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虚無の魔術師と黒蟻の使い魔-16


ルイズは膝を抱えて泣いていた。
ヴァリエール家の庭にある池に小船を浮かべ、その上で。
どうにも陰気な雰囲気の漂うこの場所に好んで近づくものは少なく、それ故、専らルイズが一人で泣くための場所となっていた。
今回はどうして泣いているんだろう?
そう考えてルイズは気づいた。これは夢だ。
膝を抱えて泣いているルイズ。ルイズはそれを俯瞰して見ていた。
これが夢でないというのなら、膝を抱えて泣いているように見えるルイズは実は既に死んでいて、肉体を抜け出し魂となって己を見ているのかもしれない。
(案外、そうかもしれない)
ルイズは思った。
俯瞰してみるこの感じ。空気に溶けているかのようなこの感覚。
これは『本』を読む感覚に似ている。
自分の『本』があるというのなら、自分はもう死んでいるのだろう。しかしその『本』を読む自分は誰なのか。
(ああ…)
死んだ己の『本』を読む。それは・・・。
彼女はあの時、今のルイズとは比にならない混乱と当惑を感じただろう。
ただ呑気に過去を夢に見ているだけの自分と、彼女の身に起こったことを同列に並べるべきではない。
これは夢だ。ならば早く夢から覚めてしまおう。
とはいえ、夢から覚めるにはどうしたものか。
そんなことを考えるルイズの視界に、一つの影が映った。
そんなことを考えていない小舟の上のルイズもその影に気づく。
ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。ルイズの婚約者。
小舟の上で泣く自分と、それを迎えに来た優しい婚約者。
この夢は自分が思っていたよりもずっと過去の出来事だったらしい。
これは確か……自分が一桁の年齢の時の出来事ではなかったか?
そう思って見ていると、小舟の上のルイズがいつの間にか随分と縮んでいた。この夢を見始めた時には、小舟の上で泣くルイズは魔法学院の制服に身を包み、今現在のルイズと変わらない姿であったのに。
成る程、まさしくこれは夢だ。
よく見ればワルドも立派な髭を蓄えた現在の姿と、当時の青年とも少年ともいえるような年頃の姿を行き来している。
夢の不条理さを夢の中で感じながらルイズは彼らのやりとりを眺める。
夢の中の不条理故か、彼らの言葉は確かに耳に届いているはずなのにルイズには聞こえなかった。世界は沈黙で満ちていた。
幾つかの言葉のやりとり。その後、ワルドが小舟の上のルイズに向けて手をさしのべようと一歩踏み出した。
ワルドがルイズに手をさしのべようと一歩踏み出したとき、ルイズの心の中に悲しみと怒りが綯い交ぜになったような名状しがたいものが溢れてきた。
ワルドと幼いルイズのやりとりはまるで聞こえてこないのに、ワルドの足の下からは一匹の小さな蟻が潰れるぐしゃりという音、耳を澄ませても聞こえるはずのない音が大きく響いた。

――ルイズは夢から覚めた。

「おはようございます」
まだ覚醒しきらぬルイズに声がかけられる。
ルイズはぼんやりとしたまま身を起こし、顔を声のする方へと向けた。
「アンタ誰? 此処はどこ?」
声の主はルイズの知らない顔だった。
ニヤニヤとした笑みを浮かべた青年。いや、その顔だけを見れば少年と言うべきかもしれない。童顔。しかし、高いというより長い言いたくなるようなひょろりとした長身と、その手に持つやたらと武骨な鉄杖が少年と言うには不似合いだ。
ただ、ニヤニヤと笑っているがそこからは下品さを感じさせるものはなく、どちらかと言えば爽やかさすら感じさせるものがある。つまりはいかにも好青年と言った表情だった。
そこそこにもてそうな、貴族の子女の間より平民の娘たちの間でこそもてそうなタイプだなと、ルイズはぼんやりと思った。
「そこは『私は誰? 此処はどこ?』でしょう。勿論『私はどこ? 此処は誰?』でもOKですよ。こういうときはオーソドックスにいきましょう。オーソドックスを楽しめないと人生の半分を損しますよ」
男が言う。
見た目ほどはもてないだろうな、とルイズは評価を改める。言わなくてもいいことを言わずにはいられないタイプだと見える。
「おっと、いらんことを言う男だと思ってますね? いやはや申し訳ない」
その科白こそいらぬことだとルイズは思うが、声には出さない。こういうお喋りな手合いにいちいち反応するのは無駄であるし、どうにも眠気が抜けない。ぼんやりとした倦怠に包まれている。
「ではそろそろあなたのような可憐きわまりない御令嬢に名を名乗る栄誉に預からせていただくとしましょう。僕の名前はグレアム。それ以上でもそれ以下でもありません。
僕があなたと同じ年の頃の時にはそれ以上だかそれ以下だったのですが、まぁ、家名を失ってしまいましてね。今はただのグレアムです。
元は子爵家に生まれましたが、今は気楽な傭兵稼業です。通り名は『泥濘』。そう名乗るとよく土メイジと間違われますが、僕は水系統です。水のトライアングル。
自分で言うのも何ですがそこそこに腕は立つ方ですよ。傭兵ですからね、実戦においてなら頭でっかちなスクエアよりはいけると自負してます。
もう一つ自分で言うのも何ですがといったことですが、あまり傭兵らしくないと言われるのが密かな自慢です。
この稼業は、元貴族でも2、3年もやってればいかにも傭兵と言った風情になってしまうのですけれどね。がさつと言うか粗雑というか……。
まぁ、傭兵らしさに染まってはいないからといって、貴族らしいのかと言えばまた別の話なのでしょうが。
傭兵とはいえ荒っぽいことばかりして生きていけるわけでもないので傭兵仲間の間ではそこそこ重宝されています。今のボスにもそのあたりを買われたところがありますからね。
だからこそ……」
男、グレアムは身振り手振りを交えながら一方的にまくし立てる。
しかしそれは控えめに叩かれたドアの音によって中断された。
グレアムは少し残念そうにしながら「どうぞ」とドアのむこうに応える。
ドアを開けて入ってきたのは一人の大男だった。グレアムとは違い縦だけでなく横にも大きい。大きいという言葉も似合わない。有り体に言えばごつかった。
ルイズは一瞬岩でできたゴーレムが入ってきたのかと思ったほどだ。体だけでなく、顔立ちまでもが岩のようだ。
その岩のような男はグレアムに一瞥をくれると、ルイズに向けて恭しく一礼をし、
「おはようございます。ミス・ヴァリエール」
やはり岩のような声、しかしその物腰はごつごつとした岩ではなく、何か磨かれた岩のような声で言った。
ルイズが磨かれた岩にたとえられるような声がこの世に存在していることに驚いていると、その間に岩男はてきぱきとルイズのベッドの隣に置かれた小さなテーブルへ食事を並べていく。
最後にグラスにワインを注ぐとボトルをテーブルに置き、
「冷めないうちにどうぞ」
と、一言だけ添えて岩男は入ってきた扉から出て行った。
スープから漂ってくる香りがルイズの鼻を刺激する。それはまたルイズのぼんやりとした意識を刺激する。
ぼんやりとした意識の中から疑問が急速にふくれあがる。此処はどこなのか。このグレアムという男は誰なのか。先ほどの岩男は何者か。そもそも何で見知らぬベッドで寝ているのか。
ルイズがその疑問を口にしようとする前に、グレアムがまた喋り始めた。
「今のは僕の同業、つまり傭兵で、今は僕と同じ任務についている仲間です。名前はクラウス。通り名は『鉄波』。
水のメイジに間違われることはないみたいですね。土のラインです。たしか産はゲルマニアの方だといってましたね。性格はあまりあちらの方とは思えない真面目そのものといったところですが。
見た目に似合わず細かいところまでよく気の回る男です。魔法の方も細かい細工物を作ったりというのも得意ですし、とはいえ見た目通りの大味な魔法も得意です。
実戦においてはラインとは思えぬほど気を吐く男ですが、普段は少し無口なところをのぞけばつきあいやすい男です。
愛称は『テッパッパー』これは僕がつけたのですがいまいち流行りません。本人が気に入ってないみたいで、あの強面で否定すると、皆遠慮してしまうみたいですね。僕はいいと思うのですが、『テッパッパー』。
そうそう、あなたのつけているその腕輪。それも彼の作ったものです」
「腕輪?」
ルイズはグレアムの言葉に首を傾げ、そして己の腕を見る。
「なっ! 何よこれ!?」
ルイズは思わず声を上げる。
己の左手首に巻かれた鉄の輪。そしてそこから鎖が伸びベッドのポールへと繋がれている。
「なんなのよ!? これは!?」
ルイズはグレアムを睨みつけもう一度言った。
「その質問には勿論お答えいたしますが、その前に一つ警告をしておきます。くれぐれも蟻は出されぬよう。その場合には手加減は一切するなと言われております。あなたごと『面』で蟻を一度にたたきつぶすように言われております」
そう言ってルイズへと鉄杖をむけるグレアム。その口元は笑っているが、目からは冷たいものしか感じ取れなくなっている。
ルイズは言われるまで蟻を出すことなど忘れていた。グレアムの言葉でそれを思い出したが、しかし彼の目が安易に蟻を出すことを許さなかった。
グレアムの目はルイズの黒蟻をしっかりと驚異と認識した上で、出した瞬間に対応してみせると物語っていた。
微塵の油断もないが、自信に溢れている目。
ルイズはゴクリとつばを飲み込む。
「ご理解頂き有り難うございます」
グレアムは慇懃に言う。
「うちのボスから、あなたの蟻についてはよく伺っております。恐ろしい力だと思いますよ。一手でも対処を間違えるとスクエアだろうと不覚をとるでしょう。
杖を取り上げても無意味だというのがまた恐ろしい。こうして鎖に繋いでいても一瞬たりとも気を抜けないわけですからね」
そう言いながらもグレアムの目が優しいものへと変わっていく。とはいえ警戒は解いていないだろう。
「できればあなたには温和しくしていて頂きたいのですよ。ボスからも丁重に扱うように言われてますし、僕個人の好みからしてもあなたのような可憐な女性を手荒に扱うのは避けたいところです。
ただ、その腕輪だけはご容赦願いたい。あなたがうちのボスと敵する限りは外せません。
ボスはあなたを高く評価していますし、僕個人の好みとしてもあなたを敵にまわしたくありません。テッパッパーの奴なんかもきっと同意見でしょう」
そこまで言うとグレアムは言葉を切る。そしてルイズの様子をうかがう。
ルイズの瞳には敵意と言うよりも当惑に満ちていた。
ルイズは、今、自分が囚われの身であることは理解していたが、そこに至る経緯が思い出せないでいたのだ。
「ではあなたの疑問にお答えいたしましょう。その腕輪はあなたを拘束するためにテッパッパーが作りました。鍵穴はありません。錬金で砂にでもしないと外せません。杖を取り上げられている以上あなたにはどうしようもありません。
また、蟻を使って僕たちを脅しつけても、結局誰かが至近距離で魔法を使わなければそれを外せません。つまりあなたが自由になるには至近距離で他者に魔法を使わせる必要があり、蟻で脅しつけたような場合、素直に錬金を使う者などいないと考えて頂きたい。
ちなみにその腕輪になにやらウサギをもしたキャラクターが刻まれているでしょう。それもテッパッパーの奴がやりました。奴なりの配慮です。女の子の手首に露骨に手錠じみたものをつけるのはいかがなものかと。あいつは女子供には結構甘いんです」
ルイズが腕輪を注視すると、そこには二足歩行するウサギの絵が刻まれていた。なにか、あの館長代行のシャツに縫い付けられたアップリケに似ているなと思った。
「……これが配慮というのなら、私をなめているか女というものをなめているかのどちらかね」
「それには僕も同意ですが、奴はこれで大まじめなんですよ。一度、5歳ぐらいのお嬢ちゃんにそんな感じの陶器の人形を作ってやったら喜んでいたとかいって、それ以来、年齢身分関係なく女はそれで喜ぶと思ってやがるんです。
あとであいつが来たら存分に馬鹿にしてやってかまいませんよ。
……それから、此処がどこかと言うことですが、ラ・ロシェール上空1500メイル、北に10リーグ程ずれたあたりですね」
「フネ」
「はい、フネです。僕の本職は船乗りではないので船についての詳しい質問はご遠慮ください。しても無駄です。テッパッパーも、フランシスもフネについてはまるで無知です。
あぁ、フランシスというのはもう一人の同僚です。彼女は今は睡眠中ですので後で紹介しますね。この3人であなたの身の回りの世話と、まぁ、監視をしています。あ、ご安心くださいね。
あなたが寝ていた間は勿論、これからも着替えの手伝いなどはフランシスがやりますから。一応僕たちは紳士を気取ってますんで」
グレアムはそう言うとにこりと笑う。
ルイズはそんなグレアムの言葉の一部に引っかかる。
「『寝ていた間』?」
「あぁ、言っていませんでしたね。あなたは、えーっと、13日ですね。まる13日間魔法で眠らされていました」
グレアムの言葉にルイズは驚愕する。
「13日間!?」
「はい。その間、フランシスが毎日お召し物は取り替えていましたし、栄養も僕の魔法で与えていましたので特に問題はないでしょう。着替えのたびにフランシスの奴があなたのことを人形みたいでかわいいって言ってましたよ。
僕も手伝おうと申し出たのですが、断固として役得を譲ってはくれませんでした」
グレアムが軽口を叩くが、ルイズはそれを無視して頭を抱える。
「13日間? 13日前? え?」
「ルイズさん?」
「ねぇ、そもそもあんたの言うボスって誰なの」
グレアムが怪訝な顔をする。そして何かわかったようなわからないような顔になる。
「そうですね。13日間も眠らされていたわけだし、記憶が混濁していても当然でしたね。僕としたことが失念してました。それでルイズさん。どこまで覚えています? どこから記憶がありません?」
ルイズは懸命に頭を捻って記憶を絞り出そうとする。
「姫様に……頼まれて…ギーシュ……アルビオンへ……ワルドが現れて……ワルド……それから……」
ルイズがうんうんと唸る。
「まぁ、時間はまだあります。ゆっくりと思い出せばいいですよ……」
グレアムの言葉が遠くに聞こえる。
私は何かとんでもないことを忘れている。
思い出さなくては。
アンリエッタにアルビオン行きの密命を仰せつかって、ギーシュと行くことになって……。
そしてワルドが現れた。
長らく会っていなかった婚約者。
魔法衛士隊グリフォン隊隊長。
それから。

それから……。



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