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虚無と金の卵-11


 ガリア王都、リュティス。
 そこに、ハルケギニア有数の宮殿の一つ、ガリア王家のヴェルサルテイル宮殿が存在する。
 そして宮殿中心部、グラン・トロワの一室に、二人の男が向かい合っている。
 一人は瀟洒な椅子にゆったりと寛いでいる――王者の風格。
 一人はひどく堅い調子で屹立する――忠誠を見せんとして身動ぎもしない。
 椅子で寛ぐ男、ガリア国王陛下ジョゼフ。青髪の美丈夫。たくわえられた立派な髭。がっしりとした闘士のような体つき。
 匂い立つような男ぶり/国民からは無能王、簒奪者と罵られる男。
 そして、ジョゼフはもう一人の男に何事かを報告させていた。
 その男の眼球はせわしなく動く。だが努めて、不興や誤解を与えぬよう、朗々と羊皮紙を読み上げていく。
 酷く緊張した男の有様とは対照的に、ジョゼフは欠伸混じりに聞いていた。

「以上が、私めの知るすべてにございます」

 羊皮紙の束を読み上げ終わり、男は顔を上げた。
 聖職服に身を包んだ、三十代だろうと思われるこの男、アルビオンのオリヴァー・クロムウェル。
 一介の司教に過ぎず、ガリア王室や政治等とは全く無縁の人物。
 この男の長所を上げるとするならば、野心。記憶力。そして保身のための頭が回ること。
 だが王の目を引くほど魔法の達者ではない。また、高度な政治的存在などでもない――少なくとも今までは。

「よくぞ調べ上げた。クロムウェル。褒美は……ふむ、そなたが頭に被るものが、その司教帽というのは寂しすぎるよなぁ。
 もっとも余の王冠は渡せぬが、まあこれより少し劣るもので良ければ用意してやろう」
「ここ、こ、光栄の極みにございます!」

 クロムウェルは引きつった声を出しつつも、至福の表情を浮かべる。

「これが成功した暁には国を預かる身となるのだ。つまりは余と同等。もっと堂々としていたまえ」

 何の感慨も無さそうにジョゼフは興奮する相手を宥め、その相手のオリヴァーはあからさまな程に恐縮する。

「私などジョゼフ様の王器の前には塵芥にございます。同等などと、なんと恐れ多い!」
「ふむ。ま、謙虚とは美徳でもある。それさえ守れば、余のように無能王などと蔑まれることもあるまい」

 自嘲などではなく、ジョゼフは心から面白そうに笑った。

「で、ですが……首尾よく行けば良いものの、私の身など風前の灯火にございます。
 ジョゼフ陛下の御考えを、どうか私めにご披露頂けないでしょうか?」
「余の考えだと? なに、心配せずとも貴様の頭は望み通りだとも。それにグラン・トロワならば狼藉者も入り込めまい。
 それとも、余と、余の騎士達が信用ならんか?」
「い、いいえ、滅相もございません! な、何卒お許しを……!」
「なに、構わぬ。……駒は揃いつつある。結果など後からついて来る。もう少し過程を楽しむことだな」

 本来ならば、頭に被るものよりも、頭が体と繋がっていることの方が遥かに大事だ。
 だが、目の前の男に逆らえばどちらも失われる――恐怖を表に出さぬよう、クロムウェルは引きつった笑みを浮かべる。
 今更後には退けないことなど、オリヴァー自身、痛いほど理解していた。
 総てを失うか、総てを得るか――だからこそ、突き進むしかない。
 ジョゼフ王の闇を垣間見たオリヴァーの恐怖は深い。
 だが野心を燃え上がらせ、クロムウェルはその恐怖に拮抗する――安寧とは程遠い軌道を感じながら。




 第二章 追憶と邂逅



 チェルノボーグ監獄――トリステイン城下町の外れに存在する、国中で最も堅牢とされる監獄。
 そこに、土くれのフーケは収容されていた。
 フーケの牢の、鉄格子越しの窓は遥か遠い。10メイルは離れ、二つの月の光もほんの微かにしか届かない。
 暗闇の中、供え付きの粗末なベッドで、フーケは眠りもせず、ただ横たわっている。

「女一人捕まえるのに、こんな物々しいところにぶちこむとは、恐れ入ったよ」

 牢を囲む屈強な獄吏どもも、収容者に悪態すら叩かず、ガーゴイルの如き鉄面皮で見回るのみ。
 破られぬことを誇りとするかのように、無駄口など一切聞こえてこない。

「しかしあのネズミと小娘……一体どうやって私の行動を知ったんだ……。
 誰にも知られちゃいなかったはずなのに」

 金色の鼠と、奇妙な爆発の魔法を操る小娘。ルイズとウフコックをフーケは思い出す。
 その一人と一匹のために、破壊の杖を盗むことは叶わなかった。
 盗みを決行した際に偶然拾った宝石など、金目の物を無意識に靴や服の隠しポケットに忍ばせて盗んではいたが、
 結局、それらは服や靴ごと没収された。運良く獄吏どもに見つかっていなかったとしても、手を離れたことには違いない。
 ともかく、秘書を装って入念に仕掛けた仕事すべてが台無し。あの小娘どもめ、と内心毒づく。
 だが、結局自分は完璧に敗北したのだ。
 それに今更毒づこうが呪おうが、今となってはすべて詮無いことを、フーケは知っていた。
 ただ迫り来る裁判を待つだけの日々。実際はその日々すらも確たるものでは無いフーケの未来。
 理想――突然二枚目の名門貴族が現れ、裁判で弁護してくれて無罪放免。
 現実――縛り首。幸運が見込めれば島流し。
 悲観――拷問された挙句の口封じ。

 フーケは何事かを想像し、ぞくり、と体を震わす。

「……くそっ、面白くも無い。あんたもそう思うだろう?」

 闇に向かってフーケは声をかけた。

「……気付いたか。流石は『土くれ』」

 暗闇が揺らめく。答えが返ってくる。
 予想通り男の声。たが意外と若い声だとフーケは思う。
 気付けば、既に気配が近くまで来ていた。暗闇が距離感を惑わせているが、少なくとも普通に声の届く位置に男が居る。
 痺れるような恐怖をフーケは感じる――悪態など死を目前にした自棄でしかない。
 それは相手に伝わっているだろうか。
 土のトライアングルのメイジであり、盗人として巷を騒がせたフーケは、壁や床の軋みにはひどく敏い。
 だが男は、声が届く程の距離に至るまで、フーケに気付かせなかった。
 闇の中とはいえ相手の気配の絶ち方は一流――理想でも現実でもなく悲観が当たった。
 メイジならばトライアングル以上だろう。あるいは平民であるが故に技を練り上げた暗殺者かもしれない――どちらにせよ最悪。

「なら、面白いことをしないか?」

 面白がるような声。嬲る気か、このフーケ様を。
 噛み付くか。諦めるか。痛みの少ない後者にしておけと心の闇が囁く――却下。

「あんたは、身動きのとれない女じゃないと相手にできないのかい? とんだ臆病者だね。わたしは紳士以外はお断りさ」

 肩をすくめるような気配がフーケに伝わる。だが、怒りの気配は伝わってこない。
 ほんの僅かな沈黙が、途方も無く長い。

「……ああ、勘違いしてるなら訂正するけど、あんたに恨みがあって来たわけじゃあないし、
 どこぞの金持ちに雇われて口封じに来たわけでもない」
「だったらせめて、女性の部屋に入るときくらいはノックくらいするんだね」
「……それもそうだな。忘れてた」

 虚脱するほどの安堵――相手は割と馬鹿だ。
 そして素朴な疑問をフーケは感じる。

「あんた、一体何者だい」
「……ここで話しても良いけど、大分長くなっちまう。立ち話は外でしたいな、マチルダさん」
「なんだって?」

 捨てたはずの自分の名前。それを知る者は限りなく少ないはずであった。
 少なくとも牢破りなど危ない橋を渡る人間の中には、決して存在しないはずである。

「アルビオンのウェールズ。俺は、その男から奪いたいものがある」
「……命かい?」

 恨みを利用して殺し屋に仕立てるつもりか。そうフーケは訝しむ。
 それなら所詮使い捨ての手駒だ。警戒に警戒を重ねなければ、今以上の最悪が待っているに過ぎない。
 だが、相手の男はそれを否定した。

「いや、違う。もう一度、怪盗らしい仕事をしてみないか?」
「……盗みで間違いないんだろうね?」
「そうだ」
「私が必要? 縄についた私が?」
「そう。お前の知識と能力が要る」

 男は頷く。少なくとも、見る限りでは嘘の色は無い。
 フーケはようやくの安堵の溜息をつく。

「……最近は、ことごとく勘が外れるよ。盗人にゃ何より大事なんだけどね」
「どんな風に?」
「盗めると思ったものが盗めずに捕まっちまう。逆に、死ぬと思ったら、どうやらそんなこともなさそうだ」

 自嘲気味にフーケは笑う。

「来るか」
「そうするわ。……覚悟したつもりだけど、やっぱり死ぬのは嫌だからね」
「無駄死になんて、するもんじゃないさ」

 男はフーケの肯定を受け取り、牢に近づく。
 暗闇に馴れたフーケの目に、男の姿が移る。闇に紛れるためか黒いローブを目深に羽織っている。顔はまだよく見えない。
 そして男の右手が滑らかに動く。愛撫のような滑らかな手つき。
 金属の擦れる微かな響きがフーケの耳に届く。
 気付けば固定化されたはずの錠前が真っ二つになり、既に男の手はローブの裾に納まっている。
 詠唱はしていない。恐らく剣――暗闇とはいえ、抜剣を悟らせないほどの早業。

「開けたぞ。お前の服と荷物は取り戻しておいた。……立てるか?」
「今更、紳士ぶるのかい? 似合っちゃいないよ」
「……無駄口は外に出てからだ」

 フーケは男の手にした物――服、証拠として押収された盗品、そして愛用の杖――を受け取りつつ、
 やや怒りの素振りを見せる男の顔を、間近でよく見る。
 やはり若い。そしてこの国では珍しく黒髪黒目だ。

「待った。その前に大事なことを聞くよ。それを聞かない限りは外に出ない」
「……何だ?」
「あんたの名前は?」
「……あだ名や通り名なら幾つかあるけど……まあ良いさ」

 男はやや迷う素振りを見せた。だが、フーケの真剣な目つきを見て頷き、名乗る。

「サイトだ。ヒラガ・サイト」
「サイト、ね。……マチルダはもう捨てた名前さ。私のことはフーケと呼びな」

 耳慣れない異国の響き。
 フーケはその名を心に刻み、チェルノボーグ監獄の暗闇を踏み出す。
 フーケは思う。至福の中で闇に叩き落され、だが底に落ちたと思った瞬間に手が差し伸べられる。
 この手が悪魔でも構うまい――フーケは男に手を握られ、牢での生活でやや弱った体を助け起こされた。
 先の見えぬ暗黒。見知らぬ男の手。
 妄想にも似た希望を抱いて、フーケは駆けた。


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