ! やめろ! やめてよ!
ゼロという言葉で頭が割れそうになる。気が狂いそうになる。壊れてしまいそうになる。貴族という鎧が砕けてしまう。
どれほどそうしていたのか、いつの間にか周囲の人影はすべて消え去り、目の前には最初の人物だけが立っていた。

「ねえ、あなたはどう思う……?」

体のあちこちを波打たせながら、そいつは笑うように問いかけた。
疲れ果てて座り込んでいたルイズは、息も絶え絶えに答える。

「な、何が、よ……」

「この世界そのものよ。……理不尽だと思わない?
あなたはあんなに努力したのに、始祖ブリミルは微笑むどころか、流し目だって送ってくれない。
なのにあなたの周りには、大した努力もせずに魔法を使っている奴等ばっかり」

「そ……そ、それは……。だけどっ……!」

「だけど? ああ、『いつか私だって、きちんと魔法を使えるようになる』かしらね。
でも、その"いつか"って何時なの? それまで貴方は、こんな蛆虫みたいな生活を続ける気?」

「……」

いつの間にか目の前の影はルイズになっていた。無力に泣き崩れるだけではなく、周囲を認めさせるだけの力を持ったルイズに。
その雰囲気は少女のものではなく、それどころか人間のものかさえ怪しい。ルイズが求める貴族の形ではなかった。
しかし、彼女には力があった。それは今のルイズに無く、今まで渇望し続けた物。

「力が、欲しいんでしょう……?」

差し出された手のひらを見つめ、数瞬の躊躇い。
これを受け入れてしまったら、もうルイズは今までのルイズではいられなくなってしまう。

「魔法を、使わせてあげるわ」

けれども、ルイズは受け入れた。弱い自分でなくなるために、そして世界を変えるために。

「その代り……」







「ん……」

ルイズは自分のベッドの上で目を覚まし、心を満たしている不思議な満足感に首をかしげた。
カーテン越しに見える窓の外は真夜中といって言いぐらい暗く、小鳥すら眠っているようで完全に静まり返っている。
普通に目が覚めるような時間ではない。普段なら叩き起こされたとしても、即座に寝床に逆戻りするような時間だった。
だというのに頭の中はこれ以上無いほどクリアで、小難しい計算やクイズのような歴史問題でも容易く解けそう。更には岩でも砕けるほどの活力が全身にみなぎっている。

「……夢? でも、これは……」

何か夢を見ていたように思う。
その夢の中で、自分は何か重大な決断を下したような気がした。
人生を左右するような、運命を決定付けるような決断を。

「ま、いいわ」

こんな素晴らしい朝……といっていいのか分からないが、折角いい気分なのだ。下らない悩み事で気分を害してはつまらない。
ルイズは朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、軽い足取りでベッドから降りて身だしなみを整え始めた。
まだ朝食の時間すら来ないだろうが、散歩にはいい。薄いネグリジェを脱ぎ捨てて、下着といつもの制服を身にまとう。なんだかいい一日になりそうだ。
自慢である長い髪にクシを走らせ、丁寧に梳かしていく。やはり調子が良いのか、自分の髪の毛ながら上質なシルクを思わせる手触りで心地よい。思わず鼻歌が漏れ出した。
身だしなみを確認するために鏡の前に立てば、その中に居たのは昨日までの無力な少女ではなかった。怖れで捻じ曲がっていた背筋は傲慢さによって正され、焦燥で霞んだ目は意思を取り戻して輝いている。

「悪くない、悪くないわね……」

ルイズの顔に一種壮絶な笑顔が浮かんだ。纏っているオーラは既に人間の域を逸脱し、物の怪かそれに類する者たちに近い。
少なくとも人間の少女が、それもたった16歳の女の子が発するものではなかった。釣りあがった口元が残忍さをかもし出し、貴族の令嬢と言うよりは数百年の時を生きた魔女に近い物がある。人食いエルフが化けていると言われれば、大半の生徒は素直に信じてしまうだろう。
何か人知を超えた力が渦巻いているのを感じていた。この身を引き千切らんばかりの脈動、思わず叫びだすほどのパワーが全細胞で燃え盛っていた。
昨日までのゼロのルイズが、そこらの乞食にでも見えてしまいそうなほどだ。自分の後ろに始祖ブリミルが立っていて、後光がさしているような気さえする。

何度夢見た事だろう。力を手に入れる事を、誰にも笑われない生を歩む事を、悔し涙で枕を濡らさない日々を。

手に入れた力への不安は無かった。公然と囁かれるゼロという蔑称の中で生きる事に比べれば、何物も恐れるには足らない。
昨日までのルイズは、まさに地べたで這い蹲る蛆虫のように惨めだった。何の力も無く、何も出来ず、拠り所といえば偶然に賜った地位と血筋だけ。

「でも、今日からは違う……」

机の上に置かれていた練習用の錠前に手を伸ばすと、それが玩具であるかのように楽しげに、手の平の上に乗せて観察を始めた。
金属製のそれは冷たくてずしりと重く、所々に手垢がこびりついてる。これに向けてアンロックやロックの呪文を唱えた回数は、この1年で3桁を優に超えているだろう。
機械式の鍵ではアンロックによって容易く篭絡されてしまうという事実がある。この世界での魔法の優位性を証明するかのような、単なる力では魔法に叶わないという事を象徴しているようだ。
しかし今のルイズにかかれば、この程度の錠前など何の意味も無い。

「ふんっ……!」

軽く息を吐きながら自らの右手に指令を送ると、長年の敵であり友であったそれは、金属特有の甲高い悲鳴を上げながら飲み込まれた。
人間がどれだけ力を込めようとも、魔法か道具無しには絶対に変形しないはずの錠前が、まるで紙細工か粘土細工のように折りたたまれていく。わずか一呼吸ほどの間に全く別の形に変形してしまった。
完全に握り締められたルイズの拳の中で歪み砕け、道具ではなく単なる鉄くずの集まりになっている。その光景が気の利いたジョークのように面白い。
そうだ、もうアンロックなど必要ない。魔法にのみ頼り切った奴等に、自分の力だけでも鉄槌を下してやれる。思い知らせてやる事が出来る。ルイズは自らの力が愉快でたまらなかった。

夢の中で振るっていた力に比べれば、まだこの程度はほんの児戯に過ぎない。下らない冗談などではなく、世界すら手に入れられるだけの力が私の中に眠っている。
私はまだまだ強くなれるはず。そう、あの4人を蹴散らせるほどに強くなってやる。そして……。
自らの手でない事が少々惜しいが、どれほどの絶望と魔力を吸収したとしても、滅ぼされた我の肉体を完璧に再生させる事は不可能だ。
勇者としての資質を持つこの人間は、愚かな人間に拒絶され、心地よい闇を抱えている。
これ以上の喜劇はあるまい。自らが生み出した怪物、それがお前らを滅ぼすのだから。

「……ん?」

ルイズは小さく頭を振った、何か夢の中の事と混じった気がする。
でもまあ、たいして気にならないし、些事でしかないのだろう。気にすることは無い。

それよりも魔法だ。あの夢の中で使っていたような、数々の素晴らしい呪文が使ってみたかった。
彼が好んで使用していた呪文は、スクェアクラスのウィンディ・アイシクルですら取るに足らないと思えるほどの威力だった。百にも迫ろうかという氷塊がカッタートルネードのようなブリザードと共に吹き荒れ、ありとあらゆる物を一瞬にして凍りつかせてしまう。
氷と冷気を操る中でも最強の呪文、マヒャド。これほど高度な呪文を息をするように連発できれば、それだけで歴史に名を残すことができるだろう。
比べて、自分はよちよち歩きの赤子のようなものだ。もし使えたとしても数発でマジックポイントが切れ、威力も一段下のヒャダイン程度しか発揮されまい。
だがもっとも弱い呪文ならば、まず間違いなく今の自分でも使うことができるはず。

ルイズは机から離れ、家具や壁を傷つけないために出来るだけ中央に足を進めた。過去には何万という失敗があったが、今度こそ成功を確信する。
自分の中にある魔力が正しく練りこまれるのを感じて、ルイズは自らの確信が正しく具現化したことを確信した。
16年間生きてきて欠片も感じ取れなかった"魔法を使う"という感覚の不思議さ、そして心地よさが全身を巡り、指先から形となって噴出す。

「……ヒャド!」

短い詠唱と共に小指の先ほどの氷の粒が現れた。最初は目を凝らさなければ見えなかったそれが、魔力の供給を受けて猛烈な速度で成長していく。
時間にしてほんの1,2秒。僅か1セントにも満たなかった粒が、優に30セントを超える巨大な塊に変貌していた。
周囲には強烈な冷気が纏わりつき、空気中の埃が氷結して輝いている。今まで見たどのような宝石だって、これの前では石ころに違いない。

やった! 素晴らしい! ドットかラインぐらいだけど……、私が魔法を、それも杖もなしに魔法を成功させた!

湧き上がる興奮は眼前の氷を溶かすほどで、自然と息が荒くなるのは当然のことだった。
その大成果に更なる魔力を込め、さらに倍近いサイズまで成長させる。もはやヒャドではなく、ヒャダルコ程度の威力にはなっているだろう。
部屋の気温自体までが引きずられるようにして低下し、春先だというのに吐き出した息が白く染まっている。興奮のためだろうか、寒いとはまったく感じなかった。
何かを抱きしめるかのように広げられたルイズの手の中で、ロマリアのブリザードも恐れをなすような猛吹雪が吹き荒れている。巨大な氷槍を中心として、3セントほどの鋭利な氷の刃と極低温の冷気が渦巻く。
もしこれが命中すれば、果してどれ程の威力を持つのだろうか。当然のように湧きあがったその疑問を解決するため、ルイズは当然のように手も触れず窓を開けた。
今の規模のままでは窓枠を吹き飛ばしかねないので、膨れ上がっていたそれを無理やり圧縮してから外へと押し出す。もはや自分の一部であるかのように操ることが可能になっており、ルイズはますます嬉しくなった。

「さて、的はなにがいいかしら」

自らも身を乗り出して的になりそうな物を探したが、生憎とあのゲルマニア女のトカゲは居なかった。軽く舌打ちし、代わりに中庭に生えていた一本の木に狙いをつける。
破壊衝動のままに両腕を振り下ろせば、一抱えほどもある氷の突撃槍が弾丸みたいな速度で吹っ飛んでいく。背後にダイアモンドダストを振りまくほどの猛烈な気温の低下を見せながら、的となった木を一撃で貫いた。
一人では到底手が回らないほどの大木は腹を大きく抉られ、続いて飛来した無数の刃が表皮をずたずたに切り裂き、最後に襲いかかった冷気が周囲5メイルほどを完全に氷の中に閉じ込める。
木片や樹皮はおろか、傾いでいた上部までもが彫刻のように停止していた。まるでだれかが時計を止め、その瞬間を一枚の絵にしたようだ。

「すごい! すごいすごいすごい! すごいっ!」

ルイズは自分が巻き起こした破壊があまりにも愛おしくて、金属の窓枠を握りつぶしかねないほど興奮していた。
ドットかラインなど過小評価もいい所だ。あれほどの威力になれば、トライアングルですら不可能ではないだろうか。
こちらの水魔法は空気中にある水分の有無に左右されるという馬鹿らしい貧弱さを持っているが、この魔法にはそのような弱点は無いし、威力も段違いだ。
集中などさせずにヒャダルコ本来の範囲に適応させれば、20メイルを超える領域を吹雪で包む事も出来るはず。耐性の少ない者は一瞬で凍りつくだろう。
トライアングルスペルであるウィンディ・アイシクルと似た部分もあるが、ただ単に氷の矢を作って打ち出すという幼稚な呪文とは訳が違った。
魔法語による長い詠唱を必要としないのも利点の一つだ。相手が「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」などと唱えなければならないのに対し、高度に熟練すれば詠唱の必要すらない。

「これよ、この力……! これこそ、私に相応しいわ!!」

今まで他人と違う事に怖れとコンプレックスと絶望を抱き続けた。皆は魔法が使えるのに自分は使えない。だから馬鹿にされる。ヴァリエール家に、貴族に相応しくないと思われる。
誰かが言う、お前は貴族の面汚しだと。無数の人間が自分の事を白い目で見ている。上品に隠された口元からは耳を塞ぎたくなるような言葉が溢れて、逃げ場は小さな船の上にしかなかった。
血を吐くような努力と共に鋼鉄の茨の上を這いずり続けても、闇が深すぎて一筋の光明さえ見えない。家庭教師に、その努力すら滑稽だと笑われたのはいつの時だったか。流した涙で心が満ちて魂が溺れる。
縋りついたのは貴族であるという事、蔑まれる原因の一つでもあるヴァリエールの名に拠り所を求めるしかなかった。まるで道化だと言われ、笑い声が更に大きくなる。

否定され続けたが故に、自分は特別なのだという傲慢な願望が育っていた。自分は確かに他の人間たちとは違う。だが決して劣っているのではなく、大器晩成であるが故にだと。
だからいつかは私も本当に胸を張って生きられるようになり、憧れの王子様が迎えに来て、見捨てられる事に怯え続ける日々も終わるのだと信じていた。信じなければならなかった。
心を壊さぬための防衛反応として生まれたそれは、心の暗闇で膨大な劣等感を糧に枝を伸ばしていた。言葉の刃で切り刻まれ血を流すごとに、魂が引き裂かれる度に成長を続けた黒い大樹。その頂に花が咲く。

ルイズは狂気に目を輝かせながら、ただ独り暗い部屋の中で笑い続けた。


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