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ブラスレイター コンシート 二話


 トリステイン魔法学院。
 トリステイン王国に有る由緒ある学院である此処には、国中から貴族の子息が集い、そして他国からの留学生も迎え、魔法を学ばせている。
 全寮制であるこの学院では、貴族達の生活を支える為に、メイドやコックなどの使用人、衛兵等、多くの平民達が働き生活している。
 この日の昼過ぎ、夕食の準備に取り掛かっている厨房はいつもより騒がしかった。
「くそっ、今日もあの忌々しい貴族ども料理を作らにゃあかんと思うと腹が立ってくる! そうだろお前ら!」
 怒鳴り声で周囲の料理人達を怒鳴りつける、四十過ぎの太った体にたいそう立派にあつらえたコック服を着た平民の男の名はマルトーと言う。
 平民であるが、魔法学院のコック長である彼の収入は身分の低い貴族が及びもつかない位に羽振りがいい。
 トリステインの平民が貴族に対して抱くのは嫌悪か恐怖、もしくはその両方だ。
 マルトーは魔法学院のコック長という地位にいながら、羽振りの良い平民の例に漏れず貴族と魔法を毛嫌いしていた。
 いや、むしろ貴族に対して敬意や好意を抱く平民という話自体、トリステインではあまり聞かれない。
「くそっ、貴族、貴族って威張り腐りやがって!」
 だが、その日のマルトーの機嫌の悪さはあまりに異常だった。
 そもそも、厨房の使用人たちを始め学院内の平民仲間には慕われているマルトーは、確かに大きなミスなどをしたらそれなりに怒りはするが、いつもは、こうも八つ当たり同然に捲し立てたり怒鳴り散らしたりなどしないからだ。
 周囲のコックや使用人達は、追い立てられるように作業しながらも、そんなマルトーの姿に違和感を覚える。
「おいおい、マルトーの親方、今日はなんであんなに荒れているんだ?」
「知るかよ。朝からずっとあの調子だ」
 確かにマルトーは貴族嫌いではある。
 しかし、それ以上に料理人としての自分に対するプライドが高く、彼の仕事であり誇りである料理中にはそれに集中する事を考え、貴族への文句を口にした事はこれまで一度も無かったからだ。
 それではそんな彼がここまで不機嫌になる出来事があったであろうか?
 少なくとも厨房に用も無く貴族がやってくる事などまずは無い。
 魔法学院の子息達にとっては平民のいる場所であって自分達の足を運ぶ所などでは無いという意識は在ったし、マルトーの仕事は学院が彼の今の立場と扱いをするにふさわしい完璧なものであり、これまで料理にケチをつけられた事も無い。
 他にもマルトーが学院側と話をする際でも、マルトーの方から出向くのが常でこちらに学院管理側の貴族が来る事は無い。
 よって、誰もこの場所で貴族の姿を見た記憶は全く無く、マルトーが貴族に対して何かあったかどうかを知る事が無いのだ。
 しかも、一体何がそんなに腹立たしいのかとマルトーに問うても、彼が毎日口に出すありふれた不満が並べられるだけで、具体的な事態が見えないのだ。
「畜生が、一体俺がどれだけ苦心しながら料理を作っているのかっ! 貴族どもは全く理解しちゃいねぇ!」
 顔を興奮で赤くしながら、包丁で鶏肉を切るというより既に叩き潰す有様のマルトーの姿に、使用人達は顔を見合わせる。
 もしかしたら、学院長のオスマンなら何か事情を知っているかもしれないと思いつく者もいたが、流石に平民が貴族にこの程度の事ででお伺いを立てるなど非常識であるとされ、結局は本人が語らない以上は彼らには何も判りようが無いのだ。
 だが、流石にこれでは埒が明かないと料理人の一人がマルトーに近づく。
「親方、少し落ちついて下さい」
「クソ貴族がっ! 俺の仕事場に入るんじゃねェッッ!!」
 が、その近づいてきた料理人を、マルトーは半ば魘されるようにその太い腕で力いっぱい振り払った。
「――お、親方っ!?」
 突然の暴力に尻餅をついてあっけに取られる料理人の目の前で、マルトーは包丁を持った手を振り上げていた。
「親方っ! 一体何やっているんですか!」
「お、親方を、マルトーさんを取り抑えるんだっ!」
 突然に暴力を振るい出したマルトーを周囲の使用人達が取り押さえる。
 4、5人が取り囲み折り重なるよう抑える事で、すぐさま興奮するマルトーの動きは抑えられたかのように思われた。
「な!?」
 突如、未だに尻餅をついたままの料理人が驚きの声を上げる。
「クソッ! 放せぇっっ! クソッ! 貴族どもがぁ! 俺の前から――」
 料理人の目には、先程から振り上げられたマルトーの手が、手にある包丁の持手にめり込むさまが――
 いや、マルトーの手の皮がまるで溶けるようにして包丁に纏わり、そのうち包丁と手が一体化するように癒着――
 いや、これは実質的に一体化、つまり融合している――
 いや、そればかりか、仲間の料理人に遮られマルトーの姿はその腕の部分しか見えないが、その腕が何か禍々しいモノに形を変えていた。
『――消えろぉおおおっ!!』
 くぐもったマルトーの咆哮と共に、取り押さえていた料理人達が振り飛ばされた。
「ひ、ひぃーーーーーっ!!」
 尻餅をついたままの料理人は、仲間が振りほどかれる事によって姿を晒すマルトーが、いや“マルトーだったモノ”が視界に入るなり悲鳴を上げた。
 その料理人は自分の頭上に振り下ろされる、包丁の様な手を視界に映し、最期の瞬間まで悲鳴を上げ続けた。



 男が召喚されてから3日経っていた。
 2日の間謹慎していたルイズとコルベールには特に異常は見当たらず、男は相変わらず牢で大人しくしていた。
 それからコルベールは馬で、王宮への報告に出向き、続けてその足で王立魔法研究所へと協力申請に向かった。
 研究所から派遣されたのはエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールという、金髪長身の気の強そうな女だ。
 名前から判るように、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの姉である。
 本来ならば、伝染病の事前調査確認の為などに、公爵家のゆかりでもある彼女ほどの立場の者が出てくる事は無い。
 だが、学院の特使として派遣されたコルベールの説明で、それが『前例の無い使い魔として召喚された人間』であり、なおかつ『自分の妹が数日前に召喚した』と聞かされれば話は違う。
 密書なり使えばいいものを、わざわざ教師であるコルベールがエレオノールの元に足を運んだのは、それらの他者には説明すら出来そうに無い特殊な事情に付け足し、伝染病の事実の隠蔽、伝染病の特定の不可、そして可能な限りの秘密裏にして確実な処理等を考慮してである。
 エレオノールは公爵家の長女にして結構な美人であるにも関わらず、次々と相手から婚約破棄される程に、異常な傲慢な女であるとの話ではある。
 が、彼女の妹にしてルイズの姉にあたる、カトレアの先天病を治療する為にアカデミーの優秀な研究員となったという話もあり、コルベールとオスマンは、エレオノールないしヴァリエール家の家族への情に頼ったのである。
 その目論見どおり、エレオノールは口には出さないものの、妹の為ならばとすぐさま協力を承諾し、大急ぎで秘薬等の必要な用具を持参しながらも、いつもは従者を必ずつき従える彼女がそれを忘れるほどの体で駆けつけた。

 だが、そんな彼女ではあるが、いや、そんな彼女であるからこそだろう。
 地下牢の格子の向うに立ち、真直ぐにエレオノールとコルベールを見る男に対し、殺意にも似たどころか殺意そのものを向けるのは。
 激しい気性ではあるものの優秀な水メイジ、つまりは身体の組成を司るメイジであるエレオノールであったが、
 研究所から貴重な秘薬やマジックアイテムを持ち出し、それらを駆使してジョセフの伝染病の正体を見極めようとしたが、結局は『未知の感染症』である事だけが判っただけであった。
 己の妹への病の治療どころか、解明も未だに満足のいかない彼女だけに、謎の伝染病など不愉快極まりない。
 それだけでなく、出来の悪い末の妹なれどそれでも大切な妹の“初めて成功した魔法”によって召喚されたのが、このような自分達に一利どころか害にしかならない平民の男というのも彼女を更にいらだたせる要因であった。
「平民、名前は?」
 お手上げになってから、目の前の平民の名前も知らない事に気付いたエレオノールは、初めて彼に言葉を向ける。
 その態度は、手のつけられない家畜に対して見当違いな文句を垂れるのと大差が無いものだったが、男は全く気にするそぶりも見せずに名乗った。
「ジョセフ・ジョブスン」
 逆に、男が名乗るなり二人の貴族が驚愕の表情を浮かべる。
「な……」
「……ジ、『ジョゼフ』ですって……あ、貴方、学が無い平民とはいえ、隣国の王の名を名乗るなんて……ななな、なんて不遜!」
 コルベールはあまりの突拍子の無さに言葉が出ず、エレオノールも最初は絶句するものの、怒りのあまりに呂律も回らない程でありながらも叫びを上げる。
 理由は簡単だ。
 このトリステインにおいて、いくら他国のものとはいえ、彼らの信仰する始祖ブリミルに連なる王家の者の名を騙るなど、あまりに恐れ多くて貴族であろうと平民であろうと常識的にありえないからだ。
「いや、『ジョ“ゼ”フ』じゃなく『ジョ“セ”フ』だ」
 目の前の二人の激昂の理由を、なんとなくではあるが理解出来たのだろう、“ジョセフ”を名乗る男は訂正を促す。
 その彼は、エレオノール達の態度が過剰に映っているせいで少々困惑の表情を顔に浮かべていた。
「平民の癖に口答えなどっ!」
 だが、その言葉も、エレオノールの怒りを更に煽るだけであり、激昂に任せるようにエレオノールは杖を引き抜きジョセフに向ける。
 確かにエレオノールの気性は荒いが、彼女意外の大概の貴族でも恐らく同じような反応であっただろう。それだけ貴族と平民の立場の差はトリステインでは絶対的と言えた。
「このような始祖ブリミルをも恐れぬ無礼者、即刻処分します!」
「いけません、ミス・ヴァリエール! まだ彼の出身地の特定が出来ていません!」
 呪文を唱え始めたエレオノールを、我に返ったコルベールが抑えようとする。
 どうやらコルベールは大概の貴族の例からは漏れた存在のようではあった。
 だが、エレオノールの呪文はすぐさま完成しており、コルベールの妨害はジョセフの首を刈らんとする水の刃の狙いを逸らす形になった。
 刃はジョセフのすぐ横を凪いで、壁に切り裂いたような跡をつける。
 だが、ジョセフは魔法という暴力を目で確認しながらも、全く表情を変えずに淡々と彼女達に言葉を紡いだ。
「以前も話したが、俺はこの国の出身では無い。……信じる信じないはそちらに任せるしか無いが」
 彼が言いたいのは、疫病がある村は少なくともトリステインには無いという事であり、そうある以上は彼らも直接手が下せないという事だ。
 勿論エレオノール達からしてみれば近辺諸国に対して伝染病の警告を促す必要が無いわけでは無いが、彼の話を信じるならばその近辺諸国ですらないらしい。
 それならば“東方”の出身なのかもしれないと想像するも、そうなると今度はトリステインないしハルケギニア諸国にとって未到達の地である。
 それこそ手の出しようがなくなり、これ以上の追求も無駄でしか無い。
「それでは決まりね」
 伝染病の研究は死体にしてからでも構うまいと言わんばかりに、エレオノールはジョセフに杖を向ける。
 対するジョセフは杖を向けられる意味が理解出来ていないかのように、全く表情を変えない。 
 いや、先程魔法を放って見せたので意味が判らない筈は無い。
「まるで、死人ね」
 あくまで表情を崩さないジョセフに対し、不可解さから来る不快な感覚を隠そうともせずにエレオノールは吐き捨てる。
 事前に聞いた話では己の身元をでたらめに語る事で自分の延命を図っていたとの事だが、実際はまるで自分の命に興味が無いかのように淡々としている。
「まぁいいわ」
 だが、エレオノールにとって目の前のジョセフの態度は不可解なだけのものであり、さして興味を惹くものでは無かった。
 そして、いざジョセフに必殺の魔法を放とうとしたその時だ。
「――! ―く―だッ!!」
 地下牢に届くまでの騒ぎ。しかも、何やら慌しいなどという生易しいものではなく、悲鳴や絶叫、そして魔法が入り混じる、まるで戦場の様な騒がしさだ。
「何事!?」
 コルベールとエレオノールが外の騒ぎに気を逸らしたせいで、ジョセフの表情が険しくなっている事には気付かない。
「ミス・ヴァリエール! まずは外に出て状況を!」
「わかりましたわ! ミスタ・コルベール!」
 この緊急の事態で、二人は目の前の平民の事など綺麗さっぱり思考から捨て、外へと駆け出した。

 彼らの足音が遠のいて聞こえなくなるのを確認するなり、ジョセフは目前の鉄格子を掴む。
 格子を掴むジョセフの手が手袋ごと、格子に癒着するようにして侵食を始める。
 そのままジョセフに侵食された格子は、格子として用を足さないひしゃけた鉄棒となって彼の足元に転がった。




「どうした? 何があった?」
「な、なんだよこれ……」
「ひ、ひでぇ……」
 厨房からの絶叫を聞きつけ、逃げ惑うメイドや使用人達を押し分けるようにして、厨房の出入り口に駆けつけた衛兵達が見たのは、五体が分断されたり潰されたりして原形を留めない使用人達の惨殺死体であった。
「急いで学院長に通達だ!」
 厨房に続く廊下の中ほどにいる衛兵の一人が先頭から聞こえる悲鳴にも似た呻きを聞くなり、廊下の先で遅れて駆けつけた衛兵の一人に指示を飛ばす。
「な、なんだあれは!」
 入り口前から厨房を確認していた他の衛兵が、飛び散る鮮血で彩られた厨房の中心に立つ人影に気付き驚愕の声を上げる。
 そこには、身長が2メイルを超える巨躯に返り血を浴びた異形の人型が立っており、返り血で紅く染まりきった太い腕が振るわれると、声を上げた衛兵の頭をトマトの様に潰した。
「ひ、ヒィッイ!?」
 先頭の衛兵が、目にも留まらぬ速さを以って屠られる光景を目の前にして悲鳴を上げる。
 その声に呼ばれるようにして、厨房の入り口から大柄な体躯を覗かせた異形が、悲鳴の主を踏み潰すと共に、その顔を衛兵達に向ける。
 額の左右から伸びる角、不気味な揺らめきで蒼く光る双眼、頬まで広がる牙だらけの口、そして全身を覆う硬質にして禍々しい甲羅の如き皮膚。
 その姿はまさに――
「あ、あ、悪魔だ……」
 衛兵達の悲鳴と怒号と犠牲を合図として、トリステイン魔法学院は戦場と化した。 

 衛兵の持つ剣や槍は、悪魔の皮膚をまるで傷つけることは出来ず、悪魔が腕を振るうだけで、その単純ながらも恐ろしいまでの怪力で人間の衛兵は成す術無く一方的に嬲殺しになる。
 狭い通路の中だけに、衛兵は前から順番に倒されていく。それが悪魔がこの場から離れない少ない時間を作り出す。
「くそっ、だから平民の衛兵などあてに出来んのだ!」
 厨房の衛兵達が次々と一方的に殺されていく中、その少々の時間で、真っ先に厨房への通路まで駆けつけた魔法使い<メイジ>の教師が悪態をつきながら杖を振るう。
 杖から真空の刃が生まれ、その刃が衛兵達の死体で埋まった通路の中に立ち、手に掴んだ衛兵の首の骨を握り折る瞬間だった大柄な人型を切り刻まんと襲い掛かる。
『グゥウゥ!?』
 狭い通路の中、巨体のせいもあり、避ける場所が無い悪魔を直撃する風の刃、兵士の使う剣や槍などよりずっと鋭く疾い魔法の刃は鉄の鎧さえも切り裂く程である。
 だが、その刃は悪魔の厚い甲羅の様な皮膚を軽く裂いた程度で消滅する。
「な、き、効かないだと?」
 驚愕するメイジの目前で、更にその皮膚が再生を始める。
『き……き、き……』
 あまりにもおぞましく恐ろしい悪魔の姿に恐れ後ずさるメイジの姿を見た悪魔は、手に持った首の骨の折れた死体を無造作に投げ捨てるなり、その体躯に合わぬ程の疾さで通路を駆ける。
『貴族がぁあああああっ!!』
 叫びながら迫り来る悪魔の姿に半狂乱になりながらも、咄嗟に次の魔法を打ち込もうとメイジは杖を向けるようと腕を持ち上げると同時に、鋭利な刃物でその腕を切り飛ばされ、それを把握する前にメイジは巨大な腕で壁に叩き潰された。





「一体何なんだよあれは!」
 広場に躍り出た悪魔の姿を見た小太りの生徒、マリコルヌ・ド・グランドプレは泣きそうな顔で隣の同級生に叫ぶ。
「知るかよかぜっびき!」
 声をかけられた生徒も負けじと悲鳴交じりに怒鳴り返す。しかもわざわざ二つ名を言い換えてだ。
 しかし、それに文句で返せないほどにマリコルヌは動転していた。
 最初は何の騒ぎか判らずに野次馬根性でやってきた、彼らを含む数名の生徒であったが、
 彼らの目の前で繰り広げられるのは、学院の教師メイジや生き残った衛兵達と、2メイル以上の体躯の異形の悪魔の『殺し合い』であった。
 火メイジと水メイジが『ファイヤーボール』や『アイス・ニードル』の魔法を投げつけて、風メイジが『エア・ハンマー』で牽制する。
 土で障壁を創る事でその悪魔を自分達に近づけまいとする土メイジ達。
 だが、悪魔はその巨躯に似合わずに“疾い”。
 人間の持てる運動能力では絶対に追いつけない身のこなしで地を蹴り、四方から遅い来る魔法を次々と回避していくばかりか、隙を見ては一人、また一人と犠牲者を増やしていく。主に魔法も使えなず飛び道具すら無い衛兵達が目をつけられ絶命していく。
 それでも駆けつけたメイジ達の数が数だけに、いくつかの魔法が悪魔の体に命中するも、炎は皮膚を焼くに至らず、氷は貫く前に砕け、真空の刃も、雷も、その悪魔の体をほとんど傷つけるに至らない。
「くそっ! ならこれで――グゲッ……」
 業を煮やしたマリコルヌの隣の生徒が、広範囲の魔法を使おうと長い詠唱を始めたが、その途中で蛙が潰れるような声で遮ってしまった。
「お、おい!?」
 その奇妙な声に引かれるように振り向いたマリコルヌは目を恐怖で大きく見開く。
 その生徒が立っていた所には、細身の異形が彼の頭を足で踏み潰し、こちらに顔の無い頭を向けて立っていたのだ。
「うわぁああっ!? よ、よくもおぉぉおお!」
 頭を潰され絶命した学友を見てしまったマリコルヌは、腰を抜かして地面に転がるように座り込むものの、恐怖と怒りとが織り交ぜた絶叫と共に無我夢中で、目前にまで迫った異形の頭に向けて杖を振るった。
 瞬間、杖に纏わる風の渦が、鋭い槍となって、そののっぺらとして顔の無い頭に突き刺さる。
 高収束度の『エア・ニードル』によって、外に向けて飛び散る血飛沫と共に顔無しの頭は微塵に砕け、残った胴体が地に倒れる前に“崩れた”。
 目の前で灰と化し粉々に砕け散る悪魔の末路に、目を見開きしばし呆然とする。
 そして、先程の高威力の魔法により疲労を覚え、少しだけ気が静まる事によってマリコルヌはやっと自分の目の前の事態を実感する。
「や……やった……のか?」
 そう呟き、自分の中で敵の消滅を認めた彼の精神は緩みきり、全身の力が抜けるようにしてマリコルヌは気を失った。



「一体なんなんだこいつは!」
 魔法の連発により、疲労の色が濃くなっていくメイジ達。
「くそ、『眠りの鐘』はまだかっ!」
 誰かが悪態をついたその時。
「お待たせしました!」
 本塔から『フライ』の魔法でやってきた教師が悪魔の近くまで駆け寄る。
 彼の手には学院長から携帯の許可を貰い持参した、秘宝『眠りの鐘』。
 名の通り、その音を聞いた者を眠りへと誘う強力な魔法の小さな鐘である。
 その小さな鐘を手に持ち、悪魔に向かって振るった。
 透き通るような小さな音ではあったが、その音は確かに悪魔の耳に届く。
 が、
「眠りの鐘が効かない!?」
 だが、その音は届いた“だけ”であり、つまり学園の秘宝である『眠りの鐘』は悪魔の注意を教師に引き付けるだけの結果のみを生んだのであった。
 悪魔に目をつけられたそのまま首根っこを折られ、死に至った。
「ミスタっ!」
 眠りの鐘が効かない事によって、悪魔への攻撃をそのまま続けるしかなくなったメイジ達が先程より激しい抵抗を見せる中、傍から様子を見ていた生徒のモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは、彼が死んだ事には気付いてはおらず、いや気付こうともしないで、治癒魔法をかけようと彼に駆け寄る。
 モンモランシーが事切れた教師の前まで近づいた瞬間、死んだ筈の教師の体が痙攣を起こす。
 その不自然なまでの体の動作に驚いたモンモランシーが思わず足を止める目の前でそれは起こった。
 直後、死体である筈の教師の体が、ゆっくりと手で体を支えながら立ち上がろうとする。
 だが、地をつけた教師の手が痙攣と共に何やら硬質の皮膚に変化していく様を皮切りに、彼の体がみるみるうちに変態を始め、遂には耳元に沿った双角を持つ、面無しの悪魔の姿へと成った。
「え、ええっ!?」
 そのあまりのおぞましい光景に、モンモランシーは無意識に後ずさるが、恐怖のあまりに震えた足がもつれて尻餅をついてしまった。
 その音に気付いた異形が、尻餅をついたまま這いずるように後ずさるモンモランシーに、のっぺらとした顔面、いや、その額上あたりで青く光るガラス玉の様な双眼を向けた。
「こ、来ないでっ!」
 強がりでやっと出たのは相手を拒否する言葉だけだった。だが、それは合図にしかならず、異形はモンモランシーに襲い掛かる。
 目を瞑るモンモランシーめがけ、異形の手が彼女の頭を握りつぶさんと迫るのを、青銅の腕が遮った。
「ワルキューレッ!」
 異形とモンモランシーの間に立つ青銅の戦乙女。
 それは、この学院の生徒であり元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンの魔法によって生まれたゴーレムであった。
「逃げるんだモンモランシー!」
 ギーシュが叫ぶが、腰を抜かしたモンモランシーは這いずるようにしか下がる事しか出来ない。
「ギーシューッ!」
 涙目でギーシュに助けを求めるモンモランシーの姿にいてもたってもいられずに、ギーシュは駆け出す。
「な!? 僕のワルキューレが!」
 モンモランシーに駆け寄るギーシュの目前で、ワルキューレの腕が異形に握りつぶされるのを見て、ギーシュは思わず足を止める。
「くそっ!」
 薔薇の形をした杖を振るい、新たなワルキューレを生み出す。
 モンモランシーの盾となっていたワルキューレが振り払われようとする寸前、新しく生み出されたワルキューレの持った槍が悪魔の脇腹を刺す。
 そこで悪魔の注意は槍を持ったワルキューレに完全に逸れた。
「いけっ、ワルキューレ!」
 後先は考えずに目の前の化け物を倒す為にワルキューレを自分の精神力の限界まで作り出すギーシュ。
 6体の槍を持ったワルキューレはその異形を取り囲み、容赦なく全身を貫く。
 体液を流して動きを止めた異形は、青銅の乙女像の囲いの中、灰となって崩れ落ちた。
「大丈夫かい? モンモランシー」
 片腕が無くなった事で戦闘をこなせなくなったワルキューレと自分の肩を使ってモンモランシーの両肩を支えるギーシュ。
「ぎ、ギーシュ……先生が、先生が……」
「――!」
 涙を流しながらギーシュに訴えるモンモランシーを宥めようと何か言おうとして言葉を止める。
『逃げるんじゃねぇぞ!』
 先程までメイジ達と交戦していた筈の巨躯の悪魔が目前に現れたからだ。
「逃げるんだ! ミスタ・グラモン!」
 遠くから、誰かが悲痛な叫びを上げる。
 だが、その声が届いているのか届いていないのか、悪魔の禍々しい姿に恐怖したギーシュは足を絶えず震わせ、とても逃げられる状態ではなくなっていた。
 事実、がくがく音が聞こえそうなまでに震え、ともすれば後は崩れそうな程であった。
 が、貴族としての意地が、そして何よりも肩に担ぐ少女を救おうとする勇気がギーシュを支え、戦う意思を引き出す。
「ワルキューレ! この敵を切り刻めっ!」
 すぐさまワルキューレは悪魔の周囲を取り囲み、先程と同じように悪魔を槍で突き刺す。
 しかし、現実は残酷なまでに淡々としている。
 先程の異形の皮膚は通った青銅の槍ではあったが、巨躯の悪魔にはまるで歯が立たずに折れてしまったのだ。
 そればかりか、悪魔の腕の一振りで正面側の4体がひしゃけながら吹き飛び、ギーシュに歩み寄る巨躯を止めようと組み付いた2体のワルキューレも子供を振り回すように解いた後、同じようにバラバラにされてしまった。
『貴族、貴族って威張り腐りやがって……』
 蒼い目を向ける悪魔のぐぐもった声に、ギーシュは気圧される。
 だが、振り上げられる悪魔の腕を見るなり、咄嗟にモンモランシーの肩を支えていたワルキューレを盾として前に立ちはだからせる。
 咄嗟に片腕を失ったワルキューレが前に出る事により、その振り下ろされる凶器の如き腕から、モンモランシーとギーシュを護る盾となって砕けた。
 だが、それがギーシュに出来る最後の抵抗であり、今や悪魔とギーシュ達を隔てる物は何も無い。
「……くそっ! ワルキュー……レ!」
 それでも、どうにかして戦おうと、ワルキューレを再度練成しようとするギーシュだったが、力なく杖が振るわれるだけで、何も起こらず、そのまま限界を迎えたギーシュは気を失った。
 それでも、モンモランシーを護るという意思がそうさせたのだろう。
 自らの体をモンモランシーの盾にするように、彼女の上に仰向けに覆いかぶさった。
『少し運動した程度でおねんねとは、なんともざまぁないなァ!』
 そんなギーシュの姿を見て悪魔は嘲笑う。
「ギーシュ、逃げろ!」
 迫る悪魔の先にいるギーシュに向かって、誰かが叫ぶ。
 だが、文字通り精神力を使い果たし、気を失ったギーシュの耳には届かない。
 その代わり――

「――えっ……」
 その誰かの叫びによって意識を呼び戻されたモンモランシーの目に映ったのは、自分を庇うようにして倒れ込んでいるギーシュの背中。
 そして、その向う……
 振り下ろされようとした悪魔の、大包丁と同化した右腕に絡みつく、蒼く光る蛇。
「……ま、また、別の悪魔だ!」
 誰かの呻きが引き金となって、モンモランシーはさらに向うに立つ影に気付いた。
 『エア・ハンマー』に対してさえほとんど怯む事の無かった悪魔の巨躯が、右腕ごと蛇によって宙に引上げられた。
「な……」
 そこには、蒼い蛇を鞭の如く操る蒼い悪魔が立っていたのだ。



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