あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ベルセルク・ゼロ-23


 『桟橋』と呼ばれた巨大な樹木から伸びる一本の太い枝に、何本ものロープを使って帆船が吊るされていた。その帆船の舷側には翼が設けられている。そう、これはただの船ではない。空を舞う飛行船なのだ。
 通称『白の国』とも呼ばれるアルビオンは巨大な浮遊大陸だ。そこに渡るためにワルドが急遽都合したその船の甲板で、船長とおぼしき初老の男が苛立たしげにパイプを吹かせた。
「いつまで待たせるんですかい? 急ぎだっていうからこっちは寝入りばなの船員を叩き起こしてまで出航の準備を整えたんですがね」
 船長は吸い込んだ煙を嫌みったらしくはぁ~、と吐き出した。
 ワルドはそんな船長をぎろりと睨みつける。船長は肩をすくめて「おぉ怖い」と呟いた。
 ルイズはまだ乗船しておらず、自分たちが上がってきた『桟橋』の階段をじっと見つめていた。
「ルイズ」
 ワルドは甲板の上からルイズの背中に声をかけた。ルイズは無言でふるふると首を振る。
「いや。私、もう少し待つわ。あいつ、言ったから。『すぐに行く』って、そう言ったから」
「だがルイズ……我々には時間があまり無い。それに、もしかすると彼はもう……」
「使い魔を信用しろって言ったのはあなたよワルド!!」
 キッ、と振り向いてルイズは声を張り上げた。その目には涙をいっぱいに溜めている。
 その涙がこぼれてしまわない様に、ルイズは懸命に歯を食いしばっていた。
 ワルドはため息をつくと、帽子をくしゃりと押さえつけた。
「……わかった、待とう。だが、あと半刻だけだ。それまでに彼が間に合わなければ出航する……いいね?」
 ルイズは返事をしなかった。代わりに一瞬俯くと、再びワルドに背を向けてじっと階段を見つめだす。
(ふぅ…まいった。妬けるね、どうも)
 そんなルイズの様子に、ワルドは苦笑いを浮かべるのだった。


「ちょこまかするんじゃないよ!!」
 ラ・ロシェールの夜空にフーケの怒声が響く。フーケの苛立ちを表すように、フーケの操る巨大な岩ゴーレムは豪快にその腕を振るった。
 地を駆けるキュルケに向かって振るわれたその腕は、もろともに岩造りの家屋を薙ぎ倒す。
「な、なんだありゃ!? 岩の巨人!?」
「ば、化け物だ!! 逃げろーーーーーッ!!」
 町の人々は突然現れた破壊の権化に混乱し、寝巻きのまま家を飛び出し逃げ惑っていた。ゴーレムがところかまわず振り回す腕はラ・ロシェールの町並みを瓦礫の山に変えていく。
「む、無茶苦茶するんじゃないわよッ!! 何考えてんの!? アンタこんな真似したら死刑確実よ!?」
 ゴーレムの腕をすれすれでかいくぐりながらキュルケはフーケに罵声を浴びせる。
 幸い、まだゴーレムの攻撃による死者は出ていないようだが――トリステインの重要な交易港であるラ・ロシェールをこれだけ破壊してしまってはまず間違いなく縛り首だ。
「はんッ! どの道わたしは脱獄犯で縛り首決定さッ!! なら精々好きに暴れさせてもらうよ!! もっとも……捕まる気なんてさらさらないがね!!」
 ゴーレムが硬く握った拳をキュルケに向かって叩きつける。直撃こそ免れたものの、その衝撃にキュルケの体は浮き上がり、瓦礫の山に突っ込んだ。
「あいたた……んもう!!」
「とどめ!!」
 ゴーレムがその腕を大きく振りかぶる。瓦礫から身を起こし、頭を振るキュルケに腕を叩きつけようとして―――嫌な予感にフーケのうなじが逆立つ。フーケは背後を振り返った。
 風竜シルフィードにまたがったタバサが猛スピードでフーケに迫る。
「ちぃッ!」
 フーケの杖の動きにあわせ、ゴーレムは振りかぶった腕をタバサに向かって振るった。シルフィードは翼をはためかせ、ひらりとその腕をかわす。その背にしがみついたまま、タバサが杖を振る。
 氷の塊がフーケに向けて射出された。ゴーレムのもう一方の腕がフーケの前に翳され、巨大な壁となってそれを弾く。
「ファイヤー・ボール!!」
 キュルケも炎の玉を放ち、直接フーケを狙った。しかしそれもまたゴーレムの巨大な腕により防がれる。ゴーレムの腕にまとわりついた炎は、ゴーレムが大きく腕を一振りすると風に吹かれてかき消えてしまった。。
「やっぱり大きすぎだわこのゴーレム……もう、反則よ!!」
 再び迫ってきたゴーレムの腕をかいくぐって、キュルケは毒づく。


 シルフィードに乗って空を舞うタバサにも、ゴーレムの腕が二度、三度と続けて振るわれた。
 ひらりひらりと軽やかにシルフィードは身をかわすが、その背に乗るタバサは歯を食いしばっている。
 シルフィードの回避行動により立て続けに行われる急な旋回は、その背に乗るタバサに大きな負担をかけていた。タバサはゴーレムの射程の外まで(即ちそれはタバサの魔法の射程の外をも意味する)後退せざるをえなかった。
「本当にすばしっこい奴らだね。このままじゃキリがないわ……ん?」
 住人が避難してがらんどうになった家を見て、フーケはにやりと笑った。思い付いた。ちょろちょろ逃げる害虫をぷちっと潰す方法を。
 誰もいなくなった三階建ての家屋をゴーレムは両腕で挟み込む。ゴーレムはみしみしと音を立て、そのままその家を土台ごと引っこ抜いた。
「なぁッ!?」
「…ッ!!」
 余りの出来事に、キュルケとタバサは目を丸くして声を失った。
 ゴーレムは抱え込んだその家を頭上に振りかぶる。
 狙いはさっきから足元をちょろちょろしてうっとうしい赤髪の女――キュルケだ。
「さあ、よけてみなぁッ!!!!」
 ぶん、とゴーレムは勢いよくその家を投げ放った。巨大な岩の塊が猛然とキュルケに迫る。宙を舞うその家は、月の光を受けてキュルケの周囲に大きな影を落とした。
「そんな……嘘でしょ?」
 キュルケは呆然と呟く。
 前へ走る? 間に合わない。後ろへ走る? 間に合わない。横へ飛ぶ? 間に合わない。上へ飛ぶ? ――間に合うはずが無い!
「くッ…!」
 タバサがシルフィードを駆り、全速力でキュルケのもとへ向かう。
「タバサーーーーーーーーーッッッ!!!!!!」
 だが、それも到底間に合わず、タバサの目の前で――キュルケの姿は巨大な瓦礫の下に消えた。
「あーはっはっはっはっはっは!!!!」
 ずずん、と大地を揺るがす衝突音をバックミュージックに、フーケの哄笑が響く。
 ゴーレムの肩の上で勝ち誇るフーケを、タバサはキッ、と睨みつけた。
「よくも…!」
 フーケ目掛けてシルフィードが一直線に飛ぶ。振るわれるゴーレムの右腕。猛然と迫り来るソレを、腕の下をかいくぐることでなんとかかわす。
 しかし、間髪入れず迫る左腕。かわすのが精一杯で、タバサはフーケとの距離を詰めることができない。
 体勢を崩したシルフィードとタバサは、再びゴーレムの手の届かないところに撤退するしかなかった。
「ふふ……そのまま尻尾を巻いて逃げ出したってかまやしないよ、『雪風』のタバサ? もう十分に気は晴れた。わたしもこれからは忙しい身だ。そうそう時間もかけていられない……あんたのことは見逃してあげる」
「あなたの気が晴れても私の気が晴れない。あなたは私の大切な友達を殺した……絶対に、許さない」
「じゃあいつまでもそんなとこにいないで来なさい、羽虫。言ったでしょう? 忙しいの、わたしは」
「言われずとも」
 タバサの声を合図にシルフィードは上方に向かって翼をはためかせた。風を切り裂き、シルフィードはぐんぐん上昇していく。
「ハッ! 結局逃げるのか!?」
 フーケはどんどん小さくなるタバサを見上げて笑った。
 ゴーレムの肩に乗るフーケが豆粒ほどの大きさに見える高さまで来て、ようやくシルフィードは上昇をやめた。
「何のつもりだ?」
 怪訝そうに目を細めてフーケはタバサの姿を追う。
 フーケの方からも、もはやタバサと風竜の姿は小さな点にしか見えない。
 タバサは自らの位置をゴーレムの『真上』に調整すると、今度は一転、急降下を始めた。


「突撃、ってかい!?」
 フーケは迫り来るタバサを視界に収めたまま、ゴーレムの腕を構えさせる。
 標高が高くなれば高くなるほど気温は下がる。タバサはまるで身を切るような冷たい風に耐えながらぐんぐんシルフィードを降下させた。
(ゴーレムは人の形を模している以上、その腕の稼動範囲には限界がある)
「上から来ればゴーレムの動きを限定できると思ったかい!? あいにくだね! ゴーレムはその気になりゃあ『関節』なんて概念取っ払っちまえるのさ!!」
 フーケは笑う。みしみしと音を立て、ゴーレムの肩が回りだす。その動きを誇示するように、ゴーレムは上に向かってぶんぶんと腕を振り回した。その動きは確かに人間の稼動領域を超えている。
 しかしタバサは止まらない。
 いよいよタバサとフーケ、二人の距離はお互いの顔を視認できるまでに近づいた。
 タバサを見上げるフーケの顔には凶悪な笑みが浮かんでいる。
「叩き潰してやる!!」
 フーケが杖を振り、ゴーレムで迎え撃とうとしたその刹那。
 タバサはシルフィードの背を離脱した。
「なにッ!?」
「『フライ』」
 シルフィードの背を飛び離れたタバサはフーケから見て右に、シルフィードはそのまま左に旋回する。
 タバサの姿を視界に収めればシルフィードがフーケの死角に入り、シルフィードの姿を視界に収めればタバサの姿が死角に入る。
 いかにゴーレムの扱いに長けたフーケといえど見えない相手を迎撃するのは不可能だ。
「小賢しい!!」
 フーケは迷うことなくタバサを自らの正面に置いた。
「所詮あの風竜はアンタの使い魔! アンタが死に、その支配から逃れればわたしを狙う道理はない!!」
「……英断」
 タバサは唇を噛んだ。
「終わりだ! 『雪風』のタバサ!! そんなへなちょこな『フライ』で私のゴーレムをかわせると思うな!!」
 眼前に迫ったゴーレムの腕に、覚悟を決めたのかタバサは目を閉じた。
「万事休す」
 そう呟いて目を開いたタバサは、ほんの僅かに――だが確かに、意地悪な微笑みをその顔に浮かべていた。

「……なんちゃって」

 タバサは突然降下を止めて今度は逆に上昇する。タバサ目掛けて迫っていたゴーレムの腕が空を切った。
 フーケは苛立ちを隠そうともせず、舌を鳴らす。
「チッ! この期におよんで、一体何のつもり……」

「はぁい♪」

 聞こえるはずの無い声を、背後から聞いた。
「馬鹿な……」
 思わず声を漏らし、フーケはゆっくりと振り返る。
 月明かりが燃えるような赤い髪を、妖艶なその肉体を映し出す。
 『微熱』のキュルケがそこにいた。
 巨大な岩ゴーレムの肩の上で、キュルケとフーケが対峙する。
「ここまで近づけばあなたのゴーレムはもう役に立たないわ。まさか自分もろとも私を叩き潰すわけにはいかないものね。距離を取る? 無理よ。私、もうあなたの傍を離れるつもりはないもの」
 右手に持った杖を構え、キュルケは妖しく微笑む。
「私が限定したかったのはゴーレムの動きではなく、あなたの視界。下から接近する彼女に気付かぬよう、あなたの目を上方に固定しておく必要があった」
 一瞬の隙をついてシルフィードと合流したタバサは、その杖をフーケに向けている。既に詠唱は済ませており、いつでも氷の槍を撃ちだせる状態だ。


 フーケはぎり、と奥歯を噛み締めた。
「『微熱』のキュルケ……アンタ、どうやってあの状態から……」
「見くびらないでちょうだい。確かに『微熱』は私の二つ名。でも、扱える魔法は何も『火』だけじゃなくってよ?」
 言われてフーケは気がついた。月明かりなので分かりづらかったが、よく見ればキュルケの服や髪には所々泥が付着している。
「『錬金』…! 地面を泥に変えて……!!」
「前後左右が駄目。上も駄目。じゃあ、下しかないわよね。前にあなたが見せた錬金を参考にさせてもらったわ。でもやぁね。あなたと戦うと毎回汚れちゃう」
 キュルケは泥の付着した自分の髪をつまみ、はぁ、とため息をついた。
「くっ…! だが…、『雪風』のタバサ! アンタはどうやってそのことを知った!? 私と同じく、アンタにもこの女が潰されたようにしか見えなかったはずだ!!」
 納得のいかないフーケはタバサの方に向き直る。
「瓦礫の下敷きになる直前、彼女は私の名を呼んだ」
「は…? そ、それだけで……!?」
「以心伝心、ってやつよ。私たちを甘く見ないでちょうだい、『土くれ』のフーケ」
 フーケは呆然と立ち尽くす。タバサはぶい、とピースサインをしてみせた。
 わなわなとフーケの肩が震える。
「チェックメイトよ、フーケ。もうあなたに道は残されていない」
 キュルケはフーケに語りかける。
 まるで判決を告げる裁判官のように。
「杖を振り、私を魔法で仕留める? ノン、その時はタバサの槍があなたを貫くわ。では先にタバサをゴーレムで叩き伏せる? ノン、ゴーレムを動かした瞬間私があなたを小麦色に焼き上げてあげる。貫かれるか、その身を焼くか、跪くか。選びなさい、『被告人』フーケ」
 フーケが伏せていた顔を上げる。観念したようにも見える表情で、フーケはくつくつと笑った。
「いいえ、『裁判官』。私にはもうひとつ取るべき道がございますわ」
「おかしな真似をすればその場で撃つわよ、フーケ」
 キュルケは油断無くその杖をフーケに突きつける。もしフーケが妙な挙動を取れば即座に炎を放つ準備があった。
「ご心配なく。魔法は使わないし、私はこの場を一歩も動きませんわ」
 奇妙だ。焦燥も絶望もフーケの表情からは読み取れない。
 何が狙いなのか――そのフーケの様子は不気味ですらあった。
「では聞こうかしら。その行動とは何? フーケ」
「簡単ですわ。その行動とは……」
 フーケはゆっくりと地面、つまり自らが立つゴーレムを指差した。

「――ゴーレムを消すこと」

 フーケの言葉と同時に地面が消失した。少なくともキュルケにはそう感じられた。
 ゴーレムを形作っていた岩が魔力の支えを無くし、地に落ちる。
「しまった…!」
 キュルケは落下を始めた自分の体を支えるため「レビテーション」の魔法を唱えざるをえなかった。
「これでアンタの炎は消えた…! 後は……」
 フーケは落下する体をぐるりと反転させた。
「後は『雪風』のタバサ、貴様だ!!」
 タバサが杖を振る。落下するフーケ目掛けて氷の槍が発射された。
 ゴーレムの肩の高さからまともに地面に叩きつけられては無事では済まない。
 だというのに、フーケはタバサの魔法の迎撃を優先した。フーケが杖を振ると岩の塊がタバサとフーケの間に割って入り、氷の槍を受け止める。
 「レビテーション」で速度を殺したキュルケよりも、シルフィードに乗って降下するタバサよりも先にフーケは地面に着地した。
「が…ぐッ……!!」
 着地の衝撃でフーケの関節がぎしぎしと悲鳴を上げる。内臓系にも傷がついたか、激痛とこみ上げる猛烈な吐き気をしかしフーケは飲み込んだ。
(この痛み……二、三本はイったかもしんないねこりゃ……だけど!!)
 痛みに悶える時間はない。フーケは杖を取ると、すぐに呪文の詠唱を始めた。
「逃がさないわよ! フーケ!!」
 キュルケとタバサはもうすぐそこまで迫ってきている。
 フーケは二人を鋭い瞳で睨みつけた。
「『微熱』のキュルケ…『雪風』のタバサ……この『土くれ』に二度も土をつけるとはね……! また大きな借りが出来た。首を洗って待っていなさい!!」
 フーケが杖を振ると猛烈な砂嵐が巻き起こった。
「くっ!」
「うく…」
 周囲の細かな砂粒を巻き上げ、徐々に勢力を増す砂嵐に、キュルケとタバサの目が眩む。
 砂嵐がようやく止んだ時――フーケの姿はその場から綺麗さっぱり消えていた。


 今や人っ子一人居なくなった『女神の杵』亭の酒場で、ギーシュ達と合流したキュルケ、タバサは勝利の祝杯を挙げていた。
「悔しいわね! 完全に追い詰めていたのに!!」
 キュルケは注がれたワインを一息で飲み干すと、乱暴にグラスをテーブルに置いた。
 その隣でタバサは視線を本に固定したままパラリとページを捲る。
「しょうがない。向こうの方が一枚上手だった」
「さすがに伝説の盗賊『土くれ』か……厄介なヤツを敵に回しちゃったかも、ね」
「僕としてはあの『土くれ』のフーケをたった二人で撃退したってだけでびっくりだよ。何者なんだ君たちは」
 ギーシュはそんな二人の様子にやれやれと肩をすくめた。
「それよりも、これからどうする?」
 キュルケがそこにいる皆の顔を見回して言った。
 タバサは我関せずと本を読み進め、ギーシュは隣に立つメリッサにちらりと視線を送る。
「あ~、僕は、そうだな、今更任務には戻れないし……メリッサの世話をしてくれるっていう貴族のところまで彼女を送ろうかな、うん」
「そ、そんな! そこまでしていただくわけにはいきません!!」
 ギーシュの言葉にメリッサは慌てて首を振った。
 ギーシュもまた「いやいや」と首を振る。
「なに、僕が好きでやってるだけだ。気にしないでくれ」
「で、でも……」
 そんな二人のやり取りを眺めながら、キュルケは二杯目のグラスを空にすると、ほぅ、とため息をついた。
「このまま学院に帰ってもダーリンがいないんじゃ退屈ねぇ……ねえ、タバサ。あなたのシルフィードでアルビオンに先回りしちゃわない? 先にアルビオンに行って、ダーリン達を待ち伏せするの」
「現時点で既に船を発進させていると思われる彼らに追いつくのは困難。何より、あの子(シルフィード)を少し休ませないと」
「ぶぅ~、つまんない……って何? どうしたのよギーシュ。ぽかんとしちゃって」
 ギーシュは虚を突かれたような顔でキュルケの顔を凝視していた。
「キュルケ……今君、なんて言った?」
「な、何よ? わ、私何か気に触ること言ったかしら?」
 キュルケの言葉を聞いて、ギーシュの頭の中でかちり、と何かのピースが埋まった。

 フーケの姿を認めたときに覚えた違和感。その正体にギーシュは思い当たる。
 フーケは酒場の入り口を壊し、自分たちの姿を認め、こう言ったのだ。

『まさかあんたらまで来るなんてね。忘れちゃいないよ。『雪風』のタバサ、『微熱』のキュルケ。このラ・ロシェールで待っていた甲斐があったってもんだ』

 ――待っていた?
 ――待っていただと?
 『土くれ』のフーケ。
 何故お前は僕たちがラ・ロシェールに来ることを知っていた?


 ギーシュの中でカチカチとパズルのピースが埋まっていく。
 これは、必要な情報の欠けたキュルケとタバサには辿り着けない、唯一この場で『鉄屑』のグリズネフと邂逅したギーシュにしか辿り着けぬ真実。
 昨日、グリズネフの部下は言っていた。
『――俺昨日『ラ・ロシェール』の酒場であいつ見たぞ?』
 ギーシュの思考は加速する。
 つまり姫殿下がルイズの部屋を訪れたあの夜。何時ごろなのか詳しい時間は分からないが(おそらくは相当深夜だったであろうと思われるが)、既にフーケはここにいた。
 誰に聞いたのだ? 僕らがアルビオンを目指してラ・ロシェールを訪れることを。
 いや、そもそもあの夜の時点で僕らがラ・ロシェールを目指すことを知りえたのは誰だ?
 おそらくはごく少数――或いは皆無ですらあるはずだ。姫殿下自身がルイズを訪ねにわざわざ学院まで足を運んだ程だ。例え王宮の近しい者にでも知られるわけにはいかなかったのは容易にうかがい知れる。
 つまり、『直接姫殿下から任務を受けた僕たち』以外に任務の内容を知るものはいないのではないか――?
 ギーシュはまるで電流が全身を駆け抜けたような衝撃を覚えた。
 ああ、そもそも何故捕まったはずのフーケがここにいた?
 決まってる。脱獄したからだ。
 脱獄? あのチェルノボーグの監獄を?
 何者かが手引きしたんだろう。そう考えるのが最も自然だ。
 誰が? もちろん、トリステイン内の『裏切り者』だ。
 『裏切り者』。突如頭の中に浮かび上がったその言葉がギーシュに例えようもない不安をもたらす。
 頭の中に打ち立てられたとんでもない仮説。ギーシュはいやいやと頭を振った。
 馬鹿げている。なんて馬鹿げた、それでいてひどく不誠実な考えだ。短絡的な自分の思考に笑いすらこみ上げてくる。
 只ならぬギーシュの様子に見かねたキュルケは声をかけた。
「ちょっと、ギーシュどうしたの? 何か具合悪そうよアンタ。大丈夫?」
「――追うんだ」
「え?」
「ルイズ達を追うんだ!! 今ならまだ間に合うかもしれない!!!!」
 自身を苛む焦燥に急き立てられるままに、ギーシュは叫ぶ。
「何を言ってるのよ!? どうしたのあんた!」
「説明してる時間も惜しい! 早く、早くしなきゃ、とんでもないことになるかもしれない!!」
「落ち着いて」
 タバサが読んでいた本をぱたんと閉じた。
「どの道、すぐの出発は不可能。アルビオンまで飛ぶにはもう少しあの子に休息が必要。だから、落ち着いて」
「しかし――」
「落ち着いて」
 透き通った水面のようなタバサの瞳に見つめられ、ギーシュは口ごもった。
「協力はする。だから話して。あなたの考えたことを」
「あぁ…話す、話すよ……君たちの意見も聞きたい。出来れば、この馬鹿げた考えを否定してくれ」
 一度深呼吸してから、ギーシュはぽつぽつと己の仮説を話し始めた。

 確かめなくては――願わくば、ただの杞憂であってくれ。

 思いを胸に、今はただシルフィードの回復を待つ。
 待つことしか出来ぬ歯がゆさに、ギーシュは拳を地面に叩きつけた。



 しばらく時計を眺めていた船長が片眉をあげてパイプの火を消す。
「半刻経ちましたぜ、旦那」
 船長の言葉にワルドは無言で頷くと、甲板を降りてルイズの傍に歩み寄った。
 それでも振り向こうとしないルイズの肩をやさしく掴む。
「時間だ。行こうルイズ」
 少しの間を置いてルイズは無言でこくりと頷くと、飛行船に付けられたタラップを渡り始めた。ワルドが先に立ち、ルイズの手を引いてエスコートする。
 甲板に渡る最後の一歩を踏み出す前に、ルイズはもう一度だけ『桟橋』の階段を振り返った。
「馬鹿……」
 ぽつりと呟いて、タラップから甲板に降りる。
「それじゃあタラップは片付けちまって構いませんね?」
「ああ、頼む」
 ワルドに一応の確認を取ると、船長は数名の船員を呼びつけた。
 船長の命令を受けて船員達がテキパキと船に取り付けられたタラップを片付けにかかる。
「大丈夫さルイズ。彼はきっと生きている。一度剣を交えたこの僕が保証する。彼はそんなやわな男じゃないさ」
「うん…ありがとう、ワルド」
 ワルドの大きな優しい手が俯いていたルイズの頭を撫でる。ルイズはくすぐったそうに身をよじった。
「うん? 何だありゃあ?」
 その時、ルイズの後ろでタラップを片付けていた船員が素っ頓狂な声を上げた。
 何となく船員の目線を追ったルイズの目が大きく見開かれる。
「ル、ルイズ~~~」
 へろへろになったパックが桟橋からこちらに向かって飛んできていた。
 そしてその後ろには――ドラゴンころしをまるで杖のようにして歩を進めるガッツの姿もある。
「タラップ下ろして!! 早く!!」
 片付けたばかりなのに、とぶつくさ言いながらも船員はすぐにタラップを架けなおしてくれた。
 タラップを駆け下り、その勢いのままにルイズはガッツの胸元へ飛び込んだ。限界ギリギリの体を引きずってきたガッツはその勢いに耐え切れず尻餅をついてしまう。
「おいおい……」
 ガッツが呆れたように声を出すと、ルイズはがばっと胸元に埋めていた顔を上げた。
「ばかッ!!!!」
 たまらず零れ落ちた涙を拭おうともせず、ルイズは力一杯口を開いてガッツを怒鳴りつける。
「ばか、ばか、おおばか!!!! もう禁止! アンタ勝手な行動禁止!!! 勝手にわたしのそばを離れるな!! 動くときはわたしの許可を取るの!!」
「おい、あんまり揺するな。傷に響く」
「わかったの!?」
「わーった、わーった。分かったから手を離せって」
 ぽかぽかと感情のままに殴りつけてくるルイズをガッツは鬱陶しそうに押しのける。
 そんな二人の様子を甲板から眺めていたワルドは呆れ交じりの笑顔を浮かべていた。
「まさか、本当に間に合うとはな。つくづく大した男だ」
 そう呟いて、何度も出航を遅らされてぶつぶつ文句を言っている船長に向き直る。
「待たせてすまなかったな船長。彼が乗り込んだら出航だ」
「今度こそ大丈夫なんでしょうね?」
「ああ、今度こそ大丈夫だ」
 疑り深く聞いてくる船長に爽やかな笑顔で返しながら、ワルドはタラップに歩み寄る。
 ちょうど数人の船員の手を借りてガッツが乗船してくるところだった。タラップを上ってくるガッツにワルドは手を差し出す。
「ご苦労だった、黒い剣士殿。貴殿のおかげで僕らは今こうして無傷で船に乗っている」
「よせよくすぐってえ。ガッツでいい」
 騎士としての礼を尽くしたワルドの態度に、ガッツは顔をしかめながらその手を握る。
「なら僕もワルドでいいよ、ガッツ」
 そう言ってワルドは笑った。
「出航だ!」
 船長の掛け声と共に、慌ただしく船員が動き出す。
 無事一行を乗せた船は今度こそ桟橋を離れ、空を舞った。



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