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鋼の使い魔-30



 『ファイアブランド』と『折れたギュスターヴの剣』をギュスターヴに渡したロベルト老人は、もう一つ、袋を取り出してから鉛の箱を閉じた。
「その二つはな。本来、人が常に持っていなくちゃいけない代物なのさ」
 彼はそういうと、取り出した三つ目の袋をシエスタに手渡す。
「こっちは『シエスタ』。お主への贈り物だよ」
 受け取ったシエスタも袋を開けた。中身は使い込まれた一本の杖だった。
「ジニーがまだ若い頃に使っていた杖だ。こいつも元は強力なグヴェルだったが、今じゃ只の丈夫な杖でしかないな。
…あの墓碑が読めた奴が居た代の者に渡してくれと、ジニーに頼まれていたんでな」
「お祖母ちゃんの…杖…」
 杖は白と黒、そしてうっすらとした緑と蒼の四色で出来ていた。質感は木材のような木目を感じさせるのに、ひんやりとしていて、まるで石のようでもあった。
ギュスターヴにもシエスタにも、それが一体何で出来ているのかまったくわからない。
「『プリムスラーヴス』…だったかな。ジニーはそう言っていた」
「…でも、どうして私?お父さんが持つものだと思うけど…」
「あやつはお主に持っていて欲しいとさ。ま、大事にしなさい」
「…うん」
 大事に杖を抱えるシエスタだった。
「…さて。これでもう此処の用はない。一度家に戻るぞ」


 帰りの藪道を降りていく中で、シエスタはギュスターヴの隣に並ぶと、木漏れ日にプリムスラーヴスを空かしたりしながら話しかける。
「ギュスターヴさん。アニマってどんなものですか?」
「え?…うーん、そうだな…」
 はっきり言って、ギュスターヴに答えられるはずもない質問ではないのだが、シエスタにとってはそんな自覚があろうはずもない。
「…多分、シエスタのほうがよくわかると思う」
「そうですか?」
 困り顔で話を濁すギュスターヴ。そんな話を聞いて、ロベルト老人は呵呵と笑った。

 シエスタの家に戻ってみると、出入り口、つまりシエスタの父エドの仕事場には見慣れない人物が立ち寄っていた。
「ただいまー。…お客さん?」
 見えた客人らしき人は、煌くラメラーコートに、同じ素材で出来た帽子を被っていた。
 両手両足はがっちりとくみ上げられた手袋とブーツが嵌められている。風貌はコートの襟と帽子の陰になっていて、よく分からない。
 背はそれほど高くなかったが、背がまっすぐ伸びていて、それほど年嵩があるわけではないらしい、位は分かった。
「この辺の地理について、色々と聞きたいことがあるんだが」
 意外にも声の調子から見て女性らしかった。
「ここより先はあなた方の一族が管理していると聞いた。中を歩かせてはもらえないだろうか」
 単調直入に聞いた訪問客だが、エド氏はギュスターヴ達に見せたのとは打って変わった渋い表情を見せる。
「悪いけど知らない人間を山に入れるわけには行かないんだよ。まぁ、他に聞きたい事があるなら聞いてやらんでもないが」
「そうか…」
 一言言うと訪問客は懐から折りたたまれた大きな一枚の紙を取り出して広げた。一辺が一メイルは裕に超える紙には
微細なタルブの村を中心とした地図が書き込まれていた。
 訪問客は広げた地図のうち、南西の部分を指した。シエスタの一家が管理する山の周辺だ。
そこも他の部分と同じように地図が書き込まれてはいたが、他の部分よりも大雑把で空白が多い。
「はて、貴方は地図屋か何かなのですか?」
「まぁ、そのようなものだ。で、このあたりについてなんだが…」
 と、訪問客はエド氏に対して色々と質問を投げかける。この辺りに木々は生えているのか、生えているならどの程度か。岩地なのか土砂でできているのか。
斜面の傾斜はどれくらいなのか……。
 エド氏は質問一つ一つを値踏みながら答えている。慎重に質問の意味を考えて答えているようだった。それだけエド氏は一族の管理する山を大事にしているのだろう。
同時に、そこをみせてくれたということがどれだけ大きなことなのか、という事にギュスターヴの思いは向く。
下衆な考えかもしれないが、自分のアニマゼロを感じ取ったからエド氏は山に入れてくれたのではないだろうか、などとも思ってしまうのだった。


『seventy years ago/fortytwo years ago』


 暫くの間エド氏と訪問者が質問の応酬を繰り返すと、訪問者は地図をしまいこんで頭を下げた。
「ご協力感謝します。助かりました」
「いえいえ…」
 礼を言い終わると、奇妙な訪問者は何事もなかったようにシエスタの家を出て行った。


 店先の話し声が静かになると、それに耳を傾けていたギュスターヴ一行とシエスタ、ロベルト老人も一息つく。手元の薬湯の注がれたカップを転がす。
「帰ったみたいだな」
 カップに口を付けていたロベルト老人は、そういうと空のカップを残してテーブルを立つ。
「…んじゃ、私は帰るぞ」
「帰る?」
「大爺ちゃんは村の方に家があるんです」
「うむ」
 ギュスターヴはてっきり、この老人はシエスタの一家と一緒に暮らしているのだと思っていた。
「『シエスタ』や。おぬしは暫く居るんじゃろ?」
「うん。おやすみをもらったから」
「そうかい。…なら、心配は要らんな…」
 そう言って、ロベルト老人は愛用らしい杖を突いて家を出て行ってしまう。
「…変なご老人だ」
「そうね」
 キュルケとギーシュは翻弄されっぱなしだったことを思い出して秘かにため息を漏らす。
「…ところでギュスターヴ。君は一体彼に何をされたんだい?」
 ギーシュの視線はギュスターヴの抱えている二つの袋に注がれている。
「それは?」
「これは…あのご老人が俺にくれたものだ。シエスタにもな」
「なんだ。結局貴族に財宝をせしめられるのが嫌だったと見える」
 ふん、と鼻を鳴らすギーシュ。
「ま、いいんじゃない。貴族の嫌いな人なんてざらに居るわよ」
「しかしだねー、こう、無碍に扱われるのはトリステインの貴族としてはだねー…」
 勝手にお邪魔しておきながら随分と好き勝手な事をいうギーシュである。
 そんな具合に色々、キュルケとギーシュが何やかやと話し始めている中、店先からエド氏が戻ってくる。
「お帰りなさい。お父さん」
「ふぅ。たまにああいうお客さんが来て困るのさ。石切の弟子にしてくれとか、山の中を見せろって迫るから」


 エド氏はテーブルについているギュスターヴに向かい合う。
「…ロベルトの爺さんから、色々と贈り物があったみたいで」
「えぇ、まぁ…」
 どこか曖昧にギュスターヴも答えた。
「実は私からも一つ、お見せしたいものがありましてね」
「あら、面白そうね」
 身を乗り出して間に入ってきたキュルケが上目がちにエド氏を見た。緩く明けられた胸元から逃げるようにエド氏は席を一度立つと、
部屋に掛けられていたレリーフに手を添えた。
「ふふふ…お嬢様方もご覧になりますか?」
「いいんですか?」
 そう聞いたのは誰でもなくギュスターヴだったが、エド氏は変わりなく頷いた。
「構いませんよ。…もっとも、これが何なのか、分かるのであれば、ですが…」
 意味ありげに言葉を濁したエド氏は、手を掛けたレリーフを裏返す。レリーフの裏は物入れになっていたようで、そこから一冊の本を取り出すと、テーブルに置いた。
「これです。どうぞ、ご覧になってください」
 サッとキュルケは本を手にとってページを捲った。そのまま暫くの間、開いたページと睨みあいをしていたが、やがてテーブルに本を戻した。
「…いいわ。これ」
「そうですか。…では、ギュスターヴ殿、どうぞ」
 キュルケの挙動に不審を感じたものの、ギュスターヴは渡される本に手を掛けてページを開いた。
「これは…」
「もぅ、エドさん。もったいぶって悪戯するなんて酷い人ですわね」
 膨れ面で咎めるキュルケにエド氏は苦く笑う。
「いえいえ。これは私の母、つまり『シエスタ』の祖母が残したものでして。何でも古い友人が自分に譲ってくれたとてもありがたい本だと言うのですが、
母以外に誰も読むことが出来ない代物なのです。今では一家の誰も読むことが出来ない有様で、貴族の方なら読めるかと思ったのですが…」
 と、エド氏は話したが、ギュスターヴの注意はその『誰も読めない本』に書かれている文章に注がれていた。
「…どうかしまして、ミスタ」
「…ぇ?あ、いや…」
 キュルケの声に答えながらも、やはりギュスターヴの意識は本に向かっていた。
(すこし癖があるが…これはサンダイルの文字だ)
 誰にも読めない本…それはまさしく、サンダイルで使われる文字で書かれていた。
長い間に虫食いや紙魚でかなり紙が劣化してはいるものの、中の文字を読み取る事は十分に可能だった。


 村の作るブドウ畑の丘陵が夕陽を受けて黄金色に輝いていた。

 最初に宿を取ろうと提案したのはキュルケだった。
「せっかくタルブまで来たんだし、ワインの一本でも手土産にしたいじゃない?」
 そこで一行は一晩をタルブで過ごし、翌朝ワイン倉を巡って各々ワインを手に入れてから帰ろうということになった。

 タルブの村主幹部で尋ねた宿は集落の規模から見ると随分と立派だった。
 掲げられた看板には『北の門』亭と書かれている。
「一番いい部屋を用意できる?一晩でいいんだけど」
 キュルケが店に立っている若い女性に話しかけていた時、店の奥に続く扉が開けられた。
「なんだおぬし等。うちに泊まるのかい」
 店先の扉から出てきたのはロベルト老人だった。シエスタの家で見たときよりも心持ゆったりとした格好だったが、受付にいた女性は恭しくロベルト老人に頭を下げている。
「あらお爺さん。ここの宿の人?」
「ここは私の店だよ。タルブはそれなりに来客が多いからな、繁盛して助かってる」
「ではご主人。一番上質の部屋を用意してくれます?」
「生憎一番上は二部屋しかないぞ」
 老人の目は四人を統べるように眺める。
「それじゃ僕とギュスターヴは辞退しようじゃないか」
 ギーシュがかっこつけて言ってみせる。
「ま、いいけどな。っていうか胸張って言う事でもないだろ」
「ぅ」
「あらんギュス。相部屋でもいいのよ?」
「からかわないでくれ」
 手を振って答えるギュスターヴだった。


 暮れなずむ空の下、丘から村まで続く斜面に作られた葡萄畑からタルブ全体を見渡すように、ギュスターヴは立っていた。
 ギュスターヴはデルフを抜くと、路傍に転がる大きな石に向かって突き立てた。デルフは石に剣先が突き刺さって止まり、畑を区切る石垣に腰掛けると、
デルフの鍔がちょうどギュスターヴの顔の部分に並んだ。
「ん?どうしたよ相棒」
「ご老人からの贈り物をどうしようかと思ってな。少し話がしたくなった」
 宿に置いておく気が起きなかったので、今もギュスターヴの手元には二つの袋がある。
「どうしたらいいかね?まったく…」
「さーな。俺様は剣だからな。振るう人間の悩みまで背負ったりしねーよ」
「勝手なことを。…こっちは打ち直してみるかな……」
 袋から取り出された折れたギュスターヴの剣。剣身の中ほどから綺麗に二つに折れている。
「グスタフという男はよほど剣の腕があったんだろう。俺の剣が折れるくらいだからな」
「もしかしたらすっげー硬いものを切ろうとしたのかもよ?」
「おいおい。自慢じゃないが、サンダイルで俺の剣より硬いものなぞ、滅多にあるまい」
 はは、と笑うギュスターヴ。
「…問題は、こっちだな……」
 折れた剣を袋に戻すと、もう片方の袋から生白いFBを取り出した。山際に沈みかけた太陽に掲げて見せると、あたかもFB自体が光り輝いているかのような錯覚を一瞬、
ギュスターヴに見せたが、やはりその刀身は変わらず塗り固めた灰の如き白だった。
「使えないのかい?」
「俺はな。……使えたとしても使いたくはない」
 グヴェルを始めとした術社会が嫌いなわけではない。しかし、今手元にあるこれだけは、自分の側にあるものとして容認できない気持ちが、ギュスターヴにはあった。
「……とはいえ、捨て置くわけにも行かないし…」
「相棒、俺様にそれをちょっと当ててみてくれ」
 変なことを言う、と思いながらギュスターヴは白いFBをデルフの剣身に重ね当てた。
「ほー……こいつぁすげー。おでれーたよ。この剣、周りから何かを引き寄せようとしてるぜ。うまくできてないみてーだけど」
「よくわかるな」
「これでも一応、伝説の剣だしな」
 FBが機能を発揮していないというのはある意味幸運だ。間違って誰かが手にすれば大惨事を起こす可能性もある。
「やれやれ…」
 FBを袋に戻しながら、夕日に光る丘を眺めつつギュスターヴのため息が漏れた。


「ギュスターヴさーん!」
「ん…?」
 遠くから自分を呼ぶ声に振り向くと、バスケットを抱えたシエスタが手を振っている。

 シエスタはバスケットをひざに乗せ、ギュスターヴの傍に腰を下ろした。
「大爺ちゃんの宿に皆さんが泊まったと聞いたので、差し入れをしようと思いまして」
「気を利かせてもらってすまないな」
 バスケットの中には陶器の器が入っていた。
「野鴨のオレンジクリームパイですよ。皆さんで召し上がってください」
 ほのかに漂うパイの香ばしさが胃を刺激してくれる。
「あと、これも…」
 といって、シエスタはバスケットのそこからあの『読めない本』を取り出した。
「どうしてこれを…?」
「お父さんが、ギュスターヴさんは読めるみたいだからって」
 どうやら顔色をしっかりと見られていたらしい。
「そうか…ありがとう。でもこれは受け取れないな」
「えっ…」
 ギュスターヴは半目でシエスタを見て言う。
「一晩、借りることにしよう。ロベルト老人に渡しておくから、後で受け取ってくれ」


「どうしてロベルト老人は、一人で村に住んでいらっしゃるのかな」
 バスケットを代わりに持ち、シエスタと並んで歩いたギュスターヴが問うた。
「そうなんですよね…もういい年だし、一緒に住まないかってお父さんも言ってるんですけど…」
「首を縦に振らない、と」
 シエスタは静かに頷く。
「あいつの家に世話にはならん、とか何とか言ってるんです」
「あいつの家、ね…」
 宿に着き、食堂を見ると既にキュルケたちが卓を囲んでいる。
「あら、お帰りなさいミスタ。先に頂いているわよ」
 ギーシュはワインを愉しんでいるらしく静かで、タバサは食べるのに真剣で静かだった。


 シエスタの差し入れを美味しく頂いてから、一同は部屋に戻ろうとした。
「それじゃ私も家に帰りますね」
「パイ、ありがとう」
 律儀にタバサが礼を言っていた。
 振り返って再度頭を下げ、シエスタが宿の出入り口から続く闇の中に消える。
「…じゃ、明日は早いから、私もう寝るわ…」
 あくびを殺しながらキュルケが食堂を出ていくのを皮切りに、それに続くようにタバサ、ギーシュも食堂を辞した。
 食堂には窓際の安楽椅子に座るロベルト老人と、テーブルでワインを傾けるギュスターヴだけが残った。
「……お主は部屋に行かんのかね」
「まだ寝るには早い。女子供と同じに見られては困ります」
「私から見ればおぬしもあの娘子らも大して違わないさ……」



 ランプの明かりと窓からの月光が食堂の二人に掛かっていた。
「ご老人は幾つになるので?」
「ん…こっちに来た時が32かそこらで、もう70年も昔になるな…」
「随分とお若い」
「褒めてももう何もやらんよ」
 カップの中でワインが減っていく。
「…とはいえ、そのお年では日々も大変でしょう。なぜシエスタの家に行かないのですか」
「……忌々しい。ジニーを掠め取った憎らしいあの男の家に、老い衰えたからと厄介になるのつもりなどない」
 老人はふん、と鼻で息を切ってみせる。ギュスターヴはロベルトの言葉を手繰り寄せるようにして考えた。
「……シエスタの祖父ですか」
「そうさ。…勤勉で朴訥とした男でな。少しの間タルブを離れた隙に、まんまと取られてしまったよ!このロベルト様一生の不覚さ」
 そう言って笑ってみせるロベルト老人はどこか若々しく、ギュスターヴの脳裏に見たことのない飄々とした若者を想像させた。
「…シエスタもエドも、ジニーの家族だ。だから私は仲間が皆逝った今もこうして彼等を見守ることにしたのだ。しかし同時にあの男の家族でもある。施しを受けようとは思わんよ」
「……矜持ですかな」
「意地だよ。男としてのな」
 遠く去った過去。ヴァージニア・ナイツへの想いを語るロベルト老人を前に、ギュスターヴは思う。
 はたして自分だったら、遠い異界でそのようにして生きられるのだろうか、と。
 それほどまでに、ロベルト老人はヴァージニア・ナイツを愛していたのか、と。



 既に夜も更け切り、二つの月が天頂を過ぎて徐々に西に下がろうと言うほどの頃。
 トリステイン魔法学院、ルイズは当然、女子生徒寮の一室に眠る。普段なら近くでもう一つの寝息がするのだが、今日はルイズ一人の寝息だけが部屋を渡っている。
 毛布の裾を手繰り寄せ、ルイズは眠っていた。身体を丸め、夏が近いはずなのにまるで寒さに耐える幼子のようだった。

 部屋主の寂心を見透かすように、引き出しに仕舞われた『水のルビー』が、『始祖の祈祷書』が仄かに、光を漏らしていた……。



 その時、ルイズはどこかの神殿に居るようだった。
 点在する蝋燭の光だけが薄暗い神殿の中に浮かんでいる。
 左右の壁に添うように石の兜を被った兵隊が立ち並び、次に年嵩の高い男性が数人立っていた。
 その服装はいかにも上質で、物腰からも高位の官職を得ているような人たちだとわかった。

 左右に並ぶ人の列の中心を一人の男が歩いていた。
 周囲の兵隊が一斉に敬礼していき、そして進む男がそれを一目もしないところから、男がこの人たちの上に立つ人間だとわかった。
 その顔がどこか、ギュスターヴを思わせるところがある。
 男は列の途切れた先にある、祭壇のような場所に上った。
 祭壇は周囲がガラスが入っているかのように外界を見渡せる展望を備え、祭壇の中心部にはなんと剣が置かれていた。
剣はなんらかの力によってなのか、台座に置かれず浮遊している。

 台座に上った男は浮遊する剣を手に取る。剣を天井に高く掲げると、静かに目を閉じた。
 すると漆喰のように真っ白だった剣の周囲にゆらりと陽炎が立ち、次に純白の剣身が焼けた鉄のように赤く光った。
 男は満足したのか剣を台座に戻した。

 暫くすると左右に並ぶ人の中を、一人の子供が歩いてくる。かわいらしい服装ながら、上質の生地と、その顔立ちから、祭壇に登った男の子供であろうことがわかった。
 子供は緊張した様子で祭壇に登り、台座をはさんで男――父親の反対側に立った。
 すると不思議なことに、祭壇から外界を見渡す大きな窓が石壁でふさがれる。
 そして父親が今さっきしてみせたように、台座から剣を降ろし、天に向かって掲げてみせた。
 目をぎゅっとつむり、一生懸命父親のように剣を光らせようとしているのがルイズにも判った。
(……がんばれ!がんばれ!)
 ルイズは神殿を取り囲む空気と、子供の真剣な、緊張した姿を応援したかった。
 しかし声がでない。それどころか、自分が神殿の何処から子供を見ているのかも、はっきりとしなかった。

 子供は暗くなった神殿の中で一人、懸命に剣を光らせようとしていた。
 しかし父親がものの数秒で光らせたのに、子供は数分を過ぎても剣には何の変化も起こせなかった。
 子供は手が痺れてきたのか、掲げた剣がふらふらとして、…ついに剣は降ろされる。
「なんということだ!」
 それを見た父親は子供にに向かって怒鳴りつけた。子供は驚いて身をすくませる。
 父親は驚愕と同時に、言葉にするには重過ぎるほどの軽蔑をにじませて子供を見ると、脱力したように身を投げてどしどしと歩いて神殿を出て行った。
 その姿を見て動揺する配下の兵士や高官たち。その誰も祭壇に残された子供を見ず、各々が神殿を後にしていく。
 そして子供は数人の女官とともに神殿に残される……。



 視界が暗転し、気が付くとルイズは別の光景を見ていた。
 さっきまで神殿に居た子供は身の服も代わり、父親らしき男の代わりに女性の傍らに立って大きな石の門の前にいた。
 女性はルイズの目で見ても美しく、またどこか繊細な雰囲気を与えていた。にも関わらず、その目はぱっちりと輝くような力が込められていた。
 彼女は傍らの子供を撫でて、ともに石門をくぐっていく…。

 石門の先は広い通りになっていた。トリスタニアを二回りは広くしたような、立派なものだ。
 だが、通りには人影がまったく存在しなかった。それどころか建てられた家という家の窓や扉が閉められていて、淋しい空気を作っている。
 暗い夜道を歩くように、女性と子供は身を寄せて通りを歩いていく。
 不意に窓の一つが開けられて、暗くて見えない家の奥から誰かの声が飛んだ。
「このできそこない!フィニー王家の面汚し!」
 そう叫ぶとまた始めのように窓を閉め切った。
 子供はビクッと身体を縮めたが、女性が背中を促し、通りを耐えるように歩いていった…。


 通りを囲む住宅はあんなに立派だったのに、二人が歩いていく先の家はどんどんとみすぼらしく、貧しいものになって言った。
 女性が足を止めた時、子供が見上げた先にある家は朱塗りの板葺き屋根が所々剥げ落ち、窓が割れて蜘蛛の巣が貼っていた。
「今日から此処が私たちの家よ……我慢できるわね?」
 女性が始めて声を出した。その声は今にも掻き消えそうなのに、凛としてルイズにも聞こえてくる。
「うん。僕、お母様と一緒ならどこでも大丈夫だよ!お父様はあの日以来、僕とお話してくれなくなったけど…」
「お父様が此処に住むようにとおっしゃったのよ…これからは、今までのように好きにして上げられないと思うけど…ごめんなさいね」
 母親と言われた女性は子供を抱き上げると、そのくすんだ金髪を優しく撫でる。
「良い子よ、良い子……ギュスターヴ。私の子」
 ギュスターヴと呼ばれた子供は無邪気に母親に身を預けていた。



「ギュスターヴ……?!」
 バッとルイズが飛び起きた時、外はまだ夜だった。
 遠くに見える山際がようやく明るくなってきたか、というほどだった。
「……夢…だったのよね」

 ルイズは夕食を過ぎても帰ってくる様子が無いギュスターヴ達に憤慨しつつも、明日になれば帰って来るでしょ、と見切りをつけて早々に寝床に入ったのだった。
 無論、それは無意識にとった強がりでしかなかったのだが。
「なんだったのかしら…今の夢」
 くしくしと頭を掻きながらルイズはベッドに身を投げる。
「今の夢…ギュスターヴの夢?……子供の頃のギュスターヴ……だったのかしら?」
 変な時間に眼が覚めてしまったルイズは、暫くベッドの上でごろごろしていたが、寝苦しくなってきたので寝間着のまま起き上がり、机に向かってみた。
「……ギュスターヴぅ……」
(まったく、変な夢見ちゃったわ。これも全部ギュスターヴのせいよ!きっとそうよ。ご主人様がとっても大事な仕事を任されたっていうのに、手伝いするどころか、
ツェルプストーなんかと遊びに行っちゃって。…まぁ、それを良いって言ったのは、私なんだけど……)
 べたっと机に突っ伏したルイズは、視界の端に見えるギュスターヴの持ち物に目をやった。
「……ギュスターヴって、私に召喚される前は何をしていたんだろう……」
 夢で子供の頃っぽいギュスターヴを見たせいかもしれないが、ルイズはそんなことを考えていた。
(前に話した時、焼け落ちる砦にいたって言ってたわね。格好は立派な鎧を付けて…礼儀作法はまぁ、それなりに出来ているのよね、悔しい事に)
 ふと、夢の中にでた子供のギュスターヴが脳裏をよぎる。
「……案外、大貴族とか、王様の子供だったりしてね。…ないか、あいつ魔法使えないっていうし…」
 ましてや話に聞くにギュスターヴの世界では誰もが魔法を使えるというではないか。と、ルイズは自分に結論付けようとした。しかし…
「………」
 夢で見た謎の儀式。剣を掲げた少年ギュスターヴが父親に向けられた落胆と軽蔑の表情が頭を離れない。
「……あれは只の夢、よね……」
 突っ伏していたルイズは徐々に催してきた睡魔をたたえたまま、再びベッドにもぐりこんだ。
「…さっさと帰ってきなさいよね…ほんと……」
 二、三の言葉を呑みながらルイズは再び眠りにつく。
 …引き出しの中で祈祷書とルビーは、ルイズの見えぬところで静かに、だが確かに光っていた。




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