あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

IDOLA have the immortal servant-15


 狭い通路を通り、細い階段を上り、四人が連れて行かれたのは空賊の船には似つかわしく無いほど立派な部屋だった。後甲板の上に設けられた、そこが船長室らしい。
 豪華なディナーテーブルの一番上座に、先程の空賊の頭が腰を落ち着けている。その手には大きな水晶の飾りのついた杖だ。あれが戦利品でなければ、メイジであるということだろう。
 その周りにはガラの悪い空賊達がニヤニヤと笑みを浮かべながら、ルイズ達を見やっている。
「お前ら。頭の前だ。挨拶しな」
 案内役の空賊が促すが、ルイズは頭を睨みつけるばかりだ。そんなルイズの態度を見て、頭はにやりと楽しそうに笑う。
「気の強い女は好きだぜ。子供でもな。さてと、名乗りな」
「あんた達に名乗る名前なんて無いわ」
 ルイズの返答に、ますます頭は笑みを深めた。
「まあ、名前なんざどうでもいい。トリステインの貴族が、何だって今の時期にアルビオンなんざに向かうんだ?」
「旅行よ」
「聞いたかお前ら。旅行だとよ」
 空賊達の間から笑い声が漏れる。頭は始めから信じてはいないという口振りだ。
「なあ。お嬢さんよ。素直に話した方がお互い得だぜ。目的を話せないってこたぁ、何かあるんだろ? 例えば、トリステイン内部の、貴族派の協力者だとか」
「貴族派ですって? 馬鹿言わないで。あんな恥知らずな連中に加担するような貴族は、トリステインにはいないわ」
 ルイズは毅然と言い放った。それでも空賊相手に虚勢を張るのは怖いのか、肩が小さく震えている。
「もし、あんたらが貴族派の協力者だってことが証明できるなら、安全なところまで送ってやってもいいんだぜ。俺たちは連中と協定を結んでるんだ。
俺らの商売を見逃してもらう代わりに、王党派に加担しようなんて酔狂な連中を捕まえて引き渡すって条件でな」
「……本当に、貴族派は恥知らずね。メイジとしての誇りもないのかしら」
 自分はトリステインを代表してやって来た王党派への使いだと、怒鳴ってやりたい気持ちでいっぱいだった。が、ルイズはそれを寸でのところで堪える。
 自分は出立前にフロウウェンと約束を交わしたのだ。勝手な真似で仲間を危険に晒すような真似はしないと。
 今だって、フロウウェンが何も言わずに自分に交渉を任せているのは、ルイズがアンリエッタから受けた、自分の任務だからだ。
こんな連中に嘘をついてまで命を永らえるくらいなら啖呵を切って死んだ方がマシだが、それではアンリエッタとの約束を果たせないし、フロウウェンの約束も守れない。
 こんな連中に命惜しさで嘘はつけない。けれど、癇癪を起こして自分のせいで状況の悪化を招くような真似もしない。
 だから、ルイズは言う。
「わたし達の目的はさっきも言った通り、旅行よ。他に話すことは何も無いわ。あんた達は身代金が貰えればそれで充分でしょう」
「身代金ね。確かに。だが、貴族派にメイジを紹介するって手もあるな。あいつら、メイジの手を借りたがってるんだ。たんまり礼金も弾んでくれるだろうよ」
 ルイズは答えない。頭は勝手に言葉を続ける。
「どうだ? 旅行のついでに貴族派に雇われて、死にかけの王党派どもをちょいと叩いて、金を貰うってのは。
何。ぼろい話さ。俺らは貴族派に恩が売りて礼金も貰える、あんたらは小遣いと土産話ができるって寸法だ。誰も損をしない。悪い話じゃないと思うがね」
 不快極まる申し出だ。もう、頭の顔を見るのも嫌だった。
「くどいわ」
 ルイズはきっぱりと言い放つと、もう話すことは無いとばかりに顔を逸らした。
「もう一度だけ聞こう。貴族派につく気は無いんだな? でなきゃ、あんたらは俺たちがトリステインの貴族どもと身代金の交渉するまでの間、船倉にぶち込まれて、お前の言うとこの楽しい旅行とやらも台無しだ」
 ルイズの返答は、顔を背けたままの無言だった。
 今は、それで良い。連中が油断して、反撃や脱走の機会を待つのが自分にできることの全てだ。
 頭はルイズをじっくりと観察するような目でルイズを眺めていたが、今度はルイズの一歩後ろに居並ぶフロウウェン達に向かって問う。
「そっちのお嬢ちゃんはああ言ってるが、お前らはどうなんだ?」
「僕は彼女の婚約者だ。従って、君らの申し出は受けない」
「私は……王党派と貴族派の戦いに、興味なんてありませんね」
 ワルドとマチルダが澄ました顔で答えた。
 頭の視線がフロウウェンに移る。
「使用人の爺さん。あんたは? 帯剣してたところを見るとちょっとは使えるんだろ? 貴族派の傭兵になるってのはどうだ? はっきり言うと、身代金の価値はあんたには無いんだ。言っている意味はわかるよな?」
 そう言いながら、鋭い眼光でフロウウェンを睨む。
 役に立てないなら、生かしておく価値が無いと、そう言っているのだ。
「反乱軍が仕えるに値するとも思えんな」
 頭の視線を正面から受け止めると、にべもなくフロウウェンが答えた。
 ルイズがその横顔を見上げると、フロウウェンは笑みを浮かべて主に答える。
 全員の答えが出揃うと、頭は大声で笑った。心底、楽しそうに。
「トリステインの貴族ってのは気ばかり強くてどうしようもないな。ま、どこぞの国の恥知らずどもより何百倍もましだがね」
 頭の態度が豹変したので、ルイズ達は顔を見合わせて首を傾げる。
 その中にあって、マチルダだけがその笑い方を見て何かに気付いたらしく、「あっ!?」と声を上げた。
「やれやれ。気付かれてしまったかな。では、この変装も意味が無いな」
 頭は苦笑いを浮かべると、襟を正す。
「失礼した。どうやらあなたたちは立派な貴族のようだ。ならば、こちらから名乗るのが礼儀というものだ」
 控えていた空賊達の顔から笑みが消え、一斉に直立した。
 頭は自分の黒髪に手をやる。丸ごとそれがずれて、下から金色の髪が現れる。眼帯も取り外し、それから、作り物だったらしい髭も剥がす。現れたのは精悍な顔つきの、金髪の若者だった。
「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……といっても、我が艦隊はもうこの『イーグル』号しか存在しないがね。
そんな肩書きより、こちらの方が通りがいいだろう」
 それから佇まいを直し、堂々たる名乗りを上げた。
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
 ルイズはあんぐりと口を開けて、言葉を出せずにいた。マチルダは険しい顔付きで俯き、ワルドは興味深そうにウェールズを見やる。
 なるほど、とフロウウェンは得心した。
 先ほどまでの言葉は探りを入れていたわけだ。特にマチルダとウェールズは面識があり、マチルダは王家に良い印象を抱いていない。貴族派の内通者かと疑うのは寧ろ当然のことだろう。
 正体を見破られることも承知の上で直接尋問したのは……部下には任せられないと思ったからだろう。
「アルビオン王国へようこそ」
 ウェールズは人懐っこい笑みを浮かべると、ルイズ達に席を勧める。
 ルイズが呆けた顔で自分を見詰めていることに気付くと、ウェールズがつらつらと答える。
「どうして空賊風情に身をやつしているのか、という顔だね。金のある反乱軍には次々と物資が送り込まれる。
補給を断ち、物資を奪うのは戦の基本だが、堂々と王軍の軍旗を掲げたのではあっという間に反乱軍に取り囲まれてしまう。空賊を装うのも致し方ない」
 まるで、手品の種明かしをするかのような調子だった。
「きみたちを試すような真似をしてすまない。どうも、裏切り続きで用心深くなっていてね。勿論、きみたちの身の安全は保証しよう。スカボローの近くで解放することを約束するよ」
 ウェールズが説明しても、ルイズは目的を切り出すでもなく、呆けるばかりだった。いきなり目的の人物に会えたので心の準備もできていないし、思考の切り替えも付いていかないのだろう。
「アンリエッタ姫殿下より、命を帯びて参りました」
 代わりにワルドが優雅に頭を下げて、ウェールズに用向きを告げた。
「姫殿下とな。君は?」
「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵」
 それからルイズ達をウェールズに紹介する。
「そしてこちらが、姫殿下より大使の大任を仰せ付かったラ・ヴァリエール嬢と、その使い魔の老人。それから、トリステイン魔法学院のミス・ロングビル嬢にございます。殿下」
 マチルダをロングビルと紹介されて、ウェールズは怪訝そうな顔を浮かべる。マチルダは険しい顔つきのまま、ウェールズから視線を逸らして俯いた。
 ウェールズは何故かを問う気にはなれなかった。アルビオン王国を不名誉な形で追われた、サウスゴータ家の令嬢だ。
本名を名乗るわけにもいかずに偽名を名乗っているのは、考えるまでも無く当然のことだった。
 そんなマチルダが何故アルビオン行きの船に来たのか。その理由は分からない。
だが、ここでそれを問いただせば彼女の立場を微妙なものにしてしまうかもしれない。だから、マチルダのことは何も聞かなかった。
 マチルダが優しい女性であったことを覚えている。サウスゴータの家の者も、モード大公家の者もだ。優しかった。優しすぎた。だから、父はあんな決断を下さざるを得なかったのだ。
そして、父は表向きは王国の為に仕方の無いことだと公言しながらも、それを心の奥底で悔いていたことを知っている。
 次々に重鎮が反乱軍に寝返り、王家の敗色が濃厚になりつつあった頃、ジェームス一世は力無く笑ってウェールズに漏らしたことがあった。
 大公を裁かねば、こうまで臣下の人望を手放すこともなかったかも知れぬな、と。
 ウェールズは小さく頭を振って思考を切り替えると、ワルドの先ほどの言葉を頭の中で反芻して、ルイズを見やる。
 大使として遣わすにはまだあどけない顔立ちの少女だ。
 ラ・ヴァリエールといえば、トリステイン王家の親戚筋に当たる。恐らくはアンリエッタの信を得ての人選なのだろう。
 その手に輝く水のルビーを認めて、間違いなくアンリエッタの使いであることを確信すると、ウェールズは頷いた。
「なるほど。して、用向きは?」
 ルイズが慌てて胸のポケットからアンリエッタの手紙を取り出す。恭しくウェールズに近付くが、躊躇いがちに口を開いた。
「あ、あの……」
「なにかね?」
「その、失礼ですが、本当に皇太子さま?」
 ウェールズは破顔した。
「まあ、さっきまでの顔を見れば、そう思うのも無理は無い。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子だ。なんなら、証拠をお見せしよう」
 自分の薬指に光る指輪を外すと、ルイズの手を取って水のルビーに近づける。二つの宝石が共鳴し、虹色の光を振り撒いた。
「この指輪はアルビオン王家に伝わる風のルビーだ。きみが嵌めているのは、アンリエッタの嵌めていた水のルビー。水と風は虹を作る。これは、王家の間にかかる虹さ」
「大変、失礼をばいたしました」
 ルイズは一礼すると、手紙を差し出す。
 ウェールズは愛しそうにその手紙を見詰めると、花押に接吻をした。それから慎重に封を開き、便箋を取り出す。
 真剣な面持ちで手紙を読んでいたが、読み進めるに従ってウェールズの表情が曇っていく。
 頬が紅潮し、小さく肩が震える。最後の一行まで読み終わた頃には、はっきりと怒りの色が浮かんでいた。
「これは……ここに書かれていることは、真実なのかい? きみがそれを確認した、とあるが」
「始祖ブリミルと女王陛下に誓って真実でございます。殿下。また、王家と盟約を結んだ古き精霊が虚言を口にするとも思えません」
 ウェールズは唇を噛んで、爪が肉に食い込むほど拳を握り締めた。思い当たることはいくらでもある。
 何故彼が、という裏切りを何度も味わってきたのだ。それにはそんな背景があったと? であるなら、誰が真実に裏切り、或いは裏切らなかったのか。
 臣下から見捨てられ、絶望しながらも、最早王家の意地を見せ付けるだけだと開き直りさえしていたのだ。
 俄かには信じられない。これでは何もかもが嘘だったということではないか。
「……もう一通の手紙は?」
 疲れたような声で、ウェールズが問う。
「こちらに」
 ルイズは、貴族派の手に渡す為に持って来た方の手紙を手渡す。受け取ると、ウェールズは頷いた。
「あの手紙は姫の望む通りにしよう。しかし、もう一つの望みは……これは僕の一存では決めかねる。個人的見解としては―――」
 ウェールズは言い差して、ルイズが真剣な面持ちでじっと見ていることに気付いて、言葉を止めた。
 まだ気持ちの整理が付いていない。自分が冷静に判断を下せているとは言い難い。
「いや、今は止めておこう。面倒だがニューカッスルまで足労願いたい。手紙も、手元にはないのだ。姫の手紙を空賊船につれて来るわけにも行かないだろう?」
 力無くウェールズは笑った。
「殿下……」
 痛々しくさえある、精一杯の笑みを見て、ルイズが俯く。かける言葉も見つからなかった。
 ワルドは二人のやり取りに耳をそばだてていた。話の流れが自分の予想していたものとまるで違う。
あの二通目の手紙は何だ? 恋文よりも重要らしい姫の望みとは何だ? ウェールズは何故あれほどの怒りを露わにしたのだ? 幾ら考えても答えは出ない。
 一方で、マチルダはウェールズの怒りの理由だけにはおおよその見当がついた。何せ自分もルイズ達と精霊が話をする、その場に居合わせたのだから。
 と言って、同情する気にはなれない。冷めた目でマチルダはウェールズを、そしてその後ろにいるであろうジェームズ一世を見やるのだった。


 一行を乗せた『イーグル』号は、アルビオンの外周に当たる海の無い“海岸線”に沿って、雲に紛れながら進んだ。そうして三時間ばかり進めば、大陸から突き出た岬が視界に入ってくる。岬の先に、高い城がそびえているのが見えた。
「あれがニューカッスルだ」
『イーグル』号が進路を下方に取る。丁度、大陸の下側へと潜り込む形だ。
「なぜ、下に潜るのですか?」
 ルイズが尋ねると、ウェールズはニューカッスル城の上空を指差す。雲の切れ間から巨大な軍艦が姿を現した。
『イーグル』号の二倍ほどの全長を持つ、巨大な艦であった。マチルダには見覚えがある。アルビオン王国王立空軍本隊旗艦『ロイヤル・ソリヴン』号だ。
『ロイヤル・ソリヴン』号が、ずらりと並んだ砲門を開いて、ニューカッスル城の城壁目掛けて撃ち放つ。外壁にいくつも傷をつけ、轟音を大気に響かせた。
「あの艦の突然の反乱から、全ては始まった」
 ウェールズが淡々とした口調で言った。
「かつては本国旗艦『ロイヤル・ソリヴン』号。クロムウェルが手中に収めてからは、『レキシントン』と名前を変えさせている。クロムウェルが初めて我らから勝利をもぎ取った戦地の名だよ。奴はよほどあの艦がお気に召したらしいな」
 ルイズ達はウェールズの言い回しの意図するところに気付いた。もう、ウェールズは「敵」を反乱軍とも貴族派とも、逆臣とも叛徒とも呼ばなくなっていた。
 表面上は平静さを取り戻したウェールズであったが、その心の内には未だ―――いや、先程よりも遥かに激しい怒りと暴風が渦巻いている。
 手紙に書かれていることが事実ならば、ただ一人の男の野心が国を乱したということだ。多くの同朋を殺め、今この時も、その亡骸を手足の如く使っているということだ。到底許せるものではない。
「あの艦で、空からニューカッスルを封鎖しているのだ。あのように、たまに嫌がらせのように城に向かって砲をぶっ放していく」
 フロウウェンは、艦の上を舞う生き物―――竜をその目に捉えた。その背に跨る小さな影も。
 否が応にもタバサとシルフィードのことが脳裏をよぎっていた。彼女らはメイジの欠点を完全に補う、強力な組み合わせだろう。タバサ自身の優秀さも相まって、おおよそ弱点というものがフロウウェンの目から見ても見当たらない。
 それを、軍の兵科として運用すれば、どうなるか―――。
 答えは、同等以上の機動性を持つ航空戦力が無ければ、勝負にもならない、だ。
「備砲は両舷合わせて百八門。見ての通り竜騎兵まで積んでいる。我々のフネではあの化物の相手はできないので、雲中を通り、大陸の下からニューカッスルへ向かう。そこに我々しか知らない、秘密の港があるというわけだ」
『イーグル』号が雲海に沈んだ。大陸の下に出ると、そこは殆ど視界の効かない暗黒の世界だった。湿気を含んだ空気が肌に纏わりつく。
 間を置かず、マストに魔法の灯かりが灯った。頭上にはごつごつとした岩が、眼下には白い靄が広がっている。
 空にいるはずなのに、洞窟の中を進んでいるようだ、とフロウウェンは感じた。
「未熟な腕で大陸の下を航行すれば、簡単に座礁することになる。だから、空を知らないクロムウェルは決して近付かないのさ。王立空軍の航海士にとっては、この通り、造作もないことだがね」
 しばらく暗黒の世界を航行していると、マチルダがウェールズだけに聞こえるような密やかな声で話しかけてきた。
「殿下。私はあの使い魔の老人に借りがあり同行した次第。成り行きに従い、意に沿わずここに来ましたが、城内には立ち入らず、この艦に待機させていただきたく存じます」
 そう告げるマチルダの瞳と声は、どこまでも無感動に冷たかった。拒絶されるのは当然のことだとウェールズは思う。
「あんな船倉に押し込めて置くわけにはいかない。部屋を用意させよう」
「では、城内では顔を隠す無作法をお許し下さい」
 ウェールズが頷くと、マチルダはフードを目深に被った。
 やがて艦は黒々とした穴の下に出た。直径三百メイルもある穴が、ぽっかりと穿たれている。
「一時停止!」
「一時停止、アイ・サー」
 ウェールズの命令が復唱される。裏帆を打つと、甲板の上をきびきびとした動作で水兵が走り回って帆が畳まれ、穴の直下でイーグル号は停船した。
 錬度の高い兵だ。この絶望的状況下にあって、士気の高さすら感じる。いや、だからこそ、か。
 心の底から王国に忠節を尽くす者達が、残るべくして残ったということだ。フロウウェンは眩しいものを見るように水兵達を見やった。
「微速、上昇!」
「微速上昇、アイ・サー」
 ゆるゆると船が上昇していく。王立空軍の航海士が乗り込んだマリー・ガラント号が、イーグル号の後に続いた。
「まるで空賊ですな。殿下」
 ワルドの漏らした感想に、ウェールズが頷く。
「まさに空賊なのだよ。子爵」
 穴に沿って上昇すると、頭上に明かりが見えた。突然視界が開け、眩いばかりの光に包まれる。艦はニューカッスルの秘密の港に到着していた。
 天然の巨大な鍾乳洞をそのまま港として利用したものだ。岸壁を発光する白いコケが覆っている。
 何とも幻想的な空間だった。
 岸壁の上に大勢の人々が待ち構えていた。もやいの縄が投げられ、イーグル号がしっかりと結わえられる。
 艦はそのまま、岸壁へと引き寄せられた。車輪のついたタラップが転がってきて、ぴたりと艦に取り付けられる。
 ウェールズに促されて、一行は艦を降りた。
 すると、背の高い、老いたメイジが近寄ってきて、ウェールズ達を迎えた。
「これはまた大した戦果ですな。殿下」
 暗闇から現れたマリー・ガラント号に、顔をほころばせる。
「喜べパリー。硫黄だ、硫黄!」
 その言葉を聞き留めた兵達からどよめきと歓声が上がった。
「おお! 硫黄ですと! 火の秘薬ではございませぬか! これで我らの名誉も護られるというものですな!」
 パリーが涙ぐむ。
「その通りだ。だが、泣くのはまだ早いかもしれんぞ、パリー。僕はこれから、トリステインからの大使殿を父上の所にお通しせねばならない」
「大使殿ですと?」
 パリーはルイズ達を見やった。なんとも奇妙な組み合わせだった。まだ子供といった風情の少女に、フードを被った女。精悍な顔つきの羽帽子の貴族、使用人の出で立ちをした、眼光の鋭い老人。
 滅び行く王政府に何のようなのだろう、とパリーは訝しんだが、すぐに微笑みを浮かべた。
「これはこれは大使殿。殿下の侍従役を仰せ付かっております、パリーでございます。遠路はるばる、ようこそこのアルビオン王国へいらっしゃった」
 それから、ウェールズに向き直る。
「報告申し上げまする。叛徒どもは明日の正午に攻城を開始するとの旨、伝えて参りました。それを受け、今夜祝宴が開かれます。大使殿も是非、出席くださいませ」
「そうか! 間一髪だな!」
「全くです。パリーめも肝を冷やしておりましたぞ!」
 二人は笑い合う。悲壮さの欠片も感じさせない、明るい笑い声だった。
 フロウウェンは静かに目を閉じて、そんな二人のやり取りを聞いていた。


「まずは手紙を返却せねばね」
 ウェールズに付き従い、ルイズらは皇太子の部屋へと向かう。城の一番高い天守の一角に彼の部屋はあった。
 それは、一国の王子の私室とは思えないほど狭く、質素な部屋だった。調度品も家具も、魔法学院の生徒の部屋の方が、遥かに豪華だ。国が敗れるというのは、こういうことなのだろう。
 椅子に腰掛け、机の引き出しから小箱を取り出す。首にかけたネックレスの先に着いていた鍵で、小箱を開く。
 蓋の内側に、アンリエッタの肖像が描かれているのを、ルイズは見た。
「宝箱でね」
 はにかんだように言うと、小箱にアンリエッタがクロムウェルに宛てた手紙を入れ、代わりに一通の手紙を取り出す。愛しそうに口付けた後、開いてゆっくり読み始めた。
何度もこうやって読み返したのだろう。手紙は手垢と年月ですっかり色あせ、ボロボロになっている。
 最後まで読み返すと、それを丁寧に畳み、封筒に入れるとルイズに手渡した。
「これが姫から頂いた手紙だ。このとおり、確かに返却したぞ」
「ありがとうございます」
 ルイズは深々と頭を下げて手紙を受け取った。それから、ウェールズに気になっていた事を尋ねる。
「あの、つかぬことを伺いますが、王軍には何か秘策がおありなのでしょうか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「先ほどのパリーとおっしゃる方とのお話は、何と言うか、その……」
 ルイズの言いたいことが解って、ウェールズは言葉を継ぐ。
「追い詰められた人間のものとは思えなかった?」
「……はい」
 奇麗な目をした少女だ、とウェールズは感じた。明日を疑わぬ、活力に満ちた目。
 だがウェールズ達の心情を理解しろというには若過ぎて、また、純粋過ぎる。
「敵軍は五万。我が軍は三百。万に一つも勝ち目は無い。我らにできることは、勇敢な死に様を見せ付けることだけだ」
 ウェールズは天を仰いで、言葉を続ける。
「そう思っていた」
「では……」
 ルイズが顔を上げる。しかし、ウェールズは首を横に振った。
「姫の申し出を受けるかは……解らない。受ければトリステインに火の粉を被せることにもなろう。だから、これから話し合って決めることだ」
 勿論、亡命しなくても自分の亡骸は利用されるに決まっている。クロムウェルはアルビオンだけで満足をすまい。
 申し出という言葉は、傍らで耳をそばだてていたワルドにとっても聞き捨てなら無いものだった。
 何を申し出るというのだろう。亡命しろとでも勧めたのか。
 あの姫は若さ故に甘いところが目立つ。
 亡命させれば貴族派に口実を与えるだけで、普通に考えれば選ぶべき道ではない。
 しかし、無いとは言い切れなかった。手紙を回収する為に奔走するであろうことには予想がついていたが、その折に情に流されて亡命を勧めるか否かは……ワルドの予想では半々というところだったのだ。
 とはいえ、傍から話を聞いている限りではそう単純な話でも無いらしい。
 ウェールズは勇敢にして高潔で名を馳せた王子だ。もし単純にアンリエッタが情から救いの手を差し伸べたとしても、自分と彼女の名誉にかけて皆の前で認めるようなことはすまい。
 それを皆の前で認めるということは、そう言わせるに足るだけの、何かがあるということだ。
 自分の知らない、何か。それは何だ?
「正直な所を口にするなら、混乱している。ここにきてそんな……『アンドバリ』の指輪などという種明かしとはね。とっくに討ち死にする覚悟をしていたのだ。
もう、どんなことが起きても平静を保っていられる自信があったのだが、これには心が乱されたよ」
 ウェールズは、血を吐くように嘆きの言葉を搾り出した。
「亡命の道が残されているからではないよ。裏切りが、全ては茶番であったと知らされたからだ。父上も、真実を知れば同じ気持ちになるだろう」
 長年仕えた……信頼していた重鎮達が相次ぐ翻意を起こし、反乱軍に手もなく追われる中、悟ったのだ。
 我が王家は最早、彼らが主君と頂くには足りえぬほどに零落れたか、と。
 家臣に必要とされぬ王など王ではありえない。王家の誇りにかけて、彼らの主君足りえる振る舞いを忘れたつもりは無かった。
 だが、王の為にこの命を捨てると言って出撃していった忠臣が、明くる日には杖を向けてくる。それが現実だった。
 だからこそ、滅びを受け入れた。だからこそ、城を枕に討ち死にする覚悟を決めた。トリステインに住まう愛しき人の為に、王族の誇りを見せ付け、最後の責務を果たし、死ぬつもりだった。
 だが、死を前に決めた覚悟すらも『アンドバリ』の指輪の前では無力だ。
 貴族の誇りも騎士の尊厳も嘲笑うかのような真実。怒りや憎しみで人が殺せるなら、クロムウェルを今すぐにでも呪い殺している。
 一方で、ワルドもウェールズの嘆きに衝撃を覚えていた。ルイズがクロムウェルの虚無呪文の、その具体的なところをアンリエッタに知らせたというのか? 一体どうやって? どこでそれを知った?
 いや、それより『アンドバリ』の指輪? 何だそれは?
 ワルドの混乱を他所に、ウェールズが立ち上がる。幾分か、青褪めた顔であった。
「……取り乱してすまない。では、父上のところへ参ろう」


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