あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

鋼の使い魔-32


帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世とトリステイン王国王女アンリエッタ殿下の婚礼の儀式はトリスタニアの夕方から始まり、
ウィンドボナの朝日で以って終幕を迎える事となっている。
 勿論たった一日の行程ではない。有力貴族を引き連れた遠大なる『結婚旅行』として企画され、総行程は6日、予備日2日を抑えたスケジュールが組まれている。
 宮廷側ではその行程に管理される人間の便覧が用意され、その中にトリステイン側から選出された『祝いの巫女』役として、ルイズの名前も入っているのであった。


 トリステイン魔法学院の早朝未明、まだ誰もいない学院の敷地で一人ギュスターヴがデルフを構えて立っていた。
 彼は紫色にたなびく空が匂う中で中段に構えたまま、瞠目し静かに気を凝らしている…。
 剋目、流れるような剣舞を放つ。飛び込み、或いは素早く身体を引く動作を繰り返す。

 朝露の光る中で、ギュスターヴはかれこれ二時間はこうして剣を振っていた。鋼の王と呼ばれ、剣戟が達人の域になって久しいギュスターヴだったが、
こうして肉体の鍛錬を欠かしたことは無い。
 何しろ、若々しい態度と余り老け込まない容貌で忘れられがちだが、齢49の肉体は怠けるとすぐに衰えてしまうのだ。ガンダールヴの刻印が肉体を強化すると言っても、
安心はしない。
 最後、ぐっと踏み込んで一刀を振り込んでしなやかにデルフを納めた。
「…ふぅ……」
 熱を持つ身体をゆっくり冷やすように静かに息を吐く。
「ご苦労さん相棒。そうやって剣として大事に使われると俺様なんでか涙が出そうだぜ。目、無いんだけど」
「何わけの分からない事を…。さて、そろそろルイズを起こしに行くか…」
 学院の遥か遠くの山際に、朝日が昇り始めていた。

 さて、そうして起こされるはずのルイズは、実はとっくに起きて――尤も、寝間着のままだったが――机に向かっていた。
 机には開かれたままの本が数冊。ペンとインク壷、まっさらな便箋に加えて、丁寧に書き綴られた一枚の便箋が乗っている。
 ルイズは本と書き取った便箋を読み比べて小さく呻っては、まっさらな便箋にちろちろと文を何度か書き、また呻ってを繰り返す。何度か繰り返してから、
書き綴った便箋に文章を加えていった。
「~~~………~~……~…で、できたわ…っ!」
 ペンを置いて書き終わったばかりの便箋を取り上げる。便箋には美麗な語句をちりばめた音韻鮮やかな詩句が並んでいた。
 恐る恐ると便箋を机の上に置いて、肩を揺らして大きく息をついた。
「やっと…やっと出来たわ~……」
 椅子から降りて身体を解しながら、ルイズはカーテンの隙間から漏れる蒼い朝日に目を細めた。


 ルイズはこの半月の間、ギュスターヴを助手に図書館に潜りこんでは文法書や詩集を引っ張り出し、必死に祝詞の製作に励んでいた。
 加えてオスマンの添削を受けての作業だった。オスマンは国一の頭脳らしく丁寧な指摘をルイズに与えてくれたが、
ルイズは中々規定の字数まで文を作ることが出来なかった。
 そして今日の添削を以って締め切りと宣告と言われた中、早朝になってようやく完成したのだった。

 ふらふらとベッドに倒れこんたルイズは、布団の柔かな感触に頭を埋める。
「後は…これをオールド・オスマンに見てもらえばいいわね」
 ベッドの上にはまだ自分の温もりが残っていて気持ちいい。
「朝食の時間まで、まだ少し時間があるから…ほんのちょっとだけ……」
 根つめすぎていたのか、ルイズはそのままベッドの上でとろとろと眠りはじめた。
 机に置かれた『始祖の祈祷書』が開かれたまま、ぱらぱらと風ない中で繰られている…。



 『大きな一歩、躓いて…?』


 その日の午前中、最初の講義はコルベールによる各種秘薬の取り扱い方について…のはずであったが、教室には生徒がかなり疎らに入っていて、
はっきり言ってスカスカだった。
 実はここ暫くの間、コルベールは講義を殆ど休講にして自分の研究に時間を充てているのだ。
 だから今教室にいるのは友人と談笑しに来ているような生徒くらいで、他の生徒は好きな場所に行っているのである。
 そんな教室にルイズがやってくる。その姿は普段より服がよれ気味で、豊かなチェリーブロンドも少しぼさぼさしている。
…二度寝した結果朝食を食べ逃し、急いで仕度して部屋を出たのであった。お陰で今日もコルベールの講義が無いことをすっかり忘れていた。
「……もう、最悪。それもこれもギュスターヴがちゃんと起こしてくれなかったせいよ!まったくあの中年使い魔ったらどこに行ってるのかしら!」
 ルイズの記憶では定時にギュスターヴが自分を揺り起こすところを覚えているが、その後がなんとも曖昧になっている。
もしかして起き切らない自分を放っておいて一人で朝食に行ったのかもしれない。
 きゅうぅ、と下腹部が締め付けられる。空腹で苛々もしていた。
「…うぅ。お腹すいちゃったけど、どうしよう……」
 途方にくれていると廊下からゆらゆらとした悪趣味のシャツがやってくる。
「…やぁルイズ。どうしたんだい、こんなところで」
 色素の薄さが定着しつつあるギーシュは目の下のクマを濃くして壁に寄りかかった。
「なんでもないわよ…。ハァ、休講だし、食堂で何か作ってもらうかしら…」
 ギーシュを袖にしてルイズは自分のお財布に今幾らお金が残っていたかを考えていた。因みに学院の食堂は三食以外について、
生徒教員が厨房に直接お金を払って料理をしてもらうようになっている。
 ギーシュはゆらりと教室に入ると日誌らしきものを手に教室から出てきた。
「ははははは。…さぁ、僕も用事は済んだからコルベール師のところに行ってくるよ…」
 日誌を片手に悪趣味なシャツはゆらゆらと去っていった。
 再び下腹部が締め付けられる。
「…お腹すいた」
 とぼとぼとルイズの足も教室から食堂へ向かっていく。
「そういえばミスタ・コルベールの実験ってどうなってるのかしら?飛翔【フライ】や浮遊【レビテイション】を使わないで空を飛ぶって行ってたけど…」



 コルベール研究塔前は、天幕を中心として随分と様変わりしていた。
 天幕の傍ではコルベールとギュスターヴの手で不可思議な物体が製作されていた。
 それは木板を箍で半円錐状に締めた物体に、鉄棒で作った骨組みを乗せ、そこに布を張って翼のような形をとっている。
 翼は大きく左右に張り出し、さらに円錐の先端に合うように後部にも二つの小さな翼がついている。すべての翼の後半分は可動できるように作られていて、
さらに各々にはワイヤーが繋がっている。ワイヤーはすべて、円錐の広がりの上部に張り出している二本のバーへ集まっているように見えた。
その部分だけを見ると、蝸牛の角のようでもある。
 円錐の先端を挟み込む形で、16本の筒が付いている。『飛び立つ蛇君』改型噴射推進装置であった。
「右のレバーを引けば右方向へ、左のレバーで左方向に曲がれるはずです」
 製作及び設計者コルベールは少々疲れた顔をしていながら、目に光が灯って溌剌としている。
 円錐部には人が入り込めるだけのスペースがあり、そこにはいくつかのレバーが付けられていた。
 今そこにはギュスターヴが収まっている。架台に置かれた巨大な乗り物の初の乗り手として、コルベールがギュスターヴに依頼したのである。
「コルベール師。この乗り物が風を掴んで浮き、空飛ぶ蛇とやらを動力に進むのは理解しましたが…これだけの物が本当にそれだけで飛ぶのでしょうか?」
 動作を確認するように何度かレバーを引く。するとレバーに合せて、羽根と尾羽の末端が上下左右に動いた。



 乗り物は最前端から後部まで3メイル、翼の端から端まで5メイル強、正面から見た厚みが1メイル弱とかなり大きい。恐らくちょっとした馬車並の重さがあることだろう。
 問われたコルベールは羽根の可動部に油を注して答えた。
「うむ。残念ながら現在の『飛び立つ蛇君』型噴射推進装置の力だけでは離陸する事ができない。そこで」
 と、コルベールが取り出したのは両端が板で閉じられた短い鉄の筒。
「機体の下部に4リーブルの風石消費器を設置します。離陸前に操縦部の脇にあるリールを回せば、消費器の中の風石に圧力が加わって約500リーブルの機体重量を
4分の一以下に減衰することができます。約125リーブル以下の重量であれば、16機搭載する『飛び立つ蛇君』型噴射推進装置を2機ずつ発動することで理論上は
離陸が可能なのです。離陸時は噴射推進装置によって機体は地面を滑走しますので、頃合を見て上昇下降レバーを引けば翼が風を掴んで空に上がる事が
できるはずなのです」
「仮定や推論が多い話ですな」
 スルッとギュスターヴは円錐部から抜け出る。いつもの服の上から革のベルトを肩掛けになるように身体に巻いている。
 操縦部で身体を固定するためのベルトだった。
「仕方がありません。古今、このような方法で空に上がろうとするのは我々が初めてですから」


 大人二人が夢か無謀か、挑戦に向けて準備をしているのを尻目にギーシュは一人作業に没頭していた。
 溶鉱炉に隣接するように、ふた周りほど小さなドームを作っているのである。
 ギーシュの技量では一発で作れないので作る場所にはじめ土を盛り、そこから魔法で徐々に形作っていた。
「ふぅ…ギュスターヴ。これでいいかい?」
 呼ばれたギュスターヴはギーシュの作ったドームを確認した。隣の溶鉱炉よりも小さく、すこし歪だが、要望どおりの出来だった。
「ふむ…あとは溶鉱炉の方から排煙を出してもらって、吸気を一緒にもらえるように管を繋げられればいい」
「鍛冶打ち用の炉が欲しいなんて、君は鍛冶師か何かなのかい?」
 問われたギュスターヴは頭をかいた。
「まぁ、鍛冶打ちもできる…って言った方がいいのかな」
 らしくなく煮え切らない返事にギーシュは首を傾げるのだった。


 昼食時となって、一旦解散したギュスターヴが貴族用食堂を覗くといつもの席でルイズが食事を取っていた。
「ちゃんと起きれたみたいだな」
 声をかけられたルイズは振り返ってギュスターヴを確認すると、顔を背けた。
「…なんだ、起こさなかったと怒ってるのか?」
「当たり前でしょ…どうして朝起こしてくれなかったのよ」
「起こしたさ。起こしてやったのに二度寝して寝過ごしたのはルイズ自身だろう?」
 普段どおりのふてぶてしい態度のギュスターヴに、ルイズは段々ムカムカしてくる。自分が根すり減らして貴族らしき義務を全うしようと苦心しているというのに、
自分の使い魔はそんなことをまるで気に掛けない、と。
「人が…誰にも任せられない重要な仕事で大変な苦労をしているって言うのに、なんなのよあんたは!」
 無意識に手に持っているフォークが飛んだ。フォークの先はギュスターヴの頬を掠めて床に音を立てて落ちる。
 その雰囲気に食堂を一瞬ただならぬ空気が包んだ。ギュスターヴの目は厳しいものだったが、次にはふっ、と笑った。
「それだけ元気なら大丈夫そうだな。しっかりやれよ」
 そう言ってギュスターヴは厨房へ行き、視界から居なくなった。
「……ばか」
 一人癇癪を起こしたのが情けなくて、ルイズはそのまま食事をやめて部屋に戻っていった。


「…で、頬に傷をもらってきたってのかい」
 テーブルで静かに昼食を頂く脇で手の空いたマルトーが聞く。ギュスターヴの左頬には横一線に赤い晴れがうっすらと浮かんでいた。
「ま、人の手前説教するわけにもいかんだろう。あれでも主人だしな」
「でもよぉ。そのお嬢ちゃん、どう聞いてもギュスの主人にしておくにはもったいねぇな」
 昼食に出した塩肉の余りを食べながらマルトーが続ける。
「…ギュスよ。俺の知り合いに侯爵家の料理番を代々やってる奴がいるんだ。そいつの主人は料理番風情の友人を家族みたいに優しく扱ってくれるんだとさ。
お前さんも剣の腕があるんならもっとマシな扱いをしてくれるところを探したほうがいいんじゃねぇか」
 静かに食事をしていたギュスターヴはシチューのさじを置いた。
「ご馳走様。今日も美味かったよ、マルトー。…生憎と俺は暫く、主人を変える気はないよ。ルイズには色々と恩があるのは確かだし…それに……」
「それに?」
「……少しばかり気になるからな。色々と」
 そういうギュスターヴの目は鋭さを佩びていた。
「…ま、ギュスがそういうなら俺は別にいいけどよ」
「気を効かせて悪いな。…じゃあ、俺は戻るから。美味い夕飯、期待してるぞ」
「へ!言われるまでもねぇな」
 さくさくとギュスターヴは歩み、地下厨房を出て行く。
 残された皿を洗おうと集めるマルトーは、ギュスターヴの出て行った先を振り返る。
「…堂々としたもんだよなぁ、ほんとに平民か疑っちまうね」
 埒もないことをぼやいて、マルトーは頭をかいた。



 食後しばらくして、ルイズは緊張した面持ちで学院長執務室へやってきた。手には今朝方完成した祝詞の原稿を手に持っている。
「失礼します…」
 ルイズが部屋に入ると、既に執務室ではオスマンが待っていた。オスマンはいつもの調子で煙草を蒸している。
「祝詞の出来を見ようかの」
「は、はい。お願いします」
 オスマンに渡す手が震える。渡されたオスマンはためつすがめつ原稿の文字列を読んでいるようだった。
 直立して待つルイズは一秒一秒が非常に長く感じられた。皿に置かれた煙管の煙が揺れている。
「ふむ…」
「ど、どうでしょうか…」
 普段は穏やかなオスマンの眼光が、今日はナイフのように鋭く見える。
「ミス・ヴァリエールや。短い期間でよくこれだけのものを書けたのぅ。これを持って儀礼上で殿下を寿ぐとよいじゃろう」
 オスマンが暖かい語調でそう言うと、ルイズの足から力が抜けてフラリとした。
「あ…ありがとうございます」

 脱力して腰を笑わせている生徒を細めで見ながら、オスマンはふと、彼女の傍に立つ意丈夫の使い魔を思い出した。
「ところでミス・ヴァリエール。君の使い魔君は最近どうしておるかの?」
「ギュスターヴですか?え、えぇ、とても元気にしてますわ」
 何か空々しい風情でルイズは答えた。
「コルベール君とよくつるんどるようで、君としては複雑じゃろうな」
「は、はぁ…」
 ルイズとしては答え辛かった。使い魔が構ってくれないなんてメイジとして情けなかろうという気持ちがある。
「ま、彼は君の使い魔じゃが一個の人間じゃ。扱いづらいところもあるじゃろうて」
「えぇ、そ、そりゃあもぅ……?」
 話しかけたルイズが止まった。何やら外から轟音と微振動が伝わってくる。
「な、なんじゃ…?」
 やおら窓に駆け寄る。ルイズの目下にはコルベール塔の脇を炎の尾を上げて蛇行する謎の物体が見えた。


「ああぁ~~~!誰か、た、助けてくれぇ~!」
 がたがたと揺れながら走る物体から間抜けな叫び声が上がっていた。
 コルベールの発明した空駆ける機(はたらき)、名づけて『飛翔機』に乗っていたのはコルベールでもギュスターヴでもなく、
悪趣味なシャツをはためかせるギーシュだった。

 ギーシュは食事に出かけたコルベールとギュスターヴより先に戻って鍛冶用の炉を作っていたのだが、後は飛ぶだけと準備されていた飛翔機に
興味本位から乗り込んで色々と弄繰り回している内に推進器を発動させてしまったのだ。
「と、止まらない!だれか助けてくれぇ~」

 がちゃがちゃとレバーを引くギーシュに合せて蛇行して走る飛翔機。そこに偶々居合わせたのは以前渡した秘薬の残りを譲ろうと研究塔にやってきたタバサと、
それにくっついてギュスターヴに会いに来たキュルケだった。
「な、何あれ~?!」
 驚くキュルケに対しタバサはいつもどおりの無表情だったが、その目はぐっと凝らされ暴走する飛翔機を追いかけている。
「キュ、キュルケ!タバサ~!た、助けてくれ~」
 ゴーゴーと火を噴きながら地面を走る物体からギーシュの声が漏れ聞こえる。
「ギーシュ!?何でそんなところに、っていうか、助けてって言われても…」
「私が止める」
 困惑するキュルケを背にタバサが一歩踏み出て杖を構えた。ルーンを唱えると、飛翔機の軌道上の道に水が染み出してぬかるんでいく。
「わ!わ!ゆれ!ゆれる!あでぃ!し、舌、噛む、ぐへ!」
 ぬかるみをガタンガタンと揺れながら、なおも走る飛翔機。タバサは次に別のルーンを唱えた。
 するとぬかるんだ地面が段々と凍りつき、地面を走る飛翔機の車輪も一緒に凍り付いていく。
 凍りついた車輪がギリギリ鳴りながら、徐々に飛翔機はスピードを落としていった。
 偶然にも、火を噴いていた推進装置も徐々にその勢いを弱めつつあった。
「はぁ、はぁ、た、助かった…」
 減速する飛翔機の中でギーシュが安堵の息をつく。…しかし今度は凍りついた車輪を軸に、飛翔機の後部が徐々に持ち上がっていく。
「あ…え…えぇ?」
 抜けた声を出すギーシュを抱えつんのめっていく飛翔機は、ぬかるんでいた地面に頭から突っ込んだ。
「あ…」
 キュルケのつぶやきも虚しく、飛翔機は泥の中に頭を突っ込んだまま推進器の力で地面にぐりぐりと押し付けられ、頭の部分がどんどんひしゃげていく…。

 推進装置が完全に止まった時、ぬかるみの中で逆立ちし、まっさらな布張りを泥だらけにした飛翔機と、ベルトで固定されていなかったギーシュが円錐部から飛び出て、
頭をぬかるみの中にずっぽりと埋めている姿が出来上がった。



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