あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロメロディ

 空を見ると思い出す。
 あの青空に漂う雲のように自由だった、彼の事を。

「はふゥ……」

 下宿兼職場である教会兼孤児院の屋根裏部屋の小さな窓から空を見上げた少女、ウェンディ・ミゼリアは、吐息とともに肩を落とし、その空色の長い髪を揺らした。

「今日もいい天気……」

 今日も、このパーリアの街は晴天らしかった。
 外は朝の陽に溢れていた。静けさの中に、徐々に人々の活動の音が混じり始める、暁の時。

「よッと」

 軽やかな体さばきで布団から跳ね起きて、一伸び。
 寝巻きを脱ぎ捨て、髪をトレードマークである三つ編みに編んで普段着に着替えると、気分は仕事モードだ。

「あはは……なんだか、ウソみたい」

 ついこの間まで、こんな仕事、嫌で嫌で仕方がなかったのだが。
 一年以上に渡る旅を終え、パーリアに戻ってきたウェンディは、しばらく気が抜けた状態だった。
 それを見かねたのか、旅のパーティメンバーの一人だったカレン・レカキスは、ウェンディにこの仕事―――教会の孤児院での、住み込み家政婦―――を紹介したのだ。
 最初は、慣れない子供達の世話に四苦八苦して、さめざめとすすり泣く事もあったが……彼女は、もう旅を始める前の、人間不信でひねくれているだけの少女ではなかった。
 決して楽ではない―――どころか、まるで物語の英雄が辿るような、封印されたダンジョンと凶悪なモンスターを相手にし続けた旅によって、肉体的、精神的に鍛えられていた事もあった。
 しかし、それよりも……彼女の中に、一本のゆずれない芯が通っていたのだ。

『好きです。この気持ち、ずっと忘れませんから』

 別離の際のその言葉が、今の彼女の原動力だ。
 彼に恥じない自分になりたい。それが、彼女にその本来の強さと優しさをどんどんと取り戻させていた。

「―――さん。私、今日も頑張ってみます」

 空に向かって一言呟き、ウェンディは自室のドアを開け、

「こぉらっ、ピーター! またイタズラして―――!」

 そして、ドアの外に待ち構えていたイタズラ小僧に注意しようとした、その時だった。
『我が導きに、応えなさい!』

「えっ!?」

 魔法で大きく響かせた声のように思えたそれは、涙を堪えた少女の、切羽詰ったようなものだった。

「えええええッ!?!?」

 そして、目の前に現れる巨大な光の鏡。
 子供の首根っこを引っ掴もうとしていた手が避ける間もなくソレに吸い込まれ、そこから体全部を引きずり込まれてしまう。
 ああ、旅をしていた頃はこんなトラブルもあったなぁ、などと視界いっぱいに広がる光の中で思いながら、ウェンディの意識はそこであえなく爆ぜた。

§


「平民だ! ゼロのルイズが平民を召喚したぞ!」

 トリステイン魔法学院、春の使い魔召喚儀式の場は、嘲笑に包まれた。
 その中心にいる少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが杖を振るうと、いつものように起こる爆発。
 その最後の一発が盛大に巻き上げた土煙が晴れ始めたそこにいたのは、どう見ても自分達貴族が着るような物ではない簡素な服を着た、一人の少女だったのだ。

「あたた……もォ、なんなんですかァ……?」

 三つ編みにした空色の髪が盛大に乱れ、ふらつく頭を押さえるように、その手がぐしぐしとかきあげている。ウェンディだった。
 やがて、完全に煙が晴れる。
 杖を振り上げた体勢のまま、ぷるぷると肩を揺らしていたルイズが、大股でウェンディに近付いていった。

「あんた誰?」
「はァ……?」

 不機嫌そのものの声をかけられて、ウェンディは眉を寄せた。
 声質自体は、鈴が鳴るような可憐なものだったが……惜しいかな、それはあまりに不機嫌さを含んでいて台無しになっている。

「あなたこそ誰ですか? っていうか、ここどこですか?」
「っ! あんたねえ! 平民のくせに、貴族に向かって何よその態度っ!」

 ウェンディが少し不機嫌を乗せて返事を返すと、途端にヒステリーを起こす桃色の髪を持つ少女。
 ああ、と、ウェンディはなんだか懐かしさを感じた。
 レミット・マリエーナ。公国の王女であるという彼女が、よくこんな怒り方をしていた気がする。旅の後半は、だいぶ丸くなっていたけれど。

「はあ、それは失礼しました。でも、名乗ってもいないのに、見た目だけで貴族だなんてわかるはずないじゃないですか」
「……何言ってんのよ。マント着てるのが見えないの?」

 ウェンディとしては当然の疑問を口にしただけだったが、ルイズは青筋を浮かべて怒りに震えていた。
 ルイズにとっては、『マントを着てたってお前は貴族には見えない』と言われているも同然だったからだ。
 それは、彼女のコンプレックスを何よりも刺激した……いや、そのコンプレックス自体から来る被害妄想だからか。

「はぁ……マントを着ていれば貴族なんですか?」

 ウェンディのそれは、『マント着てたって魔法使えないお前じゃ貴族じゃないよねーpgr』というような皮肉など一切篭められていない、純粋な疑問であったが、今のルイズにそんな事に気付く余裕はなかった。


「あ、あんた、死にたいの? 死にたいのね?」
「はァっ!? な、なんでそんな事になるんですかァ!」

 というか、思いっきりそんな被害妄想バリバリだった。手に持っている、聖歌隊の指揮棒のようなタクトを振り上げ、今にも振り下ろしそうだった。

「ハハハ! 平民にもバカにされてるぜ!」
「さすがゼロのルイズだ!」

 爆発が完全に収まり、彼女達のやりとりが聞きとれたのか、周囲がどっと笑いに包まれる。
 それには、ルイズのみならず、克服しかけていたウェンディの体も震わせるほどの嘲りが含まれていた。

「…………」
「あ、あの……?」

 ルイズは、振り上げていた杖を力なく下ろし、うつむいて肩を震わせる。
 その顔には、酷く見覚えがあった。―――かつての自分の姿、そのものだ。
 嘲られ、見下され、そして何よりも自分自身が、見下される事を是と思っている。自分をいじめている連中を憎みながら、見返してやると息巻きながら、心のどこかでは、自分なんていじめられて当然なんだと諦めてしまっている。

「……ハァ」


 ウェンディは、とりあえずここがどこかという問題を棚上げした。旅をしていた頃には、別のところにワープする魔法陣だなんてそれこそいくらでもお目にかかっている。
 こんな遠くっぽいところまで飛ばされるほど強力な魔法なんて、どうやってかけられたのか皆目見当もつかないが、まあそういう事もあるのだろう。あの古代文明キラーの引き起こすトラブルなら、起こりかねないと思った。
 そんな事よりも……ウェンディは、それ以上儚げに揺れる桃色の髪を見ていられなかったのだ。

「だいじょうぶ」
「っ!?」

 ぽふん、と、その小さな体躯を抱きしめた。びくん、と桃色の髪が震え、体を硬くする。

「だいじょうぶ」

 もう一度、泣いている幼子をあやすような声で抱きしめる。
 言葉による慰めなど効かないどころか逆効果だ。それは、自分の経験でわかりきっている。
 ―――あの旅の始めの頃、近付いてくる彼に対して行った数々の無礼を思い出してちょっと情けなくなるが、今は割愛だ。
 いきなり抱きすくめられて呆然としてしまっている桃髪少女をそっと離し、ウェンディはすっと立ち上がった。

「あなた達ッ!」

 まるで慈母のような雰囲気を纏ってルイズを優しく抱擁した少女に声を失っていた周囲の生徒達は、いきなり怒鳴られてビクっと飛び上がった。

「こんな女の子を皆していじめて、恥ずかしいと思わないのッ!?」

 以前のウェンディだったらとても言えないような言葉だったが、孤児院での家政婦経験が、彼女の神経を図太くさせていた。
 やんちゃなガキどもと来たら、もう言葉が通じないサルと同レベルなのだ。大人しくしているのはお菓子を食べている時ぐらいの。
 怒鳴る事には、慣れてしまっていた。

「い、いや、だってそいつ、魔法の成功確率ゼロだし……」

 剣幕に気圧されたのか、小太りの少年がおそるおそると反論するが。

「はァ!? 魔法!? そんなもん使えようと使えまいとどうでもいいでしょ! そんな程度の事であんないじめをしてるのあなたはッ!? それでも男の子ですかッ!」
「ひィっ! す、すいませんっ!」

 一瞬で撃墜された。
 伏せてしまった少年の顔がどこか恍惚に赤らんでいたのは、幸運な事に誰も目にする事はなかった。

「おい平民、聞き捨てならないな。我ら貴族の力たる魔法がどうでもいいだって?」
「はァ?」

 太っちょの少年を蔑むように見ながら、別の男子生徒が前に進み出る。

「始祖より受け継いだ魔法の力をどうでもいいなどと口にするその無礼。事と次第によっては、ただではすまないぞ?」
「始祖……?」

 少年は、杖を構えながら凄んでくる。
 とはいえ、超古代の防衛システムすら打ち破ったパーティの一員であるウェンディには子供の背伸びもいいところだったので、それに対処するよりも、聞き慣れない言葉に首を傾げる方が先であった。
 旅を続けている時に、何回かこんな感覚を覚えた事がある。そう、文化の違い、という奴だ。
 信じている神からちょっとした生活習慣まで。ところ変われば、人はガラリと変わる。自分とは違うそれに引っかかった時の感覚だった。
 結構遠くまで飛ばされちゃったのかしら、と考えたところで、周囲にいた子供達の人垣から、一人の中年男性が現れた。

「ミスタ・ロレーヌ! いたずらに力を誇示するのは止めなさいと言っているでしょう!」
「み、ミスタ・コルベール」

 少年を一喝したその男性は……見事にハゲだった。

「どうも、失礼をお許しください、ミス」
「ああ、いえ……」

 こちらへと近付き、頭を下げてくる男。
 節くれだった杖を持ち、知的な目にメガネを光らせるその姿は、熟練の魔導師と言えなくもなかったが……頭のつるピカが、どこか親しみやすさを演出していた。


「あの、すいません、ここはどこですか? 光の鏡みたいなものに吸い込まれたと思ったら、いきなりここにいたんですけど」
「はい。ここはトリステイン王国、トリステイン魔法学院。あなたはそこのミス・ヴァリエールの『サモン・サーヴァント』によって、ここに召喚されたのです」
「……聞いたコトないですけど。はぁ、召喚ですか……」

 落ち着いた態度で返答されて、とりあえずは落ち着いた。
 地名や魔法名を聞いた事がないのは、知人の古代文明マニアに散々わけわからん話を聞かされてもう慣れている。ウェンディに深く溜め息をつかせたのは、『召喚』という単語だった。

「よくわかりませんが、魔法学院ということは、私は何らかの魔法でここに呼ばれてしまったと、そういうわけですね?」
「はい、そうなります」

 いやそうなりますじゃねーだろこのハゲ丸、と心の中で毒づいたが、周囲は子供ばかりのこの場で唯一話が通じそうな大人だったので、なんとか喉まで出かかったのを堪えた。

「じゃ、早く返してください」
「はい?」
「いや『はい?』じゃなくて。さっさと返してください。忙しいンです、私」

 雇い主のズボラさを思い出して、ウェンディは暗澹たる気持ちになった。
 あのスチャラカ神父にまかせておいたら、三日で教会がゴミ捨て場同然になる。一刻も早く戻る必要があった。

「うーん、と言われましてもですねえ……」

 だが、男は困ったように頬をかいていた。
 ……まるで、雇い主の神父が言いにくい事を頼んでくる時のようだ。ウェンディは嫌な予感しかしなかった。

「……もしかして、返せないとか言うんじゃ?」
「実はその通りでして、ハイ」

 ハイじゃねーよこのダラズ、と、自らの使える最大威力の物理魔法『ヴァニシング・レイ』をカマしたくなるのを、寸前で堪えた。

「……詳しく説明してもらえますか?」

 三白眼で睨みつけられた男、ジャン・コルベールは、汗をかきかき事情を話し始めた。

§

「―――ここは貴族に魔法を教える学校で、二年生に上がる際に魔法で動物を呼んで使い魔にする。元々知性のない動物を呼び出す魔法だから、送り返す魔法なんて作られていない。そして、この子、ルイズちゃんがそれを使った時に、なぜか人間である私が召喚されたと……」

 学院の教師であるというコルベールが話した事を要約すると、そういう事だった。

「動物扱いですか、私……」
「い、いえいえ。決してそのようなわけでは……人が呼び出されるというのは、非常に珍しいというか、前例のないケースでして……」
「はァ……それで、使い魔を召喚出来ないとルイズちゃんが進級出来ないので、使い魔になってほしいと」
「そ、そういう事になります」
「はぁ、勘弁してくださいよォ……」

 とんでもない事に巻き込まれた、とウェンディは頭を抱えた。
 まったく、ようやく仕事にも慣れてきたところだったというのに……これなら、まだあの古代文明ヲタクの起こすトラブルの方がマシ……でもないような気もするが、こんな見も知らない場所に飛ばされる事はさすがに……その内あるような気もするが、ええい、まあとにかく。
 久しぶりに、ウェンディは自分の不運を嘆いたのであった。

「もう一回その『サモン・サーヴァント』とやらを使えば、違うのが出てくるンじゃないですか?」
「い、いえ、実はこれ、結構神聖な儀式でして……やり直しというのは、原則認められないのですよ。最初に選ばれた使い魔が、始祖のお導きによりもっとも相性のよい相手とされていますので……」
「だからって、人を使い魔にするなんて無茶すぎです。っていうか転移魔法で無理矢理に拉致ってほとんど一生束縛されるなんて普通に人道に反してます。勘弁してください」
「む、むう」


 ウェンディとコルベールの舌戦を、周囲は固唾を飲んで見守っている。
 先ほどウェンディに絡もうとした少年をはじめとしたプライドの高そうな幾人かは、平民風情が生意気に、とでも言いたげに眉を歪めているが、それ以外は頭がついていっていない様子だった。

「し、しかし、平民の方にしてはご理解が早いですね……もしかして、魔法についてお詳しいので?」

 コルベールのそれは苦し紛れの話題そらしのようだったが、紛れのない好奇心も多分に含まれていた。
 ウェンディの、身の上を嘆きはするも、魔法については疑問を持たず、なおかつ一定の理解をしている様子に、ただの平民ではないと直感したのだ。
 未知と常識外の匂い。
 自らも変人であると自覚のあるコルベールは、興味さえ向けば、そういうものに敏感なのだった。

「魔法? まぁ一通りは使えますけど、詳しいってほどじゃ」

 事も無げに言ったウェンディに、ざわっ、と周囲の空気が変わった。
 一番驚いたのは、呆然と教師と少女のやりとりを見ていたルイズだ。

「あ、あなた、メイジだったの!?」
「メイジ? はあ、魔法使いの事をそう呼ぶ事もありますね。私は専門じゃないですけど」
「せ、専門じゃないって何よ。メイジはメイジでしょう?」
「うーン……?」

 どうにも話が噛み合わない。さきほど少年が噛み付いてきた時と同じ感覚だった。

「魔法についての風習が違うのかな……? 始祖がどうとか、貴族がどうとか言ってたし……」

 貴族しか魔法を使う事を許されていないとか、そんな感じだろうか。とウェンディは当たりをつけてみた。そしてそれは、結構的を射ていた。

「うーっ! 何をごちゃごちゃ言ってるのよ! 魔法が使えるっていうなら使ってみなさいよ!」
「はあ。じゃあとりあえず……『ウォーター・レストレイション』!」

 ヤケっぱちに叫んだルイズは、聞き慣れない呪文を唱えた目の前の少女を包むように表れた水の塊に心底驚き、声も出ずに口をぱくぱくさせている。
 『ウォーター・レストレイション』。それは、地水火風を司る精霊に呼びかけ、力を貸してもらう精霊魔法の初歩の初歩。水の精霊の力を借り、少しずつ傷と体力を癒していく魔法だ。
 そしてルイズの反応は、そのままそっくりと周囲の生徒達も同じだった。唯一驚いていないのは、『精霊と仲良しさんの人間なんて珍しいのね、きゅいきゅい♪』と微笑ましそうに呟いて主人に杖で殴られている竜種ぐらいである。

「はい、使いましたよ……って、どうしたんですか、そんなハトがビームくらったような顔をして」
「せ……」
「せ?」
「先住魔法ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!???」

 ルイズの叫びで、周囲の生徒たちの様子が、はっきりと恐怖のそれに変わる。
 ゆらゆらとウェンディの周りを取り巻いて浮いている水の塊を、ルイズもコルベールも周囲の生徒も、お化けでも見るかのように見つめていた。
 起こっている現象自体は、メイジ達の扱う系統魔法でも不可能な事ではない。空気中の水蒸気を集めて流水にする水の魔法と、物を浮かせる事の出来る『レビテーション』を組み合わせれば出来る事だが……彼女は杖を持たず、しかも同時にそれをやってのけたのだ。

「せんじゅうまほう? いや、これ精霊魔法ですケド……」
「なななな何よそれ! そんな魔法聞いた事ないわよ!」
「うーん、冒険用の、ごく一般的な魔法のはずなンですが……」
「う、うーむ、これは……驚きましたな」

 もしや、魔法そのものも何か違うのだろうか。だとしたら、どんな遠くまで飛ばされてしまったというのだろうか……。
 ルイズだけではなくコルベールすら同じ反応をしているのを見てそんな事を思ったウェンディの頭に、ふと嫌な予感がよぎった。まだいじめられっ子だった時から、こんな風に閃くような予感は―――特に悪いものに関する事は、よく当たったものだ。

 異世界。
 ここが、住んでいたところとは違う世界であるという可能性だ。その存在を、ウェンディは知っていた。
 『彼』が住んでいたという異世界『チキュー』は、魔法の存在しない世界であるらしいから、ここはそうではないのだろう。
 しかし、旅の途中の打ち捨てられた廃坑で見つけた謎の鏡は、それまた別の異世界―――確か、怪獣と異常気象の飛び交うオモシロカッコいい世界だとか鏡自体が言っていたが―――に繋がっていた。(くぐらなかったから実際にあるのかはわからないが)
 もしかしたら、『世界』というのはいくつもあって……ここは、そんな中の一つなのかもしれない。


 ……うわァ。

 そこまで思いついて、ウェンディは再び頭を抱えた。
 知り合いの古代文明グルイならば小躍りして喜びそうな状況だったが、なぜそれが自分に振りかかるのか。もっと喜びそうなヤツ他にいるじゃん。どこぞの古代文明ストーカーとかさァ。
 こんな見知らぬ土地に一人で放り出されてどうしろと―――。

「―――あ。それって……」

 そして気付く。
 それは、『彼』と同じじゃないのか。
 魔法の使えぬ世界からウェンディ達の世界に事故で飛ばされて、確実に帰れるかどうかもわからないまま一年半も旅を続けて、それでも優しく笑っていた『彼』と。
 ……というか、同じ状況になってみてわかる。それは異常だ。私なんて、本当にそうかもわからない、ただ思いついたというだけで、こんなにも取り乱しているというのに。

「あの」
「あ、は、はい。なんでしょうか?」
「ほんっっとーに、帰る方法ってないんですか?」

 驚きと恐怖一辺倒の生徒達とは違い、それに好奇心が半分ほど混じり合った、どこか子供のような眼で『ウォーター・レストレイション』の水を眺めているコルベールに、ウェンディは少し凄みながら聞いた。
 ―――私にも、やれるかな。
 『彼』に会う前の自分だったら、思いつきもしなかったであろう思考。

「う、うーん。どうしてもと言うのであれば、そこまでの旅費ぐらいだったら出させていただきますが……トリステインを知らないというのであれば、帰り道もわからないのではないですか?」
「そうですね……確かに、帰り道がわかりません」

 先ほどの説明の中では『神聖な儀式だからやり直しは認められない』とかいうような事を言っていたのに、随分と妥協した返事になっていた。先住魔法とかいうのは、そこまで恐ろしいものなのだろうか?
 しかし、そのコルベールの言葉は、徒歩で帰る事を前提にしたものだった。異世界に帰る方法など想定もしていないのだろう。
 ―――無理かもしれない、と不安が襲ってくる。
 でも。
 もし帰る事が出来たのならば、胸を張って『彼』に会える気がする。
 『彼』に会うために、異世界でもどこでも行ける気がする。

「わかりました。帰るための魔法を探してくれるという条件を飲んでくれるなら、使い魔、やってあげます」

 だからその一歩目を、大好きな『彼』と同じ道程を、いじめられっ子だった少女、ウェンディ・ミゼリアは踏み出した。



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