あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

GIFT10



 優雅であり、華美だけれど、しかし、儚くて、どこか嘘臭い。
 目の前で開かれているパーティーを、簡単に説明するのなら、こんなところかもしれない。
 ニューカッスル城のホールで開かれた最後のパーティー。
 それを、ルイズはさめた顔で見つめていた。
 その瞳の奥にある感情をさらに詳細に分析するのなら、嫌悪と軽蔑の感情であった。
 「明日で終わりだっていうのに、派手なものね――」
 壁に寄りかかったまま、ルイズは真冬に吹く風のような冷たい声を吐き出していた。
 その顔は冷笑というよりも、暗く淀んだ怒りを含んでいた。
 この屑どもが今すぐ一人残らず灰にでもなってしまえば、さぞかしすっきりするだろう。
 そんな悪罵を吐きそうな顔だ。
 目つきが異常なまでに鋭くなり、殺伐とした空気。
 ルイズは一人、その場に相応しからぬものを発散させている。
 ミス・グラモンは部屋に引っ込んだまま、出てこない。
 よほど自分の正体がバレるのが嫌らしい。
 幸いなのは、ルイズがいるのはホールの隅っこで、ほとんど注目する者がいないということ。
 「終わりだからこそ、ああも明るく振る舞っているのだろうな」
 一人思考の海で遊んでいたルイズの横に、無粋な侵入者が現れた。
 「何の御用ですか、ミスタ」
 ルイズは視線から送らず、うるさそうに言った。
 その傲慢で無礼な態度は、仮にも爵位を持った人間に対するものではない。
 しかし、今のルイズにはそんなものはほとんど価値のないものだ。
 「ずいぶんと、ご機嫌ななめだね」
 苦笑を交えた声で、ワルドはルイズの横に立つ。
 しかし、その一瞬後には、ルイズは驚くような敏捷さで、距離をあけていた。
 音一つ立てずに。
 まるで、『魔法』のように。
 「ルイズ、話を聞いて欲しいんだが……」
 ワルドは羽根帽子を脱ぎながら、そっとルイズを見つめる。
 ルイズもそっと、見返す。
 だが、そこには強い否定の感情があった。
 巨大な透明の壁を、意志の力だけで築き上げているようだった。
 「スクウェアクラスのエリートが、この落ちこぼれにどんな御用でしょうか?」
 唇をかすかに歪ませて、ルイズは笑った。
 笑うというより、哂うというほうが良いかもしれなかった。
 敵意とか、蔑視、それに殺意すら混ざった危険な表情だった。
 まるで、獲物を求める野獣のようだ。
 「これからのことについてさ」
 ワルドはそれにも負けず、穏やかに、小さな子供に言って聞かせるように語った。
 「それはどういう意味です?」
 「たとえ、親同士が冗談交じりに決めたことだとしても、僕は本気だよ」
 「なんのことです」
 ルイズはもう聞くのも面倒だという態度で、顔をそむけた。
 「君に結婚を申し込むってことさ……」
 「――」
 その言葉に、ルイズは一瞬呼吸を止めた。
 しかし、いくら呼吸を止めてみたところで、感情の揺さぶりは誤魔化せない。
 ヘタに誤魔化そうとすればするだけ、その反動は大きなものとなり、ルイズの中で脈動するのだ。
 そして、限界は思った以上に早く現れた。
 「馬鹿じゃないですか?」
 飛び出したのは罵声だった。
 ちょっと、ふざけるのもいいかげんにしなさいよ?
 美貌とカリスマのクイーンビーが、最下層のナードの一笑に付すように、ルイズはワルドの言葉をせせら笑う。
 「一体何をどんな風に考え違いしてらっしゃるのか知りませんが……」
 桃色がかったブロンドのクイーンビーが、ワルドを睨む。
 「少なくとも、私の人生にあなたという人間は必要ありませんので、悪しからず」
 冷たい否定の言葉に、ワルドはぐっとうめいて、後ずさった。
 美貌と才気に恵まれたこの好漢は、おそらくその人生において、こうまで女性に冷たくされたことはなかっただろう。
 言葉を失っているハンサムガイに背を向け、ルイズは惨めな虚飾で覆われた敗戦者たちのパーティー会場から出て行った。
 ワルドの他に、ジッとそれを見ている者がいた。
 眼鏡をかけた、青髪をした人形のような美少年……ではなく、男装した少女だった。


 ホールを出たルイズは、一人風に当たっていた。
 最後の戦闘を前にした城は閑散としていて、にぎやかなパーティー会場とは裏腹に、不気味な静寂を見せている。
 それは、墓場の静寂さと同じものだった。
 ただ静かであり、何も生み出さず、何も起こすことはないのだ。
 言うなれば、このニューカッスル城は巨大な墓標であり、その住民たちはリビング・デッド(生ける死者)だ。
 だからこそあの場にはいるのは耐えがたかったのだ。
 外には出てきたのはワルドだけが原因ではなかった。
 あそこが、鼻がもげるような死臭に満ちているからだ。
 蛆がわき、蝿がたかっている醜悪な光景だ。
 ルイズは今すぐにでもデルフリンガーを引き抜き、あの場にいる連中を皆殺しにしてやりたい衝動に駆られた。
 殺したところで、なんだというのか?
 あいつらはみんな死人と同じじゃないか!
 「ずいぶんといらついてるな、相棒?」
 カタカタとデルフリンガーがルイズにしゃべりかけた。
 「カリカリしてる時ってのは、気をつけたほうがいい。得るものより失うもののほうが大きいからな」
 ただのしゃべる武器であるはずだが、デルフリンガーの言葉には時々不思議な重みを持つ。
 それは何百年という時間をすごしてきているためだろうか。
 「そうね、正直なところ、かなりいらついてるわ……」
 「感情がどんどん震えているのが感じられるぜ――。しかし、何でこうも」
 「どうしてかしらね……」
 ルイズはデルフリンガーを肩にかけて、その場に座り込んだ。
 やがて、ルイズはポケットから大事にしまっていたブラック・マスクを取り出してみた。
 銀のゴーグルが鈍い光を放ちながら、ルイズを凝視する。
 じっと見つめているうちに、口のないはずのマスクが、かっと牙をむいた。
 ゴーグル部分が瞳のない、スズメバチにも似た不気味な眼となり、鋭い牙の並んだ口からは毒蛇の舌が露出する。
 ルイズはハッと身をすくませるが、それはほんの一瞬の夢、わずかな時に見た幻覚に過ぎなかった。
 マスクはあくまでもマスクであり、それ以上のものではありえない。
 もしかすると迷っているのだろうか、こんなにも素晴らしい力なのに。
 ルイズは自身の感情を持て余しながら、マスクをぎゅうと握り締めたが、人の近づく気配を感じてすぐにしまいこんだ。 
 「大使殿がこんなところで何をしておいでかな?」
 金髪をした美男子が、にこやかにルイズに近づいてくる。
 嫌味のない、優雅な仕草や態度が、かえってルイズの癇に障った。
 「気分が優れぬので、風に当たっておりました」
 適当な答えを、どう解釈したのか、ウェールズは苦笑を浮かべた。
 「確かに、愚かに見えるかもしれないな。もうすぐ全てが終わる。なのに、こうして宴など開いて、強がりを言っている」
 ふん、わかってるじゃないの。
 ルイズはとっさにそう言いかけたが、どうにか制止する。
 そんな自分へ、アルビオン風にGoodと言ってやりたいところだ。
 「始祖より連なる、古き血統の王族のかたに、わたくしごときが何を申せましょう」
 少しだけ顔をうつむかせ、ルイズは笑う。
 その瞳の奥で蠢く、凶暴な炎を見られまいとするかのように。
 皇太子は、そんなルイズの態度を不思議そうな顔で見ていたが――
 「君は変わっているな」
 子供のような顔で笑った。
 「よく言われますわ」
 「いや、気分を害したのならすまない。何か、アルビオンやトリステインの貴族とは違う雰囲気だよ」
 ウェールズの言葉を聞きながら、ルイズはさらに笑みを強めた。
 確かに、違うだろう。
 この黒き使い魔を召喚するまでの自分なら、こんなことは言われなかったはずだ。
 魔法が使えないという一点をのぞけば、偏狭で閉鎖的という典型的なトリステイン貴族だったのだから。
 「明日、貴方様は死ぬのですね」
 唐突にルイズは言った。
 刃物を突きつけるような、冷たい言葉だった。
 これに、ウェールズは一瞬瞠目する。
 しかし誇り高き皇太子はまた朝日のような微笑を浮かべた。
 「ああ、私は真っ先に死ぬつもりだよ」
 「恐ろしくはありませんか? わたくしならば、一目散に逃げ出しますわ」
 「もちろん怖いよ。何者であろうと、死をまったく恐れぬ者などいるわけがないだろう」
 「では、何故?」
 ルイズは上目遣いで、すこしずつウェールズに近づいていった。
 一歩足を踏み出すごとに、ルイズの中で凶暴な炎が強まっていく。
 その炎が、殺し合いや戦いに時に燃え上がるものとは、色が違うことに、ルイズはまだ無自覚だった。
 「王族の――」
 「義務だからですか?」
 ウェールズの言葉を、ルイズは獲物を捕らえる猫科の猛獣のように素早く押さえつける。
 「ああ、そうだ」
 義務。
 義務か。
 王族の、貴き者の義務!
 何と勇ましい言葉だろう!
 まったく感動的じゃないか!!
 得体の知れぬ、ある種の渇きにも似た感覚が、ルイズの脊髄を蠢き、やがて鎌首をもたげた。
 それは飢えた毒蛇のように、チロチロと舌を動かす。
 うなずいた皇太子の胸に、いきなりルイズは飛び込んだ。
 「大使殿?」
 この意外な行動に、聡明な白面の王子も目を白黒させる。
 チリチリとした感覚が、ルイズのこめかみ部分で疼いたようだった。
 胸の奥で、危険な、しかしブラックコスチュームをまとった時とはまた違うものが燃え上がる。
 ウェールズ・デューダー。
 まったく馬鹿の見本みたいなやつだけれど。
 でも、いい男だ。
 さすがに王族の生まれだけのことはある。
 あの、お花畑みたいな脳味噌をした姫殿下にはもったいない。
 本当にそう思えた。
 「ならば、今宵もう一つの義務を果たしてはいかがですか?」
 ルイズは顔を上げて、その手でウェールズの頬を撫でる。
 まるで、恋人にでもするように、優しく、同時に、嬲るように威圧的に。
 「……どういうことだい?」
 ためらいがちに、皇太子は問う。
 「貴方がたが死ねば、アルビオンの血統は途絶えますよ? その血を後世に残すのも王族の義務ではございませんか?」
 「――何が言いたいんだ」
 「幸いといっては何ですが……わたくしは、ヴァリエール家の生まれ。落ちこぼれではありますが、身分にもさほど問題はないかと」
 そっと、ルイズは自身の慎ましい胸に手を添えた。
 「ミス・ヴァリエール、君は」
 ルイズの笑みを見て、さっとウェールズは身を引いた。
 一方でルイズのほうは、まるで愛しい恋人にでも語りかけるように、甘く、優しく、そして毒のある言葉を紡ぎ続ける。
 「単刀直入に申し上げましょう。今宵、わたくしをお抱きあそばせ? 皇太子の種が私に宿れば、アルビオン王家の血は残りますわ」
 「な……何を馬鹿な!?」
 さっと、白面の皇太子の顔に赤みが差した。
 まるで、リンゴみたいだ。
 「馬鹿な? どうしてそんなことをおっしゃるのです? 死ぬのは義務で、血の残すのは、義務ではございませんの?」
 くすくすと、ルイズは笑う。
 まるで旅人を惑わす性悪妖精のように。
 その本質は、性悪どころか、遊び半分に人を嬲り殺しにする凶悪無比なものかもしれないが。
 優雅な皇太子がおろおろとする様子は実に滑稽だった。
 さっきまで、あんなに凛々しかったのに。
 下手な道化などまるで問題にはならない。
 まったくもって、最高のショーだった。
 何だ、死を恐れない皇太子殿下も一皮むけば頭でっかちの童貞坊やじゃない。
 お笑い種もいいところだ。
 いや、いいものを見せてもらった。
 しかも、その光景はルイズ一人が独占しているいうのだからたまらない。
 「意外と、純情であらせられますのね?」
 ルイズの語る純情という言葉の中には、どうしようもない悪意というの名の毒が盛り込まれている。
 桃髪の令嬢は、自分が小便臭い処女の小娘であることを完全に棚に上げ、ウェールズを嘲笑した。
 それを、ウェールズはどう受け取ったのだろう。
 「冗談にしては、少したちが悪くないかい? そういったことは、淑女の語ることではないな」
 「私は別に間違ったことなど言っているつもりはございませんが――」
 ルイズはしれっとして、自然な仕草でウェールズの手を取った。
 大きくたくましい手だった。
 ルイズはそれにそっと頬擦りをした後、いきなり舌を這わせた。
 少女の赤い舌が、別の生き物のようにウェールズの手を蹂躙する。
 「うわ!?」
 いきなりの奇矯な行為に、あわてて手を引っ込めようとするウェールズだったが、ルイズはそれをしっかりと押さえ、離さない。
 「別にアンリエッタ姫殿下から、私に乗り換えろなどと言ってるわけではないありませんのよ? 何故そうも恐がられるのです?」
 「やめろ……!」
 振り払うウェールズの腕を、ルイズは猫のようにふわりとよける。
 「これから死ぬのに、満足に女も抱けないのですか? 私が怖いのですか? それとも、そういう行為が怖いのですか?」
 くっくっく。
 ステップでも踏むように移動しながら、ルイズは笑う。
 「違う!」
 自らを笑う小悪魔に対して、ウェールズは瞳に怒りを燃え上がらせた。
 「あら? では、どうして?」
 ウェールズは少しだけ息をついた。
 呼吸を整えることで、乱れた心を落ちつけているのだろう。
 「私が、君を抱いたとして……そこに、愛はあるのかい?」
 「はあ?」
 予想外の言葉に、ルイズは呆けた。
 愛?
 愛だって?
 そんなもん……あるか!
 「……」
 しかし、皇太子の言いたいことも、まあわかるような気もする。
 「皇太子殿下は、愛がなければダメだと?」
 ルイズは横目で精悍な美青年の顔を見つめ、そう訊ねた。
 「違うのかい?」
 「確かに、男女の行為を、愛の行為だとか言ったりもしますわね」
 ふん、とルイズは視線を上げた。
 星空が、馬鹿に綺麗だ。
 愛の行為。
 確か、あの淫蕩なゲルマニア女――キュルケの言葉だったか?
 ルイズ自身、少し前までそういうものに何某かにロマンとか夢を持っていなくもなかったが。
 今になって考えると、所詮行われることと、その最終的な目的など変わるものではない。
 愛があろうとなかろうと、そこにどんな意味があるのだ。
 どんなに憎い相手であろうと、望もうと望むまいと、やるべきことをすれば女は身篭る。
 それだけのことではないのか。
 「――」
 身篭るか。
 ルイズは考える。
 それは、その通りだ。
 が、この場合女であるルイズは、身篭る側、すなわち身重になる側である。
 それは、少々困る。
 妊娠してしまって、行動に制限がかかるというのは非常に困ったことだ。
 つい衝動にかられるままにあんな言動を取ってしまったものの、本気でウェールズと一夜を過ごすのかと言われると、どうだろう。
 改めて、ウェールズを見る。
 凛とした美顔、スラリとした体躯、そして古き王族の血統。
 女として、これ以上の相手はそうは見つかるまい。
 アンリエッタが夢中になってしまうのも、こうして見るとわかる。
 そして、ふと思った。
 今の自分は、獣に近いのではないか、と
 上等な雄に出会い、発情している雌の獣に過ぎないのかもしれない。
 そんな自虐の想いがふと頭をかすめていく。
 まったく、あのキュルケを笑えない。
 だが、それ以上に――
 もしも……自分がこの皇太子と男と女の関係になれば、そしてウェールズの子を産んだとなれば。
 あの、姫殿下はどんな顔をするだろう。
 ルイズの唇が歪んだ。
 そうか、きっと、それだ。
 確信が稲妻のようにルイズの心を貫いていく。
 この旅に出てからずっと、自分はあのアンリエッタに激しい怒りを覚えていたのだ。
 何も知らず、愚かにも自分を羨ましいだとほざく、お姫様を憎んでいた。
 だからこそ、奪い取ってやりたかったのだ。
 思い知らせてやりたかった。
 あの女がもっとも愛する者、友人だという自分を考えなしに死地へ送ってまで、救いたいと願う男を。
 「では、こう言えばよろしいのですか?」
 ずいと、ルイズはウェールズに近づいた。
 「わたくしは、皇太子殿下のことを愛しておりますわ」
 「――!?」
 その告白に、ウェールズは驚いたが、すぐに顔をそらす。
 「……悪い冗談だ」
 「冗談?」
 ウェールズのつれない言葉に、ルイズは顔をしかめた。
 内心では、
 まあ、そうだろうな、と思いながら。
 こんな嘘臭い、実際嘘なのだが、とってつけたような告白を本気と受け取る馬鹿などいるか?
 せいぜいが女に縁のない小太りの風邪っ引きか、自惚れ屋の薔薇男ぐらいだ。
 だが、こうも軽くあしらわれては女として面白くないのも事実。
 「そうですか」
 ルイズは軽く笑って、顔を上げた。
 「……少し飲みすぎているのかな、ミス――」
 話題を変えようとしたウェールズの喉もとに、しゅっと細く白い手が伸びた。
 ルイズの手が、そっと喉仏のあたりに添えられている。
 「大使……殿?」
 「気が変わりました」
 「なに?」
 「アンリエッタ姫殿下には、ウェールズ様は勇敢に戦いお散りになった、とでお伝えしようと思っていましたが」
 「――そうしてくれると嬉しいのだがな」
 「あなたには、生き恥をさらしていだたきます」
 ウェールズの言葉を無視し、ルイズは冷たい笑顔で告げる。
 「どういう、意味だ?」
 「……さあ?」
 含み笑いを残し、ルイズはそっと皇太子から離れた。


 「どういうつもりだい、相棒?」
 再び一人になったルイズに、デルフリンガーが話しかける。
 「どういうつもりって――?」
 ルイズは人のいない廊下の隅で、デルフリンガーの鞘を撫でている。
 それは、気だるげな貴婦人が膝元で眠る猫でも撫でるような手つきだった。
 「何か、でかいこと言っちまったみたいじゃねえか、生き恥をさらしてもらうってよ?」
 「ホントのところ……あの、王子様はそう重要でもないの」
 くすりとルイズは笑い、牙のような八重歯をのぞかせた。
 それは笑うというよりも、獣がぐいっと牙をむいた姿と良く似ていた。
 「問題は、どうすればアンリエッタ姫殿下にダメージを与えられるかってことかしら?」
 「おいおい」
 デルフリンガーは呆れた声で、
 「なんともしまらねえ話だなあ、あの姫様に嫌がらせしたいだけかよ?! 黒蜘蛛の力が泣くぜ!?」
 「黙りなさいよ、私は色々とムカついているの。この状況も、勝手なことばかりぬかす周りの連中にも」
 言葉の終わりと同時に、廊下に鈍く重い音がこだました。
 ルイズが寄りかかっていた壁に、裏拳をぶつけたのだ。
 そこには見事に、小さな穴がぼこりと開いている。
 常人を遥かに超えたパワー。
 もううんざりだ。
 頭を掻き、ルイズは思った。
 貴族の義務。
 王族の義務。
 義務、義務、義務!
 ああ、何ともくだらない!
 そして、そんなものにどっぷりはまり、まさに底無しの泥沼にいたのが、かつてのルイズ自身だった。
 本当に苛々する。
 吐き気がしそうだ。
 もしも、目の前にかつての自分がいたのなら、そのままくびり殺してしまうかもしれない。
 体中を迸る激情が、ブラックコスチュームと通じ合ってさらに凶暴に脈動する。
 地獄で熱された泥がぶくぶくと泡を立てるように、底の知れない暗い憎悪がふつふつとルイズの中で煮えたぎっていた。
 無意識のうちに、黒い毒蜘蛛は牙を向ける獲物を探してる。
 そして、無数に張り巡らされた不可視の蜘蛛糸に、誰かが触れた。
 危険を察知することのできない馬鹿者だ。
 糸は一振動をルイズへと送り届け、ルイズはそれによって接近者の存在を即座にキャッチした。
 振動は、風の魔力を伴っている。
 ルイズはほとんど予備動作もなく振り向いた。
 「ルイズ」
 紳士を気取った、道化が口を開く。
 愉快な仕草で観客を愉しませるはずの道化。
 けれども、その瞳は冷たい。
 あの色狂いのキュルケならこう評しただろうか?
 多分、こんなところだろう。
 「情熱の感じられないつまらない男」
 と。
 「ワルド子爵」
 ルイズは舌打ちした。
 また、くどきにきてくれたのか? まったくモテる女はつらいものだ。
 しかし、どうやらはそれはルイズの勘違いであったらしい。
 ワルドはこの道中で見せた、どの表情とも違う顔でルイズを見ている。
 耳元で愛を囁きにきた――というわけではなさそうだ。
 なら、話は違う。
 「少し、いいかな?」
 「愛とか、恋なんて話でなければ喜んで」
 ルイズは肩をすくめながら、後ろの壁に背を預けた。
 遠くから微かに、最後の晩餐を愉しむ自殺志願者たちの嬌声が聞こえてくる。
 鬱陶しいことこの上ない。
 死にたいのなら、さっさと毒でもあおるなり、城に火をつけるしたらそうだ。
 そのほうが手間が省ける。
 ルイズが苛立ちを感じていると、
 「ああ。もっと重要な話だ」
 ジャン・ジャック・ワルドはうなずいた。
 表面上はマジメなお話し合いといった風情だ。
 けれども裏では牙と爪が研ぎ澄まされている。
 それがルイズにわかった。
 何かあれば即座にお得意の風魔法でも使ってルイズを殺そうという態度だ。
 白々しい。
 しかし、それゆえに面白い。
 だからルイズは何も言わず、笑ってみせた。
 「ルイズ――君は、今のトリステインをどう思う?」
 「平和な国ね」
 即答して、ルイズはニッと笑う。
 「その通り。平和だ。今のところは、見かけはね。しかし」
 「しかし?」
 「しかし――現実はどうだろう?」
 「現実?」
 「王宮の連中は汚職と権力争いに明け暮れて、伝統だけを頼りに見栄ばかり張っている。鳥の骨だけが必死になっているが……」
 ワルドは嘆息して、
 「肝心の王妃も姫もこの現状を真剣に考えてはいない」
 「アンリエッタ姫殿下が馬鹿だとでも言いたいの?」
 「君はどう思うんだ、ルイズ」
 「さあ?」
 ルイズはどうでもいいとばかりに視線をそらした。
 「知ったことじゃないわよ。まあ、正直な話……国が焼けようが、滅びようが――」
 ――私には関係ないもの。
 悪魔のように、少女は笑った。
 「貴族連中が死のうが、平民どもが踏み潰されようとね? 関係ないのよ、ワルド?」
 「……か、関係ない?」
 さすがにこんな返事をするとは思っていなかったのだろうか。
 ワルドはあたふたとした顔で、右手をルイズに向ける。
 ――おいおい、ちょっと待ってくれよ? というように。
 「想像力を働かせなさいよ、エリートさん」
 冷笑して、ルイズは頭を指差す。
 「魔法の使えないできそこないが、貴族社会でどう言われてきた? 平民どもにどう思われてきた? ちょっと考えれば……」
 言いかけて、ルイズは鼻を鳴らす。
 「いや……わかるわけないか。エリートでいらっしゃるものね、あなたは?」
 「――嫌味はやめてくれ」
 ワルドは苦い顔で微かに下を向く。
 「で、お話ってのは、王宮での愚痴を、井戸端でおしゃべりしてるメイドみたいに垂れ流すこと?」
 「違う。君について、そしてこれから……将来のことについてだ」
 「……」
 口調を強めるワルドに、ルイズは沈黙で応じた。
 「ルイズ、聞いて欲しい。君が今まで受けてきた扱いは、ことごとく不当なものなんだよ」
 「へえ」
 「そうなんだ、君はゼロでも、無能でもない。逆に……」
 「逆に?」
 「始祖ブリミルに勝るとも劣らない、優秀なメイジになる。それだけの才能があるんだよ!」
 ワルドは両手を広げて、断言した。
 「その力でトリステインを、いやハルケギニア全体を手にするほどのね。そう、世界を手に入れられるんだ!!」
 「ワルド」
 熱っぽく語る紳士に、ルイズは穏やかに応える。
 「いっぺん、頭冷やしなさいよ」
 そんな言葉を残して、ルイズは背を向けた。
 「いいのか?」
 デルフリンガーが声をかける。
 「いいのよ。キチガイの相手なんかしてられないわ」
 「ルイズ!」
 どんどん離れていく少女の肩を、ワルドは強引につかんだ。
 「信じられないだろうが――君は」
 ――虚無の担い手なんだ。
 ワルドは叫んだ。
 言葉の意味を理解し、ルイズは動きを止めた。
 虚無? あの伝説の虚無だと?
 始祖と同じ系統の? この、自分が?
 ルイズの反応に、ワルドはようやく笑みを浮かべた。
 ゆっくりと、ルイズは振り返り、にやける男の胸倉をつかんだ。
 「ふざけてると、ぶち殺すわよ?」
 低く、そう警告した。
 少女の恫喝というより、魔物がうなりを発しているというほうが近い。
 吹き上がる獰猛なその気配に接し、ワルドは冷や汗を流す。
 だが、それでも不敵な笑みを浮かべたままこう続けた。
 「ふざけてなんかいないさ。だから、話を聞いてくれないか?」



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