あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

GIFT09



 そこは、ただ暗く静かで、穏やかだった。
 たとえるのなら、そう……虚無。
 虚無の闇である。
 ルイズは夢の欠片さえ見えない、深い眠りの中だった。
 そこで、一時のルイズは休息を取っていた。
 生ける黒いコスチューム。もの言わぬ相棒であり、はるかな遠方から招き入れた客人。
 一見無限とも思える力を持つ使い魔だが――
 その力を持ってしても、生身のルイズには体力の限界があり、決して無限にはなりえない。
 消費すればするだけ、当然のように少なくなるのだ。
 世界の法則の通りに。
 その消費を補うためには、どうしても休息を取らなければならない。
 ルイズはひたすら眠る。
 冬に長い眠りに入るヒグマのように。
 けれど、その眠りは一瞬とも言える速度で中断され、同時にルイズの肉体を覚醒させていく。
 今すぐにでも跳ね飛び、黒いウェブで宙を舞えるように。
 カッとルイズは眼を開いた。
 船内の様子はいたって平穏なもので、別に怪しいことはない。
 まったく異常なしだった。
 しかし、ブラックコスチュームはルイズへ――宿主へと強い警戒心号を送り続けていた。
 危険が近づいているぞ、警戒せよ! 警戒せよ!
 甲高い声でそう叫び続けている。
 ルイズはデルフリンガーを背負い、甲板へとあがった。
 空は青く、日の光がちくちくと眩しい。
 前方に、無限とも思える雲。そのずっとずっと先に、大陸が見えている。
 『白の国』の異名を持つ、アルビオンだった。
 「アルビオンが見えたぞーー!!」
 船員の声が響きあう中で、ルイズは不機嫌そうな顔で雲と空、そして巨大な浮遊大陸を睨みつけていた。
 ぞくりと、背中が震えた。
 ――来る。
 スパイダーセンスが確信させる。
 蜘蛛の狩猟本能が、ルイズの口元に残忍な笑みを浮かばせた。
 ルイズは沸騰した血液が全身の毛穴から噴き出すような興奮をおさえるのに、若干の苦労を要した。
 男装の美少女は、ぼきぼきと指を鳴らして、小さく息を吐く。
 「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!!」
 そうだ。
 敵が来る。
 スパイダーセンスが告げている。
 レコン・キスタ……貴族派か、さもなければ、空賊の類かもしれない。
 最近よく出没すると船員がこぼしていた。
 いずれにしろ、血の雨が降ることに間違いはなさそうだ。
 こちらへ接近してくる船を確認し、ルイズは愉しそうに鳶色の目を細め、踵を返した。


 次々に乗りこんでくる空賊たちを、キュルケたちは渋い顔で迎えた。
 少年のような姿のタバサは相変わらずの無表情のままだが、ギーシュは下を向いて青くなったり赤くなったりしている。
 それというのも、ギーシュがその身を着飾っている綺麗な衣服のせいだった。
 貴族が身につけるものとしてはなかなかのものだが、それは女性のための衣服である。
 幸いと言うべきなのか、その整った顔立ち、細身の体躯のせいで、特に違和感はない。
 だが、もしもこんなところで男だとバレたら、それはもう末代の大恥だった。
 命を惜しむな、名を惜しめとグラモン家の家訓を伝える父は、きっと始祖の名前を叫んで憤死するに違いない。
 ああ、始祖よ。僕が一体何をしたと?
 一人呪いとも祈りともいえないものを繰り返すギーシュと違い、少女たちは現実的だった。
 杖を振ろうとするキュルケの手を、タバサは何気ない顔で押さえている。
 「敵は武器を持った水兵だけじゃない。向こうの船から大砲が狙いをつけてる」
 「……下手に騒げば、船ごと、どっかんってわけね」
 「多分」
 キュルケは口惜しげに髪を掻き上げるが、すぐさま周りを忙しなく見まわした。
 一人、足りない。
 そういるべきはずの人間が足りなかったのだ。
 「……ちょっと、ルイズ……は、どこへいったの?」
 「それがさっきから、姿が見えないんだ。困ったことにね」
 ワルドは羽根帽子をかぶり直しながら苦笑してみせた。
 困ったことだよ、と。
 「まさか、逃げた?」
 ギーシュは小声でつぶやいた。焦りと怒り、それに困惑がミックスされた、それは実に情けないものだった。
 「何処へ? ここは空の上、まわりにあるのは雲ばかり。どこへ逃げられるって言うのよ?」
 それに、逃げられとしても、逃げるようなタマじゃないわ、とキュルケは鼻で笑い飛ばした。
 「じゃ、怖くなって隠れてる……?」
 「なおありえない」
 タバサがきっぱりと即答した。
 「彼女はきっと――私たちを見捨てることはあっても、敵を怖がって逃げるとは思えない」
 「み、見捨てるって……」
 見捨てるという言葉に、ギーシュは泣きそうな顔になる。
 一度は殺されかけた恐ろしい相手でも、この絶体絶命のピンチには、そばにいてほしいのかもしれない。
 「それにしても……ド派手な格好だこと。アルビオンの空賊って、あんなのかしら?」
 キュルケは船長を脅しつけている空賊のリーダーを見ながら、ふふんと笑った。
 淫乱と陰口を叩かれるゲルマニアの乙女は、このような状況下にあっても、度胸がすわっているのか怯む様子はまるで見せない。
 すると、リーダーはキュルケたちに気づいたようだった。
 「おや、貴族の客まで乗せてるのか」
 キュルケたちに近づき、ニヤリと笑った。
 「こりゃあどっちも別嬪だ! お前さんたち、俺の船で皿洗いをやらねえか?」
 どっちもね……。
 キュルケはギーシュとタバサを見ながら、皮肉な笑みを浮かべる。
 どうやら、ギーシュの女装はばれず、タバサは男の子だと思われたらしい。
 服装からしても、タバサはただの従者だと認識されたようだった。
 「恥ずかしながら、生憎私たちはお皿洗いをやったことがございませんの」
 強気な笑みをみせるキュルケに、リーダーはほほうと下卑た笑った。
 男の笑みは、何ともあくが強いが、その分どこか芝居がかって、嘘臭く見えた。
 「驚いた。なかなか大した度胸だ。ますます気に入った。なあ、みんな!」
 それに応えて空賊たちからどっと笑い声が響いた。
 「訛りからして、ゲルマニアのお嬢サンらしいが、遠路はるばるご苦労なこった」
 大仰な仕草で笑うリーダー、それに空賊たちに、タバサは何気なく、しかし怜悧な瞳で観察していた。
 それはリーダーに間近に接して、一つの仮説を組み上げるに至ったが、当然それに気づく者はいなかった。
 「お前ら、こいつらも運べ! たんまりと身代金が手に入るぞ!」
 空賊のリーダーは愉快そうにそう叫んだ。
 「ヴァリエールのやつ、どこにいるってのよ……」
 杖を取り上げられながら、キュルケは小さく舌打ちした。


 空賊たちは硫黄が積まれた船倉へと雪崩れ込んでいった。
 リーダーの指示のもと、手馴れた様子で積荷を運び出していく。
 当然だが、まったく遠慮のない様子だった。
 まるで子供の手土産を買って家路を急ぐ出稼ぎ労働者みたいだった。
 薄闇の中で、ルイズは身を縮めて空賊たちの様子を伺う。
 闇色のコスチュームはルイズの気配を消し、呼吸する音さえ外部へは漏らさなかった。
 何も知らない獲物たちがルンルンと略奪にいそしんでいる様を、ルイズはマスクの下で舌なめずりをして見つめていた。
 狂暴な衝動を抑えながら、ブラックコスチュームはかすかに全身を震わせている。
 震えるごとにルイズへとパワーを送りこみ、その度に狂暴な感覚を研ぎ澄ましていく
 そして、ほんの一瞬――空賊のリーダーが一人となった瞬間、ルイズの放った黒いウェブが宙を走った。
 墨のように真っ黒いウェブは、空賊の親玉をあっさりと捕縛し、口元を覆い、いとも容易く自由を奪う。
 叫び声をあげる間など、爪先ほども与えなかった。
 熟練した狩人や職人のよう、無駄なく、流麗な動作で、ルイズは獲物を捕らえた。
 ラ・ロレーシュで傭兵相手の『練習』が役に立ったわけだ。
 人間、思わぬことが役にたったりするものである。
 ルイズは珍しい昆虫を捕まえた子供みたいな気分だった。
 口笛でも吹きたくなる気持ちを抑え、ぐいと空賊のリーダーを締め上げた。
 殺したわけではない。
 ただ、気絶させただけである。
 楽勝じゃないの!
 あっさりと失神させることができた親玉を見つめ、ルイズはくくく、と笑い、デルフリンガーを抜こうとした。
 無論すぐさまデルフリンガーの刃に、こいつの血を吸わせてやるつもりだ。
 しかし、獲物の髪の毛、その手触りに小首をかしげ、ルイズはデルフリンガーを引き抜くのを中断する。
 おかしい。
 黒い髪の毛をぐいと引っ張ると、あっさりと脱げ落ちた。カツラだったのだ。
 カツラの下には、綺麗な金髪が零れ落ちた。
 おいおい、これ、一体なによ?
 何もくそも、見た通りのものであることはわかる。
 次に顎を探ってみると、ここにはえていたむさ苦しい髭も偽物だった。強く引っ張ると簡単にはがれ落ちる。
 これはこれは……! 大したものだ。
 ルイズは失笑しながら、眼帯もはぎ取ってしまった。そこに隠れていた目は傷も何もない、綺麗なものだった。
 妙にド派手だと思っていたけど、まさか変装してたとは。
 素顔はすがすがしい顔の美青年である。
 粗野な空賊の下から現れた金髪の美青年の見下ろしながら、ルイズはしばし考え込んだ。
 しかし、あまり時間はない。
 ルイズの目に止まったのは、美青年の指にはまっていた指輪だった。
 これは、このルビーは。
 ルイズの所持するあるものと、よく似ていた。
 「どう思う?」 
 指輪を指しながら、ルイズは鞘からデルフリンガーを抜く。
 あくまでもしゃべれるようにするだけで、完全に抜き身をさらしてはいない。
 「こりゃ……あの姫さんの持ってたやつと同じだな? 聞いたことがある。王家の印、もしもアルビオン王家のものなら、風のルビーだな」
 「それを、どうしてこいつが持ってたのか? 盗んだのか、それとも――偽物かしら」
 「もうひとつ。可能性があるぜ。指輪は本物で、こいつはアルビオン王家の人間って可能性だ」
 「本物かどうか、確かめる方法はないものかしらね」
 ルイズは指輪をつついた。
 「……ちょっと待て。う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」
 デルフリンガーはうなりながら考えこんでいるようだった。
 「……お、そうだ! 噂なら、水と風のルビーと近づけると、虹がかかると聞いた覚えがあるぜ」
 「へえ。もの知りねえ」
 「長生きしてっからな。色々と耳にするのさ、ま、どうでもいいこたあすぐ忘れちまうがね」
 デルフリンガーの言葉を聞き、ルイズはアンリエッタから渡された水のルビーを近づける。
 二つの宝石はふるふると共鳴しあう。まるで永い間離れ離れになっていた恋人たちが逢瀬しているようだった。
 それぞれの持ち主の心を表すかのように……。
 その愛の囁きは、虹色の光となって振りまかれる。
 「……本物らしいわ」
 ルイズは目を瞬かせた。
 「おう。で、どうするよ?」
 「探す手間が省けたわ――」
 ルイズはデルフリンガーを鞘に納めて、ブラックマスクを脱ぎ、コスチュームの上に衣服を身につけた。
 もはやこの作業も慣れて、始めから終わりまで一分もかからない。
 ルイズは美青年を拘束するウェブをちぎると、一つにまとめて船倉の隅っこへと放り捨てた。
 もちろん、何かされては面倒なので、隠し持っていた杖は奪っておく。
 その後失神しているおそらく皇太子であろう美青年をかつぎ、すばやくそこから逃げ出した。
 リーダーが消えたため、空賊たちは徐々に慌てふためき出し、その目を盗むのに手間はかからなかった。


 空賊たちの様子がどうもおかしい。
 先ほどまできびきびと動いていたのに、急に統制が乱れ、やたらと走りまわっている。
 「いたか!?」
 「いない!!」
 はぐれた小鳥でも捜す親鳥のみたいに焦った顔で囁き合っているのだ。
 すぐに空賊船に連れていかれるはずのキュルケたちも、いまだ甲板で立たされたまま。
 見張りの様子も心ここにあらずといったものだった。
 メイジの命とも言える杖を取り上げられ、大ピンチと思っていたが、こいつは存外早くどうにかなるかもしれない。
 キュルケが密かにほくそえんでいると、甲板にどよめきが走り、空気を揺らした。
 空賊たちがざっと二つに割れて、その真ん中を黒衣の美少年が一人の美青年と連れ立って歩いてくるのが見えた。
 美少年はデルフリンガーの刃を青年の首筋に当て、青年は両腕を後ろで縛り上げられていた。
 「るい……!」
 思わず声をあげたキュルケを、ルイズは凄まじい目つきで睨みつける。
 「……マルトー!」
 キュルケは怯みながらも、最後の『ズ』を飲み込んで、男装の少女の呼び名を改めた。
 「殿下!」
 空賊の一人が叫んだ。
 殿下だって?
 キュルケは不審を感じて青年と空賊たちを見比べる。
 空賊たちは怒りと驚きの顔で、ルイズと青年を取り囲むが一定の距離には近づけないでいた。
 「お嬢様がた、早くこちらへ」
 そうルイズはキュルケたちに呼びかけた。
 どういうことなの?
 キュルケはすぐには事態がのみこめず、目を白黒させていた。
 あの金髪の青年は誰で、なぜルイズは人質でもとるように捕縛している?
 「あの人、さっきの空賊の親玉」
 タバサがキュルケの疑問に答えるようにつぶやいた。
 「なんだって?」
 それに真っ先に反応したのはワルドだった。
 いや、先ほどからずっと青年の顔を凝視していたようだった……。
 「そこの、さっさとお嬢様たちから離れて、道を開けろ」
 ルイズは侮蔑をこめて見張りの空賊に怒鳴った。
 空賊たちは気色ばむが、ぴくりと動いた刹那、青年の喉もとにデルフリンガーが迫る。
 途端に空賊たちは凍りついたように動きを止めた。
 「魔法を使うなんて考えるなよ? ちょっとでもその気があれば、こいつの首が胴体とサヨナラする。永久に!」
 その言葉に、杖を手にしていたメイジらしき空賊は歯ぎしりをして、杖をおろした。
 「よし――。次は、お嬢様たちの杖を返せ。早くしろ……」
 見張りが離れると、ルイズはさらに強い口調で命令する。
 空賊たちが隙をうかがうようにノロノロとしていると、ルイズは居丈高な、少年そのものの口調で怒鳴った。
 「早くしろ、空飛ぶウジムシども! 人から盗んだものを人に返すのに何をためらってる!!」
 「ちょっと、何でそこまで挑発するのよ………!」
 ルイズのもとに走り寄ったキュルケは小声で叫ぶ。
 ギーシュは周辺の殺気に、どうしよう、どうしようと脅えていた。
 ワルドは無言のまま、冷たい目で青年をじっと見つめていた。
 さらに、その両者を見ているのはタバサ。
 「お、お前ら、調子に乗るんじゃないぞ……!」
 近くにいた一人が、空賊にしては上品な口調でルイズに叫んだ。
 しかし、ルイズはせせら笑い、青年の髪の毛をつかんで、喉にデルフリンガーを肉薄させた。
 「粋がるな。さっさとお嬢様たちの杖を返せ」
 また、空賊たちは凍りつく。
 「――こいつを殺すぞ?」
 カエルのようなうめき声を上げ、動かなくなる空賊たちに、ルイズは悪魔めいた嘲笑を送る。
 空賊たちは悔しげな顔で、キュルケやギーシュの杖を返す。
 「OK…。じゃ、次は盗んだものを全部返して、尻尾まいて帰れ――」
 「待った!」
 命令するルイズに、杖を受け取ったワルドが制止の声をかけた。
 「あなたは、もしやウェールズ皇太子殿下では?」
 ワルドは青年を見て、鋭い声で問うた。
 「は! ……馬鹿な!」
 青年はかすかに目を伏せて、一笑した。
 「皇太子殿下って、まさかアルビオンの? 嘘でしょう!?」
 キュルケは目を大きく見開き、ギーシュは口をパクパクさせて青年や空賊たちを見る。
 「いや、間違いはない。こちらに出向く際、殿下のお顔立ちについてよく聞いてきている」
 ワルドは確信をこめてうなずいた。
 空賊たちは豆鉄砲を食らった鳩みたいに、ぼけっと状況を見守るばかりだった。
 「ご無事でしたか?」
 ルイズはそっとウェールズから離れ、すばやくギーシュに近づくと、右の指に水のルビーをはめ、懐に一通の手紙をしのばせた。
 (まず、その指輪を見せなさい。それと……オカマと思われたくなかったら何もしゃべるな)
 小声でギーシュに言った。
 ギーシュは言われるままに、水のルビーをそっとウェールズに見せた。
 ウェールズはメデューサに睨まれたごとくに硬直したが、すぐ顔を跳ね上げてギーシュを見る。
 ギーシュは思わず、うっと顔を伏せてしまった。
 「それは、まさか――!?」
 そこへ、ルイズがデルフリンガーの切っ先を突きつけた。
 空賊の何人かが、再び杖を抜こうとするのを察知したからである。
 「ミスタ・ワルド、もう少し具体的な証拠とか、そういうものはないんですか? 他人の空似ということもありますし、そもそも……」
 と、ルイズは周辺を軽蔑のこもった視線で見まわし、
 「仮にも一国の、それも始祖に連なる由緒正しき王家の皇太子殿下が、何故空賊なんかやっているんです」
 もっとも、いくらか想像はつくが。どうせ物資や兵糧に困って略奪でもしていたというところだろう。
 「いや、それは――」
 ワルドもその辺りが疑問だったのか、それともうまい返答が即座に思いつかなかったのか、もぐもぐと貴族らしからぬ態度で口篭もる。
 ふん、そろそろ切り出すか――と、ルイズはギーシュの顔を見た。
 薔薇を気取るお坊ちゃまは、情けない顔でこっちを見ている。
 馬鹿の見本みたいな男だが、今はこいつがいたほうがいい。
 油断なく剣を皇太子に向けながら、ルイズはギーシュの口元に耳を近づけた。
 「ふむふむ……。ああ、なるほど。わかりました、お嬢様」
 ええ? と、目を見張るギーシュに笑いかけて、ルイズはウェールズの背後に回ると、その指から風のルビーを抜き取った。
 「貴様、何をする!!」
 気色ばむウェールズを無視して、ルイズはギーシュの手を取り、風のルビーと水のルビーを近づける。
 ここから先は、先ほど確認した通りのことだった。
 虹色の光にワルドやキュルケたちも、空賊や船の遠巻きに見ている船員たちも釘付けとなった。
 「水と風は虹を作る。この風のルビーを持っているということは、ウェールズ皇太子殿下ご本人に間違いはありません」
 ルイズはウェールズの縄をほどき、その指に風のルビーを戻した。
 「本当に、王子様?」
 キュルケが独り言のように言うと、皇太子は何とも言えない顔で、 
 「……そうだよ、私は……ウェールズだ」
 うなずいた。というよりも、うなずくしかなかったのだろう。きっと。


 「やれやれ。まさか、襲った船にトリステインからの大使が乗っていようとはね。驚いたよ」
 空賊戦の中。豪華なディナーテーブルに越し掛け、白面の貴公子は苦笑した。
 席に座るギーシュは曖昧に笑っている。
 その横のキュルケは、何か値踏みでもするように、ウェールズの顔を見つめていた。
 確かに、彼女好みのする美男子であるのだろう。少なくとも、紳士然とした態度の中で、冷たい目をしたワルドよりは。
 今にも、ねえ、王子様、情熱はご存知とにじり寄りそうな目つきだった。
 もしもこの二人がねんごろになったとしたなら、あのお姫様はどんな顔つきを見せるのやら。
 それを想像し、席につかず、後ろで控えるルイズは、密かに笑っていた。
 ルイズの横に立っているタバサは相変わらず何を考えているのか、表情からは見えない。
 だから、どうだっていうわけでもないわ。
 ルイズにとって、どんな時でも安っぽい人形みたいな無表情を保つ少女のことなど、もはや興味の対象外だった。
 「して、大使殿。密書とやらは?」
 ウェールズに促されて、ギーシュはおずおずとルイズから密かに渡された手紙を差し出そうと近づく。
 ここで無言というのはどうしたってまずい。まずいが、声を出すのは、はばかられた。
 何しろギーシュは女装姿。しかし、声を出せば一発でバレる。
 ウェールズも、怪訝な顔でギーシュの顔を見つめていた。
 やばい。色んな意味で最高にやばい状況だ。スリリング過ぎて、嘔吐勘がこみあげてくる。
 そんなギーシュを横目に、音もなくルイズは近づいた。
 「申し訳ありません。今まで偽りを申してきました」
 「なに?」
 ウェールズがまじまじとルイズの顔を見た。
 何しろ一歩間違えれば殺されかけた相手だ。とはいえ非は此方側にあるだけに、そうそう責めることもできない。
 「私は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。危険を避けるため、今まで身分と姿を偽ってまいりました」
 ルイズは恭しく礼をしながら、ギーシュを振り返る。
 ギーシュはぎくりと震える。
 ついに女装がばれるのか、まあずっとこの格好でいるよりはいいさ。
 しかし、その安堵と解放はすぐさま否定されてしまう。
 「彼女は、シエスタ・ド・グラモン。私の友人です」
 おいおい! ここまできて、まだ女でいろと!?
 ギーシュは恨みがましい目でルイズを見るが、そんなものに何の効果もありはしない。
 ルイズは懐中からアンリエッタの手紙を取り出し、皇太子の手へと渡した。
 ギーシュに渡したものは、偽物だったわけである。
 「これは……。まったく今日は驚かされてばかりだな……」
 ウェールズは苦笑をして、手紙を受け取る。
 まさか、この粗暴とも狂暴とも言える従者の『少年』が、アンリエッタの使いであり、貴族の令嬢であったとは。
 まさしく、真実は小説よりも奇なり――だ。
 ウェールズは静かに笑った後、受け取った手紙を読み始めた。
 開ける前に、花押に接吻をするというなんともはやキザなことをして。
 ただし、それが嫌味ではなく、一つの美術品のように絵になっているところが、ギーシュと違うところだろう。
 「姫は結婚するのか。あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……従妹は」
 「そのようにうかがっております」
 ルイズは肯定する。その口調は、突き放すようにさえ感じられる、感情のこもらないものだった。
 うなずいた王子は手紙を読み終えてから、
 「了解した。姫はあの手紙を返して欲しいとこの私に告げている。何よりも大切な、姫から貰った手紙だが……」
 そう、微笑んだ。
 「姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」
 王子の返事を聞いて、キュルケやギーシュはホッと表情を和らげて、顔を見合わせた。
 「しかしながら、今手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。姫の手紙を空賊船に連れてくるわけにはいかぬのでね」
 ウェールズは微笑み、多少、面倒だが、ニューカッスルまでご足労願いたい、と王族らしい気品のある声で言った。



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