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鋼の使い魔-28



 朽ち果てた廃墟に作られた鉄扉がきぃきぃと軋みを上げて揺れていた。
 そこは新しい集落を作ろうとした開拓村だった。田畑のない農民、一攫千金を夢見る若者が鋤鍬に大工道具を持って、時の領主の政策に応じてはじめた小さな計画だった。
 しかし、その場所はハルケギニアの深い森に生息するデミヒューマン『オーク鬼』のテリトリーに隣接していた。開拓村の人々は出来上がり始めたばかりの自分達の居場所を守る為に武器を取った。また、領主も何度か討伐の手勢を派遣することもあった。
 しかし森に潜むオークの数は多く、長引く討伐の中で領主もその地方への関心を無くすと、開拓民の願いも虚しく、村はオーク鬼によって蹂躙された。
 そんな話も今は昔。既に開拓村だった場所は小さな寺院を中心にあばら家が点在する廃村となっている。
 あばら家の一つからのっそりと大きな影が這い出てきた。不愉快を誘う体色の肌が皮下の厚い脂肪と筋肉で揺れ、その上を粗末なボロ布を巻きつけたオーク鬼が数匹…。
 彼らは――オーク鬼の生態は不明である。一説には、彼らは雄しかいないのだという…――ただ無闇に外へ出てきたわけではない。豚によく似た鼻先は、先ほどからニンゲンの匂いをかぎつけていた。
 フゴフゴと耳障りな音を立ててオーク鬼数匹が周囲を探索していると、ヒュン、と風を切った小石が鋭く飛んで、うち一匹のオーク鬼の頬に当たった。
「ぷごっ?!」
 強かに小石があたり、オーク鬼は石の飛んできた方向を見た。そこには小さなニンゲンがなにやら紐のようなものを振り回している。
 ニンゲンは振り回している紐をこちらに向けて振り下ろす。すると再び、鋭く飛んだ小石が顔に当たる。
「ぷごっ!ぴぎぃ!ぴぐぉぉぉぉ!」
 単脳なオーク鬼は興奮して小さなニンゲンに向かって走り出した。周りの仲間もそれを見て一緒に走り出し、小さなニンゲンを追いかける。
 追われる立場になった小さなニンゲンは、軽やかに走り始め、徐々に木々に囲まれた林へ逃げていく。
 オーク鬼達は片手に巨大な棒を振り回し、聞くにおぞましい鳴き声を上げている。
 追われる者は軽業師もかくやという身のこなしで木々をすり抜け、時折足を止めては先ほどのように紐を使って石を投げる。
 それがオーク鬼達の興奮をさらに高め、オーク鬼達はニンゲンに連れられるままに林の奥へ入っていく。
 数度目に立ち止まるニンゲン。その場所は周囲を木々に囲まれた林の中でも開けた場所だった。
 興奮の頂点にあったオーク鬼達は、どすどすと足音を鳴らしてニンゲンに向かっていく。
 しかし、後一歩でその棍棒がニンゲンに届くだろうという距離に踏み込んだ瞬間、彼らの視界からニンゲンが、消えた。
 周囲が土壁に覆われ、さらに身体に痛みを感じる。
 興奮のままに暴れるオーク鬼達は、上から降ってきた物に気付きもしない。
 数拍の後、オーク鬼達は爆音と共に命を落とした……。


 落とし穴を見下ろすギュスターヴの脇で、ギーシュの使い魔のジャイアントモール『ヴェルダンテ』がせっせと穴に土をかけている。
 何とはなしにギュスターヴは、この巨大なモグラを撫でてみた。モグラらしい、硬い毛だ。
 撫でられたヴェルダンテはモグモグと嬉しそうである。


 そう、全ては廃墟に巣食うオーク鬼を退治するための罠である。
 手順はこう。まず、人が隠れられるだけの茂みのある開けた場所に落とし穴を掘る。掘った穴のそこには先を斜めに切った棒を何本も立て、
上はそうと見られないように隠す。
 後は、頭の悪いオーク鬼達をおびき寄せて穴に落す。最後に投げ込まれたのは、シエスタ特製の手投げ爆弾である。
爆発時の爆風と熱でオーク鬼に止めを刺したのである。
「それにしても、こんな簡単にオーク鬼を退治できるなんて…」
 つぶやくギーシュはギュスターヴと同じく落とし穴を覗いていると、脇をキュルケに小突かれる。
「あてっ」
「何他人事のように言ってるのよ。林に潜んで落とし穴に掛かる直前のオークを見て勇んで突撃しようとしたくせに。
ギュスが止めなきゃせっかくの罠が台無しになるところだったじゃない」
「だ、だって戦いは先手必勝というじゃないか」
 言い訳がましいギーシュにギュスターヴはちっちっ、と指を振る。
「それは違うぞギーシュ」
「何がだね」
「『先手必勝』というのは先手を取れれば必ず勝てる、という状況のことを言うんだ。先手が取れれば絶対に勝てる、という事じゃない」
「う…」
「まったく、トリステインの貴族はこれだから…」
 そうしゃべっている内にヴェルダンテは掘られた穴に土をかけ終わり、もとの開けた空き地に戻った。
「ありがとうヴェルダンテ。戻っていいよ」
 主人の声に満足したモグラはずももと地面に帰っていく。
「さて、シエスタ……シエスタ?」
 キュルケが声をかけようとしたシエスタは――格好は例の、ディガースタイルである――、錘のついた紐をひゅんひゅんと回して、木の枝に止まっている鳥を見ている。
 次の瞬間、シエスタはばっ、と紐を投げる。錘のついた紐は広がって飛び、鳥の身体に絡みつく。もがく鳥は羽ばたこうとするが叶わず地面に落ちた。
「これでお昼ご飯にできますね」
「すごいのね貴女。…正直こんなに役に立ってくれると思わなかったわ」
 感心するキュルケにシエスタが手を振る。
「いえいえ、こんな事でよければお役立ててよかったです」



 『来る僅かな手懸り』



 数日前にキュルケが手に入れた宝の地図。その真贋を確かめようとキュルケはギーシュとタバサ、そしてギュスターヴを誘って探検に出かけたのだ。
 本当はルイズも誘うつもりだったのだが、「私は今忙しいのよ!」と言われてやむなく断念した。
 ギュスターヴの脳裏に付いていくと言った時のルイズの表情が離れない。
(ちゃんとお土産もって帰らないとな)

 そしていざ出発、という段になってギュスターヴはある提案を一同にした
「どうせならシエスタも連れて行こう」
「シエスタってあのメイドでしょう?足手まといよ」
 キュルケの言葉にタバサとギーシュを頷いた
「そうとは限らないさ」
「そうかしら?」

 そういうわけで四人が使用人の寮を尋ねようとしたところ、シエスタはちょうど寮の出入り口から姿を現した。その格好は皮のグローブやブーツに、ソフトレザーの重ねられたジャケット、そして大きな背嚢を背負ったディガーのようなあの格好だった。
「あ、ギュスターヴさん。それに皆様。どうかしましたか?」
「今から外出か?」
「お姫様の結婚式に合わせて使用人にも暇を出してもらってるんです。お土産を取りに行きながら故郷に帰ろうと思いまして」
「故郷ってどこ?」
「タルブですよ」
 けろりと言うシエスタに、ギーシュは驚いた。
「馬でも丸2日以上掛かるじゃないか。そこを歩いて帰るって言うのかい」
「だって、駅馬車はお金が掛かりますし、歩いていけばお金も掛かりません。それに野宿もできれば宿代もいらないんですよ」
 再びけろりと答えるシエスタ。なんと野宿前提での帰省のようであった。
「ところでシエスタ。ちょっとお願いがあるんだが…」
「はい?」

 ギュスターヴが宝探しに出るので一緒に行かないかと言うと、シエスタは首を縦に振ってくれた。
「はい!是非同行させてください。こう見えて私は…」
「私は?」
「いろいろ出来ます!」
 ずり、とギーシュがこける。
「い、色々って…」
「でも、料理とかも出来ますから、きっとお役に立って見せますよ。…その代わり、タルブに寄っていただけると嬉しいんですけど…」
「それくらいは大丈夫よね。ね、タバサ?」
 これにはタバサも頷いた。多少、荷物があるかもしれないが、長い距離と飛ぶわけではないのだから。


 こうしてギュスターヴの提案によって一行に加えられたシエスタは、果たしてキュルケやギーシュの想像以上の働きをしてくれた。
 森の中を歩けばあっという間に獣道を見つけ、誰よりもやってくるモンスターや獣の気配に素早く反応する。
 遺跡や廃墟に残されたトラップも解除して見せ、逆に何もないところにトラップをしかけ、モンスターを退治して見せる。
 結果、当初の予定をはるかに上回る速さで宝の地図の場所を回る事ができた。先ほどの捨てられた寺院で、都合7件目の探索であった。

 「…で、結局見つかったのはこれだけか」
 焚き火を囲む一同の中でギュスターヴの嘆息が漏れる。七枚の地図が示す先を探索して手に入ったものは、古い銅貨が数枚、さび付いた聖具が数点、そしてラベルが腐食して読めない謎の液体の入ったボトルが数本である。
「モンスターに追いかけられて、トラップに死に掛けて収穫がこれじゃ割に合わない事極まりない」
 糾弾されているキュルケは何処吹く風と爪を磨いている。
「まぁ、もともとタダでもらったものだしね。収穫があっただけ良かったかもよ」
「かも知れないがねー…」
 火にかけられている鍋からシエスタが腕に汁を注いでタバサに渡す
「出来ましたよ、ミス・タバサ。粗野な料理でお口にあうか判りませんけど…」
 腕の汁を食べるタバサ。
 鍋に掛けられているのは周囲で取れた野兎の肉だった。そこに食べられる野草とシエスタが持ち歩いている香辛料を使った簡単なもの。
 尚、他にも野鳥の肉がが丁寧に捌かれた上で串刺しにされ焚き火に炙られている。
「おいしい」
「そうですか!ありがとうございます」
「それにしてもシエスタ。貴女って本当に何でもできるのね」
「そ、そんな!たまたまこういうのが趣味みたいなものでして…」
「ギュスターヴ、君が同行してもらうと言った時はどうしたものかと思ったけどね」
 いい具合に焼けている串肉を齧りながらギーシュが言った。
「前にこの格好で出歩いていたのを知ってたからな」
「でもシエスタ。君のその背負ってる背嚢には一体何が入ってるんだい?」
 体健やかな村娘の荷物とはいえ、シエスタの背嚢はかなり大きい。
 請われたシエスタは背嚢を一行の前で拡げて見せた。
「えっと…まず、飲み水を入れた皮袋、雨粒を凌ぐ為のポンチョ、炊き付け用の練り炭、ロープ5メイル、ワイヤー15メイル、火口箱、油瓶、香辛料、ナイフ、山刀、保存食料…」
「この箱はなんだい?」
 傍に置かれた金属の箱を手に取るギーシュ。
「あっ!それは火薬が入ってるので注意してください」
「火薬?!」
 びっくりしたギーシュは箱を落しかけるが、何とか両手に納めなおす。
「鉛の箱に火薬を突き固めて、上から薄い木の板に金属の珠をつめてあるんです。さっきみたいにオーク鬼とかが居そうな森で夜を過さなきゃいけない時は、自分の周りに仕掛けてから寝るんです」
「け、結構物騒なものを持ち歩いてるんだね…」
「他にもありますよ。ええっと…こっちの、紙で包んだ棒状の火薬は先の紐に火をつけて使います。さっきの箱は出っ張りを引っ張ると中の火打石が擦れて着火するようになってます。あと、鈴」
「鈴なんてどうやって使うの?」
「ワイヤーに結って眠る時に周りに張っておくんです。ワイヤーに何かが触れると音がしますからすぐに気付けるんですよ」
 はぁ、と感心するキュルケ。つ、とシエスタの視界に空の腕が出される
「おかわり」
「あ、はい!ちょっと待ってください」
 周りをささっと片付けてすぐさま取り掛かる辺りがメイドらしい。
「ともかく。結局のところ我々はこの古い地図に踊らされていたということさ」
 はぁ、とキュルケとギーシュのため息が漏れる。
 ギュスターヴとタバサは黙々として、タバサは腕をギュスターヴを串肉を食べていた。

 火の始末をして荷物を片付けるシエスタを見る。
「…それじゃ約束どおり、彼女を送ってあげようじゃないか」
「そうね。結構手伝ってもらったし」
 シルフィードが食事の余りに食いついているのをタバサが撫でている。
「早く食べて」
 きゅいー、と鳴くシルフィード。
 空になった鍋をシエスタが抱え、一同はシルフィードに乗って空に飛び上がった。



 一人、徐々に翳っていく陽の入る部屋でルイズがベッドに寝そべり、白紙の祈祷書を広げている。
(……帰ってこなかったな。ギュスターヴ。……まったく、人の使い魔を連れ回すなんてどういうつもりなのかしら。そ、そりゃ、許可は出したわよ。出したけどそこは遠慮とかそういうものが必要でしょ!これだからツェルプストーは…)
 目は白紙の祈祷書を追っているが、心が別を向いていた。
 ふと視界をずらす。机の上に置かれた『水のルビー』が目に入る。
(……姫殿下。やっぱり嫌なんだろうな。…でも、トリステインだけじゃアルビオンの貴族派に勝てないのよね。……人の上に立つ者には責任があるって、前にギュスターヴが言ってたわ……)
 以前なら深い同情だけで見ていたアンリエッタが、今は少し別の角度から見ることが出来そうな気がした。
(…私も責任を果たすわ。メイジとして、貴族として。……ひとまずは、任された巫女として仕事が出来るといいんだけど…)
 再び白紙の祈祷書へ向く。
「…はぁ~」
(さっぱり浮かばないわね…)
 えいっ、とルイズは起き上がって机に置いてある過去の祝詞を集めた冊子を広げてみる。
「えーっと……『水は流れる刻、火が邪を払い、土石の如く変わらぬ想いにて、木々が国へ広がりてこれを護るだろう。命湧き上がりて声になり、民と大地と空を清める歌とせよ』……変なの。どうして火の魔法が災いを払ってくれるのかしらね。…ふーん。この祝詞は2000年も前のものなのね……」
 ルイズは冊子を繰り、古い順に祝詞を読んでいく。
「…こうやって、読んでいくと不思議ね。時代が進んでいくと祝詞が段々単純になっていくみたいな…『命に流れる静かなる清水や。大地を借りて民草を包む石くれや。食い広がりて抗うものを打ち倒す火炎や。普く有りて皆を護る旋風や。始祖より下りし四つの気を束ね、汝らはこれを抑え、国を治め行け』……へー、これがもう500年くらい前なんだぁ……」
 そうやって耽溺している内に日がすっかり翳っている。
「……そろそろ夕食ね」
 一人で部屋を空けるルイズは、静かに淋しいと思った。
(不思議…去年まで、いつも一人で行動してたのに)
 それがあの、闊達な使い魔が居ないせいだとよく分かっていた。



 時間は少し戻り、漸う午後の3時頃。
 シルフィードは巡航速度、毎時約80から100リーグで高度約2000メイルを飛んでいた。
 鳥瞰できる地平の森が開け、段々と人の気配を見せるものになっていた。
「見えました。あれがタルブです」
 初めて乗る竜の背中で、がっしとシルフィードの背びれを掴んでいるシエスタが言う。


 トリステイン南西部にあるタルブの村は、温和な領主に見守られた集落だ。
 なだらかな盆地を切り拓いて作られ、斜面に濃い緑の縞模様が上空で観察できる。
 タルブの特産は主に二つ。一つは水はけの良い斜面で栽培された葡萄で作られるワイン。
 タルブ産のワインは7割が平民向け、3割が高給取りの商人や職人そしてそれらを含めた貴族の需要を当て込んで生産されている。特に最上級のブランド『カナリアハート』は五代前の領主夫人が喉を病んだ時に献上され、後に麗らかな声を取り戻したという逸話によって時には遠くガリアからも買い付けがくる。
 もう一つ、隠れた特産がある。タルブの外れにある山より切り出される良質の石材である。その肌理細やかな石質から『ユニコーンの皮革』と言われ、こちらもハルケギニアの寺院や宮殿などに供される。もっとも、こちらはワインほどの恩恵を村と領主に与えているわけではなかった。


 村の中心から少し外れた場所にシエスタの生家はあった。キュルケやギーシュはてっきり、あの斜面に見えるような葡萄畑を持つ、比較的裕福な農家の娘だろうと思っていた。
 しかしシエスタの生家は確かに、並の農家よりも一段半ほど格の上がる家だった。石と土で作った壁、紙と所々にガラスが使われた窓、屋根は腐食を防ぐ緋色の塗料に染められた板葺きだった。全体に横に広く、二階建てのように見えたが、出入り口の様子を見るに半地下状になっているらしく、見た目よりも中は広いのかもしれない。
「ただいまー」
 ノックして家へ入るシエスタを先頭にぞろぞろとギュスターヴ達は続いた。
 瞬間、ギュスターヴ達はむせた。室内はむん、と植物の青臭い匂いを始めとしたさまざまな臭気が混ざって立ち込めている。
「ん…おかえり。『シエスタ』」
 シエスタに答えた男性は秤の置かれた机の上で書き物をしていたが、振り向いてそう応えた。壮年も過ぎ、顔の皺と白髪交じりの頭に柔和な笑顔を湛えている。
「そちらの方達は?」
「学院でお世話になっている貴族様たちと…お友達です」
 ギュスターヴは頭を下げた。恐らく父親だろう、目の前の男性とそれほど年の違わぬ者を友達と言ってくれることが、なんともこそばゆい。
「これはこれは。貴族のお嬢様若様方。このような辺鄙な場所へはるばるお越しいただいて、言葉もありません」
 物腰柔らかな男性は腰を折って礼をする。
「よろしくてよ。シエスタは学院のメイドだけど、私達には親しい友人ですわ。ね?」
 ギーシュとタバサが頷く。
「我が家の娘をそのように言っていただき、勿体無くございます。…申し遅れました。シエスタの父、『エド』と申します。むさ苦しいところではございますが、どうかおくつろぎください」

 聞くに、出入り口すぐの場所は父親の仕事場なのだそうだ。
「父は薬師なんです」
 ほのかに甘い香りのする薬湯の入ったカップで顎を蒸しながらシエスタは答えた。
「彼はメイジではないのだろう?なんで薬なんか」
「薬と言っても、山野で取れる薬草とかを煎じて、体の悪い人に使うんです。魔法みたいに凄い事はできませんよ」
 エド氏は手を振って答えた。
「例えばせき止めの飲み薬。眠れない時に心を落ち着けてくれるお香。農地を荒らす鼠を殺す為の殺鼠薬。それくらいしか出来ませんが、メイジの方々の薬は高くつきますし、村の皆さんには喜んでもらっています」
 ギーシュは感心していたが、キュルケは平然としていた。平民の伸張激しいゲルマニアでは魔法の使わない処方薬も出回っているのだ。
「…ところで、親子二人にしては家がやけに広いと思うのだけど…ご家族は?」
「母と兄弟達が居ますよ。今は多分山に居るんだと思います」
「「「山?」」」
「『ユニコーンの皮革』って知りません?あれの取れる山はうちの一家が管理してるんですよ」
「えぇーっ?!」
 ギーシュが声を上げる。
「煩いわね。訪問先で」
「だ、だって『ユニコーンの皮革』と言えばものすごい高価な石材じゃないか!」
 土メイジのギーシュから見れば石材の管理をしているというのは尊敬に値するのである。
「高価といっても、山の経営と領主様への納税でそんなに利益が上がるわけじゃないんですよ。一家で細々と維持していくのがやっとな位でして」
 エド氏は困ったような顔でギーシュの熱い目に答えた。
「高価なのは私達の一族だけで切り出しているからです。タルブの近くの山で良質の石材が取れることを発見したのは私の母でした。母は当時の領主様に掛け合って一定の納税を条件に石材の切り出しと山の管理を任されました。人を雇ってたくさん切り出さないのは、山の環境を変えてしまうからです。母はそれを強く諌めました。あとを継いだ私もそれに習っているのです」
 ギーシュは席を立つと、身を正してエド氏に向き直す
「エド氏。僕は土のメイジとして、是非ともその石材の産出現場を見てみたいですどうか許していただけませんか」
「…それは……」
 明らかにエド氏の顔に困惑が浮かんでいる。
「どうか、このとおり」
 ギーシュはテーブルに手を着いて頭を上げる。額がテーブルに着きそうなほど低い。
「…ギーシュ様、でしたね。どうか頭を上げてください。貴族の若様にそのようにされると、我々はどうしていいかわからなくなります。…『シエスタ』」
「はい」
「彼らを山に案内して差し上げなさい」
「はいっ!皆さん、済みませんが支度をしてきますのでそこで待っていてください」
 シエスタはタタタっとかけて階段を上がっていった。
「ありがとうございます。エド氏、いえ、エド殿」
「とんでもございません。娘を友人と言ってくださる方々なら見せてもいいだろうと思ったまでですから」
 何処までもエド氏の表情は柔らかい
「…皆は先に学院に帰ってもいいよ」
「どうしてよ?」
「さっきも聞いただろう?石材の切り出し場は彼らの一族が管理しているんだ。そういうところに貴族がぞろぞろと行くものじゃ、ないと思う」
 エド氏は首を振る
「いいえ。私は娘の友人に見せるのですよ。決してあなた方が貴族だからとか、そういうつもりはございません。お好きにどうぞ」
 かくしてエド氏は朗らかに笑った。


 シエスタが着替えて戻ってくると、一同は外に出た。ギュスターヴは少し残って、留守番のエド氏に声をかける。
「…お気遣い感謝します」
 こういうのは大人の役割である。
「いえいえ。…貴方は貴族ではないですね」
「はい。…彼らの学友の、召使のようなものです」
 流石に使い魔である、というのは少し憚られた。
「いえ、そういう意味ではなく」
「は?」
「なんといいますか…貴方にはこの世に普くあるものが欠けているように思えます」
 ギュスターヴの表情が硬くなる。
「かといって、貴方は今目の前に居る。不思議ですな」
 以前、デルフにも同じような事を言われたことがある。それは恐らく、自分のアニマを佩びない体質について言っているのだろう。
 しかし学院のメイジ達にもそのようなことは言われなかった。手元のデルフ以外で、ハルケギニアに生まれ育ったモノ達は、ギュスターヴを何処にでも居る「ただの人間」としか思っていない。
 今この目の前に居る人物を除いて。

「……私に欠けている、世に普くあるものとはなんですか」
 無意識の内にギュスターヴの声が、少し硬いものを混じらせていた。
「…これは母が言っていたことでもありますが、世界には普く命の力が宿っています。例えそれが石であっても、火であっても。それが貴方にはない」
 エド氏が語る母親の言葉、それはハルケギニアの精霊を指しているというより……サンダイルのアニマを指しているようだった。
「……貴方の母親とは、一体…」
「…私の母の墓も、山にあります。そこに書かれた物が、もし読めるのであればお話しましょう」

「ギュスターヴさーん、行かないんですかー?」
 出入り口から聞こえるシエスタの元気な声が呼びかける。
 振り返ってもう一度礼をして、ギュスターヴはその場を辞した。



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