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IDOLA have the immortal servant-19


 六人と一匹を抱えているシルフィードは今ひとつ本来の速度を出すことができなかった。
 だが、レコン・キスタは、オルガ・フロウとの交戦に手一杯だった。
 ウェールズとジェームズ一世の脱出も知る由がなかったし、察知できたとしても、その場合は追撃部隊を最優先でオルガ・フロウが叩く。結局はシルフィードを追うことなど叶わなかっただろう。
 一行は敵に追い立てられることも無くアルビオンを離脱し、夕方頃にはトリステイン魔法学院の近くまで無事帰ってくることができたのである。
 その間キュルケ達はデルフリンガーから『女神の杵』亭で別れた後の経緯の説明を受けていた。ルイズから話を聞こうにも、アルビオンを脱出してからこっち、殆ど放心状態だったからだ。
「先住で、人間に姿を変えられる者もいる」
 フロウウェンの変身について話が及ぶと、タバサはそう口にした。事実として、彼女の使い魔であるシルフィードがそうなのだ。
「じゃあ、あれがおじさまの本来の姿だって言うの?」
「わからない」
 タバサは首を横に振った。あれが本来の姿なのか、それとも一時的に姿を変えられるのか。テクニックの類ではないとも言い切れないが、少なくともルイズもデルフリンガーも、あれを知らなかったようだ。
 シルフィードが肩越しに振り返ってタバサを見やる。
 主の話に、シルフィードは補足を入れたかったが、口にヴェルダンデを咥えたままで何も喋れないのがもどかしい。最も、何も咥えていなくても、タバサは皆の前でのシルフィードの発言を許してはくれなかっただろうが。
 シルフィードがあれに感じたのは、本能的な恐怖だ。それを後押しするように、精霊達があれは忌むべきものだと教えてくれた。
「デルフリンガー。マグは何か知らないの?」
 マグはフロウウェンの文明の防具であるが、独自の意思と知性を持っている。そしてデルフリンガーはマグとの意思疎通が可能であった。それを思い出して、キュルケが問う。
「マグは、あれは自分達とは似てるが違うって言ってるな。俺もあれを見てから、なんか引っかかるものはあるんだが、一向に思い出せねえ。まあ……何だ。思い出せたらすぐ知らせる」
 困ったような声でデルフリンガーが答える。
「おじさまに関しては、現時点じゃ、情報が少なすぎるわね」
 キュルケが肩を竦めた。
「ワルド子爵について。情報の漏れ方からして、白い仮面のメイジは遍在」
 タバサが言うと、ウェールズが頷いて、その推論に同意する。
「恐らくはそうだろうな。だが、レコン・キスタとは袂を分かつような口振りだった。だとするなら、何故ラ・ヴァリエール嬢や僕に襲い掛かったのだろうな」
「クロムウェルは虚無の力を持つと、噂が流れたことがあろう」
 それまで話を黙って聞いていたジェームズ一世が静かに口を開いた。
「それが『アンドバリ』の指輪を根拠にしたものだとしたら、虚無に魅せられて従う者もおろう。じゃが、秘密さえ知ってしまえば子爵にとってレコン・キスタは不要。
大方、手柄を立てて信頼を得て、クロムウェルの寝首をかこうと思ったのではあるまいか」
 一同はなるほどと頷いた。確かに、それならばワルドの行動にはつじつまが合う。
 そうすると、ルイズに求婚していたのは、虚無の力を欲するが故の行動ということになる。
 やっぱりろくでもない男だった、とキュルケは溜息をついてルイズの方を横目で見やるが、彼女はワルドの話が出ても無反応で押し黙ったままであった。
 やがて、草原の向こうにトリステイン魔法学院が見えてくる。すると、学院からもこちらの姿を確認したのか、学院上空を舞っていたマンティコアが編隊を成し、シルフィードに向かって飛んでくる。
「私はトリステイン王国魔法衛士隊マンティコア隊隊長、ド・ゼッサールである。貴公らは何者か!」
 マンティコアの背に跨る、髭面の男の誰何の声が飛んだ。
「こちらにおわすのはアルビオン王国国王ジェームズ一世陛下であらせられる。私はアルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダー。至急、アンリエッタ王女陛下に取り次ぎを願いたい」
「へ、陛下と、皇太子殿下にあらせられる!? こ、これは知らぬこととは言えとんだご無礼を……!」
 隊長は二人の顔を認めると、蒼白になって帽子を脱いだ。
「このような状況では詮方ないことだ」
 ウェールズは笑う。ド・ゼッサールはその言葉に胸を撫で下ろした。
 マンティコア隊が一行の周囲を飛んで守りを固め、ド・ゼッサールは一足先にジェームズ一世到着の報をアンリエッタに知らせる為、魔法学院へと飛んだ。


 一行はマンティコア隊に中庭へと誘導される。シルフィードが着地し、ウェールズとジェームズがその背から降り立つと、アルビオンの貴族達が歓声を上げて二人に詰め寄った。
「陛下! 殿下! ご無事でしたか!」
「突然ゲートが閉じてしまったので、何が起きたのかと心配しておりもうした!」
「あいや、各々方。心配をかけた。これこの通り、朕らは健在であるぞ」
 ジェームズ一世が言うと、一同は笑い合った。
「アンリエッタ姫殿下と、オールド・オスマンがお待ちしております。こちらへ」
「うむ。では参ろうか」
 ド・ゼッサールが、一行を本塔へと案内すべく先導する。アルビオン王党派が口々に謝意を述べて一行を見送った。
 後になって聞いたことだが、突然ゲートが消えたのでかなりの混乱があったらしい。アンリエッタとオスマンが宥めたので一先ずは落ち着いたが、二人の身に何かがあれば、アンリエッタはかなりまずい立場になっていただろう。
 そんな経緯もあって、アルビオン貴族達は国王と皇太子の身を案じていた。その反動故か、二人が顔を見せた時の王党派の喜びようといったら凄まじいものがあったのである。 
 学院長室にルイズらが通されると、そこにはアンリエッタとオスマンが待っていた。
 アンリエッタはウェールズとジェームズに微笑みかけたが、一行の中に血と泥で汚れたルイズを認めると、血相を変えてルイズに駆け寄り、彼女を抱き締めた。
「よ、汚れます。姫さま」
「汚れがなんだというのです。ルイズ。ああルイズ。よく無事に帰ってきてくださいました」
「姫さま……」
 アンリエッタのねぎらいの言葉に、ルイズの頬を涙が伝う。
「怪我をしているのですね。ルイズ」
 ルイズはあちこちを擦り剥いていたが、アンリエッタが治癒の魔法でそれを塞いでくれた。
「勿体のうございます。姫さま……。どうか、わたしなどのことより、陛下と皇太子殿下を」
「ルイズ……」
 アンリエッタはルイズと数瞬の間見詰め合っていたが、彼女から離れると公人の顔に戻り、ジェームズとウェールズに向き直って恭しく挨拶をした。
「陛下。ウェールズさま。遠路、よく参られました。トリステイン王国はアルビオン王家を心より歓迎致しますわ」
「此度の姫の御厚意、誠に痛み入る。朕と、朕の臣民らに代わり、心より御礼申し上げる」
 それから、アンリエッタは二言三言、ジェームズと言葉を交わすと、キュルケ達に言う。
「あなた達も、よくルイズを助けてくださいました」
「勿体無いお言葉にございます」
「ワルド子爵と、ルイズの使い魔が見えないようですが?」
 一行を見渡して、アンリエッタは尋ねる。
「子爵は……貴族派の手の者でした」
「そんな……魔法衛士隊にまで裏切り者が……?」
 その言葉に、アンリエッタは衝撃の色を隠せない。
 ルイズの婚約者ですら裏切りを働くとは、最早誰を信じればいいのかすらわからない。
「やはり……『アンドバリ』の指輪の力ですか?」
「いいえ。ワルド子爵は自分の意思で動いていたようです。わたしの使い魔は……」
 ルイズは俯いて言い淀む。
「フロウウェン殿は、朕らを逃がす為に囮となってアルビオン艦隊の足止めに向かった」
 ルイズの言葉を、ジェームズが引き継いだ。アンリエッタはルイズとジェームズの顔を交互に見て、蒼白になった。
「そ、それでは彼は……!?」
「アルビオンに残られた。かの者がいなければ、朕らは生きてトリステインの土を踏むことも無かったであろう」
「そんな……。一体何があったというのです!?」
 アンリエッタの言葉を受けて、キュルケがデルフリンガーから聞いていた顛末を語る。
 傭兵の襲撃。ラ・ロシェールからの脱出。空賊に偽装したウェールズと出会ったこと。亡命を決めた矢先の艦の消失。ワルドの裏切り。フロウウェンの変容。アルビオンからの脱出。
 傍らで涙を堪えながら話を聞いているルイズの姿が、アンリエッタの目に痛ましかった。ルイズの心はどれほど傷つけられたであろうか。
 ワルドを同行させさえしなければという後悔と自責の念に駆られ、アンリエッタは目を伏せた。
 しかし、ルイズが自分から志願しなければ、恐らくアンリエッタはワルド単独で密使を送ることになっていたはずだ。
その場合、王党派の亡命も無かっただろうし、手紙は奪われ、『アンドバリ』の指輪の情報を掴んだことが、ただ漏れてしまうだけという最悪の結果に終わっていたはずだった。そういう意味では、アンリエッタに運があったのだと言える。
 オスマンが口を開いた。
「姫。ミス・ヴァリエールは長旅で疲れておる様子。詳しい話は後日伺うとして、今日のところは休ませてやるのがよろしいでしょう」
 その提案にアンリエッタは頷き、一行は学院長室から退出した。
 退出した途端、全て終わったという実感が押し寄せてきて、ルイズの身体から力がどっと抜けていった。
 ルイズは俯いて、嘆息した。改めて自分の身体を見れば、酷い有様だった。
『エア・ハンマー』で弾き飛ばされ、鍾乳洞を転がった時に付いた泥。それからフロウウェンの血。それらで衣服は勿論、髪も、顔も、手も、足も汚れていた。
 ブラウスについた血の痕を見ながら呆然としているルイズに、キュルケは首を横に振る。それから、彼女の腕を取った。
「何よ、ツェルプストー……」
 いつもなら自分が触れようものなら烈火の如く怒り狂うであろうルイズだが、振り払おうともしない。相当重傷だ。
「まずはお風呂よね。長旅で汗でべた付いて、気持ち悪いったらないわ。着替え持ったらみんなで大浴場行くわよ。じゃあ、またね、ギーシュ」
「ん? あ、ああ。また」
 キュルケはそのまま有無を言わさず、ルイズを引っ張っていく。タバサもそれに着いていった。
「……女の子同士の友情、か」
 ギーシュは三人の後ろ姿を羨望の眼差しで見送りながら、溜息をついた。
 ルイズとはそれほど親しかったわけではないが、最近何故か行動を共にする機会が多かった。
 あの勝気なルイズが、あんなに落ち込むのを見るのは、初めてだった。
「やっぱり……誰であれ女の子の悲しむ顔は、見たくないな」
 モンモランシーや姫殿下が、笑顔でいてもらう為に。自分には何ができるのだろう。
 生きて帰ってこれた喜びも束の間のものだ。自分は兄達と違って魔法の才能に乏しい。
 だが、もう少しできることはあるはずだ。 


 生徒達が平時に利用する時間とはズレていたので、大浴場はキュルケ達の貸切であった。正確には、大浴場の掃除に来ていたシエスタがいた。
「ど、どうしたんですかっ! ミス・ヴァリエール!?」
 乾いた血と泥と涙と汗の痕で、ルイズは普段の毅然とした姿が想像できないほどボロボロだった。思わず詰め寄って、シエスタは事情を尋ねていた。
「あなた。名前は?」
 隣にいたキュルケが問う。
「シエスタ、です」
「もしかしてヴァリエールと親しいの?」
「いえ、その。ヒースクリフさんとよく話をしているもので」
「そう。おじさまと……」
 キュルケは目を閉じると、アルビオンに行ったことと、やむなくフロウウェンが敵の目を引き付ける為に囮として残ったことを、掻い摘んでシエスタに説明した。シエスタはその言葉に衝撃を受けたらしい。
「じゃ、じゃあヒースクリフさんは!?」
「わからないわ」
 青い顔で問うシエスタに、キュルケは首を横に振った。
「あたしは、無事だって信じてるけどね。ねえ、シエスタ」
「……なん……でしょうか」
「あなたも一緒にどう?」
 キュルケは大浴場の湯船を指差して言う。
「え?」
 いきなり何を言い出すのだろう、ミス・ツェルプストーは。自分にも一緒に入れ、ということだろうか。
 だが、貴族の風呂に平民が入ることは許されてはいないはずだ。
 シエスタが戸惑っていると、キュルケは声を潜めて、シエスタに言った。
「ヴァリエールがあんなだし、ちょっと頼めないかしら。あたしとヴァリエールは不倶戴天の敵だし、ね」
 不倶戴天の敵などと言いながら、彼女はルイズのことを気にかけているのだ。それが解ったから、シエスタは頷いた。


 シエスタはタオルを身体に巻くと、ルイズを座らせ髪を濯ぎ、次いで泥と渇いた血と汗を、桶に汲んだ湯で丁寧に洗い流していく。その間も、心ここに在らずといった調子で、ルイズはされるがままであった。
 華奢な身体だった。白蝋のような肌理細やかな肌はシエスタから見ても羨ましいくらいだが、暗く沈んだ表情と合間って、余計に弱々しく見える。
 シエスタはルイズが学院でどんな立場であったかを、見て知っている。それでも、こんなにルイズが小さく見えたことは無い。
 いつも胸を張って歩いて、気難しい拗ねたような顔をして、小さな身体でも精一杯自分を大きく見せている少女だった。
 それでもフロウウェンが来てからは、肩肘を張るようなところが少なくなって、自然に振舞うようになってきたと思う。そんな少女に、始祖ブリミルはどうしてまた大事な人を取り上げてしまうような運命を課すのだろう。
 ブリミル教の司祭あたりならこれも試練などと言いそうなものだが、ブリミルはメイジ達の崇める存在であるし、シエスタは殊更信心深いというわけでもない。ただ、ルイズが気の毒で、フロウウェンの身が心配だった。
 ルイズの身体を一通り洗うと、その手を引いて湯船に導くと、縁に背を預けさせた。
「…………」
 キュルケに連れられるまま大浴場に来たが、自分はどうしてこんなところにいるのだろう、何をしているのだろうと、ルイズは自問する。取りとめの無い思考が頭を埋め尽くす。
 疲労と湯船の心地よさで鈍った思考では、考えは少しも纏らなかった。ただ、フロウウェンのことだけが、片時も頭を離れない。
 フロウウェンはどうなったのだろう。こちらの合図に気付いて、ちゃんと逃げてくれただろうか。
(どうして、あの時わたしは―――)
 皆、ルイズの側にいたが、あまり多くの言葉は発しなかった。大丈夫だと安請け合いなどできないし、慰めを口にすればフロウウェンが帰ってこないことを認めてしまうことになる。
 側にいてやることぐらいしか自分達にできることはない。けれどそれは、今は気付かなくても支えになってくれるものだと、タバサもキュルケも、シエスタも知っていた。


 戦闘の時間はわずかだったが、レコン・キスタの被った損害は計り知れなかった。陸軍は兵器も軍馬も使い物にならず、負傷者を見れば怪我をしていない人員を数えた方が早いという惨状だ。
 では空軍はといえば、あの短時間の戦闘の間に多数の艦が航続能力を失くし、竜騎兵も多数が撃墜され、相当な被害を受けた。
 だというのに、死者の数は全軍が受けた損害の割にはさほどでもない。その内訳の殆どは陸軍では仲間に踏み潰された結果だとか、空軍の場合、同士討ちの流れ弾や竜が撃墜されて逃げ遅れたというものであった。
 水の秘薬はあっという間に足りなくなり、傷病兵の治療もままならない状況だ。多数の傭兵達が脱走していることも手伝って、士気もどんどん下がっている。 
 戦闘から二日を経過した今でもレコン・キスタは軍の立て直しができていなかった。貴族派は無人のニューカッスルを遠巻きに陣から囲んだまま、未だ恐怖と混乱から立ち直れず、あの城に近付くことができずにいるのだ。
 神聖なる王権に杖を向けた報いなのではないかという噂が広がっていた。王党派の降将や貴族議会の過半数、有力なアルビオン貴族が戦闘中に突然死したことにもそれに拍車を掛けている。
 実際のところは、『アンドバリ』の指輪の制御を断たれてしまったからだ。全軍で同時に起こったことである為に目撃者は数え切れず、今更指輪の力を再度行使して大っぴらに生き返らせるわけにもいかなかった。
 クロムウェルが死者を蘇らせる『虚無』を用いることができるというのは、公になっていることではないからだ。
 公にしてロマリアに目を付けられてしまえば、虚無を標榜した以上は力を見せろと審問されるだろう。精査されれば指輪の力がバレてしまう可能性がある。
 また、『アンドバリ』の指輪自体が伝承やら御伽話の類として伝わっていて、クロムウェルの能力に思い当たる者がいないとも言い切れない。
 だから、神秘性を高めることで自分のカリスマを高める手段として指輪を利用してはいたが、クロムウェルは一部の者にしかその力を見せていなかったのである。
 それも、裏目に働いていた。
 虚無の力が真実であってもなくても、制御が解けてしまったことで、クロムウェルの復活の魔法は完全では無いということを、その「一部の者達」に知らしめてしまう結果になった。
 王権に歯向かった報いなどという噂が広まっていれば尚のこと。虚無の加護はクロムウェルになどないという結論に達してしまう。
 そういった背景もあって、クロムウェルはゆっくりと確実に求心力を失いつつあった。
 それでも戦さに勝てれば良いはずなのだが、ほぼ全軍を示威の為にニューカッスルに結集させていたのが致命的だった。例え、他国と結ばないトリステイン軍単独と戦っても、大敗は火を見るより明らかなのだ。
 問題は「既に見えている負け戦」を、どう少ない被害で切り抜けるかという段階なのだが、これをそつなくこなせる者は古今名将と呼ばれるだろう。勿論クロムウェルに、そんな手腕は無い。
 傭兵が我先に逃げ出している状況だ。レコン・キスタの現状は遅からずトリステインに伝わる。こちらから講和などと言い出せば弱っていると告白するに等しい。
 クロムウェル自身もその現状を把握していた。だができることはと言えば、トリステインの貴族らが日和見で、こちらに攻めてこないことを祈るだけだ。
 ガリアの援軍は期待できない。傀儡に過ぎない自分がこれほどの失態を犯せば、陰謀の漏洩を恐れてシェフィールドがそのまま刺客になることだって有り得る。故に信頼には足らないが、他に縋るものもないので邪険にもできない。
 トリステインとアルビオンの立場は、たった数日で逆転していた。
「どうすればいい。どうすればいいのだ……」
 焦燥し切った顔で天幕の中を右往左往するクロムウェル。シェフィールドはそれを冷やかな眼差しで見やる。自問自答するような調子ではあったが、その実自分にアイデアを求めているのが解ったからだ。
『アンドバリ』の指輪をクロムウェルに知らせたのはガリア王ジョゼフと、その使い魔のシェフィールドであったが、それは始祖と虚無を貶めてやろうという目的があったからこそだ。
 クロムウェルがシェフィールドをどう思っているかは知らないが、無様に怯えて指輪の制御を手放してしまうような男を助ける義務など彼女にはない。
 何より既にジョゼフの興味の対象は、あの黒い巨人に移っている。これからの流れを見届け、レコン・キスタがどうなるかに目算がついたら、シェフィールドは巨人の調査に向かうことになるだろう。
 伝令の兵がクロムウェルの天幕に駆けつけてきて、報告した。
「申し上げます! ニューカッスルに遣わした使者の報告によりますと、ニューカッスル城は無人とのこと!」
「無人……?」
 クロムウェルは眉を顰めた。巨人がニューカッスルを護るように現れ、王党派は行方知れず。何とも、不気味な話だ。
 あの巨人さえ現れていなければ、恐れをなして逃げ出したのだと笑うこともできただろうに。
 それから数刻後、ようやくレコン・キスタはニューカッスル城に足を踏み入れるに至る。
 そして、ウェールズの部屋から発見されたアンリエッタの書状は、これ以上無いほどクロムウェルの肝胆を寒からしめたのであった。


 自分の名を呼ぶ声と、ドアをノックする音。
 ルイズは目を覚ました。
 部屋は薄暗かった。空は厚い雲に覆われて、静かに雨が降っている。
「っ……」
 首に手をやってルイズは眉をしかめる。
 寝起きの気分は最悪だった。首が痛む。枕が無かったからだ。
 ワルドにエア・ハンマーで撃たれた時に手放して、そのままニューカッスル城の港に置いてきてしまったらしい。
 覚醒しきらない意識のままベッドを這い出して、機械的に扉を開ける。と、そこにシエスタが立っていた。
「……シエスタ……」
 ぼうっとした表情で、ルイズが言う。
「はい。お昼になっても姿がお見えにならないので、その……」
 キュルケからはそれとなくルイズを見ていて欲しいと頼まれている。シエスタ自身も同じ気持ちでいた。
「そう……。もう、お昼、なんだ」
 気の無い返事を返すルイズを、シエスタは心配そうな目で見やった。
 ルイズは緩慢な動作で部屋の中に戻って着替え始めた。
 シエスタがそれを手伝おうとすると、ルイズは首を振って止める。
「いいの。一人でできるから」
「も、申し訳ありません。ミス・ヴァリエール」
 かえって迷惑だったか、とシエスタが俯く。そんなシエスタを見て、ルイズは申し訳ないような、居た堪れない気分になった。だから視線を逸らして、ぶっきらぼうに言った。
「別に……邪魔っていうわけじゃないわ。ヒースとの約束だからそうしてるだけ。だから……そうだ。わたし昼食に行って来るから、部屋の掃除をしておいて貰えると嬉しいんだけど」
「掃除、ですか?」
「わたしの部屋、少し人の出入りが激しかったから」
 王党派の避難経路に使われたということもあり、床が汚れていた。誘導にあたったアルビオン兵の手際が見事だったせいか、部屋の中のものが荒らされた形跡はないが。
「わかりました」
 シエスタはにこりと微笑んで頷く。
 ルイズはシエスタの笑顔を背中に受けながら見送られ、アルヴィーズの食堂に向かった。
 食堂に一歩立ち入るなり、自分に視線が集まるのがわかる。
 最賓の客であるジェームズ一世と、皇太子ウェールズ、王族の親類縁者は学院に逗留しているがアルビオンから亡命してきた人々は、土メイジを総動員して学院の隣に作らせた仮設の建物で過ごしている。 
 見慣れぬ人々が別の建物に隔離されたということもあり、学院にはどこか緊迫した空気が流れてはいたが、表向きは平穏を取り戻していた。
 ただ―――ルイズがアルビオン貴族の出現に何か関係しているのではと噂が広がっていたのだ。
 王党派が避難を始めたのは生徒達が朝食の為に食堂に向かってからだったので、ルイズの部屋から避難民が溢れてくる光景を目撃した者はいない。
だがそれでも、女子寮からアルビオンの貴族が出てきたことまでは隠せていない。
 さらに魔法衛士隊のワルドと共に彼女が学院を出て行く姿を何人かの生徒が見ていた。
 歳相応の好奇心と想像力もあって、それとアルビオン貴族を結び付ける者がいたのである。
 アルヴィーズの食堂でも昼食をとるために現れたルイズらは注目の的であった。
 だが、キュルケはあけっぴろげに見えてその実口が堅く、タバサに聞いてみても暖簾に腕押し。お調子者のギーシュですら、欠席中のことを聞くと歯切れが悪くなるのだ。
 消去法で残ったルイズはというと、現れてみれば目に見えて暗い表情であった。
 皆は彼女の纏った雰囲気に尻込みして何も聞けずにいたが、自分の顔を伺っている者が多いことはルイズにも解る。余り気分の良いものではなかった。


 味もよく解らない、つまらない食事を終えて自室に戻ると、床の掃除はもう終わっていて、シエスタがベッドを整えているところだった。
 戻ってきたルイズの顔を認めると、シエスタが少し申し訳なさそうな顔で言ってきた。
「ミス・ヴァリエール。あの、ベッドの中から封筒を見つけたんですが」
「封筒……?」
 ルイズの反応で、シエスタは封筒の存在を、彼女が知らなかったことを悟った。
「あ。もちろん、中は見てませんよ? くしゃくしゃになっちゃうといけないと思って、机の上に置いてあります」
 見れば、その言葉通り机の上に封筒が一通、置いてある。封筒には一言、「ルイズへ」と記されていた。
「……―――!」
 呆けたような面持ちであったルイズは、それを認めた瞬間、大きく目を見開いて封筒に飛びついた。
 慌ててそれを開いて、中に入っていた手紙を広げる。左から、右へと視線が動いて、文字を追う。
『ルイズへ。
 もし、この手紙を見付けた時、オレの身に何もなく、日々が平穏であるなら、ここから先は読まずに、この手紙を見つけたことも忘れて欲しい。
 そうでない時。つまり、オレがお前の前から姿を消して、帰ってこないような場合だけこの手紙を読んで欲しいのだ。そう思ってこれを認めている。
 ところで、しっかりと読める文章になっているだろうか。なにぶん、こちらの文字は覚えたばかりだから、きちんとオレの意図が伝わっているかは不安が残る。実はこの手紙も、何度か書き直しているものなんだ。
 ―――と、話が逸れたな。
 もし、オレが自分の意思でお前の前から姿を消す時が来るなら、それはオレがオレで無くなった時だろう。
 こう言っても何のことか解らないだろうから、最初からオレのことや、ラグオルを取り巻く状況を説明しておく必要があるだろうな』
 ―――間違いない。これは、フロウウェンが自分に宛てた手紙だ。
 逸る心を抑えて、手紙を読み進める。そこには、想像を絶することが記されていた。
 パイオニア計画とラグオルの真実の姿。フロウウェンの立場。理想と現実の間で揺らぐ苦悩。
 ラグオル地下の巨大遺跡。古代宇宙船内部の亜生命体。その討伐部隊の指揮を取ったこと。
 生還の代償に受けたD因子の傷。正気の沙汰とは思えぬオスト博士の実験。政府の裏切り。爆発と覚醒。そして、リコ・タイレル。
 まるで、物語を読んでいるようでもあり、悪夢の中に迷い込んだようでもある。
 そこまで読んだ頃には、フロウウェンが何故自分の前から姿を消さねばならなかったか、ルイズも察しがつくようになっていた。ルイズの考えを裏付けるように、文面は続く。
『この星では奴からの精神への干渉を感じない。あの傷もない。だから一時は逃れられたのかとも思った。
 だが、ラグドリアン湖の水の精霊がオレのことを連なる者、と言ったことを覚えているだろうか。
 水の精霊は、オレの身は人の血肉を持ちながら自分達に近い物であり、しかし違う何かだという意味で『自分達に連なる者』だと言った。そして、水の精霊の知りえない不確定の要素が二つあるとも言った。
 これについて、オレはこう推測する。生体AIオル=ガのコアとD因子のことではないのかと。
 もしもまだ、オレの体内にD因子が存在しているのであれば、お前の近くにいるわけにはいかない。
 侵食が始まらないのは、ここには本体である存在がいないからなのかも知れん。再びあの化物の姿となったとしても、奴からの干渉さえ無ければ、或いは自我を保てるのかも知れん。
 だが、例えそうであっても、D因子の存在を野放しにするわけにはいかないと思っている。
 これが、お前の前から姿を消さなければならない理由の全てだ』 
 やがて、くしゃりと、ルイズの表情が歪んで、その両目から涙がぽろぽろと零れた。それでも歯を食いしばって、手紙を読み進める。最後まで読むことが、自分の責務だと言わんばかりに。
『そうはならないことを祈っている。
 オレは、ハルケギニアに召喚されたことも、ここで過ごす日々も、悪くは無いと感じている。ここは居心地が良い。だからこそ惑うのだ。ここにいて良いものかどうか。
 オレがお前の前から消えた場合は……オレのことを身勝手な人間だと罵ってくれても構わない。
 だが、力は無くとも意思を支えに戦うお前の姿は尊いものだ。
 祖国にも理想にも裏切られたオレではあるが、お前だけには剣を捧げる価値はあると思えた。だからどうか、その心を忘れないでいて欲しい。
 願わくば、ルイズの道行きに幸多からんことを』
 最後に記された、ヒースクリフ・フロウウェンの署名までを読み終え、やがてぽつりと、ルイズが言った。
「……ったの」
「え?」
 ルイズは嗚咽を漏らし、途切れ途切れに言う。
「ヒースが、怖かった……。わたし、助けてもらったのに……怖がったから、行っちゃったのかなって……。
わたしが、いけなかったのかなって……ヒースは、わたしのこと……こんなに、考えて、くれてた、のに……!」
 手紙を握り締めてルイズは涙を零す。
 シエスタはルイズの肩を抱いた。
 ルイズが驚いたような表情で見上げると、シエスタは真っ直ぐその目を見詰め首を横に振った。
「ミス・ヴァリエール……わたしは良く事情を存じませんけど……そうじゃないと思うんです」
 シエスタは詳しい経緯を知らない。けれど、ルイズが怖がったからいなくなったというのは、違うと思う。シエスタの目にはいつだってフロウウェンは穏やかで優しい人に見えた。
 子供の頃、シエスタはタルブの近くの森で、野犬に襲われたことがある。窮地を救ってくれたのは父親だった。
 野犬も怖かったが、山刀を振り回して野犬を撃退した父の形相も恐ろしくて。助かったというのに混乱して泣き出してしまったことがある。
 そして、それを後悔した。
「大事な人を守りたいから、必死になるんです。それはきっと優しい姿にはなれないけれど」
 フロウウェンはきっと、ルイズを笑って許してくれるだろう。悪いことをされたとも感じないに決まっている。
 けれど、ルイズが後悔しているのはそういうことではない。
 シエスタには解っていた。大事な人を怖がってしまった、自分が許せないのだ。
 ルイズの目にまた新しい涙が溢れてきた。
 シエスタの胸に顔を埋めて、ルイズはごめんなさい、ごめんなさいと謝りながら泣きじゃくる。
 怖がるのも仕方ないと弁護することはできよう。だが自分が許せないというのは、他者にはどうすることもできない。
 自分の場合は、後で母親に泣きついて、それから父親に謝った。
 せめて―――誰かに心情を吐露することで、少しでも楽になれるなら。
 シエスタはただルイズの小さな肩を抱き締めて、柔らかな桃色の髪を撫で続けた。


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