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IDOLA have the immortal servant-16


 アルビオンの国王、ジェームズ一世の部屋も、ウェールズの部屋とさして変わらない。
 間に合わせといった風情の、質素な有様だった。
 老齢の為か床に横になっていたのだが、大使を迎えるとなると椅子に腰掛けてルイズ達を迎えた。
「……こ、こんなことが……お、おおおお……」
 アンリエッタの書簡を読んだジェームズ一世の口から絶望と怨嗟の声が漏れる。
「ウェールズよ。ここに書かれていることは真実なのか? 朕は……朕は、このような真実など知りたくはなかった。知らなければ名誉を守り、死んでいくことに誇りを持てたというのに……!」
 父王の嘆きに、ウェールズも唇を噛む。
「この書簡の字は、間違いなくアンリエッタのもの。今日までの経緯を考えれば、思い当たることはいくらでもございます。
また、それをアンリエッタに知らせた、大使もまた、あの名高きラ・ヴァリエール家の息女。信用してよいでしょう」
「これが……、これが真実だというのならば、明日迎える朕らの死は……」
 ジェームズの言葉は途切れた。ウェールズも何も言えなかった。それを認めたくない。栄光ある敗北。それこそが真実、彼らの最後の砦だったのだ。
 絶望を受け入れた末の諦観。そんな諦観さえ無意味と知らされて、また絶望させられる。これほどに残酷な仕打ちがあろうか。
知らせなければ彼らは心安らかでいられたのかと、ルイズは一抹の後悔すら感じ、それからそんな思考を振り払う。
 自分のしていることは間違っていない。間違っていないはずだ。
 嘘に塗り固められた貴族派……いや、クロムウェルが勝利の栄光を手にすることなど、許されるはずが無い。
「朕らに従ってついて来てくれた者達に、何と言えば良い!? あの勇敢なる者達は朕が逃げよと命じても決して逃げはすまい! 朕もまた、このような真実を知って尚、あの者達に命運を共にしてくれとは言えぬっ! 言えぬわっ!」
 ジェームズは叫んだ。その叫びに、答えられる者は居なかった。
 ジェームズがぜいぜいと息を切らし、耐え難い沈黙が部屋を満たす。やがて、消え入るような声で、ジェームズが言った。
「では、何とする……。亡命……せよと申すか……。この上で生き恥を晒せ、と……」
 力なくうな垂れる。
 自分は今更生き長らえるつもりは無い。だが、臣下に今の真実を知らせた上で脱出を促しても、自分が残れば皆運命を共にするだろう。
 ジェームズ一世の脱出と、彼らの脱出は同義だった。
 自分に残された三百余りの最後の忠臣達だ。犬死を強いることだけはできない。それだけは、絶対に。
 長い長い沈黙の後で、顔を上げ、言った。
「彼らは……朕に、最後に残された臣下であり、アルビオン王国最後の民である。言わばアルビオン王国そのもの。国の命運と、朕の矜持如きを天秤にかけては―――是非もあるまいよ。大使殿」
「はっ」
 急に呼ばれて、ルイズが畏まる。
「姫の申し出、承知した。明日の朝、我らは脱出しよう」
「陛、下……」
 良かれと思って助けに来たのだ。
 これで、王党派は助かる。
 だというのに、ルイズの心は暗鬱だった。
 真実が、こんなにも彼らを苦しめるなんて思ってもみなかったのだ。
 これで、彼らは怯懦に駆られたと謗りを受けるのだろう。それは真実ではないし、クロムウェルを打倒すれば拭い去れることかもしれない。
けれど、勇気と誇りある王と皇太子に、そんな汚名を着せてしまう。そうなるような選択をさせてしまった。自分の行動が招いたことだ。それを、ルイズは理解した。
 懸命に涙を堪えようとしているルイズを見て、ジェームズ一世は微笑みを浮かべる。
「そなたは良き娘であるな。大義であった」
 ジェームズが言うと、ルイズは深々と頭を下げ、フロウウェンとワルドに付き添われて部屋を退出していった。
 その姿を見送って、ウェールズはジェームズに告げた。
「……父上。大使殿と共に、サウスゴータの令嬢が見えております」
 その言葉に、ジェームズ一世が目を丸くする。
「……今日は、なんという日なのだ」
「お耳に入れるべきかどうか、迷いましたが……」
「いや。良く知らせてくれた。それが真であれば、朕自ら出向くべきであろうな」


「ルイズ。皇太子が先ほど言っていた、『アンドバリ』の指輪とはなんだい? ああ、勿論明かせないことなら話してくれなくても構わないが」
 侍女に案内されて今日泊まる部屋へと向かう道すがら、ワルドはそれとなくルイズに尋ねた。
 ルイズは弱々しい笑みを浮かべて、ワルドに答える。
「秘密ってわけじゃないわ。これから王様も皆に知らせるのだし。ラグドリアン湖の、水の精霊が守っていた秘宝よ。
先住の力で死者を蘇らせ、自分の意のままに操る力があるの。水の精霊は言っていたわ。それを、クロムウェルを名乗る人物が盗み出したって」
「……―――」
 ワルドは言葉を失った。確かに、クロムウェルの手に奇妙な指輪を見た。自分はそれを知っている。
 なんだと? 死者を蘇らせて操る指輪? それを……それを……クロムウェルは虚無の力だと言った。
 あの糞坊主―――おれを謀りやがったのか―――!
 怒りに眩暈すら覚えた。虚無が生命を司る力だと言うからこそ、自分はレコン・キスタに寝返ったのだ。
 憤怒がまともに顔に出たが隠そうともしなかった。隠さずともクロムウェルの行動に怒るのは、ルイズ達にとって不可解ではないからだ。
 だが、状況は深刻だった。
 クロムウェルの偽りの虚無の力が知れ渡り、アルビオンの王はトリステインに亡命しようとしている。
 自分にとって、どうするのが最善なのか。
 アンリエッタが秘密を知る以上、いずれ各国の王と諸侯に知れ渡ることになろう。そうなれば挙国一致して立ち上がる。虚無の力を吹聴した以上、ロマリアすらも動く可能性があった。
 レコン・キスタは遠からず内部から瓦解する。何故彼が、という不可解な裏切りが多すぎるのだ。
 アンリエッタとルイズの言葉をジェームズ一世とウェールズが信じたのが、そのまま自分の予想の裏付けになっているではないか。王党派はニューカッスルを脱出し、疑惑の数々を語るだろう。一度火が点けば止められまい。
 クロムウェルの権威は、汚れた『虚無』という看板だけで保たせることは不可能だ。
 つまり、ルイズを手中に収めてレコン・キスタに着いても、問題は解決しない。
 かといって、ルイズとフロウウェンが魔法衛士隊を疑っている以上、トリステインに帰る道もワルドには残されてはいなかった。
 自分の隣を歩く、この二人が……いや、ルイズが味方についてくれれば、自分はトリステインに戻り、魔法衛士隊グリフォン隊隊長の肩書きを維持することができるが……
肝心のルイズが自分との結婚に乗り気ではない。おまけに、自分がクロムウェルと通じていたことを察すれば、例え結婚した後でもルイズは自分を許しはすまい。分の悪すぎる賭けだった。
 ではどうする? 殺すか?
 ルイズとフロウウェン、それから念の為にロングビルも始末してしまえば、自分に疑いの目が向くことは無くなる。
 だが、それだけでは不完全だ。
(どうしてこんなことになった。俺は、どこで間違えた!? いいや! おれは自分自身に賭けて賽を投げただけだ! 間違ってなどいない!)
 もっとルイズが早く話してくれれば。いや、アンリエッタが任務の詳細を話してくれればこんなことには―――
 いやいや、待て待て。どうしてこうなったかを考える時ではないはずだ。これからどうするかだけを考えなければ。
 ワルドは混乱する思考を纏めようと、唇を血が滲むほど噛み締めた。そして、ふと、足を止める。思いついた。
(……なんだ)
 あるではないか。こんなに良い手が。そうと決まれば話は早い。
「すまない。二人とも」
 部屋の前まで案内された所で、ワルドが口を開いた。
「ワルド?」
「今の話を聞いたら、宴に出席する気分にはなれなくなってしまった。明日は脱出するだけとは言え、危険も予想される。
今の内から身体を休めて、精神力の回復を図らねば。でなくては、もしものことがあった時に悔やんでも悔やみきれないからね」
「わかったわ。おやすみなさい、ワルド」
「ああ」
 ワルドが部屋に入ると、入れ替わるように、ウェールズがやって来た。
「ここにいたか。ワルド子爵は?」
「明日の脱出を万全に備える為に、今日はもう休むと」
「そうか。彼は仕事熱心だな。父上と僕は、亡命のことを宴の席で皆に伝えなければならない。混乱が起きるかも知れない。きみたちは宴席には出ない方が賢明だろう」
 ウェールズが言うが、ルイズは首を横に振った。
「わたしは行きます。王党派の方々を、亡命させるのが、わたしの大使としての任務。まだ終わってはおりません」
 ルイズの言葉に、ウェールズは苦笑した。
「それでは、時間まで部屋でくつろいでいてくれ」


 ニューカッスル城の一室。
 マチルダはウェールズの表情を思い出して鼻を鳴らした。
 何を勘違いしているのか知らないが、自分にとってはとっくに決別した過去なのだ。
 今こうしてニューカッスルにいても、古巣に戻ってきたとも感じない。
 アルビオンを追われてから今まで、一人で生きてきた。それが誇らしく思えた。
 椅子に腰掛けて物思いに耽っていると、突然扉がノックされた。
「どうぞ」
 扉が開かれると、そこに立っていたのはジェームズ一世と、その後ろに控えるウェールズであった。
 驚いて椅子から立ち上がろうとすると、ジェームズはそれを手で制する。
「そのままで良い。朕の方から会いに来たのだからな」
 マチルダは無言で、その言葉には返答を返さなかった。確かにジェームズを敬う気持ちなど微塵も無い。形式だけの儀礼など意味があるまい。
「朕を、笑いに来たか。サウスゴータの娘よ」
「いいえ。陛下」
 マチルダは首を横に振った。
「私が今日ここに来たのは、私の意志ではありません。乗っていた船が殿下に拿捕された為です。アルビオンに渡るつもりすらありませんでした。
ですから大使を助けるためにここに来たなどと思われては心外です。王党派にも貴族派にも与せず、スカボローに着き次第、帰るつもりでおりました」
 酷く―――やつれたものだ。
 マチルダがジェームズを見て、最初に思ったことはそれだった。
 髪も白髪ばかりになり、痩せこけて、骨と皮が残るだけだ。腕など枯れ木のようではないか。
 顔色も冴えず、呼吸もおかしい。何か病でも抱えているのだろうか。
 誰も見ていなければゴーレムで踏み潰す? 馬鹿馬鹿しい話だ。こんな哀れな老人、その必要すら感じない。
「朕が憎かろうな」
「いいえ。確かに陛下を憎んだことはございましたが、それは過去のこと。今このように陛下のご来光という光栄に預かろうと、何の感慨も湧き上がってきません。何一つ、です」
 それは真実だった。強いて言うなら、昔の堂々たる印象があった為か拍子抜けした、というのが正直な感想だった。
 だが、それだけだ。嘲笑うほど悪趣味にもなれない。憎悪するには遅すぎる。心は悲しいほどに硬直して無感動だ。
「私は……とっくに過去を捨てたのです。代わりに、生きる目的は見つけましたが」
「そうか。では、朕は行く」
 ジェームズ一世は身を翻す。マチルダはそれをただ黙って見送った。
 扉が閉じられると、マチルダは盛大に溜息をつき、粗末な寝台に寝転がって枕に顔を埋める。
「あいつらに会いたいな」
 何故だか知らないが、ひどくティファニアや、子供達の顔が見たかった。


 背後の扉が閉じられると、ジェームズは苦悶の表情を浮かべて胸を押さえる。ウェールズは、父王が倒れないようにその身体を支えた。
「ふ……ふふふ。情けの無いものだな。……サウスゴータは朕に見向きもしない、か」
 脂汗を垂らしながら、自嘲気味の笑いを漏らす。
 今日までの臣下の裏切りも、この零落も、大公とその一派にした仕打ちが招いた、不徳の致すところだと思っていた。
真実は違っていたとは言え、罪悪感に苛まれていたのも事実。そう認めてしまった以上、今更否定などできない。
 だが、当人であるマチルダは過去のことだと言い、責めもしなければ恨み言も口にしなかった。いっそ、なじってくれてもよかったのだ。こんな……国を無くした、愚かな、王を。
 心情を吐露するならば、モード大公達を救う道は無かったものかと後悔はしている。
 だが、謝罪に意味はない。その言葉を口にする資格も無い。
 決断を下したのは自分だからだ。自分の殺意がモード大公を殺し、自分の意思がマチルダから家名を、家族を、富を、住む家を、名誉を奪った。
 必要だったからそうせねばならなかった。
 だが、彼らに何一つ恨みは無い。苦しめたくてしたことでもない。
 何故なら彼らは……己が愛した者を守ろうとしただけの優しい人達だったのだから。
 ジェームズは情と国を天秤にかけ、国を選択した。今とて変わらない。国を選ぶから、汚名を受けても生きることを受け入れた。
 そう。受け入れなければ、自分は王では無い。モード大公達にだけ犠牲を強いた、卑怯な嘘吐きに成り下がる。許されないことだ。それだけは。
 それから……今日彼女に会えたという運命の巡り合わせ、始祖ブリミルの導きに感謝した。マチルダが生きる目的を見つけたと聞き、安堵を覚えたのだ。
 ジェームズの天秤は常に国へと傾くが、天秤と関係ないところでなら、目に映る人々が、関わった人々が、幸せになれればいいに決まっている。良かったなどと、口にすることすら自分には許されてはいないが。
「行こう。王としての務めを果たさねばならぬ」
 身体が落ち着くと、ジェームズは王の顔で立ち上がった。


「諸君」
 城のホールに置かれた簡易の玉座に腰掛けていた、ジェームズ一世が立ち上がって口を開いた。
 隣には皇太子ウェールズ、その隣に、トリステインからの大使であるルイズが並ぶ。
「宴を開こうというところで、このようなことを諸君ら告げるのは、朕としても心苦しい。だが、今から諸君に告げることを、心して聞いて欲しい」
 ホールに居並ぶ忠臣達はどのような訓辞が始まるのかと、ジェームズ一世の一言をも聞き漏らすまい、一挙手一投足も見逃すまいと傾注した。
「諸君らの中には聞き及んでおる者もいよう。このアルビオン王国に、トリステイン王国から大使が参られた。トリステインに名高き、かの勇猛なるラ・ヴァリエール家の息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢じゃ」
 王の口から紹介されて、ルイズは完璧な作法でアルビオンの貴族達に挨拶をしてみせた。
「トリステイン王家は、此度のアルビオンの動乱を起こした張本人、反乱軍レコン・キスタの首魁クロムウェルについて、大変重要な情報を朕の元にもたらしてくれた。即ち、クロムウェルはラグドリアン湖の水の精霊の秘宝、
『アンドバリ』の指輪を使い、死者を蘇らせ、その遺体をまるで人形のように操っていると!」
 臣下達の間に、どよめきが広がった。
 ジェームズ一世が続ける。
「朕がこの期に及んで醜い弁明を重ねている、と見ることもできよう。じゃが、トリステイン王家は義によって、レコン・キスタの次なる標的となることも恐れず、この、明日にも消える王の下に大使殿を遣わしてくれた。
大使殿も、危険を顧みず、このニューカッスルまで万難を退けやって来た。朕は、彼女を、トリステイン王家の言葉を信じようと思う」
「陛下! 陛下! それでは我等は……!」
 ジェームズ一世は頷く。
「そうじゃ。名誉ある最後すら『アンドバリ』の指輪は……、卑劣なるクロムウェルは許してはくれまい」
 ざわめきがどんどん大きくなる。悲憤によって顔を真っ赤にして拳を握り締める者。手で顔を覆って泣き崩れる貴婦人。反応は様々だったが、皆一様に驚きと衝撃を隠せない様子だった。
「じゃが、トリステイン王家はその上で救いの手を差し伸べてくれた。内憂を自らの手で払えず、トリステインを頼んで落ち延びる。それは確かに朕の不徳の致すところ。口さがない者は何たる腰抜けかと笑おう。
しかし朕は、汚名を受けることを承知で、生きよと命じる! 諸君らの如き、誠の忠節の徒が、死してなお、魂と肉体を汚され、涜神されるを見るは死を選ぶより耐え難い! どうか、どうか今しばらくこの惰弱なる王と共に生きては貰えぬか!
 共にトリステインへ落ち延び、クロムウェルの虚飾と欺瞞を暴き、打倒する為に戦ってはくれぬか!」
 ジェームズ一世が拳を握り締め叫んだ。叫んで、激しく咳き込む。ウェールズが慌ててその身体を支えた。
 生き恥を晒してでも、耐え忍んで戦うか。それとも明日死んで、意に沿わずクロムウェルの木偶となるか。
 どちらがマシかと問われれば、冷静に考えれば誰もが前者だと答える。文字通り、死んでも名誉は守れないどころか、更に裏切り者の汚名まで被ることになる。
 だが、死して名誉を守る。そう決めていたところに突きつけられた選択肢なのだ。頭で解っていてもすぐに結論を出せる者はいないだろう。
 とはいえ、混乱の中にあっても、王の言葉に疑いを口にする者はいなかった。ここまで付き従った者達は、それだけ王家に忠誠を尽くしているというのもあるし、不可解な謀反に心当たりのある者も多いのだろう。
 何より、目の前に出された一縷の希望に縋りたかったのだ。
 生き残れる道ができたなどということが希望なのではない。
 信じていた友が、生涯を添い遂げると誓った伴侶が、血を分けた肉親が、人が変わってしまったかのように自分の王に杖を向けた。それは決して彼の意思ではなく、なにかの間違いであったのだと信じたいのだ。
 やがて一人の貴族が、大声で答える。
「陛下! 我らは陛下の命とあらば死をも恐れませぬ! 従って、共に戦おうと仰せられる陛下のご下命、どうして聞けぬなどと申す道理がありましょうや!」
 その言葉に幾人かの貴族が頷く。
「言いたい輩には言わせておけば良いでしょう! 我らは死を恐れてニューカッスルを後にするのではありませぬ! 戦う為に打って出るのですから!」
「全くです! 戦いにも色々御座いますが、我らは負け戦続きで、耐え忍ぶことなど最早慣れっこになっておりますからな!」
 誰かが杖を高く掲げた。隣の者がそれに従う。次々とそれに倣う。
 気がつけば、杖を掲げるのはホールに居並ぶ者全員となっていた。
「アルビオン万歳!」
「陛下に栄光あれ!」
 誰かがあげた声を皆が唱和する。繰り返し、繰り返し。杖を掲げて、アルビオンの貴族達は一心に老王を称える。
 ホール中に轟く大歓声に、ジェームズ一世は目頭を熱くした。涙を手で拭い、杖を掲げる。
「諸君らの忠節、あいわかった! では、今宵はよく、食い、飲み、歌い、踊ろう! 明日を生きる為、明日の明日を生きる為の英気を養おうではないか! 我らは祖国に一時の別れを告げる! じゃが、我らは必ず、この白の国に戻ってこよう! 必ず! 必ずじゃ!」
「必ず!」
「必ず!」
 盛り上がりは最高潮に達した。
 ルイズは、大合唱を聞きながら、己の胸が熱くなるのを感じていた。
「僕は……亡命の話を聞かされた時から、トリステインに累が及んでしまうことを恐れていた」
 隣に立つウェールズが自嘲気味の笑みを浮かべた。王党派の中にあって、最も亡命を望まなかったのは自分なのだ。そう気付いてしまったから。
「この通り、皆は混乱もしなかった。皆にこそ、教えられたよ」
「殿下……」
「いずれにしろ、クロムウェルは必ず次にトリステインを望む。こうなった以上、恥知らずと罵られようと、僕は全霊を賭けて奴と戦う」
 その言葉は自分に言い聞かせるためのものだ。断固たる決意を秘めた眼差しであった。
 ルイズは、この時にはアンリエッタとウェールズが恋仲であることを確信していた。
 大切に思う人が自分の行動のせいで危険に晒される。
 自分がヴァリエール家に迷惑をかけてしまうとしたら、どうだろう。家族から手を差し伸べられても、その手を取ることを躊躇するだろう。手を取ったとしても、自分を許せないに違いない。
 それでもウェールズは自分達の申し出を受け入れてくれた。
「クロムウェルは……各国にとって共通の敵です。共に戦いましょう殿下」
「ありがとう。きみも是非、今夜の宴を楽しんでいってくれ。僕もそうする」
 ウェールズは魅力的な笑顔を浮かべると、ルイズも宴に参加するように促す。
 ルイズは少し無理をして微笑み、それから頷くとホールの人込みへと混ざっていった。
 ホールが喧騒に包まれた。
 彼らの心中は複雑だろうが、それでもルイズやフロウウェンの元にやって来て料理や酒を勧め、冗談を言ってくる。
 自棄を起こしたかのように騒ぐ者、泣きながら酒や料理をかっ食らう者もいた。
 ルイズの目には、何かを振り払うかのように無理やり明るく振舞っているように見える。彼らをトリステインに連れていけることが嬉しくもあり、汚名を着せてしまうことが悲しくもある。
 自分はすべきことをした。それが成った。それだけのことだと自分に言い聞かせて、それ以上を考えたくなくて、ルイズも逃げるように杯を重ねていった。
 そんな無茶な飲み方をするものだから、程無くしてルイズは顔を真っ赤にして潰れてしまった。
 フロウウェンが目を回しているルイズを支えるが、部屋まで連れて行こうとしたところで、ホールから出たくない、と首を横に振った。
 宴席を抜け出さずに見届けたからどうなるというものでもないのだが、ルイズなりに責任を感じているのだろう。
 彼女の意を汲んだフロウウェンは、ホールの隅の椅子に座らせ、それから冷たい水を運んできた。
 ルイズは受け取った水を口に含んで嚥下し、ぼんやりと宴を見詰めていた。
「気分でも悪くしてしまったかな?」
 それを見留めたウェールズが、二人に近付いてきて、茹蛸のようになっているルイズを心配そうに見詰めた。
「少々飲み過ぎてしまったようですな」
 フロウウェンが困ったような笑みを浮かべて答えた。
「ラ・ヴァリエール嬢の使い魔だね。ええと」
「ヒースクリフ・フロウウェンと申します。殿下」
「ああ、失礼。ミスタ・フロウウェン。しかし、人が使い魔とは珍しい。トリステインは変わった国だね」
「トリステインでも珍しいようですぞ。他の例も存じませぬ。私は外国人故に、詳しくはありませんが」
 フロウウェンの言葉に、ウェールズは興味を抱いたらしい。
「ほう。一体どこの国から?」
「ロバ・アル・カリイエよりも……更に遠くの国ですな」
「それは興味深い。良ければ、どんな国か聞かせて貰えるかな」
「コーラルという……戦争に明け暮れていた国です。結果、国土を荒廃させてしまった」
 フロウウェンは目を細め、言う。
 ウェールズはフロウウェンがその国の政治か、或いは軍に携わっていたのではないかと、何とはなしに思った。
 自国のあり方に批判的なことを口にしながら、フロウウェンの目に浮かんだ感情が、憎悪ではなかったからだ。
 権力の側にいて、そしてそれを快く思っていない。そんな印象を受けた。
「それは……僕にとっても耳の痛い話だな」
「我らは望んで闘争を行ったのです。私もまた、病を憂いながら目の前のことに拘泥し、根治はできぬものといつしか諦観した。貴方方はそうではありますまい」
 フロウウェンは手の届く範囲で、力の及ぶ範囲で、守れる限りの民衆を守った。そうしている内に、いつしか軍の英雄などと呼ばれていた。
 けれど、戦争を生み出す元凶にまでは力が届かなかった。『それ』に立ち向かうことは立場を失うことだからだ。
 剣一本で守れる命より、軍に身を置くことで守れる命の方が多いと理解し、諦観しているから、体制側から離れることはできなかった。
 だから英雄などという偶像を、フロウウェンは誰より評価していない。
 誰もが何時だって、茫漠とした不安や、鬱屈した不満、死の恐怖、生の苦しみから逃れたくて、祭り上げるものを探している。偶像に自己を投影し、憧れ、愛し、憎み、妬むことで、日々を忘れることができるから。
 フロウウェンもリコも、そこに収まるのが丁度良かったから、英雄という偶像の役回りを押し付けられたに過ぎない。彼らが何を見て、何に苦悩しているかは関係無く、それに思いを馳せることもしない。
 それ故に、身一つで理想を追うルイズが眩しく見えるのだ。
 ウェールズ達とて同じだ。国に忠誠を誓い、それに裏切られたフロウウェンにとっては、民草の流す血を憂い、王家への忠誠に殉じようとしていた彼らには、羨望すら覚える。
「それは買い被りだ。僕らに、そんな理想を叶える力があるのなら、こんなことにはなってはいないからね」
「私と違い、まだ結果は出ておりますまい」
「異なことを。君も、生きている。であれば、まだ結果は出ていないということではないのかな?」
「私は一度は死んだ身です。殿下」
 フロウウェンは、目を閉じて荒い呼気をついているルイズを抱えた。
「部屋で休ませてきます」
 ウェールズは、ルイズを連れてホールを出て行く、その背を見送った。


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