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鋼の使い魔 幕間-05



『ジェシカの華麗なる一日』
 トリステイン王国王都トリスタニアはブリトンネ街の一角に誕生したニュースポット『百貨店』。
 半地下一階の上に三階の建物が乗った四階建て建造物は、中に常時六種程度の商業店舗が店を構えている。
 この施設の発案及び出資者ギュスターヴは『ある事情』により毎日この施設に居る事ができないため、平時にあってはある人物が責任を持って管理を引き受けている。

 その者の名はジェシカ。彼女はチクトンネ街一の宿場『魅惑の妖精』亭オーナー、スカロン氏の愛娘である。
 ほんの数月前まで、宿でひらひらと世の男達を手玉にしていた彼女には現在、『ギュスターヴ百貨店 代理代表取締』なる仰々しい肩書きが付いている。
彼女の手弱い両肩には百貨店で働く数十の人々と、訪れる何百という客人への責任がのしかかっているのだ。

 では、そんな巷の人ジェシカ嬢の、ある一日を追ってみよう。



 トリスタニア午前5時、ジェシカは起床する。シャツ一枚を羽織ってオーブンの置かれた台所にやってくると、一足早く顔を出した朝日が窓から差し込んでいるのが見える。
 …彼女は今も変わらず、『魅惑の妖精』亭に隣接した実家で父スカロンとの二人暮らしである。以前と変わったのは、昼間一緒にいなくなったことくらいである。
 朝はさくさくとライパンをオーブンの上で軽く焼き、水割りワインと屑野菜のスープで済ませる。
 朝食を作るのはもっぱらジェシカの役目だ。父に任せると5回に1回は食べられないものが出来上がってしまう。
 スープを温め直していると、のろり父が起きてテーブルに着く。愛用するどぎついピンクのネグリジェ姿である。
 ジェシカも慣れた手つきでパンとスープをテーブルに並べていく。
「さーさ、ちゃっちゃと食べちゃってね。…と言っても、もう作り置きのスープ無くなっちゃったし、また作り直さないとなぁ…」
 こんこん、と自分の皿へ鍋底を浚って自分の分のスープを注いでテーブルに置いた。
「賄いの子にお願いするわよ。その分お駄賃弾んであげればいいし」
「ぇー、昼間にちょっと戻ってさっさっと作っちゃうから大丈夫だよ」
「駄ー目ーよっ。ちゃんと自分の仕事に専念しなさい。やっと軌道に乗ってきたんでしょ」
「んーそうか…、うん。分かった…ごめん」
「気にしなくていいのよあんたは。…それよりそろそろ時間じゃないの?」
「あっ!そうだった!」
 『百貨店』の開場は朝の6時。門扉の鍵は勿論ジェシカが管理している。彼女が開けない限り店の中へ誰も入ることが出来ないのだ。
 大急ぎで朝食をかき込み、部屋に戻って着替える。茜染めのローブに麻の腰巻を締め、店を任された時に自費で買った象牙彫りのナイフを挿す。
片手にはジャラジャラと鳴る鍵束を引っ掛けた。
「それじゃ行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい。…ったく、何時までも子供っぽいところが抜けなくて困っちゃうわねぇ」
 ミントの煮出し汁をカップで啜りながらスカロンは娘の成長を案じるのだった。




 朝6時。『百貨店』の門扉が開けられて、中に店を構えている商人達が続々と入ってくる。
 入ってくると言っても表の大扉はまだ閉まったままだ。裏の出入り口が開けられ、そこから商人達は出入りする。
 8時になって表の大扉が開けられる。錠前と閂を外してうんと外に向かって開くと、良い具合に向かい側の建物の真上に太陽がやって来るので、ジェシカは
扉を開けたと同時にたっぷりと陽の光を浴びる事ができるのだ。
「う~ん、今日も良い天気」
 『魅惑の妖精』亭で働いていた時と一番違うのはやはり、こうして太陽をたっぷりと拝めることだ。
これだけは特にこの仕事を引き受けてよかったなぁ~とジェシカは思っている。


 9時を回る頃になると人の往来もブリトンネ街に増してくる。そろそろお客さんが入ってくる頃だ。
 と同時に、雇い入れている従業員もぼちぼち顔を見せに来る。従業員とは、中に入れている商店ではなく『百貨店』自体が雇い入れている人たちで、
入っている店を畳んでもらう時の引越しを手伝わせたり、掃除や宣伝、新しい店の誘致など、トリスタニア経済圏の情報収集を担わせている。
 従業員が集まったところで、ジェシカが事務所で号令をかけた。
「はいはいはいっと。今日もしっかり働いてもらうから、頑張ってね。えーとまずスミスさん所に来ている配達の手伝い、トマスさんが使ってたお店跡の掃除と、備品の保守。
昼からは張り紙の通り、これはっ!という露天商について調べたり粉掛ける班と、各タウンの廃品売りからの聞き込み。汚い格好だからって鼻白んじゃあだめだよ?
私はオーナーからお店を大きくしていくことを約束したんだから。面白い話があればそこからもっと儲けがでるかもしれないでしょ。
そうしたら皆にももっとお給金払って上げられるから、頑張ってね♪」
 最後に色をつけて発破を掛けると、「おー♪」と従業員各員から返事が上がる。この辺りの人の使い方は父親の背中から学んだものである。



 さて、そのような具合で午前の開業が回り始めると、ジェシカは事務所の机に付く。取り出したのは一枚の板だ。
 ゲルマニアで発明された『スワンパン』という計算に使う道具である。貴族階級になるとかなり伝統的な計算方法があったりなかったりするそうだが、
ジェシカはもっぱらこの流入品の器具を使って数字計算をする。
 そして帳面に付けたさまざまな数字とのにらみ合いが始まる。ギルドへの上納金や税金の計算、金庫に入ってくる各お店からの揚げ銭、従業員へのお給金に、
百貨店店舗の修繕等の費用、近日借りた倉庫の賃貸料等々、丁寧しっかり計算してやらないといけないことが沢山あるのだ。


 …世間の注目が集まっているとはいえ、ジェシカの仕事内容は以前と比べればずっと地味なものだ。それでもジェシカは満足している。
(こうやって数字とにらめっこすると、お父さんの店で働いていた時よりずっと大きなことをしているっていう実感があるなぁ…)
 トリステインの平民にとって将来の展望というのはあまり開けているわけではない。都市生活者は農地に縛り付けられない分、より生活に不安定な面を残さざるを得ない。
 もっと野望豊かに、ジェシカは今日もデスクワークをこなす。



 昼食を執り、従業員の配置変えや、階上の店舗で客の入り具合を見る。入っているお店の主人との会話は大事な仕事だ。
商売環境を整えつつ、きっちり売り上げは出してもらわないといけない。

 時刻は14時頃。ジェシカは業務の傍ら、ギルドから借り受けた本と書き込みが沢山入った帳面を広げる。
 実はこれ、ギルドが記録している農作物の各年毎の収穫量や平均販売価格などを網羅した書物で、毎年の景気の変動をジェシカは独学で勉強しているのである。
 帳面にはそれまで纏めた色々な数字や情報が書き込まれていた。
「んっんー…去年の小麦の収穫高と売り値の指標がこれで、早売りの麦の値段がこれで…」
 カリカリと帳面に新しい数字が入っていく。
 …ジェシカの読みでは近い内にゲルマニアとの通商がかなり優遇されるだろうという見方があり、新たな商売のチャンスに備えた研究でもあったりする。

 暫くそうして帳面と本を行ったり来たりしていると、外周りをしていた従業員の一人が帰ってきた。
「ジェシカさん、ただいま帰りました」
「あ、おっかえりーハーリー君」
 ハーリーは従業員の中で一番の年少である。彼は今日、ブリトンネ街で倉庫の多い区域を周ってきたのである。
「ジェシカさん、この前言ってた武装集団の話、聞いてきましたよ」
「ん。どうだったの」
 ええっと、とハーリー少年は腰に下げている袋から端切れ紙を纏めて綴じただけの帳面を見ながら話し始めた。
「集団のキャンプまで荷運びをした人の話だと、キャンプに居る人の数が大体200人位。特大の重種馬が6頭に、それぞれに合せたような馬車が6台、
キャンプを囲むように置いてあったそうです」
「ふんふん」
 と、聞きながらジェシカも帳面の端にペンを滑らせている。
「商品の決済は証文で切ってくれたそうです。サインにはマザリーニと書いてあったそうで」
「え~?なんでそこで鳥の骨がでてくるのさ?っていうかその証文ちゃんと通ったの?」
「はい。枢機卿宛に送ったらちゃんと料金が届いたそうです」
「そうっか…、うん。ありがと」
 話を聞き終わると、ジェシカは手元にある綴り紙の一枚を切ってハーリー少年に渡した。
「はい、これ持って家で一杯やってってね」
「ぁ、ありがとうございます…」
 ジェシカが渡したのは『魅惑の妖精』亭のワンショットフリー券である。ジェシカは時折、この券を出入りの商人や従業員、さらには店舗で買い物する常連客などに
配っている。勿論父親の諒解済である。
 受け取ったハーリー少年は握らされた券の額面とジェシカの顔を見比べつつ、そわそわと落ち着きが無い。
「ぁ、あの。あんまりああいうお店行った事がなくて…」
「そう?大丈夫大丈夫。一杯飲んでちょっとお話するくらいだからさ。ほら、今日はもう上がっていいから行ってきなよ」
「え、えぇ?!で、でもまだ心の準備が」
「なに腰引けたこと言ってんの。ほら、男は度胸なんでもやってみるものって大道芸人のエイブさんも言ってたじゃない」
 ほらほら、と嗾けるジェシカに押されてハーリー少年は少し早い晩酌へと出かけていくのだった。


「さて…」
 人気の無くなった事務所でジェシカは机から便箋と封筒を取り出す。学院に居るギュスターヴ宛てのの手紙である。
 青い封筒に宛名を書き、便箋には追加報告として武装集団キャンプの話と、今考えている新しいビジネスについての構想を書いた。
 封蝋をして三つ葉の印で閉じ、懐にそっと隠した。
 手紙は翌日、学院へ荷を運んでいる業者に託されて運ばれる。手紙が届くのは大体一日半後だ。



 夕方の6時になると、表の大扉が閉められる。閂と鍵をえっちらおっちら掛けて、今日の売り上げ具合を聞きに各店舗を回る。
 店舗の主人達が店の掃除や準備を終わらせると、ジェシカと今後の先行きで相談をすることも多い。
「ジェシカさん。そろそろ新しい商品の開拓をしようかと思ってます」
 今日の夕方そう言って来たのは三階に店を構えていた工芸品を売っている主人だ。
「ん。じゃあお店畳んじゃうの?」
 日誌に手を付けつつジェシカは応対した。
「はい。そこで暫くの間色々と預かっていて欲しいのですが…」
「んーそうか。えっとね、今借りてる倉庫にまだ空きがあって、月にこれこれ掛かるから…」
 と、倉庫の賃貸費の一部を主人に提示する。
「まぁ大体三ヶ月くらいは保管しててあげるから、それまでには一回帰ってきてね」
「はい。では、今日はこれで」
「はいはい、お疲れ様~」
 ひらひらと手を振ってジェシカは見送った。



 時刻は夜8時。最後に百貨店の中をカンテラ一つ持ってジェシカが見回る。
 窓の鍵の閉め忘れや落し物が無いか等を見て、最後に事務所の掃除をしてから帰宅となる。

「ただいま~…っていってもまだお店か」
 『魅惑の妖精』亭が閉まるまでは父親は家に戻ってこない。だから概ね、夕食は一人で食べる。
 最初のうちはお店まで行って食べてたりしたのだが、元気に働いている嘗ての仕事仲間たちを見ているとなんとも居た堪れない気分になってしまうため、
最近はあまり顔を出さなくなった。
 台所に置かれた鍋の蓋を開けてみると、波々と入ったスープからいい匂いがした。
「ん~。いい仕事してるなぁ」

 夕食は暖め直したスープにハムを軽く炙って付け合せる。
 スープをすすりながら、ジェシカは家のオーブンが随分煤けているのが気になった。
(結構ガタが来ているし新しいのに買い換えたいなぁ…。蒸し釜が付いている奴がいいな。あれがあると硬くなったパンも美味しく食べられるし)
 スープに浮かんだ野菜を掬いながらそんな考えもよぎる。
(ぅー…でも新しいオーブンって幾らするかなぁ…40エキューくらい?貯金いくらあったっけ…)
 と、そんな悩みを浮かべていると、置くから父親が帰ってきた。仕事着も脱いで上からタオル一枚を首にかけている。
「ただいまぁ~。ん~やっぱりジェシカが居なくなると事務仕事は自分でやんなきゃいけないし、ジェシカ目当てのお客さんの足が遠のくし、困っちゃうわねぇ」
 クネクネと身体を解しながらスカロンも自分の食事を取る。
「ぁ、夕方あんたのところの坊やが来てたわよん。サービスにサラダ出してお喋りしてあげたらなんか真っ青になっちゃって可愛かったわぁ~」
「アハハハ、あんまりからかっちゃだめだよ?ま、私が居なくなって減ったお客さんが戻ってくるくらいには色々とやっておくからさ」
 父とのわずかな団欒だが、大事な時間である。

 …母を亡くしてから男手一つで自分を育てた父に、少しばかりは恩を返したいのがジェシカの想いだ。
 さし当たっては、任されたお店を立派に切り盛りしてトリステイン一の商家になってみせる。
 そう常々心に決めるジェシカであった。




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