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虚無と金の卵-13


アンリエッタ姫殿下の行幸した日の夜。
 ルイズは歓迎式典を終えた後、大人しく自室に戻り、姫殿下の姿を思い起こしていた。
 魔法学院の生徒として、他の生徒や教師と共に姫殿下を出迎えた。
 アンリエッタ姫殿下が馬車から降り、緋毛氈の上を優雅に歩いていく姿――自分と同じように成長している。
 だが、瞼の裏のお転婆な姿とはそこにはなく、気品と威厳、そして優雅さを兼ね備えた一国の王女であった。
 実に立派になった。あの無邪気な頃の姫がいないと思うと少し寂しい。
 だが、その寂しさと同じだけの誇らしさを、ルイズは感じていた。

「なあ、ルイズ。アンリエッタ姫が来てから妙に嬉しそうだな。他の学生のように、うかれているという感じでもない」
「あら、そう見えるかしら?」
「親しみと喜びの匂いを感じる。あの一団の中に、誰か知り合いでもいたのか?」
「うん。そうよ……幼馴染が居たの。声はかけられなかったけど……でも、一目見られただけでも本当によかったわ」

 しみじみとルイズは語る。

「幼馴染か……。良いものだな」
「ウフコックは、そういう人いる?」
「馴染みの友達なら……ああ、俺の生まれた研究所に、イルカの友達と人間の友達が居る」
「い、イルカ? 貴方みたいに喋るの?」

 ルイズの驚いた声に、誇らしげにウフコックは答える。

「ああ。まあ少し荒っぽい性格だが……博識で頼りになる男だった」
「そ、そうなの……。貴方の生まれたっていう研究所をもし見たら、多分卒倒しちゃうかも」
「きっと君の認識の幅が広がることだろう。……ああ、だがチャールズは見ない方が良いだろうな。本気で卒倒しかねない」
「よくわからないけど……ウフコックがそう言うなら、そうなんでしょうね。
 ところで貴方、お仕事をしてたのよね。衛士隊みたいに、犯罪者を捕まえていたんだっけ?」
「ん? ……ああ。まあ正しくは、証人保護、生命保全が目的だったが」
「どうしてその研究所から出て、その仕事を選んだの? 他の友達はどうしたの?」

 ルイズの何気ない問いに、ウフコックは逡巡した。

 ウフコックは嘘を付くことを嫌う。また、同様に何かを秘密にすることも嫌う。
 ウフコックの生来の嗅覚の前には、嘘も秘密も意味を為さない。
 そのため人間の嘘や秘密と言った概念自体理解することに、意外なほどに時間を要した。
 またウフコック自身が誰かを騙す/隠す行為、それは一般人以上に罪悪感を伴う行為だった。
 あらゆる心理を嗅ぎ取る自分自身が、何かを隠すこと。それがどれほどの公平性を欠く行為であるのか、
 十分以上にウフコックは自覚している。
 そのウフコックが、珍しく押し黙った。

「……言い難いことなら、別に良いわよ?」

 優しくルイズは諭す。だがウフコックは、遠くを見るような目で語り始めた。


「一緒に、研究所を出て、都市を目指した友……というより、仲間が居たんだ。
 皆……強かった。どんな窮地に立たされても、諦めることは無かった」

 言葉の響きとは裏腹に寂しげなウフコックの声。ルイズは驚きつつ、耳を傾ける。

「俺が研究所を出たのは……研究所の外の世界に、俺を必要とする人がいると願ったからだ。
 まあ、一緒に研究所を出た仲間達の理由は、それぞれ少し違っていただろう。だが俺達は、決して少なくない数の人達を救ってきた。
 ……彼らと共に仕事して、恐らく初めて、誇らしさというものを感じたと思う。今の俺があるのは、彼らのお陰だろう」
「その仲間の人達が、好きだったのね……」
「ああ。誰もが、かけがえの無い親友だった」
「……今は、その人達は?」

 ウフコックが言いよどむ程のことが起こったのだろう。聞くべきか、聞かずに済ませるべきか、迷う。
 だがルイズは、覚悟を決めて尋ねた。

「……何人かは、死に別れてしまった」
「……! そうなの……」
「俺達の仕事とは、証人を守ることだった。
 俺達のリーダーは、利益の名の下に踏み潰される人を、苦痛に塗れて生きる人を、救いたかったんだ。
 だが、証人が失われることで利益を得る連中は少なくなかった……闘いは避けられなかった」
「……辛かったでしょうね」

 ルイズは、ウフコックの背を撫でた。
 ルイズの手の平に、背を預けるウフコックの重みが伝わる。

「死に別れたときは……ひどく落ち込んだ。本当に自分の道が正しかったのか、迷いに迷った。
 だが今は、彼らの死を無駄にしたくないという気持ちが強いんだ。
 俺は、仲間達の意思を受け継いでいる。どんな状況であれ、俺はそれを貫きたい」
「……今度落ち着いて、貴方の仲間のこと、ゆっくりと聞かせてくれる? もちろん、貴方が良ければ、だけど」
「ああ、いいとも。是非聞いてほしい。皆、武勇伝と呼ぶに相応しい活躍だったんだ。しかし一つ不安があるな」
「どんな?」
「皆、本当に頼りになる人間ばかりだったから、俺への関心が薄れてしまいそうで心配だ」
「あら、嫉妬してくれるの?」
「さあて、どうだろうな」
「貴方の代わりなんていないわよ。……そうだ。仲間の話をしてくれたら、私の幼馴染のことも教えてあげるわ」
「それは楽しみだ」

 このとき、ウフコックは一つの嘘をつき、一つの事実を隠した。
 ウフコックの仲間、そのうちの一人は都市へ出る以前に死亡していた。
 そして更に、9人は都市で死亡した。
 13人中、生き残ったのは3人のみ――その中に09メンバーの指導者はいない。
 戦闘ならばどの軍隊でも全滅と判定するであろうケース。
 少なくとも「何人か」という言葉で表してよい数字では無かった。
 そして、生き残った3人の内の1人でウフコックの元相棒――その男がウフコック達と決別して
 敵の下へ降ったという事実を、ウフコックは口にすることができなかった。


 話し込んでいる内に夜も更け、ウフコックもルイズも寝る支度を整えようとした頃。

「もうずいぶん遅くなったわね……。でも、なかなか寝られないわ」
「余韻に浸りながら床に着くのは悪いものではないさ。また明日に色々と話そうか……」

 ウフコックがだらしなく欠伸をして布団に潜り込もうとした。
 その瞬間、ノックが響く。
 始めに、長く2回。そして短く3回。
 ウフコックの嗅覚に、ルイズの驚き、戸惑い、そして大きな歓喜の匂いが届く。

「……まさか……!」

 ルイズは寝巻きに着替えようとしていたが、急いでブラウスを身に付けて扉を開く。
 扉から入ってきたのは、ローブを羽織り、頭をフードをすっぽりと被った女性。
 手早く後ろ手で扉を閉め、辺りをディティクトマジックで調べ始める。

「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」
「……姫殿下!」

 女性はフードを下ろす。現れたのは、魔法学院総出で出迎えたはずのアンリエッタであった。
 ルイズの顔が輝く。アンリエッタの表情も、明るい笑顔に包まれる。

「ああ、ルイズ! 懐かしいルイズ!」

 アンリエッタはルイズを愛しそうに抱きしめる。だが、ルイズは嬉しさを堪えるように畏まる。

「姫殿下、こんな下賎な場所に来てはなりません……!」
「ルイズ、堅苦しい言葉は止めてちょうだい! ここには枢機卿も母上も、宮廷貴族も居ないのだから」

 総出で迎えたときとは打って変わり、アンリエッタには年相応の明るさが見て取れた。

「お願いよ、そんなよそよそしい言葉はよして、昔を思い出しましょう?」
「姫様……」
「クリーム菓子でつかみ合いの喧嘩をしたこともあったでしょう……本当に懐かしいわ」
「アミアンの包囲線もありましたわ。……ドレスを引っ張り合って、私、気絶してしまいましたわ」
「そうよそうよ! 覚えてるじゃないのルイズ!」
「二人で、泥だらけになってはしゃいでいたりしましたわ。懐かしい……」

 昔の話に花を咲かせて屈託無く笑う二人を、ウフコックは優しく見守る。

「ところで、可愛らしいネズミさんね。ルイズの使い魔さんかしら?」
「ええ。ウフコック、ご挨拶なさい」
「初めまして、アンリエッタ姫。俺はウフコック。ルイズの使い魔をさせて貰っている。
 特技はまあ、お喋りとお洒落といったところだろうか」
「あら、お喋りもできるのね。毛並みも艶やかで、とても綺麗だわ。お洒落さんには間違いないのね」
「ありがとう、アンリエッタ姫。ところでルイズ、先ほど、俺に幼馴染のことを話してくれるという約束をしたが……。
 その約束を果たして貰える、という理解で良いのかな?」
「こ、こらウフコックっ! 姫様の前なんだから、幼馴染なんて気安い言葉、使わないで頂戴!」


 だがウフコックは悪びれもせず、ありのままをアンリエッタに伝える。
 それを聞いてアンリエッタは嬉しそうに微笑んだ。

「いや、ルイズは貴女に対して、強い親しみと誇らしさを感じている。本当に幼馴染の成長を喜んでいる、という感じだった。
 現に先ほどまで、興奮してなかなか寝付けないでいたのだから」
「まあ……嬉しい……」

 感極まったように、アンリエッタは涙ぐむ。

「ここ来てよかったわ。貴方の元気そうな顔が見れたのだから」
「私も、姫様のお姿を見れて……とても幸せです。それに昔のことを覚えてくださっているなんて、感激でした」
「忘れるわけがないわ。……昔は、毎日がとても楽しかったもの」

 アンリエッタが成長し、ルイズがお相手役を止めて別れ、十年近く経つ。
 二人で遊んだ子供の頃の話。別れた後に起きた話。
 相変わらず魔法が使えないこと/宰相に愚痴られてばかりであること。
 魔法学院に入学したこと/父が死んだこと。
 ウフコックを召喚してから変わりつつある日々/政務に追われる日々。
 二人は互いを確かめるように、尽きることなく話し合った。

 だが、ふと、アンリエッタの顔に影が差す。

「……この先も、どうか、私と遊んだ日々、忘れないでいてくれる?」
「……姫様?」

 アンリエッタはまた、来たときのようにルイズを抱擁する。

「きっと貴女なら良いメイジになるわ。ルイズ」

 そして去ろうとしてルイズから離れ、扉に手をかける。だが、ウフコックが呼び止める。

「待つんだ。そのまま帰ってしまって、良いのか?」
「……ええ、私はただ、友達の顔が、見たかっただけですわ」
「そうか……まあ、心許せる友人は何より貴重だ。いつまた会えるかわからないとなれば、なおのことだろう。
 だがルイズにとっても貴女は友だ。友の身を案じる気持ちというのは、大事にしてあげるべきだと思う」

 アンリエッタの、ドアノブを回そうとする手が止まった。
 ルイズも何かの気配を悟る。

「……姫様。何かお話したいことがあるなら、仰ってください。私は誓って、他言など致しません」

 だが、アンリエッタは哀しそうに首を横に振る。

「……いいえ、言えませんわ。貴女を巻き込めはしない」
「ですが……!」
「迂闊に話したら、貴女も無関係では無くなります。まだ学生の貴女に危険を晒させたくありません……」

 王女の孤独――迂闊に触れてはならぬ権威そのもの。
 ルイズは、目の前の敬愛すべき姫に、何かしらの危機が迫っていることに気付いた。
 ルイズは思う。
 助けてあげたい。力になりたい。
 だが――今、自分が手を差し伸べることが出来るのか。果たして差し伸べて良いのか。
 もしアンリエッタ姫を助けるとして、何を命じられてもウフコックと一緒ならやり遂げることは出来る。
 だが――。


 ルイズはウフコックを見つめた。
 やれやれ、と肩をすくめている――頼もしさを伴うふてぶてしさ。

「姫様。私はそれでも構いません。どうか、お話になってください」
「ルイズ……」

 アンリエッタは伏せていた瞳をあげ、ルイズと、ウフコックを交互に見た。

「ありがとう、ルイズ。それに使い魔さん。この話は、どうか他言無用に願います。良いですね?」
「はい、姫様」
「……この学院に来る前は、ゲルマニアに行幸してきました。表向きには……私がゲルマニアの皇帝に嫁ぐため、
 そしてトリステインとゲルマニア間の和平を結ぶためでした。それはご存知?」

 望まぬ結婚であろうことを悟り、ルイズの声は暗くなる。

「はい。……噂ですが、レコンキスタがアルビオンを牛耳ったときのための策と、聞いております……。
 ですが表向き、ということは……」
「本来ならそのはずでしたわ……そういう形式でゲルマニアに行幸しました。でも、実際は裏の目的があったの。
 実は、婚姻というのは周囲の目を誤魔化すための方便に過ぎないわ。正式な話は何も無くて、
 あくまでありそうな雰囲気を作り出しているだけなの」
「裏の目的……」

 アンリエッタは少し沈黙し、言いにくそうに切り出した。

「……アルビオンの外……ゲルマニアやトリステインの貴族の中に、レコンキスタの協力者が居ることがわかったのです」
「トリステインの貴族に!? なんて恥知らずな!」

 レコンキスタの影響で国策が決まったとしても、レコンキスタそのものは対岸の火事。
 大抵の貴族はその程度の認識であり、ルイズもその大抵の貴族に含まれる。ルイズは驚きを露わにした。

「ええ……とても衝撃でしたわ。それも、私やマザリーニの信頼していた貴族が裏切り、
 レコンキスタに協力していたのです……。しかも、私は彼の者に秘密を漏らしてしまいましたわ」
「秘密……」
「……私が、以前にウェールズ皇太子に宛てた手紙です。それを知られれば、トリステインとゲルマニア間の
 国交は悪化し、レコンキスタは勢い付くでしょう。それほどの内容の手紙が、あるのです……」
「姫様、その手紙とは……」

 ルイズの言葉に、アンリエッタは耐えるように唇を結び、首を横に振る。

「ごめんなさい、ルイズ。それは言えないの……」
「ですが、その、レコンキスタに通じている者がおわかりになるのでしたら……」
「彼らは、誰もが一騎当千の魔法衛士隊の隊員なのです。易々と捕まることはないでしょう。
 しかも一人は風の遍在の使い手。こちらが万全を期していても、抑えることは至難の技です」
「そんな人が……レコンキスタなのですね」
「もし捕縛から逃れたら、彼らはアルビオンに逃げることでしょう。そしてその内の一人は、
 手紙のことを知っています。レコンキスタが今や危機に陥っている以上、アルビオンや他国を牽制する材料ならば、
 手段を選ばずに手に入れようとするはずです」
「はい……」
「私がしたためた手紙のために、歴史あるアルビオン王家が倒れ、そして簒奪者がトリステインに牙を向くようなことがあれば……。
 私は、償いきれぬほどの罪を背負うことになります」

 その罪の重さに、ぶるりとアンリエッタは震える。


「……今のうちに動けば、気取られる前に手紙を回収することができます。
 そしてトリステインも、アルビオンも、混乱させることなく事態は収束するでしょう。
 ……しかし魔法衛士隊から裏切りが出たとなれば王宮は浮き足立つことは必須。頼れる者が居ないのです……」
「姫様……ご安心してください。一命に代えましても、その手紙、取り戻して参ります」

 ルイズは、アンリエッタの信頼に応えるべく、目を見つめて頷く。
 だがそこで、黙って話を聞いていたウフコックが割り込んだ。

「……なあ。言葉を挟んでも良いだろうか」
「えっ、い、いきなり何よ?」

 話が纏まりつつ合った瞬間のウフコックの言葉に、ルイズは驚く。

「その手紙の内容については、どうしても言えないということか?」
「そう仰ってるじゃないの」
「まあ、ルイズがアンリエッタ姫の忠実な僕として行くのならば、何の問題も無い。
 号令を聞いて飛び出せばよいだけの話で、目的を遂行する以外の余計な知識は、むしろ邪魔だろう」

 ルイズは、ウフコックの口ぶりに不穏な空気を感じ取る。

「ウフコック……どういう話をするつもりなの?」
「……ルイズ、構いません。ウフコックさん、お話を続けて貰える?」

 アンリエッタに促されて、ウフコックは言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ルイズは貴女の忠実な僕として、立派な働きを見せると思う。
 首尾よく例の手紙を回収し、国としての危機は回避できるだろう。
 そして貴女が頼む限り、貴女に取り入ろうとする誰か、貴女を利用しようとする誰かには
 任せることのできない仕事を、ルイズは何も言わずに進んで請け負うだろう」

 ひどく客観的な物言いに、アンリエッタは固まる。ルイズは恐々としつつ見守った。

「だがもし、だがアンリエッタ姫、もしルイズとの間の友情を信じるのであれば……。
 目の前の友を、どうか信頼してあげてほしい。きっと何を言ったとしても、失望したり、裏切ったりすることはない。
 少なくともルイズは、王女としてだけではなく、等身大の人間として君を心配しているんだ。
 ルイズも、その手紙がどういうものなのか、薄々勘付いているのだろう?」
「うっ……」

 ウフコックの言葉は事実であった。ウェールズに宛てた手紙という話と、アンリエッタの狼狽ぶりを、
 ルイズは頭の何処かで冷静に見ていた。

「事情を聞かずに察して行動するのも、一つの絆の在り方だろうし、それでも問題を解決することはできる。
 だが、より深い話を、一人の人間としての本音を、聞いてあげるべきだ。それができるのは君だけなのだから。
 それとも君はアンリエッタ姫に、王女としての姿しか求めないのか?」
「それは……。でも……」

 逡巡を露にするルイズの肩に、アンリエッタの手が置かれる。

「いいのよ、ルイズ。……そうね、取り繕うとした私がいけなかったわ」

 アンリエッタの顔は、何処か吹っ切れたような表情をしていた。


「貴女にお願いがあります。命令じゃなくて、お願いよ……私の話を聞いて。そして絶対に、誰にも言わないでくれる?」
「……はい」
「私がウェールズ様に宛てた手紙は……恋文です。ウェールズ様に、恋焦がれていました。
 手紙をしたためたときの気持ちは、今も変わりありません」
「そうでしたか……」
「ですが、国を預かる身分の人間が一時の感情に身を任せるなど、あってはならないのです。
 それが露見したら、やがては王族への疑心に繋がります。そしてレコンキスタが勢力を盛り返せば
 アルビオンの戦乱はさらに拡大し、やがては国を挙げての戦争に繋がりかねません……。
 手紙を送った当時は、レコンキスタなんて影も形もありませんでした。でも、あんな手紙を送ってもウェールズ様を困らせ、
 厄介事を引き起こすだけだなんて、わかりきっていたのに……。私は、自分を御することができませんでした。
 私が至らなさのために……皆を、ウェールズ様を苦しめるなんて、耐えられない」

 ルイズは気付く。アンリエッタの感じる後ろめたさと、自分の心を。
 客観的に判断すれば、完全に姫が悪い。方便とはいえゲルマニア皇帝との婚約の話が持ち上がっている以上、
 教会には酷く対面が悪くなる。国内の貴族に関しては、言わずもがな。
 ゴシップ好きの野次馬や、王侯貴族にロマンを求める平民を喜ばせる程度だろう。
 だが敢えてルイズはそれを気付きつつも、心の片隅で、誉れ高い姫君というアンリエッタという偶像を
 守ろうとしていた自分に気付いた。
 無邪気に遊んでいた幼少の頃を瞼の裏に浮かべることはできたが、今、目の前にいるアンリエッタが、
 過去の延長上の当たり前の17歳の少女ということを無視しようとしていたのでないか――ルイズは自問自答する。
 王女であるアンリエッタを助けたいと思ったのは紛れもない真実だ。
 だがその裏、権威ある人間に恩を売りたいという気持ちが一点も無かったと言えるのか――否定は難しかった。
 恥部を視界の外に追いやり、笑顔だけを向け合う関係――アンリエッタの愚痴るような、宮廷貴族と同じではないか。
 ルイズは遠い過去/アンリエッタとの関係を思い出す。
 当然ながら未熟すぎる頃は遠慮など何も無かった。
 無かったが故に、当たり前のようにぶつかりあった。
 ときには互いに罵りあって、掴みあって――そして認めあったのに。

「言うなれば、貴女の友情と忠誠に付け込んで、私の愚かさ、私の泥を被るような仕事を、押し付けようとしていたんです」
「姫様、良いんです」
「……ルイズ」
「私が貴族で、王女に忠誠を誓う身分というのは、代えようがありません。ご命令とあらば、何であれ従います。
 でも、それとは無関係に、私は姫様を案じていますし、姫様が私と喧嘩して泥だらけになったり、
 男の人を好きになる当たり前の女の子だってことも、私だけは理解してます。
 ……だから、困っているのなら、人に言えない悩みがあるなら、私を遠慮なく言ってください。
 私は、いつでも正直に答えます」
「ルイズ……」
「ただし、姫様を怒らせることも言うと思いますので! ……だって私達、友達ですから」

 アンリエッタは、ただ涙を零すがままに任せた。
 ルイズは、アンリエッタをただ抱きしめた。アンリエッタの重圧を軽くしてあげることを祈って。

「ルイズ……手紙をしたため、送ってしまった私が馬鹿だったの。自分の心、自分の未熟さには、自分で決着を着けるわ。
 ……でも、どうか今だけ、貴女に頼りたいの。お願い、助けてルイズ」
「はい……姫様。貴女を助けます」

 アンリエッタはその言葉を聞いて、ルイズを抱き返した。

「……で、友達として質問があります」 アンリエッタが泣き止むのを待って、にやりとルイズが微笑む。
「ええ、ルイズ。何かしら?」 涙をぬぐいつつ、アンリエッタは言葉を返す。
「ウェールズ様の、どんなところが好きになったんですか?」


 ひとしきりルイズはアンリエッタを質問攻めし/無理矢理答えさせ/散々弄りまくった。
 お互い年頃の娘らしく、言葉を潜めつつも話の盛り上がりは激しかった。

「ひ、ひどいわルイズ……やっぱり意地悪で厳しいところも変わってないのね」
「血筋ですもの」

 泣き止んだはずのアンリエッタが涙目で抗議する。

「私は、ウェールズ様との件は個人的に応援はしてますが、それはまた落ち着いて話をしましょう。
 まずは手紙が先決です」
「そうね……」

 その言葉でアンリエッタは気を取り直し、ある物を取り出してルイズに渡す。

「ルイズ、これを持っていって頂戴」
「……これは……」
「ウェールズ様宛てに書いた手紙です。ウェールズ様にお読みになって頂ければ、手紙の返却に
 すぐ応じてくれるでしょう。それと、もう一つ……」

 アンリエッタは、自分の指に嵌められた指輪を外し、ルイズの手を握るように手渡した。

「母君から頂いた、水のルビーです。路銀に困ったら、これを売り払ってください」
「……はい。ありがたく、頂戴致します」
「今日は、本当にここに来てよかった。ありがとう、ルイズ。ありがとう、ウフコックさん。
 おかげで、何だか心が軽くなったようだわ。……誰かとこんな風に話せたのは何年ぶりのことかしら」
「姫様……」
「気にしないで、ルイズ」

 アンリエッタは名残惜しそうにルイズの手を離し、表情を引き締める。

「……正直、アルビオンは危険です。内戦は小康状態ですが、火種が燻っていることには変わりありません。
 だからこそ、レコンキスタに身を落とした彼ら――ワルド子爵らに、あの手紙を奪われてはならないのです。
 ルイズ……どうかウェールズ様に宛てた手紙を取り戻して、無事に戻ってきて頂戴……」

 そして、その名を、ルイズは聞いてしまった。
 アンリエッタとは別の、もう一つ過去からの衝撃――あざなえる縄のような悪意に、ルイズの心は縛られる。


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