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未来の大魔女候補2人-10


「血肉を持つ者、光の下に生きし者、呪うなるかな生なる力を、捧げるなり虚無の闇へ……」

 闇に沈んだ部屋に声が響く。
 静かな夜であった。月は雲に遮られ、月光は地上に届いていない。吹く風は生温く、過分に水分を含んでいる。
 森の獣は息を潜め、草原からは虫の音が微かに響いてくる。時折、強い風が吹くが、月を覆い隠す厚い雲を吹き飛ばすには至らない。
 殆どの部屋の明かりは消え、学院内は静まり返っている。しかし、全くの静寂というわけではなく、ぽつぽつと明かりが漏れている部屋も存在していた。
 そして、ルイズの部屋も、その少数派の中の一つであった。
 閉ざされたカーテンから僅かに漏れ出でるのは、柔らかい橙の光。その光源は、窓際に置かれている勉強机の上に存在していた。
 頼りないランプの明かりが勉強机を闇に浮かび上がらせている。
 その机に陣取っているのは、ジュディであった。
 机上には、魔道書とノートが広げらている。

「何なの、この術? 『スポイル』っていう術みたいだけど、すごく嫌な感じがする」

 解読してた『常闇の魔道板』から顔を挙げ、ジュディは眉根を顰める。
 そして、魔道板を机の上に置くと、膝を抱きかかえるようにして椅子の背にもたれた。その体勢のまま前後に体を揺すり、椅子を軋ませながら考え込む。
 ジュディは、オスマンから魔道板を受け取って以来、少しづつ読み解いていっていた。
 魔道板を読み解く基本は、心で捉える事だ。それが基本であり、極意でもある。
 もちろん、記されている魔道文字は、文字としての機能も持ち合わせている。だが、魔道文字とはそれ自体が魔道の産物であり、記し手の移し身だ。
 魔道板を読み解くという行為は、記し手を知るという事であり。そして、記し手を知るという事は、自らの気の流れを変える事に繋がる。
 そうする事によって、初めて術を習得する事が出来るのだ。

「オジイチャンから貰った魔道板にも、同じような術がのってたっけ? あれと同じような術かなぁ?
 五行の術じゃないみたいだけど……」

 術を使うのには、気の流れを制御するための発動体が必要になる。
 例えば、火行術を使うのには、火行の気を操る杖や腕輪が必要であり、火行の発動体では他の術を行使する事は出来ない。
 基本的に発動体は、獣石と呼ばれる石で造られている。獣石そのもので造られている物から、獣石を埋め込まれている物まで幅広く、形に決まりはない。
 一般的な形は杖や腕輪であるが、それ以外の形状が珍しいというわけでもない。
 だが、マイノリティなのは否めないだろう。誰だって、わざわざ使いにくい物を選んだりはしないのいだから。

「でも、どうやって使うんだろう?」

 ジュディは小首を傾げて考え込む。
 いかに異質な術であろうと、その気の流れ制御する発動体がなければ術を使う事は出来ない。そして、そんなモノが存在するなど、ジュディは聞いた事がなかった。
 しかし、ジュディは自分たちが使う『術』とは違う『魔法』が存在する事を知っている。だが、この術は異質な気を有してはいるものの、ハルケギニアの『魔法』ではない。
 そして、この魔道板には異質な術だけではなく、五行の術も記されていた。それは、ハルケギニアの魔法使いが記した物ではない事を示している。
 それを読み解く過程で、ジュディは祖父から渡された魔道板からも、同質の気が感じられる事に気が付いた。
 それは微かなモノであったが、件の魔道板や例のガントレットから感じられたモノと同じであった。
 異邦の地で見つけた物と、祖父から与えられた魔道板。それらから同じ気を感じることが出来るのは、それらがハルケギニアの外からもたらされたという事実を示唆していた。

「オスマンさんが言ってた怪物って、もしかしたらこの魔道板に引き寄せられたのかなぁ?」

 ふと、思いつく。陰陽の気が入り混じって混沌を成し、五行の範疇におさまらない術が記されたこの不気味な魔道板ならば、あり得るように思えた。
 改めて魔道板を手に取ると、再び解読を始める。
 刻まれた文字をなぞりながら、ジュディの胸中には、言いようのない不安が渦を巻いていた。

『これはいったい何? 私の知らない秘密が魔道の世界には隠されているみたい』

 心の内にあるのは、謎を解き明かし先へ進もうとする欲求と、踏み止まろうとする理性。そして何よりも、未知への恐れが存在していた。
 まだ未熟なジュディであるが、魔道士としての心得は、祖父から、そして母から教えられている。
 未知を探究し、世界の理を紐解く。それが魔道士の在り方だ。
 しかし、人が全てを知り尽くす事など、到底出来はしないという事も同時に教えられていた。故に、魔道士はどこかで線引きをして、踏み止まることも必要なのだと。
 ジュディは悩む。魔道の世界には、五行法則の範疇を超えた何かが存在していると、気が付いてしまった。
 気付いたからには、知りたいと思ってしまうのが人のサガだろう。その欲望を抑えるには、ジュディはまだ幼く経験も足らなかった。

「ジュディ? まだ起きてるの?」

 後ろからジュディを呼ぶ声が聞こえる。ルイズの声だ。
 ルイズは、ベッドから上体を起こしている。
 ランプの明かりは、そこまで十分に届いてはおらず、どんな表情をしているかは分からない。かろうじて、体の輪郭が分かる程度だ。

「早く寝ないと、起きられないわよ?」
「はーい。ごめんなさい」

 言い含めるような口調のルイズに、ジュディは素直に従う。
 手に持っていた魔道板を魔道書を重ねてノートの上に置くと、羽織っていたカーディガンを脱ぎ、椅子の背もたれに引っかける。
 そして、椅子を机に押し込むと、ランプの明かりを消した。
 完全な闇が訪れる。

「毎晩、頑張ってるみたいだけど、程々にしなきゃ体を壊すわよ?」
「うん。おやすみなさい」
「ええ、お休みなさい」

 暫くの間、闇に沈んだ部屋には2人の話し声が聞こえていたが、やがて規則正しい寝息が1つ、2つと生まれ、闇は静寂に包まれた。
 いつの間にか厚い雲は晴れ、2つの月が弱々しい光で地上を照らす。それは、穏やかな夜であった。




未来の大魔女候補2人 ~Judy & Louise~

第10話 『王女と髭と魔女2人』




 朝露に濡れた森の中に、粗末な小屋が存在していた。その小屋は、人の手で造られた物ではなく、ただ丸太を積み重ねただけの物であった。
 地面には、柔らかい藁が敷かれ、その端の方には、水の張られた飼い葉桶が置かれている。そして、その小屋の中には、巨体を持つ何かが横たわっていた。
 幾重にも木の枝を重ねて拵えられた天蓋の隙間から、眩しい朝日が降り注ぐ。
 朝日は、巨大な何かにも平等に降り注ぎ、その姿を照らしている。
 朝日に照らされるその姿は、蒼穹の鱗を持ち、鋭い牙と爪を持つ巨大な竜であった。巨大とはいっても、同族からしてみれば小柄なほうであり、まだ幼生であった。
 その竜が、体に鼻先を埋め、丸くなって寝ているのであった。
 薄っすらと朝靄がかかる森に、朝が来たと告げるように小鳥たちが囀る。
 竜の寝ている小屋の上にも小鳥はとまり、囀っている。それに反応するかのように、竜はその巨体を身じろがせ、痙攣するかのように目蓋が震えた。

「ふぁああぁーああぁ……」

 竜は大口を開けて欠伸をする。開かれた口は、子供ならば丸呑み出来てしまう程に大きく、鋭く尖った牙が生え揃っていた。
 竜は欠伸をしたままの恰好で動きを止める。五体を投げ出し、大きく口を広げるその格好はだらしがない。
 そのままの体勢で少し待っていると、小屋の屋根にとまっていた小鳥たちが近寄って来た。
 小鳥たちは鋭い牙の上にとまり、歯の隙間に挟まった食べかすをついばみ始める。
 小鳥たちは竜の餌になるという恐怖は感じておらず、竜もまた小鳥たちを餌とはみなしていない。
 それは、お互いの利益がかみ合っているからだ。竜は歯の掃除をして貰い、小鳥たちは餌にありつける。見事な共生関係が築かれているのであった。
 やがて、歯の掃除が終わると、小鳥たちは飛び去って行く。
 それを見送ると、竜は再び大きな欠伸をした。次いで、大きく伸びをして凝り固まった体を解きほぐす。
 竜は飼い葉桶の水を一口飲んでから、小屋から顔を出した。陽光が直接降り注ぎ、目を細める。

「太陽さん、おはようなのね……」

 竜はのんびりとした口調で太陽を見詰めながらそう呟いた。
 通常、竜が喋ることはない。
 人外の者が喋れる様になるには、メイジの使い魔になる事がまず初めに挙げられる。
 この森が、トリステイン魔法学院の隣にある事を鑑みれば、竜は使い魔なのかもしれない。
 だが、使い魔の契約で喋れる様に成れるのは、犬や猫に代表される長い間人の傍にいた種族だけである。
 竜などという、人の身近にいなかった種族が使い魔になって喋れる様になる可能性など、微塵もない。
 だが、人語を操るという竜が存在しなかったわけではない。
 とうの昔に絶滅したと言われる韻竜は、人語を自在に操り、人と意思の疎通が可能だったという。
 以上の事から、この竜は韻竜であり、それは間違いではない。
 これで、韻竜は絶滅したという通説は覆されたわけである。しかし、その数が少ないのは事実であり、彼女も同族を見た事は、親を除いてはない。
 彼女、つまりこの竜の事だが、の名前はシルフィード。
 シルフィードとは、風の妖精の名前であり、彼女の本当の名前は別にある。だがしかし、彼女はこの名前を気に入っていた。
 何故ならば、それは大好きなご主人様に付けてもらったものだからだ。
 シルフィードが脳裏に思い浮かべるのは、蒼髪で年の割には小柄な体格の少女。暇さえあれば本を読み、何が起こっても感情を露わにすることはない少女。
 無愛想で無口な少女だが、本当は優しい人間だという事を、シルフィードは本能で悟っていた。
 召喚の門を潜り抜け、初めて会った瞬間からシルフィードは少女の事を気に入ってしまった。一目惚れと言っても良いだろう。
 シルフィードの方が遥かに長い年月を生きているが、まるで姉が出来た様な気持ちになり、使い魔になって以降、姉と呼び慕っているのであった。
 陽光に巨体を晒して、温まるのをじっと待つ。やがて、霞がかかったように朦朧としていた意識が覚醒していく。
 目が覚めていく心地よい感覚に身を任せているシルフィードであったが、突如ある事に気が付き、慌ただしく周りを見渡した。
 左右に首を振り、前と後ろを挙動不審気味に振り返る。そうして、周りに人がいないことを確認出来ると、安堵の溜息を吐き出した。

「ふぅ…… 焦ったのね。ついうっかり喋っちゃったのね。
 あっ! また喋っちゃったのね! お口にチャックなのね」

 シルフィードは、主人であるタバサによって人前で喋ることを禁じられていた。それは、無用な軋轢を生みださないための処置であり、面倒だったからではない。
 喋っていいのは、上空3000メイル以上の場所だけと決められていた。
 あたふたと慌てるシルフィードの耳が、ガサガサと木の枝が揺さぶられる音を捉える。慌てて見上げると、太い木の枝に赤い鱗の竜がとまっていた。
 赤い竜は、シルフィードよりも小さく、1メイル半ほどしかない。

「オハヨウ、シルフィード」
「きゅい。おはようなのね、イアぺトス。
 あっ! また喋っちゃったのね。早く空に行くのね」

 挨拶をされて、つい人語を喋ってしまったシルフィードは、一目散に大空へ飛びあがった。それに一拍遅れて、イアぺトスが後に続く。
 シルフィードは、イアぺトスの飛び上れる限界高度まで上昇すると、目を三角にして説教を始めた。

「きゅい! オマエ、何時になったら分かるのね!? 地上じゃ喋っちゃダメなのね!」
「ダイジョウブだよ。周りには誰もいなかったし、聞かれてないよ」
「そういう問題じゃないのね! こういうのは、普段からの心がけなのね。うっかり人前で喋って、解剖されても知らないのね!」
「そんな細かいこと気にするなんて、若さが足りないよ」

 シルフィードが説教をしてイアぺトスが軽く受け流す。既に日課となったやり取りだ。

「きゅい!? もう怒ったのね。そこに居直るがいいのね!」
「アハハ シルフィが怒ったー」

 蒼と赤の軌跡が絡み合いながら、大空を縦横無尽に翔ける。
 2匹はお互いの周りを飛び回り、じゃれ合う。ぶつかり合う事なく位置を入れ替え、踊るかのように飛び回る。 
 無論、シルフィードは本気で怒っているわけではなく、スキンシップの一環だ。
 暫く2匹は、大空での追いかけっこを楽しむ。
 ふと、イアぺトスの動きが止まる。何かを見つけたらしく、地上を見下ろしている。

「あっ! サイト君だ。ここんとこ、毎朝走ってるよね?」

 その呟きを聞いて視線を追うと、大剣を背負った黒髪の少年が学院の内周を走っている姿をシルフィードはその大きな双眸で捉えた。
 サイトは両手に水桶を抱え、水を零さないように腰を落として走っている。
 雑用係であるサイトは、毎朝忙しそうに仕事に励んでいる。だがそれとは別に、仕事が始まる前に走り込みをしているのをイアぺトスは知っていた。
 しかし、シルフィードはそんな事には興味も湧かない。

「何が楽しくて、あんなことやってるのか分からないのね。きゅい。ご飯の時間さえ忘れなかったら、シルフィはそれで良いのね」
「シルフィは食いしん坊ね」
「何とでも言うがいいのね。今日はお魚の気分なのね。あの黒頭、今日も間違えないかしら?」

 食い意地が張っていると笑われるシルフィードだが、そんな事に痛痒も感じていないようで、澄ました顔をしている。
 そんなシルフィードの態度が可笑しいのか、更にイアぺトスはクスクスと笑う。
 シルフィードは無言で、学院の方角へ滑空していく。
 既に草原を覆っていた朝靄は晴れ、朝露に濡れた草が朝日を反射して輝いていた。学院にも生徒達の姿がちらほらと見え始め、活気が満ち始めてくるのを感じる。
 朝の時間が動き出す。

「きゅい。もうすぐ朝ごはんの時間なのね」
「もうそんな時間? じゃあ、もう戻るね」
「一緒に行けばいいのね」
「ごめんね。戻らなきゃいけないの」

 引き留めるシルフィードであったが、イアぺトスは本塔の影へと消えて行く。
 追いかけるが、イアぺトスの飛行速度はシルフィードにも引けを取らぬものであり、そう簡単に追いつくことは出来ない。無論、最高速度は比べるべくもないが、一瞬でそこまで加速する事など出来はしない。
 シルフィードは一足遅れて本塔の影に入るが、既にイアぺトスの姿は影も形もなかった。
 1人残されたシルフィードは、憮然とした面持ちで呟く。

「きゅい。いっつもこうなのね。
 たまには、一緒に御飯を食べればいいのに付き合いが悪いのね。
 何時も何処でご飯食べてるのかしら? きゅいきゅい。」

 毎度の事であったが、シルフィードは言わずにはいられない。食事時になると、何時もこうだ。
 使い魔仲間にも聞いてみたが、イアぺトスが食事をしているのを見た事がある者はいなかった。
 それどころか、姿を見る事も稀であり、誰の使い魔なのかも分からないというのだ。
 流石のシルフィードも気に掛かり、直接訊ねた事があったが、はぐらかされるばかりで何一つ分かっていない。

「……あいつ、本当に韻竜なのね? なんだか違う様な気がするのね」

 言葉には出来ない違和感を感じ、誰にも聞こえない小声でそう呟く。
 その疑問に答える者が居るはずもなく、シルフィードは暖かい風を感じながら再び空へと昇っていった。



 ◆◇◆



 学院の全生徒が正門前に整列していた。
 その中には、当然ルイズの姿があり、その傍らにはジュディとキュルケ、そしてタバサの姿があった。
 多くの生徒が緊張した面持ちをしているが、ちらほらと雑談をする声が聞こえてくる。その都度、監督役の教師が注意するのだが、それは一時的なものでしかなく、雑談が止むことはなかった。
 そして、雑談をする者達の中には、ルイズ達も含まれていた。とは言っても、主に喋っているのはキュルケであり、返事をしているのはジュディくらいのものだ。
 ルイズは頑なに返事をするのを拒み、タバサは相変わらず表情の読めない顔で本の世界に没頭している。決まり切った日常だ。
 ジュディが学院に来てから、既に2週間が過ぎていた。その間、ロングビルに勉強を教えてもらったり、コルベールの実験の手伝いをしたりして、ジュディはルイズ達と日々を過ごしていた。
 コルベールの実験は思うようには進んでいないらしく、未だに帰還するための手立ては見えてこない。だが、ジュディには待つより他はないのだ。

 そうこうしていると、雑談がピタリと止んだ。正門から2台の馬車が入場してくる。
 馬車を先導する騎馬隊は、白地に意匠化された金の百合の旗を掲げていた。それは、トリステイン王家の紋章である。
 つまり本日は、王族が来校するという事で、学院の総力を挙げて歓迎をしているわけであった。
 正門より厳かな雰囲気を引き連れて、まず入場して来たのは、4頭立ての白い馬車である。
 その至る所には、貴金属がふんだんに使われたレリーフで飾られ、その中の1つ、ユニコーンと水晶の杖が組み合わさった紋章は、それが王女専用の馬車であると示していた。
 王女の馬車を引くのは、ただの馬ではない。真っ白な毛並みを持ち、額には螺旋状に筋が入った長く鋭く尖った一本の角をそびえ立たせている。
 それは、穢れを知らぬ乙女しかその背に乗せぬと言われるユニコーンであった。ユニコーンは乙女の純潔の証であり、それゆえに、王女の馬車を引く役割を果たすのに相応しいとされている。

 後ろに続く馬車は、王女のソレと比べても遜色ない、いや、それ以上に立派な物であった。
 それは、先王亡き後、政治を一手に引き受けているマザリーニ枢機卿の馬車である。乗っている馬車の風格の差が、今のトリステインの力関係を表しているのである。
 そして、2台の馬車の四方には、王家直属の近衛隊-魔法衛士隊-が護衛に付いていた。
 グリフォン、ヒポグリフ、マンティコアの名を冠する3隊から成る魔法衛士隊は、名門貴族の子弟、その中でも選りすぐりの者達で構成されていた。つまり、エリート中のエリートというわけだ。
 彼等は、各隊を象徴する幻獣に騎乗しており、羨望の眼差しを集めている。

 しかし、それ以上に注目を集めているのが、先ほどの王女の乗った馬車である。
 馬車にある小窓には、純白のカーテンがかかっており、中の様子を窺う事は出来ない。しかし、それでも多くの生徒達は声高に王女の名を呼び、力の限り讃えるのであった。
 やがて、馬車が本塔の玄関に横付けされる。玄関先で出迎えているのは、学院長であるオスマンだ。その後ろには、秘書のロングビルが控えている。
 停止した馬車に召使が駆け寄ると、馬車から本塔にかけて赤絨毯が敷かれた。
 馬車の傍らに立った若い衛士が、何度か咳払いをして声を整えると、声を張り上げて王女の登場を告げる。

「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーりぃ~っ!!」

 その声は緊張により、少し震えていた。
 その緊張が伝わったのか、生徒達も息を潜め、王女の登場に身構える。

 だが、その期待とは裏腹に、馬車から姿を現したのは、灰色のローブに身を包んだ痩せぎすの中年であった。
 髪も髭も既に真っ白であり、指も骨ばっている。その風貌から、『鳥の骨』と揶揄されるマザリーニ枢機卿その人であった。
 待ち望んだ王女で無かった事に、一同は一斉に深い溜息をついて、あからさまに落胆する。
 一同の反応を見て分かるように、マザリーニの評判は余り高くなかった。その理由は、先王が崩御して以来、彼が内政と外政を担っているからに他ならない。
 そのお陰で、一時期は国を乗っ取ろうとしているなどと囁かれていたものだ。
 しかし、実情は違う。先王が亡くなって以来、喪に服し続ける王妃と、政治的知識に乏しい王女に代わって政治を引き受けているのであった。
 内情を知っている者ならば、トリステインはマザリーニによって何とか存続していると理解していることだろう。
 陰口を叩かれ、王家の代わりに政治的不満の的に成っている彼は、トリステイン一の忠臣なのかも知れない。
 馬車から降り立ったマザリーニは、自身に向けられる視線など意にも介さず周りを一瞥する。
 そして、出口の傍らに寄り添うと、そこから降りてくる王女の手を取り、エスコートする。
 姿を現した王女は、白いドレスを身を纏い、その上から紫のマントを羽織っていた。細身ながらも、ボリュームのある胸がそれを持ち上げ、存在を主張している。
 先端に大きな水晶が付いた勺杖を片手に携えてた王女は、肩に掛かる程の明るい茶色の髪を揺らして馬車から降り立った。
 そのアクアブルーの瞳と、形の良いピンクの花びらのような可憐な唇には微笑みを湛え、白魚の様な細腕を優雅に振って挨拶とする。
 すると、生徒の間から、特に男子生徒からは、大きな歓声が上がった。
 それに応えて、アンリエッタは微笑みを崩さず、生徒達を見渡しながら手を振り続ける。

「ふーん…… あれがトリステインの王女?
 まあ、確かに綺麗だけど…… ふふん、あたしの方が美人ね!」

 周囲が歓声に沸く中、キュルケは勝ち誇った様にそう言い捨てる。
 それはひがみによるモノではなく、ただ純粋に、彼女が持つ容姿への絶対の自信と驕りから来るモノであった。
 キュルケは余裕綽々と言った具合で軽く鼻で笑い、艶めかしくその肉感的な肢体を捩る。

「ねえ、ジュディもそう思うでしょ?」
「うーん…… どっちが美人かなんて比べられないよ。
 でも、王女様って綺麗だね。私も大きくなったら、あんな風に、キュルケさんみたな美人になれるかなぁ?」

 綺麗なドレスを着飾り、周囲に微笑みを振りまく王女の立ち姿は、まるで白百合のように儚く揺れ、ジュディの目を奪う。
 美しく、柔和な微笑みを浮かべる王女の姿は、女の子の理想を体現した様なものであるのだろう。
 対して、キュルケの妖しく艶っぽい雰囲気は、大人の女性を体現している。
 そのどちらにもジュディには憧れを感じ、どちらが優れているかなど決められはしない。
 微笑ましいモノを見るように、キュルケは目を細め、色っぽく微笑む。それは、同性でも思わず赤面してしまいそうな魅力を含んでいた。

「きっとなれるわよ。元は良いんですもの。今から磨いていけば、きっと美人になるわ」
「ほんとう? 私もおねえちゃんみたいになれるかな?」
「ジュディのお姉さんは美人なの?」
「うん。いろんな人から言い寄られてたみたいよ。でも、全然気が付いてなかったみたい」
「あらら…… 自分の武器に気が付いてないのは頂けないわね」

 茶化すようにキュルケはそう言うと、異性の心を掴むレクチャーを始める。

「そうなんだけど、いま思い出してみると、もしかしたら演技だったのかも?
 いっぱいプレゼントとか貰ってたみたいだし、それなのに誰かと付き合ってるようでもなかったから、ワザとやってたのかなぁ?」

 思い返してみると、姉のマリーは気が付いていないようでも、思わせぶりな言動があったように思う。
 そして、姉の姿をキュルケと重ねてみると、2人の間には何処か相通ずるものが有るようにジュディは感じていた。

「へぇー…… まあ、いいわ。
 それよりも、今夜は『フリッグの舞踏会』よ。ジュディはちゃんと用意してる?」

 感心した様な声で相槌を打つが、此処にいない人間の話にはあまり興味がないようで、話題は今夜の舞踏会の事に推移する。
 フリッグの舞踏会とは、年に何度か行われる舞踏会の1つである。なんでも、この舞踏会で踊ったカップルは結ばれるという噂があり、毎年、悲喜交々の出来事が起こることでも有名であった。
 学院で行われる舞踏会の中では、一番学生に楽しみにされているイベントである。勿論、待ち望んでいない者もいるが。
 つまり、王女が来校しているのは、この舞踏会に招かれたからである。まさか、本当に来校してくれるとは、夢にも思わなかったオスマンであった。

「学院長先生がドレスを用意してくれてるって。でも、踊ったことなんてないのにダイジョウブかな?」
「まあ、雰囲気を味わえば、それで良いんじゃない?」
「それもそっか」

 無理に踊る必要はないのだと納得する。
 心配事が1つ減って気が楽になったジュディは、ルイズの方を見上げて朗らかに話しかける。

「ルイズさんは誰かと踊ったりするの?」
「…………」

 だが、ルイズは前を向いたまま微動だにしない。
 ジュディは小さくため息をついてから、ルイズの着ているマントの裾を軽く引っ張る。
 無視をされて機嫌が悪くなったというわけではない。大抵こういう時は、何か悩み事に没頭しているのだと、ジュディは今までの経験から判断した。
 得てして、悩み事というのは、1人で悩んでもどうしようもない事も知っていた。
 故に、返事のない事などには構わず話し掛ける。


「ねえねえ、ルイズさんはダンス得意?」
「…………」
「んもうっ!」

 何時にない手強さに、ジュディは軽く怒って見せる。強めにマントを引っ張ってみるが、反応は返ってこない。
 何時もならば、ここまでやれば流石に気が付く筈なのだが、全く気が付いた様子はなく沈黙を保っている。
 ジュディが片腕に飛びつこうかどうか迷っていると、見かねたキュルケが助け船を出した。

「ねえ、なんとか言いなさいよヴァリエール」
「…………」

 キュルケが肩を揺さぶるが、ルイズは微動だにせず、視線すら向けようとはしない。
 見れば、ルイズの頬は朱を帯びて熟れた桃のようだ。そして、切なく潤んだ瞳を一点に注いでいる。
 しょうがなくルイズの視線を辿ると、その先には、鷲の頭と翼、そして獅子の体を持つ幻獣に跨った青年の姿があった。
 グリフォンと呼ばれるその幻獣に乗った者は、他にも何名か居るが、彼の乗っている個体が一番体が大きく、立派な体格をしている。
 青年は、立派な羽帽子と漆黒のマントを身に付けており、ルイズより10ほど年上のようだ。しかし、口周りと顔の輪郭に沿って生えている髭の所為で、実際の年齢よりも年嵩に見えてしまう。
 そして、彼の羽織るマントには、翼を広げたグリフォンを意匠化した模様が施されており、彼が魔法衛士隊の1つ『グリフォン隊』に所属している事を表していた。
 その青年は、凛々しい顔つきで周囲を警戒し、凛とした空気を生み出していた。
 その威風堂々とした立ち振る舞いは、見る者を引きつける。それが女性ならば尚更だ。

「あ、あら。良い男じゃない」
「はぁ……」

 キュルケですら青年に魅力を感じ、そう呟く。
 青年を見詰めるルイズの頬は益々赤く染まり、恥じらう様な表情を覗かせて悩ましい溜息を吐く。
 キュルケもそれ以上は何も言わず、彼女の二つ名に相応しい、微熱を帯びた視線を注ぐのみであった。
 その青年は男女問わずに視線を集める。その種類も様々で、憧れ、羨望、嫉妬、…… そして、恋。
 だが、身長が足りずに満足に視線を追えないジュディには、何が起きているのかが分からない。必死で背伸びをするが、全く足りていない。
 やがて、背伸びをするのをやめたジュディは、言葉をなくした2人を見上げる。

「2人とも、どうしちゃったのかなぁ?」
「……何時もの病気。気にする事はない」

 その疑問に答えるよう、タバサは静かに本を閉じて視線を合わせると、そう呟いた。



 ・
 ・
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 今回の成長。

  ルイズは、立ち直りL1を破棄してナチュラルL2のスキルパネルを習得しました。
  ジュディは、イアぺトスがL3に成長しました。
  魔道板を読み解き、『スポイル』を習得しました。


 第10話 -了-



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